pixiv先行掲載17話分
誤字報告ありがとうございます
》エビ+C様
かつて禪院甚爾として育ち、いっとき伏黒甚爾であり、今はまた別の名字を名乗る彼は、陣野正輝から借りたスマホに案内されるまま渋谷駅構内に向かう。
ネコ科の大型肉食獣を思わせるしなやかかつ力強い走りは同行の二人、七海と猪野をはるか後方に置き去りにする。甚爾が向かう先には、彼の息子――恵がいるのだ。
スマホの通話相手、陣野奈々がハキハキと状況を説明する。
『井の頭線の中央改札を出たあたりだよ。そこでダゴンがリョーイキ展開をして、ダゴンと恵くんたち三人みんな消えちゃった……』
「領域展開か、わーった」
渋谷に帳が下ろされたのち、恵の存在に最初に気づいたのが奈々だった。恵を見つけてからずっとその姿を追っていた彼女は「妖怪」の容姿や言動も全て見ている。
妖怪の名前はダゴンで、タコの怪物みたいな見た目だった。水を操れるみたい。リョーイキ展開したら物凄い量の水が溢れてきたよ。そう話す奈々に甚爾は「ほーん」と相槌を打つ。
「タコねぇ。……なあ、明日あたりタコ焼き食わねぇか」
『えー? ムリムリ、あれ美味しくないよ絶対。大きいのは大味だって言うし、あんなに大きいとお母さんも料理に困るよ』
あと十秒ほどで現場に着くというところで、「あ」と奈々の困ったような声が漏れる。
『メトロの方から妖怪がもう一人来るみたい。距離的に甚爾おじちゃんの方が先に着くけど』
「そうか。いっぱい教えてくれてあんがとな」
『ううん。甚爾おじちゃん、恵くんのこと心配だろうから……私も心配だし』
「いーこだなぁ、奈々。帰ったらちゅーしてやろうな」
『甚爾おじさんのちゅー、お酒臭いからいや』
甚爾も他の大人たちも知らぬことだが――奈々は伏黒恵を親戚だと思い込んでいる。
理由はもちろんある。恵の父親である甚爾は頻繁に陣野の男連中と呑みに行ったり奈々の家へ呑みに来たりするし、奈々が父を迎えに行く先では叔母や大叔母らが「風呂に入ってから寝な!」と叔父や甚爾を足で転がしながら脱衣所に運ぶ様子などもよく見かける。
甚爾は親戚のおじさんなのだ、と奈々が思い込んでも仕方のない溶け込み方だ。奈々など子どもたちへの態度も「ちょっとウザい親戚のおじさん」っぽさが漂っているため誤解するのはほぼ当然のことだった。
また、陣野の大人連中がアルバムをめくりながら「恵くんもだいぶ大きくなったね」だの「今年のお年玉も口座に振り込んでおこう」だのと話す姿もその誤解を補強した。一般的にお年玉は年上の
だから、その「お兄ちゃん」が渋谷に下ろされた不審な帳に来た時――見たことのない呪術師らと行動を共にしているのを見た時――奈々は小さく悲鳴をあげて母に縋り付いたのだ。
「どうしよう、恵くんが変な人たちと渋谷の帳に入っていっちゃった!」
そうして恵くん見守り担当大臣に任命された奈々のお陰もあり、真っ直ぐ迷わず現場に到着した甚爾はぐるりと周囲を見回した。人の気配も呪霊の気配もない……この場には。
「着いたから電話切るぞ」
そう通話を終わらせ、尻ポケットにスマホを突っ込む。
甚爾の
帳の時と同じように一部を破壊して入ろうと游雲を振りかぶった甚爾だったが、ふと気づくものがあり手を下ろす。游雲を握ったままの拳で領域に触れた。
甚爾からだいぶん遅れてきた七海と猪野が肩を大きく上下させながら「ここに伏黒くんたちがいるんですか!?」だの「速すぎっす!」だのと口々に言うのを右から左に聞き流し、深く水中に潜るように領域の中を感じ取る。
「そうだ。それが縁だ……恵」
領域に数瞬だけ空いた穴へ、飛び込んだ。
領域内に広がるのはまさしく「南国の海」。高く澄み渡った空に白い太陽が輝き、透明度の高い海水が力強く浜へ打ち寄せる。
「穴」の周囲にいたのは、ボロボロで鼻血も垂れている恵、あちこち怪我をしている娘、三人の中ではまだ余裕がありそうな叔父の直毘人。娘の顔に見覚えはないが、造作の傾向からして禪院の一人だろう。
「んだよ、これじゃ8時だョじゃねーか」
寒いギャグ言わせんなと吐き捨てて水面を走り――接敵。なるほどこの呪霊、奈々の言う通り相手はタコの妖怪のような見た目だ。酢ダコのように赤い肌はその巨体もあって毒々しく、筋骨隆々な肉体はナメック星人やメルエムとパーツが似通っている。甚爾の口から「うわ、きしょっ」と素直な感想が漏れた。
「なんだ……なんなのだ貴様は!」
「あ? 正義のヒーロー様だが?」
もはや甚爾の身体の一部と言って良い游雲が風を叩く。パァンパァンという破裂音と重い打撃音が入り乱れて領域内に響き渡り、甚爾とタコの妖怪――ダゴンの両方に傷が増えていく。
甚爾に優位は傾いているが、やはり左腕がないと不便だ。埒が明かない。
水面を一秒の間に十五回蹴って後方、三十メートルの距離を取った。さっきまで彼が立っていた足元の海水は瀑布となってダゴンの視界を覆い、更に数多の水滴が
ダゴンが横へ腕を薙ぎ開けた視界から死累累湧軍による式神が発生、甚爾を追うように泳ぎだすも――収納型呪霊がじわりと甚爾の左腕の跡から這い出ると、体をブルブルと蠕動させて
その見た目は「人の腕」と程遠く、無骨で、表面が不規則に波打っている。金属製のようだ。表面に三眼のシンボルが刻印されていることから八咫グループ製らしい。
三節棍である游雲の鎖を切り落とし、一節を左腕の先に取り付ける。残る二節は右手に構えて……式神が一掃されたのは一瞬のことだった。わら半紙を引き裂くより簡単に殲滅された式神の群れ。その光景に息を呑んだのは誰だったのか、再び始まった打ち合いは一方的なもの。
筋肉達磨な見た目を裏切る柔軟性、正道邪道織り交ぜた連撃、重量級だというのに新体操の演技を思わせる。
呪霊を抉ったのが何連発の打撃なのか、甚爾本人以外には誰も見取ることなどできないだろう。ダゴンの体のへしゃげ方、吹き飛び方は10トントラックに跳ねられたダミー人形もかくや。
放物線を描きながら落下していくダゴンを追い、純粋に脚力のみで甚爾は空を駆けて浜に着地。と同時にタコ頭を致命的なまでに破壊。海面と砂浜にボッパンと爆裂音が響く。
領域が崩壊する。
砂の城のごとく崩れてゆく南国の海の隙間、表れた井の頭線中央改札前にはもはや満身創痍という男が二人。そして一つ目の呪霊が一体。
一息つく間もない新たな敵の登場に総員改めて構え、禪院の娘が「だぁああ! 糞が!」と奮起の大声を張って呪霊へ駆ける。我武者羅な走り方だ。
半ば焼け焦げているが生きていたらしい七海が「真希さんいけない!」と鋭く静止するも、娘――真希は止まらず、否、もはや止まれず刀を上段に振りかぶる。そこに呪霊がおもむろに腕を伸ばし真希に触れ……なかった。
甚爾を除く面々の中で一番気力体力ともに残っているらしき男、禪院直毘人が動いていた。
一つ目の呪霊が一秒ほど動きを止めたその隙に直毘人は真希を遠くへ蹴り飛ばし、蹴るついでに盗った真希の刀で呪霊を斬りつけるが……有効打にならなかったらしい。盛大に顔をしかめて「
そんな攻撃などなかったと言わんばかりに、呪霊は悠然と周囲を――甚爾のことは無視して三人を――見回す。
「陀艮を殺したという割には……なんとも弱そうな連中だな」
「そりゃてめぇの目が節穴だ。レーシックしとけ」
音が甚爾の後を追う。呪霊の体がくの字に折れて吹き飛んだ。
この場の雰囲気を読まない発言、攻撃だ。通常であれば白眼視されるはずの甚爾の言動はしかし、この場において頼り甲斐に満ちている。
三眼電機の製品はあらゆる場所に存在する。この駅構内で例を挙げるなら――監視カメラ、デジタルサイネージ、埋め込み式空調機器、誰かの落としたスマートフォン。それらには全て三眼のシンボルが刻まれている。
甚爾の飛ぶ姿は羽毛より軽やかでありながら、遊雲を振り下ろす様は象より力強い。今の甚爾は無敵だ、なんせ
誰から?――八咫姫から。そして、彼の息子から。
「楽しいなぁオイ!」
ドカンと爆音が響いたのは呪霊の頭部が噴火したためか、それとも甚爾が支柱を粉微塵に砕いたためか。
呪術師たちを置き去りにして、甚爾は