穿闘のエクレール   作:祐。

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予感を煽る不穏の空気

 お茶を差し出したその相手は、偶然にも超がつくほどの有名人であるこの奇跡。アタシはお茶を運ぶお盆を震わせながら彼へと出していくと、彼は「お、ありがとう」と清々しくお礼を言って、ニッと笑顔を返してくれたのだ。

 

 テレビ番組やドラマでしか見たことの無かった、生の笑顔。もはやこの国において知らない人などいないとも言えるイケメンが、アタシのためだけにその笑顔を浮かべてくれた。――あぁ、何ということでしょう。何の変哲もない一般人のアタシが、スーパースターである彼の笑顔を独り占めしてしまっている……。

 

 彼の名前は、タイチ。このタイチという名前は、超人協会に所属するヒーローとしての、ヒーロー名として知られるニックネームであり、彼が芸能界で活動する時の芸名でもあったりする。ヒーローと言うだけあって超人である彼は、『龍明超人協会』の直系、『レオンハルト軍団副団長補佐』という、名前の長さからして最上位の強さを誇る、超人の中でも特に強力な力を持つ、我々にとっての正義の味方だ。

 

 その圧倒的な美形は、もはや人類が生み出した奇跡の賜物。これまでの人類の歴史において彼ほどの顔を持つ者など存在しなかったんじゃなかろうか。この偉大なイケメン具合は、国の重要文化財として指定してもいいレベル。だが、彼のあまりにも素晴らしい要素は、顔だけでは留まらなかった。

 

 ヒーローとしても名を馳せる彼だが、元はと言えばヒーロー活動によって広まったその顔と名前。出身も芸能関係ではなく、それは飽くまでも、ヒーローとして知れ渡る内に副業として発展した活動。顔が良くて演技もできる彼ではあるが、その本業こそは人類を守るべく黄泉百鬼を打ち倒す、白馬の王子様。

 

 端正な顔立ちから繰り出される、超人的なその力。一般的なヒーローでは太刀打ちもできないほどの腕っぷしと、彼が宿す超人的エネルギーが生み出す、どこからともなく現れる鋭利な刃の数々。それは、ある時は地面から生え、ある時は植物からも生え、そしてある時は、対象の身体からも生えてくる――

 

 ――刃を無限に生み出す異能力使い。かつ、相手が起こしていく瞬間的な動作を見切りながら繰り出していく、臨機応変ながらも堅実な戦闘の立ち回り。相手の攻撃をいなしながら、確実に刃で斬り刻むその姿はまるで、蝶のように舞い、蜂のように刺すを体現した鮮やかさと華があり、彼は見る者を惑わしながら、あるいは誘惑しながら、対峙する者を斬り捨てた返り血で濡れていく……。

 

 ……この様子から、彼は“千刃鶴”という異名をつけられていた。ユノさんで言う、紅の閃光、と同じようなものか――

 

「それで、探偵さん。先ほども入り口で軽くお話ししたと思いますが、今回、貴女に相談したい案件が二つあったんです。が、時間も遅いんで、内一つは日を改めて相談したいと思っています」

 

「お気になさらず。内容によっては、二つの依頼をお引き受けすることも可能ですから」

 

 軽快に喋るタイチさんと、一方で警戒する様子を見せていくユノさん。……やっぱり、いつものユノさんじゃない。アタシがその横顔に少しばかり不安に思ってしまう中でも、二人の会話は次々に進んでいく。

 

「ありがとうございます。俺が依頼したい二つの案件は、それぞれ、人探しと、素行調査です。まずは、人探しの件で相談をさせてください」

 

 そう言い、テーブルの上で両手を組んでいくタイチさん。

 

「とあるヒーローの所在を探りたいんです。その人物は我々超人協会内で将来性を見込まれており、いずれこの世界を支える、戦力の要ともなり得る逸材なんです。最前線で戦えるだけの実力は十分。カリスマ性もあり、世間からも愛されている。ただ、その人物をスカウトしようにも、基本は神出鬼没であり、接触を図ろうにもその機会が中々に巡らず、スカウトに難航してしまっているのが現状です」

 

「……お訊ねしますが、その人物の名前をお聞きしても?」

 

「名前は不明です。ただ、世間からは、“エクレール”の呼び名で浸透しております」

 

 …………っ。アタシはユノさんを見遣った。

 

 ポーカーフェイス。至って平然とした様相だった。しかし、タイチさんが捜しているというその人物がまさか、目の前にいるだなんて思いもしないだろう……。

 

「申し訳ありませんが、こちらのご依頼を引き受けることはできません」

 

「何か、不都合でも?」

 

「モラルの問題です。所在調査は、その対象の所在を特定する調査です。この葉山探偵事務所の方針として、所在調査を引き受ける場合、その対象者は依頼主のご家族や身内の関係者、及びご友人といった、依頼主との接点を持った人物であることを条件としております。依頼主との接点を持たない第三者の所在を特定するような調査は、犯罪の助長となる可能性があることから、このような方針を掲げておりますので、どうかご了承ください」

 

「なるほど、確かにそうだ」

 

 ニッ。ふと見せたタイチさんの笑みは、ユノさんをじっと眺めて、捉え続けていく。

 

「どうやら、葉山さんは信頼しても良い人物のようだ。――そういうワケで、ここからは二つ目の案件についての相談をさせてもらえないだろうか」

 

「素行調査、ですね。ただし、素行調査も、身内といった親密な関係とはいかずとも、依頼主にとって第三者にあたる、全くの無関係である人物が対象者である場合、先ほどと同じ理由で依頼をお断りさせていただくことがございます」

 

「それであれば、俺がこの案件を依頼する理由としては十分だな。……なに、先ほどのエクレールの件とは違って、この素行調査の対象者は、俺の叔父にあたる人物なんだ――」

 

 

 

 

 

 夜を迎え、大都市から射す無尽蔵な照明によって一つの夜景を展開する、龍明の街。眠ることも知らずに発展を続ける街中では、その各地で引き起こされる様々な事件の騒動によって、今日も忙しなくとヒーローの行き交いが繰り返されていく。

 

 何気無い街並みに馴染む、大きなテラス席が特徴的な洒落っ気あるレストラン。煌びやかな照明もまた、この大都市に光をもたらす明かりの一部となり、誇らしげにその運営へとあたっていくのだ。そんな賑わいをみせるレストランの外席で一人、食事を行っていくアタシ……。

 

 少しして、悠々とした足取りでアタシのいる席へと歩いてきた、ユノさんの姿。彼女を発見してアタシは手を振っていくと、ユノさんもまた柔らかな笑みを浮かべながらこちらとの合流を果たして、席へと腰を下ろしていった。

 

「お待たせ、菜子ちゃん」

 

「ううん、平気。スマホで見てたよ。ユノさんの活躍」

 

「ありがとう。食事中の菜子ちゃんが目にするだろうと思って、形を残しながら討伐してきたわ。中身が出てしまっていたら、菜子ちゃんの食欲が失せてしまうでしょう」

 

「もう今更って感じでもあるけどね。いつもご飯食べながらユノさんの活躍見てるし。……でも、ありがと。命を懸けて戦ってくれているのに、アタシのことも考えてくれてさ」

 

「当たり前じゃない。私はいつまでも、菜子ちゃんのヒーローであり続けてみせる」

 

 そう言い、グレープジュースの入ったグラスを手に取って、口へと流し込んでいくユノさん。足を組みながら、背もたれに肘をかけて飲料を飲んでいくその様子は、中身がジュースであっても大人の飲み物を連想させてしまう。

 

 ……ほんと、こういう時だけはそれっぽいんだから。なんか、ずるいなぁ。アタシはオレンジジュースを飲みながらそんなことを考えている間にも、ユノさんはオーダーを頼んでは一息といった調子で、軽く息をついて目を閉ざしていく――

 

 ――と、直後にも一つの悲鳴がテラス席に響き渡ったのだ。

 

「遺言なんて、そんなッ!!! あなた、今どこにいるの!!? ねぇ、返事してッ!!! ――うそ、電話が切れて……あなた、あなた……!!!」

 

 近くの席に座っていた一人の女性が、耳に当てていた携帯電話を落としながらその場で泣き崩れていく。この事態に店の従業員が駆け付けてくると、女性は従業員に掴みかかるようにして、涙ながらに、「旦那が……旦那が仕事帰りに、黄泉百鬼に襲われたって……ッ!!!」と訴え掛け始めたのだ。

 

 ……賑やかだった周囲の活気が、一瞬にして通夜のような空気となる。

 

 ――日常茶飯事な光景だった。黄泉百鬼という死の国から蘇りし超人エネルギーの暴走体がこの世界に蔓延る限り、大切にしていた人がいつ自身の下から去ってしまっても、何らおかしくないのが現在のご時世だったからだ。

 

 アタシは、一年前の大災厄を思い出す。……パパ。失った平和な日々に、堪え難い思いで胸がいっぱいとなる――。

 

 ごとっ。ゆっくりと立ち上がった、アタシの正面。すぐにも動き出した彼女のそれにアタシは視線を向けていくと、脱いだばかりのライダースシャツを肩に掛けるように持ち出したユノさんが、この場を去るように歩き出すその姿――

 

「菜子ちゃん。ステーキを注文してしまったから、直にも運ばれてくると思うわ。……冷めてしまう前に、私の代わりに食べてくれないかしら」

 

「……行くんだね」

 

「見過ごせないでしょう」

 

「そういう所、すごくヒーローっぽい」

 

「私は、菜子ちゃんにとってのヒーローで在り続けたいの」

 

 レストランを後にしたユノさん。落ち着くこともなく夜の街へと姿を消していった彼女の背を見送りながら、アタシは言葉にすることのなかった声援を、内心で何度も繰り返していった。

 

 ……ただ、このレストランに訪れたのも、元はと言えば素行調査の依頼の一環であったことを忘れてはならない。

 それは、ヒーローであるタイチさんの叔父にあたる人物であり、黄泉百鬼の生態を追究する研究員として世間に名が知れ渡っている、黄泉百鬼の専門家、“桃空博士”の悪行を突き止めてほしいという内容。

 

 正式には、悪行と決まったわけではない。ただ、その疑いを匂わせる言動が目立つことに危惧しているらしく、タイチさんはその対象者の素行を調査してもらいたいという案件で、アタシ達にその依頼をお願いしてきた。

 

 話を聞いたユノさんは、これを承諾。タイチさんはそれに安堵を見せていくと、桃空博士という、アタシやユノさんも知る有名人との、自身との繋がりを証明する代物を提示していったことで、ユノさんはそれを元にして現地の調査へと乗り出したという流れだった。

 

 ……タイチさんが探偵事務所に現れてから、数日もの時間が経過していた。アタシもさすがに明日は学校があるということで、これでユノさんの帰りを待つことなく、事務所に一人で帰ることとなっていたものだけれど……。

 

「……なんか、今日は特に黄泉百鬼の被害が多い気がする」

 

 龍明の大きい街道を辿る帰り道。煌びやかな照明に照らされながらも、心のどこかで不穏な空気を悟ってしまっていたアタシ。

 

 日に日に数を増してきた黄泉百鬼の出現報告や、その度に出向くユノさんの出動回数に、アタシは嫌な予感がしてしまえていた。

 ……何かが起こるかもしれない。言い知れないそれにユノさんの身を案じながら、アタシは探偵事務所までの帰り道を辿っていった。

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