今回より物語は新たな展開へと突入します。それに伴ってと言う訳ではありませんが、今までは基本二話完結だったストーリーが当面の間は連続したストーリーになる予定です。
その日、傘木社の秘密研究区画では今日も希美を被検体とした実験が行われていた。
今日の実験は、つい先日調整が終了したばかりの恐竜ベクターカートリッジの運用試験。太古の時代から蘇ったDNA、その力は未だ未知数だ。普通の人間で何処まで耐えられるのかも分からない。
その点希美なら心配いらない。今の彼女は再強化改造により常人を凌ぐ頑丈さを手に入れている。仮にベクターカートリッジからの反動が大きくても、彼女なら耐えてくれるだろう。
「う……ぐ、うぅ……」
希美は意識を失った状態で、実験室の強化ガラスで隔てられた先の部屋に天井から伸びた鎖に両手を繋がれ吊るされている。こうしておけば、もし仮に彼女が正気を失っても被害が広がる前に鎮圧する事も可能だ。
――――少なくとも研究員たちはそう思っていた。
「実験開始」
強化ガラス越しに、今回の実験の責任者である研究員がマイクで希美の傍に居るアントファッジに指示を出す。指示を受けたアントファッジは、強化ガラス越しに研究員に向けて頷くと相方のアントファッジと頷き合い希美にベクターカートリッジを挿す。
「や、めろ――!? やめ――」
辛うじて意識を取り戻した希美が僅かながら抵抗するが、鎖で繋がれている上に暴れないようにと痛めつけられ、更には薬まで打たれているので朦朧とした意識で小さく身動ぎする事しか出来ない。
結局希美は抵抗も空しく、前までは雑魚として甘く見ていたアントファッジに押さえ付けられベクターカートリッジを首筋に直挿しされた。
〈DEINONYCHUS〉
「う、あ! あぁぁぁぁぁ……」
ベクターカートリッジが希美に恐竜「デイノニクス」の遺伝子情報を持つ超万能細胞を注入し、彼女の肉体を変化させる。
トカゲの様なシルエット。しかし体には羽毛が生え、両足には親指部分から鋭い鉤爪が生えていた。
デイノニクス……白亜紀に存在した恐竜の一種で、高い知能を持った集団で狩りをすると言われた恐竜だ。
全長も3mほどと人間以上に大きく、自分よりも大きな恐竜を群れで狩っていたと言われる恐竜である。
「ウゥゥゥ、ウアァァァァァァァッ!? 外セ! コレヲ外セェェェッ!?」
デイノニクスファッジに変異した希美は、その瞬間大きく暴れてアントファッジ達に襲い掛かろうとした。
思っていた以上に彼女の暴れ方が大きく、彼女を天井に繋いでいる鎖が軋みを上げる。思わずアントファッジ達はデイノニクスファッジから距離を取り、手にしていたライフルの銃口を向けた。
もしこの場に雄成が居れば、彼は間違いなく攻撃命令を出していただろう。彼ならきっと一目で、あの拘束が彼女に対して無意味である事を見抜いていた筈だ。
それを証明するかのように、鎖がボルトを引き千切って天井から外れた。
これは不味いとアントファッジ達がデイノニクスファッジを攻撃しようとするが、それより早くデイノニクスファッジの貫手が一瞬でアントファッジ2体の胸を貫通する。
デイノニクスファッジが手をアントファッジの胸から引き抜くと、血が噴き出し瞬く間に血の海となる実験室。その様子に研究員は即座に鎮圧処理を実行。キーを挿してロックを解除し、実験室内に液体窒素を噴霧して実験動物を鎮圧する装置を起動。点灯したスイッチを躊躇無く押した。
「ガァァァァァァァッ!?」
噴き掛けられた低温の液体窒素に、デイノニクスファッジが叫び声を上げる。噴霧された液体窒素が一瞬で空気中の水分を氷結させて白煙の様に室内に広がり、デイノニクスファッジの姿がかき消された。
数秒ほど噴霧して実験室内が静かになったのを見て、研究員がスイッチから手を離す。
デイノニクスファッジの暴れる音も叫び声もしない実験室内を、研究員達が固唾を飲んで見守った。
どれ程そうしていたか、徐々にだが強化ガラスの向こう側が鮮明に見えるようになってきたその時、出し抜けに強化ガラスを破ってデイノニクスファッジの腕が飛び出した。
「うわぁぁぁぁっ!?」
まさかファッジが暴れても外に出さないようにする為の強化ガラスが破られるとは思っていなかった研究員達は、悲鳴を上げて席を立ち実験室から逃げていく。
その際にフェイルセーフを作動させ、数秒で部屋を完全閉鎖する処置をとった。これでデイノニクスファッジはこの部屋に閉じ込められる。
研究員達が出て行った直後、強化ガラスを破って研究区画に入ったデイノニクスファッジは両手に残った枷と鎖を引き千切りドアに近付く。
「コンナ物――!!」
デイノニクスファッジは鼻で笑うと、ドアのすぐ近くの壁を破壊し配線を切断。ドアをロックする為の電力を遮断すると、力尽くでドアをこじ開け廊下へと出た。
「ひ、ひぃっ!?」
「来たぁぁッ!?」
「警備!? 警備を早くッ!!」
まさかここまで出てくるとは思っていなかった研究員達は必死に逃げるが、デイノニクスファッジからは逃れられない。今まで散々実験動物として扱い馬鹿にしてきた鬱憤を晴らすように逃げる研究員を始末していく。
ここで漸く応援の保安警察の隊員がやって来る。彼らはアントファッジへと変異しデイノニクスファッジを鎮圧すべく攻撃を開始した。
「アァ?」
「撃てッ!」
次々と放たれる銃弾は、しかしデイノニクスファッジの表皮を破る事なく弾かれる。鎮圧が出来ないどころか、アントファッジ達はデイノニクスファッジに返り討ちに遭い次々と殺されていく。
「アァァァァァァァァッ!!」
「ば、化け物――――」
鎮圧にやって来たアントファッジを全滅させると、デイノニクスファッジは一直線にある所へと向け駆けていく。
束縛から解き放たれ、自由を得た彼女が目指すものは…………己の中に渦巻く怒りと恨みを晴らす事であった。
「仮面ライダァァァァァァァッ!!?」
***
仁が自宅で目を覚ましたのは、昼近くになってからであった。
「……ん? ふぁ……ふぅ。あれ? 今何時?」
目覚めて窓の外を見た仁は、いやに日が高く昇っているのを見て嫌な予感を感じ時計に目をやりその時間に暫し固まった。
「あ…………やべ、昨日遅くまで起き過ぎた」
彼がこんな時間になるまで寝過ごした理由は何てことはない。毎度の如く夜遅くまで起きて卒論のデータを纏めていたからである。気分が乗りに乗ってデータの纏めを行っていたら、空が白く染まるほどの時間になっていたのだ。
少しは寝ておこうと作業を切り上げ、ベッドに横になったらそのまま熟睡どころか爆睡。通学の時間をぶっちぎり昼近くまで寝てしまったのだ。
携帯を見れば亜矢からの着信履歴が何件も来ている。相当心配させてしまったらしい。
とりあえず彼女にはメールで寝坊した事と、今から大学に行くことを伝えて荷物を纏めた。
多分、大学で事の詳細を聞いたら亜矢は怒るだろう。研究室の床に正座させられ説教されるかもしれない。
しかしそれも仁の事を想ってのものであると理解している彼は、彼女に心配をかけてしまった事への申し訳なさと愛される事への嬉しさで小さく顔を綻ばせた。
そうして出かける準備を整え、荷物を背負いふと窓の外を見た。
その彼の目に、部屋に向って飛び込んできたデイノニクスファッジの姿が映った。
「――――は?」
全く予想もしていなかった光景に一瞬思考停止に陥る仁だったが、デイノニクスファッジが窓ガラスを突き破るのと同時に再起動し荷物を放り捨てデイノニクスファッジの飛び込んでくる射線から退避。デイノニクスファッジが窓をぶち破って入ってきたおかげで部屋の中に飛び散ったガラス片から身を守った。
「くっ!?」
ガラスの破砕音が激しく響き渡り、床板やテーブルが破壊される音を聞きながら仁は腰にデイナドライバーを装着しベクターカートリッジを取り出した。
「仮面、ライダァァ……!?」
「おいおい、幾らなんでも人の家に飛び込むなよ。寝坊した事は悪いと思ってるけどさ」
〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉
まさか家にまで襲撃を掛けてくるとは思っていなかったので、仁は不満を口にしながらベクターカートリッジを装填する。
変身の準備を整えながら、仁はふと思う。そう言えば傘木社は組織力がある筈なのに、随分と自分達を見逃してきたものだ。連中がその気になれば、仁達を社会的に追い詰める事も容易だったろうに。
「……ま、いっか。変身!」
〈Open the door〉
抱いた疑問を脇に置き、仁はデイナに変身する。ここで戦えば部屋が滅茶苦茶になり引っ越しを余儀なくされるだろうが、さりとてこいつは戦う場所を選ばせてくれそうにない。
彼は仮面の奥で大きく溜め息を吐かずにはいられなかった。
「はぁ~……こんな所で戦いたくは無かったな……」
気怠そうにしながらも、デイナは敵ファッジの観察を怠らない。
しかし見れば見る程おかしなファッジだ。一見するとトカゲの様だが、羽毛が全身を覆っている。鳥とトカゲのキメラファッジか何かかと思ったが、鳥が入っているにしては翼も嘴も見当たらないのが奇妙だった。
デイナが首を傾げるのも無理はない。こいつは今回初めて登場した、恐竜のDNAを用いたベクターカートリッジなのだから。
「ガァァァァァッ!」
デイナが観察する時間など与えないと言わんばかりに、デイノニクスファッジは彼に襲い掛かる。壁や床、天井が破壊される事などお構いなしに爪や尻尾を振るう姿に、デイナは思わず文句を口にした。
「あぁ、ったく。人の家壊すなよ」
言いながらデイナはデイノニクスファッジを投げ飛ばす。投げ飛ばした先には浴室があり、デイノニクスファッジは浴室の壁を破壊し湯船を粉砕した。自分で言っておいて自分で家を壊してしまったが、彼の中にやらかしたとか失敗したとか言う後悔はない。こうでもしなければならなかったのだ。
本当はデイノニクスファッジを受け止めるつもりだったのだが、思っていた以上にパワーが強く受け止めきるのは無理と判断したのである。
自分で自分の家を破壊してしまった事に、しかしデイナはデイノニクスファッジに対する違和感を強めていく。キメラファッジとは違う感じだが、パワーもスピードも通常のファッジを超えている。しかもあのファッジには理性が感じられない。つまり、あのファッジはブレスやリーダーを使わず直挿ししてあのパワーを発揮しているのだ。
理性に頼らず、本能だけの戦いでここまでの能力を持つこのファッジは非常に危険だとデイナの脳が警鐘を鳴らした。
「出し惜しみしてる場合じゃないか」
〈BUFFALO + HUMAN Light up〉
「ゲノムチェンジ」
〈Open the door〉
普段ならもっと別の組み合わせで相手のデータを収集するのだが、この相手にそんな余裕は許されないとデイナは即行で勝負を仕掛けに動いた。
〈Charge up〉
充電しエレキテル・ブーストで超高速で動き回りながら、デイナはデイノニクスファッジに攻撃を仕掛ける。殆ど止まったような動きしかしないデイノニクスファッジを、デイナがサンドバッグにして徹底的に殴り蹴っていく。
充電が終わり、周囲の動きが元に戻るとデイナに一方的に蹂躙されたデイノニクスファッジが床に落ちた。
「ガフッ!?」
超高速且つ電撃を纏っての連続攻撃は流石に堪えたのか、デイノニクスファッジは倒れたまま動かない――――という事は無く、直ぐに立ち上がると何てことはない様に再びデイナに攻撃を再開した。
「舐メルナァァァァッ!!」
「ッ! マジか、あんだけ攻撃喰らって――」
普通のファッジであれば、少なくとも体勢を立て直すのに苦労するだけの攻撃を加えたつもりである。ましてや消耗の大きい筈の直挿しファッジだ。あれだけ痛めつければ、後は必殺技でトドメといけるのが何時ものパターンである。
事ここに至り、デイナはあのファッジが今までのファッジとは根本的に何かが違うという事に気付いた。
「トカゲみたいな見た目……でも羽毛があって、翼や嘴がない…………ん?」
デイノニクスファッジの攻撃を捌きながら、デイナは相手をつぶさに観察した。特に気になるのが、羽毛があるのに鳥の特徴が全く見られない事だ。経験上、空を飛ぶ能力を持つ生物の遺伝子を持つファッジは必ずその能力が反映される。
にも拘らず、あのファッジには羽毛があっても翼が無い。それはつまり、羽毛を持ちながら翼や嘴を持たない生物であるという事。
ここまで考えて、デイナの脳裏に何かが光った。気付いたのだ。最近彼の身近で、そう言う特徴を持つ生物群の遺伝子が見つかった事を。
「こいつまさか、恐竜のDNA使ったのか?」
漸くデイナも気付いた。このファッジが恐竜のDNAを用いて生み出された、今までにないファッジである事に。
デイナが正体に気付いたからか、それとも単に回復したからかデイノニクスファッジの攻撃が激しさを増す。両手の爪に加えて、親指の鉤爪による攻撃が徐々にデイナの装甲を削っていく。
「くっ!? こいつ……足に見覚えのある爪付けてる。あれは…………ヴェロキラプトルか、デイノニクスだな」
使われているDNAの正体にも気付いたデイナだが、気付けたところでどうしようもない。何しろ恐竜に関してはデータが殆ど存在しないのだ。生態も全て想像に過ぎず、実際にどうであったかは現代を生きる彼らには知る由も無い。
つまり、コイツに対してはデイナの頭脳にあるデータベースも意味を成さないのだ。
それならば出来るのは単純な能力と技術による戦いだが、デイノニクスファッジの戦闘力は高く技術を力でねじ伏せてくる。能力については言わずもがなだ。現状でデイナの最高戦力であるエレキテルを用いているのに、全く優位に立てていない。
デイナが充電して放った電撃を纏う拳をデイノニクスファッジは正面から掴んで受け止めた。表皮を電撃で焼かれているのに、デイノニクスファッジは構わずデイナの腕を捻りねじ伏せた。
「ぐぅっ!?」
「ラァァッ!」
「がっ?!」
腕を捻られ、体勢を崩すデイナにデイノニクスファッジの攻撃が次々と突き刺さる。両手の鋭い爪がデイナを切り裂き、牙の生えた口で噛み付き振り回して台所に叩き付け、踏みつけの要領で放たれた鉤爪の斬撃が彼の肩口に突き刺さった。
「ぐぁぁぁっ?! ぐ――」
粉砕された台所の水道管から噴き出す水が体を濡らす中、右肩に走る激痛にデイナが苦悶の声を上げる。
「ハッ! 無様ダネ、仮面ライダー?」
「んの、ぐ……あぁっ!」
そのままデイナの肩を引き千切ろうと足を引くデイノニクスファッジだったが、それより早くにデイナが力尽くでデイノニクスファッジの鉤爪を引き抜き台所から転がり出た。
「はぁ、はぁ、はぁ……くっ」
何とか体勢を整えることは出来たが、勝機は薄いと言わざるを得ない。少なくとも今のままでは。
どうやら恐竜のDNAは思っていた以上に凄まじいパワーを秘めているらしい。それを嫌でも体感した。
体感できたのなら、自分もそれに乗っかるだけだ。
「持ってるのはお前だけじゃないんだよ」
デイナはつい最近出来たばかりの2つのベクターカートリッジを取り出す。山根研究室から譲り受けた2つの恐竜のDNAから作ったベクターカートリッジ、スピノサウルスベクターカートリッジとケツァルコアトルスベクターカートリッジだ。
エレキテルカートリッジを抜き取り、デイナは2つのベクターカートリッジを起動状態にする。
〈QUETZALCOATLUS〉
〈SPINOSAURUS〉
起動状態の2つのベクターカートリッジを、デイナドライバーに装填する。
その際、デイナは僅かだが躊躇する素振りを見せた。その瞬間何を感じたのか、デイナにも分からなかった。
〈QUETZALCOATLUS + SPINOSAURUS Reborn〉
「リボーン? 再誕……、ゲノムチェンジ」
〈Open the door〉
デイナがレセプタースロットルを引き、スーパーコイルがデイノニクスファッジを吹き飛ばす。
そして戻ってきたスーパーコイルをデイナが正拳突きで受け止める。
その太古の時代を生き、現代まで生き続けた強靭なDNAが産声を上げ――――――
彼が覚えているのはそこまでだった。
***
「全くもう、仁君ったら!」
明星大学の白上研究室で、亜矢がプリプリ怒りながらティーカップを用意していた。白上教授からこの研究室への所属記念にと、仁用に送られたティーカップである。
この研究室では教授から、所属した学生に記念にティーカップが送られていた。仁は勿論、亜矢もこの研究室で専用のティーカップを持っている。
亜矢がその仁専用のティーカップを用意しているのは、当然彼に紅茶を淹れる為だ。寝坊してやって来る彼に、目覚めの一杯を飲ませてやるのである。
仁が来たら、亜矢はとびっきり凄みを利かせた笑みと共に紅茶を手渡すつもりだった。
「門守君は寝坊だそうだね?」
「はい。今日の明け方近くまで卒論のデータを纏めてたんだそうで」
「門守君らしいですねぇ」
仁が寝坊して遅刻する事は既に亜矢の口から教授達に伝えられている。その理由が卒論のデータ纏めで徹夜した挙句、明け方に寝て昼近くまで寝ていたと聞かされた時は誰もが呆れつつ彼らしいと納得した様子を見せた。
峰などは彼らしさに笑いを堪えずにはいられなかった。
「笑い事じゃありません!」
【まぁまぁ、何事も無かったようだし良いじゃない。後で思いっきり説教してあげればいいんだから】
真矢の言葉に、亜矢はティーポットにお湯を入れながら頷く。仁が来たらまず何を言ってやろうか?
まず朝の挨拶は勿論だが、何か皮肉めいた事を言ってやった方が良いかもしれない。説教はその後だ。彼が飲み終えた所で……いや、飲んでる途中で言ってやろう。きっと紅茶の苦味が増す。
「と、あ――」
仁へのお仕置きを考えながらティーカップを持つ亜矢だったが、その際手が滑ってティーカップが床に落ち派手な音を立てて割れてしまった。
「あっちゃぁ……、やっちゃった」
【あ~あ~、仁君のカップが……】
割れたカップを片付けるべく、亜矢が素早く箒とチリトリを用具入れから取り出した。
仁に申し訳ない事をしてしまったと、心の中で彼に謝罪しながらカップの破片を片付ける。仁がやってきたら謝らなければならないだろう。先程考えていた、彼への説教など既に忘却の彼方だ。
その時ふと、亜矢は自分の手が震えているのに気付いた。寒い訳ではない。だが体が芯から震えているのだ。
まるで何か恐ろしいことがあった時の様に――――
「な、何だろ……」
【嫌な感じ……そう言えば仁君、遅いね】
同じ震えを共有している真矢の何気ない一言に、亜矢の心臓が跳ね上がる。まさか……いや彼に限ってそんな……
【……亜矢、仁君に電話】
「うん――」
亜矢と同じ不安を感じた真矢が、仁に連絡を取る事を提案する。運転中なら出る事は無いだろうが、この気持ちを紛らわすには他に方法が無かった。
だが彼女が仁に電話をする事は叶わなかった。彼女が仁に電話を掛けるよりも早く、彼女に電話を掛けてきた者が居たのだ。
【ッ!? 誰よ、このタイミングで――!】
「~~……権藤さん?」
逸る心を抑え、携帯のディスプレイを見るとそこには宗吾の名前が表示されていた。仁と同様、亜矢にも何かあった時に彼女に連絡が取れるよう宗吾と連絡先を交換していた。なので彼から亜矢に電話が来ること自体は珍しくはない。
だが彼がまず真っ先に連絡を取るのは仁の方である。ファッジ絡みで知識面で頼りになるからだ。
それが亜矢の方に電話が来た。亜矢と真矢は嫌な予感が膨れ上がるのを感じつつ、ディスプレイの通話をタッチした。
「はい、双星です……はい…………え?」
最初耳と肩で携帯を押さえて通話しながら掃除を再開した亜矢だったが、電話口で宗吾から伝えられた『何か』に箒を落とした。
明らかに何か異変が起こった事を察し、峰が亜矢に問い掛ける。
「双星さん? どうしました?」
「ちょっとそれどう言う事!? 何があったの、説明してよッ!!」
どうやら余程衝撃的な内容を告げられたのか、亜矢を押し退けて真矢が表に出てきた。主導権があると言っても基本亜矢は真矢を自由にさせているので、こう言う事は良くある。
だが今回は余程の緊急事態なのか、真矢の勢いが尋常では無かった。それこそ峰の言葉など耳に入らない程に。
「うん、うん、それで仁君は……うん…………」
「双星さん、双星さん? 門守君がどうしたんですか?」
仁のみに何か遭ったらしい事は分かったが、肝心の内容は真矢が何も言ってくれないので峰達には分からない。白上教授達が固唾を飲んで見守る中、峰は真矢に説明を求めた。
それを一瞥し、しかし何も語らず宗吾との話を進める真矢に、峰がいよいよ焦れてきた時真矢が通話を切った。その表情は暗い。
峰は改めて真矢に何があったかを訊ねた。
「門守君に何があったんですか?」
恐る恐る訊ねる峰に、答えたのは亜矢だった。
「仁君が……仁君がお家でファッジに襲われて、仁君は病院に運び込まれたそうです」
***
亜矢は白上教授の車で仁が搬送された病院に向かった。
病院の入り口では、宗吾が2人の事を待っていた。事の次第を詳しく説明する為に2人の事を待っていたらしい。
「こっちだ」
「権藤さん! 仁君は!?」
「落ち着いて、双星さん。彼なら命に別状は無いから安心して。詳しい事は彼の病室で話そう」
宗吾に案内されて、亜矢と白上教授の2人は仁が居る病室へと案内された。案内されたのは個室。宗吾が扉を開けると、ベッドの上で仁が眠っている。
亜矢はそれを見て、堪えていた物が噴き出す様にベッドに近付き上から仁を覗き込む。
「仁君――――!?」
起こしてはいけないと言う彼への気遣いと、彼の声を聴いて安心したいと言う気持ちが鬩ぎ合い亜矢はベッドの中から仁の手を取り優しく握る。両手で握った仁の手を、頬擦りするように自分の顔に付ける。
するとその瞬間、仁の瞼が震えた。
「う……ん……?」
「じ、仁君――!」
微かに呻き声を上げた仁に、亜矢が声を上げると彼の瞼がゆっくりと開いた。
「亜矢、さん?」
「仁君!」
仁が目を開け、自分を確かに認識してくれた事に亜矢は目尻に涙を浮かべて抱き着く。仁はそれを少し驚きながらも優しく受け止めた。
「おっとっと……」
「良かった、仁君。……もう、仁君! 心配させないでよ!」
「ごめんね、真矢さん。俺はこの通り、とりあえず大丈夫だから」
全身で安堵を表す亜矢と真矢を、仁が優しく宥める。まだ少しぼんやりしているように見えるのは、寝起きだからかそれだけ消耗したからか……
亜矢が仁の無事を喜んでいるのを眺めつつ、白上教授は宗吾に何があったのかを訊ねた。
「それで、何故こんな事に?」
「始まりは一般市民からの情報提供だった。曰く、あるアパートで激しい破壊が行われていると――――」
デイナとデイノニクスファッジの戦いは、当然周辺住民も知るところとなった。特に彼の部屋に隣接している部屋に住んでいる住人達は、デイナの戦闘音に何事かと家を飛び出し警察へと通報したのだ。
最初こそただの事故かと思われたが、直後にファッジと仮面ライダーの姿を確認した住人からの追加情報を得てS.B.C.T.も緊急出動。そして現場に向かった時、戦闘は既に終了しており現場には破壊された部屋の中で倒れた仁だけが残されていた。
「現場に到着した時は驚いた。何しろ破壊された彼の家は血だらけだったんだから」
「血だらけ? 門守君が?」
「いや、彼は見ての通り殆ど外傷はない。恐らく……戦闘に巻き込まれた誰か、それともその場に居なかったファッジのものだろうが……」
2人の会話は仁と亜矢達にも聞こえていた。落ち着きを取り戻した亜矢は、仁に何があったのかを訊ねた。
「それで仁君、一体何があったんですか?」
「ん……いきなり部屋に、恐竜のファッジが飛び込んできて――――」
「えっ!? 恐竜のファッジ!?」
「間違いないよ。来るだろうとは思ってたけど、連中早くも恐竜のDNAを使ったベクターカートリッジでファッジを生み出してたんだ」
取り急ぎまず最初に伝えるべき恐竜ファッジの出現を伝えてから、仁は自分が覚えている限りの事を話した。
自宅への襲撃、苦戦、そして――――
「エレキテルでも勝てないってなったから、この間出来たばかりの恐竜ベクターカートリッジを俺も使ったんだ。けど……」
「けど、どうしたんですか?」
仁は自分も恐竜ベクターカートリッジを使って、デイノニクスファッジに対抗しようとした事を伝えようとした。が、突然言い淀んだ彼に、亜矢が覗き見るように声を掛ける。
自分を心配して見つめてくる彼女に、仁は何かを躊躇う素振りを見せながら口を開いた。
「…………覚えてないんだ」
「覚えてない?」
「うん……スピノサウルスとケツァルコアトルスのベクターカートリッジをドライバーに入れてレバー引いたところまでは覚えてるんだけど、そこから先が……どうして、も…………」
その時の事を頑張って思い出そうとする仁だったが、段々と仁の様子がおかしくなってきた。額に手を当て、汗をかき、呼吸が荒くなってくる。
これはただ事ではないと、亜矢が彼の肩に優しく触れた。
瞬間、仁は亜矢に抱き着いた。
「わっ!? じ、仁君――?」
「ごめん…………何か分かんないけど、少し……こうさせて……」
詳しくは思い出せない。だが断片的に思い浮かぶ光景がいくつかある。
飛び散る血――転がる人の腕――血で濡れて真っ赤に染まる誰かの手――
その光景が段々鮮明になってくるような気がした瞬間、言い様の無い恐怖が仁の内から湧き上がった。何があったのかは分からないが、何か……とても良くない事があったのは確かなようだ。
何かに怯え、恐怖を紛らわす様に自分に抱き着く仁に亜矢は最初驚き目を見開く。だが直ぐに優しい目になると、幼い子供をあやす様に優しく抱きしめ彼の背を擦った。
「大丈夫、大丈夫です。何があったのかは分かりませんが、ここに仁君を傷付ける人はいません。だから安心してください」
「……ありがと…………ありがと――」
亜矢に抱き着き、彼女の体温に徐々に仁の心は落ち着きを取り戻していく。
次第に安心が眠気を誘ったのか、仁は再び眠りについてしまった。
眠った仁をベッドに寝かせ、布団を掛けた亜矢は安らかに眠る仁の頭を優しく撫でる。
「大丈夫です、仁君。私が……私と真矢は……何があっても、仁君を支えますから」
眠る仁の頬に亜矢がそっと口付けをする。夢現に彼女の言葉が届いたからか、それとも彼女の体温に安心したからか、仁の顔に薄らとだが笑みが浮かぶ。
静かに寝息を立てる仁を、亜矢は優しく微笑みながら見守っていたのだった。
…………尚、余談だがその様子は教授と宗吾が温かく見守っていて、時間が経ってから真矢にその事を指摘され亜矢は顔を真っ赤にして仁が寝ているベッドに顔を埋めたのは言うまでも無い事である。
と言う訳で第31話でした。
前回で本名が判明した希美、遂に今までの鬱憤を(身内に対してですが)晴らしました。非戦闘員の筈なのに、研究員って何気に死亡率高い職業だと思う。
仁が希美の正体に気付かなかったのは、体が変異して変声してたから気付かなかったんです。仮面ライダーではよくある事。
今回遂に恐竜フォームに変身しましたが、お披露目は後日にお預け。今回はただ、何かヤバいなってのが伝わってくれればと。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。