穿闘のエクレール   作:祐。

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眠りから解放されし黄泉百鬼

 カルデラの如く広がる盆地。そこに収まる遥かな湖は、深く、青く、揺らめいている。

 山々に囲われたこの場所は、神秘の一言に尽きる。だが、同時にして神聖な区域として国に指定されていることから、一般的な立ち入りは禁じられている、特別な場所であった。

 

 神秘さに拍車を掛ける、湖の中央に存在する一つの祠。果てしなく続くそれに唯一とできた中央の陸地には、神宮を思わせる神々しい建造物が佇んでいた。――その内部には、稲富という地域に伝わる黄泉百鬼の歴史、古くの稲富の地で生き抜いた、樹齢二百年の神木の魂が眠るとされている。

 

 神木は、植物という様態をとりながらも、膨大な超人エネルギーを含んだ生物だった。害をなす事なくその一生を終えた後にも、神木は魂となり、実体のない存在として長くと現世を彷徨い続けているという。

 

 ……だが、時が経つにつれ、膨大な超人エネルギーはその勢いを増していた。今では、その暴走によって、黄泉百鬼という星を滅する者として現世に蘇りを果たしても、何らおかしくなかったのだ。

 

 

 

 五名の霊媒師が、用意された舟で祠へ向かうべく、運んできた盆や膳を慎重に一つずつ乗せていく。

 

 そんな中、一つの存在が茂みから姿を現した。がさごそと音を立てながら、躊躇いのない足取りで霊媒師たちへと歩み寄ってくるその男性――

 

 その場の全員が、驚く様子を見せていった。それでも止めることの無い足取りで彼らへと近付いてくる男性へ、霊媒師の一人が忠告とも言える言葉をかけていく。

 

「止まりなさい。観光客であるとお見受けいたしますが、生憎とこの地は稲富の聖地として認定されている、由緒正しき聖域であるため、部外者のこれ以上の立ち入りを禁じております」

 

「んなこと分かってんだよ。でも安心しな。俺はヒーローだ。『龍明超人協会』、聞いたことあるだろう? しかも、『龍明超人協会直系レオンハルト軍団』に属する、所謂エリートの称号が与えられた、選ばれしヒーローをやっている者だ。こうして俺が出向いた理由ってのも、その祠の中にいるっていう黄泉百鬼を討伐するためなんだよ」

 

 龍明超人協会。そこに属する旨を伝えた男性は、自信満々な様相で親指を自身へ向けていくものだが、霊媒師は一切と対応を変えることはなかった。

 

「お引き取りください。龍明超人協会の御仁であろうとも、これは古くから伝わる稲富の儀式であり、部外者が易々と立ち入って良いものではないのです。どうかご理解を」

 

「…………」

 

 あからさまに機嫌を悪くする、男性。ヒーローと名乗るその超人は、思い通りにいかない現状に苛々を立ち込めていくと、次の瞬間にも、それを言い放ってきたのだ。

 

「あぁ、そうかい!! だったらいいぜ!! 別によ!! なら、俺の勝手にやらせてもらう!! お前らがなんて言おうとも、俺はここの黄泉百鬼をぶっ倒して、レオンハルト軍団副団長補佐に成り上がってみせるぜッ!!!」

 

「な、なにを――ごはッ!!」

 

 霊媒師の一人へと飛び出した、男性の右拳。それは彼の顔面にめり込むと、常人には耐え難い苦痛をもたらしながら後方へと吹き飛ばしていく。

 

 四名の霊媒師は、盆や膳を投げ出しながら、男性を警戒した。……殴り飛ばされた霊媒師が気を失う中、男性は常人である霊媒師を相手に、超人の力を振るっていったのだ。

 

 次々と殴り倒されていく彼ら。それに気を良くした男性は舟を見つけると、それに足を掛けていく。

 

 と、その時にも男性の肩に、何かが乗せられた。触れる感触に男性は「おぉ?」と振り返っていくと、一瞬のみ映った色白の手を最後に、男性の見る世界は回転しながら、陸地へと向かって転がり出していった。

 

「どはァッ!!! ――な、なんだ……!?」

 

 何かしらの力で投げ出されるものの、すぐさま起き上がる男性。そして体勢を立て直して前方を見遣っていくと、そこには一人の女性が佇んでいた。

 

 

 

「ユノさん!! そっちお願い!! ……大丈夫ですか!?」

 

 アタシは倒れている霊媒師さんに駆け寄っていくと、殴られたアザが痛々しく残る彼ら一人一人に声を掛けていって、無事を確認していった。

 

 その間にも、男性と対峙したユノさん。至って冷静な様相で彼を見つめていくものだが、握られた拳が少なからずの怒りを思わせる。

 

「な、何だよこの女!! 俺は龍明超人協会に所属するヒーローだぞ!!? ヒーローに手を上げた以上、正義執行妨害の罪でただじゃおかねェからなァ!!!」

 

 正義執行妨害罪。簡潔に言ってしまえば、ヒーロー活動の邪魔をした際に下される罪の一つだ。それを掲げた男性がユノさんへと怒りをぶつけていくのだが、一方でユノさんは無言を貫き、その足を彼へと進め始めていく。

 

「……お、おうおう、何だなんだ!? タイマン張ろうってのか!!? 上等じゃねェかこの野郎ッ!!! ヒーローに手を上げた罪、俺の拳で断罪してやるぜェ!!!」

 

 右腕を振りかぶる男性。そのまま真正面から突っ切るように走り出していくと、それは躊躇うことなく女性であるユノさんへと思い切り振り抜かれていった。

 

 ……と思われたが、瞬きの瞬間にも吹き飛ばされていった男性。霊媒師の受けた力の、何十倍とも言える大気を揺るがす一撃が、ユノさんの腕を振る動作と共に巻き起こる。

 

 吹き飛ばされていった男性は、地面に転がってその右腕を空ぶっていったことで初めて、自身の状態に気が付いた。

 

「……???? ……ッッ???? あ――い、いでェっ、いで、いでェ、いでェエエエェェッッ!!!!!」

 

 喉がはちきれんばかりの悲鳴。頬を押さえながら苦しむ様子のところ、彼の姿は陰りで染まる。

 男性の胸倉を掴み、持ち上げたユノさん。それに男性は怯えながらも、正当防衛とも言いたげな拳をユノさんへと打ち込んでくる。

 

 だが、手を離された男性はそれを空ぶっていくと、次に死角から飛んできた鋭い右脚の蹴りで、体勢を崩していく彼。周囲の木々を衝撃で揺らがす光景を展開しながらも、ユノさんは左足で自身の身体を横へ一回転させると、戻ってきた右脚は男性の胸倉に引っ掛かり、そのまま持ち上げ、弧を描く形で勢いよく地面へ落としていく。

 

 脳天から直撃した男性は、泡を吹きながらその場に倒れ込んだ。――超人であるヒーローを相手に、圧倒的な力の差を見せつけたユノさん。アタシや霊媒師さん達がそれを見守る中、ユノさんは倒れた彼の胸倉を掴んで、揺するようにしながら持ち上げていった。

 

 …………。意識が朦朧としているのだろう。白目を剥きながら、虚ろな様子でユノさんを捉えていく彼。直後にも、吹いている泡を吐き捨てるようにブッと噴き出すと、それをユノさんの顔面に浴びせ、それにニッと不敵な笑みを見せると同時に、気を失うように項垂れていったのだ。

 

「ユノさん! ……大丈夫?」

 

 倒れる霊媒師さんを抱えながら、アタシは声を掛けていった。しかし、ユノさんは沈黙を貫き続けては、その視線はずっと、彼へと注ぎっぱなしだったのだ。

 

 ……まったく、それにしても何なの、このクズ男。最初から最後まで、ゴミのような人間だった。アタシは煮え滾る怒りを表情に見せていくのだが、次にも、ユノさんは呟くようにそれを口にしていったのだ――

 

「してやられたわね」

 

「……?」

 

 ユノさんに付着した彼の泡が、蒸発するように消え始める。と、同時にしてユノさんの手から男性が溶け始めていくと、その身体はじきにもエネルギーの密集体のようなものとなり、ユノさんの手からすり抜けると、そのエネルギーは祠へと向かって一直線に飛んでいってしまったのだ。

 

 ……もしかして、分身……!?

 

「……超人エネルギーというものは、その人物に驚異的な身体能力をもたらしたり、特定の事象を発生させる異能力を発現させたりといった働きを持つ、その生命にワンランクの進化を促す効果のある、潜在的な力のこと。――あの男、自身と瓜二つの姿を複製することができる能力の持ち主だったみたいね。依頼主に聞いておけばよかった。私の落ち度だわ」

 

 エネルギーが飛んでいった祠を見遣るユノさん。――と、次の瞬間にも祠から、突き刺さるような禍々しい光が射し込み始める……!

 

「え、なに!? 何が起きてるの……!?」

 

 焦るアタシの膝下では、「そ、そんな……! 何ということを……!!」と、この世の終わりのような表情で起き上がる霊媒師さんが、言葉を零していく。

 

 ……そんな、まさか。彼を象るエネルギーが飛んでいった、その先には――!!!!

 

「菜子ちゃん! その人達をお願い!!」

 

「ユ、ユノさん!?」

 

 アタシを置いて、祠へと駆け出したユノさん。驚異的な身体能力を誇るその身体で跳び出していくと、このいざこざで湖の奥へと流れてしまっていた舟を踏み台にして、そこから更に跳躍を行って祠に辿り着いてしまう。

 

 そして、ユノさんは祠の中へと進入していった。

 

 

 

 

 

 神宮に踏み入れる女性。高速を以てして深部へと駆けると、そこでは禍々しき光を放つ祭壇の光景が繰り広げられていた。

 

 射し込む光の、その集束点。飛び散った破片と、破り捨てられたお札の数々。供え物である食べ物や酒が床に転がる中、それらを前にして、高らかな笑いを上げていく一人の男性が存在していた。

 

「ふふ、ふははははッ!!!! なーにが封印の儀式だよ!!! こんなの、たかがごっこ遊びのようなものじゃないか!!! 魂の暴走を鎮めるため?? 俺が直々にこの手で触ってみて分かったね!! ……神木の魂は、限界を迎えていた。肥大した超人エネルギーは今すぐにも破裂寸前で、あのおっさん達がここに到着した頃にも、こうして封印が解かれていたことだろうよ!!!!」

 

 背後の足音。それへと振り向く男性は、先にも殴り飛ばした者と同一の人物だった。

 

「既に、祠に侵入していたのね。分身を寄越したのは、霊媒師の彼らを足止めするためのものかしら」

 

「まぁ、足止めをするまでも無かったけどな! ――女も分かるだろ。この魂から溢れ出てくる、身体の底から湧き上がってくるような無尽蔵の超人エネルギーを……!!」

 

「えぇ、そうね。たとえ貴方が手を下さなくとも、この地の封印は、今この瞬間にも解かれていた。……そういう運命にあったというだけのこと。この稲富という地は、この時を以てして、長年の封印から目覚めた黄泉百鬼の手によって、滅びを迎えるという運命に――」

 

 祭壇から現れた、深緑の禍々しい魂魄。人語では形容できない形状で成されたそれは、解放されると共に無数の大樹の根を伸ばし始め、自身を封じ込めていた祠を突き破るべく、意思を持った触手のように蠢かせていく。

 

 それを目撃した男性は、次の瞬間にも身体の制御が利かなくなっていた。――伸びる大樹の根に、拘束されてしまったのだ。

 

「なッ……!!? お、おいコラッ!!! てめ――お、俺が今から、てめェを倒すって、いう、のに……!!!!」

 

 聴覚が悲鳴を起こす、空間に響き渡った大気の鼓動。それを受けた男性は一瞬にして絶叫を上げていくと、発狂とも言える気狂った様を晒しながら、動けぬ身体をうねらせ、苦しみ悶え始めたのだ。

 

 ――と、彼を拘束する大樹の根は、散り散りとなって引き裂かれた。

 床に落ちる男性を、雑に掴み上げた女性。解放されると同時にして正気を取り戻した彼が「え? あれ……?」と困惑していくと、状況の理解の前にも出口へと駆け出した女性に無理やりと引き摺られていき、男性は悲鳴を上げながらも女性と共に祠からの脱出を果たしていった。

 

 

 

 

 

「ユノさん!!!! ユノさぁんッ!!!!」

 

 必死だった。アタシが涙ながらに訴え掛けるその声を聞き、ユノさんは舟を足場にして、祠からこちらへと跳躍で戻ってくる。

 

 その祠は、突然と飛び出してきた大木の根によって、瞬く間に押し潰されていた。これ以前にも、次第と強くなり始めていった地鳴りで、アタシや霊媒師さん達が体勢を崩してしまい、思うように歩けずにいたこの現状。

 

 祠から現れた、溢れんばかりの大木の根は、恐るべき速度でこの盆地の外へと伸びていくと、周囲の山々の地表を引っぺがすように湖の中央へとそれを吸い寄せ始めており、アタシらもそれに押し出される形で、祠のあった場所へと引き寄せられていく。

 

 これには、アタシも霊媒師さん達も、ユノさんに雑に扱われる男性までもが、この世の終わりのような悲鳴を上げていた。

 

「ユ、ユノさんッッ!!!! ユノさんッッ!!!! 嫌だ、死んじゃうよアタシ達!!!!」

 

「あ、ああぁ……稲富に伝わる、神木の魂の怒りが、お目覚めに……!! この世は終わりじゃ……。せめて最後に、息子たちと孫の顔を見ておきたかった……」

 

「お、女ァ……!!!! お、おい、これどうすんだよ……!! 倒すとか、そういう問題じゃなくなっちまってんじゃねェかこれェ……!!!」

 

 アタシは、その男に掴みかかっていた。

 

「そもそもとして、アンタが封印を解いたからでしょッ!!? アンタのせいでこうなってるってこと、分かってんのッ!!? このバカッッ!!! バカッッ!!!」

 

「は、はああぁぁ!!? これは俺がやったワケじゃねェよ!! 俺が解く前にも、あの封印はもう限界だったんだよ!!」

 

「ここまで来て、自分のせいじゃないって言い張るワケッ!!!? ホント、信じられない!!!」

 

 と、アタシと男性の頭に伸ばされた、上からの手。それがアタシらを引き剥がすようにすると、手の主であるユノさんは、アタシへとそれを告げていったのだ。

 

「菜子ちゃん、私の身体にくっ付いて」

 

「え……?」

 

「私の身体を、全力で、情欲のままに抱きしめて。――早く!!」

 

「わ! はいっ!!!」

 

 アタシは、ワケの分からないまま、ユノさんの背に絡まるようにくっ付いた。

 続けて、ユノさんは霊媒師さん達の下へと駆け寄っていく。そして、右手で一人を掴み、右腕に一人を引っ掛け、左手で掴み、左腕に引っ掛け、余った口で残る一人の霊媒師さんの襟を咥えると、総勢六名の人間を持ち上げて、ユノさんは軽々と駆け出したのだ。

 

 ……と、男性にも駆け寄っていくユノさん。――え、でも、もう余ってなくない? そんな顔をする男性を見下しながら、ユノさんは無言で、右脚を突き出していく。

 

「……う、うぅ、ありがとう、ございます……!!」

 

 恐怖で号泣する男性は、ユノさんの右脚に引っ付いた。

 

 アタシ達のいる陸地は、中央へと引き寄せられる力で、直にも取り込まれそうになっていた。そして、まさにその直前という時にも、ユノさんは全速力で駆け出していったのだ。

 

 正面から降りかかる植物の中を、七名もの人間を抱え込んだユノさんは驚異的なスピードで突き抜けていった。この、ジェットコースターを越える速度に皆が「う、うぉぉおおおおぉぉぉぉッッッ!!!!」と絶叫に近い声を出していく。

 

 大木を蹴り、根を飛び越え、生い茂る葉を突き破る。人間が成せる限りの華麗な身のこなしでそれらをすべて避け切っていくと、見えてきた光を目指して、ユノさんは長距離の跳躍を行ってそこへと飛び込んだ――!!

 

 

 

 右脚にくっ付いていた男性は、振り落とされると同時に、砂利を纏って地面を転がった。勢いもあったことから盛大に痛がっていたものだが、そんな彼を横目に、着地したユノさんは全員を下ろして丘の先へと向かっていく。

 

 霊媒師さん達も、アタシも気が抜けたような脱力感で倒れ込んでいた。……しかし、丘から見えたその光景を目の当たりにして、アタシはすぐにも、この世界の終焉とも言えるであろう絶望を味わうこととなる。

 

 ――盆地に生える全ての植物を取り込んだ、人型を模した超巨大生物の姿。三百メートルとも言える体長を誇るそれは、陰りに染まる雲行きと共に、植物に宿る超人エネルギーを爆発させるかのような咆哮を上げながら、祭り会場ともなっている稲富の街へと歩を進め始めていく。

 

 ……あれが、黄泉百鬼……ッ!? これまでに目撃してきたそれらの脅威を、遥かに上回る存在。もはや絶対的なものさえも感じ取れることから、この日を以てして、この世は本当に終わるのかもしれない――

 

「菜子ちゃん」

 

 丘の先で、こちらへと振り返ってくるユノさん。

 

 ……右手を掲げており、アタシの“それ”を待っていた。

 

「……!!! ユノさん……受け取って!!」

 

 アタシは、提げていた鞄の口を開けてから、それを勢いよくユノさんへと投げつけた。

 

 未だ飛んでいる鞄へと手を伸ばすユノさん。――そして、口の開いた部分へと腕を突っ込み、そこに入れられていた一着の深紅のコートとガスマスクを取り出すと、瞬間にもその場から跳び立って、彼女は陰りの蔓延る暗雲へと溶け込むように姿を消していった。

 

 ゴトンッ。地面に落ちる鞄。中身が空っぽになったそれが空虚となりながらも、アタシは今も街へと向かう超巨大黄泉百鬼を捉えながら、その言葉をポツリと呟いた。

 

「……お願い、ユノさん。稲富の人達を……この世界を救って――!!」

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