「あーもー! 遅いッ!! 遅い遅いおーそーいーッッ!! 集合時間からもうすぐ三時間!! 律儀に約束を守ったアタシは後、どれだけ待たされないといけないのッ!?」
陽が昇ったばかりの、清々しい空気感が漂う朝方の駅前。不満たらたらな感情をジタバタと動かす足に乗せ、アタシは一人、駅前のベンチでイライラを募らせながら愚痴を零していた。
大都市であるが故に、朝から行き交う大勢の人波を眺めること約三時間。寝坊もすることなく準備もバッチリと済ませ、集合場所にも遅れることなく間に合わせてホッと一安心……。
……なんていう穏やかな心持ちは、とうの一時間前に捨て去ってやったわ!!
「大体、急に何なの!? 後からSNSで、『素敵な方とお会いしたから、一晩泊まっていくことにした』って!! 仕事前に話していた、『仕事終わりに、少しだけバーに立ち寄ってから真っ直ぐ帰るわ』の言葉は嘘だったってワケ!?!? いや、別に一晩でも二晩でも泊まることはいいの!! 問題なのは、仕事の集合時間に堂々と遅刻する“あの人”のずぼらさなんだってばーーーーっ!!!!」
ムキーッ!! 真面目な人ほど損を見る!! この世の全てがイヤになったヤケクソ状態でアタシは足をバタバタさせていく。そんなこちらの様子に周囲の人が、何か可哀相なものを見るかのような視線を投げ掛けてくるものだったが、今のアタシにとっては、そんなことどうだってよかった。
ただ、スカートという服装で足をバタつかせるのは、少々とお下品だったかもしれない。腹辺りにまで伸ばした茶色の長髪と、白色のジャンパーを揺らしていくこの姿。その上着から覗く黄色のシャツと、ふわふわと浮いて落ちてを繰り返す青色のスカート。膝丈までの白色のブーツは見た目によらず走りやすく、被る白色のキャスケットが少しずつと落ちてきたことで、ベージュの鞄を肩に掛けるアタシの視界を覆い始めていく。
ツバを上げて、アタシは悶々と立ち込める苛立ちを抑えつつ目の前を見遣った。……やっと来た。視界の奥からちょっとずつ姿が大きくなり始めてきた、悠々としたオーラを放つ一人の女性。
腰辺りまで伸ばした、灰色寄りの白色の長髪。それを分厚く束ねた厚みのあるポニーテールにして揺らしていく、とても見慣れたその姿。右目の下にあるほくろが艶めかしさを助長し、百六十二のアタシの身長を遥かに上回る、百七十九ほどの背丈で、黒色のライダースジャケットと、赤色のYシャツ、黒色のライダースパンツに、膝丈まである黒色のブーツという身なりで、女性はこちらを捉えてきた。
その外見から一目で分かる通り、容姿端麗、才色兼備を兼ね備えた美女だった。同じ女から見ても、ため息が出てしまうほどの圧倒的な差を思い知らされる非情な現実。だが、彼女のポテンシャルは決して外見に非ず。その麗しい天賦の美貌に隠された彼女の本質はまさに、驚異的な身体能力を持つ最強の人類の一角。とでも言えただろう——
「遅れてしまって、ごめんなさい。起きた時には既に集合時間を過ぎていて、私なりに急いだのだけど」
「…………へー。あ、そー。私なりに急いで。ねぇ……」
不機嫌丸出しに喋るアタシ。目も口も尖がらせて彼女を訝しく見つめていく。……彼女と腕を組む、見慣れない女性を視界に入れながら……。
アタシを散々と待たせた麗しの彼女は、共に引き連れた腕組みの女性へとそれを喋り始めていく。
「この子が、私の言っていた助手の女の子よ。可愛らしい、愛嬌のある顔立ちでしょう? 名前は、“
「へぇ! 菜子ちゃん! 可愛い名前! よろしくね!」
満面の笑みで、彼女と腕を組む女性が手を振ってくる。そんな愛想を見せられてしまっては嫌な顔を露骨にすることもできず、アタシは「ど、どうも……」と複雑な表情で答えていくことしかできなかった。
「じゃ、可愛い助手ちゃんとのデートを邪魔しちゃいけないし、わたしはこれで失礼するわね」
「急なお誘いにも関わらず、ここまで付き合ってくれてありがとう。――こんなお礼しかできないけれど、良かったら、受け取って……」
腕を組む女性を抱き寄せる白髪の超人。包み込まれるような優しい温もりでありながら、その力はほんの少しだけ強引であり、女性は頬を赤らめながらも、白髪の超人に全てを委ねて唇を重ね合わせていった……。
ちゅ、ちゅ……。すごくディープなそれは、とても朝方の駅前で行うものではなかった。思わずと周囲の人々が目を背けてしまうほどの大胆なものだったし、何ならこの場における一番の被害者は、それを目の前で見せつけられるアタシだったことも確かなハズ。
……いや、気まずい……。別に、同性だから無理という嫌悪自体は、アタシには無いものだけど、それとこれとは話が別というか……。
長らくと行われた行為が終わり、唇が離れていく二人。百七十九の背に抱き寄せられた女性は、夢心地といった瞳を向けながらそれを口にしていく。
「……昨日は、本当にすごかった。もう、忘れられないかも……。ねぇ、また会ってくれる……?」
「えぇ、機会があれば、また会いましょう。次に迎える私達の夜は、昨晩の一時さえも忘れ去ってしまうほどの体験で再会を祝福しましょう」
「あぁ……“葉山さん”」
葉山と呼ばれる白髪の女性に、うっとりとする彼女。とても名残惜しい顔をしていたものの、葉山さんの手を振る仕草と共に彼女は駅へと歩き出して、アタシ達から去っていった。
……で、だ。
「……それで?? 愛嬌のある、可愛らしい顔立ちの助手を三時間も待たせておいて、自分はバーで出会った女の子と心行くまで夜通しデートをしていたってワケ??」
「今回の失態は、貴女の希望を叶える形で埋め合わせをさせてもらえないかしら。お金で解決できることであれば、何でも」
「あのさぁ、“ユノさん”。これはさ、お金で解決するようなことじゃなくって――」
「もちろん、身体で解決できるのであれば、私はそれに従わせてもらうわ。その際には、貴女の穴をこの手で埋め合わせて――」
「くだらないこと言ってないで、さっさと仕事行くよッッ!! 早くターゲットを見つけないと、どっか行っちゃうでしょうが!!!!」
もはや、呆れの境地を越えた何かだった。彼女の手を取ると、強引に引っ張って駅へと歩き出すアタシ。それに引っ張られてよろけながらついてくる彼女は、とても穏やかな表情を浮かべていた。
容姿端麗が故にずぼらな面が際立つ、究極の対極。眺めていると安心さえしてしまえるクールな装いとは裏腹に、見ているとハラハラしてしまう言動が目立ってしまう、とても残念な美人さんだった。そんな彼女は、“
探偵と言うと、事件現場に顔を出しては推理して、犯人を当てていく。何て言う場面が脳裏によぎるかもしれない。けれど、ユノさんが行っている探偵の稼業というものはそんな大層なものではなく、浮気調査や身元調査といった、すごく現実的で地味な調査が九割五分といったところだった。
電車に揺られ、浮気調査のターゲットとなる人物への張り込み。そして、ユノさんと並んで街中を歩くアタシは、そんな探偵稼業を営むユノさんの助手兼パートナーとして日々を過ごしていた。
……助手と言っても、これも実に大層なものではなく、純粋に人員がアタシしかいなかったからという理由で現場に駆り出されていたというもの。そもそもとして、葉山探偵事務所に所属するメンバーが、ユノさんとアタシしかいないというこの現状。つまり、この稼業は二人で支えているだけの、とても肩身の狭い事業だったものだ……。
「ちょっと、ユノさん! どこで棒立ちしてるの!」
「菜子ちゃん。あれ、流行りのスイーツ店だわ。あのお店のフルーツタルト、すごく美味しいと評判らしいのよ」
「ちょっとッ!? 今はターゲットを見つけることを優先してよ!!」
「今、歌声が聞こえてきたわ。路上ライブかしら。すごく綺麗な女性の声。少し気になるわ」
「仕事中に、女に飛び付かないでよッ!! そういうのは仕事終わった後にして!!」
「ん、あの姿……。あの服装と背丈、体格に髪型。――あの橋の向こうで、女性と歩いている男性。今回のターゲットで間違いなさそうね。行くわよ」
「ちょ、ちょっと!! こら!! 逃げるな!! ……え? ターゲット?? ちょ、っと。ちょっと待ってユノさん!!」
終始、振り回されっぱなしだった。
あっち行ったり、こっち行ったり、興味を惹かれたものには即座に飛び付いていく衝動のままの動向は、まるで大きな猫のお守りをしているのかのよう。かと思えば急に、真面目に仕事に取り組み始めていく落ち着きの無さに、アタシは神経をすり減らしながら彼女の後をついていった。
我ながら、よくこんな自由人間の傍にいられるなと思った。そんなこんながありながらも、探偵のお仕事としてはむしろ、これからが本番。この日もアタシは、ユノさんと共にコソコソと街中を駆け回り、一日かけた長丁場の追跡にへばりついて疲労マックスだった。
陽の八割が地平線へと埋もれる、黄昏も消えゆく夜の刻。住宅街のとあるマンションへと入っていったターゲットを、敷地内まで追跡していったユノさんがビデオカメラを片手に、外で待つアタシの下へと歩いてくる。
「証拠は十分ね。これで今日の調査は終わりよ。お疲れ様、菜子ちゃん。よく頑張りました」
「う、うへー……もうくたくただよ。足もパンパンだし、これ以上歩きたくないよー……」
「なら、私がおぶってあげる」
「遠慮しますー。どうせおぶるフリしてアタシのケツを触ってくるんでしょーが!! 助手へのお触り禁止!! 変態!! 犯罪!!」
「うふふ。それなら、事務所までもうひと踏ん張りしましょう」
尖った言葉を飛び交わせたものの、アタシ達の空気はすごく和やかだった。ユノさんも笑みを見せながら歩き出し、アタシもそれについていく形で一歩、踏み出していく。――その時だった。
ドガァンッ!!!! 栄える街中に迸る衝撃。遠目であったアタシ達からも、降りかかった黒いエネルギーの雷がしっかりと視認でき、同時にしてほのかに赤く染まり始めた都市の炎上地帯に、アタシは息が詰まるような思いとなった。
――忘れたくても、忘れられない。いや、忘れられるハズがないのだ。……あの時にも、平穏な日常に微々たる幸せを噛みしめる日々を焼き払った、過去最大級とも言われた大規模の災厄のことを……。
「菜子ちゃん」
肩に回された腕。色白でありながらも温もりを帯びたそれを受けると、アタシは意識を染める恐怖の感情から解放されるようにハッとして、声の主へと向いていく。
「大丈夫。二度と、あのような災厄は起こさせないから」
「ユノ、さん……ッ」
アタシが肩に提げるベージュの鞄を開けていくユノさん。そこから一着の、深紅に染まった分厚いコートと、ジャック・オ・ランタンを思わせる黒色と赤色のガスマスクを取り出すと、それを持ち出した瞬間にも、ユノさんは即座に跳躍するなり、訪れた宵闇に紛れるよう瞬く間に姿を消していった。
――自由奔放で女好きという、天賦の美貌からは想像もできないほどのとんだ変人ではあるけれど。しかし、こういった場面に関して言ってしまえば、アタシは彼女ほど、信頼できる人物は他にいなかった。
彼女が駆け付けなくとも、彼女と同類とも言える超人の御仁方が、災厄の芽を摘んでくれるだろう。……しかし、アタシは彼女ほどの力を持つ人材など、まるで知らなかった。
アタシにとって、“彼女”は紛れもないヒーローだった。それは、一年ほど前にも出くわした災厄の時から、ずっと、アタシの印象に刻まれてきた、揺ぎ無い唯一無二のレッテル。
大地を駆ける姿は、地を這う暴風の如く。大気を渡る姿は、迸る稲妻の如く。その驚異的な身体能力のみで、ありとあらゆる脅威を圧倒的な力で消し炭にする、突如と下界に現れた、赤き閃光――
――“エクレール”。それが、世間から呼ばれる、彼女のヒーロー名だ。