今宵は月が綺麗ですね   作:とりゃあああ

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殺生日記 弐 表

 

 

 

 

☆月◆日 天気 粉雪

 

 

 

今日は将軍、光月スキヤキと対面した。

おでんの父親らしい。成る程と妙に納得する。

久し振りに笑った。爆笑した。まさしく呵々大笑だった。

将軍家は巫山戯た名前、もしくは食べ物に因んだ名前を付ける決まりでも有るのだろうか。難儀なものだな。ほんの少しだけ同情した。

むしろ笑わない方が失礼だろうに。

スキヤキ自身は何も言わなかった。警護目的の家臣たちが非礼だ、無礼だと煩かったな。

俺は妖怪。人間と異なる法則で生きている。この国の将軍だとしても、主君や尊敬する者として崇めていない。この土地を占領しているのは、俺個人の力に因る物だ。奴らに贈呈された物なんかじゃない。勘違いされても困る。

 

 

初対面だと思っていたのだが、どうやら十九年前にも俺の屋敷を訪れたらしい。

記憶にない。嘘吐くな。こちとら知らないぞ。

軽い押し問答の末、そういえばと古い記憶を呼び起こした。

新たな将軍に就任したとかなんとか、わざわざ律儀に挨拶しに来た奴いたなぁと。ワノ国に住み着くようになってから約八百年、そんな男は今まで一人もいなかったから、てっきり嘘八百を並び立てる命知らずの莫迦者だと思っていた。まさかこんな時代遅れの律儀な野郎を見つけるとは驚きである。

阿呆はいつの世も蔓延るものか。

スキヤキは顔を真っ赤に染めていた。怒ったか。気持ちはわかる。それでも仕方ないだろうに。興味ない人間の顔と名前なんて覚えていられるか。

三日も経てば忘れてしまうというのに。十九年前のことなんて異次元の彼方に放り投げているのと同義である。

 

 

光月スキヤキが花の都から鈴後の奥深くまで出向いた理由は、絶縁状を叩き付けた一人息子、光月おでんを気に掛けての事だった。

まぁ、何となくだけど雰囲気は似ている。

礼儀正しさは段違いだけども。スキヤキを一端の侍と仮定した場合、おでんは粗暴な猪武者という所か。手に負えない辺りも含めて。

アイツ、最近はまるで友達みたいに接してくるからな。会う度に増えていく子分たちも同じく。調子に乗るなと拳骨をお見舞いしても、ヘラヘラと笑う様は珍妙摩訶不思議である。

正直、怖い。莫迦って怖い。爆砕牙で何度追い払っても、屋敷に足を運ぶ執念は認めざるを得なかった。一癖も二癖もある連中だが、おでんを一途に慕っている姿は中々微笑ましい。

一人だけ、カン十郎とかいう男は、汚物のように臭かったけど。

 

 

スキヤキは、約半年前に行われた決闘の詳細をお伺いしたいと口にした。頭が痛くなる。どんな尾鰭が付いたんだ。

決闘なんてしてねぇよ。

俺の一方的な八つ当たりだ。

巻き込んで悪かったと思うが、俺に殺されなかっただけ有り難いと思って欲しい。

グッと頭を下げるスキヤキ。

え、なに? それはどういう事? 謝罪なのか。それとも憤怒の表情を見られたくないのか。わからない。わからないから無理矢理だけど顔を上げさせた。話も進まないし。面倒だなぁ。

 

 

そもそも何で絶縁状を叩き付けたのか、逆に訊いてみた。

余程に鬱憤が溜まっていたのだろう。出るわ出るわ、おでんの悪行。全て書き連ねる訳にもいかないから一部を箇条書きで残しておくとする。

〇歳で乳母を投げ飛ばす。

四歳で大岩を投げて熊を見事に撃破。

六歳で遊郭に入り浸り、城のお金を使い込む。

八歳で酒の美味しさを覚えて博徒達と大喧嘩。

九歳でブラックリスト入りして賭博禁止。

十歳でヤクザと抗争。暴行傷害事件で逮捕。

十四歳にて出所。大水害を引き起こして再逮捕。

十五歳で独り立ち。女達を拐って、酒池肉林を堪能する。

十八歳で親と絶縁されるも、ワノ国を漫遊する。

 

 

うーん、これは化け物。確定だわ。

或いは疫病神か。関わりたくねぇなぁ。

アイツは一体何だろうか。先祖に妖怪でもいたんじゃないかな。大隔世遺伝でもしたのかもしれない。幾らなんでも破天荒すぎるわ。

大妖怪の俺でも手に負えないぞ。転生者だったとしてもやり過ぎだ。恐れ知らずにも程がある。白目剥きそう。

スキヤキも手に余ったから絶縁状を送り付けたらしいのだが、おでんは大した痛手も受けず、むしろ嬉々として都追放を受け入れたようだ。

親の心、子知らずか。

難しいよな。おでんは外の世界に行きたいだけなんだろうが、将軍の息子という肩書はどこまでも付き纏うだろう。

こりゃすれ違うだけだ。話し合いで解決できるとも思えない。なら他にどうすればいいのか。欠片も思い付かないけど。

 

 

取り敢えず、俺は時間を掛けろと言った。問題の先延ばしである。だって、わかんねぇよ。誰かの子供だった時も、誰かの親になった事も無いんだから。ましてや人間の親子。打開策を提案するなんて無理難題過ぎる。

そもそも何で俺に相談してるんだ、この将軍は。俺を大妖怪と知っての狼藉か。ナメてるな。牛マルやおでんと付き合っているからか、それとも最近暴れていないからか。

良いだろう。久方振りに荒ぶってやる。

何処が良いか。人目に付きやすい場所、鈴後から離れている郷、それなりに裕福そうな街、該当するのはワノ国の南西端に位置する『九里』だな。おでんも事あるごとに九里に行く予定だとか言ってたしさ。大層栄えているんだろう。

 

 

そうと決まれば行動あるのみ。拙速を尊ぶぞ。

スキヤキ一行を屋敷から放り出した後、身支度を整えた。念の為に爆砕牙も用意して。屋敷の周囲に人払いの結界も張った。これで留守中も問題ない。

明日は朝一で九里へ向かおう。

おでんや牛マルの驚愕する顔が心底楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

∞月◉日 天気 牡丹雪

 

 

 

久しぶりの日記だ。約三ヶ月振りだろうか。

こうして筆を取っていると何だか落ち着く。思いの外、性に合っていたのかもしれない。改めて読み返すだけでも色々な発見がある。

牛マルに感謝しよう。

わざわざ花の都まで行き、必要な物を補充してくれるからな。アイツ、将来は好きな女に貢ぐかもしれない。もしくは尻に敷かれるタイプか。可哀想に。

 

 

書きたい事が多すぎる。

三ヶ月分だからな。何から記そうか。

やはり時系列順に纏めるべきか。所詮は日記。書き殴りだったとしても誰も咎めない。俺だけがわかれば良いんだ。

 

 

三ヶ月前、俺は九里に赴いた。暴れる為だ。大妖怪に対して、何か勘違いしている人間達の目を醒まさせる為だ。意気揚々と空を走り、数時間もしない内に目的地へ着いた。爆砕牙を片手に地面へ降り立つ。

直ぐに取り囲まれた。荒くれ者ばかり。鼻腔を突き刺すような死臭に、血と暴力の匂いに満ちている別世界。全ての殺意が俺に向けられている。

おっかしいねー。花の都みたいな街を想像していたのに。いつの間に世紀末の世界に飛び込んでしまったのだろうか。場所を間違えたのか?

此処は九里かと尋ねる。

荒くれ者たちが下品な笑い声を上げて肯定した。

マジかよ。想定外だ。どうしようか。

明らかに社会のゴミ屑である汚物たちを消毒しても構わないのだけど、意識を飛ばしてしまいそうなほどに臭い。まるで何年も掃除していない便所みたいだった。一刻も早く退散したい。でも逃げたと思われるのも癪だ。困ったもんである。

そうこうしている内に、何故か光月おでんが颯爽と現れた。図らずとも共闘する結果に。半日と掛からずに九里全土を制圧。アシュラ童子とか言うメタボリック侍も一撃で粉砕した。

 

 

無駄足になってしまった。さっさと鈴後に帰ろうとする俺を、おでん一行が必死に食い止める。曰く、手柄を全て横取りするみたいで申し訳ないから此処に残ってくれとかなんとか。

知るかよ。手柄なんていらない。悪名を広めようとしたんだ。にも拘らず、荒くれ者たちを退治してしまう羽目に。どんな喜劇だ。笑い話でしかない。

酒でも呑んで忘れよう。おでん一行、全員を振り払って帰ろうとした直後、頭の中に雑音が混じり込んだ。

 

 

気でも狂ったか。同情でもしたのか。

廃墟と死臭の蔓延する九里に残った俺は、メタボリック侍を顎でこき使い、荒くれ者たちを無理矢理にも畑仕事や清掃に従事させた。

衣食住足りて礼節を知る。涎垂らす獣から知性ある人間へ戻す為に必要なのは、安心して明日を迎えられるという希望である。

事務処理は眼鏡と大道芸兄弟に任せ、他の面々は土木作業に勤しんだ。おでんから空を飛ぶ妖術を教えろと毎日頼み込まれ、メタボリック侍の奇襲を全て跳ね除け、無い無い尽くしの中で夢想した郷が完成に近付いていく様を遠くから見守った。

多分、初めてだった。こんなにも長い間、人里に降り立ったのは。犬神様と崇めてくる馬鹿共は鬱陶しい限りだったが、おでんの滅茶苦茶な言動に振り回される家来を傍から眺めるのは結構面白かった。

 

 

元が最悪だったからか、九里の治安は瞬く間に回復。

意図的に流布した噂を聞き付け、新聞屋や将軍の家臣たち、都の住人が九里の現状をワノ国全土へ伝えていく。

勿論、俺の情報は隠した。催眠と暗示、更にスキヤキすらも脅迫して。当然だ。馴れ馴れしい人間が増えてたまるか、これ以上。今でさえ面倒だというのに。

スキヤキは納得したんだが、おでんは頑固に抵抗した。曰く、おれ一人の手柄じゃない。お前も大名になるべきだとかなんとか。

妖怪を大名にする阿呆なんているわけないだろ。大人しく受け取っとけよ。素直に喜べよ。

大名だぞ。最高の親孝行だろうに。

 

 

おでんは地団駄を踏んだ。

訳がわからない。何をそんなに悔しがるのか。理由を訊くのも馬鹿らしい。ともあれ、やるべき事は済んだ。脳裏にこびり付く雑音も聞こえなくなった。

人知れず鈴後に帰ろうとした俺を、おでんは九里ヶ浜にて待ち構えていた。

何回か会話を挟み、決闘という流れに落ち着いたから容赦なく斬り伏せた。勝者が正義だ。お前は此処で大名に成れと言い残して、俺は漸く地獄から解放されたのだ。

 

 

そして今夜、帰ってきた。

やっぱり我が家が一番落ち着く。嗅ぎ慣れた匂いに包まれる。シンシンと降り注ぐ雪に消される雑音。最高だ。やはり鈴後こそ我が故郷。犬神様と手を合わせる爺婆も少ないしな。完璧である。

今夜は満月。酒の肴にするのはちょうど良い。日記を書きながら、チビチビと呑み続ける。

身体が火照ってきた。酒臭い吐息を漏らす。

煌々と輝く真円の月を眺めながら、俺は九里にて聞いた雑音について考えた。

 

 

 

『お前に、守るものはあるか?』

 

 

 

笑わせるな。

この殺生丸に、守るものなど必要ない。

 

 

 

 

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