夏休みという事でちょっと頑張りました。
今回はちょっと特別。私も参加しているハージェネ作品で夏のギャグ回を書こうという企画の様なものに乗り描いた何時もに比べて雰囲気緩々な話になります。
季節は夏。暑い日差しに湿った空気と、気が滅入る人も多いこの季節だが楽しみがない訳ではない。夏祭りにキャンプ、花火大会と楽しいイベントが目白押しだ。
海水浴も忘れてはならない。夏の気温と強い日差しのこの季節でしか味わえない、広々とした海で過ごす一時は何物にも代えがたい娯楽の一つだろう。
とは言え仁にとってはそれも特に興味のない事。卒論研究に加えて仮面ライダーとしての戦いがある彼と亜矢には、海水浴などに現を抜かしている余裕はない。
そんな彼らに、薫が声を掛けてきた。
「実はな、ウチの教授が他の研究室の連中も誘って海水浴に行かないかって話をしてたんだよ」
「何でまた?」
「山根教授って結構金持ちでさ、この季節になると他の研究室の連中も纏めて日頃の研究の疲れを労うって名目で海とかキャンプに連れてってくれるんだよ」
そう言えば去年、この時期に研究棟がやけに静かだったことを思い出した。その頃はまだ研究室に所属していなかった為あまり気にしてはいなかったが、ここで漸くその理由を知った。
「門守も一緒に来ねえか? 何時も研究とかばっかで大変だろ? 偶にはハメ外して遊ぼうぜ!」
「ん~……でもなぁ……」
薫に誘われた際、最初仁は同行を渋った。そもそも海水浴に興味はなかったし、自分が抜けるとファッジ絡みの事件が起きた際に対処が遅れるかもしれなかったからだ。
しかし次の薫の言葉に仁は大きく心を揺さぶられた。
「でもお前もさ、双星さんの水着姿とか見たいと思わねぇ?」
「………………思う」
亜矢はこの季節でも露出の少ない恰好をしている。流石に生地は薄く多少は体のラインが見える服装になっているとは言え、それでも極力肌が見えない服装をしている事が多かった。
仁も唸るほどのスタイルの良い亜矢の水着姿。最愛の恋人の普段は見れない水着姿に、興味が無いと言えばそれは嘘になった。
沈黙の果てに頷いた仁に、薫は楽しそうに笑みを浮かべた。
「よっしゃ! 門守と双星さんも参加な。山根教授には伝えとくから、当日を楽しみに待ってろよ!」
薫は笑顔で手を振って仁から離れて行く。彼を見送った仁は平常を装っていたが、その頭の中は来る海水浴で亜矢がどんな水着を見せてくれるのかと期待に胸を膨らませていた。
***
そして海水浴当日。仁と亜矢は指定された海水浴場に近い場所の駅に到着していた。
周りには同様に山根研究室に呼ばれ、海水浴に参加する学生達がチラホラ居た。
その中には美香の姿もあり、彼女は亜矢と談笑していた。
「やっほ! 亜矢も来たんだ?」
「折角のお呼ばれですし、偶にはって思って」
「ふ~ん……愛しの門守君を誘惑する準備はオッケーって事?」
「ゆ、誘惑って――!?」
美香の言葉に亜矢は顔を赤くするが、彼女の言葉は間違っていなかった。
遡る事数日前。まだ山根研究室からの海水浴への招待の声が掛かるよりも前に、亜矢はこっそり水着を用意していた。言わずもがな、仁を海水浴に誘う為だ。
割と真剣な真矢との協議の結果、亜矢はワンピースタイプの水着を選んだ。真矢としては本当はビキニタイプを選びたかったが、よくよく考えれば亜矢のお腹には過去の事故とその治療の結果残った傷跡がある。仁ならともかく、他の何も知らない連中にまで見せたいものではない。
それでも亜矢は、緊張半分自信半分で仁に水着姿を披露する時を楽しみにしていた。自分の水着姿を見た時、仁はどんな反応を見せてくれるかと。
彼女の水着姿を楽しみにしているのは仁だけではなかった。この場には山根研究室の学生に招待されて他の研究室の学生も来ているのだが、その人数が嫌に多い。その大半は男子学生だが、彼らの狙いは言うまでも無く亜矢であった。
実を言うと山根研究室の学生が呼んだのはこれよりももっと少ない人数だったのだが、どこからか亜矢も参加するという話が漏れると多くの男子学生が集まってきたのだ。普段見る事の叶わない、亜矢の水着姿を目に収める為に。
「ふ、ふふふ……双星さんの水着姿――――!」
その中には以前仁にこってり絞られた筈の貞助の姿もあった。彼もまた噂を聞きつけて、人知れず集まってきていたのだ。
物陰から亜矢の姿を見て怪しい笑みを浮かべる貞助の姿に、近くに居る者達は顔を顰めて視線を外す。
そうこうしていると、山根教授が到着し移動の時間となった。仁と亜矢を含んだ明星大学の学生一同はぞろぞろと教授の後に続いて海水浴場へと向かう。
海水浴場に到着した仁達は、専用の更衣室で男女に分かれて水着に着替える。男子学生の人数が多く、男子更衣室がぎゅうぎゅう状態での着替えに流石の仁も少々辟易したがそれでも仁を含め男衆は早々に着替え終わった。
後は女子が出てくるのを待つだけ。仁や薫は更衣室の外でチラホラと出てくる女子をじっくり待っていた。
「期待してるか、門守?」
「亜矢さんの水着姿? まぁ……ね」
「いや~、ダチとしてお前に女が出来てくれた事が俺は嬉しいよ。うん」
本心の言葉だ。薫は自分の事を棚に上げて、仁に彼女が出来た事を心の底から安堵していた。
「そういう五十嵐はどうなのさ? 仲の良い女子とかいないの?」
「ん~、生憎と出会いに恵まれなくてなぁ。ま、俺には化石ちゃんが居るから寂しくないがね」
「ま、そっちがそれで良いなら俺からは何も言わないよ」
他人の色恋に口出しするのは野暮な話。仁はそれ以上薫の人間関係に突っ込む事無くその話題を終わらせた。
仁と薫の話題が一段落したその時、周囲の男子がにわかにざわつき始めた。何事かと周囲を見渡すと、男子の視線が更衣室の方に向いていた。
釣られて仁と薫がそちらに目を向けると――――
「あ、あの、仁くん……」
更衣室から出てきた亜矢が美香と共に立っていた。周囲からの男子の視線に居心地が悪いのか、若干顔を俯かせながらも頬を赤く染めて仁の顔をチラチラ見ている。
「ど、どうですか?」
亜矢が身に付けているのは青いワンピースタイプの水着だった。ビキニに比べれば露出の少ないワンピースタイプの水着だが、しかし胸元は大きく開いており豊満な亜矢の胸の谷間が丸見えだ。更に、彼女は水着の上からパーカーを羽織っているので分かり辛いが、背中は大きく開いており後ろはうなじから腰まで丸見えだった。
何より普段露出の少ない服装をしている彼女が、健康的な肌を惜しげも無く曝け出していると言う所に男子は全員視線を釘付けにされていた。
そんな男子の視線を一身に集める亜矢の視線を独り占めする仁は、暫しの間彼女の水着姿に見惚れていた。
「あ、あの、仁くん?」
「ん? あ、いや……似合ってるよ。凄く」
「あ、ありがとうございます!」
若干不安そうな顔をした亜矢に再起動した仁は素直に亜矢の水着姿を褒めた。
言っては何だが、彼は彼女とは既に肌を重ねた身なので、彼女の素肌も見慣れたものだった。しかしそれはそれとして、水着姿の彼女はまたそれとは違う魅力があり仁も思わず見惚れてしまったのだ。
甘酸っぱい雰囲気を醸す2人に美香は満足そうに頷き、そっと2人から距離を取った。愛し合う2人にとって、自分は邪魔にしかならない。
しかし折角美香が気を利かせても、状況が2人だけの空間にする事を許してくれなかった。
「双星さん! 折角だから俺と一緒に泳いでくれないか!」
「いや、是非俺と!」
「ふ、双星さん――!」
「えぇい邪魔だお前ら!? 双星さん、俺と一緒に!!」
美香が亜矢の傍から離れた瞬間、男共は仁を押し退けて亜矢に殺到した。その勢いは仁も思わず唖然としてしまう程だ。
「え!? え、あ、あの……」
今し方亜矢が仁にのみ感想を聞いた事も忘れ、自分に群がってくる男共に亜矢もタジタジとなってしまう。本当は仁ともっと触れ合いたかったのだが、群がる男達の所為でそれも儘ならない。
騒ぎはそのまましばらく続き、山根教授の制止でとりあえずの落ち着きを取り戻し一団は浜へと向かって行った。
浜へと到着してから、彼らは思い思いに海を楽しんでいた。海に入って海水を掛け合う者達も居れば、少し沖の方まで遠泳を楽しむ者達も居るし、浜でビーチボールでビーチバレーに興じる者も居た。
亜矢もその例に漏れず、久々の海を美香たち友人達と共に楽しんだ。
仁はと言うと、どうにも気分が乗らないのでパラソルの下で海を楽しむ亜矢達の様子を眺めていた。時折仁の視線に気付いた亜矢が、笑みを浮かべて手を振って来るのに手を振り返して応える。
その時、仁の耳に近くで休んでいる男子の声が響いた。
「いや~、予想しちゃいたけどやっぱ双星さんヤベェ体してるよな?」
「ほんとほんと。服の上からでもデカいだろうとは思ってたけど予想以上だよ」
「あの水着姿を拝めただけでも来て良かったって思うぜ」
「全くだ」
横から聞こえる男子達の会話に、仁はムスッとした顔になる。彼らだけでは無いのだ。先程から似たような会話を何度も聞いて、その度に仁は心にモヤモヤした物を感じていた。
彼らは何も分かっていない。確かに亜矢はスタイルは素晴らしい。しかし彼女の魅力はそれだけではないのだ。それを理解しようともせず、体だけで彼女を褒めているのが仁にはどうにも気に入らなかった。
仁が珍しく1人不機嫌になっていると、一頻り遊んで疲れた薫が彼の隣に腰掛けた。
「ふぃ~。ん? どうした門守? 随分と御機嫌斜めじゃないか?」
「ん……かもね」
「……愛しの双星さんと遊べなくて拗ねてんのか?」
「……当たらずとも遠からじってとこ」
「なるほどね……」
仁の応対に、薫は仁も存外独占欲が強い事を知り失礼ながら笑みを浮かべた。研究一筋だと思っていた友人の、人間らしい一面を知れて面白いのだ。
「他の連中に声かけられて面白くないならぶっちゃけちまえばいいのに。双星さんは門守の女だってさ」
「ん~……でも亜矢さんを縛り付けるような事はしたくないし……」
仁としては亜矢にはのびのびとして欲しい。そう思うと、自分と亜矢が付き合っている事を大っぴらにして外堀を埋めるような真似はあまりしたくなかった。
そんな彼に対し、薫は溜め息を吐いた。
「お前の気持ちは何となく分かった。言いたい事も分かるし、俺自身女と付き合った事ないから分かんねえけど……少しくらい我が儘言ってもバチ当たらんと俺は思うぞ?」
「我が儘?」
「そうそう」
薫の言葉に、仁は少し考え込んだ。何だかんだで恋愛に関してはまだ手探りな仁の、悩む姿に薫は肩を竦めクーラーボックスからジュースを取り出して喉を潤した。
一方の亜矢だが、彼女は彼女で色々と面白くなかった。
理由は単純で、時折興味もない男子が声を掛けてくるのだ。それも明らかに彼女に性的な目を向けている。
亜矢は勿論、真矢もその事が面白くなく、今にも噴火しそうなレベルだった。
【う~~~……】
「(ま、真矢、落ち着いて……ね?)」
【そうは言うけどさ、亜矢は良いの? さっきから仁君以外の野郎に声掛けられて】
「(それは……)」
どいつもこいつも、近付いて来ては亜矢の体を上から下まで舐めるように眺めて鼻の下を伸ばす。仁に魅力的に見てもらうならともかく、それ以外の男に性的に見られるのは気分が良いものではない。
「やぁ双星さん! どうだい、俺と一緒に少し沖の方まで泳いでみないかい?」
またしても1人の男子学生が亜矢に声を掛けてきた。カッコいいと思っているのか、気障ったらしく歯を見せて笑みを浮かべている。
もう何度見たかというその顔と似たり寄ったりな言葉に、遂に真矢が亜矢の制御を振り払い表に出た。
「あぁ、もうしつこい!!」
「ぅおっ!? えぇ?」
「わわわっ! ちょっと、ま、亜矢落ち着いて!」
【真矢ストップストップ!?】
遂に不満が爆発した真矢。他の男子達からすれば突然亜矢の雰囲気が変わった様にしか見えず、事情を知る美香は慌てて真矢を宥めようとした。
亜矢と美香の制止を振り払い、真矢は心の内を思いっきりぶちまけた。
「さっきから黙ってれば好き放題声掛けてきて! いい、よく聞きなさい! 私はね――!」
【真矢お願いだからちょっと待って!!】
「もう付き合ってる人が居るのよ!!」
真矢が口にした爆弾発言に、海水浴場の時間が止まった。美香はあちゃぁと顔に手を当て、声を掛けてきた学生は目を見開いて固まる。彼だけでなく、海水浴に来ていた学生が全員固まっていた。
そんな中で、真矢は離れた所から見ている仁に手を振った。
「仁くーん! こっち来てー!」
呼ばれた仁は、至って平静に立ち上がりパラソルの下から出て亜矢の元へと向かった。
仁が近くに来ると、真矢は彼の腕に抱き着き満足そうに笑みを浮かべた。
「私、仁君と付き合ってるの。そう言う訳だから私の事は諦めてね」
真矢はそう言って男子学生にウィンクした。真矢の存在が白日の下に晒された訳だが、学生の多くは彼女のキャラが代わった事よりも彼女が仁と付き合っている事実に衝撃を受けておりそれどころではなかった。
一方の仁は、真矢の事で騒がれないかと心配になりつつも彼女と触れ合えている事に満足そうにしていた。そして先程、薫に言われた事を思い出す。
「我が儘……か」
「仁君?」
「ん? うぅん、何でもない」
思わず口を突いて出た言葉に真矢が首を傾げたので、仁は適当に誤魔化すと周りにアピールするかのように彼女の肩を抱いた。
その姿に美香は笑いを堪え、薫は仁に向けサムズアップをしてみせる。
「か、門守? お前本当に、双星さんと?」
「うん。俺達付き合ってるから」
今度こそ明星大学の学生――取り分け男子学生諸子には衝撃が走った。無理もない。大学のマドンナと、大学一の変人が付き合っていると言うのだ。ある意味で美女と野獣な組み合わせに、男子学生の多くは絶望に膝をついた。
対照的に沸いたのは女子生徒の方だ。何だかんだで色恋に飢えた年頃の女性、それも話題の中心が男子学生注目の的である亜矢でその相手が大学一の変人となれば興味を抱かない筈が無かった。
女子を中心に一気に騒がしさを取り戻す海水浴場。
しかしフラれた男子学生の全てが絶望に膝をついた訳ではなかった。
「門守ッ!!」
「ん?」
「勝負しろッ!!」
「…………何で?」
訳も分からぬまま仁は男子学生達から勝負を挑まれた。彼らとしては、このまま大人しく引き下がる訳にはいかなかったのだろう。
「言っておくけど、ここで俺に勝てたからって亜矢さんの気持ちは変わらないよ?」
「五月蠅いッ! とにかく勝負だ勝負!」
何となくだが仁には彼らの魂胆が見えた。ここで仁を負かして憂さを晴らすと同時に、仁に亜矢との決別を迫るつもりなのだろう。
「仮に俺が負けても亜矢さんとは別れるつもりないからね」
「おま、それで良いのか!?」
「うん。だってこの勝負の勝敗と俺と亜矢さん関係無いし」
とは言え仁には負けるつもりも無かった。どうせ勝負をするのであれば、折角だから彼女に良い所を見せたい。
「ま、勝負はしてあげるよ。それで、何で勝負する?」
「ふ、ふん! 余裕ぶっていられるのも今の内だ!」
「最初の勝負はスイカ割りだ!」
男子の1人が指差した先には、ビニールシートの上にスイカが二つ置かれていた。この為に態々二つ用意したらしい。
「ルールは簡単だ。どっちが先に、且つ綺麗にスイカを割れるか勝負だ!」
言うが早いか彼らは準備に取り掛かった。仁と男子学生の1人が、目隠しをしてバットを手に持たされる。その状態で2人はバットの柄頭を額に当て、バットを中心に十回回転する。
「さぁ、いざ勝負開始だ!」
その言葉を合図に、周囲の学生達は一斉に声を上げた。学生、取り分けほとんどの男子は仁の相手をしている学生の味方であり、彼を勝たせるべくスイカへと誘導する。
「右だ右!」
「いいぞ、そのまま真っ直ぐ!」
「行き過ぎだ、ちょい左!」
仁の相手をする学生は、いくつもの誘導する声に導かれふら付きながらもスイカへと向かって行く。
対する仁には亜矢が声援を送っていた。
「仁くん! 右です右! そうです、そのまま前に!」
周りの声援にかき消されそうになりながら、それでも聞こえてくる亜矢の声援に仁は着実にスイカへと近付いていった。その速度は相手方の学生よりも早い。
ズンズンとスイカへと進む仁に、相手方の学生の味方をしている学生達は焦りの声を上げる。
「おい何してんだ急げ!」
「前だ前! そのまま一気に進め!」
そうは言われても、実際視界を塞がれた状態なのでどうしても及び腰になってしまう。
このまま行けば仁は普通にスイカに辿り着いて割っていただろう。しかしここで仁は、思わぬ行動に出た。
なんとスイカに向かって一直線に走り出したのだ。
「はぁぁぁっ!?」
「おい門守の奴本当に見えてないのか!?」
普通の人間であれば視界が塞がれた中で、平衡感覚も狂った状態では外野からの声だけを頼りにスイカに辿り着くしかない。
しかし仁は、亜矢からの声援と肌に感じる日差しの向き、風向き、そして直前の脳内に焼き付いた景色を統合して脳内に正確なナビを作り出していたのだ。
仁は脳内ナビを信じてスイカに向けて突き進む。回転によって発生している平衡感覚のズレも、様々なデータを基に補正を完了している。
あっという間にスイカに近付く仁の姿に最初驚く亜矢だったが、直ぐに気を取り直すと今彼が最も求める声を掛けるべくタイミングを見計らう。
そして――――
「仁くん、今です!」
亜矢の声が響いた瞬間、仁はバットを振り下ろす。振り下ろされたバットは見事にスイカを捉え、木端微塵に粉砕した。
確かな手応えに、仁は満足そうに目隠しを外した。
「ん、ジャストミート」
「仁くん!」
相手方の学生に大差をつけての勝利に、仁は抱き着いてきた亜矢と共に勝利のスイカの味を噛み締める。
その姿に他の男子学生は嫉妬に目から血の涙を流す。
「ぐぬぅぅぅぅっ!?」
「次だぁッ!? 次の勝負ッ!?」
「遠泳だッ!? 次は遠泳で勝負しろ!? 水泳部員の俺が相手だぁッ!!」
勝負は白熱し、次は遠泳で勝負する事になった。
***
ところ変わって、傘木社の特別研究区画のオフィスにて……。
「何? ベクターカートリッジが紛失した?」
「はい、申し訳ありません。移送中にコンテナの一部が対向車と接触して損傷し、そこから零れ落ちたものが一つあったらしく……」
アデニンがオフィスで部下からの報告を受けていた。内容は移送したベクターカートリッジの数が合わないと言うものであり、調べた所移送用コンテナの一部に損傷個所がありそこから落ちたものがあったらしい。
「紛失したベクターカートリッジが何なのかは分かっているのか? 物によっては大問題だぞ」
「それについては、既に調べが付いています。オクトパスベクターカートリッジが紛失したようです」
オクトパスベクターカートリッジ……ベクターカートリッジとしては下級に当たるベクターカートリッジだ。精製は特に難しい事も無く、作ろうと思えば直ぐに次が作れる。
仮に誰かが拾って使ったとしても、だから何だと言うのが彼の率直な感想だった。見ず知らずの誰かが使ったとしても、怪物騒動が起きるだけで会社の事が明るみになる事は無い。それに起こった問題はきっと仮面ライダーが始末してくれる。
結論――――
「放っておけ。紛失に関しては適当にこちらで理由を付けておく」
「分かりました。失礼します」
***
仁とその他男子学生による遠泳対決は、思っていた以上に接戦だった。流石水泳部員と言う事もあり、相手方の学生の泳ぐ速度はなかなかに速い。
しかし仁も決して負けてはいなかった。追い越しはしないが、つかず離れずの距離で追従していた。何か切っ掛けがあれば直ぐに逆転されてもおかしくはない。
「仁く~ん!!」
遠くで泳ぐ仁に向けて、亜矢が声援を送る。輝く笑顔で仁に声援を送るその姿に、一部の男子学生はそれだけで敗北感に膝をついていた。
そんな彼女を、物陰から見ているのは貞助だった。相も変わらず亜矢に傾倒している彼は、しかし以前仁に懲らしめられた事もあって彼女に近付く事が出来ずにいた。仮に近付いたとしても、その時は真矢が表に出てきて追い払われていただろう。
「はぁ、双星さん……どうして……」
貞助は亜矢が仁と付き合っていると言う事実を未だ認められずにいた。だが彼がどう思おうと、亜矢が微笑みを向けているのは仁だけ。貞助はその事に大きく溜め息を吐いた。
その時、彼の視線の先に波の中で揺れるベクターカートリッジが映った。傘木社が紛失したオクトパスベクターカートリッジだ。落下したベクターカートリッジは蹴られるかして海に落ちた後、海流に乗ってここに流れ着いたのだ。
それを見た瞬間貞助は目を輝かせた。今なら仁は遠くにいるし、ここは海辺。ドライバーもカートリッジも更衣室に置きっぱなしの状況なら、仁も変身することは出来ない。
貞助は迷わず海に入りベクターカートリッジを取ると、起動させて自分に使用した。
〈OCTOPUS〉
貞助の体はあっという間に変異し、オクトパスファッジへとなった。ファッジに変異した彼は振り返ると、未だ彼に気付かず沖に居る2人に声援を送っている学生達に近付いていく。
「ウゥゥゥゥゥ……」
【ん? げっ!? 亜矢、ファッジ!!】
「えっ!?」
一早く気付いた真矢の言葉に亜矢もオクトパスファッジの存在に気付いた。こちらに向かってくるオクトパスファッジを見ると、彼女は慌てて周りの学生達に声を掛けた。
「皆逃げてください!?」
「え? 何、何の事?」
「お、おいあれ!? 怪物ッ!?」
亜矢の言葉の多くの学生は怪訝な顔をしたが、彼女の視線の先に居たオクトパスファッジに気付いた一部の学生の言葉を合図に瞬く間にパニックが伝染していき、学生達は慌てて海水浴場から逃げ出した。
「慌てないで、こっちへ!」
慌てふためき逃げ惑う学生達の中で、亜矢は懸命に1人避難誘導に勤めている。彼らの身の安全が第一だし、ギャラリーが居ては変身できない。
幸いな事に気付いたのが早かったこともあり、また亜矢以外にもファッジの脅威を知っている美香や山根研究室の学生達の協力もあり避難は直ぐに終わった。砂浜には亜矢とオクトパスファッジがだけが残され対峙する。
「双、星サン――――!」
【ねぇ亜矢、これもしかしてアイツじゃない? あの狼の】
言われて亜矢はあの時の事を思い出した。仁が間に合ってくれたから良かったようなものの、危うかったあの時の事は今でも思い出したくはない。
「もう一度懲らしめる必要がありますね!」
仁が戻って来るまでにはまだ時間が掛かる。亜矢は1人ルーナに変身して戦おうとして――――
【ちょっと待って亜矢、何持ってるの!?】
「――――え?」
真矢に言われて亜矢は自分の手の中にある物を見た。そこにあったのは、サンオイルなどを入れておく小さいポーチ。
そこで亜矢は思い出した。ベクターカートリッジとデイナドライバーは更衣室の中だ。
「あ――――」
不味いと思った時にはもう遅かった。オクトパスファッジは亜矢に襲い掛かり、体中の触手で彼女の体を絡め捕った。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
全身に絡みつく触手と吸盤の感触に亜矢は悲鳴を上げる。絡みついてきた触手は亜矢の体を水着越しに撫でまわし、全身を触手が這い回る感触に亜矢は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「いや、ちょ、や!? 離してください!?」
「双星サン、双星サァァァン!!」
オクトパスファッジは元となっている貞助の欲望を反映してか更に激しく亜矢の体を弄る。そして遂に、触手の一部が水着の中に入ってこようとしてきた。
「ひっ!? いや、助けて仁くん!?」
思わず亜矢が仁に助けを求めた、その瞬間戻ってきた仁が物凄い勢いで海から上がりそのままの勢いでオクトパスファッジを蹴り飛ばした。
「亜矢さんに何してんだお前――!」
「オォォッ!?」
亜矢に夢中になっていたオクトパスファッジは背後から蹴り飛ばされ、仰け反りながら吹っ飛び砂浜に頭から突っ込む。その際に亜矢は解放され、自由になった亜矢を仁が受け止めて抱きしめた。
「お待たせ、亜矢さん」
「仁くん――!」
危うい所で助けてくれた仁に、亜矢は安堵の笑みを浮かべ彼に抱き着く。
亜矢の悲鳴に猛烈な勢いで浜まで戻った仁に遅れて、水泳部員は息も絶え絶えに浜に上がった。
「な、何だよ門守の奴、途中から急に速度上げやがって……」
「悪いけど勝負どころじゃないみたいだよ」
「え?」
「ほらあれ」
仁が指差した先では、頭から浜に突っ込んだオクトパスファッジが起き上がろうとしていた。その姿に水泳部員も悲鳴を上げて逃げ出した。
「うぉわぁぁぁっ!? 蛸の化け物ぉぉッ!?」
逃げる水泳部員と入れ替わるように仁と亜矢に近付くのは、事情を知っている美香と薫の2人だった。2人は急いで更衣室に戻ると、仁達の荷物からデイナドライバーとベクターカートリッジを持ってきてくれたのだ。
「門守これッ!」
「亜矢! 忘れ物!」
「ん、ありがと」
「助かりました!」
2人は受け取ったデイナドライバーを腰に装着し、ベクターカートリッジを起動させる。
〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉
〈CAT Adaptation〉
「「変身!」」
〈〈Open the door〉〉
仁と亜矢の2人がデイナとルーナに変身すると、オクトパスファッジが触手を振り回して2人に襲い掛かる。先程は見事にこの触手に絡め捕られてしまった亜矢だが、今度は変身している。変身していれば彼女にはあの触手を寄せ付けない武器があるのだ。
「アイ ハヴ コントロール!」
人格を真矢に交代し、両腕にアームブレードを展開して迫る触手を次々と切断した。自慢の触手を断ち切られて、オクトパスファッジが思わず怯む。
「ガァァァァァッ?!」
「お前本当にいい加減にしろよ」
武器である触手が無くなった瞬間を狙ってデイナが迫り、何発も正拳突きを叩き込む。オクトパスファッジは両腕を振り回して抵抗するが、破れかぶれの攻撃ではデイナを振り払う事も出来はしない。
「はっ」
「フンッ!」
デイナの正拳突きの連打で体力を削られ棒立ちとなったオクトパスファッジを、デイナとルーナが同時に放った回し蹴りで蹴り飛ばす。砂浜に叩き付けられたオクトパスファッジに、2人は同時にトドメの一撃を放った。
〈〈ATP Burst〉〉
「「ハァァァァァッ!!」」
「グァァアアアアッ?!」
2人の放ったダブル・ノックアウトクラッシュを喰らい、オクトパスファッジは爆散し元の姿に戻る。排出されたベクターカートリッジは、空中でデイナがキャッチしそのまま握り潰した。
「ふぅ……」
ファッジを倒し、一息つくとデイナとルーナは変身を解除する。戦いが終わったのを見て、美香と薫が2人に近付いて来た。
「やったな!」
「亜矢、大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
「2人のお陰で助かったよ」
「気にすんなよ。それよりコイツ……」
薫は気絶した貞助の顔を見た。最初誰かは分からなかったが、よくよく見るとそれが他の学生に紛れていた1人である事に気付く。
「あ! コイツ今日ついて来てた奴の1人じゃねえか!?」
「うっそ、ホント!?」
「亜矢さん目的でついて来てたんだろうね。コイツ、前にもファッジになって亜矢さん襲ってたんだ。あの時に懲らしめてやったつもりだったんだけど」
「やだ、マジ? 最低」
貞助が前科持ちであると知って、美香が露骨に軽蔑した目を貞助に向ける。薫も顔を顰め、亜矢が仁の後ろに隠れたので仁は彼女の肩を優しく抱く。
「……こいつどうする? 警察に突き出すか?」
「温いわ。亜矢を酷い目に遭わせたんだもの。いっその事こいつがさっきの怪物だって他の連中にバラしちゃった方が良いんじゃない?」
「そ、それは流石にちょっと……」
「警察に突き出そうにも、目撃者が俺達だけな上に証拠の品が無いから逮捕しようがないし……」
何よりネット私刑に等しい罰を与える事は気が引けた。だがこのまま無罪放免でお咎めなしとするのも…………。
「はいはーい! それなら私に良い考えがあるわ!」
どうするかと仁達が頭を悩ませた時、真矢が表に出て手を上げた。全員の視線が集まったのを見て、真矢は笑みを浮かべると貞助に与える罰を口にした。
彼女の提案を仁達は満場一致で可決し、即座に行動に起こすのだった。
***
その後、騒動が収束したのを見て一団は帰路についた。ファッジ出現で最後の最後で大騒ぎになったが、結果的に見れば仁と亜矢も存分に夏の海を楽しめた。何より、結果論だが周りの人間に仁と亜矢の仲を報せるいい切っ掛けとなってくれた。
敗北感に打ちひしがれ、嫉妬に駆られて自棄になって仁に勝負を挑んだ学生達ももう何も言うつもりは無い。何しろファッジに亜矢が1人囚われていた時、彼女を助けたのは仁だけだったのだ。その事は水泳部の部員が証言してくれた。
こうして今までよりはのびのびと一緒に居る事が出来るようになった仁と亜矢。その2人は今、遊び疲れたのか電車に揺られて肩を寄せ合って眠っている。
幸せそうに眠っている仁と亜矢の2人を、美香は優しく見守っていた。
一方、事件を起こした貞助は1人砂浜に残されていた。
彼は仁達によって首から下を砂浜に埋められており、満ちてきた潮に顔を蒼褪めさせ必死に助けを求めている。
「誰か、誰か助けてぇぇぇぇッ!?」
潮が満ちてきた事で砂の下に隠れていた蟹が出てきて、彼の顔の周りを這い回っている。中には恐れ知らずなのか、貞助の顔に這い上がる蟹も居た。
「来るな、蟹来るな!? 潮が上がってくる!? 誰かぁぁぁぁぁッ!?」
念の為言っておくと、海面が貞助の顔を沈める事は無い。そこまでは来ない場所を計算して埋めてあるからだ。
しかし貞助本人にその事を知る術はない。
必死に助けを求める貞助だったが、先の騒動により海水浴場には誰も居ない為彼を助けに来てくれる者は誰も居ない。もし助けられるとすれば、この後海辺に散歩に来た近隣住民か見回りの警察官くらいだろう。
「もう悪い事しないから!? だからお願い、誰か助けてぇぇぇぇぇぇッ!?」
空と海が赤く染まりつつある海水浴場に、貞助の助けを求める声が空しく響き渡るのだった。
と言う訳で夏の特別編でした。
ギャグ回を書こうという話だったのに、出来てみたらあんまりギャグっぽくなかった気がする(汗)
私にはこれが精一杯だった。笑えるギャグ回を期待された方には申し訳ない。
来週は再び真面目な本編をちゃんと更新しますのでそちらもどうかお楽しみに!