穿闘のエクレール   作:祐。

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紅き閃光・エクレール

 月の光が覆い隠された、陰りの漂う下界の街中。大都市の一部に落下した稲妻上の黒きエネルギーは、まるで狙ったかのように一つのビルを貫いていた。

 

 そこを中心として、貫通したビルの内部から一斉となって現れた生命体の群れ。それは邪念を人型にしたかのような、固形となったエネルギーが作り出した禍々しいモンスターだった。

 

 付近にいた人類は、悲鳴を上げて現場からの逃走を始めていく。中にはこれを見物とした命知らずの人間が、ここぞとばかりに端末を向けながら喋り出したりと、凶悪無慈悲と謳われる最強の生命体、モンスターに対する現代の人間の認知が披露されていたものだ。

 

 そして、騒ぎを受けて即座に駆け付けてきた、屈強な身体を持つ数名の人間達。彼らは『超人協会』と呼ばれる組織に属する、国に認められた正式なヒーローであった。彼らのほとんどは常人を遥かに凌ぐ身体能力を有した超人であり、中には特定の事象を引き起こしたりといった、超能力と呼べる特殊な異能力を扱う者も存在する。

 

 彼らは、勇敢にもモンスターの群れへと立ち向かっていった。――深紅の衣を纏った“稲妻”が降り立ったのは、超人による星の防衛戦から五分ほど経過した時だった。

 

 

 

 宵闇に紛れて姿を消していた、“彼女”。それが建物の屋上に足を着け、地上の様子を眺めていく。

 立ち向かったヒーロー達が、敢え無く転がっていたその光景。一目で敗北の二文字を想起させるそれを確認すると、“彼女”はすぐにもその場から跳び上がり、目で追うことも敵わない速度で地上に降り立った。

 

 この一帯を占拠するよう歩いていた、固形のエネルギーが成した人型のモンスター達。合計で五体というだいぶ数を減らした様でありながらも、残った彼らは敗れ去った同類と比べても、雲泥の差を思い知らせる破格の能力を持ち合わせた精鋭揃いであった。

 

 彼らは、降り立った“それ”を見遣っていく。……白髪の長髪を分厚く束ねたポニーテール。丈の長い深紅のコートに身を包み、黒で統一されたシャツとパンツ、ブーツ、それらと対比となる白色のベルトを纏って、“彼女”は歩き出す。

 

 百七十九の背丈で、ジャック・オ・ランタンを思わせる黒色と赤色のガスマスクを装着した姿。両手には、黒色のガントレット。そして、人の形を成しておりながらも、どこか異形の存在であるかをうかがわせる、異質なオーラを放つその存在……。

 

 物陰に隠れていた、洗練された少数の人々が顔を出して噂した。――あれはもしかして、突如と姿を現しては、目の前のモンスターを瞬く間に粉砕して飛び去っていく、紅き閃光“エクレール”なのではないか、と。

 

 彼女が踏み出した、その一歩。瞬間、五体のモンスターは一斉とエネルギー状の機銃を構え出し、それを掃射して排除へと乗り出してきた。

 

 一呼吸も置かない、反射的な展開。弾速も一般的な銃弾と何ら変わりなく、むしろエネルギーが許す限り永遠と撃ち続けることが可能である、高性能な一斉射撃。浴びるように眼前から降りかかるそれは、暴雨を思わせた。

 

 だが、それを言ってしまえば“彼女”は稲妻だ。射撃が開始された瞬間にも、彼女は右脚で地面を踏み抜き、次に蹴り上げる動作で地盤ごと街の道路を引っぺがすことで、それを盾にしてしまう。

 

 自然が形成した盾が、エネルギー弾の掃射によって瞬く間に穴だらけとなった。だが、その間にも彼女は続けて蹴りを繰り出すことで盾は剛速の弾となり、一直線となって飛ばされた、厚みと横幅のある防壁は、その先で機銃を構えていた一体のモンスターを吹き飛ばしていったのだ。

 

 振り返るモンスター達。その隙にも蹴り出していった彼女は、大地を擦れ擦れと迸る稲妻の如く駆け出して次のモンスターへと急接近を試みていく。

 

 再び行われた一斉射撃。だが、連なる弾丸が、彼女の速度に追い付くことができない。

 いや、彼女はその速度を以てして、意図的に避け続けていた。モンスター達の狙いに狂いはなく、彼女は全身を捻じるように、ステップを刻むように軽く跳ねながら、横へ、横への不可思議な反復で華麗に避けていた。

 

 しかし、標的となったモンスターはなお冷静だった。エネルギーで形成された機銃を持ち替えるようにし、それを装飾まで施された立派な槍へと変形させていくと、一寸ものズレもなく、完璧な位置を見透かして眼前の彼女へと突き出される。

 

 精密な一突きだった。――だが、彼女はそれを上回っていた。もみあげを掠るように槍の一撃を避けていくと、その軌道をしっかりと把握した意識の中、動き出す彼女の右手は咄嗟に槍へと手を掛け、瞬間的に振り返る動作と同時にして、奪ったモンスターの槍を持ち主へと突き刺す高速のカウンターを決めていく。

 

 前のめりとなるモンスター。不意の衝撃を受けて体勢を低くしたその瞬間、後ろから蹴り上げる要領で繰り出された彼女のサマーソルトキックによって、頭部は上空へと跳ね飛ばされていった。

 

 消え去った部位から、紫色の液体が噴き出す前の動作だった。着地と共に横へ軽く一回転した彼女は、これで勢いを纏い、跳ねるバネのように次なる標的へと飛び掛かる。その様は山なりを描いておりながらも、高速回転するライフルの弾丸の如き体勢となっていた。

 

 モンスターは、機銃の引き金を引くこともかなわなかった。照準を定める前にも、自身が弾丸となった彼女の突撃を食らって胴体に穴を開けていく。――と、着弾と同時にして大の字となった彼女は、人型であることを理由にしてモンスターの体内にめり込み、肉を突き破って両腕と両足を通していく。そして、あろうことか、彼女はモンスターを着ぐるみにしながら残る二体へと走り出したのだ。

 

 困惑を見せる二体。だが、それが身内の皮を被っていようとも、中身は敵であることに代わりが無いのだ。二体が機銃で掃射を始めていくと、着ぐるみとなったモンスターは瞬く間にもハチの巣とされて、動けぬ身体となっていく。

 

 いや、動けなくなったのは、中身が既に離脱を済ませていたからだった。モンスターの背中を突き破って現れた彼女は、紫色の液と、言い知れないドス黒い肉を纏い、抜け殻となったモンスターを両足で蹴り出すことで、次の一体となるモンスターに直撃させていく。

 

 残る一体。――だが、地面に降り立った彼女は、ふと側面から流れ込んできた空気に異変を悟った。

 

 雷撃が降りかかった、ビルの中。それを巨体で押し退けて飛び出してきた、六メートルもの体長を持つ巨大なモンスター。エネルギー状のドス黒い体表と、人間の腹部と思われる部位が肥大した全身を持つ、れっきとした異形の怪物だった。

 

 彼女を捉えるや否や、その腹部のような身体の表面をショベルカーのフックのように動かし始め、その部位は、ショベルカーのバケットを模したギロチンとなって彼女へと降りかかる。……この機を狙っていたのだろう。回避の猶予も許さないその一撃をしっかりと視認する彼女は、回避を諦めると次にも手でガスマスクをずらしていったのだ。

 

 ――ッッキィン。鋼鉄同士がぶつかり合う、金属製の甲高い音。モンスターの一撃は、この音とは見合わぬ形で静止した。

 ……歯に挟まれた、モンスターのバケット。回避を行えないと判断した彼女は、口元を露出させ、白刃取りの要領でバケットの先端部分を咥えてしまっていた。

 

 そして、粉々となって砕け散ったバケット部分。加えられた顎の力が、咥えるモンスターの部位を噛み砕いてしまったのだ。身体の一部が粉々となったことで悶え始めた巨体のモンスターと、口の中に残った部位を吐き捨ててからガスマスクの位置を直していく彼女。

 

 その間にも、巨体のモンスターは腹部のような全身の奥から、核エネルギーを思わせる眩い光を放ち始める。……明らかに破滅をにおわせる、危険な行動だった。彼女はすぐにもそれを食い止めるべく高速の右ストレートを打ち込み、怯んだモンスターを突き上げるように繰り出した左のフックが、腹部の肉を抉るように食い込み、その巨体をかち上げるように吹っ飛ばしていく。

 

 この攻撃だけでも、類を見ない圧巻の威力を世間に見せ付けることとなった。……しかし、上空に打ち上がったモンスターは、吹っ飛ばされた先で再びとエネルギーの充填を開始していく。

 

 染め上がる、破滅の眩い光。大都市の上空に、危険信号の如くチカチカと照らされたその閃光。――放たれる。世界の禁忌とされた、全てを死へといざなうエネルギーの光線が。降り注ぐ。着弾した地点を中心にして、大都市という栄えた街に、生物を死へと至らしめる災厄の骨頂が。

 

 閃光が消えた、その瞬間だった。生物の視力を奪う、銀色の輝き。核を思わせるオレンジが柱となって放出される、この世の終わりを告げる集束のエネルギー光線。

 

 ――その先に佇むは、赤き閃光。稲妻と称された、総てを破壊へと導く圧巻の力を握り締めて、彼女は今、右腕を引き絞り、降りかかる破滅の象徴へと、その一撃を繰り出した――

 

 空間を殴りつけた、大気の圧。力は震動となって空気を伝い、それは光線に直撃するなり、瞬間にも上空で引き起こされた、大都市を揺るがす大爆発。

 

 大気と大地が揺れる、世界の終焉を予期させる衝突。この地域に存在するあらゆるものが震動を受けて音を立てていく中、光線は次第と膨らみ始める様子を見せていくのだ。

 

 繰り出された力は、光線を突き破って上空を目指していた。それと真正面からぶつかり合った彼女のパワーは、世界を破滅へと導くエネルギーさえも打ち負かしてしまったのだ。

 

 圧となった大気が、打ち上げられたモンスターに達した。光線を真正面から切り開いて進むほどのパワーが込められたその一撃は、モンスターの開かれた腹部に直撃するなりその巨体を更に上へ、上へと押し出していく。

 

 そして、再び破滅のオレンジを輝かせたモンスター。次の時にも上空で大爆発が引き起こされ、宵闇の雲を、眩い光で振り払ってしまう異様な光景を繰り広げていった。

 

 

 

 ……事の経過を見守っていた人類や動物は、この眩い夜空を眺めていた。生涯を通しても、こんな光景を目にすることなど皆無に等しいだろうから。

 

 だからこそ、残された一体のモンスターは、こちらを真っ直ぐと見つめてくる“彼女”に戦慄を覚えていた。……微動だにせず、ただ、じーっと、残る一体を見つめ続けるその佇まい。

 

 傍から見ても、至極不気味な光景だった。本人が何を考えているかなどは一切と悟らせない、まるで死神の如くそこに滞在し続ける、終焉をもたらす者としての存在感。

 

 ……逃げるなら、今しかない。そう考えたのだろう。人型のモンスターは、さり気無くと動かしたその足を、一歩、後方へとずらしていった、その瞬間――

 

 ――飛び出す紅。両手を構えながら走り出してきた眼前のそれは、逃げ出すべく背を向けたモンスターを捕らえて地面に滑り込む。

 

 その衝撃で、モンスターの頭部は吹き飛んでいた。だが、思えばこの即死も、本人にとってみれば救済とも言えたのかもしれない。

 

 残った胴体に、拳の連打を浴びせていく彼女。抵抗もままならない残骸に対する、躊躇の無い無慈悲な鉄槌の連撃。彼女は立ち上がるとそれを持ち上げ始め、この星の大地に埋め込むような凶悪な叩き付けを連続で行い始め、それが落ち着くと再び、拳による血肉が消し飛ぶ連撃を浴びせ続けていく。

 

 地面に叩き付け、掲げるように持ち上げたその残骸。次にもそれは彼女の両手によってプラスチックのように容易く引き裂かれ、振り撒かれたドス黒いものを全身で浴びながら、彼女は遥か彼方を眺めるようにその場で佇み始めたのだ――――

 

 

 

 

 

 事件は終息した。数多のモンスターの襲撃の中でも、トップクラスとなる危険を孕んでいたと推測される今回の一件は、その危険性もあやふやとなってしまうほどの猛威を振るった一人の超人の活躍によって、小規模の被害で済まされた。

 

 事の終わりと共に、次第と集まり出した野次馬達。それから続々とヒーローの肩書を持つ超人達が駆け付けてくる空間の中、赤き閃光は退散するように歩き出していく。

 

 という最中にも、彼女は一人の若い男性に声を掛けられた。

 

「あ、あのー……。エクレールさん。そのー……ご活躍はかねがねうかがっております。えっとですねー……」

 

 命知らずか。スマートフォンを持つ男性が、彼女の機嫌をうかがいながら掛けたその言葉。彼の様子からしても、自分から切り出しにくい話であることを、彼女は悟っていく。

 

 次の時にも、彼女は男性のスマートフォンを奪うように手に取った。唐突なそれに男性は驚いていくと、彼女は男性の肩に左腕を回しながら掛けていき、掲げた右手でスマートフォンのインカメラを向けていく。

 

 肩越しの左手は、ピースを象っていた。――カシャリッ。切られたシャッターと、男性へとスマートフォンを返していく女性。それを受け取った彼は「あ、ありがとう、ございます……!」と目を輝かせながらお礼を言うと、彼女は彼の背を軽く叩いてから、右手でグッジョブのジェスチャーを見せていき、飛び立つような跳躍ですぐにもこの場から姿を消していく。

 

 男性のそれを見た野次馬達が、我先にといった具合に押し寄せた人波。彼らを振り切るように上空へと跳躍した彼女は、瞬く間に宵闇の中へと溶け込んでしまった。

 

 ――建物の屋上を跳び移っていく、深紅のコートを纏った謎の超人。それが、大都市が誇る巨大なタワーの中間地点を足蹴りに、蹴り出すように跳躍して宵闇の中を移動する。

 

 高速の移動によってはためかせた深紅のコート。宵闇を象徴する黒色の衣類で身を包み、白髪の分厚いポニーテールをなびかせながら、ジャック・オ・ランタンを思わせる黒色と赤色のガスマスクで、自分が進む道を真っ直ぐと見据えたその姿。

 

 ……彼女の名は、エクレール。後にもこの世界に更なる震撼をもたらし、驚異的な身体能力によって英雄と呼ばれるに至る超人である――

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