ウィズに勘づかれないようなるべく盾になりながら視線を向ける怪しい人物の動向を伺っていた。
しばらくは怪しい動きはなかった。それどころか気づいた時にはそこには誰もいなかった。やはり僕の思い過ごしだろうか。
「そこの姉弟。見ない顔だけどどこから来たんだ?」
街の商人に話しかけられ、取られていた意識を引き戻す。今は遠出をしに来ているんだ。治安もいいと聞いているし余程問題は起きないと信じよう。
「姉弟……?」
「もしかして恋人だったか。それは悪かったな」
豪快に笑う商人に対し何も言い返せなくなるウィズ。恋人か……翔太郎とときめの関係を見ていてもそれがどういう関係でなんなのか未だに理解出来ていない。
「昨日知り合ったばかりなのにそれはないよ。強いていうなら友人かな」
僕の訂正に乗って慌てて頷くウィズ。商人はきょとんとした顔で僕達を見ながらも察したようだ。
「そういえば、前にここに来たときと比べるとあまり賑わいがないような気がするんですけど……」
「分かるか。実は産業の一つが潰れかけちまっててよ……それに加えてここを治める王の三兄弟の内、上の二人が先の戦いでやられたって報せがあったらしい」
「そうですか……」
切なそうに呟くウィズ。彼女も元冒険者。戦いがどれだけ厳しいか知っているはず。
「でもよ、一番下のディシディア第三王子が残ってる。まぁ、候補から一番遠かったから兄達を守るための騎士隊長として生きてきた分、これから政治に関しては大変だろうけど大丈夫だ」
「なんせ身寄りのない老人や孤児を王家で引き取って代わりに面倒を見てくれているし、何より自らが起こした興業で財政も取り戻してきてる。現国王も安心してるだろう」
上が二人がどこまでの手腕を持っていたか知らないがそれなら安泰かもしれない。でもなぜか嫌な胸騒ぎがする。
「にしても魔王軍との戦いも過激化してるんだな。ここは産業国だから薬草やポーションの供給を担っている代わりに戦争には参戦しないとの話だったが、脅かされるのも時間の問題か」
簡潔に言えば武器供給と一緒か。支援物資の調達を提供する代わりに争わない。それも一つの手だ。
「そこまで過激化してるとは聞いてないですけど?」
「聞いてない?お前ら卸売りじゃないのか?」
「あっ、いえ、たまたま噂にしただけです!やっぱり宛てになりませんね!」
必死に誤魔化すウィズに不信感を抱く商人。僕はさりげなく話題を変えるように切り出した。
「ミラーストーンを探しているんだがここにあるかい?」
「ミラーストーン?俺の店にはないな。多分、この街のどの店にも売ってないんじゃないか?」
「どうして?」
「前は採掘されてたんだが、数年前から採れなくなっちまってよ。おかげで観光資源が減って困ってるってもんだ。ま、欲しいならこの街じゃなくて他に行くんだな」
数年前から採れなくなってしまった……流し目でウィズを見ると少し困り顔をしながらも誤魔化しの笑顔を向けていた。別に怒ったりしないから安心してほしい。
「そこのお前ら」
「……僕達かい?」
背後から話しかけてきたのは衛兵だった。衛兵は何も言わずに僕達の両腕を拘束してきた。状況が飲み込めず足掻くもより強い力をかけられる。
「身分偽りによる不法侵入者がいるとの通告を受けた。同行してもらう」
「待ってくれ、僕達はれっきとしたアークウィザードだ」
「お前はな。その女が問題だ。お前も片棒を担いでいる可能性もある」
まさかウィズの正体がバレている?ここで暴れると余計に疑われしまう。すぐさま処刑はないと見越し、言われるがままに連行されてしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
問題発生だ。旅に危険は付き物と言うけれど、まさか獄中が寝床になるとは思ってもなかった。
別に犯罪を犯した、などではない。これでも探偵と真面目店主。決して人道は外さない。
どこのタイミングで彼女がアークウィザードではないと見抜いたのか……やはりあの視線を向けていた者だろうか。そうじゃない限り辻褄が合わない。
それよりも最悪な状況だ。この場にウィズがいない。隣の獄中からも返事がない。つまり何かしら被害に遭っている可能性が高い。
いくら強いといえど結界が張られている街だ。魔法が使えなければ抵抗は難しいうえにそれ相応の対応もされてしまう。まずは経路の確認からしよう。
そう思い検索を始めようとすると足音が近づいてきた。急いで検索を取り止める。
剣を携えた青年は僕の前で立ち止まる。そしてすぐさま頭を下げた。
「手荒な真似をしてすまない。私はディシディア。グレイシアの一番隊隊長で、この街を治める貴族だ」
商人が言っていた人だ。確か唯一生き残った第三王子。
「そんな人がなぜここに?」
「簡潔に説明する。君は私が責任持って解放する。その代わり……彼女を諦めて欲しい」
彼女ーーウィズだ。僕は首を横に振った。
「無理だ。秘密は守れる方だからね、何が起こっているか説明して貰おうか」
ディシディアは迷った表情を見せる。不審な動きはない。情報量が少なすぎるから選択肢は多すぎる。
「……何者かに政権を乗っ取られた、かな」
反応を見せる。当てずっぽうだったが僕の指摘に悟ったのか、諦めたようにポツリ、ポツリと話し始めた。
「知っていると思うが、この街は薬草やポーション作り、あと鉱石で栄えてきた。とはいっても前者が売り上げの半分以上を占めてる。特別な手法も使用しているからね」
「十年前、カルモアという科学者がグレイシアに赴任してきた。誰よりも命を重んじ、私達の作るポーションなどを通じて誰かを救いたいと語る男だった」
事の発端は数ヵ月前。カルモアは人が変わってしまったかのように狂い始めてしまった。まるで薬物をやっているような幻覚を見るようになり、たった一人で反逆を始めた。
温厚な性格で優秀な人材であったが為に、王は下手な手出しをしようとはしなかった。しかし、カルモアは自身を魔物に変えてしまう小箱のような魔道具を使い多くの衛兵を無効化していったという。
「小箱の魔道具……」
「恐ろしい力だ。触れた相手を魔物に変える力……私の兄達もキメラのような姿に変えられた。人の意思を失くし、飢える獣のように……」
ディシディアの握る拳が強くなる。僕も自然と拳を強く握ってしまう。
「今張られている結界も温厚な父上が二次被害を出さぬ為にの防止だったのだが、今はより強力に張られ反逆者が出ないようにと用途が変わってしまった」
「街の人達は異変に気づかなかったのかい?」
「いいや……カルモアは実験と称してキメラモンスターを多く製作してきた。それは付近のモンスターだけでなく、身寄りのない老人や孤児を引き取るという形で行った為に好感は逆に上がりっぱなしだ」
「そのうえ、低迷していた売り上げに関して自らが造り出したモンスターをいわゆる裏賭博に流し始めた為に金は手に入り景気は回復、むしろ支持者が増えてしまった」
町人達が言っていたのはこういうことだったのか……言葉にも出来ない程の外道だ。実質的に支配してしまっているということか。
「俺からも一つ教えて欲しい。カルモアはどうして彼女を……」
「……」
一番の理由はリッチーだからだろう。人の理を捨て、不死身となった存在。強い魔法耐性を持ち、触れただけで麻痺や毒などを引き起こす。それに気づいている可能性もある。
「強い言い方になるかもしれないが許してくれ。君は今までそういう場面に出会ってきたはずだ。なのになぜ、ウィズを気にかける?」
「それは……いや、関係ないだろう」
少々怒り気味で席を外していくディシディア。やはり翔太郎のようにはいかないか。人の本質を見抜く……彼のやり方が信じることなら、僕のやり方は疑うことだ。
まずはウィズを助けにいかなければ。この獄中をどうやって出るか……?
外から射し込む僅かな光。鳥のようなそれは覗き込むかのように姿を見せていた。
「エクストリーム……」
姿を眩ませていたエクストリームメモリ。僕の呟きに答えるように鳴き声のような機械音を発する。
そうだ。翔太郎が自身を切り札と称し味方につけるなら、僕はもう一つの味方ーー『知識』がある。
さぁ、検索を始めよう。この街に蔓延る暗闇を晴らす、風としてーー