穿闘のエクレール   作:祐。

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表の顔の、矜持のメリハリ

 降り注ぐ日光は、翌日になってその勢いを増していく。この突き刺さるような日差しこそが、稲富という地域の特徴ではないかと錯覚できるほどの、直射日光で肌に黒焦げの穴が空きそうなくらいの痛みに襲われる、二日目のお昼。

 

 朝からの張り込みで、既に足が限界に近かったアタシ。その環境も照り輝く熱の下であり、さすがに無理をさせられないと判断したユノさんは、アタシに休憩を言い渡して木陰のあるベンチで休ませたのだ。

 

 お祭り騒ぎの、稲富の広場。その言葉通りのお祭りが絶賛開催中である現在は、地元の人間と観光客が入り乱れる大勢の人波と、屋台が並ぶ大盛況の様子が混雑する密度のバーゲンセールだった。

 

 溢れかえるほどの人の数。下手すれば、休日のお昼頃に見かける大都市の龍明よりも密集しているかもしれない。発展が進んだ天下の都市にも負けない光景も、さすがは理想の観光地として名を馳せる最南端の島というだけはあるものだ……。

 

「……アタシってば、ほんとに情けない。お仕事をユノさんに任せっきりにして、アタシは日陰で涼みながらアイスを食べるだなんて……。あぁ、アタシはなんて罪深い女なんだろう……」

 

 とか言う割には、内心ちょっとしめしめとも思っちゃうアタシの本心。とは言え、この休憩場所もユノさん指定の張り込みポイントであり、こうして如何にも暑さでバテましたといういたいけな女子高生を演じることで、アタシは敢えて人の出入りが多い場所に張り込んでターゲットを探していくという、芝居がかった高等テクニック。

 

 唯一、この張り込みに弱点があるとすれば、アタシのバテは芝居でも何でもない、マジなバテだったことくらいか。熱中症の症状が現れ始めたアタシの体調を、ユノさんは心配してくれたものだったが、正直だいぶ回復したからそろそろ復帰してもいい頃合いなんだけど……。

 

「もー、ホントに最近の仕事はキツすぎるよ。ユノさんは超人なもんだから、体力はあるし、腕っぷしは立つし、こんな暑さもへっちゃらな感じなんだろうけど。でもさ、アタシはフツーの探偵見習いで、フツーの超人見習いでもある、まだまだ現役の凡人女子学生なんだからさ、ユノさんと一緒にされるとホントに、アタシの体力がもたないってカンジー……」

 

 愚痴り愚痴り。ジャンパーを脱いだことで黄色のシャツという軽快な服装を晒しながら、足をぶらぶらさせてアタシは途方を眺めていく。

 

 集中力も切れていて、張り込みという仕事もお粗末となっていた。今はただただ、疲労と暑さで「あぁーー~~……」と唸ることしか能がなく、知能も溶けたのだろうか、しばらくもの時間を、アタシは虚無の境地で過ごしていたものだ。

 

 途中、隣に座ろうとした男性に席を空けたりして、アタシはボーッと稲富のお祭りを眺めていた。――まぁでも、改めて考えてみると、龍明から飛び出した出張の身元調査は、これが初めてだったかもしれない。いつもの流れであれば、ユノさんが一人で出向き、アタシは探偵事務所でお留守番というのが、この一年と続く日常だったのに。

 

「……アタシ、何だかんだでユノさんに認められつつあるのかな」

 

 ……あれ、何だろう。そう思うと急に、仕事をサボっている自分自身が恥ずかしくなってきた。

 アイスの棒を、隣にあったゴミ箱に捨てていく。次にアタシはベージュの鞄を提げながら立ち上がっていくと、んーっと背伸びをしてから、白色のキャスケットの位置を直すように被り直し、よしっと自分に気合いを入れていくように息を吐いていった。

 

 ダメだな、アタシはホント。……大体、一年前の災厄の時に後悔したじゃんか。ユノさんみたいに強ければ、アタシはあの時、パパを助けられたのかもしれないって。だから、アタシはユノさんみたいに強くなろうって思って、あの背中を追い続けてきたというのに。

 

 ――頑張ろう。休んだことで、本来の気持ちを思い出すことができた。アタシは自分に気合いを入れながら周囲を見渡していく。

 それと共に、隣にいた男性も、腕時計を確認しながら立ち上がり、歩き出していった。……あれ、もう行くんだ。座ったばっかりだったのに。そんなことを思ってアタシはふと見遣っていくと、視界を横切るその横顔を見るなり、アタシは言い知れない既視感で目を細めていってしまう――

 

「――ん? ……んー? あ……? え? ……え!?」

 

 慌てて鞄から取り出していく、数枚の写真。アタシはそれを溢れんばかりに手に取りながら、目の前の顔とそれを照らし合わせ、一つの確信を得るに至る……。

 

「隣にいた人……今回のターゲットじゃん……!!? やっぱ、生きてたんだ……って、ちょ、ユノさん――ユノさぁん!!!?」

 

 

 

 

 

 祭りが催される広場から離れ、ひと気の少ない砂利と道路の丘に集まる異質な団体。五名ほどの男性で構成されたそれは、皆が霊媒師の衣装をまとい、魔除けを専門とする職の集団であることがうかがえる。

 

 丘の向こうに見える、青く光る綺麗な海。照らされる日光が霊媒師たちの体力を消耗させていく中で、供え物であるのだろう盆や膳を手に持ちながら、森林の生い茂る山奥へと歩き出していく。その様子を遠くの木陰から眺めるアタシとユノさんは、アタシは双眼鏡で、ユノさんは裸眼で確認しながらやり取りを交わしていった。

 

「私が調べた限りでは、彼らの進む山道の奥に、この稲富に古くから伝わる、強力な黄泉百鬼を封印するための祠が建てられているとのことだった。その祠は、湖に囲まれた盆地となっていて、湖の中央にある陸地に祠が建てられていることから、盆地に到着した一同は舟で湖を渡って、封印の儀式を行うみたい」

 

「……へぇ、そうなんだ」

 

 声を潜めながら交わしていく会話。直にも二人の視界に現れた、まるで頃合いを見計らうように山道の前まで移動してくる、一人の男性……。

 

 ユノさんは、写真を取り出して照らし合わせていった。距離こそは、アタシのような凡人が双眼鏡を使わなければ視認できないものだったが、ユノさんはこの距離から確信を得ると、アタシの背を軽く撫でながらそれを言ってきたのだ。

 

「上出来、お手柄よ菜子ちゃん。間違いなく彼は、今回のターゲットである依頼主の息子さんね」

 

「え、えへへ……! なんか、初めてユノさんのお仕事で役に立てた気がする……! じゃあユノさん、急いであの人の企みを食い止めに行かないと!! ね? ユノさん。――ユノさん?」

 

 離れ往く足音。それにアタシは振り返っていくと、そこには背を向けてこの場から去ろうとするユノさんの姿があった。

 

「え、ちょ、ちょっと……!? ユノさん!? どこ行くの!? そっちは反対方向……」

 

「どこに、って、帰るのよ。龍明に」

 

「え? なんで!? だって、急いであの人を止めないと、封印を行う儀式が邪魔されて、黄泉百鬼が復活しちゃうかもなのに……!?」

 

 焦るアタシに向かって、ユノさんは背を向けたまま、至って冷静な声音で返してくる。

 

「私達の仕事は、行方をくらましたターゲットを見つけ出す身元調査。現時点でその成果を出した以上、これ以上もの活動は契約外になるわ」

 

「え……だ、だからって、あの人の暴走を放っておく理由にはならないでしょ……!?」

 

 直にも、振り返ってきたユノさん。軽く腕を組んだ凛々しい様子で、アタシへとそれを投げ掛けてきたのだ。

 

「それじゃあ訊ねるけれど、彼が暴動を起こすという根拠はあるのかしら?」

 

「根拠、って……それ、昨日の夜、ユノさん話してたじゃんか!! あの人は野心家で、封印するはずの黄泉百鬼を敢えて復活させて、それを倒すことで自分の手柄にしようって魂胆を持っているって……!!!」

 

「それは私の推測であって、彼が本当に、それを企てているという事実を裏付ける証拠にはならない。私はただ、もしも彼が野心家で、その計画を企てているのだとすれば、きっと、封印の儀式を行う霊媒師たちの下に姿を現すかもしれないと考えただけ。そして、この推測が正しかったから、私の思惑通りに、彼はこの場に姿を現した、というだけのことなの。――目的は達成したわ。これ以上のことは、部外者である私達に何の関係も無い。帰るわよ」

 

「……っ、…………!!!!」

 

 この、この……!!!! 裏切り者と言うには、ユノさんにも一理あるような気がしてしまえて、しかも、確かにあの彼が、これから暴動を起こすという決定的な証拠も存在しない。だからこそアタシは余計にもどかしく思えてしまって、言い返すこともできないまま、ユノさんへ向かって、睨みつけるような、交わる複雑な感情を、眼光としてぶつけてしまうばかりだった。

 

 ……少しして、肩で息をつくユノさん。

 

「……意地悪なことをしてごめんなさい。でもね、これは探偵として持つべき一種の割り切り方なの。菜子ちゃん、それを貴女にも知ってもらいたかった。じゃなきゃ、これからも探偵の活動を行う際にも、菜子ちゃんは契約外となる、報酬も発生しない無駄な危険事に首を突っ込みかねない。菜子ちゃんの性格上、私はそれを危惧していた。だから、今この場で、身をもって教えるべきだと判断したの」

 

 アタシへと歩み寄ってくるユノさん。その両腕を広げてくると、睨むアタシを優しく包み込みながら、それを告げていった。

 

「探偵としてのお仕事は、これで終わり。この先の行動は、私と菜子ちゃん個人の目的で動くことにしましょう。……せっかく稲富に来たんだし、帰りの便まで時間はあるわ。さぁ、菜子ちゃん。何をしたい? 観光しながら食べ歩き? 綺麗な海を一緒に見に行く? ――それとも」

 

 彼女の胸に埋もれた顔を、アタシは上げていく。

 

 ――向き合う視線。真っ直ぐとぶつかり合ったそれを見て、ユノさんもまた、アタシと同じ気持ちであったのだと悟ることができた。

 

「彼を、追い掛ける?」

 

 ……コクリ。頷かせた頭。アタシは無言でそれを行うと、次の時にもユノさんは、アタシへの抱擁を名残惜しく解きながら、山道の奥へと進入していく彼の背を目標に、悠々と歩き出していったのだ。

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