「本当か?!」
「うん。淫獄団地というね……」
「おいやめろ」
グレイシアから二日程歩き、いい加減嫌になって結局テレポートで帰ってきた。
旅行としては二泊三日と、充分すぎる日程だったが内容が内容だけに楽しかったとは言えない。
アクセルの方でも色々あったようで、古城に住み着いていた魔王軍の幹部がやって来たらしい。
翔太郎の話ではめぐちゃんが毎日のように爆裂魔法を放っていた為に文句を付けに来ただけのようで手出しはしなかった。
しかし、逆にこちらが挑発してしまい感情を逆撫でしてしまったようで、ダクネスちゃんに呪いを受けてしまったがアクアちゃんが無事に解き、とりあえずそのままの状況が続いている。
この話を鵜呑みにするならば、ただのご近所トラブルにこっちが勝手に逆ギレしたというむしろ加害者になってしまっている。
「で、どうするんだい」
「どうするんだい、じゃねぇよ。使ったのか?使ったんだよな?」
「状況が状況だったから仕方ないじゃないか」
何も言えずに翔太郎はため息をつく。俺が持ってると無茶をするとか言う癖にコイツもたまに無茶をする。となると、俺達が変身出来ると知ってるのはそのウィズって奴だけになるのか……
当人が営業する店でそんなことを言う。見た目は二十歳ぐらいの美人だが、世の中何があるか分からない。置き物幹部とか言っているが実際は分からない。
「ところでダクネスちゃん以外に被害はなかったのかい?」
「一応な。そっちも何とかなったし、あとは相手側がどう出るか……」
「すみません、その幹部の方ってどんな人でした?」
「なんか首のない鎧みたいな奴だったよ」
「ああ、それならベルディアさんですね。仲が良かった訳じゃないですけど、元々は騎士なので卑怯な手は使ってこないと思いますよ」
にこやかな笑顔で答えるウィズ。多分、霧彦に似た立ち位置なのかもしれない。敵側だったが風都を想う気持ちは俺と同じだったあいつを思い出す。
というより、簡単に情報を話してしまうあたり本当に置き物幹部のようだ。
「さてと、俺も頼まれ事があるし行くか。お前はどうする?」
「僕は僕でやることがある。無茶はしないでくれ」
俺は適当な返事をしてウィズの店を後にした。
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冒険者ギルドにて。最近じゃ専ら俺の噂のおかげかギルドの方から依頼されることが多くなってきた。
見る限り殆どが誰も受けなさそうな面倒事ばかりだが、文句ばっかり言ってられない。第一、冒険者という実質何でも屋みたいなものがある限り本当に謎解きぐらいの時しか回ってこないだろう。
「余りの依頼はあるか?」
「そうですね……翔太郎さんのおかげで粗方は片付いてますよ。あとは上級職の方向けなので、下手をすれば死ぬ可能性もありますし」
ここ最近で仲良くなり始めた受付嬢のルナは少し苦笑いで伝えた。【冒険者】という最弱の肩書きがあるせいか難しい依頼は勧められないようだ。
ならフィリップと一緒の時がいいかと納得し窓口を離れる。しばらくはメモリについて調べ始めるのが吉か、それとも幹部に関してか……自分が優先することは前者だろうな。
「これ、これなんてどう?」
いつもの聞き覚えのある声。アクアだ。確か借金返済を手伝えと依頼してきた覚えがある。俺に対しての報酬金は払うどころか考えにすら至っていなかったが、巻き上げる訳にもいかずタダ働きさせられた。
「よう。お前、まだ返し終わってなかったのか?」
「出た報酬で別の店で飲んだらしいです」
めぐみんのちくりに落胆する。ダメ人間じゃねぇかよ……ん?
「飲んだってジュースだよな?」
「シュワシュワに決まってるじゃない。一日の終わりはあれで決まりよ」
シュワシュワーー確か酒類だ。未成年に酒類提供する店がどこにある。
「この世界じゃ十二歳でもう成人扱いだぞ」
「そんな歳から飲んでたら体が壊れるっつーの!法律どうなってんだ!」
「す、すまない……」
カズマの話に切れるとなぜかダクネスが謝った。なんでお前が謝るんだよ。一回警察に抗議しにいかねーとダメだなこりゃ。事件事故が増える一方だぞ。
「話を戻すわよ。この湖の浄化のクエストを受けましょう。これなら私に打ってつけよ」
「プリーストなら浄化魔法が使えますからね。でも蔓延るブルータルアリゲーターをどうしますか?」
「そこはカズマ、お願い」
「丸投げかよ……翔太郎、付いてきてくれないか?」
「珍しいな。お前ならすぐめんどくさいとか言うだろうと思ったけど」
「そう言いたいのは山々だけど、もう冬も近いからな。いい加減馬小屋暮らしから卒業したい」
俺達もそうだけど、そろそろ夜も本格的に寒くなってきてるし何とかしなきゃな……宿暮らしなんて豪華なことは出来ないし。
あといい加減、俺を何でもやってくれる便利屋ではないことを思い知らさなければ。
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結果から言えば散々だった。アクアは触れるだけで液体を真水に変えてしまう能力があるらしくそれを使っての実行だったのだが、まず檻に幽閉。その時点で何となく察しはついていた。
止めようとしたものの何も無しにワニの大群がいる湖に入る訳にも行かず、納得しないまま入水。しばらくするとワニがやって来た。
ダクネスはすぐさま突っ込んで行くのを見て俺も走り出し、救出には成功したものの檻はそのまま破壊されアクアも完全に喪失してしまっていた。
で、結局俺が貯まりに貯まっていたスキルポイントを使って浄化魔法を会得。めぐみんの爆裂魔法で脅した隙に浄化しクエストは何とか遂行。当の本人は俺の背中で半べそをかいている。
「お前ら結局なにがしたかったんだよ」
「私は楽しかったぞ」
「お前はもっと自分を大事にしろ。あと、今回カズマは何もしてないからな」
「俺に隙はなかった」
見向きもされなかっただけじゃねぇか。
やがて泣き疲れたのか、町に着く頃にはアクアは寝息を立てていた。本当にこいつ、世話がかかる奴だな……
「探偵から子守りに転職したのかしら」
「んな訳ねーだろ盗賊」
街中ですれ違ったついでのようにヤジを飛ばすメリッサ。この間、一応協力関係になったのはいいのだが、いまいち溝は埋まらない。敵対同士なんだから当然と言えば当然なんだが。
「盗賊なんかと一緒にしないでくれるかしら。私はトレジャーハンターなの」
「宝探しなんてガキの頃には卒業したな。ま、俺みたいなハードボイルドには元から似合わねぇか」
「あら、ハーフボイルドがよく言うわ」
小馬鹿にしながら挑発してくる。フィリップの野郎、余計なこと言いやがって……
「それよりなんか用事でもあんのかよ」
「情報共有ね。先日のグレイシアの件よ」
心臓がドキリと跳ねた。まさか仮面ライダーがバレたのか?
「それなら俺も新聞で見たぜ。フィリップが真相を暴いてウィズが大元を倒したんだよな」
カズマが言った。報道ではその情報で通っている。王子と協力し結界を破り、ウィズの魔法で倒したーーそれが建前。
一応、最前線で戦っているミツルギが今帰ってきているが、どれぐらいのレベルかは分からない。あとはこの間の幹部の奴もだ。
「問題はその国を支配していた人物が使っていたもの。小箱の魔道具よ。何か知ってるかしら」
「……知らねぇな」
声は動じていない。けれど、微妙な間にメリッサは違和感を感じた。その様子に翔太郎も緊迫していた。
「ま、いいわ。それじゃーー」
「女神様?!」
横やりを入れるように乱入してきたのは、タイミングがいいのか悪いのかミツルギ本人だった。大剣にガチガチに着込んだ鎧、いかにも勇者ですという感じだ。
「大声あげんな起きるだろ」
「貴方はいつかの……すみません。貴方は抱いているそちらの方をご存知で?」
「アクアだろ」
「それはそうなんですが、その……彼女は女神なんですよ?」
お前はまともな奴だと信じたかったよ。確かにフィリップから同じ名前で特徴を持つ女神がいるって教えてもらったけどよ。
「でも確かアクシズ教っつー質の悪い宗教団体だろ」
「私の信者をのけ者みたいに言わないで!」
「痛い痛い痛い!いつから起きてたんだてめぇ!」
首を絞められた反動で無理やり下ろされ尻餅をつく。また涙目になりやがって本当こいつは……
「やっぱり子守りの方がいいんじゃない?」
「誰がなるか」
「なんでもいいわよ。話しにくいことならこの間の場所でね」
面倒くさくなったのか、メリッサはそのまま離れていく。自分勝手なうえにさりげなく情報を寄越せと言ってくる。非常に厄介だ。
「女神様に何をしてるんですか!」
こっちもこっちで厄介だ。
「こいつに話があるならカズマを通せ」
俺もめんどくさくなって丸投げした。メリッサは……まぁ、行かねぇ行けねぇよな。
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人手がない路地裏。メリッサはそこでしゃがみながら待っていた。
「おい」
「あっ……ちょっと、もう少しだったのにどうしてくれるのよ!」
「お前は自分の欲ばかりで猫側の気持ちが分かってない」
「当たり前じゃない。私はれっきとした人間だもの」
「遠回しに人じゃねぇって言ってんのか?」
「ちょっと役立つゴミ虫じゃなかったの?」
憤る感情を抑えつつ思い切り息を吐く。
「……さっきの小箱の魔道具の話、なんかあんのか」
「前払い」
俺は口角をひきつりつつも、喉を鳴らした。付近で潜んでいた一匹の猫が頭を飛び出し、ひょこひょことゆっくり近づいてくる。
猫は俺の足元にすり寄り、やがてもう一匹が屋根から飛び降りた。それを見てメリッサは少女のように瞳を輝かせながらゆっくりと前足を取った。
「はぁぁぁ……このムニムニした肉球、ふわふわの毛並み!きゃわわわ!」
「あんまり乱暴にすんなよ」
特技と言っていいのか分からない猫との会話がこんなところで役立つとは思ってなかった。今思うのは単純に我慢してくれと猫に願うばかり。今度上等の魚持ってきてやる。
「で、俺は本当に何も知らない。お前はなんかあんだろ。じゃなきゃここまで呼び出さねぇ」
「まぁ、そうね。情報はない。それが情報」
目線も合わせずひたすらもふるメリッサ。カチンときた。俺はまた猫語を話し、メリッサに抱かれていた猫はすり抜けるように逃げていった。
「何してくれてんのよ!」
「こっちの台詞だ馬鹿野郎!お前、自分がやりたくて呼び出しただけかよ!」
「立場をわきまえなさい。私が動いてあげてる。それで私が気持ちよくなって癒される。winよ」
「ただの独り勝ちじゃねぇか!」
「それでいいじゃない。私がいないと何も出来ない男はそれぐらいでいいのよ」
「お前を引っ捕らえればそれはそれで仕事してることになるからな」
「ハーフボイルドにそんなこと出来るかしら?」
「おーし分かった。今すぐ警察に付き出してやる」
ここまで馬が合わねぇのは初めてかもしれない。しばしの格闘の末、デンデンセンサーを持ってなかった俺が【潜伏】を見切れず逃がしてしまった。
後日、あの日に路地裏で如何わしい噂が立っていることを知るのはまた別の話。