――特別講義を行う日の、数日前。
"軽く"手合わせをしただけでも僅かに疲れていた荒垣の様子を見て、赤井は思った。
(――これは、イケるかもしれない)
その日から、赤井は計画を立てた。――本人からすれば重要で、端から見れば呆れるしかない計画を。
・最初は研修生(モブ)視点。最後にオリ主視点
SIDE:研修生
FBIの英雄、赤井秀一による特別講義は大いに盛り上がった。オレも他の研修生達もいつも以上に真面目に話を聞いていたし、楽しんでいたのだ。
そして、その講義の最後に赤井さんとその師匠――荒垣さんによる実戦が行われる事になった。
全員で講義室から屋外にある訓練場に移動する。
「……それにしてもよ。赤井さんはともかく、その師匠だって言う荒垣さんは戦闘なんてできるのか?見た目は細身だし……女顔だし、結構若そうに見えるしな」
オレの隣にいた同期の男がそう口にする。……それはオレも思った。
身長はおそらく180ぐらい。赤井さんよりも低い。黒髪黒目で、名前からして間違いなく日本人だろう。同期の言う通り女顔で……ついでに言うと、美男だ。さっきから女達がキャーキャー騒いでいる。
見た目は20代半ばから20代後半に見えるが……師匠というぐらいだから赤井さんよりも1、2歳は年上かもしれない。
そんな彼は、赤井さんよりも細身だった。……あれで本当に戦えるのだろうか?赤井さんは優れた
……という心配をしていたのは、赤井さんと荒垣さんがFBIのジャケットを脱ぐまでだった。女達の黄色い声がますます大きくなる。
「おい、あれ……!」
「あぁ――意外に、筋肉質だな」
2人はジャケットの下に黒い半袖のTシャツを着ていた。体型がよく分かる、ぴっちりとした服だった。
赤井さんは予想通りガタイが良かった。なかなかの筋肉質だ。そして荒垣さんもまた、意外にも筋肉質だった。……ただ、荒垣さんの体の方がより引き締まっている。おそらく、余計な筋肉を削ぎ落とした結果だろう。
しかし、気になる事が1つ。
(――傷が、多過ぎるような……?)
赤井さんの腕にもいくつか傷があるが、荒垣さんの腕にはそれ以上の傷があった。傷だらけだ。
どれがどういった怪我から残った傷なのかは遠目からだと分からないが……その傷の種類は多い。
「……さて。実戦を始める前に簡単に説明しておこう。俺達は手加減せずに本気で戦う。だから、俺達のどちらかが殴り飛ばされても蹴り飛ばされても動揺しないように」
オレ達研修生はそれぞれ驚いた。そして心配した。
「そんな事をして、本当に大丈夫なんですか……?」
女の研修生の1人がそう言って、荒垣さんを見る。……他の奴らの視線も彼に集まった。
どんなに引き締まった体であっても、赤井さんよりも細身である事に変わりはない。オレ達は彼が大怪我をする事を心配した。
「……心配しなくても、さすがに顔には当てない。俺だって和哉さんの美しい顔に傷を作りたくないからな」
「……多分その冗談は今は通用しないと思うぞ?それに彼女らは俺の顔の心配をしたんじゃなくて、俺自身の事を心配しているんだろう」
「もちろん分かっていますよ。……だが、君達の心配は無用だ。この人は強い。――俺が本気を出さなければ、負けるかもしれない相手なんだ」
あの赤井さんが、本気を出さないと負けるかもしれない相手……!?本当なのか?
「それから、この実戦には時間制限をつける。――10分だ」
…………5分の間違いではないのか?
「断言しよう。――10分経っても間違いなく決着はつかない。それに、この人はその気になれば俺を相手に10分以上戦える人だからな」
赤井さんはそう言って、ニヤリと笑った。
……その後。研修生の1人がスマホのタイマーで10分計る事になった。
赤井さんと荒垣さんが距離を取り、構える。……同じ構え方だった。荒垣さんも
「胸をお借りします、師匠」
「…………楽しそうだな、お前」
「それはもう。……では、そろそろ始めてくれ」
「はい!それでは――スタート!」
タイマーが起動し、実戦が始まった。……しかし、彼らは動かない。
「…………動かない?」
「いや、違う。……動けないんだ」
同期の男の言葉を即座に否定した。……そう。彼らは動けないんだ。――互いに、隙が無いから。
むしろ少しでも動けば、相手に先手を与える事になる。
――その時。突然、膠着状態が解かれた。
彼らは同時に、互いに向かって走り出したのだ。そしてすぐに接触し、赤井さんは拳を、荒垣さんは回し蹴りを互いに叩き込む。
……そんな攻撃を、2人は互いに足や腕を使って防いだ。
「っ、相変わらず重い拳だな……!」
「あなたこそ、相変わらず惚れ惚れするほどの蹴りですね!」
「っは、抜かせ!」
そんな会話をしてから即座に離れ、再び攻撃。荒垣さんは体勢を低くして右腕を使って肘打ち。赤井さんはそれを右手で掴んで防いだ。
それを振り払うと今度は掌底を……と思いきや、次は左手に捕まれて防がれてしまい、荒垣さんはそのまま引き寄せられて腹に拳を入れられた!
一瞬。赤井さんの攻撃が通ったのだと思った。……しかし、それは間一髪で荒垣さんの左手に捕まれて阻止されていた。
「……な、何だよあの攻防……2人共かなり速い動きだったのに、その攻撃はどちらも防がれてる……!」
「それに、その威力も相当だろう。……俺達の模擬戦では絶対に出ないような凄い音が攻防の間に聞こえていた。
そんな攻撃を受けても2人は全く動じていない……なんて人達だ!」
……その後も攻防は続いた。どの攻撃も強烈だったが、互いにそれをうまく防いでいる。
いつの間にか、オレ達は興奮して彼らを応援していた。これ程の戦いを実際に目にしたのはこれが初めてだった。アカデミーの教員達でもこれ程の攻防ができる者はいないだろう。
だがその攻防は、実戦を始めてから5分を過ぎたところで急展開を迎える。
赤井さんがミドルキックを放った瞬間、荒垣さんがそれを避けた。……その避け方に、誰もが驚く。
彼は上体を大きく反らし……そのまま地面に倒れるようにして避けたのだ!
最初は、まさか足を滑らせたのでは?と思ったが……それは間違いだった。彼はわざとそうしたのだ。
地面に向かって仰向けに倒れていった荒垣さんは、完全に倒れ込む前に地面に片手をつき、全体重をそれで支えながら勢い良く体を捻る。
そして――赤井さんの脇腹に蹴りを叩き込んだ!
「――ぐぅっ!?」
思わぬ攻撃を受けた彼は、そのまま横に軽く飛ばされて体勢を崩した。逆に荒垣さんはその間に体勢を整えて距離を取る。
……それは、実戦が開始されてから初めてまともに入った攻撃だった。5分過ぎてようやく攻撃が命中したのだ。それも赤井さんではなく、荒垣さんの攻撃が!
オレ達研修生は"最初に命中するとしたら赤井さんの攻撃だろう"と予測していたから、その予想外な結果を目の当たりにした全員が驚いた。
「――まずは一発。……なんだ。意外にもまだまだじゃねぇか、馬鹿弟子。まさか最初の一発を俺が入れる事になろうとは……鈍ったか?」
「……っ、はは……!――言いやがったな、この野郎!!」
そう言うや否や、赤井さんは荒垣さんに肉薄した。
それ以降、戦闘はヒートアップした。目で追う事も困難な攻防が繰り広げられる。オレ達はもはや歓声も上げず、ただ固唾を呑んで見守るしかなかった。
……すると。タイムアップが近づいてきたところで、荒垣さんの様子に変化が現れる。
(……息が上がっている?)
僅かだが、攻防の合間に彼の呼吸が乱れていた。対して赤井さんにはそれが無い。
そういえば、2人共汗をかいていて徐々に疲労がたまっているように見えるが……荒垣さんの方が動きが鈍っているような――
「っ、あ……!?」
「荒垣さん!」
その時。赤井さんのフェイントが決まり、掌底による一撃が荒垣さんの腹に直撃した!荒垣さんが苦し気な声を上げる。
さらに、赤井さんは間髪入れずに拳を向けた。……それは交差された腕に防がれるが、荒垣さんはそのまま後ろに飛ばされてしまう。
地面に着地した彼は、掌底を受けた腹を押さえる。
「――遅ればせながら俺も一発入れさせてもらいましたよ、師匠」
「っ――負けず嫌いめ……!!」
今度は荒垣さんが肉薄した。……互いに形振り構わず攻撃し、さすがに赤井さんも息が上がってきたところで、
「――残り、10秒です!」
時間を計っている研修生からそんな声が上がった――刹那。
「えっ……!?」
「う、わ……!」
スピードがさらに上がった!?まだ速くなるのか!?……っ、駄目だ。全然見えない!
多分、もう何発か攻撃が命中していると思うが……それにも関わらず、そのスピードが緩む事は無かった。
そして――
「――終了です!!」
そんな声が聞こえた瞬間、2人の動きはピタリと止まった。
……ちょうど。2人同時に蹴りを放ち、それぞれの足が交差したところで止まっていた。2人はゆっくりと足を下ろす。
オレ達は思わず、拍手と共に大歓声を上げた。
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「あ"ぁー……疲れた……」
「今日はありがとうございました。久々に楽しかったです」
「…………何でお前、そんなにピンピンしてんだよ……」
俺が何発か入れたにも関わらず、秀一は疲れた様子を見せていなかった。……化け物め!
……特別講義は大成功で終わった。講義が始まる前と終わった後で研修生達の顔つきも変わっていた。それぞれが何か得るものがあったのだろう。
教員達も密かに見学していたらしい。講義についてお礼を言われ、実戦についても称賛された。
また機会があれば同じ事を頼みたいとも言っていたな。……悪いが本気の実戦はもう懲り懲りだ。やりたくない。
そして現在。俺達は秀一が運転する車で帰路についていた。
「……応急処置はもうやったし、後は本部に行って報告するだけだな」
「そうですね。……お疲れのようでしたら、俺が代わりに報告しておきましょうか?」
「いや……部下に押し付けるわけにはいかない。俺も行く」
「…………そうですか」
……不満そうだ。こいつは何かと俺に頼られたがるからな……仕方ない。
「……秀一。お前、今日は他に予定は?」
「特にありませんが……?」
「よし。――夕飯は材料の買い揃えから料理するまで、全部お前に任せた。俺は疲れたから1人分の飯を作るだけでもだるいし、外食する気分でも無い。
とりあえず、俺の家でもお前の家でもどっちでもいいから、」
「俺の家でお願いします!」
「即答かよ」
「泊まり用の服や日用品は完璧な状態にしてありますので、準備万端です」
「えっ、俺泊まるのか?夕飯食べたら帰るつもりでいたんだが。お前の家からなら徒歩でも帰れるし」
「夕食の材料を買うついでに朝食の分も買っておきますから」
「なぁ、聞いてる?」
「聞いてません。徒歩でなんて帰らせませんよ。今日は泊まってもらいます」
「聞いてんじゃねぇか!?」
「久々のお泊まりですね。楽しみです!」
……駄目だ。意図的に無視してやがる!俺の都合がどうしても悪い時を除けば、こうなったこいつが止まる事はない。
「…………はぁー……もういい。勝手にしろ」
早々に諦めた。こうなれば、こき使ってやる。もとはと言えばこいつが俺を実戦で疲れさせたのがいけないんだ。全部丸投げしよう。
……という思考にさせる事が、秀一の策略なんだろうな……お誂え向きに今日の俺は疲れていて、そのせいで思考も鈍っている。そしてこいつを説得する気力も残っていない。
(――もしかして。さっきの不満そうな様子がそもそも罠だったか?)
そう思って横目で秀一を見ると――ニヤリと笑っていた。
(――計画通り……と思ってる顔だな、これは)
…………ところで、
「――どこから、どこまでが計画だ?」
「――さて?どこから、どこまでが計画でしょうか?」
「聞いてるのは俺の方だぞ」
「くくっ……」
忠犬、策を弄する
(――あの軽い手合わせをした後から、特別講義を行う当日に和哉さんをわざと疲れさせて罠にはめて泊まらせるところまでが計画だった。
……と言ったら、あなたは驚くでしょうか?それとも呆れるでしょうか?)
・忠犬の罠にはまった飼い主
ジャケットを脱がなければ分からないが、意外にも結構鍛えている細マッチョ。
赤井よりも傷が多い理由は、ヨーロッパでの長期任務中に怪我を増やしてしまった事と、普段から誰かを守って怪我をする事が多いため。
赤井との実戦開始。実は研修生達に心配された事を少し不満に思っており、見返してやろうと張り切っていた。赤井よりも先に最初の一発を入れる事ができたのは、これがきっかけだった可能性大。
体力面では僅かに赤井に劣っているため、後半で呼吸が乱れる。……俺も年だな(´・ω・`)しかしそれでも最後のスピードアップについて行けるあたり、超人の域に片足を突っ込んでいる状態と思われる。
特別講義が終わる頃には大分疲れていた。疲れていたせいで頭があまり働かず、赤井を説得する気力もなかったため、あっさり罠にはまった。……ところで、どこからどこまでが計画のうちだ?
赤井の事は信頼しているため、"罠にはまっても別にいいか"と思っている。詰まるところ、愛弟子兼愛犬には甘い師匠兼飼い主である。
・飼い主を罠にはめた忠犬
オリ主よりもガタイが良く、筋肉量も多い。服の上からでも分かりやすい。
自分よりも傷が多いオリ主に、複雑な感情を抱いている。和哉さんが多くの修羅場を乗り越えてきた証拠だが、その分自身を犠牲にしてきた証拠でもあるわけで……複雑だ……!
実戦開始後、今までに見た事がない動きを見て驚愕。不意を突かれて最初の一発を当てられた。まさかまだそんなやり方を隠していたとは……!?それとも新たに編み出したのか?さすが和哉さん!!
仕返しに一発入れてオリ主をその気にさせた事も、ラストスパートをかけた事も、オリ主を疲れさせる計画の一部。
特別講義終了後。最後の仕上げのためにわざと不満そうな雰囲気を出した。そうすればご機嫌取りのために自分を頼ってくるはずだと予想していた。
あとは罠にかかった獲物を逃がさないために、頑なな態度を維持するだけ。そしてオリ主は抵抗を諦めた。お持ち帰り決定(ニヤリ)
"久々にオリ主に泊まってもらいたい"、ただそれだけで立案したこの計画……端から見れば呆れるしかない計画は、これにて完了した。