日常へと来訪する超星
高校のお昼休み。教室で一人お弁当を食べるアタシはいつも、スマートフォンを片手にもぐもぐ口を動かしながら端末を操作している。
一人を極めた現状に、アタシはむしろ居心地の良ささえも見出していた。それくらいに、アタシは単独での行動を好む一匹狼だったのだ。
……単独を好む、一匹狼、ねぇ。ふと脳裏によぎらせた、長身で凛々しい佇まいの、白髪ポニーテールが特徴的な女性の姿。アタシも以前までは、彼氏が欲しいなんて駄々をこねていたものだけれど、気付けば“あの人”に似てきている自身の変わりように、成長なのか、変化なのか、よく分からないものを感じている。
というより、『ペットは飼い主に似る』という言葉が先行してしまうのが問題だった。いや、確かに、アタシは彼女に養われているのも事実ではあるけれど……。
そんなことを考えながら進める食事の手。同時に端末の画面から入ってきたその情報に、アタシは噂をすればというものを実感させられる。
「……『エクレール、快進撃』。『稲富に続き、龍明の危機も救う』」
スマートフォンに映る、紅の閃光として活躍する彼女の姿。黄泉百鬼を殴り飛ばすその瞬間が捉えられた写真を見て、アタシはつい先ほどにも考えた、『ペットは飼い主に似る』という言葉を思い出していく。
……もしアタシが彼女に似ることができたのなら、アタシもまた彼女のように、まるで敵無しな最強ヒーローになれたりするのだろうか――――
強さとは、何なんだろう。それはきっと、アタシのような後悔を生まないようにするために、存在するものなのかもしれない。
哲学かな? 首を傾げながら歩み進める帰路の道のり。隣の道路を走る走行車が風を切る中で、もうすぐそこにまで見えてきた探偵事務所のビルの前で、その姿を見つけていく。
中々に美人な、二十代の女性。その彼女とやけに親しく話し込んでいるのは、圧倒的な美貌で見る者を振り返らせる、絶世の美女。佇まいのみで存在感を見せ付けてくる彼女こそが、ビルの三階に設けられた私立の探偵事務所であり、アタシの住まいでもある葉山探偵事務所の経営者、私立の女探偵、葉山柚乃である――
「葉山さん。業務中にも関わらず、わたしのわがままに付き合ってくださり、ありがとうございました」
「えぇ、急ぎの案件も無くて暇を持て余していたから、ちょうど良い気分転換になったわ。――おかげ様で、すごく熱烈な一時を過ごすことができたわ。依頼主として事務所にいらっしゃった時から、私は貴女をずっと、魅力的に思っていたの」
「まぁ、葉山さん……っ」
頬を赤らめる女性。そんな彼女が照れくさそうに視線を逸らしていくと、それを逃すまいとユノさんは距離を詰め、彼女の背中に手を伸ばして若干と抱き寄せながら、もう片方の手で、女性の手を取っていく。
「昼間から乱れちゃって、貴女は本当に卑しい女ね」
「ちょっと……っ。あれは、葉山さんがすごかったから……!」
「でも、誘ってきたのは貴女からだった。貴女は平日の日中にも関わらず、我慢することができずに私を求めてしまったのよ? ――本当に、卑しい女。そんなに卑しいものだから、あんな、湧き水みたいにたくさんと……」
「や、やぁ……っ! だめ、思い出させないで……! 葉山さんがもっと欲しくなっちゃう……っ」
「私が欲しくなるの? 貴女には、素敵な殿方がたくさんいるとうかがっていたけれど?」
「そんなの、忘れた……っ! 葉山さん。わたしにはもう、葉山さんしか見えないの……っ!」
「素直な子。――いいわ。また可愛がってあげる」
百七十九という長身の背で、包み込むように女性を抱きしめるユノさん。その情欲的に見下ろす視線もまた相手の興奮を煽るようであり、ユノさんの懐に収まり切った女性は、この流れに全てを委ねて瞼を閉じ切っていた。
……うわぁ、大勢の人間が出歩く街中で、一体何やってんだあの人……。すごく近寄りにくい空気を漂わせるそれだったが、如何せんそれを住まいの手前でかましちゃってくれているものだから、アタシは若干と引き気味な表情を見せてしまいながらも、彼女らの前まで来て、無言の視線で訴え掛けていく。
すぐにも、こちらの存在に気が付いたユノさん。投げ掛けた視線と共に、平然とした様で「菜子ちゃん、おかえりなさい」なんて掛けてくるものだから、思いもしないそれに女性は驚きながらもユノさんから離れ、「あ、じゃあ葉山さん、また……っ!!」と言いながら、焦り気味にこの場から立ち去ってしまった。
慌てる背へと、手を振っていくユノさん。その姿が人混みに紛れて消えていくと、ユノさんは「さ、中へ入りましょう」と、何事も無かったかのように言って外階段へと向かい出したのだ。
「ちょっと、ユノさん。……あの女の人、前に依頼主として来てくれた人じゃんか! ――まさか、自分の好みだからって、依頼主にまで手を出したの!? そんな私的なことのために、個人情報を利用したりしているんじゃないよね!?」
「彼女からの依頼は、すでに解決済みよ。だから契約はとっくに切れているし、彼女の個人情報は適切に処理させてもらった。……その上で、私は個人的に彼女と連絡を取り合い、今日一日を共にした」
「…………まぁ、嘘ついてる気配もないし、信じるけど……」
「大丈夫よ、菜子ちゃん。私は女にだらしないかもしれないけれど、守るべきものはきちんと守っているわ」
と言いながらユノさんはアタシへと近付くなり、制服越しにお尻を撫で掛け始めたのだ。
「ぎゃぁ!!!? ユノさん!!!!」
「可愛い。――ほら、続きは事務所の中でしましょう」
「は、続きとか無いから!!!! ほんとバカみたい!!!」
本気で怒るアタシの言葉も、既に外階段を上り始めていたユノさんの背中にぶつかっては、敢え無く跳ね返されてしまう。
……ほんと、信じられない。いや、嘘をついていないことは信じるけれど、その後の――
「――もう、何なの……っ!!」
アタシは、いろんな意味で彼女に敵わなかった。それは、どんな黄泉百鬼でも倒してしまう腕っぷし的な意味でも、真面目と不真面目がハッキリしすぎている性格的な意味でも。そして、圧巻の戦闘を繰り広げては周囲の人間を魅了する、ヒーローとしての圧倒的なカリスマ性的な意味でも……。
「……アタシも、ユノさんに似ることができたなら、なんて考えてたけど……でも、こんな変態的なところは、絶対に似たくなんかない……!」
不機嫌丸出し。階段を上っていくユノさんの背に、アタシはあからさまに頬を膨れさせることしかできなかった。……しかし、それでも認めるべきところは素直に認めているものだから、アタシは、まぁ今回はそれに免じてという心持ちで自分を納得させつつ、そんな彼女の背についていくように外階段を上り始めたのだった。
「ねぇユノさん。そう言えばさ、さっきの女の人って、二十五歳なんだっけ。ユノさんも、そろそろ迎える誕生日で二十五歳になるよね」
台所の食器を洗いながら、アタシはそれを訊ね掛けていった。これを耳にした事務机のユノさんは顔を上げ、ペンを持つ手を止めながら答えていく。
「そうね。“仮の”誕生日が、そろそろかしら」
「じゃ、プレゼントを用意しなきゃね。何がいい? 去年は、ユノさんはお肌の手入れに力を入れているからって言って、基礎化粧品をあげたんだっけ? 今年はどうする? 毎日身体を鍛えているから、トレーニング器具にでもする? それとも、お出掛けで持っていけるような、ユノさんにピッタリなカッコいい鞄にでもしようか?」
色々と挙げながら、アタシは食器を洗う手を止めて彼女へと振り返っていく。
と、そこで目が合う、何かを訴え掛けてくるような、力強い眼差し。頬杖をつきながら向けられたそこからは、瞳の奥で揺らぐ彼女の素直な欲求が表れていた――
「今年の誕生日プレゼントは、菜子ちゃんの貞操が欲しいわ」
「…………」
「ね?」
「いや。ね? じゃないんですけど」
呆れ。を、通り越した、一周回っての平常心。予測にも困難を極めない、ある意味で彼女らしい清々しいほどまでの簡潔な返答。
あぁ、はいはい。真面目な話をしたアタシがバカでしたよーっと。全てがどうでもよくなったアタシは、ユノさんを無視するように洗い物へと戻っていった。
――と、その直後のことだった。
ピンポーン。……突然と鳴り響いた、事務所のインターホン。
「え? 来客? ユノさん?」
「いえ、今日の予定は無いハズ」
立ち上がるユノさん。アタシが急いで洗い物を済ませていく動作の中、ユノさんはうかがうように玄関へと向かっていき、その扉を開いていく。
……じきにも聞こえてきた、ユノさんの「どうぞ、こちらへ」の声。その声音はどこか気が進まない雰囲気を漂わせていたものだが、次にも事務所へと入ってきた来客の姿に、アタシは心臓が飛び出るほどの衝撃を受けたのだ――
事務所へと入ってきた、その男性。百八十六もの背丈であり、雪のような柔らかいショートヘアーと、それを覆い隠すように被られた黒色のキャップ。サングラスをかけて素顔を隠すその様と、白色のジャンパーに黒色のシャツ、白色のパンツと、ベルトの長い黒色の鞄という、白黒で構成されたシンプルな服装……。
「どうも、お邪魔します。夕方にすみませんね。予約も無しに、突然とお邪魔しちゃって」
滑らかに喋る、男らしくも凛々しい声。話す様子はどこか適当でありながらも、その声音は至って真面目な雰囲気を漂わせる、声だけでイケメンであることを証明する透き通る喋り……。
というか、その声にアタシはとてつもなく聞き覚えがあった。……内心、いや、まさか、なんて思いながらもうかがっていく彼の顔色。すぐにもその手で退けられたサングラスから現れたのは、この世の美形という美形を詰め込んだかのような、白馬の王子様のような完成されし超絶イケメン――
――というか、この人ってまさか。
「た、“タイチ様”!!??」
アタシは、驚きのあまりに声を裏返らせた。同時に巡ってきた歓喜が、アタシを反射的に彼の下へと走らせる。
「え、うそ!!? なんで!!? なんでタイチ様が探偵事務所に来てんの!!?? え、だって、ヒーローをやりながらも、ドラマとかモデルとか、いろんなお仕事をしてるスーパースターなのに!!!! え、ホントになんで!!? てか本物!!?」
「おぉ、気持ち良いほどの驚きを、ありがとうな。巡り会った何かの縁として、握手の一つでもしておくか?」
「えっっっっっ。えっっっっっっ!?!?!?」
歓喜のあまりに、アタシは息を詰まらせて死に掛けた。
上ってきた、言葉にならない音。それを喉につっかえさせながらもアタシはタイチ様を直視し続け、そのまま反射的に両手を出して握手を求めてしまう。……もはや脊髄で物事を考えていた。だが、そんなアタシの期待にもしっかりと応えてくれたタイチ様は、その笑顔と共にアタシの手を握り、握手を交わしてくれたのだ。
「あ、あぁぁぁ…………」
表には出さなかったものの、密かにタイチ様のファンをしていた身として、この瞬間にもこの世の未練が無くなったと言ってもいい。
アタシ、もう死んでもいい。脳天に注入された幸福で絶頂を迎えたこの視界。だが、タイチ様の後ろを歩いてきたユノさんが、そんなアタシにものすごい複雑そうな顔を見せてきたことから、アタシは我に返るかのようにハッとしながらも、タイチ様へとそれを訊ね掛けていったのだ。
「え、でも、ホントにタイチ様、なんで探偵事務所に来たの!? ドラマの撮影??」
「あぁ、いやいや。俺は今日、プライベートのお忍びでここまで足を運んできたのさ。――でもまさか、探偵への依頼は、電話での事前予約が必要だったなんて知らなくてな」
「え、依頼……?」
席をずらす音。ユノさんがタイチ様の座るところを用意し、事務机からファイルやペンを持ち出しては長テーブルへと移していく。
そして、彼と向かい合う反対の席を引いていくと、ユノさんはそこに腰を掛けながらそれを口にしていったのだ。
「あまりお時間は取れませんが」
……その声音は、どこか尖りが含まれていた。いや、アタシの勘違いだったのかもしれない。
しかし、明らかにユノさんの態度は変わっていた。――今、こうして存在している目の前のユノさんは、探偵としての側面をまるでうかがわせない、何かしらの緊張感を持った、“裏の顔”としての対応……。
「菜子ちゃん。お茶を用意して」
「あ、うん……!」
その目つきも、どこか鋭く思えた。……まるでアタシを突き刺すようなそれに、アタシは動揺してしまいながらも急いでポットを用意していく。
そうしている間にも、タイチ様は席に腰を下ろし、提げていた鞄を傍の床に置きながらユノさんと向かい合っていった。――対面したユノさんの顔を、まじまじと眺めるかのような瞳を向けていきながら。