穿闘のエクレール   作:祐。

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遂行された、紅の正義

 速報という形で、即座に広まりつつある真の情報。匿名のヒーローから提供された、桃空研究所の襲撃事件の真相を物語るその映像は、犯人が驚異的な身体能力を有する超人ゆえに、ほとんどの国民が国の存亡を不安視するまでの出来事に発展していた。

 

 だが、本事件の事実が公に晒されたことで、現在、国では様々な声が上げられていた。その多くはエクレールという無実のヒーローに同情する声であったり、疑いに掛かったことの謝罪や、最初から信じていたという者の声。一方で、この映像はエクレールを善人に仕立て上げるための工作だという声も上がっており、エクレールという無名の救世主を巡る論争は、双方の勢力が共に半々という状況で、国の住民同士が激しい口論を交わし合っていく。

 

 ――ネットを主とした媒体で、今現在、最も熱い話題として盛り上がりを見せていく世間の様子。だが、当の本人である彼女は、そんな論争には一切と目もくれることなく、今も自身が抱く正義に身を委ね、夜の龍明に迸る紅の稲妻となって“彼”の下へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 無差別に人類を襲っている。その通報を最後にして、現場は静けさに包まれていた。

 倒れる人々の姿。多くが被害を受けた負傷者であり、こと切れたように地に伏していく人間の姿もうかがえる。

 

 駆け付けたヒーローも、全員が返り討ちとなって龍明の街に倒れ込んでいた。中には、絶命という形で無念の殉職を遂げた者も存在しており、最期まで立派に戦ったのだろう傷跡を身体に残して、魂へと成り果てている。

 

 ……街の地域の一つを半壊にまで追い込んだ、これまでに出現してきた黄泉百鬼と肩を並べるほどの、圧倒的な脅威を孕んだ無慈悲の生命体。六メートルの体格を誇るそれは、異常な発達を見せた人型の怪物となって君臨していた。

 粘土のような体表と、土偶のような肌をしたそれ。人間をより醜くした頭部と、両肩にも同じ様相を見せる二つの頭部を備え付けた、見た者に戦慄を走らせる容貌。両肩の頭部が怨嗟の唸りを上げていくと、現在と手で鷲掴む一人の少年を、自身の口元へと近付けていったのだ。

 

「ぁ、ぁぁ……ぁぁあ……っ!!!! やめろ……!!! やめてくれ……!! どうか、それだけは……こんなところ、母さん達には見せられないんだ……っ!!!」

 

 恐怖におののく、ヒーローの少年。背丈も百七十五ほどで、思春期真っ盛りという幼さを思わせる。

 その彼は、段々と近付いてくる眼前の醜い頭部に、涙目で訴え掛けていた。――しかし、相対した黄泉百鬼には彼の事情など知る由もなく、少年の悲痛なそれにも構わず、怪物は裂ける口角で大きく口を広げると、叫ぶ彼を口の中へと放り込んでいったのだ。

 

「やめろ……ッ!!! やめてくれェェェエエエッッッ!!!!」

 

 断末魔のような叫び声。その一部始終も撮影用のドローンが捉えていたために、これを中継点として現地の様子を眺めていたギャラリー達は、思わず目を背けたくなるような瞬間に肝を冷やしたことだろう。

 

 だが、次の瞬間にも、少年は身を投げ出すような挙動でその場から吹っ飛ばされたのだ。これには死を確信した彼も、一瞬と思考が真っ白となるほどの急展開に驚愕の表情を見せていく。

 

 ――どこからともなく、龍明の空から降りかかった稲妻の蹴り。急降下と共に突き出された彼女の脚が、怪物の肩にある頭部に直撃してその巨体を吹き飛ばしてしまったのだ。

 この衝撃を足蹴りにすることで、ふわりと浮くような動作で着地を行った紅き閃光。その間も彼女の蹴りで後方へと飛ばされていた怪物は、街の地面を滑り込む形でしばらくと身体を擦り続け、そこから体勢を立て直すなり彼女と向き合っていく。

 

 ……彼女には、身に覚えのない顔だった。だが、彼女に備わる超人エネルギーが“彼”を察知すると、同時にして怪物もまた、憎悪を音という形に乗せた唸り声を上げていく――

 

「……エク、レール……ッ。エクレール……ッ! ……エクレールゥゥゥウ!!!!」

 

「…………」

 

 自分をここまで追い詰めた、自身の破滅を招きし全ての元凶。

 

 “彼”は、恨みという感情のままに、夜の龍明に邪悪を振り撒く咆哮を叫び上げた。――それは、“彼”の無念とも呼べただろう。

 これまでとずっと、自身が考える救済を信じ続けた、“彼”なりに歩んできた一本道。だが、“彼”は救済を信じるがあまりに、いつしかその一直線から外れてしまっていた。

 

「エクレールゥゥッ……!!!! エクレェェェェェル……ッッ!!!!」

 

 内側で爆発する、恨みの衝動。人語とも言えない、声のようなこもった音を響かせながら全身の筋肉を膨張させる怪物は、怒りという怒りを体内に張り巡らせると共にして、次の時にも飛び出すように稲妻へと襲い掛かってきたのだ。

 

 佇む姿勢で、真正面から向かい合う彼女。狂うように猛りながら襲い来るそれが近付くにつれ、少しずつ身構え出した彼女は、怪物から左拳のストレートが飛び出してくるのを見計らって、それに合わせるよう右拳を繰り出していった――

 

 ――ズドォンッ!!!! 拳と拳がぶつかり合ったとは思えない、拳に挟まれた大気が破裂するかのような轟音。これが衝撃となって周囲に伝わり出すと、身を投げ出してから地面に転げ落ちていた少年が、その衝撃波に乗せられたように再び転がっていく。

 

「う、うぉぉッ!? うぉぉおおッッ!!?」

 

 ……何だ、このパワーは……!? こんなの、今までに感じたことが無い……!!

 

 驚嘆とも言える、内心で叫び上げた言葉。続けて少年は前方を見遣っていくと、そこで繰り広げられていた、両者の拳がぶつかり合う怒涛のラッシュ。

 

 少年は冷や汗を流しながら、ただただ言葉を失って呆然としてしまっていた。――噂には聞いていた。エクレールという、最上位のヒーローにも引けを取らない、圧巻となる身体能力を持つ超人の存在。その活躍はかねてより耳にしていたものだが、実物となる迫力を肌身で感じることによって、彼はこの時にも、最上位のヒーロー達が口を揃えてエクレールを賞賛していた理由を体感することとなる……。

 

 と、少年は開いた口が塞がらずにいると、そこへ駆けつけてきた巨漢のヒーローが少年の下へと駆け寄ってくる。

 

「アレウス!! 良かった、あんたさんは無事でいてくれたんだね!!」

 

「チューイングさん……! ……すみません。俺、市民の皆さんも、今まで面倒を見てくださったヒーローの皆さんも、誰一人と救えず……っ」

 

「――ヒーローというのはね、常に生きるか死ぬかの弱肉強食の世界にいるの。それがたとえ、どんなに気高き志を持つ人物であろうとも、黄泉百鬼を相手にその実力が敵わなければ、問答無用に死んでいく実力社会なんだから。……アレウス。あんたさんが気に病むことはない。こうして遺されたわたくし達は、名誉ある戦いで命を落としてしまったヒーロー達の無念と信念を背負って、先に進まなければならないの……」

 

「……俺が弱かったから、みんなを守れなくて……っ! すんませんっ……先輩方……! すんません……っ、市民の皆様方……っ!!」

 

 泣き崩れる少年を、巨漢の彼が抱き留めていく。……アレウスと呼ばれた少年が痛恨に打ちひしがれる間にも、巨漢のヒーローは少年を守るようにしながら、今も繰り広げられる熾烈な戦闘へと視線を投げ掛けていく――

 

 怨嗟の唸り声を上げる怪物。肥大した筋肉で全てを破壊すると言わんばかりに振るわれる拳は、眼前でぶつかり合う彼女とのラッシュによってその思惑ごと阻止されていく。

 彼女という存在が現れ始めた頃から続く、その稲妻を邪魔に思う因縁。博士としての地位と名誉を全て失った“彼”にとって、残された唯一の感情は、目の前の稲妻へと抱いた逆上の念のみ。

 

 彼女は、それを真正面から受け止めていた。正々堂々と向かい合った彼女は一切の容赦をすることがなく、全力でぶつかってくる眼前の怪物の拳を、一発一発、着実に殴り返すことでその巨体を押し退け始めていくのだ。

 

 自身の最高傑作であり、自身の生涯を注いだ最高峰の力。だが、それを以てしても眼前の超人にはまるで敵わない。しかし、持ち前の粘り強さで“彼”は本能のままに力を振るい、今も、自身が打ち勝つ救済の未来を信じて、その一発を彼女へと、振りかぶった――

 

 ――沈む、彼女の姿勢。突如と交えてきた不規則な潜り込みに、怪物は信念を込めた一撃を盛大に空振りさせていく。

 踏み込む彼女。引き絞った左腕が十分に力を蓄え込んでいくと、次にも上半身を投げつけるような放り出す一撃を乗せて、左拳のアッパーが怪物の腹部に直撃した。

 

 食い込む拳は、筋肉が膨張した怪物の肉体へとめり込んでいく。それは次第と突き破り始め、体内へと侵入してきた彼女の拳が、怪物を反射的に前屈みの姿勢へと変えさせる。

 そのまま繰り出された、彼女の右拳。力任せの美しくないフォームで叩き付けるように突き出すと、彼女の拳は怪物の左肩にある醜い頭部を貫通し、しかも指を引っ掛けることで、引っ張る動作と共にその部位を強引に引きちぎってしまったのだ。

 

 引き剥がされる、黄泉百鬼の部位。怪物がこもった叫び声を上げながら身を退かせていくと、彼女は追い掛けるように再び踏み込んで左拳をボディへとねじ込み、その直後に再度の左拳で粗暴なストレートを繰り出して怪物の体勢を下げていく。

 

 彼女へと下りてきた、怪物の頭部。目線の高さにまで来たそれを見るなり、彼女は開脚するように右脚で蹴り上げ、その鋭い一撃が怪物の上顎に加えられると共にして、怪物は衝撃のままに、口角を裂くような、大きな口を開けてしまう。

 

 と、次にも彼女は、右手に持っていた右肩の頭部を、その怪物の口へと強引に押し込んできたのだ。パンチの如く突っ込んできたそれに怪物が唸り出していく中で、彼女はすぐにもその場で跳躍を行い、前方への回転を帯びながら、怪物の脳天へと向かって踵落としの一撃を加えていく。

 

 この攻撃によって、怪物は地面に叩き付けられた。加えて、口へと押し詰められた右肩の頭部が、自身の顎の力によって噛み砕かれ、周囲に自身の部位をぶち撒ける。更には踵落としの衝撃でバウントするように怪物の身体が浮き上がると、着地した稲妻は即席の蹴りによって怪物を後方へと吹き飛ばし、それを追うように驚異的な身体能力で駆け始めていくのだ。

 

 吹き飛ばされる空中で腕を伸ばし、地面を手に食い込ませることで吹き飛ぶ衝撃を和らげていく怪物。そのまま接近を図る稲妻へと不意の一撃となる拳を突き出していくが、それを見切った彼女は体勢を低くすると、スライディングという形で怪物の攻撃を鮮やかに回避していく。

 

 彼女のスライディングは勢いを纏いながら、怪物の股下まで滑り込んできた。と、そこで急停止するように彼女は左腕を地面へと突き刺していくと、そこから勢いを方向変換させた足払いを繰り出すことで、怪物の足を払って浮かせてしまったのだ。

 

 怪物に、成す術は無かった。前へ転ぶように崩した体勢は、すぐにも彼女の右拳のアッパーで狩られてしまう。この攻撃は怪物の右肩の頭部を貫通すると、彼女は開いた手で頭部の中身を鷲掴み、そこから、彼女から見て後方へとその脚を一歩踏み込み、渾身の振りかぶりによって怪物を地面に叩き付けていく。

 

 直後、彼女は軌道をなぞるように再び怪物を持ち上げては叩き付け、その軌道をまたしてもなぞるように持ち上げては叩き付けて、を繰り返し始めた。――巨体の怪物が何度も何度も地面に叩き付けられるその光景。打ち付ける度に街の地盤は抉られ、怪物の身体からはその一部となる肉片が周囲へと生々しく飛び散っていく。

 

 もはや、数え切れないほどの猛攻が怪物を襲った。剛腕に全てを委ねた、一種の残虐性をもうかがわせる一方的な攻撃。これに飽き足らず、彼女は最後に地面へと怪物を叩き付けるなり、そろそろと千切れそうとなった頭部を引っ張り出し、投げ出すように怪物の身体を宙に浮かせると、そこから頭部と身体を繋ぐ肉が伸び始め、ハンマー投げの要領で彼女は怪物を振り回し始めたのだ。

 

 これに伴い、怪物の身体は徐々に、彼女から遠のくよう放り出され始める。その間も怪物は、彼女の圧倒的なパワーを前にして、わずかながらの抵抗も許されなかった。

 ――いつ千切れてもおかしくない、限界にまで伸び切った怪物の肉。その限界の直前まで彼女は怪物を振り回していくと、次の瞬間にも彼女は突然と腕を上へと持ち上げていき、それにつられる形で怪物は、彼女の上空へと巨体を投げ出してしまう。

 

 ブチッ!! 千切れた頭部の肉。手に残ったそれを彼女はそこら辺へ投げ捨てていくと、上空へと投げ出された怪物が落ちてくる、そのタイミングに合わせるよう、彼女は右腕を限界まで引き絞り、最適な瞬間を見計らってこの拳を繰り出していったのだ――

 

 ――大気をまとい、無尽蔵な超人エネルギーを一気に集中させた、強烈な一撃。その繰り出されるわずかの瞬間のみスローモーションに見える重量を含み、彼女は真っ直ぐと捉えたその対象が落ちてくる、ほんの一瞬の絶好となるタイミングを的確に見極めていくと、次にも振り抜かれた渾身の右ストレートは、落下してきた怪物の胸部へのクリーンヒットを決めていったのだ。

 

 

 

 

 

 人類が生み出してきた言語の中で、その衝撃を説明することができる言葉は存在しなかった。

 

 一点に集束した、超人エネルギーが織り成す人外の力。人智の領域を越えた一撃は、怪物を中心にして空へと突き抜けると、この衝撃から一息置いて、怪物は恐るべき速度で龍明の夜空へと放たれていった。

 

 吹っ飛ぶという次元ではなかった。発出とも見て取れるほどの勢い。大気圏にねじ込むような一撃であっという間に上空へと打ち上げられた怪物は、そうして吹っ飛ぶ軌道線上で、まとっていた黄泉百鬼の肉片を散り散りと振り撒いていく……。

 

 ……次第とそこから現れたのは、乾いた泥のような皮膚へと化した、生身の人間の姿だった。つい数時間ほど前まで、博士という愛称でその名を馳せていた研究員。彼は上空を舞う一時の遊覧飛行の中で、自身に降りかかった様々な出来事に思考を真っ白とさせながらも、しかし、先ほどにも食らった拳の一撃によって、自身の思想が打ち砕かれたことを理解していた。

 

 

 

 大都市とは思えぬほどの静けさで溢れかえる、ボロボロとなった変貌の龍明に佇む稲妻。打ち上げられていった彼を見送るように見上げていた彼女は、直にも踵を返し、右腕を一振りして付着した肉片を払っていく。

 

 付近で少年ヒーローを抱えていた巨漢の彼は、稲妻を黙視することしかできずにいた。……ヒーローの枠に収まる超人と言えども、同類が展開した圧巻の戦闘に、堪らず言葉を失ってしまっていたのだ。

 

 ドローンのプロペラが、軽々しい音を立てながら稲妻を映していく光景。――少ししてから歩き出した紅き閃光は、数歩とその歩みを進めると、とても身軽な様で跳躍してみせて、溶け込むように人知れずと龍明の夜空へと姿を消していく。

 

 深紅のコートに身を包んだ、ガスマスクで素性を隠すその超人。紅き閃光の異名で親しまれていたその存在は、今日も通常通りにその正義を全うすると、まるでその剛腕で振り払った災難の如く、あっという間にその場を去っていったのだった――――

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