とある休日の昼間。俺は自宅近辺にある大きな公園でジョギングをしていた。
この公園は都会の中では珍しく自然豊かな場所で、気持ちの良い場所だ。土地も広くてジョギングするのにちょうどいい。
居心地が良いので、月に一回はここに来ている。ただ散歩するだけだという日もあるし、たまに秀一も誘って一緒にジョギングしに来る事もある。
今日も誘ったのだが、とても残念そうに断られた。どうしても秀一が確認しないといけない書類があるとの事で呼び出され、休日にも関わらずあいつは仕事場に向かったのだ。
憎たらしい
そんなわけで、1人でジョギングをしていたのだが……その途中で何やら騒がしい場所を見つけた。
ある一本の木の下で。7、8歳ぐらいの少年が木を見上げながら叫んでいる。
「兄ちゃんもういいよ!危ないから下りてきて!」
その視線の先には木登りをしている少年がいた。おそらく下にいる少年よりも2、3歳は年上の子供だ。
そんな子供が片手で細い枝を掴みながら、これまた細い枝の上に立ち、もう片方の手を伸ばして何かを取ろうとしている。……そこには水色の野球帽があった。
(あれを取ろうとしているのか?危ないな……!)
そう思って少年達の下へ向かうと、それよりも先に1人の女性が彼らの下へ駆け寄った。
「ウィル!何をしているの!?下りなさい!!」
「げ、――っ、うわぁっ!?」
「ウィル!?」
「兄ちゃん!!」
少年が木の上から落ちた瞬間、俺は走る速度を上げて女性の横を駆け抜けた。それから地を蹴り、少年に両手を伸ばす。
なんとか少年の体を掴むと、彼を胸の中に抱え込み……地面に転がった。
「…………え?あれ……?」
「っ、……ギリギリセーフ」
思わず日本語でそう呟き、少年と一緒に体を起こす。
「……大丈夫かい?ボウヤ。怪我は無いか?」
「あ、……うん……大丈夫……」
まだ状況を把握しきれないのか、呆けたまま返事をする少年。……念のために少年の体を目視で確認すると、確かに怪我は無いようだ。
そこへ、木の下にいた少年と女性が駆け寄ってきた。
「ウィル兄ちゃん!」
「ウィル!!怪我は!?」
「……あぁ……怪我はしてない。この人が助けてくれたから……」
状況を理解したのか、先程よりもはっきりとした口調で話し出す。
「っ、だからボクはもういいよって言ったんだ!危ないよ!!」
「全くよ!あんな危ない事をして……!」
「ご、ごめんなさい……」
「もう!!……あ、あぁそうだ!あなたは大丈夫ですか!?お怪我は……!?」
「大丈夫ですよ。特に怪我はありません」
無事である事を証明するために、分かりやすくにこやかに接した。……すると、女性は安心してくれたようだ。
「本当に良かった……!息子を助けてくれて、ありがとうございました!」
「あぁ、やはり彼らのお母様でしたか」
「えぇ。……ほら!あなたもお礼を言いなさい!」
「う…………ありがとう、ございました……」
母親にそう言われて、年上の方の少年……ウィル君がしおらしい様子でそう言った。
「……その様子を見るに、自分が危ない事をしたという自覚はあるようだね?」
「はい……」
「……うん。反省しているなら、よし」
項垂れている少年の頭を撫でてから、もう1人の少年の方に目を向ける。……おや?
(瞳の色が、少しだけ秀一に似ている)
ウィル君と母親は金髪碧眼だが、この子は金髪に緑目だ。緑色の大きな瞳が、俺を見つめている。
「……あそこに引っ掛かっている水色の帽子は、君の物かな?」
「え、……そう、だけど……お兄さんどうして分かったの?」
「君の髪と額に帽子を被っていた跡が見えるから、そう思ったんだ。木登りしていた彼にはその跡が無かったけど君にはそれがあったから、おそらく君の物だと考えた」
まぁ、簡単な消去法だな。これぐらいは誰だって推察できる。……そう思っていたのだが、どうやら目の前の少年にとっては違ったらしい。
急に、目がキラキラと輝く。……瞳の色が少し似ているせいか、あいつの尊敬の眼差しを思い出す。
「凄いや、お兄さん!探偵みたい!」
「探偵、か…………そいつはほんの少しだけ畑違いかな……」
「はたけちがい……?」
「あぁ、何でもないよ」
それよりも、だ。
「あの帽子に何か思い入れがあるのかい?」
「……お父さんが、――死んじゃったお父さんが、まだいた頃にボクにプレゼントしてくれた大事な帽子……風に吹かれてあそこに引っ掛かっちゃった……」
「――――」
それは――何が何でも回収しないといけないな。
「……よーし、分かった。ちょっと待ってろ」
……とは言ったものの、どうするかな?ウィル君が登っていた木の枝は細くて、子供の体重を支えるのが精一杯だろう。
となると、帽子が引っ掛かっている木を登って回収するのは難しい。……ならば、
「……あの木だな」
帽子が引っ掛かっている木から少しだけ間を空けた場所にある木に歩み寄り、見上げる。……うん。枝も太いし、いけるな。
「……良い子のボウヤ達。今から俺がやる事は絶対に!真似しないようにね。子供がやったら危ないから」
「え?」
「お兄さん、何をするの?」
「なに、ちょっとこっちの木を登って――あの木に向かって飛んで、帽子を取るだけだ」
「「「えっ!?」」」
そう言うや否や、俺は目の前の木をすいすいと登って行く。……下にいる3人が慌てた様子で声を上げるが、あえて無視。
そして、ちょうど帽子が引っ掛かっている場所よりも少し上の位置まで登ったところで――帽子目掛けて、飛んだ。
右手で帽子を掴み、それから空中で体を縮めて一回転。そうする事で落下速度を緩め、衝撃を抑えるようにして……着地。
帽子を軽く手で払い、付いていた葉っぱを落としてから持ち主に渡した。
「はい、これ。……大事な物はもう手放さないようにするんだぞ?」
「…………」
「……ん?受け取らないのかい?」
「――すごい。……っ、凄い!凄いよお兄さん!カッコいい!!」
「すっげぇカッコ良かった!今のどうやってやったんだ!?」
子供達にキラキラとした目で詰め寄られて、俺は面を食らった。
……その後。俺は彼らと互いに自己紹介した。女性はクレア・マーティン。年上の少年はウィル・マーティン。年下の少年はリアン・マーティンと名乗る。
ウィル君は10歳、リアン君は8歳だそうだ。仲の良い兄弟だった。
「お兄さんの名前は?」
「……"ソーマ"だ。よろしくな」
たまに使っている偽名を名乗った。……できれば本名は隠したい。今も軽く変装している状態だからな。だから、そう名乗る事にした。
事件等で深く関わらない限り、一般人に対しては本名を教えないようにしている。慎重過ぎるとよく言われるが、職業病だとでも思って欲しい。
それから、彼らにさっき俺がやった事を教えて欲しいとせがまれた。丁重にお断りした。
まだ幼い少年達に怪我をさせるわけにはいかないと思い、子供にも分かる言葉で教えられない理由を話し、なんとか説得した。
彼らの母親……クレアさんが心配するだろうし、まだ丈夫ではない子供の体では危ない。やるとしてももっと成長してからだ。それまでに骨を強くしないとできないぞ。
すると、その代わりに遊び相手になってくれと頼まれた。……クレアさんにも申し訳なさそうに、できればそうして欲しいと頼まれる。
幸い時間はあったので、キャッチボールの相手をする。……しばらく他の遊びにも付き合った後で、その日は別れた。