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さて、お待たせしました。今回遂に仁の反撃となります。
仁が逃げてしまった後、亜矢は1人悔いるように顔を俯かせていた。またしても仁が苦しんでいる時に、何もしてやることが出来なかった。その事が悔しい。
だが今度は悔いる時間は短かった。何を隠そう、今一番辛く苦しいのは他ならぬ仁自身なのである。自分で自分が制御出来ず、望まぬ暴力を振るい他人を傷つける事に彼は心を痛めているのだ。
こんな所で悔やんではいられない。今必要なのは行動だ。
「(どうすれば良いと思う?)」
【とにかく仁君を追いかけたいところだけど、その前にまずはあの教授に話を聞く必要があるわね。きっと今の仁君の状態に心当たりがある筈】
「(だね)」
亜矢は踵を返すと、先程の病室の所まで戻った。案の定白上教授はまだそこに居る。
「教授!」
「双星君か、門守君は?」
「いえ、逃げられちゃいました。さっきのお医者さんは?」
見渡せば先程仁に襲い掛かられた医師の姿は見当たらない。
「彼なら治療の為担架に乗せて運ばれたよ。心配しなくていい」
「そうですか。ところで教授、先程の仁君の様子について何か分かりませんか?」
十中八九原因は恐竜ベクターカートリッジにあるのだろう。それくらいは分かる。原因がベクターカートリッジにあるのなら、その専門家である白上教授なら何かの対処法を知っている筈だ。
「ふむ……門守君があの様になるのは、恐竜ベクターカートリッジを使う様になってからだったね?」
「はい」
「となると、やはり強すぎる遺伝子に精神が影響を受けているとみて間違いは無いだろう。直挿ししたファッジと同じ状態だ」
「何とかならないんですか?」
今必要なのは対処法なのだが、それを訊ねられると白上教授は難しい顔をして頭を抱えた。
「……すまない、こればかりは私にも気の持ちようと言う以外にない」
「気の持ちよう、ですか?」
「本来、ベクターカートリッジの悪影響は直挿しした状態で起こるのが普通なんだ。まさかドライバーを介しても尚起こった上に、変身していなくても影響が残るだなんて想定外だ」
「――――これはもしや…………だとすると彼は――――」
「教授?」
突然亜矢にも聞こえないくらいの小声でブツブツ呟いた白上教授に、亜矢が首を傾げていると彼はハッとしたように顔を上げた。
「あ、いやいや。何でもないよ。とにかく一度影響が出てしまった以上、対処するには門守君自身の心の強さに期待するしかない」
身も蓋もない言い方だが、ある意味間違いではないと亜矢の中で真矢は思っていた。今の仁は普段に比べて覇気が無い。予想外の事態とショックな出来事の連続でナーバスになっているのだろう。これでは全力が発揮できなくて当然だ。
「……分かりました。それじゃあ私、行ってきます!」
「あ、待ちたまえ!」
引き留める白上教授の言葉を無視して、亜矢は仁を探す為に病院を出た。
【それで、仁君が何処に居るか分かるの?】
「(今の仁君は、自分を見失って誰かを傷付ける事を恐れてる筈。となれば……)」
【行きそうな場所は、一つしかないよね】
そう、今の仁が向かいそうな場所は一つしか考えられなかった。
誰とも触れ合わず、もし自分を見失っても誰も傷付ける危険の無い場所。
それは――――――
***
病院を出た後、仁は何処をどう移動したのか覚えていないが自宅へと戻ってきていた。戻った彼は扉に鍵をかけ、自宅の奥で1人膝を抱えて床の上に座り込んでいた。
これなら誰も傷付ける事は無い。例え理性を失って暴れようが、部屋の中が散らかるだけで済む。誰にも迷惑は掛からない。
だがその一方で、今彼は無性に人との触れ合いを欲していた。心細くて、誰かに触れ合い、甘えたい。
「亜矢さん……真矢さん……」
頭に思い浮かぶのは最愛の女性。仁の心は彼女を求めていた。彼女と触れ合い、温もりを感じたい。
しかしそれは駄目だ。今の仁は何時爆発するか分からない爆弾の様なもの。何時また暴走して、亜矢を傷付けるか分からない。
本能を理性で抑える事が出来ないのがこれほど恐ろしい事だとはと、仁は己に恐れを抱きながら1人部屋の中で静かに塞ぎ込んでいた。
テレビも電気も点けず、無為に時間を過ごす。日は段々と傾き、影が濃くなり窓からは夕日の赤い光が差し込んでくる。
その時、部屋のインターホンを誰かが押した。ピンポーンと言う音が部屋中に響き渡り、仁の肩がビクリと震える。
「ッ!?」
肩を振るわせた仁だが、それ以上の反応は見せなかった。誰が来たとしても、鍵を掛けたこの部屋に入る事など出来はしない。
ところがここで思わぬ展開になった。数回ほどインターホンが鳴らされ、仁がそれらを全て無視していると突然鍵がガチャリと音を立てて開いたのだ。まさかと思わず顔を上げると、玄関に続く廊下から亜矢が顔を出した。
「あぁ、やっぱり。仁君ってば部屋に居ましたね」
「亜矢、さん? 何で……」
「何でって、仁君私にだけは合鍵を渡してくれてた事を忘れたんですか?」
仁はすっかり失念していた。この部屋に越す際、仁と亜矢は互いの部屋の合鍵を相手に渡していたのだ。
迂闊だった。こんな事なら人気の無い山奥にでも行くのだったと後悔しつつ、仁は部屋に入ってきた亜矢を拒絶した。
「帰って……出て行ってくれ!?」
「仁君……」
「もう分かってるだろ。俺、何時暴れ出すか自分でも分からないんだ。医者だって俺、別に殴りたかった訳じゃないんだ。でも、自分を抑える事が出来なくて、気付いたらあんな事を……」
あの時は止めてくれる人が居たから良かった。だが今同じ事が起きた場合、亜矢が傷付く事を防いでくれる人が居ない。もしここで本能の赴くままに亜矢に襲い掛かってしまったら、彼女がどうなってしまうか想像もつかなかった。
もしかするとただ暴力を振るうだけでなく、彼女を女性としても徹底的に蹂躙してしまうかもしれない。そんなのは嫌だった。
しかしそれに対する、亜矢の答えは否だった。
「いいえ、ここに居ます。もう、仁君から離れません」
「何で…………何で分かってくれないんだ!?」
仁は普段見せない怒りに歪んだ顔で亜矢の両肩を掴むと、彼女を壁に押し付けた。掴まれた肩と背中を壁に叩き付けられ、亜矢の顔が痛みに歪む。
「ッ!?」
「分かってくれよ……お願いだから!? 俺、亜矢さんだけは絶対に傷つけたくないんだ!? それくらい、大切なんだよ……だから――――!」
薄暗い部屋の中で、夕日の逆光を受けながら亜矢は確かに見た。仁の目から零れ落ちる涙を。震える声と頬を伝う涙、それは仁の心を何よりも雄弁に物語っていた。
亜矢はそっと仁の頬に手を当て、涙を優しく拭った。
「嫌です……絶対に、嫌です」
そう告げる亜矢の目には強い決意の光があった。それこそ仁が思わず怯むほどに。
気迫に圧され亜矢の両肩を掴む仁の手の力が緩む。それを好機と見て、亜矢がするりと仁の手をすり抜け彼に身を寄せる。
「大丈夫です。私は絶対に、仁君を怖がったり拒絶したりしません。だから安心してください」
優しい声で亜矢がそう告げると、仁がよろよろと後ろに下がりベッドに座り込む。そのまま項垂れる仁に亜矢が近付くと、彼からすすり泣く声が聞こえてきた。
「何で……何でだよ。何で…………離れなきゃって分かってるのに、亜矢さんが近くに居るとこんなに安心しちゃうんだよ――!!」
頭では彼女に近付くべきではないと思っているのに、心は彼女から離れたくないと言っている。彼女が傍に居る事で、心は驚くほど鎮まっていた。
矛盾する自分の心に、仁は涙を流さずにはいられなかった。
「怖いんだよ……俺、亜矢さんを傷付けるんじゃないかって。亜矢さんを泣かせたくないから、亜矢さんから離れたいのに…………それなのに、何で――――!?」
顔を右手で覆い、嗚咽を漏らす。初めて見る弱々しい仁の姿に、亜矢は彼の隣に腰掛けると優しく寄り添った。
「そんなに自分を追い込まないでください。辛い時は、甘えてください。仁君にはその権利があります」
「止めて、くれ……俺、何時亜矢さんに襲い掛かるか分からないんだ……」
「仁君はそんな事しません」
「何で――――?」
仁には分からなかった。亜矢は何故ここまで自分を信じてくれるのか。
「信じてますから……仁君の事。私達、仁君が思ってるより仁君が強い事を知ってます」
最初にスパイダーファッジと遭遇した時、彼は亜矢を庇って瀕死の重傷を負った。頭の回転が速い彼なら、身代わりになれば自分がただでは済まない事など分かった筈なのにだ。
それだけではない。彼は自分には全く関係ない事の筈なのに、戦いに身を置く事を直ぐに決断した。命の危険が伴う、本来であれば関わるべきではない仮面ライダーとしての戦いに対し逡巡せずに戦う事を決めたのだ。普通であれば少しの時間を必要とする筈である。
勿論そこには彼なりの譲れない信念があっての事。だがそれを差し引いても、彼はちょっとやそっとの事では挫けない強さを持っていると亜矢は確信していた。
亜矢がウルフファッジに連れ去られた時、仁は諦めず亜矢の元へと辿り着く手掛りを見つけ出して危うい所を助けてくれた。
峰の兄・健がキメラファッジにされた時、仁は一歩間違えれば健が死んでしまうという状況の中、自身の知恵と決断力で最高の結果をもぎ取ってみせた。
多分探せばもっとある。それこそ戦い始める前からだ。そんな仁が弱いだなんて事は絶対に無いと亜矢も真矢も確信していた。
「でも、俺…………」
それでもまだ自分を恐れる仁。頭が回ってしまうから、最悪の結果を考えずにはいられないのだ。その最悪の結果の回避方法が確立していないから。
自分を恐れる彼を、亜矢がそっと抱き締めた。
「大丈夫です。怖がらないで」
「仁君は絶対、私達を傷付けるような事はしないわ。自信を持って」
「それでも不安なら、その不安……私達が全部受け止めます」
「1人で全部抱え込まないで。私達2人が仁君を支えるから」
日が傾き、夕日だけが光源となった薄暗い部屋で亜矢と真矢の声が仁の耳元に響く。
彼が恐る恐る声のする方を見れば、そこには母性と慈愛に満ちた笑みで彼を見つめる亜矢の顔があった。
同時に、彼の鼻腔を亜矢の匂いが擽る。彼女の――女の匂いが仁の男としての本能を刺激した。ただでさえ人肌を欲していた状況で、最愛の女性にこんな事を言われて抱き着かれては、性を意識するななど無理な話だ。
しかし仁は自分を抑えた。何度も言うが今の彼は理性による歯止めが利き辛い。もしここで亜矢に襲い掛かって、本能の赴くままに彼女を蹂躙してしまったら…………。
そう思うと、彼は恐ろしくて仕方なかった。
「亜矢さん……真矢さん……」
仁はやんわりと彼女を押し返した。彼女を守る為の拒絶、彼女を狂暴な本能の暴虐から守る為の行動。
しかし亜矢と真矢の想いは、そんな彼が作り上げた壁を突き破って彼を包み込んだ。
「安心して、全部吐き出してください。不安も何もかも、全部」
「私と亜矢で全部受け止めるから。私達が仁君を支えてみせるわ、絶対」
そう言って亜矢は仁の頬に優しく手を置き、唇にそっとキスをした。それは言葉だけでなく、行動による全てを受け入れるという合図。仁になら好きにされても良いという、亜矢と真矢の覚悟の表れ。
彼女の温もりを何よりも求めていた仁に、それ以上耐える事は不可能だった。そのまま溢れる想いに任せて、仁は彼女を押し倒した。
***
「ん…………」
窓から差し込む朝日に、仁が目を覚ました。重い瞼を擦り、軽く身動ぎする。
「んぅ……」
不意に隣から小さく声が上がった。そちらを見れば、穏やかな顔で寝息を立てている亜矢が居る。
それだけなら2人も今まで何度か経験してきた事だが、今までと違う事が一つある。
今、2人は揃って一糸纏わぬ姿で一つのベッドの上に居るのだ。男女が裸で一つの寝具の中に居る。それが意味している事は1つしかない。
よく見ればベッドの一点には赤い染みが付着しているし、何だったら全体的にまだ湿っている。更に言えば2人の身体には所々に虫刺されの様な赤い斑点が主に首や胸周りについていた。
仁は亜矢を起こさないように気を付けながら、隣で眠る彼女の頬を優しく撫でる。たったそれだけのことで、彼女への愛しさで胸が一杯になる。たった一日前に、胸を覆いつくしていた陰鬱とした気持ちが何処かへと言ってしまっていた。
「ん、んん……」
と、仁に撫でられてかそれとも朝日が眩しくてか、亜矢も目を覚ました。薄らと目を開け、ぼんやりとした目が仁の事を見る。
「んん? あ、仁くん……」
「おはよう、亜矢さん。真矢さんも」
「ん~、お早う仁君~……あ――」
甘えるように仁に抱き着いた真矢だったが、ここで彼女も自分が一糸纏わぬ全裸である事を思い出した。そして思い出してしまうと、それに付随して昨夜の熱い一夜の記憶が鮮明に蘇る。
「~~~~!!」
恥ずかしさのあまり、亜矢が真矢から主導権を奪い彼に背を向けた。思い出すと恥ずかしいのか、その顔は真っ赤だ。
そんな彼女がまた愛おしくて、仁は後ろから彼女をそっと抱き締めた。
「ありがとう……2人共」
感謝の言葉を告げる仁。そこには先日までの、自分を恐れている様子がない。その事に亜矢は気恥ずかしさも忘れて嬉しくなる。
「…………はい」
仁の腕の中で亜矢は振り返り、そして仁の顔を正面から見た。
互いに穏やかな笑みを浮かべて互いに見つめ合う2人だったが、どちらからともなく顔を近付けそのまま優しく相手にキスをした。
「実はずっと考えてたんだ……」
「え?」
その後身支度を整え、簡単に朝食をとっていた時に仁が唐突に呟いた。
「考えてたって、何を?」
「恐竜ベクターカートリッジの制御法。今までずっと考えてたんだけどさ」
食べ終えた食器を片付け、コップに牛乳を注ぎ一気に飲み干す。そして一息つくと、考えを口にした。
「恐竜ベクターカートリッジ……俺は制御できなかったけど、傘木社の連中は直挿しで制御できてたんだ。覚えてる?」
そう言えば、と亜矢は以前4体の恐竜ファッジとの戦いの事を思い出した。あの時、あのファッジ達は仁が暴走すると慄き自分から変異を解いて降参の意を示していた。それはつまり、彼らは恐竜ベクターカートリッジを制御できていたという事に他ならない。
「でもどうして……」
「多分、あいつらは肉体改造を施してるんだと思う。薬学的に遺伝子を後天的に改造して…………」
自分で言って胸糞悪くなったのか、仁の眉間に皺が寄った。
亜矢は彼の気持ちを察し、それ以上その事を考えないようにと先を促した。
「つまり、遺伝子が恐竜ベクターカートリッジに負けてるから暴走してしまう、と?」
「そう言う事だと思う。直挿しとドライバーじゃあドライバーの方が制御しやすい筈なのに、俺の方が制御できてないって事はそう言う事だと思う」
そこまで聞いて亜矢は仁が、自分の肉体に改造処置を施そうとしているのではと危惧した。
「仁くん、まさか――――!?」
「いや、改造まではしないよ。でも今のままじゃいけないんだと思う」
「それじゃあ、どうするんです?」
改造するのではないとなると、仁は一体何を考えているのか?
「……一つだけ、可能性がある。改造に頼らず、遺伝子のレベルを上げられる可能性が」
仁は亜矢に考えを述べた。それはお世辞にも危険過ぎる、賭けとも言えぬ考え。それには流石に亜矢も声を上げずにはいられなかった。
「それは――!」
「ん、分かってる。凄く危ない事だってのは。でも……こういう言い方はしたくないけど……亜矢さん達が傍に居てくれたら、何とかなるかもしれない」
真剣な表情で仁が亜矢の事を見る。真っ直ぐな視線には、彼女も言葉を飲み込んでしまう。
「無理強いは……しないよ。亜矢さん達も危ないから。嫌なら付き合ってくれなくても構わない。でも、出来る事なら――――」
それ以上仁は何かを言う事は出来なかった。何故なら彼の口に亜矢が人差し指を当てたから。
仕方のない人とでも言いたげな、薄い笑みを浮かべながら亜矢が彼の事を見ていた。
「嫌だなんて、言う訳ないじゃないですか。……私達、もう絶対仁君から離れないって誓ったんだから。そりゃちょっと驚いたけど、でも…………私達の事、頼ってくれて素直に嬉しいです」
「亜矢さん……真矢さん……」
「言われなくても、付き合いますよ。……例え火の中水の中、ね」
「……ありがとう」
自分はこれ以上ない幸せ者だと、仁は改めて思った。自分が辛い状況の時でも、折れないように支えてくれる最愛の人が居る。
不意に2人の目が合った。互いを見る熱の籠った目。その目に引き寄せられるように2人は顔を近付けて――――――
唐突に仁の携帯から着信音が鳴った。決して五月蠅くはない筈の着信音は、この時ばかりは煩わしく仁も思わず顔を顰めた。
「…………良い所だったのに、もしもし?」
ぼそりと仁が呟くと、それを聞いて亜矢が思わず笑みを浮かべる。
亜矢が笑った事に気付かず、仁が携帯に出ると通話の相手は峰だった。携帯の向こうの彼女は何処か慌てた様子だ。
『あぁ良かった門守君! やっと出てくれましたね!』
「すみません。それで、何が?」
『白上教授と一緒にS.B.C.T.と傘木社に対する対策を練ろうとしていたんですけど、移動の途中で2人が言っていた仮面ライダーに襲撃されて……権藤さん達が助けに来てくれたんですけど、状況は最悪です!?』
「すぐ行きます。場所は?」
峰から今居る場所を聞き出した仁は通話を切ると、引き締まった顔で亜矢を見た。それだけで彼女も全てを察し、こちらも引き締まった表情で彼に頷いた。
「行こう、亜矢さん真矢さん」
「はい!」
2人はすぐさまマンションを出ると、トランスポゾンで現場へと向かった。
ある程度近くまで行くと激しい戦闘音が聞こえてくる。どうやら相当派手にやり合っている様だ。仁がアクセルを噴かしスピードを上げて現場へと到着する。
〈CROCODILE Burst〉
仁達が現場に到着した瞬間、2人の目に飛び込んできたのはヘテロの必殺技『バイトクラッシュ』を銅色のスコープ2号に放ち、両脚で挟んだ挙句何度も地面に叩き付け変身解除にまで追い込んだ。
「が、はぁ……」
「野本ッ!?」
スコープ2号が倒された事に、別のファッジの相手をしていたスコープ1号が声を上げる。どうやら敵はヘテロだけではないらしい。
「……ん? 来たんだ?」
ここでヘテロがやってきた仁達に気付いた。彼女は気怠そうな声を上げながら2人の事を見る。
「お待たせ」
「別に待っちゃいないけどね。もうアンタなんてどうでもいいし」
「そんな事言わないでさ」
ヘテロは仁の様子に違和感を感じた。先日までの頼りなさが感じられない。今目の前に居る仁は、彼女を何度も負かしてきた“あの”仁だ。
自然と仁に対する興味が湧く。ヘテロの視線が自分に向かったのを見て、仁は亜矢を一度見るとケツァルコアトルスベクターカートリッジとスピノサウルスベクターカートリッジを取り出し起動状態にした。
〈QUETZALCOATLUS〉
〈SPINOSAURUS〉
ベクターカートリッジを取り出す仁だったが、その腰にはまだデイナドライバーが装着されていない。一体何のつもりだとヘテロを始め、白上教授達も怪訝な顔をして仁の動向を見つめている。
「すぅ……はぁ……」
何処か緊張した様子の仁が一つ深呼吸をすると、亜矢がそっと彼の腕に触れる。それだけで仁の顔からは緊張が消え、強い意志を感じさせる目を見せた。
そして――――――
「は?」
「なぁっ!?」
「門守君ッ!?」
仁は徐に起動状態の二つのベクターカートリッジを、ドライバーではなく自分に挿した。直挿しをしたのだ。ベクターカートリッジはあっという間に仁の体に潜り込み、その体を変異させる。
「グゥゥゥゥッ!? ガァァァァァァァッ!!」
ケツァルコアトルスとスピノサウルスを混ぜたような姿のキメラファッジとなる仁。理性を失った獣の咆哮を上げる仁だったが、亜矢は彼の傍から離れない。
それどころか彼女は、溢れる力に体を震わせる仁に優しく抱き着いた。
「ッ!? 駄目だ双星君!? 直ぐに彼から離れろ!!」
「双星さん早くッ!?」
仁が何を考えているのかは分からなかったが、今の亜矢が非常に危険な状態である事は理解できた。ただでさえ直挿しによるファッジは人間から理性を奪い取り、破壊と殺戮を撒き散らす獣とするのだ。ましてや恐竜ベクターカートリッジの危険性を考えれば、今の彼に近付くのは無謀極まりない行為と言えた。
しかし亜矢は白上教授達の声を無視し、仁に抱き着き離れない。
周りの物を破壊しながら暴れる仁の変異したキメラファッジだが、不思議と亜矢は振り払われなかった。
「ん…………?」
気付けば仁の意識は再び周囲を暗闇に包まれた空間に佇んでいた。自分以外人も物も無い、孤独な空間。
だが今度は違う。例え姿は見えていなくても、仁は直ぐ近くに亜矢の存在を感じていた。彼女が居てくれるなら、自分は1人じゃない。1人じゃないなら、恐れる事など何もない。
と、ここで仁は自分と亜矢以外の気配を感じた。気配を感じる方に目を向ければ、そこには以前もこの空間で見た動物達が遠巻きに仁の事を見ていた。
今なら分かる。あの動物達は全てベクターカートリッジに封入されている超万能細胞、正確には超万能細胞にインプットされている遺伝子だ。
もっと穿った言い方をしてしまえば、あれはそれぞれの遺伝子に宿った意思の様なものだろう。遺伝子に意思があるなど非科学的な物言いだが、そうとしか言いようが無かった。
その生命の意思達が、遠巻きに仁の事を見ている。いや……それは間違いだった。彼らが見ているのは仁の向こう側に居る存在だったのだ。
「…………ふむ」
彼らの視線の先を追って仁が振り返ると、そこには自分を見下ろすケツァルコアトルスとスピノサウルスが居た。彼らは揃って、今にも仁に襲い掛かりそうな様相で彼の事を見ている。
以前ここに来た時は、仁も慄き有無を言わさず意識を彼らに飲まれてしまった。だが今、落ち着いた心で彼らを見る事が出来た。そして分かる。彼らはただ、生きたいだけなのだ。
一度は絶滅し、遺伝子だけになりながら悠久とも言える長い時を耐え忍び、そして再び地上に蘇る事が出来た。
だが現代の生物たちは、過去の生物である彼らを受け入れてくれなかった。それが辛く、悲しくて彼らは――――
「……生きる事に、罪は無いよな」
仁は遠巻きに見ている“仲間達”に向け微笑んだ。恐れる事は無い、彼らは敵では無いと。
それを証明するように、仁は太古の時代から蘇った新たな仲間に向けて手を差し伸べた。
「おいで――――」
受け入れる姿勢を見せた仁に、気付けば彼らは圧を向けていなかった。仁の心が、彼らに伝わったのだ。
そして、ケツァルコアトルスとスピノサウルスは今度は優しくそっと仁に近付き、その鼻先で差し出された手に触れた。
キメラファッジに変異し、暴れる仁を白上教授達が固唾を飲んで見守っている。
彼を見ているのはヘテロも同様だった。尤もこちらはどちらかと言うと落胆の気持ちが強い。彼女には仁の行動が、ヘテロに勝てないから自棄になってベクターカートリッジを直挿ししたようにしか見えなかったのだ。
「ふん……」
もう完全に仁に対する興味を失ったヘテロが、テイルバスターの銃口を彼に向ける。
その時、彼女らの視線の先で変化が起こった。
「グゥ! ウゥゥゥゥゥゥゥ!!」
突然仁が変異したファッジが胸を押さえて苦しみだした。
その様子にヘテロと白上教授は、仁の体力が変異に耐え切れなくなったのだろうと予想した。ただでさえ負担の大きなベクターカートリッジの直挿し……それも通常のそれより強力な恐竜ベクターカートリッジの、更に2本同時使用だ。その負担は計り知れない。
しかも仁は傘木社の一部の人間の様に肉体改造を施していないのだ。普通に考えれば、耐えきれる訳がなかった。
「ガァァァァァァァッ!?」
叫び声と共に仁の体から2つのベクターカートリッジが排出される。それと同時に仁の姿は元に戻った。
今なら仁は無防備だ。ヘテロは仁にテイルバスターの狙いを定め、引き金を引こうとした。
だが次の瞬間、信じられない事が起こった。ベクターカートリッジが排出された仁は、力強い目で宙に浮いたベクターカートリッジを見たのだ。
「ッ!? まさか――――!?」
信じられないと固まるヘテロの前で、仁は2つのベクターカートリッジを空中でキャッチしてみせた。
亜矢を除く誰もが驚き注目する中、仁は手の中の2つのベクターカートリッジを見て頷く。
「……よろしく」
そして彼は亜矢を見て、危険と隣り合わせの状況で自分を信じ続けてくれた彼女に感謝を込めて抱きしめた。
「ありがとう……亜矢さん、真矢さん」
「信じてましたから……絶対に大丈夫だってね」
暫し亜矢の温もりを堪能した仁は、少し名残惜しそうにしながらも彼女から離れ腰にデイナドライバーを装着した。ヘテロは彼がドライバーを装着したのを見て警戒を強める。
〈QUETZALCOATLUS〉
〈SPINOSAURUS〉
「さぁ……検証の時間だ」
〈QUETZALCOATLUS + SPINOSAURUS Reborn〉
「変身!!」
〈Open the door〉
意を決して変身する仁。そこには一切の恐れがない。恐れる必要などない。その手にあるのは、凶暴な力ではなく頼れる仲間なのだから。
光の殻を破り姿を現したデイナ・ケツァルスピノフォーム。彼は変身完了すると、その背にある翼を広げ一度飛翔し一気にヘテロに接近した。
「ッ!?」
予想以上の速度に、一瞬反応が遅れるがテイルバスターの引き金を引いて迎撃するヘテロ。デイナは放たれた炸裂弾を僅かに体を傾ける事で避けた。
無駄のない動きでヘテロに接近すると、その拳を握り締めヘテロに叩き付ける。今までの借りを返す様に。
「はっ」
放たれた拳は重く、ヘテロもテイルバスターを盾代わりにしなければ防げない程だった。しかも防いでも尚重く、衝撃はヘテロを僅かに後退りさせる程。
「くっ、舐めるな!?」
負けじとテイルバスターを振り回すヘテロだったが、デイナはそれを必要最低限の動きで避け、時には受け流した。そこには先日までの力に振り回された荒々しい動きは無く、理性で冷静に考えて成している動きを見せていた。
「この動き、暴走してない!? 力は前と同じかそれ以上なのに!? アンタ一体何したのよ!!」
訳が分からないとヘテロは思わず叫んだ。無理もない。一度直挿ししただけで制御できるようになるなど、肉体改造を施して漸く理性を保って制御できるようになった彼女からすれば冗談じゃないと叫びたくなる光景だった。
その疑問に対し、デイナは静かに答えた。
「大した事はしてないよ。ただ、受け入れただけだ」
「受け入れた?」
「そうさ。皆生きてるんだ。例え遺伝子だけになろうと、生命はここに確かに存在する」
話しながらデイナはテイルバスターを弾き、ヘテロの胸部装甲に正拳突きを放つ。穴を穿たれたような一撃に、一瞬ヘテロの呼吸が止まる。
「ぐっ?!」
「俺はそいつらと、ただ手を取り合っただけ。ただ生きたかったこいつらと、一緒に歩いていく事を決めた。ただそれだけの事だ」
「ふざけるなッ!?」
認められない。認められる訳がない。そんな事で制御できてしまうなら、体を改造されて飼い犬にまで身を堕とした、自分は一体何なのか。
〈HORSESHOE Burst〉
ヘテロは激情に任せて『トーンインパクト』をデイナに放つ。だが今のデイナに、そんな我武者羅な攻撃は当たらない。翼を使って低空飛行して距離を取りつつ、デイナはレセプタースロットルを引いた。
〈ATP Burst〉
「戦いのレポートは、纏まった」
デイナは再び飛翔すると、両脚にエネルギーを集束させヘテロに接近し両脚で彼女を挟むと一気に上昇。空中で1回転して彼女を地面に向って投げつけると落下しつつある彼女に向って、今度は急降下して接近しつつ両脚蹴りを放った。
「ハァァッ!」
「くっ!?」
〈TURTLE Burst〉
放たれたデイナのノックアウトクラッシュに対し、ヘテロは悪足掻きでシェルブレイカーを発動。エネルギーの甲羅でデイナの両脚蹴りを受け止めた。
「ハァァァァッ!!」
「くぅ、あぁぁぁぁぁぁっ!?」
空中で攻撃を受け止められるも、デイナは構わずそのままヘテロを足蹴にしたまま急降下。翼を持たないヘテロにはどうする事も出来ず、彼女はデイナと地面に挟まれた。
「がはぁっ?!」
地面に円形のクレーターを作るほどの力で叩き付けられ圧し潰され、ヘテロの口から苦悶の声と共に空気が吐き出される。
クレーターの中心に埋まったヘテロを尻目に、デイナはクレーターの縁に着地した。彼はクレーターの縁から彼女を見下ろすと、踵を返して亜矢の元へと向かう。
完全に制御したケツァルスピノフォームの手で、亜矢をそっと撫でた。絶妙な力加減で、彼女を傷付ける事無く撫でる。それは彼が力を完全に制御できている事を何よりも表していた。
自分が完全に力を制御できている事を確信したデイナが変身を解除すると、亜矢が彼に抱き着き白上教授と峰がやって来た。
「門守君!」
「制御出来たんですか? でもどうやって?」
彼らが気になるのは仁が恐竜ベクターカートリッジを制御できるようになった理由だ。つい昨日まで力を全く制御できていなかった筈なのに、一体何故制御できるようになったのか。
「簡単です。細胞をこいつらに合わせたんですよ。直挿しで、敢えて影響を受ける事で……」
デイナドライバーでベクターカートリッジの悪影響を防ぐという事は、言葉を換えればベクターカートリッジ――超万能細胞と自身の間に壁を作るという事。仁はそれを自ら取っ払い、自分の細胞を超万能細胞に歩み寄らせたのだ。
仁の話を聞いて白上教授達は驚くと共に呆れた。
「なんて無茶を……帰ったら検査を受けてもらうよ。どんな悪影響が出るか分かったもんじゃないんだ」
「分かってますよ」
もう仁は完全にいつもの調子を取り戻していた。その事に峰も安堵の溜め息を吐き、彼と彼に抱き着いている亜矢を優しく見た。
と、ここで彼女は亜矢の首筋に赤い斑点を見つけた。最初それをただの虫刺されかと思った峰だったが、何気なく仁の首筋を見るとそこにも同じような斑点があるのを見てもしやと思い2人に接近。2人の首筋にある赤い斑点を近くで交互に見た。
「あ、あの先輩? 私達に何か?」
「――――あ」
仁は峰が何を見つけたのかに気付き、咄嗟に首筋を手で隠した。それを見て峰の眼鏡の縁がキラリと光る。
「門守君、双星さん……その首筋の虫刺されみたいな斑点は何ですか?」
「…………はぅっ!!」
亜矢も峰に気付かれたのに気付き、顔を真っ赤にする。それは2人が昨夜何をしていたのかを雄弁に物語っていた。
途端に峰は2人に昨夜の事を根掘り葉掘り聞こうとした。
「2人共、ちょ~っと色々話を聞きたいんですけど!」
「ノーコメントで。亜矢さん、ちょっとゴメンよ」
「わわっ!?」
峰からの追及を逃れる為、仁は亜矢をお姫様抱っこで抱えその場から逃走を図った。人一人を抱えているとは思えぬ速度で逃げる仁を、峰が追いかけその様子を白上教授が微笑ましく眺めているのだった。
因みにスコープ1号は自力でファッジを倒しており、デイナにより倒された筈のヘテロを確保しようとしたが彼がクレーターの縁に立った時、そこには誰も居なかった。
と言う訳で第37話でした。
長らくお待たせしました。漸くこの時が来ました。
登場してからこの方碌な事がなかった恐竜フォームを今回やっと制御下に置く事が出来ました。かなり危ないやり方での制御でしたが。主人公なんだからこれ位のリスクは払ってくれないと困ります。
因みに今回、フェードアウトしている間に仁と亜矢が何をしていたかについては、既に公開されているレイトショー( https://syosetu.org/novel/260388/ )をご覧ください。一応言っておきますが、R-18ですのでご注意を。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。