仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

諸事情により、作品タイトル及び主人公ライダーの名前を【デイナ】に変更しました。今後は仮面ライダーデイナとしてやっていきますので、どうかご了承下さい。


第16話:彼女はずっとそこに居た

 街中に出現した4体のファッジを倒し、喫茶店から荷物を回収して仁の自宅へとやって来た2人。

 

 仁の自宅へと入った亜矢は、洗面所で手を洗うと早速夕飯の支度に取り掛かった。

 

「それじゃ、台所お借りしますね」

「ん。好きに使って。まぁ偶にお願いしてるから今更って気はするけど」

 

 亜矢は時々仁の家に上がり、不摂生な生活を送る仁の為に作り置きできる料理を作ったりしていた。以前はあまり彼を意識していなかった亜矢だが、彼を好意を向ける相手として明確に意識した今、彼の家の台所に立つ事に特別な何かを感じずにはいられなかった。

 

 そんな浮ついた気持ちを、頬を叩く事で追い払い亜矢は台所に立った。これから彼女が作ろうとしているのは筑前煮だ。

 

 食材を切って下拵えをし、鍋に入れていざこれから煮込もうとした時、彼女は肝心の物がない事に気付いた。

 

「あれ? 醤油が……?」

 

 日本人宅であれば必ずあってしかるべきである醤油が影も形も無かった。食卓用の小瓶にも、台所に置かれているボトルにも殆ど入っていない。筑前煮を作る上で味の決め手となる醤油がなければ、味気ない筑前煮となってしまう。

 

 亜矢は慌てて仁に醤油がない事を伝えた。

 

「仁君、ゴメンなさい! 醤油が無いんで、ちょっと買ってくるまで待っててもらえませんか?」

 

 テーブルの上を拭くなどして夕飯の支度をしていた仁は、醤油が無いと言う亜矢の言葉に何かを考える仕草をする。そして何を思ったのか、携帯を手に窓の近くに行くと窓を開けながらどこかに電話を掛けた。

 

「……もしもし? 俺だけどさ、ちょっと醤油分けてくれね?……うん……うん……いいじゃん、この間塩分けてあげたんだし。しかもお前、その後空の容器返してきたのを俺忘れてないからね?」

 

 どうやら仁は、同じアパートに住んでいる誰かと電話でやり取りをしているらしい。会話の内容から察するに、調味料なんかの貸し借りで何やら揉めている様だ。

 こう言っては失礼だが、仁にもああいう風に接する事が出来る相手が自分以外に居たのかと安心半分、不安半分で亜矢は仁と電話の向こうの相手のやり取りを見ていた。

 

「うん、うん…………じゃあ頼む。こっちはもうスタンバイしてるから」

 

 そう言うと仁は窓の外に手を伸ばした。はて、彼はこれからこのアパートに住んでいる誰かに醤油を分けてもらいに行く筈。それが何故、あんな風に窓の外に手を伸ばす事になるのか?

 

 その答えは直ぐに明らかになった。仁が伸ばした手に向って何かが落ちてくる。彼はそれを危なげなくキャッチし、手を室内に引っ込めた。

 彼の手に握られていたのは、ほぼ満タンの醤油のボトル。上から降ってきた醤油のボトルを彼はキャッチしたのだ。

 

「ん、ありがと。使い終わったら返すから」

 

 亜矢が驚きに声を失っている間に、仁は電話の向こうの相手に礼を言って通話を切り亜矢に醤油のボトルを渡した。

 

「はい、亜矢さん。これでいい?」

「あ……あ、はい。大丈夫です…………あの仁君? 今これ、上から落ちてきたみたいですけど?」

「うん。上の階に住んでる五十嵐って奴に分けてもらったから」

 

 何でも仁曰く、上の階に住んでいる五十嵐とは数少ない仁の友人であり男友達。仁と同じようにちょっと変人で、興味のある内容に対しては凄まじい没頭ぶりを見せるらしい。

 所謂類友だ。

 

 その彼とはこのアパートに住んでから既に似たやり取りを何回も経験しているらしい。最初の内は普通に階段を上り下りして貸し借りしていたようだが、次第に面倒臭くなって今では窓の外から相手の部屋に向かって投げたり落としたりしているようだ。

 つまり仁から五十嵐の家に物を渡す時は、下から相手方の部屋の窓に向けて投げ入れる形になると言う訳である。

 

「あの、つかぬ事を伺いますけど、落として駄目になっちゃったりはしないんですか?」

「偶にね、目測誤ってキャッチしそびれたりして、そのまま下に落ちちゃうことは何回かあったよ。まぁ最初の内だけだったけど」

 

 今では結構大きな物も貸し借りすることがあるのだとか。その言葉に亜矢は思わず引き攣った笑みを浮かべ、その事については極力考えないようにして筑前煮作りを再開した。

 

 程なくして完成した筑前煮。同時進行で味噌汁も作っており、ご飯も炊いているので準備は万端だ。

 

 仁と共に配膳し、夕飯の用意完了。

 

「「いただきます」」

 

 揃って手を合わせて、箸を手に取り食べ始める。

 

「どうですか? 味付けとか」

「うん、美味いよ」

「そうですか、良かったです」

 

 仁は表情自体は変わらないが、食べる手を緩めずあっと言う間に筑前煮を平らげていく。彼の口に合う筑前煮が作れたことに、亜矢は頬を緩めながら彼女も箸を進める。

 

 夕食を終え、2人で食器を片付けるとその後は風呂だ。

 仁に勧められ、一足先に風呂に入る亜矢。彼女が風呂で汗を流している間に、仁は寝る用意を整える。以前と同じく、自分は床だ。

 

「さて…………」

 

 床に寝る用意を整えながら、仁はどのような事になるかを予想していた。

 もし彼の予想通りならば――――――

 

「ま…………何とかなるだろうけど」

「お待たせしました」

「ん、分かった」

 

 亜矢が上がり、交代で仁が風呂に入る。汗を流し、風呂を終え、軽い雑談に花を咲かせた後は就寝だ。

 

「あの、やっぱり仁君がベッドを使った方が良いんじゃ?」

 

 またしても床で寝るつもりの仁に、亜矢は申し訳なさに少し渋る。

 しかし仁は仁で、自分が床で寝る事を譲らなかった。

 

「ん~、いいのいの。俺平気だし。お客さんを床で寝かせる訳にはいかないでしょ。じゃ、お休み」

 

 そう言って仁は灯りを消し、床に置いた丸めたタオルに頭を乗せタオルを被った。相変わらず変に頑固な彼に亜矢は小さく溜め息を吐きつつ、彼の厚意に甘えてベッドに横になる。

 

「お休みなさい、仁君」

 

 そう告げるが、既に眠っているのか仁からの返事はない。その寝るまでの速さに亜矢はクスリと笑みを浮かべ、布団にくるまり目を瞑った。そうすると布団と枕に残った仁の匂いに包まれ、心地良い安心感が眠気を誘い亜矢を眠りへと誘っていく。

 

 数分と経たず室内には2人の寝息だけが響いた。

 

 するとそれを待っていたかのように、亜矢がゆっくりと目を開き体を起き上がらせ仁の方を見る。彼女はベッドから起き上がると枕を仁の隣に置き、掛け布団を動かし仁と共に布団にくるまり――――――

 

「――いらっしゃい」

「ッ!!」

 

 そこで仁が目を開けた。薄暗がりの中で自分を見る彼の目に、亜矢は驚き目を見開く。

 

「今日も来るだろうと思ってたよ」

 

 驚く亜矢に構わず仁は彼女に話し掛ける。最初は驚いていた様子の亜矢だが、次第に状況が呑み込めたのか笑みを浮かべ始めた。

 光源が殆どないので分かり辛いが、その笑みは亜矢が普段浮かべないだろう悪戯っ子の様なものであった。

 

 仁の中で疑問が確信に変わる。

 

「君、誰? 亜矢さんじゃないよね?」

 

 今仁の隣で横になっているのは、亜矢ではない。亜矢はこんな笑みを浮かべないし、仁をベッドに引き摺り込んだり寝ている間に仁の隣に横になるような大胆な事もしない。

 確信を持って仁が問い掛けると、亜矢?はクスクスと笑い声を上げた。

 

「ウフフフ! 凄いわね、仁君は。私を亜矢の一面じゃなくて、別人として見るだなんて」

「明らかに亜矢さんと違い過ぎたからね。それで? さっきの質問に戻るけど君は誰?」

「誰だと思う?」

「正直、判断材料が曖昧だからはっきりとは言い難いんだけど――――――」

 

 仁が亜矢――否、彼女の中に巣食う存在にその正体の予想を告げる。すると亜矢?は、満面の笑みを浮かべ寝ながら小さく拍手をした。

 

「お見事! 凄いわ、本当に。因みにどの辺で分かったか聞いても良い?」

「言っても良いけど、ここから先は明日研究室で亜矢さんとかを交えて話しても良い? 流石にこの情報は教授達にも共有しておいた方が混乱ないと思うんだ」

「ん~……ま、そこまで隠す理由なんて無いしね。良いわ」

「ありがと。亜矢さんも流石に自分で自分が分からなくなって不安になってたから、それを解消してあげたくって」

 

 実は今日彼女に泊るように言ったのもそれが理由だった。ここ最近の事から寝静まった後に亜矢の中に巣食う存在が何らかのアクションを起こすだろうと予想して、亜矢に今日は泊っていくように提案したのである。

 そして案の定、亜矢に巣食う存在は今宵再び姿を現し、仁は彼女に直接話し掛け自身の推測を検証する事に成功したと言う訳だ。

 

 亜矢に巣食う彼女は、仁の言葉に先程とは違いふわりとした笑みを浮かべた。

 

「…………ありがとう。亜矢の事をそこまで考えてくれて」

「何時も助けてもらってるから、これ位はさ」

「じゃあさ、亜矢の為って事でもう一つお願いしても良い?」

「ん?」

 

 仁が首を小さく傾げると、亜矢に巣食う彼女はその身を彼に密着させた。仁の全身に亜矢の柔らかな肢体、取り分け薄い寝間着の所為で存在が強く主張される豊満な胸の感触がダイレクトに伝わる。

 

「……このまま朝まで、亜矢の事を抱きしめてあげて。亜矢、仁君にそうされるの好きだから」

「ん、お安い御用だよ」

 

 要求に従い、仁は亜矢の体をギュッと抱き締めた。抱きしめられた瞬間、亜矢に巣食う彼女が「ん……」と声を上げる。

 流石に少し強く抱きしめ過ぎたかと、仁は腕の力を緩める。

 

「ゴメン、少しきつかった?」

「うぅん、気にしないで。あ! 朝になったらフォロー宜しくね? 多分また色々と混乱したり怖がったりするだろうから」

「勿論、分かってるよ」

「ありがとう。それじゃ、お休みなさい」

「うん、お休み」

 

 亜矢に巣食う彼女はそうして眠りにつき、仁に身を委ねて静かに寝息を立て始める。彼女が完全に眠ったのを見て、仁は彼女の背を優しく撫で自分も目を瞑り眠りに落ちるのだった。

 

 

 

 

 そして翌日――――――

 

(あぁ…………また…………)

 

 三度目となる、目覚めたら仁が目の前に居ると言う状況に亜矢は混乱する事も無く若干の諦観を以て受け入れた。流石に三度目ともなれば彼女も慣れる。

 

 それに、実を言うと期待していなかった訳ではない。どう言う訳かは知らないが、仁と同じ部屋で寝ると起きた時自分の隣には仁が居る。それがどういう経緯でそうなったのかは分からなくとも、普段は出来ない仁との濃厚な接触を亜矢は心の奥で期待していたのだ。

 だって素面では絶対出来る事ではないから。

 

 しかし今朝は随分と密着度合いが強い。仁ががっしりと抱きしめてくれている。仁の温もりを全身で感じられるのでありがたいと言えばありがたいが、ここまで抱きしめられると身動きが取れない。

 まぁ動くつもりも無かった。三度目ともなると、亜矢にもこの状況を堪能する余裕が生まれていた。

 

 その余裕は、亜矢に邪な考えが浮かんだ。今、亜矢の顔のすぐ近くには仁の顔がある。無防備な寝顔を晒す、仁の顔が…………。

 

 気付けば亜矢は彼の顔にそっと自分の顔を近付けていた。あともう少し顔を近付ければ、唇と唇が触れ合うほどの距離だ。

 

(少しだけ…………少しだけなら…………)

 

 あと少しで仁の唇に自分の唇が触れそうになった時、亜矢の動きが止まった。

 

(…………流石に、駄目ですよね)

 

 仁への好意は本物だし、彼への湧き上がる愛しさは抑えられないが、自分達はまだ告白も済ませていないただの友人同士。それなのに寝ているからと言って勝手に唇を奪うのは、彼に対して不誠実に過ぎると亜矢は己の心を律した。

 

「うん…………よし」

 

 心を落ち着け、気持ちを整えた亜矢は仁の肩を揺さぶり彼を静かに起こした。

 

「仁君、起きてください。朝ですよ」

「んん? ん~……」

 

 亜矢に優しく起こされ、仁は彼女を抱きしめていた腕を外した。動けるようになった亜矢は、彼に先んじて体を起こした。

 

「ほら、仁君。今日も大学に行くんですから、起きて顔洗ってきてください」

「うん…………亜矢さん、意外と落ち着いてるね?」

 

 起きて慌てない亜矢の様子に、仁が寝ぼけ眼を擦りながら首を傾げた。まぁ過去二回慌てた様子を彼に見せてしまったのだから、不思議に思われるのも当然だと亜矢は苦笑した。

 

「流石に三回目ともなると、慣れましたよ。まぁ訳が分からないのは変わりませんけれど……」

 

 そう言って亜矢は表情に影を落とした。相も変わらず自分の知らない自分が勝手な行動をしている。その事が気持ち悪くて、不気味で、その内何かとんでもない事をするのではないかと気が気ではなかった。

 

 不安を表情に出す亜矢を見て、仁はそっと彼女を抱きしめその背を優しく撫でた。

 

「仁君?」

「大丈夫。今亜矢さんに起こってる事、何とかなるから」

「……え?」

 

 仁の言葉に亜矢が目を見開く。

 

「何とかなるって……どう言う事ですか?」

「それについては大学で話すよ。教授とかも交えて話した方が良い事だと思うから」

「は、はぁ?」

 

 訳が分からないと言った顔をする亜矢だが、心には安堵が沸き上がっていた。彼がこう言うという事は、きっと何とかなるのだろうと言う確信があったからだ。

 

 その後2人は着替えと朝食を済ませ、身支度を整え大学へと向かって行くのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、街の中にある廃ビルの一室では、チミンが苛立ちながらコンビニ弁当を貪っていた。

 

「くそっ、折角4人も用意してやったのに役に立たない奴らね――!? 数の上で勝ってる上にあの2人が苦手にしてそうな速度型を多く入れてやったってのに……」

 

 食べ終えた容器と箸を適当に近くに放り、すっと横に手を伸ばす。3人組のチンピラの中で唯一ファッジとなる事を逃れた秀樹は、それが飲み物を求めているのだという事を察し買っておいたお茶のペットボトルを手渡した。

 

 受け取ったペットボトルを開け、お茶を喉に流し込む。

 

「んぐ、んぐ……プハァっ! フン、まぁ良いわ。カートリッジはまだある。こうなったら数で――――」

 

 次の策をブツブツと呟くチミンを他所に、秀樹は散らばったコンビニ弁当の容器などを片付けていく。その様子は完全に小間使いだ。彼の気分としては奴隷だろうか。

 

 秀樹は何故こんな事になったのかを考えずにはいられない。

 

(チクショウ、何だってこんな…………)

 

 彼はただ、その日その日をやりたい様に生きてきただけだった。そりゃ確かにカツアゲなどをやりはしたが、こんな目に遭うような事をした覚えはない。自業自得・因果応報と言うには些か過剰ではないか。

 

 己に降りかかる理不尽に嘆きながら大人しく片付ける。今はまだ小間使いとしての利用価値があるからとファッジにされてはいないが、不要と判断されたら間違いなくファッジにされて戦わされる。

 もうあんな思いはこりごりだ。

 

(ん?……ッ!! そうだ!)

 

 そこで彼は思い付いた。仁と亜矢が仮面ライダーで、ファッジ相手にも勝てる存在である事を。

 彼らに縋れば、或いはこの状況から救われるかもしれない。

 

 秀樹はチラリとチミンの様子を伺う。彼女は未だ手元にあるベクターカートリッジをどう有効活用しようかと考えているのか、彼の事など見てもいない。

 

 行動を起こすなら今がチャンスだ。秀樹は音も無く静かにその場を後にした。

 

 時々背後を振り返りながら、廃ビルから脱出する事に成功する。秀樹はホッと一息つき、仁か亜矢に助けを求めようと歩き出し――――――

 

「何処へ行くのかしら?」

「ッ!?!?」

 

 出し抜けに頭上からチミンの声が響く。弾かれるように秀樹が頭上を見上げると、そこにはスパイダーファッジver.2に変異したチミンが、背中の脚を使って廃ビルの壁に垂直に立っていた。

 

「ヒィッ!?」

「逃げる度胸があったとは思わなかったわ。…………覚悟は出来てるわよね?」

 

 スパイダーファッジは言いながら、ベクターカートリッジの1つを秀樹に見えるようにチラつかせた。それを見た瞬間、秀樹は恐怖に慄き情けない悲鳴を上げながらその場から逃げ出した。

 

「ヒヤァァァァァァァァッ!?」

 

 顔から出る汁を全部出しながらその場から逃げ出す秀樹を、スパイダーファッジは暫し見つめた後、背中の脚をバネの様に使い秀樹を追跡し始めるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 大学に到着した仁と亜矢は、真っ直ぐ白上研究室へと向かって行く。

 研究室内には今日も何時も通りのメンツが居る。教授は勿論、峰に拓郎、そして史郎に康太も居た。白上ゼミの学生勢揃いだ。

 

「おはようございま~す」

「おはようございます」

「うむ、おはよう2人とも」

「今日も2人揃って登校ですか。相変わらず仲良いですね」

 

 峰の茶化しに亜矢が照れ臭そうに俯くが、仁は峰の言葉を無視してその場の全員に話し掛けた。

 

「教授、それに他の皆も。ちょっと大事な話があるんで聞いてもらっていいです?」

「大事な話? ふむ……」

「あ~、それって俺らも聞いて良い話か?」

 

 突然の仁の言葉に、顎に手を当てる教授。その一方で、史郎と康太は仮面ライダーに関わる話かと退室を考え出した。

 仁は少し悩んだが、彼らにも聞いておいてもらった方が良いかと退室は待ってもらった。

 

「多分、知っておいてもらった方が良いと思うんで居てください」

 

 仁がそう言う中、亜矢は気を利かせて研究室の鍵を掛け本当の部外者が入ってこないようにした。

 

 準備が整ったのを見て、仁は話を切り出した。

 

「んじゃ、準備が出来た所で話なんですけど……」

「何の話なんだ?」

「亜矢さんの話です。宮野先輩、前に亜矢さんの腕試しした時に途中から別人みたいになったって話してましたよね?」

 

 まず最初に彼が切り出したのは亜矢がデイナドライバーを手に入れるに至る経緯での話だ。彼女がドライバーを手に入れる直前、峰に腕試しとして実戦さながらの戦闘を仕掛けられ、そして見事に彼女を押し退けてデイナドライバーを手に入れルーナへと変身するに至った。

 

 あの時の事は出来ればあまり思い出したくないのか、峰は少し気まずそうな顔をした。

 

「う……ま、まぁ……言いましたね」

「そう…………念の為聞くけど、亜矢さん? 亜矢さん自身はそれ以前に戦いは勿論、スポーツの試合形式で誰かと争うなんて事もした事ないんだよね?」

「はい。私は、そう言う事とは無縁の生活でしたから」

「じゃあ逆に、試合慣れ……戦い慣れしてる人は身近に居なかった?」

 

 仁に問われ、亜矢はやや俯きがちになって考える。いや、考えるまでも無かった。彼女が知る中で、身近に居る――正確には居た――人物の中で、戦い慣れしている人物など1人しか居なかったからだ。

 

「……真矢……。双子の姉妹の真矢が……」

「キックボクシングをやってた?」

「やって……ました。学生の大会ですけど、何度も出場して入賞した事も一度や二度では……」

「甘党だった?」

「え?」

「その真矢さん、もしかして甘党だったんじゃない?」

 

 仁の指摘に、亜矢はハッと顔を上げる。

 

「は、はい……真矢は確かに甘党でした。特に鼈甲飴が大好きで、部屋にはいつも鼈甲飴の袋が…………あ――」

 

 そこまで言って亜矢は、先日仁と共に買い物に行った時気付けば買い物籠に鼈甲飴が入っていた事を思い出す。

 

 この辺から亜矢の中で、ある可能性が浮かび上がる。彼女はそれを心の何処かで否定し、だがその一方でその可能性に期待もしていた。

 

 その期待に応えるかの如く、仁が最後の質問を亜矢に投げ掛けた。

 

「最後にこれ聞いておきたいんだけど…………その真矢さんって、亜矢さんと比べて性格的に奔放だった?」

 

 最後の質問に、亜矢は半ば放心したような感じで頷きながら答えた。

 

「はい…………私に比べて、真矢は自由で言いたい事は何でも言って、それでいてちょっと悪戯好きだったりします……」

「ん、ありがと。これで確信が持てたよ」

 

 亜矢からの答えに仁は満足した様子を見せた。対する亜矢は、何処か縋るような様子で仁に詰め寄った。

 

「仁君……仁君――! 教えてください! 今の質問の意味…………もしかして……まさか、私が時々自分で覚えのない事をしたのは――――!」

「うん。そう……亜矢さんの中には、もう一つ人格があるんだ。…………真矢さんって言うね」

 

 真矢が自分の中で生きている…………死別したと思っていた姉妹が人格だけとは言え自分の中で生きていたと言う事実に、亜矢が目に涙を浮かべ己の胸に手を置き、そしてその奥に居ると言う失われた半身に問い掛ける。

 

「真矢……真矢? 貴女は…………ここに居るの?」

 

 亜矢がそう呟いた瞬間、亜矢の右手が右の髪をかき上げる。

 

 その瞬間、教授達にも分かるレベルで亜矢の雰囲気が変わった。何と言うか、顔付からして違うのだ。パーツそのものは亜矢のそれだが、目付きや口角の上がり具合が亜矢と違う。

 

 表に出てきた亜矢の中に潜んでいたもう一つの人格――――真矢は、まるで悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「そう言う事よ。久しぶりね、亜矢?」

【ま、真矢ッ!? 何で? どうして!?】

 

 人格の内側に引っ込められた亜矢が、表に出た真矢の人格に問い掛ける。真矢は驚き混乱した様子の亜矢の人格に、クスクスと笑い声を上げた。

 

「ウフフ! ゴメンね、今まで黙ってて。まぁ何で居るのかって言われたら、私自身何でかなとしか言えないんだけどさ」

 

 内側に引っ込んだ人格の声は勿論他の者には聞こえない。しかし真矢の様子から亜矢と真矢の間でどんなやり取りが行われているのかには察しがついた。

 

 仁は2人の疑問に、己の推測を混ぜた答えを口にした。

 

「これは俺の推論だけど、亜矢さんに移植された真矢さんの臓器に刻まれた人格が出てきたんだと思う」

「臓器に刻まれた?」

「ふむ……臓器移植された人が、臓器の提供元の影響を受けて性格や嗜好が変化すると言う話は確かによく聞く。だがまさか人格までもが新たに形成されるとは、俄かには信じがたいな」

「多分、物凄く低確率の奇跡みたいなものだから滅多に起こる事じゃないと思いますよ。亜矢さんと真矢さんが一卵性双生児で遺伝子的に限りなく同一に近い存在だから起こったんです。何千何万、いや……何億分の一で起こるかどうかって確率かな」

 

 しかし理解は出来なくとも、納得はいく話であった。と言うよりそう考えなければ辻褄が合わない。状況を説明する為の、後付けの理論みたいなものだ。とてもではないが科学的とは言えない。

 

「真矢さん自身は何時から亜矢さんの中に居たの?」

「ん~? 具体的に何時かって聞かれたら困るけど、少なくとも亜矢が大学に入学してからは確実に居たと思うわ。ただその頃はあんまり意識もはっきりしてなくて、何て言うか夢を見てるような感覚だったけど」

「意識がハッキリしたのは何時頃?」

「それはあれよ、最初にあの蜘蛛のファッジに襲われた時」

「やっぱりあの頃からか…………」

 

 仁と亜矢が最初にファッジと遭遇した時、亜矢は白上教授に襲い掛かろうとしていたスパイダーファッジの攻撃を蹴りで弾いていた。恐らくあの辺りで真矢の人格が僅かながら表に出ていたのだろう。

 

 白上教授が真剣な表情で考え込む。

 

「ふむ…………」

「教授、何か分かります?」

「……断定はできないが、恐らく移植された細胞に刻まれた経験と能力を、肉体が必要に駆られて引き出した際の副産物として人格が形成されたのだろう」

「あら、私副産物?」

 

 副産物と言う単語に、しかし真矢はあまり気を悪くした様子を見せない。しかし失礼な物言いをしてしまったのは事実なので、白上教授は即座に彼女に頭を下げた。

 

「あぁ、すまない。決して悪気があった訳では無いんだ。ただそう言う表現が一番しっくりきたものでね」

「気にしなくて大丈夫よ。自分がとっくの昔に死んだ人間だって事は理解してるから。ここに居る私は差し詰め、双星 真矢の残滓ってところかしら?」

 

 おどけて言う真矢ではあったが、内側に居る亜矢にとっては笑い事ではない。死別したと思っていた双子の姉妹が、どんな形であれ再び自分の目の前に現れてくれたのだ。その存在を、否定や貶める事がどうして出来ようか。

 

【そんな言い方しないで!? 真矢が死んじゃった時、私、すごく……悲しくて……ぐすっ】

「あ~あ~、泣かないでよ亜矢。大丈夫よ。私は今こうして亜矢の中に居るから」

【ぐす……うん。真矢……】

「うん?」

【――――おかえりなさい!】

「……うん。ただいま」

 

 今ここに漸く再会となった2人の姉妹。見た目は1人だが、その中で亜矢と真矢が微笑み合っているのが仁には手に取るように分かった。

 

 

 

 

 その2人の再会に水を差すように鳴り響く峰のタブレット端末。全員が弾かれた様に見守る中、峰はタブレット端末を操作し情報収集して何が起こったのかを確認した。

 

「ったく、こんな時に!? ファッジ出現、場所は…………うげっ!? 大学近く、しかもこっち来てる!」

 

 峰の報告を聞き、仁は素早くその場を後にし正門から外に出た。すると街の方から徐々に悲鳴や破壊音が近付いてきているのが分かる。

 仁はこれ以上の好き勝手を許してなるものかと音の発生源であるファッジの元へと向かおうとした。その時、彼の隣に亜矢……いや真矢が並び立つ。

 

「随分と派手にやってるみたいね。あの蜘蛛女かしら?」

「どうだろ? って言うか真矢さんの状態で戦うの?」

「折角大手を振って表に出れるようになったんだし、久々に思いっきり体を動かさせてもらうわ」

 

 この事は亜矢も了承済みらしい。

 

 因みに2人の力関係だが、一応本来の体の持ち主である亜矢が優先されるようだ。真矢が好き勝手出来るのは亜矢が意識を失った時か、彼女が主導権を明け渡した時。なので亜矢がその気になれば、真矢から主導権を奪って表に出る事も可能なのだとか。

 

 そんな話をしていると、2人の前にスパイダーファッジver.2とそいつに追われる秀樹が姿を現した。

 

「ん? あいつ……」

「何処かで見た事あるわね?」

 

 2人は一応、彼の事を覚えていた。朧気にだが、何時何所で出会ったか、そしてその時に何をしたかは覚えていた。

 自然と仁の秀樹を見る目が鋭くなった事に気付かず、彼は仁の姿を見て安堵の表情を浮かべる。

 

「門守! 双星さん! 良かった、助けてくれ!」

 

 これで自分は救われる……そう期待を胸に抱いて2人に秀樹が近付く。

 

 そんな秀樹の前に仁は立ち塞がるように立つと、近付いてきた彼を突き飛ばした。

 

「イテッ!? な、何すんだ!?」

「……お前、亜矢さんに何か言う事あるんじゃないの?」

「え――――?」

 

 ここで秀樹は気付いた。仁の目が今まで見た事がない位冷めている。

 

「この間亜矢さんにした事、まさかもう忘れた訳じゃないよね? 俺が止めてなけりゃ亜矢さんがどうなってたか分かってる?」

「いや……あれ、は……」

「操られてた、何て事はない筈だよ。ベクターカートリッジにそんな機能無い筈だから。お前が自分の意志で、亜矢さんを笑って傷付けたんだ。それに対して何か言う事があるんじゃない?」

 

 薄情な気がしなくも無いが、ここだけはハッキリさせておきたかった。こいつは亜矢を笑いながら傷付けていたのだ。あの時は戦闘後すぐにその場を離れたので謝らせたりしている暇はなかったが、こうして目の前に再び出てきたのであれば話は別。

 こんな状況だが、通すべき筋は通してもらわなければ仁の腹の虫が収まらない。

 彼は決して聖人君子ではないのだ。助けを求めて伸ばされた手を取ること自体は吝かではないが、どんな相手・何をした相手でも手を取れるほど優しくはなかった。

 

「……見つけた。ん? 仮面ライダー……まぁいいわ。何か揉めてるみたいだし、先ずは――!」

 

 追いついてきたスパイダーファッジが、仁達の姿を認めつつ先に秀樹を始末しようと腕を振り上げる。

 背後から迫るスパイダーファッジに気付き、秀樹は――――――

 

「あ、ひ――!? わ、悪い!? 俺が馬鹿だった!? もうあんな事二度としない!? だから頼む、助けてくれぇっ!?」

 

 秀樹は泣きながら亜矢に向けて謝罪した。命の危機を前にして、強がりを見せる余裕も無かった。

 その必死の様子に、仁は真矢に一瞬目配せをすると同時に前に出て、スパイダーファッジの攻撃を2人掛りで受け止めた。

 

「ッ!?」

「うわっ!?」

 

「…………これからはもうちょっと真面目に生きなよ?」

 

 そう告げると、2人は同時に蹴りを放ちスパイダーファッジを引き下がらせる。

 

 直前まで迫っていた死に、秀樹が呆けていたが仁の言葉に無言で何度も頷いた。それを見て仁は小さく溜め息を吐く。

 

「ほら、早く行きなって。そこに居ると巻き込まれるよ」

 

 言われて秀樹は大慌てでその場を逃げ出した。

 彼の後姿に、仁は先程より少しだけ大きな溜め息を吐いた。

 

 そんな彼の様子を、真矢がクスクスと笑いながら見ていた。

 

「フフ! 仁君もなかなかに捻くれ者ね。どうせ謝らなくても助けはするつもりだったくせに」

 

 真矢と、彼女の内側に引っ込んでいる亜矢は気付いていた。仁は彼が謝ろうがどうしようが、彼を助けていた。

 真矢の言う通り、なかなかに捻くれている。

 

「それとこれとは別問題だし……でも、謝らなかったら謝らなかったで、後で一発ぐらいぶん殴ってたけどね」

 

 その答えが面白かったのか、真矢はケラケラと笑い声を上げた。

 

「アハハ! そっかそっか。うん、そうね。亜矢を苛めた奴にはそれ位してやらなくっちゃ。さて……」

 

 一頻り笑って満足したのか、真矢が表情を引き締めスパイダ―ファッジを見据える。彼女の雰囲気の変化に、仁もスパイダーファッジに目を向けながらデイナドライバーを取り出し腰に装着した。

 

「敵を前にしてお喋りとは、随分と余裕みたいね? 一度痛い目に遭わない時が済まないのかしら?」

「……とりあえずこいつを何とかしないとね」

「気を付けてね。あいつ、そこらのファッジとは一味違うから」

「亜矢の中から見てたからよく知ってるわ。お互い、油断しないようにしましょ」

 

〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉

〈CAT Adaptation〉

 

 仁は何時も通り、先ずは様子見も兼ねてバッファローヒューマンフォームの為のベクターカートリッジをドライバーに装填した。

 真矢もそれに合わせ、ベクターカートリッジを起動しアダプトキャットに装填し、デイナドライバーに装着する。

 

 そして真矢は仁とも亜矢とも違うポーズを取り、それを見て仁も何時もの変身ポーズを取った。

 

「「変身!」」

〈〈Open the door〉〉

 

 それぞれデイナとルーナに変身した仁と真矢。

 

 2人が仮面ライダーに変身したのと同時に、スパイダーファッジは両手から糸を放射状に放って2人を絡め捕ろうとした。先制で放たれた面制圧攻撃。

 しかしデイナはそれをハルバードモードのハイブリッドアームズで切り払った。一方のルーナはリプレッサーショットで迫る糸を弾幕を張って防いでいる。

 

 糸による先制攻撃が防がれたと見て、スパイダーファッジは背中の脚を使って跳躍し2人に飛び掛かった。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 空中から飛び掛かり、背中の4本の脚と両手足を使って激しい攻撃を2人に繰り出す。仁はそれを斧槍で何とか防御するが、真矢が変身しているルーナは違った。

 

 ルーナは軽やかなステップとしなやかな動きでスパイダーファッジの攻撃を紙一重で回避し、銃のグリップで弾き、そうして出来た隙に容赦なく蹴りと銃撃を叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 ルーナからの反撃にスパイダーファッジは困惑した。以前とは戦い方が違う。どちらかと言えば銃撃がメインだった亜矢に比べ、真矢は接近戦に強い。真矢の存在を知る由もないスパイダーファッジには、ルーナがいきなり戦い方を変えたように見えて驚かずにはいられなかった。

 

 そしてこの場に居るのはルーナだけではない。彼女の反撃で動きを止めたスパイダーファッジに、攻撃が緩んだことで余裕が出来たデイナが攻撃に参加した。

 

「よっ」

「くぅっ?!」

 

 振り下ろされる斧槍を何とか防ぐが、そうすると今度はルーナが無防備なボディに向けて銃口を向け引き金を引いてくる。連続して放たれる銃弾が、スパイダーファッジの甲殻を削り取っていく。

 

「ぐぅあっ!? くっ!? このぉっ!!」

 

 あまりにも一方的な状況に、スパイダーファッジは業を煮やして以前2人と対峙した時に使用した、伸ばした脚で体を支え自分を宙吊りにしての三次元軌道での攻撃に切り替えた。

 あの時は美香の横槍もあって凌げたこの攻撃だが、今度は邪魔が入らない。

 

「ったく、またこれだよ。これ面倒臭いんだよなぁ」

「そう言う事なら、任せて!」

 

 不満を漏らすデイナに、ルーナが自信満々に返した。

 

 2人の会話を遮るように攻撃を繰り出すスパイダーファッジ。

 その瞬間、ルーナは動き出した。

 

「フフッ!」

 

 笑みと共に飛び上がったルーナが、空中軌道をしているスパイダーファッジに飛び付いた。

 その光景に飛び付かれたスパイダーファッジは勿論、傍から見ていたデイナも度肝を抜かれる。

 

「んなぁッ!?」

「えぇ――――?」

 

 絶句するデイナの前で、スパイダーファッジに飛び付いたルーナは相手の体に密着させたリプレッサーショットの引き金を引いた。防御も回避も出来ない銃撃が撃ち込まれ、スパイダーファッジは堪らず崩れ落ちた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

「おっとと――!」

 

 崩れ落ちるスパイダーファッジの下敷きになる寸前、デイナは離れルーナも離脱して彼の傍に着地する。

 

 デイナと並び立ったルーナは、彼に向けて得意げにピースサインをした。

 

「ウフフ……どう?」

「……お見事です」

 

 素直に感心するデイナに気を良くしたのか、ルーナは胸を張る。

 その内心では、デイナに関心を寄せられている真矢に亜矢が人知れず嫉妬していた。

 

【う~、真矢ぁ……】

「おっと、あんまり仁君に良い所見せてると亜矢が機嫌を損ねちゃうわ。って事で、そろそろ決めましょ。仁君」

〈ATP Burst〉

「ん、そだね。そろそろ終わらせようか」

〈ATP Burst〉

 

 2人揃ってレセプタースロットルを引き、必殺の一撃の構えを取る2人の仮面ライダー。

 スパイダーファッジはそれを前に、何とか体勢を立て直すと両手からこれでもかと糸を出し自分と2人の前に糸の壁を作り出した。

 

 目の前に立ち塞がる障害を前に、しかし2人は臆せず飛び込みノックアウトクラッシュを放った。

 

「「ハァァァァァッ!!」」

 

 同時に放たれたノックアウトクラッシュの飛び蹴りを、何重にも糸を重ねて張った壁が受け止める。

 

 恐るべきことに糸の壁は破れる事無く2人の必殺技を受け止めていた。

 

「ッ!? 柔らかいのに、貫けない!?」

「蜘蛛の糸だからね、そりゃ頑丈だろうさ」

 

 蜘蛛の糸は強度は鋼鉄の4倍、伸縮性はナイロン以上、そして耐熱性は300度以上と言われている。サイズがサイズなら大型の飛行機を受け止める事も可能と言われる素材だ。それが遺伝子レベルで強化されたファッジの出したものであるのならば、この程度の芸当が出来てもおかしくないのかもしれない。

 

 しかし2人は諦めず、糸の壁を突き破るつもりで蹴りを放ち続ける。対するスパイダーファッジも、負けてなるものかと2人の蹴りを受け止めている糸が千切れるよりも早くに次々と糸を生み出し壁を補強する。

 

 攻撃と防御の一進一退、盾と矛の勝負。しかして盾と矛の性能が等価なら、軍配はそれを扱う者の強さに由来した。

 

 この場でその強さを有していたのは、デイナとルーナの2人であった。

 

「これで――」

「負けない!!」

 

 2人の放つ蹴りの威力に、補強が追いつかなくなり糸の壁が突き破られた。壁の補強に全力を挙げていたスパイダーファッジには、この2人の攻撃を回避する事も防御する事も出来なかった。

 

「あぁっ!?」

 

「「ハァッ!!」」

 

 壁を突き破り、スパイダーファッジに2人の渾身の蹴りが突き刺さる。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 蹴り飛ばされ、壁に叩き付けられるスパイダーファッジ。しかし彼女は耐えた。回避も防御も出来ず直撃した筈なのに、スパイダーファッジは倒される事なく壁に手をつきながらも何とか立ち上がったのだ。

 

「え、まだ立てるの?」

「ん~、糸の壁で大分威力殺されたみたいだね。執念は大したもんだ」

 

 デイナの推測通り、スパイダーファッジがまだ立てるのは糸の壁が2人の攻撃の威力を大幅に減衰させたからだ。一見すると無駄な努力に見えたかもしれないが、その執念は彼女を生かす要因となった。

 

 しかし、生かされただけだ。最早彼女に戦うだけの力は残されていない。立つだけで精一杯であった。

 

「はぁ、はぁ……クソクソクソッ!? 何でッ!? 何で勝てないのッ!?」

 

 2人の仮面ライダーに対する呪詛を口にしながら、スパイダーファッジはその場を離れた。このままここに居てはトドメを刺され、変異を解かれる。そうなっては彼女はお終いだ。

 

 覚束ない足取りでその場を離れるスパイダーファッジ。それを見てルーナはリプレッサーショットの銃口を向け投降を促した。

 

「ちょっと待った。逃がすと思ってるの?」

 

 銃口を向けられ、動きを止めるスパイダーファッジ。ルーナが動きを牽制してくれている間に、デイナが大剣モードのハイブリッドアームズで取り押さえに近付いた。

 

「あんた、傘木社に所属してるんだろ? 予想は付いてるけど、倒されると体燃えるんだよね? だったら倒されなかったらそうはならない訳だ。って事で、大人しく元に戻ってくれない?」

「くっ!?」

 

 迫るデイナに、スパイダーファッジが歯噛みするが最早どうしようもない。こうなったら変異を解き、相手が油断したところで逃げ出すかと算段を立て始める。

 

 そこに無数の銃撃がデイナとスパイダーファッジの間に壁を作った。咄嗟にその場を離れるデイナと、銃撃が来た方向に銃口を向けるルーナ。

 

「何だ何だ?」

「あれは――――!」

 

 2人の視線の先には、無数のアントの姿。スパイダーファッジの撤退を援護する為、傘木保安警察が動いたのだ。

 それを率いているのは、新たに制作されたベクターブレスでver.2へとなったスクイッドファッジだった。

 

 スクイッドファッジが合図を送ると、アントファッジ達は一斉にデイナとルーナに攻撃を仕掛けた。2人がそれへの対応に追われている間に、スクイッドファッジはスパイダーファッジを連れてその場を逃げ出した。

 

 逃げた先で2人は変異を解き、チミンはその場に崩れ落ちる。

 

「はぁ、はぁ……くっ!?」

「まだ元気そうだな、チミン?」

「何よアデニン、私を笑いに来たの?」

「定型文な対応だな、つまらん女だ」

「ほっといてよ。それで? 本気で何の用?」

 

 吐き捨てるように言うチミンに、アデニンは懐から薬剤の入ったアンプルを放り投げる。それを受け取り、チミンは思わず目を見開く。

 

「ちょ、これってまさか――!?」

「お前が以前ウルフファッジに対して使用した薬剤の改良品だそうだ」

 

 アデニンはそれ以上は語らず、黙ってその場を離れた。後は好きにしろという事らしい。

 

 残されたチミンは奥歯を噛み締めながら、手の中のアンプルを見つめる。

 

「……せめて実験動物として価値を示せって事じゃないの…………くぅっ!?」

 

 渡されたアンプルに込められた雄成の意志を読み取り、チミンの目から一筋の涙が零れ落ちる。

 

 それは果たして自分の価値が下がった事に対する悔しさからくるものか。

 

 それとも縋るべき相手から大分見放されつつあることに対する悲しさからくるものか。

 

 この場にその涙の意味を知る者は、彼女を除いて誰も居なかった。




と言うわけで第16話でした。

はい、亜矢は二重人格でした。これに関しては構想段階から決めていました。
因みに元ネタはゲーム「パラサイト・イヴ」の主人公アヤ・ブレアです。裏ステージをクリアすると、彼女の中に臓器移植されて宿ったマヤが裏ボスの最後の足掻きからアヤを助ける展開がありますので、そこからキャラクターを練りました。

執筆の糧となりますので、感想その他宜しくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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