呪霊の子   作:充椎十四

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pixiv掲載済み分19話の加筆修正版




 母が加茂憲倫に連れ去られてから十数年が過ぎた頃、母の両親つまり私にとっての祖父母が殺されているのが見つかった。

 二人の家にほんの僅か残った残穢から、二人は呪術使いに殺されたのだと思われた。

 

 殺される一月ほど前のことだ。祖父母は陣野家を訪れて「加茂のご当主さんとやらに直接手紙を送ってみるよ。代替わりしたと言う話だし、あの子の骨だけでも返してくれると良いんだが」と話していたらしい。

 それで、これだ。

 何故母はモルモットにされねばならなかったのか。何故祖父母は殺されねばならなかったのか。あまりの衝撃に意識を失ってしまったようで、気づいたら布団に寝かされていた。

 

 ――権力者に直接手紙を送るのは危険だと学んだ。

 

 それからまたしばらく後。弟妹の遺体はどこにあるのか、火葬してもらえたのかすら分からないままながら、母の骨は残っていることと、母の骨が何らかの怪しげな研究に使われていることが分かった。

 研究者ならいきなり殺しにくることはあるまい、ということで手紙を送った。その骨、おとよの遺族だ。彼女の骨を返してほしい、と。

 

 返事は来なかった。何度も送ったが、返事が来ることはなかった。

 

 研究者と交流がある他の呪術使いにも手紙を送ったがこちらも梨の礫。金で解決できればと、「依頼料を先払いする」と白紙の手形を送ってみたこともあった。やはりそれにも返事はなく、手形が使われることもなかった。

 

 ――京都に行くのは怖かったから行けなかったし、誰かを京都へ行かせることもしなかった。

 なんせあちらは加茂のお膝元だ、のこのこ行ってどんな目に遭わされるか……祖父母のように殺されるかもしれない。母の二の舞いになるかもしれない。

 被害者をこれ以上増やしたくないのだという私の意思に皆従ってくれた。

 

 そうやってじわじわと呪術界の情報を集めるうちに、呪術使いは人でなしばかりだと知った。

 

 呪術界は「女体で家具を作る」性的嗜好の変態やら「何か(≒住宅その他)を焼くことに萌える」頭痛が痛い系犯罪者やらの楽園なのだと聞いて――まず自分の耳を疑い、次に情報源を疑い、そしてこの世の不条理を悟った。

 力を持つ者は力を持つなりの躾や教育を受けるものではないのか。国から委任を受けて呪霊を退治している者が「ハァハァ、女体衣紋掛け最高!」などと変態性欲を迸らせるのは如何なものか。

 

 これを野放しにしていても問題ない、という判断基準がもう問題しかない。そんな呪術界なら滅びた方がいいのではないか?

 

 加茂憲倫の行った人倫にもとる所業も、地獄の煮凝り万国博覧呪術界から生じた「起きるべくして起きた」犯罪だったのだろう。

 これを知って私は二択を迫られた。

 

 母たちの復讐を諦めず、危険な呪術界へ足を踏み入れるか。

 母のこと、祖父母や弟妹の復讐を諦めて一市民として生きるか。

 

 父親が誰とも分からない私たちをあんなにも愛してくれた母と、人体実験のすえ生み出され殺された弟妹らの無念を思えば、復讐すべきだろう。だが話を聞くに呪術使いの連中には倫理も法律もない様子。

 彼らと対立し敵対した場合、陣野の名を持つ者全て嬲り殺しにされる可能性が高い。なんせ私の祖父母も簡単に殺したような連中なのだ。

 

 ――すでに死んだ者のために今生きている者を地獄に巻き込むのは、果たして、正しい(・・・)行為と言えるだろうか?

 私を励まし、支え、共に歩んできてくれた陣野の人々を死なせるのは正義か?

 

 復讐の炎はなお熱く私の胸を焼いているが――この手のひらの中に今ある命すら取りこぼしていく道など、どうして選べようか。

 

 単なる一市民として商売で身を立て、呪術界とは距離を置いて生きよう。復讐に囚われていては今ある命すら喪うことになる。そう皆に伝えようとした、そんな折のことだ。

 男連中に呼ばれて居間に行けば、そこには成人の男が勢揃いしていた。勢揃いと言っても年寄りから学生まで合わせて十五人ほどだったが。

 

 一人が口火を切った。

 

「呪術使い共との戦争だが、まずはこちらの兵力を増やそうと思う」

「はあ?」

 

 気の抜けたような返事をしてしまった私に、陣野の者達は笑って、言った。

 

「いま連中とやりあうことになれば間違いなく数で押し負ける。だからまずは力をつけ、我々の数を増やしてゆこう。そうすればいずれ出る芽があり咲く花もあろうよ」

「なに……まさかお前たち」

「いやいや姫、よく考えてみよ。呪術使いどもというのは正気を疑う畜生ばかり。呪術使いと比べれば野良犬の方がまだ可愛いというものだ。……そんなのを野放しになどできんだろう? まあ、世のため人のため国のためというものだな」

 

 それから、陣野の男連中の女関係が派手になった。妻に迎えた女がいるというのに屋敷に妾を連れ込むし、外にも◯◯の女やら✕✕のママやらなんやらかんやら……浮気を正当化する言い訳に体よく使われたのではと疑いたくなるほどの派手さには顔をしかめたし、あまりに酷い場合は折檻もした。

 

 とはいえ、男たちの言う通り――派手に女を増やしたから、派手に子供も増えた。十年せずに陣野家は人数が三倍、十五年後には四倍。陣野の屋敷は赤ん坊と子供の騒ぎ声が絶えない賑々(にぎにぎ)しいものに変わっていった。

 

 そんな時に関東大震災が起き、私は神格を得るに至った。

 

 神格を得られたが、まだまだ足りなかった。呪術使いたちがこれまで築いてきた人脈やら資産やらに陣野は遠く及ばず、二次大戦前にようやく連中の爪先が見え、戦後の復興の波に乗り腰ほどの高さまで這い上がった。あと少しあと少しとにじり寄る日々だった。

 そんな頃だ。投石、火炎瓶を伴う学生運動の闘争が激化。ほぼ同時期に羽田事件、よど号ハイジャック事件、上赤塚交番襲撃事件、あさま山荘事件などの左翼による重大犯罪も立て続けに起きた。

 

「正当防衛の範囲内で呪術使いどもをぶちのめす程度であれば、『そういうご時世だから』と思われるのではないか?」

「賛成」

「賛成」

「全面的に賛成」

 

 たいていの呪術使いは武器を持ち歩いているため、少し過剰に殴りすぎても「お巡りさァん! この人、武器を持って町中を歩いてました! どう見ても危険です!」という言い訳ができる。この案は賛成多数で可決され、居間は男どもの雄叫びと足踏み、ちゃぶ台をドラムのように叩く音で満たされた。

 

 これで一歩また前進できた、そんな気持ちになれた。

 

 呪術使いを叩き潰す際のTPOについて、東京中で呪術使いらをぶちのめして回りたい気持ちを抑え、呪術使いたちを襲う場所を渋谷の中だけに限ることとした。範囲を広げすぎると手が届かない。すぐに家から増援が駆けつけられる地域だけにしよう、と。

 断腸の思いでの範囲指定だったが、我々の気持ちとは裏腹にそれが奏功した。始めは警官に「危ないからやめなさい」と都度怒られていたのが、二年三年と過ぎる頃には「また陣野さんか。やりすぎないようにね」という口頭注意で済むようになったのだ。

 少し過度な地元愛だと思われたらしかった。

 

 それでも――まだ足りなかった。あと一歩ほどの距離をどうにも詰められなかった。

 

 その距離を埋める最後のピースになったのが、私の弟、澄壮たち三人。

 そして、甚爾だ。

 

「よく言ってくれた! 最高よ甚爾ィ!」

「百億に比べたらハシタ金だけど爺さんのヘソクリ持ってけ今なら駅前の商業ビルも一棟オマケに譲る!!」

「あたしがもうニ十若かったら甚爾と結婚してたね」

「こりゃああの子がモテるのも分かるってもんだよ、見た目よし筋力よし性格よし気風よしなんだから」

「凛々しい〜素敵〜えっち〜!」

 

 甚爾が残る弟妹六人を要求した姿を()た陣野の女連中はヤンヤヤンヤと拍手喝采、指笛まで響く。祭りのような騒ぎだ。

 

「あれ、八咫姫さま泣いてる?」

 

 奈々に言われて、頬から顎にかけて濡れていることに気づく。

 

「ああ……言葉に出来ないくらい胸がいっぱいで、いつの間にか溢れていたらしい」

 

 気を抜くな。まだ災害は去っていないのだから。完全無欠な大団円を迎えるためには、まだまだすべきことが残っている。

 それと……この不気味な箱の処分についても考えねばならない。

 

「……よし。気張っていこう」

 

 頬を叩き、気合を入れなおした。




祖父母「娘の遺骨を返して!」
次代加茂当主「なんで術師でもないただの町民風情が先代や加茂家のことを知ってるんだ? あと加茂憲倫なんて人はうちにいないったらいないのでうちは無実です。こいつらは怪しいから殺せふじこふじお」

陣野「おとよさんの骨を返して」
研究者「これはご当主様からの手紙、これは上層部からの召喚状、これは親類の結婚式招待状……(その他は古紙回収)」

陣野「おとよさんの骨を返して欲しい。お力を借りられませんか」
京都の呪術師「何か知らん人からよう分からん手紙来たわ。自分関係あれへんし、どーでもエエわ〜(放置からのゴミ箱行き)」

陣野「オラァ誘拐犯どもめ、渋谷から五体満足で出られると思うなよ!」
東京の呪術師・呪詛師「変な因縁つけてくる……陣野やば……」


 え、ヤバい呪術師の具体例に見覚えがある? なんだと……どこの脳◯探偵のことなんだろう……?
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