今宵は月が綺麗ですね   作:とりゃあああ

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殺生日記 伍 裏 破

 

 

 

 

『ニキョキョキョ! 久し振りだねェ、金獅子』

「この声、黒炭のババアか。何十年ぶりに聞いても耳障りな笑い声だな。生意気なのも変わってねェ。今日は何の用だ?」

『随分とご挨拶じゃないか。アンタの探し物を見つけてやるっていうのにねェ』

「あ?」

『禁忌の牙。欲しいんだろ?』

「見つけたのか?」

『ニキョキョキョ。これから見つけるのさ』

「話にならねェな」

『そうでもないさ。場所はわかったからねェ。どうも封印を解くのに梃子摺りそうだが、まぁ二年もあれば手に入れられるだろうよ』

「――何処にある?」

『海賊のお前さんに言うわけないだろ? 禁忌の牙が欲しいなら条件を呑みな』

「ワノ国の乗っ取りならやらねェぞ。俺の野望はそんなに小さくねェ。カイドウかリンリンにでも頼むんだな」

『言われずとも順調に進んでるよ。あと一年もすればワノ国はあたしたち黒炭家のモノさ!』

「結構な事だな。で、条件は何だってんだ?」

『化け犬の伝説は聞いてるだろう?』

「闘牙王の事だろ。当然だ。良くも悪くも人間に干渉しないって聞いてるぜ。ロックスから色々と教えてもらったしな」

『ソイツを殺せ。それが条件さ』

「禁忌の牙を手に入れる代わりに、数百年前に単独で世界政府へ喧嘩を売った闘牙王を殺せだと? 割に合わねェぞ」

『相変わらず慎重居士な奴だね。勝てる喧嘩しかしない主義は変わってないのかい』

「ジハハハハ! 俺は頭脳派なんでな」

『笑えないよ。まぁ渋るのもわかる。化け犬は強い。でもね、その見返りも大きいのさ。奴は爆砕牙を持ってる。禁忌の牙、最強の一振りをね』

「――くれるんだな?」

『勿論さ。封印されていた鉄砕牙、そして化け犬の持つ爆砕牙をやるよ。だから確実に殺してほしいのさ、あの化物を』

「良いだろう。殺してやる」

『ニキョキョキョ! 良い返事だね』

「だが」

『?』

「化け犬を殺すのは鉄砕牙を渡された後だ。それは譲らねェぞ」

『構わないよ。鉄砕牙を持った時点で、アンタは化け犬から狙われる事になる。契約破棄なんてできないからねェ』

「ハッ。つまりテメェも安全に鉄砕牙を厄介払いできるって訳か」

『いつ黒炭家の敵に回るかわからない怪物を放っておくなんて馬鹿のすることさ。排除できるなら禁忌の牙も惜しくないよ』

 

 

 

 

約二年前、世界の片隅で契約は成立した。

当時のことを反芻しながら眼下を睥睨する。

荒れ狂う海。犇く配下の海賊船。

八方塞がりな事を微塵も気にせず、化け犬の大妖怪は空中に浮いている。

どうして浮遊できるのか。原理は不明。少なくとも悪魔の実の能力でないことは確からしい。数百年前の戦争でも空を飛んでいたと記録に残されている。

シキはフワフワの実を食べた。

超人系の能力者だ。

所謂、浮遊人間である。

だから飛べる。物を浮かせられる。

化け犬は己の力で超常現象を可能にしている。

規格外の化け物といえよう。

世界政府が畏怖するのも頷ける。

 

「ジハハハハ! この大艦隊を見ろ!」

 

入国を阻む大滝と急流も、シキの能力を使えば容易く突破できた。

数にして四十三隻。

まさに海賊艦隊と呼べる陣容である。

金獅子のシキは自他共に認める新世界の四強。

白ひげやロジャーとも互角に渡り合う海の皇帝。

だが、相手は化け犬の大妖怪だ。

海軍から『闘牙王』と呼ばれ、世界政府から『天災』と畏れられた怪物を相手取らなければならない。

最低でも四強に連なる実力と想定した。

更に想像の上を超えるかもしれないと仮定した。

故に用意した。

絶対に勝てる布陣を作り上げた。

頭上から金獅子のシキ。

足下から一騎当千の猛者たち。

大人げないだろうか。

敵一人を前にしてみっともないだろうか。

そんな事はない。

勝つ為に様々な手段を講じるなんて当たり前だ。

もしも化け犬の実力が想定より弱かったなら笑い話で済む。艦隊を用意しなくても良かったと思い出話にできる。

負けたら終わりだ。

 

「もうお前に逃げ場はねェぞ!」

 

化け犬は容易く挑発に引っ掛かった。

ものの数分で予定していた海上まで誘引できた。

今頃、カイドウ率いる百獣海賊団は国内の不穏分子を一斉に摘発しているだろう。

速やかに。秘密裏に。されど声高に。

各郷の侍や侠客の手足をもぎ取り、たとえ花のヒョウ五郎が立ち上がっても無駄になるように。光月家へ忠誠を誓う大名家から戦力を奪い取るように。

金獅子のシキは干渉しない。

それはカイドウと黒炭家が行うことだから。

此方は契約通りに動くだけ。

闘牙王を抹殺して、爆砕牙を奪う事に注視する。

 

「逃げる気などない」

 

化け犬が得物を鞘から抜く。

本命の爆砕牙ではない。

二代鬼徹と呼ばれる大業物だった。

 

「貴様を殺して、鉄砕牙を取り返す」

「そんなに取り戻してェのか、これを!」

 

戦利品を右手に持つ。

鞘に納められた鉄砕牙がカタカタと震えた。

 

「貴様には過ぎた刀だ」

 

化け犬の眼光が刻々と鋭くなる。

闇夜の空気が軋んでいく。

空は曇天、海は大荒れ。

覇王色の衝突は熾烈を極めた。

 

「ジハハハハ! 失くした分際で中々言うじゃねェか!」

「失くしていない。譲っただけだ」

「譲った? 負け惜しみだな。この刀は藤山に封印されていたらしいが、それもお前の思惑通りなのか?」

「――――」

 

痛いところを突かれたのだろう。

化け犬の放つ覇王色が一瞬だけ緩む。

実力を測るなら今が好機だ。

シキは愛刀を両手に構えて滑空する。

右手に桜十、左手に木枯し。

上空から振り下ろされる二つの斬撃を、化け犬は片手で防ぐ。流れるような動作で、二代鬼徹をシキの腹部目掛けて振り抜いた。

桜十で弾く。だが、膂力の差で押し込まれる。

黒刀と化した木枯しで敵の首元を狙う。空を切った。

化け犬は屈んで躱した。その状態で二代鬼徹の鋒を向ける。弓を引き絞るような突きの構え。弾丸よりも速い刺突が放たれた。

見聞色の覇気は全開で発動中だ。

問題ない。見えている。

危なげなく避ける。

終わらない。当然だ。

殺意の塊。連続の鋭い突き。

一つ一つが急所を狙っている。

頭、喉笛、心臓。

全て回避、もしくは愛刀で防御する。

時間にして五秒足らず。

回数にして三十五回。

化け犬は喉笛を狙った刺突の状態から薙いだ。

真横へ。シキが躱した方向へ。

首を両断する一撃を桜十と木枯しで押し留める。

鍔迫り合い。膂力の勝負。

相手の土俵で戦うなど愚の骨頂に過ぎる。

がら空きな化け犬の腹部へ前蹴りを食らわす。

化け犬は武装硬化された蹴撃を後退することで回避した。

シキも首を鳴らして、眼前を見据える。

体捌き。剣術。膂力。

いずれも最高峰。優劣の違いは見受けられない。

覇気は洗練されていない。見聞色はおろか、武装硬化すら使えるかどうか。そもそも覇気を使用していない可能性すら有った。

まさか舐められているのか。それとも使えないのか。覇王色以外に適性が無いなんて有り得るだろうか。

 

「ジハハハハ。それならそれで構わねェさ」

 

勝てば正義。

海賊の戦いに卑怯という言葉は存在しない。

シキは高度を上げる。

胡乱な瞳を浮かべる化け犬へ愛刀を振るった。

間合いの外。

無意味な素振り。

そう判断する者もいるだろう。

だが、偉大なる航路を進む者は知っている。

金獅子のシキが何を行ったのか。

放たれるのは飛ぶ斬撃。

不可視の攻撃が空中を疾走する。

 

「下らん」

 

化け犬は苦々しく一蹴する。

まるで見えているように飛ぶ斬撃を斬り払う。

薙ぎ払われたそれは、そのまま海へと衝突した。

シキは口許に笑みを浮かべる。

斬波。大波が跋扈する海を割断した。

更に覚醒している能力を行使すればーー。

 

「獅子威し『内裏地巻き』ッ!」

 

海水を獅子の形に変えることも可能だった。

突如出現した青白い巨大な獅子。化け犬を取り囲むように複製されていく。一個、二個、三個と増えていき、最終的に十二を数える獅子の大群となる。

 

「大した曲芸だ」

 

冷めた目付きで周囲を見渡す化け犬。

 

「ジハハハハ! その余裕、嫌いじゃねェが。お前の慌てる顔も見たいんでな。手加減なしでやらせて貰うぞ」

「好きにしろ」

 

瞬間、一斉に襲い掛かる獅子の大群。

化け犬は一つ一つ軽やかに躱していく。演舞でも行っているような身軽さである。老若男女を虜にする美貌と着物のせいで、まるで戦場と思えないほど様になっていた。

獅子の原料は海水だ。故に衝突しても消えない。僅かに海水が飛び散るだけで、数秒も経てば完全に元通り。斬り伏せたところで同じこと。獅子の大群を止めたければ、シキ本人を叩く以外に方法などなかった。

化け犬も直ぐに理解したらしく、獅子の包囲網を抜けて、シキの下へと一直線に翔ける。既に得物は二代鬼徹から爆砕牙へ切り替わっていた。

アレが爆砕牙かと獰猛な笑みを貼り付けながら、シキは武装硬化した二本の愛刀を振り翳す。

 

「獅子・千切谷!」

 

乱発された飛ぶ斬撃は闇夜を切り裂く。

威力は斬波と同等。いずれも必中の距離。

化け犬は回避しようと高度を上げた。

させるか。

獅子の大群を四方八方から強襲させる。

爆砕牙の一振りで木っ端微塵になるも、次々と突貫する獅子に邪魔された化け犬へ、数えるのも億劫な量の斬撃が飛来した。

 

「まだ足りないか」

 

シキは呟き、愛刀に力を込める。

獅子威しだけでは無理だ。

斬波の乱れ撃ちも決定打にならない。

ならば最後の決め手は己だと理解した。

夜空を突き進む。

弾ける獅子の隙間を縫い、斬撃を薙ぎ払う化け犬の下へ一直線に。

飛び散った海水が右頬を伝う。

それを拭いもせずに間合いへ躍り込んだ。

化け犬が無傷で立っている。

全方位の襲撃を爆砕牙一本で対処した証である。

だが残念無念。

休む暇なく繰り返す猛撃は、化け犬に決定的な隙を齎した。

シキは見逃さない。

桜十を大上段から振り下ろす。

空気を巻き上げ、大気すら焼き切る。

頭から股下まで一刀両断しそうな斬撃だった。

しかし――。

化け犬は恐るべき超反応で躱してみせた。

半歩横に移動して、まさに紙一重で回避する。

目を見開くシキ。

まさか避けられるとは。

眼前に佇む不条理に目を疑う。

 

「それでこそ闘牙王だ」

 

最悪を仮定しておいて良かったと安堵する。

左手に持つ木枯し。未だ振り翳したままの凶器。

全霊を込めた袈裟斬りは、化け犬の右肩から胸板を斜めに斬り裂いた。手応えあり。浅くない傷を刻んでやった。

鮮血が舞う。

顔を歪めた化け犬へ追撃を与える。

当然ながら復活した獅子の大群だけではない。

シキは満を辞して大艦隊に号令を下した。

 

「やれ」

 

四十三隻から放たれる砲弾。

主砲だけでなく、副砲も使った集中砲火。

加えて、金獅子海賊団の幹部たちによる一斉攻撃も発射された。能力に因る者もいれば、シキのように飛ぶ斬撃を繰り出す者もいる。大親分の命令を違える訳もなく、幹部全員が渾身の一撃を化け犬へぶっ放した。

全て直撃する。

爆音が轟く。

衝撃が大気を揺らした。

燃え盛る業火。煌々と炎上する夜空の一角。

死んだだろうか。

隙を突いた。身体を斬り裂いた。追撃した。

普通ならお陀仏だろうが、業火の中心地にいるのは世界政府も畏れる化け犬の大妖怪である。

シキは油断せずに右手を握り締めた。

獅子の大群が業火を包み込む。

確実に殺す為に。

死んだと確認する為に。

覇気を流し込んだ獅子たちは、化け犬の存在した場所へ殺到する。

噛み砕け。溺死させろ。抹殺するんだ。

そうすれば禁忌の牙が手に入る。巨大な野望へ一歩近付ける。

 

 

 

「――弾けろ、爆砕牙」

 

 

 

声が響いた。

咄嗟に愛刀を構える。

刹那、衝撃波が駆け巡る。

シキは抑えきれずに後方へ弾き飛ばされた。

下唇を噛み締める。

顔を上げて、元凶を睨んだ。

曇天は吹き飛んでいた。

灼熱の炎は一掃された。

獅子の大群は文字通り爆散した。

下手人が現れた。

爆砕牙を片手に眦を吊り上げている。

風情ある白い着物は煤に塗れて見る影も無し。左手と右足は赤黒く腫れ上がり、胸板に刻み込まれた裂傷から少なくない血が流れていた。

満身創痍と見るべきか。

それとも五体満足なことに驚くべきか。

シキは舌打ちする。

四強に連なる海賊団の飽和攻撃を浴びて死んでないことが理不尽だと思った。

 

「ジハハハハ! アレで死なないとは。度肝を抜かれたよ。だが大丈夫か? もう立ってるのもキツいんじゃねェのか?」

 

黒炭ひぐらし曰く、化け犬は挑発に弱いらしい。

動揺を胸の内に隠しながら、シキは大妖怪を煽り立てる。

挑発に乗り激昂。我武者羅に突進してくれれば、今度こそ返り討ちにして息の根を止めてやるとほくそ笑みながら。

だが、化け犬は憤怒しなかった。

それどころか表情を緩め、ゆっくりと口を開く。

 

「貴様は強い。勝ちに拘る姿、見事だ」

「そりゃあどうも」

 

適当に返事する。

シキの意識は海面に向けられていた。

音を立てずに造り上げた海水の獅子で、化け犬の背後から奇襲させる。完璧なタイミング。殺せなくていい。隙を作れ。それだけで金獅子海賊団の勝ちは――。

 

「礼だ」

 

後方も確認せず、化け犬は対処した。

獅子の頭部へ爆砕牙を突き刺す。

それだけだ。それだけで獅子は崩壊した。断続的に鳴り響く轟音を背景に、海面へ沈み込むように溶け落ちていった。

 

 

「貴様が欲した爆砕牙の力、その一片を見せてやろう」

 

 

爆砕牙から放たれる威圧感。

化け犬が醸し出す絶対的強者の風貌。

金獅子のシキが長らく感じられなかった格上に対する恐怖を前に、ロックスを連想させる雰囲気に飲まれながらも、大海賊は桜十と木枯しを鞘に納めて爆笑した。

 

 

「ジハハハハハハハハッッ!!」

 

 

手に持つのは禁忌の牙。

鉄砕牙と名付けられた能力斬り。

伝承に曰く『斬り殺した相手の持つ能力を一部吸収する』力を持つとされている。

能力とはすなわち、悪魔の実の能力である。

故に理論上、無限に成長する妖刀だとか。

 

「気に入ったぞ、闘牙王! お前はこの刀で殺してやる。元はお前の刀なんだ。本望だろうが!」

 

寂れた鞘から抜き放つ。

さぁ、姿を顕せ。

禁忌の牙に相応しい力を示してみろ。

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

何も感じない。

刀身は軽い。想像以上に軽い。

どうなっているんだと目を向ける。

視界に飛び込んだのは錆びて刃毀れした刀身。

今にも折れてしまいそうな小汚い刀が、シキの右手に握られていた。

 

 

 

 

「なんじゃこりゃあ!?」

 

 

 

 

情けない雄叫びが虚空に飲まれた。

 

 

 

 

 









二代鬼徹「出番がないよぉ。゚(゚´Д`゚)゚。」

爆砕牙「鬼の牙だからね、仕方ないね(嘲笑)」


鉄砕牙「りんに会いたい(切実)」


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