今回は多くは語りません。二回目のデート回、お楽しみください!
週末の土曜日、亜矢は鏡に映った自分をみてウンウン唸っていた。
「ん~……真矢、どう思う?」
【良いと思うわよ? 問題なし。寧ろ良すぎて仁君以外の男の視線を集めちゃうんじゃない?】
「揶揄わないで」
今の亜矢の恰好はこれまでで一番気合の入ったものとなっていた。
白いブラウスの上にベージュ色のカーディガンを羽織り、下は赤いロングスカート。くるりと回ってみせるとカーディガンとスカートの裾がふわりと舞い上がる。
亜矢はおかしなところが無いかと心配しているが、真矢に言わせれば素材が良いのだから余程の恰好をしなければ早々悪くなる事は無いだろうと考えていた。
尤もだからと言っておざなりな恰好をしようなどと言う気は真矢にもさらさらなかったので、亜矢の心配は分からなくも無かったが。
亜矢が矢鱈気合入っているのは、単純に仁とのデートだからではない。彼女は今日、仁に告白するつもりなのだ。
仁に自分の気持ちを、好きと言う気持ちを伝える。その事を考えると彼が居ないにもかかわらず顔が赤くなり、心臓が激しく脈打つ。
「う~~……」
【ま~だ煮え切らないの? いい加減覚悟決めちゃいなさいよ】
「で、でも……」
【そんなんじゃ本当に私が仁君に先に告っちゃうわよ?】
真矢の言葉に、亜矢が顔を強張らせる。
と言うのも、亜矢は先日真矢から聞いたのだ。真矢も1人の人格として仁の事を愛していると。亜矢があまりにも煮え切らないようであれば、自分が隙を見て仁に先に告白してしまうと告げてきたのだ。
亜矢には分かった。真矢の仁を愛していると言う言葉が嘘偽りのない事実であるという事が。このまま亜矢がハッキリしないのであれば、真矢は本当に仁に告白するだろう事が亜矢には確信出来ていた。
だからこそ、今日は何時も以上に気合を入れているのだ。今日と言う今日は仁に告白してみせると。なけなしの勇気を振り絞り、仁に気持ちを伝えるのだ。
「すぅ……はぁ……よし! 今日こそ、仁君に告白してみせる!」
【その意気よ。大丈夫、自信を持って】
亜矢が気合を入れ直し、真矢が彼女にエールを送る。
その瞬間、亜矢の携帯から着信音が鳴った。ディスプレイに表示されているのは仁の名前だ。
「はい、もしもし?」
『あ、亜矢さん? お待たせ。今マンションの下に居るよ』
「はい、今行きます!」
仁が既に下に来ていると分かり、亜矢は急いで片付けハンドバッグを手に家を出た。
因みに待ち合わせの時間にはまだ早い。今日は仁の方が早くに到着したようだ。
亜矢がエレベーターで下りてマンションから出ると、すぐそこには仁が待っていた。彼は亜矢の姿を見るなり手を上げて挨拶してきた。
「おはよう。ゴメンね、急かすような事しちゃって」
「おはようございます! 気にしないでください。今日お誘いしたのは私の方ですし」
「正確には真矢さんだけどね」
「そうでした」
互いに挨拶を交わすと同時に、仁は早く来すぎた事を、亜矢は呼び出したのに出遅れた事を謝り合う。そしてその原因が真矢であると言う結論に至ると、仁は薄く、亜矢は噴き出すように笑った。
何が可笑しいと言う訳では無い。ただこうして、何気ない話をする事が無性に楽しかったのだ。
互いに一頻り笑い合うと、仁が亜矢に予備のヘルメットを渡し代わりに彼女からハンドバッグを受け取りトランスポゾンの収納スペースに収めた。そして自分もヘルメットを被ると、座席に跨り彼女に手を貸し跨らせた。
「それじゃ、ショッピングモールで良いかな?」
「はい、お願いします」
「ん」
亜矢が仁の腰に手を回してしっかり抱き着いてきたのを確認すると、仁はバイクを走らせ一路ショッピングモールへと向かった。
今年の春先にワスプファッジの襲撃を受け、その余波で荒れに荒れた店内も今ではすっかり元通りになり、無事に営業を再開しているらしい。
思えばあそこで仁に選んでもらったスカートも、峰に力を認めさせる為とは言え破いてしまったし、何よりあそこで亜矢は仁への気持ちを自覚したのだからリベンジとしては最適だ。
仁の背中で亜矢は改めて気合を入れ、真矢が内面からそんな彼女を優しく見守っていた。
走り去る仁と亜矢の乗るトランスポゾン。走り去る2人を、物陰からジッと見送る者が居た。
美香だ。彼女は亜矢が家を出た辺りで上から2人の様子を見つけており、バレないように下りてこっそり2人の様子を見守っていたのだ。
そして2人が走り去っていくと、内心のワクワクを微塵も隠さず物陰から出てきた。
「あれは間違いなくデートよね。これは面白い事になって来たわ!」
行き先と漏れ聞こえてきた会話から、2人がショッピングモールに行くと察した美香はタクシーを捕まえ2人の後に続いてショッピングモールへと向かって行った。
***
美香に後をつけられているとは露知らず、2人は春先にも足を運んだショッピングモールへと到着した。
以前仁と亜矢が2人で買い物に来た際は、ワスプファッジの襲撃を受け戦闘の余波で少なくない被害を齎してしまった。だが今2人の目の前には、以前と変わらぬ賑やかさを取り戻したショッピングモールの姿があった。
その事に内心で安堵しつつ、仁は亜矢に引っ張られるようにしてモールに足を踏み入れる。とりあえずは当初の目的である、衣類を取り扱う階へと向かった。
ついこの間訪れた事もある筈なのに、妙な懐かしさを感じつつ仁と亜矢は店内へと入る。
店内に入るなり、亜矢は色々な服を眺めた。彼女も年頃の女性、この手の店に入ればテンションも上がろうと言うもの。
最初は自分で何を買うか悩んでいた亜矢だが、以前ここに仁と訪れた時の事を思い出してある考えが浮かんだ。
「あの、仁君が選んでくれますか?」
「ん? 俺が?」
【つまりは亜矢を『仁君の色に染め上げて』って事ね】
「(その言い方は止めて!)はい。駄目……ですか?」
「いいけど……あんまり期待しないでね?」
この提案は予想外だったのか、少し驚いた様子を見せる仁。しかし直ぐに気を取り直すと、真剣な表情で亜矢に似合いそうな服を選別していく。
自分の為に仁が真剣に服を選んでくれている事に、亜矢はコッソリと嬉しそうな顔をした。
仁が服を選んでくれるのを、亜矢が彼の後ろから待つ事数分。彼は幾つかの服を亜矢に手渡した。
「ん、この辺似合うと思うんだけどどうかな?」
「ありがとうございます! 早速試着してみますね」
言うが早いか、亜矢は試着室に入り仁が選んだ服に袖を通した。
最初に袖を通したのは、黒のボウタイブラウスに灰色のチュールスカートの組み合わせ。ゆらゆらと揺れるブラウスの紐がエレガントさを引き立て、チュールスカートが華やかさを演出してくれる。
次がシックな赤いワンピースと白いジャケット。ワンピースの方がノースリーブだったので一瞬抵抗を感じたが、直ぐにジャケットと組み合わせる事に気付き安堵した。袖を通して見ると、良い感じに動きやすい。
最後がアシンメトリーカットのインナーに薄いブラウンのシアーシャツとブラウンのスラックスだ。袖を通すと薄い生地のシアーシャツにノースリーブのアシンメトリーカットのインナーが薄らと浮かび上がる。仁が選んだ中で一番セクシーなデザインだった。
「こ、これ、似合ってますか?」
「うん。亜矢さんの上品さが出てる。俺は好きだけど、嫌だった?」
「い、いえ!? 嫌なんかじゃ……」
服装自体はゆったりとしていて、あまり体のラインが出ない。デザイン自体は亜矢好みのものだ。
とは言え、少し前の亜矢だったらこんな服は選ばなかっただろう。あまり生地の薄い服を着るとどうしても体のライン――特に豊満な胸元――が嫌でも異性の目を引き付ける。それを好まないが故に彼女は、肌の露出の少ない服装を好んだのだ。
だが今は少し違う。今は自分の魅力を存分に魅せたい相手が居る。その相手である仁が、少しでも亜矢の魅力的な姿を見たいと感じて選んでくれたのであれば、この服装も決して嫌では無かった。
「ど、どうですか?」
亜矢はもう一度仁の前でくるりと回ってみた。ボトムスはともかく、トップスは薄くゆったりしたデザインなので彼女が動くとふわりと裾が舞う。
その様子を見て、仁は満足そうに頷いた。
「うん。やっぱり似合ってる」
「あ、ありがとうございます!…………じゃ、次は私の番ね」
仁からの誉め言葉に、亜矢が嬉しさに顔を赤くしているとその隙を突いて真矢が表に出てきた。真矢は素早く試着した衣服を脱いで元の服装に戻ると、仁が選んでくれた服を籠に入れ次の服を選び始めた。
【え、ちょ、真矢!?】
「真矢さんも服選ぶの?」
「私だって、好きな服装位あるもの。折角自由に表に出れるようになったんだし、これ位良いでしょ?」
【それは勿論構わないけど……】
亜矢が内面で首を縦に振ると、真矢は喜び勇んで服を選び始めた。仁が服の入った籠を真矢から受け取り、待つ事数分――――
「ねぇどうかな仁君? こんなのも良いと思わない?」
【ちょ、真矢ッ!?】
試着室から出た真矢は、亜矢とは反対にかなり露出度の高い服装で現れた。白のニットキャミソールにデニムのホットパンツと言う、ある意味でオーソドックスな夏の服装。夏の定番の服装だが、スタイル抜群の亜矢が着るとその破壊力は抜群だ。秋冬に着る服に比べて薄い生地が、胸周りのボディラインをこれでもかと主張させている。
一歩外に出れば男性どころか女性の視線も釘付けにするだろう服装の真矢(亜矢)を、仁は顎に手を当てじっくりと眺めた。
「ふ~ん……真矢さんは亜矢さんと違ってアクティブな服装が好きなんだね」
「体を動かす事が好きだから。亜矢は嫌がるかもだけど、私はこれ位のが好みなの」
【うぅ……真矢。これ、恥ずかしい……】
瑞々しい太腿や腕の肌を惜しげも無く晒す服装に、内面の亜矢が消え入りそうな声を上げる。
亜矢には悪いと思わなくも無いが、真矢だって立派な一つの人格。好きな味覚もあるし、好きな服装もある。前と違ってコソコソする必要は無いのだから、少しくらい自分の着たい服装をしたいと思うのは自然な事であった。
それが分かっているから、亜矢も自分に優先権がある事を利用して真矢に服装を止めさせるような事はしない。この体は亜矢のものであり、同時に真矢のものでもあるのだから。
「で、どうかな仁君? 似合ってる?」
「ん~、そうだなぁ……」
再び真矢に問い掛けられ、改めて真矢の服装をじっくり眺める仁。彼の視線が上下する度に、内面の亜矢は恥ずかしさで顔から火が出そうになる。
どれだけそうしていたか、仁が視線を何往復かさせると徐に口を開いた。
「うん……これはこれで良いかもしれない。亜矢さんが普段着てるのが露出の少ないのばかりだったから、こういう服装が新鮮ってのもあるかもだけど」
「仮に亜矢が自分からこういう恰好をしたとして、仁君はどう思う?」
「良いと思うよ。亜矢さんは絶対嫌がるだろうけど」
「そう、良かった。…………と言う訳で亜矢、バトンタッチ!」
そう言って真矢は自分から内面に引っ込んだ。押し出される形で表に出てきた亜矢は、肌を惜しげも無く晒す自分の恰好を仁に見られている事に顔を真っ赤にして試着室の中に引っ込んでしまった。
「~~~~ッ!! 真矢ッ!?」
【え~? いいじゃない、仁君好きって言ってくれたわけだし】
「帰りにキムチ買って帰るからね!?」
【えっ!? ちょっ!? それは幾らなんでも酷くないッ!?】
真矢に文句を言い、彼女への制裁内容を告げながら亜矢は着替えた。最初は家を出る時に着ていた服装にしようかと思っていたが、どうせなら仁に選んでもらった服のどれかにしようと考え直し、最後に試着した奴に着替え試着室から出た。
「ん? それ着たままにするの?」
「はい。折角ですから……」
「じゃ、お会計済ませちゃおうか」
会計を済ませ、2人はレディースファッションの店を出る。
店を出た仁がさて次はどうしようかと周囲に目を走らせると、亜矢が彼の手を引いた。
「さ、次は仁君の番ですよ」
「俺?」
「仁君、パーカーとジーンズばかりじゃないですか。偶には仁君もお洒落したいと思いません?」
「俺は…………いや、そうだね。じゃあ俺も」
「はい!」
最初遠慮しようとしていた仁だが、何か感じるところがあったのか考えを改め自分も新しい服を買う事にした。
その事に亜矢が嬉しそうな顔をして、彼をメンズファッションショップへと引っ張っていく。
楽しそうにメンズのファッションショップに入っていく亜矢と、彼女に手を引かれる仁。
その2人の様子を、美香が物陰に隠れながら見守っていた。
「フフフッ! 亜矢ってば楽しそう!」
友人が楽しそうにしているのを見て、美香も楽しくなる。何より、友の恋愛事情を見る事がこの上なく楽しかった。普段物静かな方の亜矢が、仁を相手にしている時に限って見せる溌溂とした表情。傍から見て一目で恋していると分かる彼女が、彼に対してのみ見せる輝くような笑顔を見ていると美香の方まで心が温かくなってきた。
今、美香の視線の先では仁が亜矢の手で色々な服を着させられている逆ファッションショーが行われていた。時々亜矢が変なテンションになったり、変な方向に向かって何かを言っているのが気にはなるがそれ以上に亜矢と、仁までが何処か楽しそうにしているのを見ればそんな事どうでもよくなる。
「仁君、こんなのはどうですか?」
「ん~、俺に似合うかな?」
「きっと大丈夫ですよ。ほら!」
亜矢に促され試着室に入る仁。程無くして着替えて出てきた仁の姿は、カジュアルなスーツ姿になっていた。普段パーカーとジーンズしか着ない彼の、レアな姿はそれだけで価値がある。
「うん、やっぱり! 仁君こういう恰好も似合ってますよ!」
「そう?」
そしてそんな彼の姿を見て楽しそうに笑う亜矢の姿がまた、美香の心を和ませた。
「はぁ~……これが尊いって奴なのねぇ」
「ですね~。ホント、見てて飽きない2人です」
「分かる分かる…………って、はい?」
「……え?」
出し抜けに横合いから聞こえてきた相槌に、美香は一瞬反応が遅れつつそちらを見た。
そこに居たのは、美香と同じく仁と亜矢の2人を出羽亀していた峰だった。彼女は偶然ここに買い物に来ていて、偶々仁と亜矢を見つけたから気になって後をつけてきたのだ。
そしてどんな偶然か、同じく2人を出羽亀している美香と出会ったのである。
美香と峰は互いに言葉も無く相手を見つめていたが、同時に仁と亜矢を見て再び互いに視線を合わせると固く握手した。言葉は無くとも、何か通じ合うものがあったらしい。
そうこうしていると、仁の方も買う服が決まったらしく最初に着ていたパーカーとジーンズ姿から先程亜矢に選んでもらったカジュアルなスーツ姿に着替えたまま店を出た。互いにここに来た時とは異なる服に変わっているが、どちらも似合っている。寧ろ先程、レディースファッションショップを出た時は仁の方が普通過ぎる格好をしていた所為で変に浮いていたくらいだから今の方がちょうどいい。
その後も2人はショッピングモール内の色々な店を見て回った。
アクセサリーショップでは仁が亜矢に指輪を嵌めようとして、その指が左手の薬指だったことに亜矢が激しく動揺し……
ゲームセンターではガンコンのシューティングゲームで、亜矢が仁以上のスコアを叩き出して珍しく仁が少し悔しそうな顔をしてみせ……
昼になり立ち寄ったレストランで、仁の頬に付いていたソースを隙を突いて表に出てきた真矢が指で掬い取って舐めて、内面の亜矢と軽い喧嘩状態になり、何が何だか分からないながらも仁がそれを宥めたりした。
2人とも今日と言う一日を存分に楽しみ、そして気付けば時刻は夕方。
休憩も兼ねて、2人はショッピングモール屋上のベンチに腰掛けていた。
「はぁ~、今日はちょっとはしゃぎ過ぎちゃいましたね」
「でも、楽しかったよ」
「そうですか? 良かったです、それなら」
「…………くぁ……」
徐に仁が軽く欠伸をした。どうやら思っていた以上に疲れているらしい。
それを見て、内面で大人しくしていた真矢が囁いた。
【亜矢、仁君に膝枕してあげたら?】
「(へっ!? いや、でも……)」
【別にそんな恥ずかしがることないじゃない。それに、今日のデートの本当の目的忘れたの?】
今日、真矢が仁をデートに誘った本当の目的は、亜矢から仁に告白させる事だ。デートはその為の心を温める準備に過ぎない。
【ここで仁君に膝枕してあげてさ、それで仁君のガードが緩んだところで一気に告白するのよ】
「(そ、そんなに上手く行くかな?)」
【大丈夫だって】
真矢から背中を押され、心落ち着けるべく軽く深呼吸すると、亜矢は意を決して仁に声を掛けた。
「じ、仁君……」
「ん?」
「疲れてるようでしたら、その……少し横になりますか? わ……私の膝、使っていいですから」
そう言って亜矢は自分の膝をポンと叩いた。
仁は亜矢の顔と膝を交互に見て、数秒ほど何かを考えていたが次の瞬間ふらりと体を倒して亜矢の膝枕に頭を乗せた。
亜矢の膝枕に頭を乗せた仁は彼女の太腿を堪能するように目を瞑り、深く息を吐いた。まるで気難しい犬か猫が、全幅の信頼を置いている相手に無防備な姿を晒しているような姿に亜矢は頬を赤くしながら顔を綻ばせる。
亜矢はそのまま彼の頭を優しく撫で、労いの言葉を掛けた。
「何時もお疲れ様です」
「ん……ありがと……」
亜矢からの言葉に、仁は若干微睡みながら答えた。どうやら思っている以上に警戒心を緩めているらしい。
これはチャンスだ。真矢が内面からエールを送り、亜矢が覚悟を決め告白しようとした。
が、彼女が何かを言う前に仁が口を開いた。
「何時もありがと……」
「ッ! 何が、ですか?」
「色々……亜矢さんが傍に居てくれて、俺、凄い助かってる。あ、料理作ってくれたりする事じゃないよ? それも助かってるけど、それとは別」
微睡んでいるからか、彼の声はややほわほわしている。だが彼の口から紡がれる言葉は、何時も以上に強く亜矢の心に響いた。
「何て言うか……亜矢さんが一緒に居てくれると、何でも出来るって気になるんだ。傍に居てくれるだけで安心できるって言うか……」
そこで仁は目を開けて亜矢の顔を見た。夕日に照らされて分かり辛いが、今亜矢の顔は今までにない位赤く染まっている。
しかし若干微睡んでいる仁はそれに気付く事なく、彼女に向けて力の抜けたふにゃりとした笑みを向けた。
「だから……ありがと」
世辞でも何でもない感謝の言葉と、完全に警戒心を解いた無邪気な笑み。それが今度は亜矢の心の箍を外した。
「あの……仁君!」
「ん? 何?」
「私……私、仁君の事が――――」
いよいよ亜矢が仁に対して告白しようとした。
その時、近くから聞き覚えのあるアラームが鳴り響いた。他では絶対聞く事のないそのアラームが耳に入った瞬間、仁はガバリと起き上がり亜矢と揃って音のする方を見た。
2人の視線の先では、ゴミ箱の陰でアラームを鳴らしたタブレットに峰と美香が慌てる様子が映った。彼女達は仁達と視線が合うと、物凄く申し訳なさそうな顔をして出てくる。
「あ、あはは……ゴメン2人とも、お仕事です」
「せ、先輩に篠崎さん――!?」
「……何時から見てたの?」
「えっと、ゴメン。私は2人がマンションから移動した時から……」
「私はここで2人を見てそのまま……」
つまりは今日の仁とのデートはほぼ全て見られていたという事で、その事実を知った亜矢は顔から火が噴き出そうなほど恥ずかしくなり、堪らず今度は仁の膝に顔を埋めた。
仁はそんな亜矢の背を撫でながら、何時もより3割増しの冷めた目を2人に向けた。
その視線に居た堪れなくなり、大人しく2人は彼らに頭を下げた。
「「ご、ごめんなさい」」
「……ま、詳しい話は後でって事で。ファッジ何とかするんで、荷物お願いします。亜矢さん、行ける?」
「うぅ……何とか」
「んじゃ、ちゃっちゃと終わらせようか」
仁に促され、亜矢はショッピングモールから出ると2人でトランスポゾンに乗りファッジが出現した現場へと向かって行った。
***
ファッジが現れたのはショッピングモールからやや遠くはなれた商店街。
時間帯的には多くの買い物客で賑わうそこは、暴れるファッジにより破壊されていた。
そのファッジに、宗吾が変身するスコープと彼が率いるS.B.C.T.が攻撃を仕掛けている。
「囲え! 囲いつつ戦力を集中させろ!」
スコープがガンマライフルを構え、他の隊員は彼の指示に従い徐々にファッジの周辺を取り囲んでいる。
「あ、もう権藤さん達が来てたみたいだね」
「ッ!? 君達、ここは危険だ! 早く逃げなさい!」
「ちょっと待って。これこれ――」
「そ、それは……そうか、君達だったか」
そこへ仁と亜矢が辿り着いた。最初2人が来た時、S.B.C.T.隊員は何も知らない民間人が来たのかと2人を追い返そうとした。だが仁がデイナドライバーを見せると相手が誰だか分かり、隊員は2人をスコープの所へと連れて行った。
「隊長、門守 仁さんと双星 亜矢さんです」
「お待たせ。でももしかして俺ら必要なかった?」
「いや、来てくれて助かった。何分あのファッジなかなかしぶとい上に変な奴でな」
「どう言う事です?」
スコープの言葉に亜矢が首を傾げてファッジの方を見た。
それは確かに奇妙なファッジだった。
両手の鋏にゴツゴツとした甲殻など、一見すると蟹としか形容のしようがない見た目をしている。が、その背にはイソギンチャクの様な物が一体化しており触手を伸ばしていた。
そのファッジに、周囲からS.B.C.T.隊員の銃撃が突き刺さる。スコープの開発に合わせて開発された対ファッジ用新型弾頭による銃撃は、ファッジの甲殻を削り取り触手を断ち切っていく。
このまま行けば倒せるのでは? 仁と亜矢がそう思った矢先、ファッジの腹部がひび割れたかと思うと次の瞬間、その腹部から全く同じ姿のファッジが飛び出てきた。まるで新品同然、傷一つない姿で出てくると、比較的近くに居た隊員に向け突撃していく。
「き、来たッ!?」
「退避ぃぃっ!?」
突撃してきたファッジを、ギリギリで回避する隊員達。だがあれは運が良かった方で、既に同じようなやり取りの中で攻撃を喰らい死傷した隊員が何名か出ていた。
「あれは……」
「どれだけ攻撃しても、ああやって再生されるんだ。一体どうなってるんだ?」
唸るスコープに対し、仁はファッジをジッと観察している。
そして気付いた。あのファッジは両腕にそれぞれベクターブレスを装着している事に。
「そうか……あれただの蟹じゃないや。蟹とヒドラを混ぜてるんだ」
「混ぜてる?」
「あいつ、両腕にベクターカートリッジを装填するブレスレット付けてる。二種類のベクターカートリッジを使ってるんだ。使ってるのは蟹と、もう一つは多分ヒドラ」
「ヒドラって……あの無脊椎動物の?」
蟹は再生能力が高く、敵の目を欺く為足を自切して逃れ脱皮と共に再生する事が出来る。
ただし脱皮できる回数には限界があるので、無限に再生できると言う訳では無い。そこを補うのが、蟹を遥かに超える高い再生能力を持つヒドラなのだろう。二種類の遺伝子を混ぜる事で、脱皮して無限に再生できる蟹とヒドラによるキメラファッジなのだろう。
「ちょっと待ってください。でも確かベクターカートリッジって二つ以上同時に使用するのは難しかったんじゃ?」
健の時は偶々上手く行っただけで、それ以外の被検体は体が耐え切れなかったと言うのはチミンの言葉だ。その言葉を信じるなら、あのファッジが二種類のベクターカートリッジを使用しているのはおかしい。
「ベクターブレスを使ってるからってのもあるんだろうけど……もしかしたらあのファッジにされてる人、体弄られてるのかも」
仁の予想は概ね当たっていた。
あのファッジは傘木社が拉致した一般人を被検体とし、チミンで得たデータを基に投薬で肉体改造を施しベクターブレスを二つ使用する事で作り出す事に成功した、比較的安定したキメラファッジなのだ。
傘木社のやり方を分かっている亜矢にスコープは、それが容易に想像できたので顔を顰める。
「ひでぇ事しやがる」
「何とかならないんでしょうか?」
「普通に戦うならともかく、あの再生能力は…………ん?」
戦闘力自体は大した事ないが、再生されると面倒だ。あれを何とか封じることは出来ないかと仁が観察を続けると、キメラファッジが背中の触手を忙しなく動かしているのが見えた。何をしているのかと思えば、先程隊員に突撃してそのまま突っ込んでいった店舗の魚屋の商品を手当たり次第に触手で掴んで背中のヒドラの口に突っ込んでいる。
どうやら再生には相応のエネルギーが必要らしい。そしてそのエネルギーを、商店街の商品で補っているのだ。
となれば、攻略法は一つしかない。
「権藤さん。部下の人達に言ってアイツ他の店に近付けないで。あいつ飯食ってそのエネルギーで再生してる」
「なるほど、そう言う絡繰りだったか。よし……全員、奴に飯を食わせるな! 店舗から引き剥がして攻撃を続行しろ!」
「店舗から引き剥がすのは俺達でやるよ。行こう、亜矢さん」
「はい!」
〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉
〈CAT Adaptation〉
「「変身!」」
〈〈Open the door〉〉
デイナとルーナに変身した2人は、未だ鮮魚店の商品を貪っているキメラファッジに攻撃を仕掛けた。デイナの蹴りが食事を中断させ、ルーナの銃撃がキメラファッジを鮮魚店から引き剥がした。
その瞬間、S.B.C.T.隊員からの苛烈な銃撃がキメラファッジに襲い掛かる。正に銃弾の嵐が瞬く間にキメラファッジをボロボロにしていき、一回目の脱皮へと誘った。
脱皮をした事でエネルギーを消耗したキメラファッジは、食事でエネルギーを補充しようとするがデイナとルーナがそれを許さない。近くの食料品を取り扱う店舗にキメラファッジが近付こうとすれば、2人がそれを全力で阻んだ。
エネルギーが補充できなければ、再生できないし動きも鈍る。キメラファッジは一気に劣勢に立たされた。
その様子をグアニンが遠くから双眼鏡で眺めている。
「……やはり急場凌ぎの改造ではあれが限界か」
「回収に向かいますか?」
「必要無いだろう。ベクターブレスには隠蔽装置が取り付けてあるし、中身は攫った被検体だ。叩いて出る埃は無い」
よしんば隠蔽装置が動作不良に陥ったとしても、解析して分かる事は装置の原理だけ。その原理も、簡易版と言う事で本来の原理のごく一部でしかない。S.B.C.T.に回収されても大して痛くは無いのである。
「戦闘データを回収したら撤収する。そのまま観測を続けろ」
「了解」
グアニンと観測係の保安警察の隊員が見守る先で、決着が着こうとしていた。
もう再生するどころか動く事も出来ない程エネルギーが枯渇したキメラファッジは一歩も動けない。
そのキメラファッジを、解き放つ為にデイナがトドメの一撃を放つ。
〈ATP Burst〉
「ハァァッ!」
放たれたノックアウトクラッシュがキメラファッジを蹴り飛ばし、ダメージ超過で変異を解除させる。ベクターブレスからカートリッジが排出され、元の人間へと戻った。
この後、ファッジにされていた人はS.B.C.T.によって搬送され、検査を受けた後身元の調査などが行われる事となった。
ここから先は彼ら警察の仕事と、仁と亜矢はショッピングモールへと戻り峰と美香から預けていた荷物を受け取った。
どうやら戦っている間に2人は更に打ち解けたらしく、2人が戻った時には喫茶店で仲良くお喋りなどをしていた。
尤もその後、出羽亀していた事などを亜矢と真矢によってガッツリ文句を言われたりしたのだが。
そうして少し騒動に巻き込まれながらも、楽しい一日を過ごした仁は亜矢をマンションへと送り届けた。彼女の分の荷物を持って、彼女の部屋まで運んでいく。
「すみません、荷物持ってもらっちゃって」
「ん、別に良いよ。今日は楽しかったし、そのお礼って事で」
亜矢の部屋に彼女の分の荷物を置き、仁は部屋を出て別れの挨拶を告げる。
「それじゃ、お休み。また来週」
「はい…………ッ! 仁君!」
挨拶を済ませ、マンションを出ようと踵を返した仁だったがその彼の背に亜矢が声を掛けた。矢鱈気合の入った声に、仁が何事かと振り返る。
「何、どうかした?」
「あの……えっと……」
【亜矢――!】
もうチャンスはここしかない。ここを逃せば再び言い出す事が出来ない日々に戻ってしまう。
亜矢は真矢からのエールを糧に、遂に覚悟を決め口を開いた。
「私、仁君の事が好きです! 大好きです!! 人として、女として貴方を愛してます! でも、仁君は私の事……どう思ってますか?」
遂に亜矢の口から出た、仁への告白。正面切って異性として愛していると言われ、仁はその場で固まった。
何も言わない仁に、亜矢が不安そうに声を掛ける。
「あの、仁君?」
「え、あ、いや…………うん。亜矢さんの気持ちは分かった。それで、俺の気持ちだけど…………」
「は、はい――――!」
「――――ちょっとだけ、待っててもらっても良い? 少し、気持ちを整理したいから。でも、必ず答えは見つける! だから、待ってて?」
「はい……待ってます」
「ありがとう。それじゃ……お休み」
「お休みなさい、仁君。また、来週に……」
亜矢は仁に別れの挨拶を済ませ、静かにドアを閉めた。
仁は閉じられたドアを暫し見つめると、踵を返し帰っていくのだった。
と言うわけで第23話でした。
亜矢は露出の少ない服装が好きなのに対して、真矢は肌出しまくりな服装が好みです。
お出掛けするとき、どちらの人格が表に出て外出するかで揉めそうですね。
個人的に、膝枕はかなり甘いシチュエーションだと思ってます。特に仁みたいなタイプが、特定の相手の膝枕で満足そうにするシチュエーションが良いですよね。
今回の一件で峰と美香は仲良くなりました。仁たちが戦っている間に、ある程度の情報共有はやってます。
次回は仁が亜矢からの告白にどう答えるかの話になる予定です。
執筆の糧となりますので、感想その他宜しくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。