今宵は月が綺麗ですね   作:とりゃあああ

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殺生日記 陸 表

 

 

 

 

 

 

 

○月★日 

 

 

 

りんの孫と邂逅してから一週間。

鉄砕牙の嬉しそうな声が日々伝わってくる。

ウキウキ。わくわく。ルンルン。うっひょー。りんの血縁はやっぱり最高ね、やったー。

気分屋で、無邪気で、天真爛漫。

永く封印されていても性格は変わっていなかったらしい。久し振りに両親と再会した子供のように舞い上がっていた。

 

 

まったく現金な奴である。

俺の得物として暴れていた時代でもあんなに小躍りしていなかったんだが。

先日なんて無愛想の塊だった。それでも呼び掛けに応えてくれたのは、妥協に妥協を重ねた苦渋の決断だったのだろう。

金獅子よりも遥かにマシだし、八百年前とはいえご主人だし、解放してくれた恩人だから仕方なく。そんな葛藤に苛まれていたんだろうなぁ。

俺に文句を言う権利なんてない。

なにしろ、鉄砕牙の仕事は『風の傷』と『爆流破』をブッパするだけだった。斬り結びたい、能力を喰べたいと主張する鉄砕牙を無視して効率重視で敵勢力を屠ってきた。

加えて、りんに預けた後は八百年以上も放置したんだ。恨まれていて当然。金獅子と戦った時、一時でも覚醒してくれたのは僥倖といえる。

 

 

そもそも。

どうして藤山に封印されていたのか。

りんは我が子に預けたと言っていたのに。

理由なぞとうの昔に忘れたが、りんの子供夫婦はこの国から出国している。りんと共に見送ったから間違いない。

ワノ国に鉄砕牙が残されているわけないんだけど。

 

 

問題は光月家が知っていたのかどうかだ。

可能性としては五分五分だろう。

光月スキヤキの律儀さを思い出す。

わざわざ将軍に就任した事を大妖怪に報告するような真面目な男だ。

牙の所在を把握しておきながら黙っていたと思えない。あれほど誠実な侍なら話すだろう。交渉が決裂するにしても包み隠さずに相談する。仁義を通そうとする。

そういう実直な男だ。

信頼はしていないが、信用はしていた。

 

 

勿論、訝しい点も存在する。

約一年前、オロチと共に俺の屋敷を訪ねた琵琶法師はこう言い捨てた。

お前の遺した物が、お前を殺すことになると。

つまり、黒炭家は鉄砕牙がワノ国にあると勘付いていた。光月が知らず、黒炭は知っていた。果たして有り得るのか。無いとは断言できない。ならば情報源はなんだ。

りんは他にも何か言い遺したんだろうか。

 

 

 

疑念は尽きない。

スキヤキが死んだ以上、答えは霧の中だ。

何はともあれ、鉄砕牙は元の鞘に収まった。

これからはりんの孫を献身的に守ってくれるだろう。

 

 

それだけで十分だ。

 

 

 

 

○月∞日

 

 

 

鈴後が襲われた。

隣郷の暴徒化した人間によって。

おでんが言うには食糧と物資を希求してのことらしい。

 

 

ワノ国は昔から数十年に一度、突発的に大飢饉が発生する。

常に雪の降る鈴後だけではない。他の郷も例外なく凶作となり、ほぼ同時にワノ国から食べ物が枯渇してしまう。

誰もが飢えて、絶望して、木の根を齧りながら餓死する。

飢餓感に我を失った民衆が真っ先に行うこと。それが暴動だ。食糧を求めて、目に付く場所を手当たり次第に蹂躙していく。まるで蝗のように。

その混乱は鈴後にも及び、米粒一つを求めて相争い、最終的には雪の大地に骨と皮だけの屍を晒していった。

 

 

故に。

俺は当初、些細な出来事として静観していた。

嗚呼、いつもの暴動かと。

りんが見守ってほしいと望んだのは鈴後の大地である。此処に住む人間ではない。

それに、大妖怪が人間同士の争いに介入してどうするのか。人間に手を貸したらどうなるのか。

熟考するまでもなく百害あって一利なし。俺も、為政者も、人間たちさえも。

暴徒化した民衆を諌めるのは統治者の仕事だ。

将軍である光月おでん、鈴後の大名である霜月牛マル。どちらでも構わない。貧乏籤を引ける方が収拾をつけるべき。

俺は昼間から酒を飲んで傍観していた。

 

 

なのに——。

暴徒の汚い手は鈴後の大地を荒らした。

常世の墓に埋められた名刀を剥いだ。森に火を付けた。川に毒を流した。無垢な動物を殺めて、女子供を無駄に甚振って、綺麗な雪原を鮮血に染めた。

 

 

挙句、俺の屋敷に手を掛けようとした。

 

 

全てを薙ぎ払った。

手加減なく、一方的に。

死んでいるか生きているか。

最早俺にとってどうでも良かった。

大事なのは一刻も早く暴徒たちを殲滅することだったからだ。

 

 

橋の上から川へ毒を撒く愚か者を斬り伏せようとした瞬間、光月おでんとその家臣たちが颯爽と現れた。

売り言葉に買い言葉。

一悶着あり、刀を交える。

二代鬼徹で戦うこと数十分。

色者家臣は全員倒れ、光月おでんだけが満身創痍で立っていた。

カイドウを破った英雄。ワノ国を圧政から救った解放者。花の都を追い出された時と比べれば大した出世振りだが、まだまだ未熟だと思った。白ひげにも届いていない。

爆砕牙を持ってこなかったのは幸いだったかもしれない。多分、殺していた。

 

 

暴徒を全滅させた。

適度に暴れて発散できた。

感情の昂りも収まり、白舞へ暴徒を投げ捨てた俺は踵を返した。次は赦さないと言い残して。

おでんが疲労困憊の中で謝っていた。

それと後日、また俺の屋敷を訪ねるらしい。大事な話があるとか言っていた。

 

 

 

次に屋敷を燃やそうとしたら。

鈴後以外の住民を駆逐してもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

○月$日

 

 

 

光月おでんが門戸を叩いた。

家臣はいない。おでん一人だけだ。

深刻な表情を浮かべて屋敷へと足を踏み入れた。

普段は煩いぐらいなのに、今日のおでんの口は重かった。明朗快活なお前は何処に行ったんだと詰問したいぐらいに。

仕方ない。嘆息を溢す。俺から口火を切った。

天月トキとの出会い、鉄砕牙の在り処、鈴後を襲った暴徒、金獅子の撃退、カイドウとオロチの処刑日、そして——。

 

 

 

ワノ国の民が俺を追放したいらしい。

 

 

 

 

“またか”。

数百年ぶりの癇癪だと何故か懐かしくなった。

 

 

 

 

 

 

⌘月◆日

 

 

 

最近、お供え物が増えた。

鈴後の民が屋敷の前で頭を下げて、俺に感謝している。

彼らは一体何をしているんだろうか。心情を理解できない。

人間ってこんなにも摩訶不思議な生き物だったっけか?

 

 

 

 

 

⌘月∞日

 

 

 

霜月牛マルが屋敷を来訪した。

家臣も引き連れずにたった一人で。

一年振りだろうか。よく覚えていないが。

事前の連絡くらい寄越してから来いと屋敷から叩き出し、門前にて適当に対応してやると、牛マルは刀を雪上に置いて土下座した。

すまなかった。

拙者はお前を見誤っていた。

どうか愚かな自分を許してほしいと。

 

 

どうやら詰ったことを後悔しているらしい。

大妖怪たる俺が動いてしまえば一体どうなるか。オロチとカイドウを討滅して、その先に待つのは何なのか。傳ジローとイゾウから聞いたのだと唇を噛み締めて口にした。

何やら誤解しているようだった。

別にそこまで想定していなかったんだが。

将軍になれと民草から求められても断ればいいだけだ。光月家が追放されたとしても、別の大名家が将軍位に就くだろうしな。

勘違いを正してやるべきだろうが、見惚れるような土下座を絶賛遂行中の男にわざわざ言い聞かせるのも面倒だった。

だから立ち上がらせて、適当に放り投げた。

 

 

土下座など無意味。

気にするなと吐き捨てた。

屋敷へ戻る俺の背に、牛マルの絶叫が届いた。

もう二度とお前を裏切らないとか何とか言っていた。

 

 

阿呆な話だ。

裏切るもなにも味方じゃないというのに。

 

 

 

 

 

⌘月∮日

 

 

 

嗅いだことのある臭いが屋敷の近くから漂った。

どんな人物なのか推測する。

外見は小綺麗に整えられ、恐らく人付き合いも良いだろう。だが、腐臭のする汚泥を臓腑にこれでもかと溜め込んでいる。そんな感じだな。

 

 

俺の屋敷を数百メートル先から監視しているようだった。悪意はおろか、敵意も感じられない。どちらかといえば監視ではなく、観察しているようだった。

おでんの派遣した侍の誰かか。

それとも民衆の作り上げた自警団か。

数分だけ放っておくと、悪臭を放つ人間は立ち去った。

 

 

誰だったのだろうか。

絶対に嗅いだことがあるんだけど。

思い出せない。モヤモヤする。

今日はヤケ酒だ。月見酒といこう。

 

 

 

 

 

⌘月■日

 

 

 

金髪の女が訪れた。

何やら一目惚れしたとかほざいていた。

鈴後の民らしい。暴徒に犯される寸前、俺に助けてもらったとか。格好良かったとか。どうか妾にして欲しいとか言っていた。

やけに扇情的な服装が神経を逆撫でた。

 

 

 

 

 

⌘月¢日

 

 

 

金髪の女が訪れた。

お酒を献上したいのですと言った。

匂いを嗅ぐ。なんだこれは。

安酒だと気付き、適当に追い払った。

 

 

 

 

 

⌘月〒日

 

 

 

金髪の女が訪れた。

今日こそお酒を献上させて下さいと懇願した。

鼻を働かせる。匂いを確かめた。今度は安酒ではなく、そこそこ良い酒を持ってきたようだ。

学習能力のある者は嫌いじゃない。

酒を受け取ると、女はこんな提案をした。

酌婦になります。屋敷に入れてくれませんかと。

 

 

阿呆が。

首元を掴み、遠くへと投げ捨てた。

 

 

 

 

 

⌘月⁂日

 

 

 

金髪の女が訪れた。

朝から屋敷の周りを掃除していた。

甲斐甲斐しいが、何処か不満気でもある。

こいつは何なのだろうか。

まさか本当に俺を好いているとでもいうのか。

馬鹿らしい。

人間は身勝手だ。傲慢だ。

りんのような女性がいるわけない。

 

 

 

 

⌘月§日

 

 

 

 

金髪の女が門前で倒れていた。

酷い熱だった。

おそらく風邪ではない。

匂いから察するに、猛毒に罹っていた。

暴徒の流した毒に汚染された川、その水でも飲んだのか。それとも別の要因からか。いずれにしても、放置したら絶命するとわかった。

 

 

気まぐれだ。只の思い付きだ。

翌朝には永眠してそうな女を離れの古屋に叩き込んだ。予備の布団を投げ渡して、後はお前次第だと放置した。

青褪めた表情の女は毒に冒されながら微笑んだ。やはり貴方様は優しいのですねと表情を緩めていた。

暢気な女だ。

いつ死ぬかもわからないのに。

俺は何も言わずに古屋から離れた。

 

 

何故見捨てなかったのか。

日記に書いてる今ならわかる。

女の持ってきたお酒が美味しかったからだ。もう一度飲みたいと思ったからだ。それだけだ。

 

 

決して、十数年前に死去した河童の娘を思い出したからではない。

彼女の浮かべた微笑みが脳裏を過ったからではない。

 

 

 

 

 

 

⌘月◉日

 

 

 

女は二日と掛からずに回復した。

常人と比較して生命力が強いらしい。

それにしても癒えるのが早すぎる気もするが。

 

 

それは良い。

興味も無いからな。

問題は女の貞操観念の緩さだった。

寝惚けていたのか、離れの古屋から全裸で出てきた挙句、恥ずかしがる素振りも見せずに歩み寄り、わざとらしく躓いて抱き着こうとした。

人間の女に欲情などしない。女の抱擁を躱して悪態を吐いた。

 

 

『貴様のような女に興味ない』

 

 

女は呆然と固まった。

度肝を抜かれたように目を見開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 










ステューシー「まさか、本当にロリコン!?」






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