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今回は早速前回最後にちらっと出た女性が登場します。サブタイトルで正体は大体予想がつくでしょうが……
週末の金曜日、亜矢は暑い日差しの下をスーパーのビニール袋に食材をたんまり入れて歩いていた。
今日は仁の家に泊り、今夜から明日明後日に掛けて仁と共に過ごす事を決めていたので、夕飯には気合を入れたものを作るつもりだった。
しかし夏真っ盛りで日もまだ沈んでいない時間帯の外出は、正直に言って辛い。亜矢はどちらかと言うと肌を出さない服装なので、日光に肌を焼かれる面積は少ないが熱はどうしようもない。一応彼女の服は通気性に拘ってはいるが、それでも服の内に籠る熱は彼女から体力を削いでいく。
【あ~つ~い~……亜矢、暑い……】
「(我慢して、真矢……私だって暑いんだから……)」
感覚を共有している為、勿論亜矢の中に居る真矢も暑さに辟易していた。実はこのやり取り、もう5回目である。
こんな事ならもう少し日が落ちた時間に買い物に行くべきだったかと思わなくも無いが、汗を軽く流してから仁の家で夕飯の支度をする事を考えると、多少日差しがきつくても早い時間に動くべきだろうと思わずにはいられなかった。
仁を想う気持ちは真矢も同様で、早めに買い物をする事には賛成だったが、それはそれとして暑いものは暑いのでその事に対する不平不満はどうしても出てきてしまうのだ。
額や首筋に浮かぶ汗を、ハンカチで拭いながら自宅への帰路に就く亜矢。その時彼女の視界に、アイスの移動販売車が映った。
それを見た瞬間、真矢が亜矢の中で騒ぎ始めた。
【亜矢亜矢亜矢! あれ見てあれ、アイスアイス!!】
「(見えてる、見えてるから騒がないで)」
【あれ買おう! まだお金余裕あるし!】
「(だ~め! もうすぐ家に着くんだし、余裕がある内に無駄遣いは控えないと)」
甘い上に冷たいという事で、亜矢にアイスを強請る真矢だったが亜矢は首を横に振った。家に帰れば買っておいたカップアイスがある。こんな暑い日差しが差す中で食べなくても、家に帰って冷房の利いた部屋で食べる方が良い。
亜矢はそう思っていたのだが、真矢はこの暑さを少しでも紛らわしたいのか今すぐにでもアイスが食べたかった。
【やだ!? 今すぐアイス食べたい!?】
「(子供みたいな我が儘言わないで)」
【暑い暑い暑い暑いアイスアイスアイスアイス!!】
「~~~~ッ!? あぁ~もう、分かったわよ! 買えばいいんでしょ買えばッ!!」
頭の中で騒ぐ真矢に耐え切れなくなり、亜矢が思わず声を上げてしまった。突然大声を上げる亜矢に周囲の人達がギョッと彼女の事を見る。自分が大声を上げて周囲から注目されてしまった事に気付いた亜矢は、しまったと言う顔になると暑さとは別の理由で顔を赤くして俯いてしまう。
「(う~~~~、真~矢~!?)」
【ご、ゴメンゴメン。でも暑かったし……】
「(……はぁ~、もう。今回だけだからね?)」
喜ぶ真矢の声を脳内で聞きながら、亜矢は移動販売車に近付いていく。この暑さで同じ事を考える者は多いのか、販売車の前には3人ほど列が出来ている。
2人は直ぐに味を決めたのかあっと言う間にアイスを買って離れて行ったが、亜矢の前に並んでいた女性がなかなかに長考していた。あれやこれやと指をさしては、顎に手をやり悩んでいる。
ただでさえ最後尾だったのに加えて、漸く後1人と言う所で長々と考え込まれて真矢が次第に我慢の限界に近付いていた。
【う~~~~~~!?】
「(ま、真矢? 少し落ち着こう? ね?)」
今にも不満を爆発させそうな真矢を、亜矢は必死に宥めていた。
そんな彼女の焦りも知らず、目前の女性は未だに悩んでいた。
「ん~~……ダメだ、やはりこの中から一つに絞るのは難しいな。なぁ、君?」
「んぇっ!?」
暫し悩んで結論が出せなかったと思しき女性は、徐に振り返り亜矢に声を掛けてきた。まさかいきなり声を掛けてくるとは思ってもみなかった亜矢は、突然の事に変な声を上げてしまう。
「な、何ですか?」
「ちょっと聞きたいんだが、君はこの中でどのアイスが欲しい?」
「はい?」
「アイスの味だよ。君だったら何を選ぶ?」
何故この女性は見ず知らずの自分にこんな事を聞くのか、亜矢は訳が分からなかった。そんなアイスの味なんて、自分が食べたいと思ったものを適当に決めればいいだろうに。
とは言えそれをドストレートに言って状況をややこしくするのもなんかあれだったので、事を穏便に済ませる為亜矢は適当に思った味を選んだ。
「そ、そうですね……私だったら、ラズベリーでしょうか?」
「ふむ、ラズベリーか……」
オーソドックスにバニラやストロベリーなんかも良いが、この暑さの中で食べるならラズベリーの様なさっぱり爽やかな酸味のある味の方が良い。そんな基準で亜矢はラズベリーを選んだ。
亜矢の答えを聞いた女性は、ラズベリーのアイスに目を向け――――
「ではバニラを」
迷いなくラズベリーとは全く関係のないバニラを選んだ。じゃあ何で聞いたんだと、亜矢の中で真矢が文句を言ったがこれで列が動いてくれる。
漸く自分の番だと亜矢が思った矢先、亜矢の鼻先にラズベリーのアイスが差し出された。
「……へ?」
「どうした? これが食べたかったんだろ?」
「え? はぁ、そうですけど……」
「アイス選びの参考の礼と、長い間待たせてしまった詫びだ。遠慮せず受け取ってくれ」
「ど、どうも……」
亜矢はやや困惑しながら、女性からアイスを受け取った。
何時までも店の前に居ては邪魔になるので、亜矢は日陰に移動しそこでアイスを一舐めした。爽やかな酸味と冷たさが口の中に広がり、僅かながら気分も涼しくなる。
【はぁ~、生き返る~!】
真矢がお待ちかねのアイスに歓喜の声を上げるのを脳内で聞き、亜矢はクスリと笑みを浮かべながらアイスを食べ進める。
「うん、やはりこの季節に食べるアイスは別格だね」
そして何故か隣には、先程の女性が居た。亜矢はどうにもこの女性が気になったので、アイスを食べる合間に思い切って話し掛けてみた。
「あの、一つ聞いて良いですか?」
「ん? 何かな?」
「何で私がラズベリー選んで、バニラと言う結論に達したんですか? 別にラズベリーの近くにバニラは無かった筈ですけど?」
全く脈絡なくラズベリーと聞いてバニラを選んだ、女性の感性が分からず思わず問い掛けてしまった。すると女性は、唇についたアイスを舐め取りながら答えてくれた。
「君はカオス理論と言うものを知っているかな?」
「はい? カオス理論?」
「うん。端的に言えば、非周期性の変動現象の事だ。風が吹けば桶屋が儲かるを学問したものと言えば分かり易いかな?」
「は、はぁ――?」
何故アイスの味がいきなりカオス理論の話になるのか分からず、亜矢は頭にハテナマークを浮かべながら曖昧に返事を返した。その間にも、真矢は亜矢の体を動かしてアイスを食べている。こっちは女性の話には微塵も興味がないらしい。
「それで、そのカオス理論とアイスの味に何の関係が?」
「簡単な話だ。君がラズベリーを選んだと言う一石を私に投じてくれた。それが私の思考に波紋を作り、最終的にバニラと言う選択を取らせたのだよ」
「ん? んん?」
聞いてもやっぱり訳が分からなかった。つまりあれか、この女性は亜矢の選択を聞いた瞬間直感的にバニラを選択したという事か。
だったらなんで最初から直感で選んでくれなかったんだと思わずにはいられなかったが、多分それを聞いてもきっと訳の分からない理論を展開してくるだけで亜矢が理解出来る回答は返ってこないだろう事は容易に想像できた。
なのでこれ以上この話題を出すのは止めておいた。
すると、何時の間にかアイスを食べ終えて満足していた真矢が亜矢に囁いた。
【な~んかこの人さ、誰かに似てる気がしない?】
「(誰かって? 何、何処が?)」
【何て言うか、雰囲気とか? それにこのマイペースな所とか、誰かに似てる気がするんだけど……】
言われてみれば確かに。どこか気だるげな目元と言い、変に博識と言うか聞いた事も無い理論をすいすい出してくるところと言い、物凄く既視感があった。
はて誰だろうか? 亜矢が思わず首を傾げていると、突然近くで何かが破壊される音が響いた。
「ッ!?」
「おや?」
驚き立ち上がる亜矢に対して、女性は音のした方を見て首を傾げるだけ。
今の破壊音、ただの事故であってくれと願った亜矢だが、破壊音と悲鳴が断続的に響いて来たのにファッジが暴れている事を確信。荷物を置いて素早く現場へと向かった。
「あ、っと! あなたは危ないですからここに居てください! それと、すみませんがこの荷物お願いします!」
「え? 危ないって君は?」
亜矢の言葉に女性は首を傾げるが、女性の問い掛けを無視して亜矢は騒動の現場へと向かう。
現場に到着すると、案の定そこではファッジが暴れていた。一見すると恐竜ファッジではないように見える。トンボの様な見た目のファッジだ。
【亜矢、気を付けて。あれももしかしたらワニやカメみたいに、太古の力を引き出されたファッジかも】
「うん!」
真矢の予想は当たっていた。あれはただのトンボのファッジではない。恐竜の遺伝子を使って太古の祖先・メガネウラの力を引き出されたトンボのファッジ、メガネウラファッジなのだ。
メガネウラファッジは高速で飛び回りながら街を破壊している。と、メガネウラファッジが亜矢の姿に気付き彼女の前に着地してきた。
「仮面ライダーか? 待っていたぞ」
「これ以上、好き勝手はさせませんよ!」
メガネウラファッジの暴挙を止めるべく、デイナドライバーを腰に装着した。
次の瞬間――――――
「おぉ~! 何だ君は? その姿、まるでトンボじゃないか!」
「――って、えぇ!?」
【何考えてんのよあの人ッ!?】
何と先程の女性が、亜矢の荷物を持ってやって来たではないか。しかも荷物をその場に置くと、間近でメガネウラファッジをまじまじと眺め、更にはペタペタと触りまくる始末。
あまりにも危機感が感じられないと言うか非常識な姿に、亜矢は勿論メガネウラファッジも驚愕のあまり動きを止めてしまった。
「触った感触は昆虫の甲殻の様だが、このサイズで外骨格生物は存在できない筈。君、骨はあるのか? いやそもそもこれは甲殻なのか? ちょっとサンプルを取らせてくれ」
「な、何だお前は気持ち悪い!?」
亜矢とファッジの驚愕など無視して1人騒ぐ女性に、メガネウラファッジは気持ち悪さに女性から距離を取る。
ファッジの方から距離を取ってくれたのを見て、亜矢は女性の腕を掴みメガネウラファッジから引き剥がした。
「何やってるんですか、離れてくださいッ!」
「あぁ~、待ってくれ。表皮のサンプル、いやせめて産毛の一本でも良いから……」
「いい加減にしなさいよ!? 好奇心と自分の命とどっちが大事なの!?」
流石に黙って見ている事が出来なくなり、真矢も表に出てきて女性を怒鳴り乱暴に後ろに押しやる。
これ以上彼女に好き勝手させてはならないと、真矢はさっさと変身する事にした。
〈CAT Adaptation〉
「変身!」
〈Open the door〉
「あれはっ!?」
背後で女性が驚く声を上げるのを他所に、ルーナに変身した真矢はアームブレードを展開してファッジに飛び掛かった。
「ハァッ!」
ルーナのアームブレードによる一撃はメガネウラファッジの甲殻を傷付け、ダメージを与える。メガネウラファッジは両手の爪と尾の一撃で反撃するが、素早く動き回るルーナには当たらない。
流石に太古の力を引き出されているだけあって、傷付けることは出来てもあまり大きなダメージを与えることは難しかったがそれでもルーナも恐竜系のファッジとの戦いには慣れたもの。相手の防御の薄い所を狙っての一撃や既にダメージを与えた所への集中した攻撃で、着実にダメージを重ねていった。
「えぇい、クソッ!」
これ以上のダメージは不味いと思ったのか、メガネウラファッジは翅を広げて上空へと飛翔する。空中に飛んで距離を取ったメガネウラファッジは、翅を超高速で動かし超高周波を発生させた。耳をつんざくような甲高い音に、ルーナは思わず両耳を塞ぐ。
「うあぁぁぁぁっ!? くぅっ!?」
強烈な超高周波は周囲の建物のガラスを割り、被害を拡大させていく。これ以上やらせてはいけないと、ルーナは苦痛と不快感を堪えてリプレッサーショットを抜き引き金を引いた。放たれた銃弾は、メガネウラファッジの甲殻を傷付け、僅かながら動きを鈍らせる。
「くっ!?」
一瞬とは言え怯んだ事で、超高周波が弱まった。その隙にルーナはリプレッサーショットを連結させ、ライフルモードにしてベクターカートリッジを装填した。
「これで、終わりです!」
〈Genome set ATP Burst〉
狙いを定め、引き金を引く。放たれたバーストブレイクは、しかし直ぐに体勢を立て直したメガネウラファッジに回避された。
とは言え完全に躱された訳ではなく、左翅2枚の先端を掠めて僅かながら飛翔能力を低下させた。
「外した――――!?」
「くっ?! ファッジではここまでが限界か」
メガネウラファッジは1人ゴチると、ルーナに背を向けて飛び去って行った。ルーナは飛び去るメガネウラファッジの背に向けて追撃の銃撃を続けるが、素早く飛び回るメガネウラファッジにはなかなか当たらない。
結局ルーナはメガネウラファッジを逃がしてしまい、辺りは静けさを取り戻した。
「逃げられましたか。ふぅ……」
とりあえずの脅威が去った事にルーナは安堵の溜め息を吐き、変身を解除した。
するとその瞬間、先程の女性が今度は亜矢に詰め寄った。
「君! それを一体何処で手に入れた!?」
「わわっ!? えっと、その、あの姿の事は出来れば内密に……」
「もしや君が自分で作ったのか? いやそんな訳がないか、そんな風には見えない。一体誰にこれを渡されたんだ?」
「え、えっと……(真矢、どうしよう!?)」
【私に聞かれても……】
物凄い勢いで質問攻めしてくる女性に、亜矢と真矢はどうすればいいか分からず立ち往生してしまう。
亜矢が困っている事に気付く様子も無く女性は尚も彼女を問い詰めるが、そこに仁がやって来た。ファッジが暴れていると聞き、彼は彼ですっ飛んできたのだ。
「あ、亜矢さん」
「仁くん!」
「先越されちゃったね……って、あれ? その人……」
「あ……えっと、この人は……何て言うか……」
仁に女性の事をどう説明しようかと悩む亜矢だったが、正直説明のしようがない。アイスの移動販売で偶然出会ったところまでならともかく、ルーナに変身するところを見られて質問攻めに遭っていると話すのは少し勇気が要った。
だが亜矢が何かを言う前に、女性が仁に話し掛けるほうが早かった。
「おぉ、仁。久しぶりじゃないか」
「何でここに? 帰ってくるなら一言言ってくれれば良かったのに」
「別に良いじゃないか。私と仁の仲だろう?」
「部屋の片付けとかいろいろあるんだよ」
「片付けが必要なほど散らかりもしないだろうに」
何やら女性と仁が矢鱈と親しそうにしているのを見て、亜矢は目を丸くした。失礼な言い方かもしれないが、女性は仁や亜矢よりも年上に見える。そんな女性と物凄く親し気に接する仁に、亜矢は段々と嫉妬に表情を険しくした。
「じ、仁くん? この人とはどんな関係なんですか?」
「ん?」
珍しく険しい顔をする亜矢に、仁は首を傾げる。何が亜矢を不機嫌にさせているのか分かっていない様子の彼に、亜矢の機嫌はますます悪くなっていく。
が、真矢の方は仁と女性の関係に気付いた。思えば彼女達は既にヒントを手にしていたのだ。
【あ~、亜矢。私分かっちゃった】
「え?」
【この女の人、多分ね――――】
真矢が全てを話す前に、女性が仁の腕を引っ張った。
「それより仁、私はさっき非常に興味深いものを見たんだ。きっとお前も興味を持つぞ」
「それ多分俺もバリバリ関係者だからある意味手遅れだよ――――母さん」
「――――――――――母さん!?」
***
「改めて紹介するね。こちら、俺の母さん」
「門守
とりあえず仁は亜矢と母である香苗を連れて家へと帰った。
帰宅し亜矢が買った食材を冷蔵庫にぶち込み、落ち着いた頃を見計らって仁は亜矢に香苗を、香苗に亜矢を紹介した。
「は、初めまして! 双星 亜矢です。よ、よろしくお願いします!!」
「うん、宜しく」
「因みに俺の彼女ね」
「ちょっ、仁くん!!」
【きゃっ! 仁君ったら!!】
まさか香苗が仁の母親だったとは知らなかったので、色々と失礼をしてしまったのではないかと緊張する亜矢だったが、それも仁の言葉で吹き飛んだ。それどころか、母親相手に堂々と彼女として紹介され嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなる。
一方の香苗はと言うと、仁が自分から彼女と紹介した亜矢をとても興味深そうに見ていた。
「ほ~ぅ? ほほ~ぅ? いや~、まさかあの仁が彼女を作るとはねぇ。子供の頃、友達すらまともに作れなかった仁が彼女を作るとは」
「作れなかったんじゃなくて作らなかったの。興味なかったんだもん」
「だから心配してたんじゃないか。私は素直に喜んでるんだぞ。きっとあの世で
香苗はうんうんと頷いた。まぁ気持ちは分かる。子供の頃から筋金入りで知識欲を満たすこと一筋だったのなら、親としては色々と心配になるだろう。
「それより仁。さっき非常に気になる事を言っていたね? 仮面ライダーの関係者がどうとか、ちょっと聞きたい事が山ほどあるんだが?」
「後でね。とりあえず腹減ったから晩ご飯にしよう」
「キッチン借りますね」
「俺も手伝うよ」
流石に香苗の分まで入るのに、亜矢一人に全てを任せるのは何だか気が引けた。それに、香苗が居る状況では亜矢と二人きりで話せる場面にも限りがある。
と言っても、仁の料理スキルは最低限のものしかないので、出来ることは本当に亜矢のサポートが精一杯だった。野菜を切ったり、食材を洗ったりだ。
それでも肩を並べて料理をすると言う状況に、2人は胸に温かいものを感じずにはいられなかった。
「……それにしても、そっくりだったわね」
「何が?」
「仁君と仁君のお母さん。なんで見た瞬間に分からなかったんだろうってくらいそっくりだったわ」
調理の最中、真矢が亜矢の口を借りて思った事を口にする。
出会った当初は色々あって気付かなかったが、今改めてみれば仁と香苗は本当によく似ていた。顔立ちもそうだが、何よりも好奇心に素直な所がよく似ている。多少の危険を顧みない所などそっくりだ。
「そうかな?」
「そうですよ。私びっくりしたんですから。仁くんのお母さん、少しも怖がらずにファッジに近付いてペタペタ触ったんですよ? 仁くんそこまで出来ます?」
「どうだろ……でも母さんの気持ちはよく分かるかな」
「分かっちゃうんだ……やっぱり親子ね」
などと他愛のない会話をしながら、夕飯が完成した。
今夜の献立は夏野菜をふんだんに使ったカレーである。
「はい、お待たせ」
「ありがとう。うん、美味しそうだ。それではいただきます」
香苗はカレーの盛られた器を受け取ると早速スプーンを手に取り掬って口に運んだ。口に含むと、程良い辛さが口中に広がる。
満足そうにカレーを食べる香苗に笑みを浮かべ、仁と亜矢もカレーに口を付ける。辛さは中辛と言ったところか。真矢の事を考えて、辛さを押さえている。
「どうだい仁、大学は?」
カレーを食べながら、香苗は仁に近況を訊ねる。やはり母親として、息子の事は気になるのだろう。特にこんな、興味のあること以外には殆ど無頓着な男だ。色々と心配になるのも無理はない。
「順調だよ。卒論研究も今の所問題ないし」
「勉強についてはそうだろうさ。私が聞いているのは交友関係。友達とか居るのか?」
「ん……まぁね」
「そうか……まぁ、彼女が居るなら友達が居なくても寂しくは無いだろうさ」
「んっ!? んぐ……げほっ、げほっ!」
突然話題に上がり、驚いてカレーが変な所に入ってしまった。思わず咽る亜矢の背中を擦り、仁は水をコップに注いで飲ませる。
「亜矢さん、大丈夫? 母さん……」
「すまないすまない。だがさっきも言ったが、仁に彼女が出来た事は素直に嬉しく思ってるんだ」
そんな感じに談笑しながら、夕食は和気藹々とした様子で終わった。
そして夕食が終わり、食後の茶を一杯飲んで和んでからはエネルギーを補給した香苗による質問の再開だ。
「それで仁。もう一度聞くが、お前が仮面ライダーの関係者だって?」
仁と亜矢は顔を見合わせる。話していいものかと少し考えたが、香苗は仁の母親だ。知ろうと思うなら知る権利が彼女にはある。
それに、ここで教えないと自力で知ろうとして勝手な行動に出る可能性があった。それでさらに厄介事を起こされては堪らないので、仁は仮面ライダーやファッジに関する事を香苗に話す事にした。
「まぁね。色々とあって……って言うか母さん、海外に居たのに仮面ライダーの事知ってるんだ?」
「噂は海外にも広がっているよ。怪物と戦うヒーローと言う形でだがね」
「ふ~ん」
「あ、そう言えば仁君のお母さんって今何してるんですか?」
「一言で言えば冒険家かな? 気になる事があれば西へ東へ、好き勝手飛び回るんだ」
「好き勝手とは失礼だな。調査依頼を受けてやってるんだぞ。それに冒険家とは言うが、本職は科学者の端くれだ」
冒険家と言う職業の人に出会うとは思っていなかったので、亜矢と真矢は香苗をまじまじと見た。
「で、話を戻すが、一体何がどうして仁が仮面ライダーと関わったんだ?」
香苗の質問に、仁は話せる限りの事を話した。
最初に仮面ライダーになるまでの経緯と、これまでの大まかな戦い。立ちはだかる傘木社の脅威など、色々だ。
「ふむ、なるほど……まさか私が日本を離れてる間にそんな事になっていたとはな。仁が仮面ライダーに……」
「正直、仮面ライダーになってなかったら死んでたね」
そう言いながら仁はデイナドライバーを取り出した。香苗は仁からデイナドライバーを受け取ると、色々な角度からまじまじと眺めた。
「ほぉほぉ、これが……」
じっくりとデイナドライバーを眺める香苗。その視線が段々と鋭くなっていく事に、仁も亜矢も気付かない。
「…………因みにベクターカートリッジとは?」
「これ」
仁は香苗にヒューマンベクターカートリッジを渡した。掌の上のベクターカートリッジを、香苗は興味深そうに見ている。
「これがあの怪物の元かぁ……ふむ」
〈HUMAN〉
香苗は受け取ったヒューマンベクターカートリッジを、亜矢が使ったように起動状態にするとそれを躊躇無く自分の腕に押し当てた。
「ちょっ!?」
「大丈夫。ヒューマンベクターカートリッジはファッジを作らないから」
香苗の行動に慌てる亜矢だったが、既に実験でヒューマンベクターカートリッジには危険性が無い事を知っていた仁は彼女を宥めた。
渡せばこういう行動をするだろうと読んで、仁はヒューマンベクターカートリッジを香苗に渡していたのだ。肝を冷やした亜矢は、流れた冷や汗を拭いホッと胸を撫で下ろす。
「…………ん? 仁君何でそんな事知ってるの?」
「そりゃ自分で臨床実験……あ」
うっかり自分でベクターカートリッジの実験をしてしまった事をバラしてしまった。ヤバいと思って口を噤むが時既に遅し。今度は亜矢が物凄い勢いで仁に詰め寄った。
「仁くん、何て危ない事をしてるんですか!?」
「いや……ちょっと気になっちゃって……」
「ちょっと気になったからってそんな事しないでください!?」
「そうだぞ仁。あんまり周りに心配をかけるもんじゃない」
「アンタがそれ言う?」
たった今自分にベクターカートリッジを使おうとした香苗の言葉に、真矢が思わず表に出てきて呆れた声で言う。
香苗は真矢の言葉に肩を竦めると、仁の傍に行き彼をそっと抱き締めた。
「ん……母さん?」
「…………本当に、あんまり無茶するんじゃないぞ。これでも一応、人並みにお前を母親として愛してるつもりなんだ。あんまり母さんを心配させないでくれ」
「うん…………頑張る」
「それは頑張る様なものじゃないですよ。本当に、もう……」
仁の言葉に呆れながらも、亜矢は香苗に抱かれた仁を微笑ましく見ていた。あんな彼でも、ちゃんと人並みに愛情を持って育てられた事が知れて嬉しいのだ。彼は決して一人ぼっちじゃない。自分以外にも彼の居場所を作ってくれる人は居る。
その事が亜矢は無性に嬉しかったのだった。
***
食後の団欒も終え、夜も更けてきたと言う時間になると突然香苗が荷物を纏めて玄関へと向かい出した。
「え、どこ行くの?」
「実はこの近くにホテルを取っていてね。そう言う訳だからそろそろお暇させてもらうよ」
「どうせなら泊まっていけば良かったのに」
「何を言ってるんだ。巣立ちつつある我が子の邪魔をする訳にはいかないだろう? 特に、恋人との時間を邪魔するなど……」
言外に、「後は若い二人で」と言われ亜矢が思わず顔を赤くした。彼女の初々しい反応に笑みを浮かべ立ち去ろうとした香苗は、ふと何かを思い出したように立ち止まると荷物を漁り何かを取り出した。
「そうそう、忘れるところだったよ。仁、お土産だ」
香苗はそう言って取り出した何かを親指で弾いた。突然の母の行動に、しかし仁は慣れているのか放物線を描いて飛んできた“それ”を片手でキャッチした。
「……お土産をこんな雑に扱って良いの?」
「カッコいい渡し方だったろ?」
「はぁ……で、これ何?」
香苗が弾いて渡したのはコインだった。縁は金色で内側が緑色、そして中央には本と羽ペンが描かれている。裏面には……太陽と海だろうか? そんな感じの紋章が刻まれていた。
見た感じ貨幣と言う感じではない。貨幣とするには価値を感じさせる指標の様な物が見当たらなかった。だがゲーセンのコインゲームのコインかと言われればそれも違う感じだ。そんな安っぽい感じではない。
仁はコインを裏表何度もひっくり返してじっくり眺めた。横から覗き込んできた亜矢も、見た事のないコインに首を傾げている。
「これ何処の何?」
「さぁ? カリブ海に沈んでた沈没船の中で見つけたんだ」
「か、カリブ海の沈没船って……」
「いや~、なかなかの大冒険だったよ。海賊に追われるわ、沈没船の中にはどデカい蛸が居るわで」
はっはっはっ、と笑う香苗に亜矢が引き攣った顔を向ける。そして同時に納得した。彼女と仁は間違いなく親子だ。
「ま、何でもいいや。ありがと」
「ん……それじゃ、私はそろそろお暇するが、仁。あんまり無茶するんじゃないぞ。風邪なんか引かないようにな」
そう言って香苗は今度こそ玄関から出て行った。
彼女が出て行くと、部屋は何だか一気に静かになった気がする。別段香苗は騒がしい女性と言う訳でも無いのだが、何と言うか……彼女が居ると場が自然と明るくなるような気がするのだ。
「……行っちゃいましたね。仁くんのお母さん」
「うん……ま、その内またフラッと帰って来るでしょ」
「そうですね……その時はもう私達、苗字変わってるかもね……ッ! もう、真矢!!」
「そうなってたらいいね」
「じ、仁くんまで、もう――――!!」
真矢の茶化しに声を上げる亜矢だったが、次いで放たれた仁の言葉に茹蛸の様に顔が赤くなる。
こう言う事を平然と言い放つ彼に、亜矢は顔を思わず手で覆い隠す。
「母さん……母さん、か」
「ん? どしたの、仁君?」
「いや、亜矢さんの両親にも何時か挨拶に行かないとなって」
亜矢はハッとなった。そう言えば彼女も両親に仁の事を何も話していない。色々とあって、家族に報告する事を忘れていた。
「落ち着いた時にでも良いから、連れて行ってくれる? 亜矢さんと真矢さんの両親の所に」
「はい……何時か、必ず……」
仁の事を話したら、父と母はどんな顔をするだろう?
そんな事を考えながら、亜矢は仁に寄り添い仁は亜矢の肩を優しく抱くのだった。
***
その日の夜、香苗は宿泊するホテルの部屋にて、ノートパソコンを開きキーボードを叩いていた。
仁の家に居た時と違い、その目線は鋭く表情は何処か険しい。
「何故……何故あれが?」
ノートパソコンのディスプレイには何かの設計図の様な物が映し出されている。それは、細部こそ違うが全体的に見てデイナドライバーにそっくりだった。
香苗はその設計図を見て、深く息を吐くと椅子の背凭れに体重を預け天井を仰ぎ見る。胡乱な目で天井を見ていた香苗だったが、徐に右腕を持ち上げ目を覆った。
「一体どう言う事なんだ、司? 何故仁があれを持っているんだ? どうして何にも言ってくれなかった? どうして死んだ?」
両目を覆い隠した腕の下から、一筋の涙が零れ落ちる。
薄暗いホテルの一室で、ノートパソコンのディスプレイの明かりに照らされた香苗の涙がキラリと光を放った。
と言う訳で第39話でした。
はい、前回ラストに登場した女性は仁の母親でした。
仁は母親似です。顔立ちや性格など、大部分は香苗の物が遺伝してます。ただ頭の出来は父親似ですね。
今回からまた新たな章に突入する感じです。ここから先暫くは、デイナドライバーの秘密なんかに迫っていく感じですね。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。