今宵は月が綺麗ですね   作:とりゃあああ

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殺生日記 肆 表

 

 

 

 

∮月℃日 天気 霧雨

 

 

 

酒臭い。

腕が重い。

精神的に限界。

久し振りに疲れた。

詳しいことは明日書くとする。

 

取り敢えず一言。

 

今すぐ鈴後に帰りたい。

 

 

 

 

∮月&日 天気 澄晴

 

 

 

おでんの家臣たちが騒いでいる。

ワノ国中を探せと走り回っている。

特に傳ジローと錦えもんが五月蝿い。

騒ぐな。やかましい。

本当は気付いているはずだ。

今頃、九里の大名は海上を揺蕩っているのだと。

 

 

白ひげは強かった。

想像していたよりも遥かに強かった。

巨大な薙刀を片手で振り回す膂力。人間と思えない巨体に似合わぬ速度。何よりも厄介だと思ったのは、二代鬼徹の刃を寄せ付けない異常な肌だった。

斬撃をお見舞いしても簡単に弾かれてしまう。

流桜と呼ばれるもの。

海外だと『覇気』と呼称されているらしい。わざわざ白ひげが教えてくれた。

もしかして使えねェのかと侮蔑されたから、人間如きを相手取るのにそんなもの必要ないと一蹴してやった。

白ひげは強い。認めよう。

光月おでんなら軽く一捻り。

未だ壁を越えていない家臣たちも同様だ。

ワノ国全土の侍が束になっても敵わないかもしれない。

まさに規格外の化物。人間という短命な種族の到達点に位置している。薙刀片手に仁王立ちする姿は『鬼』を彷彿させた。

誇るがいい。

強さとは美しさ。

強さとは正義そのもの。

だが忘れるな。

俺は殺生丸。

化け犬の大妖怪。

生物としての格が違うんだよ。

二代鬼徹も良い刀だけど、所詮は鬼の牙。

白ひげのご要望通りに爆砕牙を抜いた。本来の得物。二本の牙を失い、代わりに手に入れた武器を構えた。

 

 

白ひげは憮然とした表情を浮かべた。

それが爆砕牙かと。

そんなものが爆砕牙かと。

期待外れの演劇を見せられて、落胆して帰る客のような反応だった。

問い質す気は起きなかった。

爆砕牙と薙刀が幾度となく衝突。

海を割り、空を裂いて、大地を揺らした。

爆砕牙は白ひげの身体を斬り裂く。

薄皮一枚の分も含めれば、少なくない裂傷をその巨体に刻み付けた。赤い血が肌の上を滑り落ち、一滴ずつ砂浜へ吸い込まれていった。

いやまぁ、微塵も致命傷になってなかったけど。

 

 

当然だけど気付いていた。

白ひげが本気を見せていないことぐらい。

恐らく能力者。ワノ国だと妖術者か。

心臓の辺りから独特な臭いを感じたから間違いない。

どのような能力なのか最後まで口を割らなかったが、何故使わないのかという問いに対して、白ひげは肩を竦めながら答えた。

曰く、能力を使ったらワノ国が壊滅するとか。

どうでもいい。

爆砕牙の柄が軋みをあげた。

手加減されていた事実に激怒した。

だが、白ひげも不服そうに目を細めた。お前も手加減しているだろうがと語気を荒げて糾弾したのだ。

言葉に詰まる。

怒りは霧散した。

爆砕牙は沈黙している。

生まれた時から頑なに静寂を保っている。

斬った物体を再生不可能なまでに爆砕し続け、斬痕から組織全体に伝播、拡散していく本来の能力を全く発揮できていない。

不愉快極まりないが、事実その通りなのだから反論できなかった。

俺自身、頭を悩ませていた。

どうして応えてくれないのかと。

天生牙と鉄砕牙は聞き分けの良い刀だったのに。

 

 

おでんや牛マルと違う。

白ひげは敬意に値する強者だ。

軽く事情を説明する。

だが、白ひげはそうじゃねェだろと吐き捨てた。

日記を書きながらでも思う。

アイツは何が言いたかったのだろうかと。

そもそも爆砕牙をどこで知ったんだろうか。

俺が外の人間と交流を持ち、爆砕牙を使用したのも片手の指で数えるほどしか存在しない。最も人目を浴びたのも数百年前だ。誰も生きていないだろうに。

白ひげの言葉が脳裏を過った。

ロックスか。

知らない名前。

聞き覚えもない。

でもどこか懐かしい。

知っているような気がする。

 

 

まぁ良い。

考えても仕方ない。

問題は新たな海賊団が入国した件に尽きる。

名前は『ロジャー海賊団』。

口ひげが特徴的な船長だった。

どうやら船体に鯉を繋ぎ、正式な方法で大滝を登ったらしい。大した情報収集能力だ。損害らしい損傷も受けずに入国できた者は、ならず者たちが殺到した数百年前にもほとんど居なかったというのにな。

俺と白ひげの決闘は中途半端に終わった。

ゴール・D・ロジャーが絡んできたからだ。

元気溌溂。自由奔放。唯我独尊。

おでんに輪をかけて面倒臭い人間だった。

ロジャーは嬉しそうに肩を叩いた。

お前がロックスの言っていた犬の妖怪かと。

気安く触るな。近付くな。どっか行け。

ぞんざいに扱われても諦めず、幾ら煙たがられても笑顔なロジャーに根負けした俺は、九里に聳え立つ城まで連行されて酒を飲まされた。

 

 

面子はおでん、白ひげ、ロジャー、俺である。

当然だけど断った。

宴会でもなんでも好きにしてくれと。

無理だった。

許されなかった。

白ひげとロジャーに首根っこを掴まれた。用意されていた座布団に腰掛けるまで、宴会の席から逃げるなんて妖怪の風上にも置けないと馬鹿にされた。

ぶっ殺そうかと爆砕牙を手に取ったが、大道芸兄弟と河松に宥められて、仕方なく矛を収めてやった。

どうやら白ひげとロジャーは好敵手らしい。

お互いに相手を認めるような口振り。気の置けないやり取り。海賊として覇権を競い合う間柄でもどこか仲良さそうだった。

結構なことだ。

二人の絡みを見ながら嘆息する。

久方振りに火照った身体を酒で誤魔化した。

対面してから僅か数刻足らずで、おでんとロジャーは肩を組んで踊っていた。

大層気が合ったようだ。

似ているからなぁ、この二人。

自由を求める部分が共鳴でもしたんだろうよ。

白ひげはおでんの乗船を断った。

ロジャーはどういう判断を下すのか。

 

 

結果はご覧の通り。

おでんはロジャーと共に海外へ飛び出した。

これで良かったのだと思う。

人間の寿命は短い。驚くほど短命だ。

群れなければ何もできない弱い生き物だ。

後悔せずに生きていこうとするなら、出生や立場に蔓延る『しがらみ』から脱却しなければならない。

光月おでんは超えた。

軽々としがらみを踏破した。

家臣たちは大騒ぎだろうが、俺にしてみれば喧しい人間がいなくなったに過ぎない。清々した。明日にでも鈴後へ帰ろう。

 

 

一人の方が、気楽だ。

 

 

 

 

 

 

§月〆日 天気 小米雪

 

 

 

おでんが海へ飛び出してから約一年。

半年間も屋敷に居座った大道芸兄弟が九里へ帰ってくれた。満足そうにお辞儀して、舞い散る雪の中に消えていった。

筆を動かしながら安堵のため息を溢す。

静かに酒を飲めるのも半年振りだろうか。

大道芸兄弟の世話焼きには舌を巻いた。ここ最近で最も苦戦した。

勝手に屋敷を掃除するわ。

牛マルに酒を注文するわ。

蔵の中まで整理整頓しようとした時は流石に叱り付けたけども。

長かった。

しんどかった。

河松からの手紙さえ無ければ強制的に追い返せていたのに。

 

 

半年前、大道芸兄弟が屋敷へ足を踏み入れた。

二人は声高に強くなりたいと叫んだ。

外海の強者に負けないぐらいに。

主君である光月おでんを護れるぐらいに。

白ひげとロジャーの件かと察する。

おでんの家臣たちにとって、天地がひっくり返る程の衝撃だったのだろう。

俺は無理だと答えた。

あの二人の強さは人間の到達点だ。

どんなに努力しても。

どんなに名刀を手に入れても。

人間という種族の限界を突破する常識外れの才能が無ければ、白ひげやロジャーの足元にさえ届かないと断言した。

だから帰れ。

九里で素振りでもしてろ。

そもそも俺が世話する義理なんて欠片も見当たらない。

暖簾に腕押しだと思ったのか、二人は河松からの手紙を渡してきた。

面倒な。河童風情が俺に頼み事だとは。舐めているのか。

しかし、小妖怪の要請を一考もせずに却下してしまっては大妖怪の名折れだと気付いた。

結局、半年だけだと条件を付けて、屋敷の滞在を認めてしまう羽目に。

 

 

俺の剣術は我流に近い。

唯一参考にしたのは数百年前の侍ぐらいだ。

つまり手取り足取り教えるなど不可能。半ば完成されつつある大道芸兄弟の剣術を、俺の我流剣術に矯正するのも面倒に尽きる。

故に半年間、実戦形式の稽古を繰り返した。

幾度も蹴り飛ばして、殴り倒して、身体のあちこちに木刀を振り下ろした。

兄弟の望む強さに全く届いていなかったが、根性だけは人一倍有ったんだろう。全身に痣を作りながらも、毎日休むことなく鍛錬をつけてほしいと頭を下げてきたからな。

 

 

多少はマシになったと思う。

剣術の上達に繋がらなかったが、流桜は日に日に洗練されていった。今ならアシュラ童子とやらが相手でも互角に渡り合えるかもしれない。

ふと、頭を掻き毟りたくなった。

俺は何をしてるんだとこめかみを揉む。

人間を鍛えるなんて、余りにも馬鹿馬鹿しい行為だというのに。この世で最も価値のない行いだというのに。

どれだけ強い人間でも歳を重ねれば衰える。

全盛期の力など見る影もなく老いさらばえて、百年も経てば白骨化する。

修業などせず、楽しく日々を送ればいい。

友人と騒ぎ、恋人を抱き、子供を育てればいい。

それだけが人間という種族の特権だろうに。短命な者の幸せだろうに。

 

 

 

『お前に、守るものはあるか?』

 

 

 

守るものなどない。

そんなものは、全て消え失せたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

◆月%日 天気 驟雪

 

 

 

 

不気味な老婆と出会った。

屋敷の前で一人うずくまっていた。

イタコのような出立ち。抜け落ちた歯。皺だらけの顔。人間というよりも妖怪に近い容貌で、心臓から能力者特有の臭いを発していた。

気味が悪い。

知らない内に顔が引き攣っていた。

当然の如く無視したが、耳障りな掠れた声で話しかけられた。

 

 

黒炭家がどうとか。

光月家がとうとか。

外海の世界がどうとか。

これ以上聞くのも不愉快だった。

二代鬼徹を抜く。

その細い首元に刃を向けた。

斬り殺そうとしたが、薄気味悪い老婆はケタケタと笑い出した。

外海を支配する世界政府とやらの軍勢が、いつかワノ国へ押し寄せてくる。その時に必要なのは大量の武器であり、膨大な武力であり、更に厳しい鎖国政策だと述べた。

数百年前よりも激しい戦争になると嘲笑した。

 

 

下らない。

それがどうした。

この殺生丸を脅そうとでもいうのか。

苛立ちから二代鬼徹を振り下ろした。

老婆を斬り捨て、遺体を海に投げ捨てた。

 

 

『ニキョキョキョ、わしがやるべき事は済んである。犬神、お前は黒炭家の味方をするしかないのさ!』

 

 

鮮血に塗れながら老婆は笑った。

どこまでも不気味で、不愉快な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 









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