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ここ最近、亜矢には悩みがあった。
どうも最近、戦闘で仁の足を引っ張っている様な気がしてならないのだ。
大して役に立つ事も無いどころかやられる事も増えてきたし、良くても苦戦を避けられない事が増えてきた。時間を見て1人トレーニングもしているが、どうにも力不足感が否めない。
悩んだ亜矢は真矢とあれやこれやと話し合った。その結果、ルーナの強化を施す事が必要であると言う結論に達した。敵はさらに強力なドライバーを開発したが、デイナにはエレキテルがある。しかしルーナには何も無いのだ。これでは彼女だけ遅れるのは自明の理である。
しかし彼女にはベクターカートリッジもデイナドライバーも弄れない。
となると、彼女が取るべき手段は一つであった。
「そう言う訳で宮野先輩、何とかならないでしょうか?」
「随分と唐突ですね。まぁ話は分かりましたけど」
亜矢は峰に頭を下げ、ルーナを強化することは出来ないかと訊ねた。訊ねられた峰は、唐突過ぎる話題に苦笑しながらもパソコンに向かいキーボードを叩いた。
「最近の報告で、傘木社がライダーシステムに匹敵するドライバーを開発した事は聞いてます。だからエレキテルがあるデイナはともかく、ルーナには何かしらの強化が必要だなって気はしてたんですよ」
「じゃあ――!」
峰の言葉に喜色を浮かべる亜矢であったが、続いた峰の言葉は色良いとは言えぬものであった。
「ただ……ルーナの場合は単体で完成されていると言っても過言ではないので、出来る強化に限りがあるのが問題なんですよねぇ」
「それって、強化できないって事ですか?」
「出来ない訳じゃないんですよ? ただルーナとしての性能そのものを引き上げるのは難しいんですよ」
「じゃあやっぱり私自身が強くならないとダメって事ですか。…………本格的にジムにでも通うしかないかなぁ、シュッ! シュッ!」
「ん、そうでもないよ」
落胆して肩を落とす亜矢だったが、そこで峰の言葉に否を告げたのは仁だった。
彼は椅子ごと移動して2人の傍に近寄ると、自分のノートパソコンのキーボードを叩き2人に画面を見せた。
「仁君?」
「どう言う事ですか?」
「見てて思ったんだけど、亜矢さんはともかく真矢さんの戦い方とルーナの性能が噛み合って無いような気がしたんだ」
キーボードを操作しながらそう言う仁に、亜矢はこれまでの戦いを振り返った。
亜矢の戦い方はリプレッサーショットを用いた銃撃に蹴りなどの格闘を織り交ぜたもの。
対する真矢は、蹴りを主体にした接近戦メインの戦い方だ。リプレッサーショットも使うが、使用頻度は高くはない。
「真矢さんって遠距離戦より近距離戦の方が得意でしょ。だからルーナにも蹴り以外に接近戦の手札が必要だと思うんだよね」
「つまり門守君は、ルーナにも接近戦用の武器が必要だと思った訳ですか?」
「簡単に言えばそう言う事です。でも固有武装のリプレッサーショットを潰すのはあまり良くは無いと思うから…………」
仁がキーボードを操作すると、パソコンの画面にルーナが映し出される。だがそのルーナは何時ものそれとは違い、各部に多少の強化が施されていると思しき変化が見られた。
「付けるべきは固定装備。権藤さんが使ってるスコープからヒント貰ったんだ」
パッと見は普段のルーナと変わりないように見えるが、接近戦に関係する両腕と両脚に変化が見られた。両足の装甲は攻防で活躍する為だろう、装甲が以前より分厚くなっている。
そして気になる両腕。こちらも見た感じただ装甲が追加されただけの様に見えるが、仁がマウスポインタ―を合わせてクリックすると変化が起こった。
ズームされ角度が変わる右腕部分。そこから手首の方に向けて二本の爪が伸びたのだ。
「これが門守君の考えるルーナの強化案ですか?」
「そ。ヘタに剣とかを追加して手持ちの装備を増やすより、こっちの方が良いと思って」
これなら確かに、咄嗟の事態にリプレッサーショットを手放す事なくブレードによる攻撃が出来る。そうでなくてもリプレッサーショットを失った時にブレードでの攻防が出来るようになるので、ルーナの戦闘に幅を持たせる事が出来た。
「出来ます?」
「うん……これなら簡単に強化できそうです」
「だってさ」
これでルーナの強化方針が決まった。亜矢はこれを考えてくれた仁と、それを実行に移してくれる峰に感謝した。
「仁君、先輩……ありがとうございます!」
「ん、気にしないで」
「私は戦闘には参加できませんから、これ位はお安い御用ですよ」
その後、仁は自分のパソコンの中のルーナ強化案に関するデータを峰のパソコンに送り、峰はそれを基にアダプトキャットを機械に繋ぎ強化作業に移った。
それを見届けると、仁は自分の机に戻り先程までの作業に戻った。彼の手元にあるのは先日山根研究室から譲り受けた、二つの恐竜のDNA。彼はこれを使って、新しいベクターカートリッジを作ろうとしているのだ。
手持無沙汰になった亜矢は、後ろから仁に近付き彼の作業を後ろから見た。
最初静かに見ていた亜矢だが、彼の作業内容が気になったのか真矢が表に出てきて後ろから話し掛けた。
「ねぇ仁君、それって結局何のDNAなの?」
一口に恐竜と言っても、その種類は多岐に渡る。有名どころではティラノサウルスなんかだろうか。
「ん……調べてみたら、こっちがスピノサウルスでこっちがケツァルコアトルスみたいだね」
仁が二つのシリンダーをそれぞれ左右の手に持って中身が何のDNAなのかを口にした。だが耳慣れない名前に、真矢は思わず目をパチクリとさせた。
「ん? ん? ん? ちょっと待って、ゴメン。何と何って?」
【スピノサウルスと、ケツァルコアトルスだよ】
「その……スピノとケツァルって?」
聞いたことのない恐竜の名前に真矢が首を傾げていると、仁はシリンダーを置きキーボードを操作しながら答えた。
「スピノサウルスもケツァルコアトルスも、白亜紀に生息してた古生物だよ。スピノサウルスは獣脚類の恐竜だけど、ケツァルコアトルスは翼竜だから間違えないでね」
何てことはない様に二つの遺伝子の元となった生物の名前を告げ、その生息した時代までをも答える仁に真矢は感心して口笛を吹いた。
何時も思う事だが、仁の知識量には驚かされてばかりだ。まさか恐竜の生息年代なんかまで即座に出てくるとは。
「スピノサウルス、ねぇ……」
【あ、思い出した! 昔一緒に見た映画で、そんな名前の恐竜が出てきてた!】
亜矢の言葉に、真矢はポンと手を叩いた。そう言えばそんなのもあった。
因みにスピノサウルスと言えば、とある映画で背ビレのあるティラノサウルスの様な恐竜と言うイメージが持たれたが、実際のスピノサウルスはあれとは体型が大きく異なるだろうと言われている。顎の形状などから水辺で四つん這いになって行動しているだろうと考えられているからだ。
更にスピノサウルスと言えば特徴的なのは背ビレだが、これも実際には背ビレではなくバイソンなどの様に強靭な筋肉を支える為の土台の可能性があると言う学説が出ていた。
総じて、スピノサウルスはずんぐりとした筋肉質で四つん這いのワニの様な恐竜と言うのが今の学説である。
閑話休題。
「――で? 結局のところ進捗はどんな感じなの?」
「ん~、案外時間は掛からないかも」
「……どんな能力が得られるんでしょう?」
「片方は飛行能力で確定だろうけど、スピノの方は何だろうね」
亜矢と話しながら仁はベースとなる超万能細胞にスピノサウルスとケツァルコアトルスの遺伝子情報を読み込ませていく。膨大な遺伝子情報を読み込ませる為、仁の手が忙しなくキーボードの上を動き回る。
暫くキーボードと仁を交互に見て、時折仁が首周りや肩を動かしているのを見ると亜矢は音も無く仁の背後に回り彼の肩を優しく揉んだ。
「ん……?」
「頑張るのも結構ですけど、適度に休憩は挟んでくださいね。疲れが見えてきてますよ」
亜矢に言われ肩を揉まれた事で仁は自分の疲れを自覚し、切りの良い所で作業を中断しキーボードから手を離した。
そして背もたれに体重を預け、そのまま背後の亜矢を見上げようとしたのか頭を後ろに倒した。するとその彼の後頭部が、ちょうど亜矢の豊満な胸に乗っかる形になってしまった。仁の後頭部に、亜矢の胸のポヨンとした柔らかさが伝わる。
「んッ!?」
「あ、ゴメン」
「い、いえ、気にしないでください。…………何ならそのまま枕にしてみる? 私の胸」
【真矢ッ!】
突然の胸への刺激に、驚いて亜矢が声を上げると仁が即座に頭を起こす。
だが、次の瞬間真矢が表に出てくるとこれ見よがしに胸を寄せて上げて仁にアピールした。ただでさえ最近は服が薄くなって分かり易くなった亜矢の大きな胸が、それにより更に強調され思わず亜矢が内面で声を上げる。
対する仁はと言うと、真矢の言葉に何かを考えると再び頭を後ろに倒して彼女の胸に後頭部を乗せた。胸に頭の重さが掛かると、真矢は一瞬真顔になり次いで頬を赤く染める。
「――ふぇ?」
まさか本当に頭を乗せてくるとは思っていなかったのか、真矢が変な声を上げる。それに気付いているのかいないのか、仁は後頭部から伝わる感触に満足そうな溜め息を吐く。
「じ、仁君――――!?」
「ん……感想言った方が良い?」
「遠慮しとく……亜矢が恥ずかしさで死んじゃうわ」
恋仲になって改めて分かった事だが、仁は結構自分に正直でしかも甘える時に容赦がない。亜矢の方が控えめな性格である事を考えて大っぴらに甘えてくる事は無いのだが、真矢が表に出てガードを緩めると遠慮なくそれに乗っかってくるのだ。時には真矢も冗談で言った事を実行に移され、こんな風にドギマギする事もよくある事だった。
そんな2人の様子を、作業を中断してジッと見つめる峰。彼女は暫く2人の事を眺めていたが、徐に立ち上がると給湯スペースでインスタントコーヒーを淹れた。かなり濃い目に淹れたが、峰はそれを少しも苦そうにせず飲む。
「んぐ、んぐ……はぁっ! あ~、口が甘い……」
口に広がる幻覚の甘さを濃いインスタントコーヒーで洗い流し、再び2人の方に目を向けると真矢が自棄になったのか後ろから仁の首に手を回し、彼の頭を抱きしめているのが見えた。真矢が恥ずかしさと愛しさ、そして満足感に顔を赤く染めながらも笑みを浮かべて仁の頭に頬を乗せているのを見て、峰の口に再び得も言われぬ甘さが広がった。
「…………」
ラボの中でイチャつく仁達に、峰はインスタントコーヒーの瓶を鷲掴みにすると中身をマグカップに容赦なくぶち込んで湯を入れて口に流し込んだ。分量なんて知った事か。
ここ数日を期に、インスタントコーヒーの消費量が倍以上に増えたのは言うまでもない事であった。
***
その頃、傘木社では――――――
様々な機器が置かれた医務室の様な部屋で、アデニンとチミンが向かい合っている。椅子に座って向かい合ている2人は、しかしあまり穏やかな雰囲気ではなかった。
何故ならチミンは入院患者が着ているような服を着て、両手を手錠とワイヤーで床と繋がれているのだから。
アデニンは今の所大人しくしているチミンの片目を手で隠し、それをサッと取り払い眼球の動きを観察している。
そこへ雄成がシトシン、グアニンと共にやって来た。
「どうだね? 彼女の様子は?」
「経過は良好です。肉体の機能に異常は見られません。強化は成功の様です」
チミンは雄成達を睨む。その視線を雄成は全く気にせず彼女を観察するとアデニンと何かを話し合い始めるが、シトシンは違った。チミンの視線に気付いた彼は、蔑みの目を向けながら吐息が掛かりそうなほど彼女に近付いたのだ。
「よぉ、どんな気分だ? モルモットに戻った気分はよぉ?」
「あ~、シトシン。離れた方が良いぞ」
「え?」
チミンに近付き彼女を挑発するシトシンに、雄成がやんわりと忠告する。その意味を理解していないシトシンが視線を雄成達の方に向けた次の瞬間、まだ自由だったチミンの両脚がシトシンの腰を挟み締め付けた。
「ごぁっ!?」
「んッ! フンッ!!」
シトシンの腰を締め付けながら、チミンは手錠に繋がったワイヤーを力尽くで引き千切りそのままシトシンの首を絞め始める。腰と首を絞めつけられ、シトシンは白目を向き口から泡を噴く。
チミンが動き出した瞬間、グアニンは距離を取りアデニンは雄成を守るように彼を下がらせ、そして雄成本人はシトシンを殺そうとしているチミンを観察していた。
シトシンの顔が段々と青くなってくる。このままだとシトシンが死ぬと、アデニンがベクターリーダーとカートリッジを取り出した時、部屋に傘木保安警察の隊員が3人入ってきた。その手には実験動物が暴れた時の為の、電極を打ち込んで電撃で相手を無力化するライフルが握られている。
「止めろッ!」
隊員の警告も聞かずそのままシトシンを殺そうとするチミン。保安警察の隊員は彼女が警告を無視したと見るや即座に引き金を引き、三対の電極が次々とチミンに撃ち込まれる。
「あがぁぁぁぁぁっ?!」
テーザーガンのそれを超える電圧による電撃を受け、チミンがシトシンを離し床に倒れる。電撃はなおも収まらず、チミンの体は彼女の意思に反して不規則に暴れていた。
今度はチミンの方が命の危機に晒されていると見て、アデニンが隊員達に注意した。
「殺すなよ」
「死にはしないだろう」
アデニンの心配を雄成が一蹴する。この処置とそれにより得られる結果を誰よりも理解していた彼から見れば、最早チミンはこの程度で死ねるほどの軟な体をしていなかった。
一方危うくチミンに絞め殺されそうだったシトシンは、解放され呼吸が安定すると苛立ちを隠さず立ち上がり倒れたチミンの腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「この、クソ負け犬がぁッ!?」
「がッ?!」
「モルモットの分際でッ!! 生意気なんだよッ!?」
1発だけでは気が済まなかったのか、シトシンは何度もチミンの腹に蹴りを叩き込む。
忘れているかもしれないが、今のチミンほどではなくともシトシンも肉体改造を施された身だ。身体能力は常人のそれを大きく上回る。
そんな脚力で何度も蹴られ、チミンは内臓を大きく傷つけられた。何度目になるか、腹を蹴られた瞬間チミンの口から赤黒い血の塊が吐き出される。
「ごべっ?! あ、が……」
「そこまでにしておけ、シトシン。本当に死ぬ」
「いや、まだ大丈夫だろう。既に細胞は再生を始めている筈だ。シトシン、もう2、3発やってみろ」
「へへっ、了解ッ!」
雄成の許しが出たからか、シトシンは嬉々としてチミンの腹を蹴り続ける。2、3発と言われたにもかかわらずそれ以上蹴り、チミンからは何の反応も無くなった。
「う゛、ぅ……」
「これは、流石に死んだのでは?」
口から血を流しながら動かなくなったチミンの様子に、グアニンが不安そうな顔でそう呟く。
「ふむ……君、それを貸したまえ」
「はっ」
雄成はそんなグアニンの言葉を聞くと、隊員の1人からテーザーライフルを受け取りカートリッジを交換して再びチミンに撃ち込んだ。
「あがぁぁぁぁぁぁっ?!」
電極を撃ち込まれた瞬間、再びチミンの口から悲鳴が上がる。その光景に雄成は、どうだと言う目をグアニンに向けた。
「見たまえ、彼女はまだ元気だ」
「は、はぁ……」
「もう宜しいですか?」
「ふむ、そうだね。彼女には部屋に帰ってもらおう」
「では……部屋に連れて行け」
アデニンが指示すると、動かなくなったチミンを隊員が二人掛りで運んでいく。
チミンが運ばれたのは非常に簡素な個室であった。まるで刑務所の独房の様な、簡単な仕切りで区切られたトイレと洗面台、簡素なベッド以外何もない。
そこへ放り込まれたチミン。運ばれるまでは死人の様な顔をしていた彼女だが、乱暴に放り込まれて数分ほど経つと意識を取り戻し体を起こした。
「うっ、く――――」
まだ腹を中心に体のあちこちが痛むが、動けない程ではない。そして意識がハッキリしてくると、途端に先程のシトシンの態度に腹が立ってきた。
「あいつ――――!?」
前々から気に入らなかったが、自分が実験動物にまで堕ちると途端に調子に乗りこれでもかと威張り散らしてくる。それが気に入らなくて1人怒りに震えていると、部屋の一画が開きそこからトレーに乗った食事が出された。見た目や味なんて度外視した、ただエネルギーを補給する為だけの食事。常人よりはるかに多くのカロリーを欲する彼女に合わせたそれは、ディストピアの世界の住人の食事かと言う程のものであった。
機械的に出されたその食事に、チミンはゆっくり近づくと…………感情に任せてそれを裏拳で殴ってひっくり返した。
「くそっ!? くそっ!? くそっ!? 私が、こんな――――!?」
少し前まで、自分は組織で上位の存在だった。部下を顎で使い、実験動物として運ばれた人間を使い潰し、向けられる視線は畏怖のそれだった筈だ。
それが今はどうだ? 研究員達が向けてくる視線は嘗て彼女自身が拉致してきた人間達に向けていた、実験動物を見る冷たい目。嘗て部下だった連中の態度は、上司に対するものではなく暴れる実験動物を押さえつける乱暴なものだ。先程テーザーライフルを撃ってきた隊員の事は見た覚えがある。以前ウルフファッジを観察する際に同行していた隊員だった筈だ。
何故ここまで堕ちたのかと考えれば、真っ先に思い浮かぶのは仮面ライダーデイナ……仁の顔だった。彼に負け続け、それが原因で堕ちるところまで落ちてしまった。
チミンは独房の中で仮面ライダーに対する憎悪を燃やしていた。が、不意に彼女は口の中に違和感を感じた。
「……?」
何かと思い口を動かしながら下を見ると、そこには先程自分の手でひっくり返した食事が広がっている。両手には床に落ちた食事を握っており、しかも片方は口に運ばれていた。そう、彼女は自分でも気付かぬ内に、自分で床にぶちまけた食事を拾って食べていたのだ。
どんなにプライドが許さなくても、体は生きる為にカロリーを欲していた。例えどんなに惨めで卑しくても、彼女の体はプライドに殉じる事よりも生きる事を選んだのである。
それを自覚し、チミンの目から涙が零れ落ちた。
「ちく、しょう――!? ちくし、ちくしょう――――!?」
悔しさ、惨めさ、卑しさに涙を流しながら、チミンは床に落ちた食事を拾って口に運んでいく。どんなに不味くても、食べる事を止める事が出来ない。
独房には監視カメラが取り付けられており、床に落ちた食事をチミンが拾って食べている様子は研究員達にも当然見られている。それが分かっているから、彼女は余計に今の自分が情けなくて惨めで仕方なかった。
彼女しか居ない独房の中、すすり泣く声と咀嚼音しか聞こえない筈のそこで、しかしチミンは自分の中でプライドが崩れていく音を確かに聞いていた。
***
アダプトキャットのアップデートは程なくして完了した。亜矢は峰から調整の完了したアダプトキャットを受け取る。
「どうぞ、双星さん。これが新しく生まれ変わったアダプトキャットです」
「ありがとうございます!…………見た所特に変わった感じはしないわね?」
「そりゃ弄ったのは中身ですから」
真矢が受け取ったアダプトキャットに特に変化が見られない事に首を傾げていると、峰が苦笑しながら答える。今回の改良はソフト面を弄っただけなので、外見上変化が見られないのは当たり前だ。
恐竜のDNAでベクターカートリッジの作製を行っていた仁も、作業の手を止め横から新しくなったアダプトキャットを見る。
「ふ~ん…………真矢さんどうする?」
「どうするって?」
「肩慣らし、してみる?」
そう言って仁はVRゴーグルを取り出す。まずは模擬戦で使い心地を慣らしてみようと言う事らしい。
仁からの提案に、真矢は好戦的な笑みを浮かべた。
「是非お願いするわ!」
「ん。それじゃ――――」
差し出されたVRゴーグルを真矢が受け取ろうとしたその時、峰のタブレットからアラームが鳴る。3人が一斉にそちらを見て、峰が中心となってタブレットを覗き込む。
「ファッジ出現、ですね」
「肩慣らし相手が向こうから来てくれたよ」
「みたいね。行こう、仁君!」
2人は早速ファッジ出現現場へと向かった。
街中に出現したのはまたしてもキメラファッジ、それも2体だ。見た感じ兎と熊を組み合わせたファッジと、トカゲとトンボを組み合わせたファッジに見える。
人々が逃げ惑う中、ファッジと対峙した2人は腰にデイナドライバーを装着する。
「さて、新しくなったルーナの力、見せてもらおうかしら」
「翅付きの方は俺に任せて。兎の方は任せるから」
「オッケー!」
〈HAWK + LEON Evolution〉
〈CAT Adaptation〉
周りの人々は既に逃げ終えているので、人目を気にする必要は無い。仁と真矢は気兼ねなく仮面ライダーに変身した。
「「変身ッ!」」
〈〈Open the door〉〉
2人は仮面ライダーに変身し、ルーナは変わった自分の体をまじまじと見た。
やはり大きく変わったのは両手脚。脚は装甲が一新されより頑丈なものに変化し、両腕には爪が収納されたガントレットが装着されている。
試しにルーナが爪を出す事をイメージし、両腕に力を込めるとシャキンと音を立てて鋭い刃が両出にそれぞれ2本ずつ飛び出した。刃の全長はリプレッサーショットよりも長い。仮に銃を構えた状態でも、銃口が引っかかる事なく攻撃する事が可能だろう。
「うん、良い感じ」
「さぁ、検証の時間だ」
ルーナが両腕の爪『アームブレード』を出し入れして調子を確認していると、2体のキメラファッジが飛び掛かってきた。2人はそれに気付くと、デイナはハイブリッドアームズで、ルーナは早速アームブレードで迎え撃った。
「おっとっと」
「ッ! ご挨拶ね!」
ルーナはキメラファッジを押し退け体勢を整えると、右腕の爪で地面を引っかく様にして加速しキメラファッジに肉薄した。
「行くわよ!」
キメラファッジに向け、ボレーキックを決めるルーナはそのまま勢いを殺さず空中で体を捻りアームブレードで斬り付ける。キメラファッジはルーナからの斬撃を防御するが、素早く動き回るルーナの攻撃に防御が追いつかず体のあちこちを切り裂かれる。
それでもパワーに物を言わせてルーナの攻撃を振り払うキメラファッジ。攻撃を弾き無防備となったルーナに、熊の腕で殴り付けようとする。
瞬間、ルーナはアームブレードを出したままリプレッサーショットを抜き至近距離からの銃撃を浴びせた。こちらはアームブレードに比べてストッピングパワーに優れている為、キメラファッジは強制的に後ろに下がらされる。
「リプレッサーショットとの同時使用も問題なし、ね」
ルーナの活躍はデイナにも見えていた。戦闘の最中に横眼でチラリと見て、問題がない様子に小さく安堵の息を吐く。
本当はもっとしっかり見ておきたかったが、生憎そうもいかない。トンボの飛行能力により空中を三次元的に動き回るキメラファッジに対し、デイナは若干の苦戦を強いられていた。
トンボは4枚の翅を動かし、空中を三次元的に動く事が出来る。分かり易い例を挙げれば、正面を向いたまま空中でバックや斜め方向への移動が出来るのだ。
対して鳥の動きはどうしても直線的にならざるを得ず、機動力に於いてデイナはキメラファッジに後れを取っていた。
単純なスペック上での敗北。しかしそれを戦いの敗北に結び付けず、発想と頭脳・知識によって勝利への筋道を組み立てるのがデイナに変身している仁の真骨頂であった。
「…………あった」
キメラファッジと空中戦を演じながら、デイナはある物を探していた。そのあるものとは、ビルの屋上に設置された貯水タンク。それも出来るだけ大きな物を見つけると、デイナはそちらに向け一気に飛翔する。
当然キメラファッジもその後に続き、デイナの後ろに付いてきていた。
後方からキメラファッジが付いてきているのを確認すると、デイナは大剣モードのハイブリッドアームズで貯水タンクを切り裂いた。切断面から大量の水が噴き出す。
デイナの行動はそれだけでは終わらず、その貯水タンクが置かれた屋上に着地すると噴き出す水に向けて翼を羽搏かせ強風を巻き起こし、大量の水を雨の様にキメラファッジに向けて飛ばした。
突然巻き起こった横殴りの暴風雨、しかしその程度で止まるほどキメラファッジは軟ではない。構わずその暴風雨を突き進みデイナへと肉薄し――――
「――――程好く冷えたろ?」
突然キメラファッジの動きが鈍った。翅の動きも鈍くなり、飛行を維持する事が出来ず屋上に落下する。
「ッ!?!?」
「何も言わないって事は、あんたは実験に使われたのかな? 理性なくしても感覚は人間のままなんだね。変温動物だってのに、体温が冷える事を考えないなんて」
デイナが貯水タンクの水をぶちまけて飛ばしたのは、目くらましだとかを狙ったものではない。多量の水分を含んだ風により、キメラファッジの体温を冷やす事を目的としていた。日中だが多量の水が太陽光を遮り、同時に吹きすさぶ風と水滴がキメラファッジの体温をあっという間に奪っていく。それこそ行動に支障が出る位に。
そして動きが鈍ったファッジなど、ただの的でしかない。デイナはキメラファッジに向けて容赦なく必殺技を叩き込む。
「戦いのレポートは纏まった」
〈ATP Burst〉
「ハァッ!」
デイナのノックアウトクラッシュがキメラファッジに突き刺さり、蹴り飛ばされた先で爆発し元の姿に戻った。そこに居たのは囚人服のような恰好をした男。一言も喋らなかったのでもしやと思っていたが、やはりこのキメラファッジは拉致された人間が無理矢理変異させられたもののようだ。腕にはベクターブレスを身に付けているが、簡易型であるが故に性能が低いのか理性を保てなかったらしい。いやそもそも、ブレスを使ってもベクターカートリッジの二本同時使用は負担が大きいのか。
とにもかくにもこちらは片付いた。デイナは変異させられていた人を抱えて屋上から下りると、適当な所にその人を寝かせルーナが戦っている方へと向かった。
彼が向かった時、戦況は完全にルーナの独壇場となっていた。
「ハッ! ヤァッ!」
ルーナの回し蹴りがキメラファッジを蹴り飛ばし、距離が開いた瞬間リプレッサーショットの銃撃がキメラファッジの表皮を穿つ。ルーナの銃撃を何とか堪え接近するが、攻撃しようと防御を解いた瞬間アームブレードによる斬撃が襲った。
もう既にキメラファッジはボロボロだ。
【真矢、そろそろ!】
「了解!」
〈Genome set ATP Burst〉
アームブレードを収納し、リプレッサーショットを連結させライフルモードへ。そしてドライバーから引き抜いたベクターカートリッジを装填してATPバーストを発動し、バーストブレイクでキメラファッジを撃ち抜き倒した。
キメラファッジが倒された場所には、やはり囚人服を着た人が倒れている。
「お疲れ、真矢さん亜矢さん。新しいルーナの使い心地はどう?」
「仁君! いい感じよ。これなら私も全力で戦えそう」
【私も、今まで以上に頑張れそうです】
「亜矢も気に入ったって」
2人は新しくなったルーナに満足してくれたらしい。その事に安堵しつつ、仁は変身を解除し宗吾に事態が終息した事を伝え同じく変身を解いた亜矢と共に大学へと戻っていくのだった。
***
街に解き放ったキメラファッジが仮面ライダーに倒された事はすぐさま傘木社の雄成の知るところとなった。
一度は仮面ライダー達に脅威となったキメラファッジも、今となってはちょっと能力が多彩なファッジ程度の脅威に落ちている事に報告に向かったグアニンは居心地御悪さを感じずにはいられない。
しかしその報告を聞いた雄成の反応は思っていたよりも薄かった。
「やはり、ただベクターカートリッジを二つ使っただけでは大した違いはないみたいだな」
「はぁ……それで、次は?」
雄成の次の考えを聞き出そうとするグアニンに対し、彼は目の前のシリンダーを眺めながら答えた。
「まぁそう慌てるな。今はこれの完成を待とう」
そう言って雄成が見ているのは、ベクターカートリッジが浮かんだシリンダー。そのカートリッジの中にあるのは、先日奪い取ったDNAから作られた恐竜の遺伝子を持つ超万能細胞。
シリンダーの中に浮かぶベクターカートリッジを、雄成はガラス越しに愛しそうに見つめていた。
と言う訳で第29話でした。
仁が手に入れた古生物のDNAはスピノサウルスとケツァルコアトルスでした。スピノはともかく、ケツァルコアトルスはちょっとマイナーかなと言う気もしましたが、プテラトリケラティラノはちょっとありがち過ぎかなと思い、このチョイスになりました。
因みに本編中で言及しているスピノサウルスの姿は飽く迄今言われてる学説を引用して私が独自に結論付けたものなので、ご了承ください。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。