飛び立つ飛行機は雲を突き抜け、乗せる旅人と共に遥かな大空を滑空する。
窓から見下ろす景色は、馴染みのある大地から離れ往く光景を生み出していく。遠のく陸地に恐怖感を募らせながらも、青空に最も近い位置から国を一望する特等席に、遊び心を好む人間は自然と高揚感を覚えるのだ。
「ユノさん! あっという間に龍明が見えなくなっちゃった……!! すごいね、飛行機って……!!」
窓側の席に座るアタシは、透明のそれへ張り付くように景色を眺めていた。一方、隣の席で悠々と足を組むユノさんは、外の景色に目もくれずにアタシの様子を眺めていく。
「菜子ちゃんが望むなら、毎日でも乗せてあげるわ。……いいえ、やっぱダメ。それを許してしまうと、探偵の仕事がある私は毎日、空港で菜子ちゃんと一時のお別れを惜しまなければならなくなるから。――そうだ、良い方法があったわ。私が菜子ちゃんをお姫様抱っこしながら、空を走り抜ければいいのよ! それなら、私は探偵の業務をこなしながら、菜子ちゃんと一緒に空の旅を楽しめる。これで解決ね」
「…………いや、それ、冗談っぽく聞こえるけど、ユノさんが言うと割と洒落になってないから……」
こんなジョークも、ユノさんの身体能力であれば本当に成し遂げてしまえるからこそ、アタシは複雑な顔で返答することしかできなかったものだ。
飛行機に乗ったアタシ達は、目的地である最南端の島、稲富を目指していく。目的は、探偵の依頼によるもの。その内容は、超人協会という国が運営するヒーロー組織に所属するヒーローであり、依頼主の息子さんでもある男性が、忽然とその姿を消してしまったため、その行方を探ってほしいというものだった。
ユノさん曰く、超人であればそう容易く死ぬ場面は多くはないものの、ヒーローともなれば、凶悪無慈悲な生命体“黄泉百鬼”と対峙する機会も増えるため、戦死という形でその姿を消すことも珍しくない。つまり、行方をくらました彼は、黄泉百鬼との戦闘の末にこの世を去った可能性が最も高いだろう。という見解だった。
で、依頼主から貰った情報や過去の事例を照らし合わせていった結果、もし存命なのであれば、最南端の島、稲富に滞在している可能性がある、とのことだった。
「ねぇ、ユノさん。今回のターゲットはどうして稲富にいるって思ったの? 依頼主のお母さんは龍明に住んでる人なのに、龍明の超人協会に所属してるヒーローが、なんでこんな遠い観光地に?」
問い掛けるアタシ。振り向いていくと、隣で食事を行っていたユノさんが、ステーキが乗せられたパスタ料理を優雅に食していた。
紙ナプキンで口元を拭うユノさん。どんな動作でも麗しく映えてしまう様を見せ付けていきながら、その言葉を口にしていく。
「依頼主は、今回のターゲットのご家族だった。だから、その息子さんの基本的な動向や性格を知っている。私は、ターゲットとなる息子さんの、幼少期時代からの様子を彼女から根掘り葉掘りとうかがってみたわ。そしたら、どうやら彼、出世欲に目が眩むタイプの野心家な一面を持っていることが分かったの」
「へー……それで?」
「超人的な能力を持つ野心家が、ヒーローとなってその力を振るっている。――どんな力であれ、大抵の人間は力を持てば、それに自信を持って物事に臨むようになる。でも、その原動力が、ヒーローとしての功績、ヒーローとしての地位、富や名声といった大きな望みであるとしたら?」
「え? ……まぁ、それを手に入れられるようなことをする? 具体的に言うと……ヒーローとして、今以上に活躍する、とか?」
「手柄」
「?」
アタシの肩に、色白の手を回してくるユノさん。若干と抱き寄せるような微力を加えてきたことで、アタシはそれが気になってしまいながらも、続く言葉に耳を傾けていく。
「出世するには、それ相応の手柄が必要になる。つまり、その手柄に相応しい獲物を、野心家である彼は求めるはず」
「でも、それと稲富って、どういう関係があるの?」
「その先は私の推測になってしまうから、この話の続きは、今夜にでもしましょう。推測を話したところで、それは飽くまで私の思い込みにすぎない。最も重要なのは、その推測の先に存在する、事実。私は、その事実を菜子ちゃんに告げていきたい。――稲富に到着したら、一日かけて聞き込みをするわよ。現地で情報を搔き集めて、そこから新たな推測を立てていくから」
「え、あ、うん……! 分かった!」
……こちらの返事と共に、アタシの頭を愛でるように撫でてくるユノさんの手。それにムムムッと思いながらも、過ぎ行く時間はあっという間に到着時刻となり、アタシはユノさんと共に稲富の地を駆け回ることとなった。
燦々と輝く太陽。潮風を運ぶ青い海。透き通るような海面と、龍明と比較してだいぶと気温の高いその地域こそ、大都市に住む多くの人間が憧れる観光名所、稲富。
空港から出るなり、あまりもの暑さにアタシは汗を流し始めた。ユノさんも上着のライダースシャツを色っぽく脱ぎだすと、そこから現れたノースリーブの赤いシャツをひけらかし、ライダースシャツを肩に掛けるようにしながら歩き出していった。
ユノさんと巡った稲富は、言ってしまえば地獄だった。この暑さの中、一切とへばることのないユノさんの行動力に終始振り回される形となり、アタシは手放せない飲み物を片手に、太陽に晒されながらこの一日を無事乗り切っていく。
陽が落ちた、夜の刻。赤い彩色と丸テーブルが特徴的なレストランに訪れたアタシとユノさんは、悠然と座るユノさんと向かい合う形で、アタシは今日の疲れでくたくたとなりながら、テーブルにへばりつくようになって休息を味わった。
「も、もぉぉ無理ぃ~~……!!! 動けないよ動かないよ動きたくないよ~~!!!」
「お疲れ様、菜子ちゃん。バテながら駄々をこねる菜子ちゃんも、すごく可愛いわ……」
「見物にするなーー!!! この体力お化け!!! 変態持久力!!!」
ギャー!! となりながら返答するアタシ。そんなこちらを眺めて悦に浸るユノさんに、あらゆる意味で敵わないと感じたアタシは、お冷を飲みながらも一息ついてからそれを訊ね掛けていった。
「……で、なんか分かったの? アタシ、ユノさんについていくので精いっぱいで、何にも分かんなかったんだけど」
「振り回してしまってごめんなさい。時間との戦いだったものだから、急ぎ足で事を進めてしまったわ。でも、その甲斐あって、事実に辿り着けそうかも」
「ほんと?」
運ばれてきた、エビを丸々と使用したスープの料理。海の幸が香りとなって鼻をくすぐるそれに、アタシは「いただきまーす!」とそれに食らいついていく。
その間にも、ユノさんは話を続けてきた。
「まず、ターゲットは間違いなく生きているわ。行事も催されない普通の日に現れた、龍明でヒーローをやっていると名乗るよそ者が、今もこの地に滞在しているという話。それと、この地で有名な“黄泉百鬼”の言い伝えが、おそらく彼をここへ駆り立てた要因である可能性が高いわね」
”黄泉百鬼”。その単語を耳にして、アタシは首を傾げていく。
「アタシずっと気になってたんだけどさ、その“黄泉百鬼”の言い伝えっていろんな地域にあるけど、それってつくり話なんじゃないの? そんな話を信じてもって感じするけど」
「都市伝説や昔話といった、様々な感情を煽ったり、物語性があるようなお話であれば、事実を誇張したつくり話という認識でも間違っていないかもしれない。でも、“黄泉百鬼”が関わる言い伝えは、その大体が、事実を元にして広められた、未来を生きる我々への忠告みたいなものとして扱われることも少なくないの。云わば、予言のようなもの。実際、黄泉百鬼に関連する言い伝えと同じ内容の事件が、各地で起きたりするのも珍しくないわ」
「え……」
食事の手を止める。……なにそれ、知らなかった。直近の事件は調べておけというユノさんの指示通りに、流行にはそれなりに敏感だったアタシがたまげてしまうほどの新事実……。
そもそもとして、アタシは“黄泉百鬼”というものを未だによく理解していない。
「アタシ、黄泉百鬼ってどこからともなく生まれたりしてくる、無限湧きする最強のモンスター達って認識だったんだけど……」
「どこからともなく生まれてくる、という点は間違いではないわ。ただ、もっと具体的に言ってしまうと、黄泉百鬼という異形の存在達は、“一度死した生命の魂が、形となって再び現世に蘇ったもの”という生態を構築していることを知っておきなさい」
「一度死んだ生命の魂が、形となって再びこの世界に蘇ったもの……。え、なんで死んだ魂が、形のあるものとして蘇るの? 蘇ったとして、なんであんな、みんなを襲うモンスターに変わってしまっているの……?」
スプーンでスープを頂くユノさん。アタシの問いを聞くと、その手を止めながら、こう返答してくる。
「諸説はあるけれど、一番有力とされているのは、“死んだ魂に含まれた、超人的なエネルギーの暴走”によって転生する、という説かしら。まず、死した生命は魂となり、この世を彷徨ったり、あの世へと昇天する働きを見せていく。この働き自体は、追跡を得意とした能力を持つ超人の力によって、明確に実証された魂の動向なの」
「……じゃあ、今もこの世界には、見えないだけで色んな魂がフワフワと彷徨っているってことなの……?」
「何なら、このお店の中にも、たくさんいるのかも。もちろん、私達の探偵事務所にも。……夜、菜子ちゃんが一人で過ごすお部屋の中にも、ね」
……え、ええぇ……っ。
ゾワゾワ。背筋が凍り付く感覚と、それらの存在が実証されてしまっているという事実から、アタシは言い知れない未知と触れ合った名状し難い何かを感じられて、言葉を失ってしまう。
だが、そんなアタシの様子にお構いなしなユノさん。まだまだ理解が追い付いていないこちらをうかがうことなく、ユノさんは続けてその説明を始めていく。
「でも、ここで一つの問題が発生する。それは――“魂に含まれた、超人的なエネルギー”の存在。死した後にも、彷徨う魂には、生前と身に付けていたエネルギー、“超人エネルギー”が残り続けることも分かっている。……超人エネルギーというものは、その人物に驚異的な身体能力をもたらしたり、特定の事象を発生させる異能力を発現させたりといった働きを持つ、その生命にワンランクの進化を促す効果のある、潜在的な力のこと。要は、私があれだけの身体能力を発揮できるのも、この超人エネルギーというものが、人一倍と溢れているから。そんな認識でいいわ」
「うぅ、お勉強の時間だ……。よく分かんないことだらけだけど、ユノさんも持ってるその力は、死んだ後も魂の中に残り続けるってことでいいの?」
「そういうこと」
ヘトヘトな身体に染み渡る、勉強による脳みその疲労感。知能もこれ以上と動きたくないと駄々をこね始めるその中で、ユノさんはそれを続けていく。
「で、問題なのが、死んだ後にも残り続ける超人エネルギーの、暴走。その力が潜在的に強ければ強いほど、エネルギーは魂の中で働きかけを続けて、変異する。変異を具体的に説明すると、まずは、魂の実体化。死して実体を失った魂が、超人エネルギーの働きかけによって固体へと変化する。つまり、私達のような、この世に存在する物質となるの。次に、肉体の活性化。固体へと変化したことで実体を手に入れた魂は、全身に巡る超人エネルギーによって、驚異的なパワーを得る。毎度の如く現れる凶悪無慈悲なモンスターは、この過程によって実体化した、超人エネルギーそのものの姿なの。これこそが超人エネルギーの暴走であり、“黄泉百鬼”の正体でもある」
「う、ううぅ……一旦ストップ……!! 少し時間置かないと、これ以上は頭に入ってこないよ……!」
ギブアップ。食事の席で疲れ切ったアタシの様子に、ユノさんは苦笑いを見せていった。
「ごめんなさいね。菜子ちゃんを追い詰めようと思ったわけではないの。……続きはまた今度にしましょう。取り敢えず今は、今回のターゲットと、この稲富に伝わる黄泉百鬼のお話が、大いに関係しているかもしれない、という認識で十分よ」
「そう、それ!! なんでそこで黄泉百鬼が出てきたの?」
「明日、その言い伝えに出てくる黄泉百鬼の、その魂の暴走を鎮めるための儀式が、お祭りという形式でこの稲富の地で行われるからよ。現地での聞き取りでは、地元では毎年恒例ともなっている、長く続けられている大きな催し物として親しまれているみたいだけれども」
「お祭り……そう言えば、島の人達そんなこと言ってたね。明日はお祭りがあるから、良かったらアタシ達も参加していってーって」
ユノさんが説明してくれた通り、明日、この稲富では大きなお祭りが催されるとのことだった。どうやらユノさんはそれを事前にも調べたことで、このお祭りに間に合わせるべく急ぎでこの島に駆け付けたとのことだったが……。
「でもさ、その魂を鎮めるための儀式と、今回のターゲットが、なんで関係あるの? 儀式をすれば黄泉百鬼が現れないんだし、別にわざわざヒーローが出向く必要も無いと思うんだけど……」
「逆よ」
「逆?」
「儀式が行われなければ、言い伝えとして現地で知れ渡る、知名度のある有名な黄泉百鬼が復活するかもしれない」
「まぁ、そりゃ、その可能性もあるかもだけど……。――え?」
アタシの背には、とんでもない悪寒が走った。
「……今回のターゲット、そんな馬鹿なことしないよね……?」
「そのまさか。を、私は推測していたの。――明日の儀式を妨害することで、稲富に伝わる有名な黄泉百鬼を復活させて、それを倒すことで自分の手柄にしてしまおうという、横暴な考えを持つ野心家ヒーローの行動を、ね」
……そんな、まさか。アタシは失った言葉でひたすらと首を横に振りながらも、しかし可能性もあるからこそ否定もできないという、感情と感情の板挟みとなって無言を貫いてしまっていた。
二人の空間にのみ走る、冷え込む緊張の空気。
向かい合って食事を行う女性達の、隣の一人用テーブルで食事を行う一人の男性が、身に付けたサングラスを指で上げながら視線を動かした。
雪のような、柔らかい白色のショートヘアーが特徴的だった。白色の半袖シャツに、黒色のインナーシャツ、白色のパンツに茶色の靴という服装をしたその男性は、横目でありながらも背にしたテーブルへと意識を集中させていく。
……様子をうかがうような、全神経を注ぎ込んだような眼差しだった。どこへと向けたわけでもないその視線を投げ掛けながらも、男性は感情を読み取らせないポーカーフェイスで、その席に残り続けていた。