今宵は月が綺麗ですね   作:とりゃあああ

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殺生日記 伍 表

 

 

 

 

◆月〆日 天気 玉雪

 

 

 

十日前に光月スキヤキが死んだらしい。

病魔に冒されて十数年、結構長生きしたな。

第一報を聞いた時は素直にそう思った。

大往生だと感心した。

安心してあの世へ旅立てる筈だ。

 

 

スキヤキを幾度となく悩ませた光月おでん。

二年前に海外へ出奔した際、わざわざ屋敷を訪れて頭を下げられた。どうか犬神様の御力で連れ戻してくれないかと。

無理だと一蹴した。

捜索範囲が広大すぎる。

加えて、確実に暴れる莫迦を押さえつけながらワノ国へ帰還するなど激しく面倒だ。想像するだけで頭が痛くなる。その場で海に叩き落としてしまうに違いない。

当然のように拒否した。

心配しなくてもいずれ帰ってくるだろ。

光月おでんの故郷はこの国なのだから。

そう諭すと、スキヤキは都へ帰った。

おでんは若い頃と比べたら格段に大人しくなった。

絶縁状も撤回した為、次期将軍に相応しくないと断じる者は極小数となっている。多少反発はあるだろうが、間違いなく跡を継げる筈だ。

しかし、傳ジローと牛マルは揃って否定した。

声を荒げて主張する。

現在、ワノ国は大混乱に陥っているのだと。

 

 

光月おでんは海外にいる。

いつ帰ってくるかもわからない。

だから将軍代理を設ける事にしたらしい。

無難だな。

問題など見受けられない。

牛マルが畳を叩いた。

ご立腹な様子で吐き捨てた。

将軍代理となった『黒炭オロチ』とやらが、政務を行えなくなったスキヤキの代わりとして半年前から好き勝手していたのだと。

どうやらおでんの弟分だと自称して、病床のスキヤキに取り入ったようだ。

黒炭家の分際で将軍代理を任されるとは。

相当なやり手だったのか。もしくは熱烈に信頼されていたのか。

傳ジロー曰く、オロチは海賊の手を借りて急速に国内を掌握しているとのこと。鈴後を除く各郷に武器工場を建設中な上、暮らしていけない程の安い賃金で労働者をこき使っていると憤怒の表情で続けた。

 

 

意外と有能だ。

侍以外の後ろ盾を得るのも。

海賊の力を強める為に武器工場を建設するのも。

勝手な憶測だが、オロチは将軍の地位を光月家に還そうなんて一寸たりとも考えてないだろうな。

だから光月家に忠誠を誓う侍を蔑ろにする。

だからおでんの戻らぬ内に事を進めている。

非道。冷酷。残忍。

憤激する二人の気持ちは理解できる。

だが、下剋上を狙うなら至極当然の政策だろう。

付け入る隙を与えたのはおでんだ。

アイツが海外へ出なければ問題なかった。

将軍代理を立てることもなく、光月家の跡取りとして将軍に就いていた筈だ。

 

 

二人は悔しそうに俯いた。

肩は小刻みに震えていた。

握り拳は赤く染まっていた。

深々と頭を下げた傳ジローが口にした。

どうか我らと共にオロチとカイドウを打倒してくれないかと。

百獣のカイドウと呼ばれる海賊は、おでんの家臣達も怪物と畏れる力量のようで。各郷の侍たちと呼応して一斉に都へ進撃したとしても、カイドウ率いる海賊団を突破するのは半ば不可能だと血を吐きそうな声音で言い切った。

牛マルも頭を下げることで同意した。

そんなに強いのか、カイドウとやらは。

数百年前の戦争時、苦戦した覚えが全く無いせいで違和感を覚えた。

あの時代が特別弱いのか。

それともこの時代が殊更強いのか。

 

 

いずれにしても俺の答えは決まっていた。

傳ジローと牛マルの嘆願を即断で却下した。

二人は目を見開き、何故だと詰め寄ってきた。

何を驚いているんだか。

いつから味方だと勘違いしてたんだよ。

俺にとって、光月と黒炭の確執なんてどうでもいい。ワノ国の人間から自由と尊厳を剥奪しても構わない。好きにしてくれ。興味ないからな。

わざわざ人間の為に行動するなんて面倒な限り。

所詮は内紛だ。

外部から侵攻されているなら話も変わってくるけど、内輪揉めに介入するなんてアホらしい。無駄な努力だ。たとえどちらが勝ったとしても、鈴後とこの屋敷さえ荒らされなければ黙認する。

俺の意見に、傳ジローと牛マルは目を剥いた。

特に牛マルは顕著だった。そんな奴だと思わなかったとか。お前は心優しい妖怪だと思っていたとかなんとか。

傳ジローは直ぐに表情を改めた。やっぱりなと嫌悪感たっぷりに呟いて、足早に屋敷から出て行った。

直ぐに牛マルも姿を消した。

まるで夕立のような騒がしさだった。

 

 

期待したのだろうか。

裏切られて失望したのだろうか。

勝手なものだ。

最初から言っていただろうに。

俺は大妖怪だと。

人間なんかどうなってもいいんだと。

 

 

爆砕牙がカタカタと震えた。

この刀が騒ぐなんて久し振りだった。

一抹の不安を感じつつ鞘から抜いてみた。

普段と変わりない。

色艶は絶えず失われている。

何が足りない。

どうして応えてくれない。

俺は約束通りに生きている。

無意味と知りながらも生き続けている。

それだけじゃ駄目なのか。

夕暮れに照らすと、カタカタと振動した。

まるで駄目だと答えるように。

我儘な刀だな。

苦笑して鞘に戻した。

途端、聞き慣れぬ声がした。

 

『本当はわかっているだろう』

 

今もこの刀は眠っている。

これから先も永遠に眠り続ける。

だって。

八百年前。

りんと交わした約束を、俺は一つだけ忘れてしまったんだから。

 

 

 

 

 

◆月■日 天気 粒雪

 

 

 

黒炭オロチが屋敷を訪れた。

吐き気を催す容貌。肥え太った肉体。

頭に嵌められた王冠が虚飾に見えて仕方ない。

これが今代の将軍かと嘆息した。

もしかして、有能なのは海賊なのかも。

屋敷に入れるのも億劫だったから、門前で対応してやった。

オロチは顔を顰める。

舌打ちしたいのは俺の方なんだが。

事前の連絡も無しに押し掛けてきた莫迦を軽く脅すと、オロチは護衛と思しき二人の影に隠れてしまった。

片方は糸目の爺。

もう片方は筋骨隆々の大男。

琵琶法師の爺は油断なく俺を見据えていた。

金棒を担いだ大男は破顔しながら仁王立ちしていた。

どちらも能力者だ。

特に大男は白ひげに匹敵する臭いだった。

 

 

どうやら説明に来たらしい。

黒炭オロチの転落人生から始まり、光月家の独占してきた将軍職を見事に簒奪して、今では百獣のカイドウの力を借りてワノ国を支配していると自慢気に教えてくれた。

知っているさ。

牛マルと傳ジローが教えてくれたから。

オロチは自信満々に続けた。

鈴後には手を出さない。

お前の屋敷も荒らさない。

だから光月家に味方するな。

黒炭オロチの復讐を見逃せと。

好条件だ。好きにしろ。

結局のところ俺は部外者に過ぎない。

故郷さえ守れればどうでもいい。

オロチは安堵したのか、呵々大笑した。

大男は金棒で地面を殴りながら破顔した。

 

 

おでんの力量。

黒炭オロチの心情。

カイドウと名乗った大男による勧誘。

肩に積もった雪を払いのけながら会合は進んだ。

オロチは上機嫌だった。

交渉は上手くいったと今にも小躍りしそうな雰囲気を醸し出していた。

可哀想にな。

貴様では光月おでんに勝てない。

きっと死ぬまで幻想に囚われるだろう。

小さな背丈、丸い脊中へそう忠告してやった。

オロチは凄まじい形相で俺を睨んだ。心のどこかで気付いていたのか、何一つ反論せずに目を血走らせた。

カイドウは口角を吊り上げた。

俺は負けねぇと。

確かに。認めよう。

少なくとも二年前のおでんなら絶対に勝てない。

それだけの実力差が存在している。

カリスマ性も殆ど互角だとすれば、残るは一騎討ちの勝負のみ。おでんは負ける。光月家は将軍職を失うだろうな。

だが、問題は黒炭オロチだ。

器は小さく、見た目も悪く、他者を惹きつける魅力など欠片も見当たらない。

もっとマシな御輿を担げば良いものを。

 

 

オロチは帰っていった。

カイドウも龍に変化して飛び去った。

琵琶法師は捨て台詞を吐いた。

 

 

 

『お前の遺した物が、お前を殺すことになる』

 

 

 

 

 

 

 

 

〆月%日 天気 泡雪

 

 

 

息子が衰弱死したと老婆が訴えてきた。

だからどうしたと追い返した。

泣き縋る老婆の手は骨と皮だけだった。

 

 

 

 

 

&月℃日 天気 濡れ雪

 

 

 

夫が殺されたと若い女が陳情に来た。

これで何人目だろうか。

数えていないが三桁を超えているだろう。

誰も彼もが悲嘆に暮れて、屋敷の門を叩く。

しつこい女を手荒く追い出した。

数分後、近くの崖から身投げする姿が見えた。

 

 

 

 

 

∮月◉日 天気 はだれ雪

 

 

 

嫁が攫われたと中年の侍が駆け込んできた。

無視する俺の胸ぐらを掴んだ侍は、泣きそうな顔で怒鳴った。

ワノ国を護る化け犬なら今すぐカイドウを倒してくれと。攫われた嫁をオロチの手から救い出してくれと。

泣き喚く侍を遠慮なく投げ飛ばした。

外見だけなら屈強そうな男がその場で蹲り、赤ん坊のように号泣していた。

 

 

 

 

★月⁂日 天気 霰

 

 

 

弟を助けてほしいと幼い子供が嘆願した。

一見すると少年と見間違えてしまいそうな、現在のワノ国なら何処にでもいる見窄らしい少女だった。

少女の担ぐ子供は既に息絶えていた。

否が応でも臭いでわかる。

不愉快な死臭が漂っていたから。

弟を助けてください。

なんでもします。

どうかお願いしますと土下座した少女を、無理矢理でも立たせた。

死者は甦らない。

死者を起こしてはならない。

それは禁忌の行いだ。

たとえ復活させられる力を持っていても、俺は助けないと断言した。

少女は絶望して膝を折った。

白くなった弟を抱き締め、俺へ感謝した。

ありがとうございますと深々と頭を下げた。

訳がわからなかった。

ただ、胸が強く締め付けられた。

無意識に言葉を発した。

すまないと。

どうして謝ったのか、俺にもわからなかった。

 

 

 

 

 

◎月〓日 天気 雹

 

 

 

朝から爆砕牙がうるさい。

ずっとカタカタと震えている。

刀身を抜いても変わらずだ。

問い掛けても答えてくれない。

異常だ。

理由は見当も付かないが、なんにせよ鉄砕牙か天生牙が関係しているんだろうな。

完全に今更だけども。

片方は八百年前に譲った。

もう片方も数百年前に消失した。

爆砕牙を床に置いてみると、西の方へ少しずつ進み始めた。

仕方ないか。

明日は爆砕牙の宝探しにでも付き合うとしよう。

 

 

 

 

 

 

●月▼日 天気 風花

 

 

 

 

鉄砕牙を見つけた。

海上で金獅子って奴をぶっ飛ばした。

 

カイドウはおでんが倒した。

ロジャーは相変わらずうるさかった。

 

 

 

何よりも。

りんの孫がいた。

目元がそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

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