今回は一部真矢にスポットを当てた話になっております。
暗闇の中、亜矢は頭に響く鈍痛に目を覚ました。
「うっ…………」
痛む頭を押さえつつ、体を起こし周囲を見渡す。しかし辺りを見ようにも、照明は無く視界は暗いまま。
何も見えない事に、亜矢が不安を感じていると彼女の中で真矢も目を覚ました。
【い、つつ……】
「(真矢、大丈夫?)」
【それはこっちのセリフよ。怪我は無い?】
「(あちこち痛いけど、大きな怪我はしてないと思う)」
【そう…………あ! 仁君は!?】
真矢に言われ、亜矢は手探りで落としたライトを探して仁を見つけようとした。自分よりずっと重症だったのだ。今の崩落の衝撃で怪我が悪化していないか心配だった。
手探りで近くを探す亜矢だったが、手が届く範囲にはなさそうだったので亜矢はライトを探すのを諦め携帯のライトを使用して仁を探そうとした。
携帯のアプリからライトを選択し、灯りがつき前方を照らす。
その瞬間、亜矢は巨大オニイソメと出くわした。
「ッ!?!?」
あまりの驚愕に声も出せず後退る亜矢。巨大オニイソメは5本の触覚を動かし彼女にゆっくり近づいてくる。亜矢は巨大オニイソメを照らしながら後退りするが、直ぐに背中が崩落したトンネルの瓦礫にぶつかりそれ以上下がれなくなる。
「あ――――」
後ろには下がれず、巨大オニイソメはこちらに近付いてくる。絶体絶命の窮地と言う所で亜矢はトンネルが崩落する直前、変身準備が出来ていた事を思い出した。
即座に手をレセプタースロットルに伸ばし変身しようとした亜矢だったが、その瞬間横から伸びた手が彼女の口とレセプタースロットルに伸びていた手を押さえつけた。
「んッ!?」
「しー……」
亜矢の口と手を押さえたのは仁だった。彼は亜矢に静かにするよう目で訴えると、そのまま動かず彼女の携帯で照らされた巨大オニイソメをジッと見つめる。
巨大オニイソメは2人に襲い掛かる事なく、触覚を動かしゆっくりと近付いてくる。
こいつは何故一思いに襲い掛かってこないのか。自分達が恐怖し動けないと思って焦らせて楽しんでいるのかと亜矢が訝しんでいると、仁が自分の携帯を取り出した。一体どうするのかと亜矢が彼の手の動きを目で追っていると、彼は徐に亜矢のデイナドライバーからアダプトキャットを外しベクターカートリッジを抜き、自律モードに変形させると自分の携帯を咥えさせてトンネルの奥へと向かわせた。
本来は亜矢の言う事しか聞かない筈のアダプトキャットだったが、その亜矢の危機だという事だからか仁の言う事を聞いている。
アダプトキャットが遠くへ離れ、暗闇の向こうへと消えたのを確認すると仁は亜矢の手から携帯を取り電話帳から彼の番号を検索し電話を掛けた。トンネルの暗闇の向こうから、仁の携帯が鳴らす着信音が反響して聞こえてくる。
その瞬間、巨大オニイソメは機敏な動きでそちらを見るとトンネルの奥へと消えていった。巨大オニイソメの姿が完全に見えなくなり、携帯の着信音が殆ど聞こえなくなったところで仁は電話を切り小さく息を吐いた。
「ふぅ……上手く行った」
「な、何で? 私達、あんなに近くに居たのに……」
「簡単だよ。あいつ、目が見えてないんだ」
真矢を庇って重傷を負った後も、仁は周囲をつぶさに観察していた。
その中で彼が注目したのは、巨大オニイソメの奇妙な動きだ。奴は仁が重傷を負ったのを分かっている筈なのに、彼に追撃する様子を見せず派手に発砲するスコープばかりを狙っていた。最初は先に邪魔者を始末しようとしているのかと思ったが、巨大オニイソメの中に仁に追撃を喰らわせようとする仕草を見せるものが一体も居なかったのだ。
「最初に襲われたのは、直前に声を上げた真矢さんだった。あれも真矢さんの声を目印にして攻撃したからなんだ」
「そっか、それで……。あ、それより仁君、傷は大丈夫ですか?」
「ん……まだかなり痛むけど、動けない程じゃないよ。ドライバー付けてるお陰で細胞が活性化してるからか、治りが早い。もう少しすれば問題ないレベルになるかも」
「そうですか……良かったです」
即座に命に別状が無いだろう事が分かり、亜矢はほっと一息つく。彼女の中では、真矢も同様に安堵していた。元はと言えば真矢が油断したのが仁の負傷の原因であるとも言えるのだ。真矢は真矢で結構気にしていた。
【ゴメン、亜矢。私が油断したから】
「気にしなくても大丈夫だよ、真矢」
「ん? 真矢さん、どうかしたの?」
「仁君が怪我した事に責任を感じてるんです」
「それなら気にしないで。あれは仕方ないよ。それより今はここを移動しよう。また崩れないとも限らないし」
立ち上がり移動しようとする仁だったが、足に力が入らないのかガクリと倒れ込む。亜矢は咄嗟に彼を支え、彼が倒れるのを未然に防いだ。
「うっ!?」
「仁君ッ!?」
「つぅ、ゴメン。まだ足にダメージが残ってるみたい」
「気にしないでください。さ、行きましょう」
仁はそのまま亜矢に支えられ、ゆっくりとした歩みでトンネルの奥へと移動していった。
***
その2人が向かう先には、今は廃駅となった無人の駅があった。都市開発に伴い使われる事が無くなり、駅としては存在しないものとなった場所である。
その奥、一際広い空間にそれは居た。一見するとバカでかいただの肉塊に見えるそれの上部からは、無数の巨大オニイソメが生えていて何本かはトンネルの奥へ向かって伸びている。
こいつが仁達に襲い掛かった巨大オニイソメの本体であった。
その巨大オニイソメを生やした肉塊を、モニター越しに雄成とアデニンが眺めていた。
「……凄い光景ですね。とてもファッジとは思えません」
「あれは飽く迄一形態だよ。十分にエネルギーを溜め込めば新たな姿になる」
「蛹の様な物ですね。しかし何故エネルギーを現地調達させるのです? 社の研究室で行えば騒動が大きくなることも無かったのでは?」
「それだとあの状態での戦闘力が分からないだろう。あの状態でどこまでやれるか、それを見ておきたくてね」
あの肉塊はファッジだった。オニイソメとイソギンチャク、二つの遺伝子を用いたキメラファッジ。しかし生み出した瞬間、このファッジは今までのキメラファッジにはない変異を遂げた。突如として肉塊の様な姿になると、オニイソメを生やして近くに居た人間を片っ端から襲い始めたのだ。
これは不味いと、傘木社は生み出したばかりのファッジを自分達で倒し一時無力化。その後、場所を移してこの場で再びファッジを生み出し、カメラで監視しているのである。
しばらく放置していると、キメラファッジは肉塊から伸ばしたオニイソメを使って次々と人間を捕食。S.B.C.T.も把握していないが、実はすでに多くの人々が奴の犠牲となっていた。その多くは所謂浮浪者で、居なくなっても気付かれる事が殆どなかったが今回作業員が犠牲となった事でその存在が発覚したのである。
カメラの向こうではキメラファッジが何処かへ向けて積極的にオニイソメの触手を伸ばしている。時々戻ってくるオニイソメはボロボロになっているので、その先で戦闘が行われている事は容易に想像できた。
「先程からファッジが傷付く事が増えましたね」
「仮面ライダーが来たんだろうね。恐らくはS.B.C.T.も来たんだろう」
「先程戻ってきた触手がS.B.C.T.の隊員を咥えてましたから、まず間違いありませんね」
「まぁ、触手の部分をいくら潰しても意味は無いがね。幾らでも再生するし」
2人が見ている前で、キメラファッジは被弾したオニイソメを引っ込め体内に吸収すると、新しいオニイソメを生やしそれを伸ばした。生憎と地下鉄全域を監視している訳では無いので、あのオニイソメが伸びていった先でどんな戦いが行われるのかは分からない。
だが推し量ることは出来た。
「さて……ここまで辿り着く事が出来るか。お手並み拝見と、いこうじゃないか」
***
仁と亜矢は極力音を立てないようにしつつ、線路沿いに進み出口を目指していた。傷を癒すにもファッジへの対抗手段を考えるにも、今はこの魔窟と化した地下鉄の路線から出なければならない。
そんな中、仁に肩を貸して歩いていた亜矢は、途中から内面に引っ込んだ真矢に対して違和感を覚えていた。何と言うか、妙に静かなのだ。
この暗い路線を、いつ出てくるか分からないファッジの巨大オニイソメに警戒しながら歩かなければならない現状。仁が負傷して歩く事がやっとの中で、何時もの真矢であれば亜矢を鼓舞する為にちょっとふざけた事を言ってきたりするのが普通なのに、だ。
あまりにも静かなので、気になった亜矢は歩きながら真矢に問い掛けてみた。
「(真矢、さっきから静かだけどどうしたの? 何時もの真矢らしくないよ?)」
【……ううん、何でも無い。ゴメン……】
亜矢の問い掛けに、真矢が覇気のない声で答える。ここら辺も何時もの彼女らしくない。何時もの真矢なら、もっとあっけらかんとした様子を見せるのだが。
「(さっき仁君が怪我した事に、責任感じてるの?)」
【ッ!?】
まさかと思い亜矢が真矢の元気がない理由を予想して指摘すると、真矢が息を呑むのが分かった。
どうやら真矢は、先程油断をして仁の足手纏いになってしまった事を強く気にしていたらしい。この覇気の無さはそれが理由だったのだ。
珍しく弱々しい姿を見せる真矢に、亜矢は歩きながら目を丸くした。そしてその直後、今度は思わず溜め息を吐いた。
「(そんな、気にしなくても大丈夫だよ。仁君そんな事をいちいち気にしないって)」
【分かってる……仁君がそんな事気にしない人だって事は。ただ…………】
「(ただ……何?)」
【…………うぅん、何でも無い】
真矢はそれっきり口を閉ざしてしまい、亜矢からの問い掛けに対し何も答えなくなってしまった。
らしくない双子の姉妹にして自身の半身の態度に、亜矢は顔に困惑を浮かべていた。すると仁がそれに気付いた。
「どうか、した?」
「あ、え?」
「何か、困ってるって言うか……そんな感じに見えた」
仁の指摘に亜矢は自分も大概だと思わず苦笑し、そして真矢に異変が起こっている事を仁に相談した。
「実はさっきから、真矢の様子が可笑しくて……」
「ん~……さっきの事、気にしてるのかな?」
「私もそう思ったんですけど、どうもそんな単純な話じゃないみたいで……」
「それって本当にさっきから? もっと早い段階で様子が可笑しかったりしてない?」
「早い段階?」
「俺、今日真矢さんが出てきたの見たのさっきが初めてだったんだけど」
言われて亜矢はハッと気付いた。亜矢にとって真矢は常に傍に居る存在だから忘れていたが、今日真矢が表に出てきたのはあの欠損した遺体を直接見る時が初めてだった。
仁と亜矢、2人が知る真矢にしては今日は随分と控えめだ。
何かが可笑しいと感じさせるには十分だった。
事実、こんな話をしているのに真矢からは何の反応も無い。
違和感を感じた亜矢がもう一度真矢に問い掛けようとした時、2人は灯りの無い駅に辿り着いた。
「あ、え? ここは?」
「ん……多分使われなくなった廃駅だね。駅としての機能は別の所に移して、駅そのものは残したって感じ」
「じゃあ、ここに出口は?」
「塞がれてる、と思うよ。流石に使わない駅の出入り口を残してはおかないでしょ」
「そう、ですか」
「でも入り口跡とかはある、と思う。ちょっと無理やりにでも、そこから出る事、出来るかも……」
「仁君?」
段々と仁の言葉が途切れ途切れになってきた事に、亜矢が不審に思って彼の顔をライトで照らす。すると彼の顔には大粒の汗が浮かんでいた。
よく見ると肩も大きく上下していて呼吸も荒い。ここまで気付かなかったのが不思議なくらい仁は消耗している様子だった。
彼の様子に亜矢は思わず目を見開いた。
「な、仁君ッ!?」
「ゴメン……そろそろ、歩くのがきつくなってきた……」
「待っててください、今休める所に――!」
廃駅に到着できたのはある意味いいタイミングだったかもしれない。殆どもぬけの空だろうが、休むには十分な場所がどこかにある筈だ。
仁を支えながら亜矢が廃駅の職員用の通路に入りドアを片っ端から調べていく。やはりと言うかドアには既に鍵が掛かっておらず、調べるのに不自由はしない。
そうしていくつかドアを開けた時、2人は職員用の休憩室の様な部屋に辿り着いた。運の良い事に部屋には大きめのソファーが置かれている。廃駅になってからずっと放置されていたのかボロボロだが、床よりは断然寝心地は良いだろう。
亜矢はソファーまで仁を運ぶと、仁を横に寝かせると同時に自分も端の方に座り彼の頭を自分の膝の上に乗せた。
「ふぅ……少し楽になった。ありがと、亜矢さん」
「気にしないでください」
亜矢の膝から伝わる彼女の体温に、本能的に安心したのか仁の顔が先程よりも安らかなものになる。自然と亜矢の手は彼の頭に伸び、幼い子供を寝かしつけるようにゆっくりと撫でた。数回ほど撫でると、仁は寝息を立て始める。
仁が体を休めてくれ始めた事に亜矢が安堵の溜め息を吐きつつ、巨大オニイソメの襲撃を警戒して辺りに気を配った。
するとそれまで静かにしていた、真矢が亜矢に声を掛けた。
【亜矢、亜矢も少し休んだら?】
「(でも、まだ安全と決まった訳じゃないし……)」
【それなら心配しないで。私が代わりに見張っててあげるから】
体は一つだが、精神だけでも休めておけばいざと言う時動きやすくなる。真矢は自分が率先して見張り役を買って出て、亜矢を休ませようとしていた。
そんな真矢の気遣いだったが、亜矢はそこに違和感を感じずにはいられなかった。
「……ねぇ真矢? どうしたの?」
【どうしたって?】
「今日の真矢何だか変だよ? 自分から大変な役割を買って出て……」
思えばさっきも、無残な遺体を直視する役目を自分から亜矢と代わっていた。あの時は純粋に助かったと思っていたが、今になって考えてみればあの時の主導権の交代は少し強引だった気がする。
まるで辛い事は全て自分が引き受けようとしているようである。
亜矢からの問い掛けに、真矢は言葉に詰まった。その沈黙は、真矢の内心を何よりも雄弁に物語っていた。
「ねぇ、真矢? 私達、もうただの双子じゃない。2人で1人なんだよ? 楽しい事も、辛い事も分かち合わせて。1人で全部抱え込まないでよ」
【――――!?】
真矢が息を呑んだのが亜矢には分かった。やはり真矢は、何かを無理しているのだ。
問題は何を無理しているのか、だが――――
【いいのよ、私の事なんて心配しなくて。亜矢は仁君と自分の事だけを考えていれば……】
「……え?」
真矢の口からぽつりと呟かれた言葉。そこには彼女が今まで表に出してこなかった想いが込められていた。
【私は、真矢だけど真矢じゃない。亜矢の中で生まれた、真矢の模造品なのよ】
「そんな事ない……どんな形でも、真矢は真矢だよ――!?」
【でも体の主導権を最終的に握ってるのは亜矢。結局、私は移植された真矢の臓器の付属品に過ぎない程度の存在なのよ】
以前白上教授が、真矢の事を一言で例えて副産物と称していた。その時真矢はそれを軽く笑い飛ばしていたが、内心ではその事を何よりも気にしていたのだ。
付属品、副産物……自分をその程度の存在と位置付けてしまっている彼女にとって、己の存在意義を見出す為には今は亡き本当の真矢が最後まで成し遂げる事が出来なかった事…………即ち、双子の姉妹である亜矢の幸せを最後まで見届ける事であった。
【仁君が亜矢の恋人になってくれた。これからは仁君が亜矢を笑顔にしてくれる。なら、私に出来るのは消えるその瞬間まで亜矢を守る事だもの】
「消えるって、真矢――!?」
【だって私、必要に応じて生まれただけの副産物だもの。きっと戦いが終わって必要無くなったらその内消えてなくなるわ】
「そんな……そんなの――――!?」
真矢の言葉を否定したい亜矢だったが、頭の何処かではその未来もあり得ると納得してしまっていた。頭の一部が納得してしまうと、考えが頭の中で競合し合い否定の言葉が素直に出てこない。
「でも真矢……仁君の事愛してるって言ってたじゃない。それも嘘だって言うの?」
何とか捻りだした言葉は、まだ亜矢が仁への気持ちを打ち明ける事に足踏みをしていた時に真矢が告げた仁への愛。あれだけ亜矢に対して発破を掛けるように仁への愛を口にしていたのに、それをすんなり諦める事が出来るのか?
【あれは…………ああでも言わないと亜矢、なかなか仁君に告白しないだろうと思ったから。ただそれだけよ】
真矢の答えに亜矢が完全に言葉に詰まり、目に涙を浮かべるしか出来なくなってしまった。
「どうかしたの?」
その時、悲しみを含んだ亜矢の声に反応したのか仁が目を覚ました。亜矢は仁が起きたのを見ると、他にどうしようも無くなり彼に縋りつき涙を流した。
「仁君……お願いです! 真矢を……真矢を、助けて!」
「どう言う事?」
亜矢の膝枕で眠っていた仁は、当然ながら亜矢の中で行われた会話を知らない。亜矢は涙ながらに真矢とどんなやり取りをしたかを仁に話した。
全てを聞き終え、啜り泣く亜矢を仁が優しく撫でて慰めた。
しかし彼の表情は険しい。何しろ当の本人である真矢が色々と諦めているのだ。そんな彼女をどう救えば良いと言うのか。
だが彼とて真矢の事を見捨てようなどとは思っていない。真矢が居無くなれば亜矢が悲しむし、何より仁だって真矢にも笑顔でいて欲しいのだ。真矢は亜矢の半身と言っても過言ではない存在。亜矢を愛するという事は真矢を愛する事と同義。2人で1人の彼女の内、片方を蔑ろにするなど彼には出来なかった。
そこまで考えてから、この問題は悩むほどの事ではないと気付いた。考えてみれば簡単だったのだ。
唯一心配な事があるとすれば亜矢がどう思うかだが……とにかく話してみる外は無いだろう。
そうと決まれば、と自分の考えを仁が口にしようとしたその時、突然2人が居る部屋の扉が派手な音を立てて外からの衝撃に凹んだ。
「「ッ!?」」
何事かと2人が顔を上げ扉の方を見ると、扉は二度三度と外から叩かれた。何があったかなど考えるまでも無い。2人の居場所がファッジにバレたのだ。
流石に話す声が大き過ぎたかと、仁がバツの悪そうな顔をしつつ立ち上がる。まだ少し脇腹が痛むが、この程度なら我慢できる。
何より、ここまで来たら寧ろ変身した方が状態が良くなるだろう。仁はそう考え、二つのベクターカートリッジを取り出した。
亜矢も変身しようとして、そう言えば仁が囮にする為に何処かに行かせてしまった事を思い出す。
しかしアダプトキャットは優秀だった。突然2人の近くの通気口のフェンスが外れると、そこから仁の携帯を咥えたアダプトキャットが下りてきたのだ。
「あ、お帰り」
「良かった、無事だったんですね!」
なかなか戻ってこないので、何処かでやられてしまったのではないかと心配していたのだが杞憂だったらしい。流石峰の自信作。酔っ払いながらも自慢するほどの出来栄えである。
亜矢は戻ってきたアダプトキャットを本当の猫の様に撫でて労うと、変形させベクターカートリッジを装填しドライバーに装着した。
〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉
〈CAT Adaptation〉
「仁君、無茶だけはしないでくださいね?」
「無茶な相談しないで。こいつはそんな余裕を持ってやれる相手じゃなさそうだよ」
【私がサポートするから大丈夫よ】
仁と亜矢・真矢が話している間もドアは激しく叩かれる。もう後一撃でドアは白旗を上げ突き破られるだろう。
それを察した2人は、レセプタースロットルを引いて仮面ライダーに変身した。
「「変身ッ!」」
〈〈Open the door〉〉
2人がデイナとルーナに変身すると、同時に扉が吹き飛びそこから無数の巨大オニイソメが飛び込んできた。
デイナは接近してきた巨大オニイソメを蹴り飛ばし突撃の軌道を逸らすと、抱えるように掴み手刀で切断した。
一方のルーナは、両太腿からリプレッサーショットを抜き素早い射撃で巨大オニイソメの体を穴だらけにしていく。
2人の抵抗に巨大オニイソメたちは悲鳴を上げて引っ込んでいく。巨大オニイソメ達が逃げていくのを見て、2人はその後を追い掛けた。
「きっとあいつらが引っ込んでいった先に本体が居る筈。そいつ潰さないとキリがない」
「はい!」
逃げる巨大オニイソメを追うデイナとルーナ。時折別方向から襲い掛かってくる奴を迎え撃ちながら追跡していくと、2人は駅の中で一際開けた空間に出た。
そこで2人はとんでもないものを目にする。天井に届きそうなほど巨大な肉塊とその上部から無数に生えている巨大オニイソメ。こいつこそが2人に今まで襲い掛かってきていた巨大オニイソメの本体である。
その姿に2人は思わず顔を顰めた。
「うげぇ……何これ?」
「これ、ファッジなんですかッ!?」
「みたいだね」
「何でこんな事に……」
「二つの遺伝子を混ぜた結果起きた予想外の事態って感じ? よくある事だよ、遺伝子工学には」
そんな事より今はこいつを倒す事を考えなくては。デイナがそう考え拳を構えると、ルーナもリプレッサーショットをライフルモードに連結させて構えた。デカい相手ならこっちの方が良い。
勝負を仕掛けようと2人が身構えた。その瞬間、突然肉塊の様なイソギンチャクボディから伸びていた巨大オニイソメが力無く地面に落ちた。それだけではない。イソギンチャクボディそのものも果物が腐る時の様に各部から体液を滴らせながら萎れていった。
「……え?」
まだ何もしていないのに死んだように姿を変えていくキメラファッジに、デイナとルーナが困惑していると更に変化が起こった。
イソギンチャクボディの一部が不自然に脈打ち、膨れ上がると内部から鋭利な刃が飛び出し肉塊を切り裂いて中から人型が姿を現したのだ。
「ッ!? あれはッ!?」
「……進化したのか?」
ぐずぐずに崩れる肉塊の上に立つのは、十分なエネルギーを溜めて新たな姿に変異したキメラファッジであった。全身を粘液で濡らし、顔はオニイソメそのもの、両手にはオニイソメの牙と同形のブレード、そして一見逞しい大胸筋の様な胸部は、開くとイソギンチャクの触手と口が姿を見せた。
完全な姿に変異を遂げたキメラファッジは、体を解すように各部を動かすと2人に向って突撃してくる。
「シャァッ!」
「っと」
向かってきたキメラファッジは両手の刃で斬りかかってきた。デイナはそれを前に出て受け止め、キメラファッジが動きを止めたと見るやルーナがリプレッサーショットを向け引き金を引いた。
「そこです!」
見た目に反する事なく、キメラファッジの体は柔らかくリプレッサーショットの銃弾が容易く貫通した。このまま一気に押し切ってしまえと、ルーナは次々と引き金を引きキメラファッジを追い詰める。
が、ここでキメラファッジが抵抗を見せた。ルーナの銃撃に耐えるように腕で頭を庇いながら前進し、両手の刃でデイナを切り裂いた。
「グッ?!」
「なっ!? あれだけ撃たれてまだ動けるなんてッ!?」
【待って亜矢、よく見てッ!】
真矢に言われてルーナがキメラファッジをよくよく観察すると、ルーナに撃たれた箇所が盛り上がるようにして塞がっていった。急速に再生しているのだ。
「オニイソメって、こんなに再生力強いんですか!?」
「いつつ……。いや、オニイソメ自体の再生力はそこまででも無かった筈だよ。多分混ざってるのはイソギンチャクか何かだろうけど、そいつもあそこまでの再生力は無い」
「じゃあ、何で?」
デイナとルーナが見る前で、キメラファッジは悶えるように体を震わせながら傷を再生させる。だがよく見ると傷が再生するだけでなく、傷の無い部位も不自然に盛り上がっては崩れて再生するを繰り返していた。どうやら単純に傷が治癒しているだけでなく、全身の細胞が不規則に細胞分裂と細胞死を繰り返している様だ。
それを観察して、デイナは一つの結論に到達した。
「そっか……あいつ細胞が暴走してるんだ」
「どう言う事です?」
「細胞が活性化し過ぎて、プログラム細胞死が正常に機能してないんだ。出鱈目に細胞が急激に分裂したり細胞死したりを繰り返して、異常が無い場所の細胞まで必要以上の破壊と再生を起こしてる」
多細胞生物は本来、不要な細胞を計画的に切り捨て新しい細胞を生み出す事で正常な姿を保っている。だがあのファッジは、超万能細胞が異常活性した結果その機能が正常さを失い、無作為に細胞が増殖と崩壊を行っているのだ。損傷部位が急激に再生しているのはその副産物の様な物であった。
「あれが続くとどうなります?」
「想像するしかないけど……崩壊が再生を上回れば自滅するし、再生が崩壊を上回ればエネルギーが続く限り際限なく膨れ上がるんじゃないかな」
どちらにしてもろくでもない事になるのは変わりない。ここは一気に勝負をかけるべきと、デイナはBHエレキテルカートリッジを取り出した。
「ああ言うのは、一気に焼いた方が良い」
〈BUFFALO + HUMAN Light up〉
「ゲノムチェンジ」
〈Open the door〉
バッファローヒューマンエレキテルにゲノムチェンジしたデイナは、ハンドルを回して充電すると一気に接近し、充電した電気を高速移動では無く電撃を攻撃に付与する事に使いキメラファッジを攻撃した。拳や蹴りが突き刺さる毎に放たれる高圧電流が、キメラファッジの異常活性した細胞を焼いていく。
「ゴボアァァァァァッ!?」
キメラファッジの方もただやられている訳では無く、細胞を焼かれながら反撃を放ってきた。再生を制御できている訳では無いので、無事な細胞が不自然に増殖してどんどん歪な形になっていく。
デイナはキメラファッジからの反撃を超高速で回避し、更に電撃を伴う攻撃を叩き込む。放電がキメラファッジの全身を焼いていき、再生可能な細胞がどんどん減っていった。
「オゴ、ア、ガガ……」
立て続けに攻撃を受け細胞を焼かれ、エネルギーも枯渇したのかキメラファッジはその場に膝をついた。
そこを見逃さず、デイナはトドメの一撃を放った。
「この戦い、レポートは纏まった」
〈Charge up ATP Burst〉
動きを止めたキメラファッジに向け、デイナはエレキテルクラッシュを発動。放電で相手を焼きながら放つ飛び蹴りがキメラファッジに突き刺さる。強烈な放電がキメラファッジの異常な細胞を焼き尽くし、限界を超えたダメージがベクターカートリッジを排出させた。
それによって被験者とされた人も元に戻り、2人は脅威が去った事に安堵の溜め息を吐いた。
「はぁ……終わった……」
「お疲れ様です仁君」
「亜矢さんもね」
2人は互いに労い合うと、変身を解除した。そして被験者の人に近付き、まだ息がある事を確認する。
そこに奥の方からスコープに率いられてS.B.C.T.が雪崩れ込んできた。あの瓦礫を撤去したのかそれとも別のルートからここに来たのかは分からないが。
「おーい、門守君! 双星さん!」
「あ、権藤さん」
「無事だったんですね!」
「そいつはこっちのセリフだ。あの崩落に巻き込まれて怪我でもしたんじゃないかと心配したぞ」
ファッジが既に倒されていると思しき様子に、スコープは変身を解除して安堵した表情で2人に近付く。その周りでは、S.B.C.T.の隊員達が周辺警戒と後処理の準備を進めていた。
「真矢さんのお陰で助かってね」
「そうか……それより傷の方は大丈夫か? かなりの深手だったように見えたが?」
「そっちも大丈夫。ドライバーの副作用で傷の治りが早くなってくれてるから」
切り裂かれた脇腹は服がそのままだし乾いた血がこびり付いているが、その下には既に塞がった傷があるだけとなっていた。
とにもかくにもこれで今回の騒動も解決と言って良いだろう。
一件落着――――――
「あ……れ……?」
「仁君?」
【ッ! 亜矢代わって!?】
一安心と言ったところで、突然仁の体がぐらりと傾くとそのまま倒れた。
仁の異変に素早く気付いた真矢が亜矢に警告を発し、主導権を譲り受けると彼女は倒れる仁を素早く支えた。
どうやら体力的に限界が来たらしい。先程の戦いは状況故にかなり無理をして行っていたのだ。
平気で無茶をする彼に、亜矢と真矢は困ったものだと揃って溜め息を吐く。
「仁君、無茶し過ぎ。亜矢がさっきから凄い勢いで心配してるわ」
「ん、ゴメン。じゃあ、こっからは頼っても良い?」
「お安い御用よ」
「ん…………」
そうして仁は意識を手放し、真矢と宗吾によって外の救急車によって近くの病院に搬送された。
傷は癒えているとの事だが、念の為だ。
後処理がされる廃駅の様子を、隠しカメラから雄成達がジッと見ていた。
「ふむ…………ま、こんなものだろう」
「今回はかなり面白い結果が得られましたね。あんな反応は初めての事です」
「そうだね……だがあれは失敗だ」
予想外のデータは取れたが、あれは雄成が求める結果では無かったようだ。過剰な細胞の活性化によるプログラム細胞死の暴走。向かう先が滅びしかない先の無い袋小路の変異は、彼の望む結果では無かったのだ。
直ぐに興味をなくし、研究室を後にする雄成。アデニンはそれを見送ると、最後の始末とばかりに簡易ベクターブレスと隠しカメラの証拠隠滅用装置のスイッチを押し、後の事を研究員達に任せ自身も研究室を去るのだった。
***
病院に搬送された仁はその日の夜には目を覚ましていた。彼の言う通り、傷はもう言えていて意識を失ったのも体力の消耗によるものだけで他に異常は見られないとの事。
彼が目を覚ますと、ベッド脇で椅子に座っていた亜矢が覗き込んできた。
「仁君、目が覚めましたか?」
「ん……もう大丈夫。亜矢さんの方は大丈夫だった?」
「お陰様で」
「良かった」
互いに問題ない事を確認し合い、安堵の表情を浮かべる仁と亜矢。2人の様子に、亜矢の内側から見ていた真矢もそっと笑みを浮かべていると徐に仁が表情を引き締めて口を開いた。
「それで、亜矢さん」
「はい?」
「ちょっと、真矢さんに代わってほしいんだけどいいかな?」
「……はい」
気を引き締めた様子で真矢との交代を望んだ仁に、亜矢も彼が何をしようとしているのかを察して主導権を真矢に譲り自分は内側に引っ込んだ。
真矢は突然表に押し出され、少し困惑した顔をしている。
「え、ちょ、亜矢? 仁君?」
「真矢さん」
「え……?」
珍しく神妙な顔をする仁に、思わず真矢も姿勢を正す。彼女が自分の方を向いて背筋を伸ばしたのを見ると、仁は徐に真矢を正面から抱きしめた。
突然の抱擁に、真矢は珍しく狼狽える。
「え、え、何? どうしたの急に?」
「真矢さん……真矢さんは亜矢さんのオマケなんかじゃないよ。体は亜矢さんと一つだけど、真矢さんも立派な1人の人間だよ」
「ッ!?」
「だからさ……もっと自分に正直になっても良いと思うよ。亜矢さんに気を遣ったり、自分の自由を諦めたりしないで」
仁の言葉はとても甘美だった。気をしっかり持たなくては、そのまま流されてしまいそうになる。
だが自分は所詮不安定な存在だと、もしかしたらいつか消えるかもしれない儚い存在だと言い聞かせ一線を超えないようにと踏み止まった。
「やめ、てよ――!? そんな事、言わないで――!?」
「それに俺、そんなに器用じゃないからさ。亜矢さんだけを愛して、真矢さんだけを愛さないなんてことできそうにないんだ。だから――――」
「止めてそれ以上言わないでッ!?」
「俺に真矢さんの事も、愛させてくれないかな?」
そうすれば、真矢には生きる意味が出来る。仁と亜矢、2人の人間に愛されると言う生きるには十分過ぎる理由が。
それを理解した瞬間、真矢の目から滝の様に涙が零れ落ちた。泣き顔を見られたくなくて、真矢は仁の胸に顔を埋める。
「私……2人の邪魔にならない?」
「ならないよ」
「亜矢は……本当にそれで良いの?」
【うん。だって私達、もうただの姉妹じゃない。2人で1人なんだよ。私1人じゃなくて、真矢にも幸せになってほしいよ】
存在を受け入れてくれる2人に、真矢は声を上げて泣いた。
最初亜矢の中で自意識に目覚めた時、真矢は自分がどういう存在なのかを朧気ながら早々に理解した。そして、意識がある内は亜矢を死んだ真矢に代わって守る存在になろうと心に誓った。
だが仁に存在を見抜かれ、隠れてはいられないと表に出るようになり、仁や亜矢と普通に接していく内に2人との関係を純粋に楽しむようになっていった。そして、それが失われる事がとても怖くなった。
何より恐ろしかったのは、亜矢と仁の関係に罅を入れ亜矢を悲しませるどころか彼女に疎まれる事。亜矢の中から逃れる事が出来ない自分にとって、亜矢に拒絶される事は何よりも恐ろしい事であった。
そんな思いを味わう位なら、自分は亜矢を助けるだけの存在になろうと決めたのに、2人は真矢の存在を受け入れ、彼女に愛を注いでくれた。
それが嬉しくて、安堵と歓喜が溢れて止まらなくなった。
「怖かった――!? 私、もし2人と笑えなくなったらって思ったら、凄く……凄く怖かった――!? だから、せめて2人の間には、居られるようにって――!!」
「大丈夫……俺も亜矢さんも、真矢さんと笑い合いたい気持ちは一緒だから」
【真矢が幸せになっちゃいけない理由なんてどこにもないよ。一緒に幸せになろう】
傍目から見れば仁が真矢を抱きしめているだけの光景。だがしかし、真矢は仁と共に亜矢にも抱きしめられている感触を確かに感じていた。
後から生まれた、後天的二重人格故の孤独。密かにそれに苛まれていた真矢は、この瞬間その孤独から救われたのだった。
それから数分ほど泣き続け、落ち着いた頃には何時もの真矢に戻っていた。
「何か、ゴメンね。情けない所見られちゃって」
「何言ってるのさ。俺や亜矢さんの前で位、幾らでも甘えてよ」
【仁君の言う通りだよ、真矢。私だってそんなに頼りなくはないつもりなんだから、甘えたくなったら何時でも甘えてよ】
2人からの言葉に、真矢はクスリと笑みを浮かべた。
「えっと、それで……改めて私の気持ちを言わせて」
「ん……」
「その……私も亜矢と同じ、仁君の事が大好き。だから、その……これからもよろしくね」
「ん、こちらこそ」
仁が両手を広げると、真矢はそこに飛び込み満足そうな笑みを浮かべた。心から安堵した様子の真矢に、仁も、内面に居る亜矢も真矢を優しく見つめていた。
と言う訳で第26話でした。
正直な話、今回の話は書くかどうするか迷いました。人によっては蛇足に感じるかな?とも思ったので。
ただ亜矢と仁が付き合う上で、真矢との関係をなぁなぁにはしたくなかったので今回真矢とも正式に告白する事と相成りました。
忘れがちですが、ドライバー付けてる間は回復力を始めとして肉体が強化されています。お陰で変身していなくても、ドライバーさえ着けていれば多少の無茶が利きます。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。