呪霊の子   作:充椎十四

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pixivが先行。pixiv掲載16話分のみのため文字数は少なめ

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》野口八緒様




 時刻は22:13、遊歩道(アベニュー)から井の頭線への改札を通ったのは伏黒恵、禪院真希、禪院直毘人の三人。伏黒は虎杖との合流が叶わず――真希に「いいところに来た」と引き止められて共に行動することとなった。

 道中、真希から伊地知と連絡が途絶えたこと、伊地知の元へは野薔薇と新田の二人が向かったことを伝えられ、伏黒はぎゅっと唇を噛む。

 真希と伏黒にとって伊地知は何度も世話になった相手だ。出来るなら自分たちも探しに向かいたいところだが、今は敵の殲滅が何より優先。無事でいてくれと祈る他ない。

 

 三人が今向かう先、井の頭線渋谷駅の乗り場は二階にあり、改札は三か所ある。上から順に四階のアベニュー改札、メトロなどとの乗り換えになる二階の中央改札、地上階の西口改札。

 

 それらのうちのアベニュー改札から駅に進入した理由は三つ。

 一つ目は鵺で上空から見た際にアベニュー改札付近に死体がなく、人をまるごと摂食する呪霊が通ったと思われること。二つ目はアベニュー改札ルートは一本道であるため敵を見落としづらいこと。三つ目は単純だ、駆け上がるより駆け下りる方が叩き斬りやすい。

 

 酒を呑んだらしくアルコールの匂いがする禪院直毘人に残る二人が顔をしかめながら階段を下り、やはり人気のない……人の死体すらないホームに着く。中央改札に向かえば、柱の陰に――いた。蛸とカブトムシのサナギを合体させたような見た目の呪霊だ。

 呪霊は恥ずかしがり屋の幼児のように柱にしがみついて三人から身を隠し、「ぶぶう――」と鳴いた。ただしそのサイズは幼児とは言い難い巨体、体長は2メートルを越えるものと思われる。

 

「アイツはおれが」

 

 そう言って踏み出したはずの伏黒は、だが、呪霊のいる柱の側に禪院直毘人の背中があるのを見た。

 瞬間移動じみた高速移動。御三家たる禪院家の家長を名乗るに恥じぬ実力と経験。殴り飛ばされ、柱に打ち付けられた呪霊は声を上げて泣き始める。

 

「うぇーん、え――オ゛ロロロロロロ」

 

 泣き声と共に呪霊から溢れ出た吐瀉物は、人骨だ。あまりにも多い……十人百人分どころの数ではない。

 禪院直毘人の目も自然と鋭く呪霊を睨む。

 

「貴様、何人喰ったんだ?」

「ぶぶう……じょうごぉ……まひとぉ……」

 

 訊ねた禪院直毘人だが、悲しいかな、会話が成立していない。呪霊は大きく丸い目にうるうると涙を滲ませながら何かの名前を呼ぶ。

 

「はな、みぃ……」

 

 ――六眼の主、五条悟がこの場にいれば、この呪霊の中で呪力が爆発的に発泡し膨張、そして収束する様子を視認できたことだろう。

 サナギは、呪胎は、今この瞬間に孵化したのだ。仲間の死を感知して。

 

「よくも、花御(はなみ)を、殺したな」

 

 蛸足のような触手を持つ頭部をそのままに、呪霊は長い四肢を得た。腰元から左右に一対生えた鉤爪状の腕には皮膜が張っており翼のように見える。

 海洋生物なのか、そうではない別の生き物なのか。判断つけかねる容姿だ。

 

 禪院直毘人が術式の開示――と思われぬように雑談か愚痴じみた独り言――をするなか、呪霊は自らを陀艮(だごん)だと名乗りを上げる。

 

「我々には名前があるのだ!!」

 

 その陀艮へ背後からの強襲。どういう術式によるのか宙に立つ陀艮を、伏黒の式神・鵺が床に叩き落とす。呪術師三名、呪霊一名、合わせて四名が地に足つけて互いの命を狙い合う。が、呪術師らの攻撃は陀艮の体表を走る水の防壁に阻まれるばかり。

 陀艮の呪力は底なし。まだ見せていない術式の数も多いと思われる。ならば……

 

「技を出す前に――速度で潰す!!」

 

 禪院直毘人の掛け声と同時、三方向から陀艮に攻撃を仕掛ける。

 突貫スリーマンセルの彼らだが問題はない。なんせ禪院直毘人は禪院の当主というだけあって戦闘経験豊富、他人に合わせる戦いもお手の物。また伏黒の術式「十種影法術」は禪院の相伝だ、禪院直毘人は自ら積極的に戦いつつ、伏黒の隙や死角を埋める女房役もこなす。もちろん真希を見捨てることもしない。

 

 陀艮が領域を展開しようと手印を結ぼうとするたび邪魔したものの、これについては陀艮が一枚上手だったのだろう。

 直毘人がほぼ一方的に殴りつける中、陀艮の腹に描かれた呪印のモチーフは宝袋。

 

 陀艮による領域展開、『蕩蘊平線(たううんへいせん)』。彼らの前に広がる海岸線――そして、領域による必中効果を付与された術式「死累累湧軍(しるるゆうぐん)」。サメなどをモチーフにしたのだろう式神がずらりと宙に並ぶ。

 

「坊主ぅ!」

 

 禪院直毘人がわざわざ声をかけずとも、既に伏黒は動いていた。陀艮と距離があるのをチャンスと手印を組み、領域展開。『嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)』。伏黒の足元から闇が立ち上がる。

 

 伏黒が領域展開した理由、それは領域展開と領域展開をぶつけることで、相手の術式に付与された必中効果をないものとできるためだ。

 

 効果を消すことができる理屈について、詳細を語ると長くなるため端的に言おう。

 ウノなどのハウスルールの多いゲームをする際、1ゲーム内で複数のハウスルールが対立したとする。――二者またはそれ以上の者たちのハウスルールが対立し、それらの力関係が拮抗しているならば、そのゲーム内では公式ルールのみが適用されるものだ。

 

 よって、陀艮と伏黒の領域が拮抗している現状では「公式ルール」つまり「ちゃんと相手を狙って殴り合いましょう」という一般常識が適用されることになる。

 

 陀艮の攻撃は、伏黒に対するものはもちろん禪院直毘人と真希に対するものも必中効果を失った。とはいえ死累累湧軍は呪力の限り永遠に式神を生み出し続けられる術式、どう考えても呪術師三人の体力が尽きる方が早い。

 陀艮本体と戦うのは主に禪院直毘人、真希は彼女本人と伏黒を襲う式神を斬り捨てる。拮抗し好転するどころか悪化するばかりの現状、結末が明らかな消耗戦に真希が幾度目かの舌打ちを漏らした……そんな時だ。

 

「真希さん……聞いてくれますか」

 

 伏黒は「領域の端に触れた(・・・)感覚を覚えた」という。なんと伏黒はこれまで、領域のぶつけ合いをしていただけではなく――陀艮の領域の端も探っていたらしい。

 それを聞いた真希は「お前ホントとんでもねーヤツだな」とバカを見る目を向ける。なんせ領域の縁を見つけるのは一般的に不可能とされているのだ。

 それは何故か。

 

 一つ、領域の必中効果による攻撃を受けながら領域の縁を探さねばならないため。たいてい見つける前に死ぬ。

 二つ、領域は個々人により容積が異なるため。縁の位置の見当がつかないので五里霧中のまま死ぬ。

 三つ、領域というものは人工貯水池のように内側からの衝撃に強く外側からの衝撃に弱い構造であるため。たとえ見つけても壊すのは難しく、壊す前に死ぬ。

 

 真希に守られているからとはいえ、縁を探ろうなど……よくやるものだ。

 

「このままじゃジリ貧だ。領域を壊さなきゃならねぇ」

 

 伏黒の目は死んでいない。

 

「あいつは五条先生じゃない。一日に何度も領域展開はできないはずだ」

 

 三人が出てしまえば、陀艮の領域は自壊するしかない。勝機が見えるはずだと伏黒は声を絞り出す。

 

「楽観的な意見だってことは分かってる、けど……」

「そうだな。……でも、その能天気さは嫌いじゃないぞ、私は」

 

 真希の口から「ふはっ」と漏れるような笑い声が出た。激しく動き回り汗に濡れた体がすっと軽くなる心地すらする。

 

 伏黒の言う通り、このまま無限リポップ式神を倒しつつ領域の綱引きをする……なんて続けても死の未来しかない。起死回生の一手が必要だ。三人全員が領域(ゲーム)を出て、陀艮の領域(ハウスルール)を強制終了させるのだ。――ただし、本当に領域の縁に触れているかは、不明。

 最低な博打だ。「魂」どころか「命」をベットするなど正気の沙汰ではない。

 

「ジジイ! 恵が……ッ!」

 

 だが、二人は賭けた。

 

 伏黒の身に問題が発生したと誤認させる呼びかけに直毘人が跳躍する。陀艮が悠然とそれを見送る。伏黒の背中に脂汗が滲む。伏黒が縁を溶かす。彼らの目的に気づいた陀艮が式神を飛ばす――領域に穴が開く、そして。

 

「面白そうなことしてんじゃねーか」

 

 片腕のない男が一人、踊るように軽やかに領域の中に入ってきた。




禪院直毘人、両腕無事。
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