宵闇を晴らす、光源に溢れた龍明の街。その日も大都市の中央では黄泉百鬼の出現報告によって、多数の被害がもたらされていた。
通報によって駆り出された数名のヒーロー達は、連絡を受けることで、出動という形で黄泉百鬼の討伐へ乗り出していく。――既に各地へと送り出されていた、分散している超人協会の戦力達。その通報を受けた時にも超人協会は、被害の状況や黄泉百鬼の戦闘力を鑑みて、自身の手元に残る有限の戦力を、その脅威にどれほど割り振るのかという手腕も発揮してみせなければならない。
……だが、今回は超人協会の判断ミスとも言えただろう。時として、連絡時の被害を大きく上回るほどの、イレギュラーともなる脅威が乱入者として入り混じるケースがあるからだ。
だからこそ、超人協会は即戦力となる人材を欲していた。――そして、今現在と組織が求めるそれに合致する、身軽で最強の身体能力を有する紅の稲妻が、偶然にもその現地へと赴いていた。
戦闘の痕跡が残る、被害を受けた建物や広場。激しい戦闘が行われたのだろうボロボロとなったそれらは背景となり、既に終わっていたハズの任務の、延長線とも言える追加の闘争をそのヒーローは繰り広げていた。
二メートルの身長はあるだろう、盛り上がった筋肉が特徴である赤いタンクトップと黒いボトムスの巨漢。彼は勇ましい掛け声を上げながら敵へと仕掛けていき、筋肉に物を言わせた力強い両腕のスイングで対象を追い詰めていくのだ。
彼が腕を振るう様はいっそのこと清々しく、パワーに全てを振り分けたのだろう超人エネルギーの使い方で、勇猛なる筋肉を相手に叩き付ける。その大振りな戦い方は見る者を惹き付け、彼というヒーローが繰り広げる戦闘は、世間に多くの人気を博していた。
これを生で見物する人だかり。皆がヒーローである彼を応援するその中で、大衆に混じる二人の若い男性が会話を行っていく。
「いやぁ! やっぱナマで見ると迫力が違うなぁ!! さすが、龍明超人協会直系レオンハルト軍団系チューイング軍団団長のチューイングさんだ!!」
「え、なに? 何て? なんかよく分かんないけど、要するに有名人ってことだよな。頑張れー」
二人が混じる大衆の前を横切る、二つの人影。一人はその体格で筋肉を振り回し続け、建物の屋上へと逃走したそれへと手を伸ばしながら、巨体にはあるまじき挙動で、対象とそっくりの軌道を描くような跳躍を行っていく。
屋上に降り立った対象。そこからいくつかの屋上を渡るように飛び移った後、しかしその後ろにピッタリとくっ付くような、まるで逃げる自身の動きを真似るような完璧な追跡を確認すると、ここに来て潔さを感じる佇まいで彼を待ち受けた。
直にも、ヒーローの彼が追い付いてくる。その巨漢に見合わない身軽な追跡に、彼は得意げな笑みを浮かべていたものだ。
「ふっふふふ。わたくしの異能力に、あんたさんもお手上げといったところかな。なに、この異能力のカラクリは至って単純なものでね。わたくしの異能力は、手をかざした先にいる動く物体を追跡する能力なのだよ。だから、たとえその身体能力でわたくしの追跡を振り切ろうとしても、わたくしはあんたさんの動きにピッタリとついていき、絶対に逃さない」
ウロウロとしながら自慢げに話をするヒーロー。その間にも撮影用のドローンが周囲に漂い始めてくる中で、彼はヒーローショーを演じるかのような仰々しい様でセリフを続けていく。
「ところで、あんたさん。あんたさんの活躍はこのわたくしも拝見をしていてね、あんたさんの輝かしい功績と、それを成すに至った実力は既に承知の上なのだよ。だからこそ、敢えて訊ねさせてもらいたい。――あんたさん、どうしてわたくしを避けるのかな? わたくしとやり合おうとしないその逃げの姿勢、傍から見たら腰抜けだと思われても仕方のないくらい、今のあんたさんは情けなく映っているけれど? 侵略者ともあろう者が、そんな醜態を晒し続けてもいいものなのかね? ねぇ、そこんところ、どうお考えなのかな? ……“エクレール”」
彼が手を伸ばしながら、訊ね掛けるその言葉。眼前のこれに対し、深紅のコートに身を纏うガスマスクの超人は、一言一句と口にすることなく佇み続けていた。
「んー、実にクール! あんたさんのその、背中で語るスタイルはわたくしも好感を持てていたのだけれどもね。あんたさん、あのままヒーローらしく振る舞っていた方が似合っていたよ? だからこそ、なぜ、あのタイミングであんな騒動を起こしたのかは分からないけれど、こうしてね、国から抹殺指令が下されている“指名手配犯”と接触した以上は、わたくしも、龍明超人協会直系レオンハルト軍団系チューイング軍団団長のチューイングさんとして、あんたさんを始末しなければならないの、分かる?」
「…………」
訊ね掛けた彼のセリフに一切の興味を持たない、眼前の稲妻。佇む姿勢から、ふらっ、と脱力気味な様子を見せていくと、次の瞬間にも、一瞬の隙を突いた跳躍でその場から跳び出していったのだ。
「逃がさないよッ!!!!」
即座に手をかざしていくヒーロー。同時にして跳躍していく彼は、跳び出していった稲妻と一ミリのズレもない軌道でその後を追跡し、しかも、それに追い付かんとする速度で一気に距離を詰めていく。
地上に着地した稲妻。すぐにも駆け出して街の中を剛速の速さで駆け抜け始めるが、直後にも地上に降り立った彼もまた手をかざしながら駆け出すと、眼前の稲妻とほぼ同じ速さで街中を駆け始め、しっかりとその姿を追跡していくのだ。
二人のチェイスは、これを見守る大衆の期待を裏切る早さで終了する。これに観念したとも言える稲妻は、建物に囲まれた、人通りのある街のど真ん中で立ち止まり、後ろに続いていたヒーローの彼もまた、立ち止まったそれに追い付いては得意げな顔を見せていく。
ヒーローと人類の敵が向かい合う構図は、街中を行き交っていた多くの目に留まった。目にした人々が声を上げ、傍を歩く知人を呼び止めて、それを見物としてぞろぞろと人だかりが二人に押し寄せてくる……。
この光景に、ヒーローの彼は顎に手を当てがいながらそれを口にした。
「ふぅん、考えたね。確かに、こうして無関係の市民たちを大勢と呼び寄せてしまえば、わたくしの自慢でもあるこのパワーが強すぎるがあまりに、周りを巻き込んでしまいかねない。つまり、わたくしはこの場において、本来の力を出せなくなってしまったと考えるべきでしょうね」
「…………」
発展した街中は、ビルに囲まれた閉鎖的な空間となっていた。特に目を引く建物は、その大きなビルに取り付けられ、今もニュース番組を流している大型ビジョン――
「それにしても、あんたさんの追跡は楽しいもんだねぇ! わたくし、あんなに速い速度で走ったのは初めてだった! 勿体無いねぇ、こんなにも恵まれた超人エネルギーを持っているんだから、今までのようにヒーローとして名を馳せていれば良かったのに。あぁ、本当に勿体無い、勿体無い」
そう言いながらも、次第と構えを取り始めていく彼。巨体からなるファイティングポーズは絵になり、これを見た野次馬の大衆は、今か今かと繰り広げられる戦闘を楽しみにしていく。
「……悪いけどね、エクレール。周囲に人を集めたからって、これでわたくしが本領を発揮できなくなった、なんて考えない方がいいよ。何せ、こういう状況にも対応できるように、わたくしは日頃からの鍛錬を欠かせたことがないんだからね!! ――覚悟なさい。あんたさんはこれから、わたくしの手柄となって葬られるんだからね……!! ……いくぞ、エクレールゥゥウッッ!!!!」
この場に注がれる視線の、その全てを背負った大一番。表舞台の主役を飾る大役を担った彼は、撮影用ドローンも含めた最高の注目度を集めながら、全てを注ぐ勢いで叫び上げた気合いの掛け声と共に、稲妻へと攻撃を仕掛けていったのだ。
湧き上がる大歓声。目前となった世界平和。ヒーローという我々を守る超人に全てを託した、熱狂的な盛り上がりを見せる決闘の舞台——
稲妻もまた、佇む姿勢からわずかと拳を構えて、眼前から襲い来るそれへと向かい合った。……直にもぶつかり合う拳。今この瞬間にも、力自慢の二人による剛腕対決がお披露目となる――
『えー、ただいま速報が入りました。先日にも桃空研究所にて起こった、エクレールによる襲撃事件でございますが、どうやらこの事件に進展があったようです。今こちらで、その映像を流していきます』
ビルの大型ビジョンから流れ込んできた、男性キャスターの声。それを耳にした街中の現場は、二人の拳が衝突するというその瞬間にも、巻き上がっていた歓声を一気に止めてそちらへと振り向いていく。
……少しでも身体を動かせば、この二人の拳は軽くぶつかり合う。寸前となる場面で互いに動きを止めた双方は、ヒーローである彼が大型ビジョンへと向いていくその動作につられて、稲妻もまたそちらへと向いていくのだ。
――そこには、以前にも目にした、エクレールが桃空博士の研究所を襲撃する様子が収められた映像。だが、しかし、連日と放送されていた今までの映像とはどこか様子がおかしく、まるで、今まで目にしていた映像は、編集が施されたものであることを告げるかのように、今こうして流されている映像は、とても滑らかに次へ次へとそのコマを進めていく。
……エクレールが襲撃する、その前。稲妻が侵入したという窓に入っていく、異形の姿。その後にもエクレールが窓への侵入を行っていくと、次にも内部で、稲妻が博士と思われる人物と接触する様子が映し出されている。
あとはもう、語るまでもない一連の流れであった。姿を消し、突如と現れた異形との戦闘。この中で壁は破壊され、それがエクレールによるものではないことが証明される。すぐにも訪れた場面では、女性秘書が異形の触手で胴体が貫かれる様子を、モザイク処理を施された修正で流されていくと、そこで大衆からはどよめきが起こり始めていくのだ。
そして、博士による迫真の演技でエクレールの襲撃を装い、警備員による発砲が行われ、エクレールが跳び去っていく。その跳び去る様子こそは既に何度も目にしていた様子だったが、それ以前となる空白の出来事は、現場に居合わせていたエクレール本人と博士以外の人物が目にするのは、これで初となるのだろう。
一連の映像が放送されたことで、湧き上がっていた現場の歓声は、困惑へと変化していた。
特に、本人を前にしている野次馬達は、現状と降り掛かってきた情報を加味して、稲妻へと様々な声を上げていたものだ。それらは主として、エクレールというヒーローへの謝罪であったり、エクレールという超人を信じていたという声であったり、中には、あの映像はフェイクだとして、エクレールを人類の敵と捉え続ける声も上がっていたりと、稲妻へ寄せられた言葉は少なくない。
と、その時にも相対していたヒーローの彼は、鳴り出した着信音でハッと我に返るようにしながら、耳元に指をあてがってその声を聞き取り始めた。
「こちら、チューイング――何ですって? 強大な力を持つ黄泉百鬼が、桃空研究所から出現……!?」
超人協会からの指令だった。これに稲妻も耳を傾けていく。
「六メートルほどの巨体で、人型を模した黄泉百鬼。頭部は両肩も含めた三つを有する外見的特徴で、それは研究所から現れるなり、目についた人類を無差別に襲っている……!? 今現在、その黄泉百鬼は何処に……? はい、えぇ。龍明大通り七丁目――」
瞬間、彼の眼前で佇んでいた稲妻は、飛び出すように跳躍を行うことで宵闇へと姿を消していく。
呆気にとられた、ヒーローの彼。すぐにもハッとすると、耳に流れ込んできていた本部からの通信にイェスの返答で頷いていきながら、追跡しようにも瞬く間に去ってしまった対象に、彼は自分の足でついていくように現場へと急行していったのだった。
その間も、大型ビジョンには未だにその映像が流されていた。……番組に出演するコメンテーターといった者達が、それについての会話を交わしていく様子を届けながら――
『こちらの映像はどうやら、匿名の方から提供されたもののようですね。しかしテレビ局の関係者によりますと、その人物は我々もよく知る人間であり、信用に足る有名なヒーローなのだと言うのです――』
閉ざした扉。厳重な鍵が外部からの侵入を許さない、極秘と設けられた研究室。
男がそこへ駆け込むと、すぐにも彼の背後からは、扉を強く叩く音が鳴り響いてくる。
「おい博士ッ!! どういうことなんですか!! おれ達に説明してくださいッ!!」
「博士!! わたし達、博士を信じていたんです!! だからどうか、釈明だけでもしてください!! じゃないとわたし達、本当に博士を疑わなければならなくなってしまうんです!!」
研究員の男女が数名と扉に押し寄せ、この厳重な研究室へと閉じ籠った彼へ、それらを訴え掛けていく。一方として部屋へ駆け込んだ博士はと言うと、絶望の淵に立たされたかのような、追い詰められた極限の様相を見せながらその場にうずくまっていったのだ。
「なんだ……!? これは、一体なんだと言うのだ……!? これは何かの間違いだ……! わたしの管理は完璧だった……! それなのに、なぜあの映像が流出してしまったというのか……!?」
頭を抱え、パニックを引き起こしていた彼。この背には今も扉を叩く震動が伝ってくる中、博士は立ち上がって駆け出しながら、それを呟いていく。
「わ、わたしの、今までの……! 社会的な地位が……名誉が、信頼が、すべて、無くなってしまう……!! そ、それではダメなんだ……!! わたしはただ、人類が黄泉百鬼に打ち勝つ未来を、描いてきただけなのに……!!」
謎めいたSFチックの機材を操作し、檻からタコのような異形を解放する博士。次にもカプセルの中にある、酸素マスクを取り付けられながら液体に漬けられていた女性を見遣っていくと、一つのボタンを押したことでその動作は停止し、女性は一度も開けることのない瞼を閉ざしたまま、口から泡を出して液体の中を彷徨い出す。
「わたしの計画は、完璧だった……!! わたしの計画が遂行されれば、人類はもう、黄泉百鬼という怪物に怯えなくて済むというのに……!! なぜだ……!? なぜ、こうまでして身を削ってきた、正義の味方であるこのわたしが、ここまで追い詰められなければならないのだ……!!?」
タコのような異形が博士へと寄ってくる。それへと静かに手を乗せていく博士は、次の時にも至った一つの結論と共に、憎悪にまみれた表情で顔を上げていったのだ――
「――エクレール。これも全て……エクレールの仕業か……ッ!!!! あぁそうだ。エクレールという超人は生まれもっての能力で有頂天になるどころか、名声を独占するべくライバルを蹴落とそうと画策し、あろうことか人類を救おうとしていたこのわたしをどん底へと突き落としたのだ……!!!! あぁ、あぁ。あぁ、あぁ。いいだろう、いいだろう。エクレール、そこまでしてわたしを敵に回したいのならば……その喧嘩、正々堂々と買ってやることにしようじゃないか……!!」
手を伸ばし、腕を異形へと差し出していく博士。それを合図と見たのか、異形は次にも触手を博士の腕へと絡めていくと、それはスルスルと博士の全身を伝い始めていって、その身体を異形の触手で埋め尽くしてしまう。
そして、異形は博士に覆い被さるなり、瞬間、その頭部へと食らいついていったのだ。
肉を裂き、骨を断つ生々しい音。これを受けて博士は反射的に身体を仰け反らせていくものだが、そうして異形に捕食されたことで博士の体内へと流し込まれる超人エネルギーが、その身体を徐々に異質なものへと変形させ始めていく……。
……今ここに、人類と呼ぶには相応しくない一つの異形が、完全体となって誕生した。
六メートルの体格と、異常な発達を見せた人型の怪物。粘土のような体表と、土偶のような肌をしたそれは、人間をより醜くした頭部と、両肩にも同じ様相を見せる二つの頭部を備え付けた、見た者に戦慄を走らせる容貌として研究室を歩き始めていく。
両肩の頭部が、怨嗟の唸りを上げていく。それと共にして中央の頭部は厳重な扉を真っ直ぐと見遣っていくと、今は見えない“その対象”を見据えた眼差しを向けながら、異常な発達で肥大した剛腕でその障壁を破っていったのだ――