この数日と、何かと話題に欠かない昼下がりの研究所。此処は本来であれば、前日も前々日も、そしてこの日も、黄泉百鬼という人類に仇なす脅威を研究する施設として日々、精力的に黄泉百鬼の生態を追究していたことだろう。
しかし、あのエクレールによる研究所の襲撃以来、連日に渡る注目によって一時と研究が中断されていた現状。損壊した部分の修復であったり、建物の周囲をマスコミが往来していることから、研究員の出入りも大きく制限されたことで、業務は休止へと追い込まれていた。
研究員にとっては、久方ぶりの休息だったのだろう。激務が続く環境に訪れた、幸か不幸かにもよる連休に、日頃から研究に取り組む人々は羽を伸ばしていたのかもしれない。研究所の出入りが容易になり、警備は強化されつつも、その内部はむしろ以前ほどの厳重さを思わせない。
――襲撃の出入り口となった、修復されつつある、とある個室の光景。外部からは、露出した研究所内を撮影しようと飛び交う、マスメディア所有のドローンが見受けられる。それらにうんざりといった顔を見せていく白衣の男性が存在していたが、そんな彼へと、研究員の女性が声をかけていった。
「桃空博士、お客様がいらっしゃいました」
「ん? お客? わたしにかい?」
女性へと振り向いていく、桃空博士と呼ばれたその男性。とても不思議そうにした表情をしながらも、同時に厄介そうな顔を見せていく。
「またメディアの関係者じゃあるまいな。そういった輩は、今は追い返しておいてくれ」
「あの、それが……そのお客様、自身のことを『タイチだ』とおっしゃっておりまして……」
「なに?」
タイチ。その名を耳にした博士は、途端に表情を明るくする。
「それを早く言わないか! タイチって、あのタイチだよな! タイチは、わたしの甥だ」
「え、えぇ。それはうかがっておりましたが……」
「その様子だと、信用していなかったな?」
「……すみません。あのタイチ様の血縁者、というものに実感が湧かなくて……」
「あぁあぁ、まぁ気にしなくていい。これも何かの縁だ。きみに、タイチと会話をさせてあげよう。何せタイチは、わたしの甥、なのだから」
「……本当ですか!?」
女性は、この上ない至上の喜びを見せていった。一気にパァッと広がった笑顔で、歩く博士の後へと続いていく女性。彼らは来客を待たせているという研究所の入り口へと出向いていくと、そこには黒色のキャップを被った、サングラスの変装姿がそこに佇んでいた。
「タイチ、よく来たな!」
「あぁ、どうも。叔父さん」
「おまえ、相変わらず変装が下手だなぁ。そんなんじゃあ醸し出されるスーパースターのオーラは隠せないだろう」
「あっははは、お手厳しい」
そう言い、サングラスを手でずらしながら覗き込んでくるタイチ。彼の顔を見た女性の研究員はそれを一目すると、感極まった甘い悲鳴をあげて握手をねだっていくのだ。
彼は、それに応えていく。握手と軽く言葉を交わし合い、彼女の日頃からの声援にタイチは感謝を述べていく。そういったやり取りを交わしてから、タイチは桃空博士と二人きりで話をしたいという旨を伝え、女性には一旦と、この場から退いてもらっていった。
「……タイチ、それにしてもどうしたんだ、急に。珍しいじゃないか、わたしの所に顔を出すだなんて。来るのならば、連絡の一つでも寄越しなさい」
「すいませんね。近くがドラマ撮影のロケ地だったんですけど、現地解散だったもんで、その足でこちらに」
「あぁ、そういうことか。まぁまぁ、今日も一仕事終えて疲れているだろう。良かったら休んでいきなさい」
「お言葉に甘えて」
ニッ、と軽い笑みを見せていくタイチ。桃空博士の案内で研究所内へと案内されるタイチは、彼と足を並べて歩くその廊下で、ふとその言葉を投げ掛けていったのだ。
「随分と世間の話題を掻っ攫っているじゃないですか。下手すれば、俺が主演を務めているドラマよりもよっぽど、こっちの一件の方が話題になっている」
「わたしとしては、不本意だけどな」
「だろうな」
出勤している研究員が少ないことから、スーパースターが堂々と歩いていても、何の騒ぎにもならない研究所内。桃空博士もそれを把握しているようで、敢えて彼を隠すこともなく廊下を歩かせていく。
と、その時にも、博士が招こうとしている応接室の扉の前まで来るなり、タイチはそれを口にしていったのだ――
「おかげさまで、興味を持つことができましたよ」
「? タイチ、それは何のことだ?」
「何って、当たり前じゃないですか。――叔父さんの計画のことですよ」
「!!」
応接室のドアノブにかけていた、博士の手。それはすぐにも離されると、タイチの両肩へと移していくなりその目を輝かせていったのだ。
「おぉ……そうか。おぉ、そうか……! おぉ、そうかそうか!! ……あれだけ渋っていたのに、あぁ、そうかそうか!!!! タイチもとうとう、わたしの計画に乗ってくれるか!!」
「あのエクレールの社会的な地位を落とした以上、実質彼女の実力を下したも同然ですからね。俺の気が変わったのも、そういった叔父さんの実績を目にしたからこそですよ。……やはり、叔父さんの計画は間違っていなかったようだ。今日はそのために、こちらにうかがったわけですからね。――だから、聞かせてくださいよ。俺の興味が冷める前に、俺をより惹き付けるために、博士が今も画策する、“その計画”の内容を……」
「あぁ、もちろんだ!! タイチともあろう、富と名声、金と力とその全てが備わったスーパーヒーローがこれに乗ってくれるなんて、心強い限りだ!!」
タイチの背を何度も叩く博士。抑え切れない喜びに、子供のようにはしゃぐ彼に対して一切と表情を変えないタイチは、そのまま彼に誘われて、応接室ではない異なる部屋へと案内されるために廊下を進んでいく。
研究所の最深部。関係者でも立ち入り禁止である、ごく限られた人間にのみ入室を許可された、厳重な鍵で守られた部屋。それの扉を博士が開けていくと、タイチは入室するなり鼻に入ってきたニオイに手をかざしていった。
「うお、薬品の臭い……か?」
「嗅覚を突き刺すほどの激臭ではあるが、これもわたしの計画のためになるものなんだ。しばし我慢しておくれ。直にも慣れる」
「しまったな。服にニオイが付かないかが心配だ」
冗談をかまし、博士を笑わせていくタイチ。……その間にも、タイチは細くした視線で、事細かに隅々まで周囲を眺めていく。
研究所の最深部にある、厳重なロックが掛けられた一室。そこは一切と陽の当たらない場所であり、公に晒すことも許されない極秘のプロジェクトが進められている研究室だった。
目にしたことの無い、SFチックな機材の数々。それらのコードが絡まるように床を這っている光景や、何も無い空間に映し出されたプロジェクターの映像が、人体の図をぼんやりと浮かび上がらせている。
ひと際と目を引く光景は、この部屋の奥に存在していた、カプセルのような大きな装置だった。この中には、装置の中にいっぱいと注がれた得体の知れない透明な液体と、その中で酸素マスクを装着させられた、全裸の成人女性が収められていた――
「……叔父さんの話を聞いた時は、まるで映画のワンシーンみたいだと思っていた。だが、実際に目にしてみると、こう、ショッキングの一言に尽きる光景だな」
「安心しなさい。タイチもすぐに慣れる。タイチは黄泉百鬼が襲った現場で、原型を留めることも許されなかった多くの人間を見てきている。それらと比べたら、こんな程度、些細なことだろう」
「……なるほど。どうやら俺は、自分の考えがまだまだ甘かったようだ」
謎の装置に搭載された、様々なボタンやレバーのある機材を操作する博士。それと共にしてカプセルの奥にあった檻状の飼育小屋が開くと、そこからはタコを模したような異形が、浮遊しながら博士の下へと飛んできたのだ。
「こいつはな、あのエクレールをも出し抜くほどのスピードとパワーを持たせることに成功した、完全体一号なんだ。その実力は既に実践で証明されていて、あのエクレールを相手に、長距離によるチェイスでヤツに劣らない速度を見せ付けた」
「へぇ、そいつはスゴいな。俺もエクレールを傍で見たことはあるが、ありゃ、俺でも敵わないかもしれないと本気で思わされたくらい、世界を救えるほどの力を持っていると言っても過言ではないほどの超人さ。――エクレールこそが、誰もが望んでいたヒーロー像に最も近しいだろう」
「ふん。あんなぽっと出の超人に劣るほど、わたしのペットは甘くないわ」
張り合うように、鼻を鳴らしていく博士。その間も博士の手で撫でられる異形は、そこに浮遊したまま滞在し続けていく。
「でも叔父さん、これで叔父さんが作り上げた“黄泉百鬼”こそが、俺ら人類が進化の果てに辿り着いた、超人という新人類を超えていることが証明されたわけだ」
「あぁそうだ。わたしが作り上げたこの黄泉百鬼こそが、将来的にも超人に代わって、この世界を救う足掛かりとなることだろう」
「黄泉百鬼に対抗するには、黄泉百鬼の力をぶつけるしかない。死者の国から蘇った、超人エネルギーの暴走体である黄泉百鬼ではなく、超人エネルギーを宿す人間を土台にすることで、超人エネルギーの制御に成功した“人工の黄泉百鬼”。――いずれこの世界を救うのは、我々人類が進化の果てに組織した超人の軍団ではなく、叔父さんが作り上げた数多の人工黄泉百鬼による、量産できる最強生物の軍団。……叔父さんの計画、『黄泉百鬼化計画』は着実に進行しているということだな……」
博士が撫でる黄泉百鬼を見遣り、タイチはすぐにも視線をカプセルの中の女性へと移されていった。
「……なるほど。所属するや否や、突如とウチから姿を消してしまった新入りの女ヒーローの顔と一致している。――彼女も、そして……今、叔父さんが撫でている“彼”も、いずれは人類を守るべく猛威を振るうんだろうな」
「今の実験体は、黄泉百鬼へと組み替えるのにとても良好な体質をしている。黄泉百鬼へと変えるのに適している逸材なんだ。そう遠くない内にも、実験体はこのペットと同じように、黄泉百鬼らしい力強いフォルムへと変貌を遂げるだろう」
「人類という形態で過ごしていると、例えその個体が優秀な超人エネルギーを宿していたとしても、その宿し主がエネルギーを上手く扱えずに、せっかくと恵まれた体質であるにも関わらずそれを活かすことなく死んでしまうことも珍しくないだろう。だが、叔父さんの計画では、その潜在的な超人エネルギーを、科学の力で余すことなく引き出すことができる。実に合理的だな」
「ハッハッハ!! だろう! だろう!! タイチもわたしに似て、世の中を見通すことができる目で物事を考えることができるようだ! ――あぁ、こんなにも優秀な甥を持つことができて、わたしは嬉しく思っているぞ!」
喜ばしい。それを全面的に押し出す博士は、上機嫌な様でタイチの背を叩いていった。
……表情を一切と変えることのなかったタイチ。彼と相反するようなその様相で、それを静かに訊ねていく。
「でも、だからと言って、エクレールをあそこまで追い詰める理由は無かったんじゃないですか?」
「ハッハッハ! まだまだ甘いなタイチは。エクレールは、宿している超人エネルギーこそは目を見張るものがあるが、だからと言って、あれほどまでの力を持ったヒーローではないヤツがいつ、我々に牙を剥くかは分からないだろう。だから、遅かれ早かれヤツが人類に牙を剥く前に、わたしはそれを摘発してあげただけなんだ。――わたしは優しいぞ。だって、エクレールが本当に世界へと仇なす前に、その間違いを教えてあげてやったんだからな!」
「……博士は、作り上げた人工の黄泉百鬼を、エクレールに破壊されることを恐れているだけなんじゃないですか?」
「…………」
沈黙が走る空間。近未来的な機械に囲まれたその中には、カプセルの中から響いてくる気泡の音がわずかに伝ってくる。
「叔父さんとしては、その社会的な地位を落とすことで、エクレールは姿をくらますだろうと考えていたようですけどね。しかし実際は、国から目の敵にされようとも、エクレールは自粛することもなく、その自主的なヒーロー活動を以前と変わりなく続けている。……身に覚えの無い濡れ衣で四方八方から因縁をつけられても、それでもなお彼女は人類のために戦い続けているんだ」
「ヤツがどんなにヒーローらしく振る舞っていても、所詮は趣味で人助けをしている逆張りの若造に過ぎんだろう。いいや、ヤツこそが、人の形を模した黄泉百鬼かもしれん。それほどまでに、ヤツの身体能力は卓越している。――わたしは、そんな脅威に脅かされる日々は懲り懲りだ。だから、わたしの技術と科学の力で、長きに渡る人類と黄泉百鬼の闘争にケリをつけるんだ」
手を握り締めるほどの力説。甥を前にして高らかと語る博士は、自身が目指す未来を掲げながら、それを宣言していく。
「そのためにもまず、疑わしきエクレールを、わたしの黄泉百鬼で仕留めてみせよう! それを皮切りに、わたしの計画を世間へと発表しようではないか!! わたしの作った人工黄泉百鬼が、エクレールという人類の反逆者を討ち破った! その実力が実証されれば、わたしの技術力と知名度も合わさって、世間はわたしの思想に賛同してくれるだろう!! ――そのためにも、タイチ。わたしの計画に乗ってくれたおまえには、わたしのスポンサーとなってもらいたい」
「…………りょーかいです」
力説する博士とは反する、適当ながらも至って平常なタイチの一言。それに博士は大いに納得していくと、その研究室から出た二人は研究所内の廊下を歩き、その玄関口で、博士はタイチへと別れの言葉を掛けていった。
「タイチと実りのある話ができて、わたしは満足だ。この世界を黄泉百鬼から守るためにも、これからもよろしく頼むよ」
「えぇ、叔父さんのためにも、俺なりに頑張っていきますよ」
そうして別れを告げた桃空博士は、タイチを背にして研究所の奥へと進んでいく。
とても満足そうな足取りだった。ご機嫌な様子も見受けられ、若干とステップを刻むようなそれに、タイチはただただ手を振り続けていく。
……終始、表情を変えることがなかった彼。手を振るそれを下ろしていくと、踵を返しながら、静かなる感情のままに、それを呟いていったのだ。
「――悪いな、叔父さん。俺は、叔父さんの思想に同意することはできない。……俺としては、人を犠牲にしてまで叔父さんが作り上げた人工の黄泉百鬼に未来を託すよりも、エクレールという逸材を国で支援することこそが、人類がこの先を生き抜くための術だと考えているもんだからな」
――彼の手元には、一つのUSBが握りしめられていた。小さく、コンパクトであるそれは、存在感を放つことなく彼の手に収められている。
彼は、振り返ることなく歩き出した。……潜入して掴んだ真の情報を手のひらに、彼は歩く自身の道のりを、真っ直ぐと捉え続けていた。