同時進行で連載しているシンフォギア・ウィザードが一区切りして少しの間更新をお休みするので、暫くはこちらに全力を注ぎます。
取り合えず今回は、遂に来るべき時が来ました。
それは、唐突に起こった――――――
あれから仁は、夕方には完全に回復した。グアニンの言葉を信じるのであれば猛毒を注入された筈なのに、夕方にはケロッとしており瘦せ我慢をしている様子もない。
それでも念の為検査してもらおうと亜矢が病院に行くことを進めたが、物がファッジの猛毒であれば病院など何の役にも立たないし現実に体に不調は無いのだからと言う事で仁はこれを拒否した。
一体何故、仁の体は毒に侵されたにもかかわらず一時苦しんだだけで済んだのか?
疑問に思った亜矢は白上教授に聞いてみた。
「教授、どうして仁くんは毒を受けても平気だったんでしょう?」
亜矢からの問い掛けに、白上教授は少し考えてから答えた。
「これは想像だが……恐らく門守君がケツァルスピノフォームだった事が幸いしたのかもしれない」
「ケツァルスピノフォームだったから?」
「うん。太古の恐竜・翼竜に関しては外見ですらはっきりした事が分かっているとは言い難い。体内で行われている生体活動に関しても分かる範囲での想像だ。もしかすると、太古の生物は毒に対して強い耐性を持っていたのかもしれない」
確かに、仁は毒に対する対策も考えてハリネズミの遺伝子からなるベクターカートリッジを作っていた。それと同じ効果が、恐竜の遺伝子にあったとしても不思議ではないかもしれない。
だが真矢は、そんな白上教授の結論に違和感を覚えたのか納得した様子を見せなかった。
【ん~?】
「(真矢? どうしたの?)」
【ん~……ううん、何でもない】
真矢の様子に首を傾げる亜矢だが、とにかく仁が大丈夫そうで良かった。
とは言え完全に安心した訳ではなく、時間差で再び異常が起こるかもしれないと言う事でこの日は仁の家に泊る事にした。仁もそれを拒否する事なく、彼女を家に招きその日は終わった。
夜、亜矢が寝静まった頃に仁は静かに目を覚ました。
一糸纏わぬ姿で隣で眠る亜矢。無防備なその寝顔に、仁は優しくキスを落とし髪を梳く様に撫でる。
「…………ごめんね」
これから自分は、絶対彼女を不安にさせてしまう。それはきっと避けられない。その事を考えると、今から彼女に対し申し訳なく思ってしまう。
だが、もう止まれないのだ。今更全てを無かった事には出来ない。
仁は近い内に訪れるその時、亜矢と真矢に掛けてしまう心配や迷惑の事を考え、それに対する謝罪の意味も込めて――同時に自身の不安を和らげる為――再び彼女に優しくキスをするのだった。
そして翌日、仁と亜矢は大学に向かった。先日の戦闘で広場や研究棟は酷い有様だったので、大学自体は休校状態だ。
それでもここ最近活動が活発になってきた、傘木社に対する備えはしなくてはならない。
ラボに到着すると白上教授に峰、拓郎とこの研究室の裏の活動に関わる者が全員揃っていた。
ラボに到着するなり、峰は仁からデイナドライバーを受け取った。これまでの戦闘データなどを収集し、今後の傘木社のファッジに対抗する手段の構築などに役立てると言うのだ。
仁は白上教授、拓郎と共にベクターカートリッジの調整などを始めた。残された亜矢は、最初仁を手伝おうと思っていたのだが、徐に真矢が表に出て峰に近付いた。
【ま、真矢?】
「(ゴメン、ちょっと気になる事があって)」
困惑する亜矢を他所に、真矢は峰に近付き背後から声を掛けた」
「先輩さん、ちょっといい?」
「うぉっ!? 真矢さん? いきなり後ろからどうしたんですか?」
音も無く近付き声を掛けてきた真矢に、峰は飛び上がるほど驚く。真矢は驚く峰を宥め、チラリと白上教授の様子を伺うと声を落として峰に話し掛けた。
「ちょっと気になるんですけど……恐竜ベクターカートリッジに解毒とか毒耐性があるかどうかって分かります?」
「毒耐性ですか? 調べてみない事には何とも言えませんけど……」
「ちょっと調べてみてくれません?」
「はぁ……まぁそれ位なら」
真矢の言葉に首を傾げながら、峰はケツァルスピノフォームのデイナのデータを調べ上げていく。戦闘時の仁のバイタルと、デイナの中で起きている変化を事細かに調べ上げていった。
そうして暫くして、ある事が分かった。ケツァルスピノフォームには毒に対する耐性など存在しない。仁が毒に侵された時、デイナドライバーのスペックに変動は見られなかった。もしケツァルスピノフォームに毒を浄化する能力が何か備わっているのなら、スペックに変動が生じる筈である。
それが無いと言う事は、ケツァルスピノフォームには毒に対する耐性は存在しないと言う事に他ならない。
では仁はどのようにして猛毒を無毒化したのか?
「(やっぱり……)」
【真矢、どう言う事?】
「(あの教授は嘘をついてるって事よ。やっぱり私、あの人が信用できない)」
真矢は改めて白上教授に真実を問い質す事を決めた。あの教授が抱えている秘密は、きっと仁にも関係がある。無視する訳にはいかない。
白上教授に本当の事を聞こうと真矢が立ち上がった時、教授は紅茶の用意をしているところだった。カップに紅茶を注ぎ、まずは近くに居た拓郎と仁に手渡す。
「さ、少し休憩しよう」
「どうも」
「はい」
仁と拓郎がカップを受け取り、一口啜って軽く息を吐く。教授は続けて亜矢と峰の分の紅茶を淹れ2人に手渡した。
「さ、君らも」
「ありがとうございます」
差し出されたカップを峰は素直に受け取ったが、真矢はカップと教授の顔を交互に見てから受け取った。渡された紅茶からは温かな湯気が立っているが、真矢は紅茶に口をつけることなく本題を口にした。
「教授さん、一つ聞きたいんだけど?」
「ん? 君は真矢さんだね? 何だい、聞きたい事って?」
真矢の様子に首を傾げながらも、白上教授は話の続きを促した。どこか余裕を感じさせる白上教授の様子に、真矢は不快な顔をする。自分達に嘘をついておきながら、至って普通に接してくるのが白々しく思えて仕方ないのだ。
「さっき先輩さんにお願いして調べてもらったんだけど、ケツァルスピノフォームには毒耐性は無いそうよ?」
「ッ!?…………そう、なのか」
「さて、これは一体どういう事なのかしら? 教授さん昨日言ってたわよね? 仁君が無事だったのはケツァルスピノフォームが毒耐性を持ってるからだって――――」
真矢による白上教授への詰問。だがそれは突然室内に響いたカップが割れる音で中断された。
「ん?」
音が聞こえてきたのは、仁と拓郎が居る方から。流石に少し気になり、話を中断して真矢がそちらを見ると仁の足元が零れた紅茶で濡れていた。どうやら仁が紅茶の入ったカップを落としたらしい。
拓郎がカップを落とした仁に呆れながら、雑巾と箒、チリトリを持ってきた。
「おいおい、何やってるんだよ」
最初、仁の些細なミスに呆れながらも割れたカップと零れた紅茶の片付けをしようとする拓郎だったが、ふと仁の事を見て異変に気付いた。
仁の手が引き攣った様に震えているのだ。いや、手だけではない。仁の顔も、まるで何かを耐えようとしているかのように引き攣っていた。拓郎が見ている前で、仁の震えは手だけでなく体全体に拡がっていく。
異変に気付いたのは真矢もだった。突然硬直したように動きを止めた仁と、そんな彼を怪訝な顔をして見つめる拓郎に真矢も違和感に気付いたのだ。
「仁君?」
仁の異変に気付いた真矢が声を上げた瞬間、仁の体の震えが大きくなり、遂には激しく痙攣しながら倒れた。
「あ……あああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!?」
「仁くんッ!?」
「門司!?」
突然悲鳴を上げて痙攣しながら倒れた仁に、亜矢と拓郎が慌てて近づく。何が起こったのかは分からない。もしかしたら時間差で毒が再び猛威を振るったのか、それとも別の何かなのかは分からないがとにかく異常事態なのは確かだ。
亜矢は倒れた仁を心配して衣服越しに仁の腕に触れた。だが触れた瞬間、服の下に感じた”それ”に彼女は思わず手を引っ込めた。
「ッ!?」
「どうした、双星さん?」
何かに弾かれたように手を引っ込め、驚愕の表情を浮かべる亜矢に何があったのかと拓郎が問う。白上教授と峰も亜矢の様子に尋常ではない何かを感じたのか、仁を心配しつつ彼女の事を見た。
自分に向けられる視線に気付かず、否、そんなもの気にする余裕もなく亜矢は今し方自分が感じたものに困惑を隠せずにいた。
「何……今の……?」
「双星君?」
呆然と呟く亜矢に白上教授が問い掛けるが、亜矢は構わず再び仁の腕を掴むと袖を捲って彼の腕を直接目にした。
「ッ!?」
「なっ――」
「これは!?」
そこにあった光景に、亜矢だけでなく峰と拓郎も絶句した。
蠢いていた。仁の肌が蠢いていたのだ。まるで皮膚の下で何匹ものミミズがのたくる様に、仁の皮膚がウゾウゾと蠢いていた。そして何よりも、熱い。火傷するほどと言うのは大袈裟だが、尋常でない熱を仁から感じる。体温を測れば40度は超えているのではないだろうか。
今の仁はどう考えても普通ではない。もしかするとこのまま死んでしまうのではと言う危機感に、亜矢は居ても立ってもいられず仁に声を掛けた。
「仁くん、仁くん!? しっかりしてください!?」
「双星君、待ちなさい!」
「そんな、だって仁くんがッ!?」
慌てふためく亜矢を白上教授が宥めようとするが、逆に亜矢は更に狼狽える。無理もない。仁は現在進行形で苦しんでいるのだ。しかも原因が分からないと来ているのだ。これで落ち着けなど無理がある。落ち着いてほしければ、それ相応の情報や状況の変化が必要だった。
その変化は程なくして訪れた。
「だい……じょうぶだよ。亜矢、さん……」
「ッ、仁くん!?」
先程まで苦しみ悶えて悲鳴を上げていた仁が、いつの間にか亜矢の事を見ていたのだ。彼は凄まじい量の汗をかきながら、亜矢に向けて必死に笑みを浮かべている。
「大丈夫、だよ。きっと、大丈夫。だから……心配しないで……」
「そんな、無理ですよ!? だって、こんなすごい量の汗、絶対普通じゃありません!? それに――――」
今の仁の身に起きていることは明らかに異常だ。いや、異常という言葉すら生ぬるい。人間に起こっていい異変ではない。
心の底から仁の身を案じる亜矢に、仁はこんな状況でも嬉しくなり彼女の頬を優しく撫でた。或いはそれは、彼女を少しでも安心させようとしての行動だったのかもしれない。
「だいじょうぶ、だから……。教授……あとは、頼みます」
亜矢と真矢を安心させようと声をかけ、最後に白上教授に後の事を託し意識を手放した。胸が上下しているので、ただ意識を失っただけなのだと分かるが尋常では無く苦しそうなその様子から一瞬本当に死んでしまったのではないかと亜矢は焦った。
「仁くん!?」
「いや、大丈夫だ。意識を失っただけで、問題はない。瀬高君、手伝ってくれ」
「は、はい」
焦る亜矢を宥め、拓郎と共に仁を仮眠室まで担いでいく。
インドア派に見えて意外と鍛えられている仁は、印象に反してがっしりしていて重い。拓郎は想像以上に苦労しながら仁を仮眠室のベッドへと連れて行く。その際、彼も服越しに感じる仁の異常な体温と彼の蠢く肌に、言い知れぬ怖気を感じずにはいられなかった。
仁を仮眠室の簡易ベッドに寝かせ、亜矢が濡らしたタオルで彼の汗を拭い熱から脳を守る為氷嚢を乗せる。一通り仁の介抱を終え一息つくと、亜矢は白上教授に何が起こっているのかを訊ねた。
「教授、これは一体何なんですか? 仁くんの体に一体何が?」
【亜矢、ゴメン代わって】
この事態に一番対処できるだろう白上教授に状況の説明を求めた亜矢だが、有無を言わさず真矢が表に出てきた。唐突且つ強引な主導権の交代に、亜矢も目を白黒させながらそれでも文句を言う事はしなかった。
「教授さん、正直に答えて。……仁君がこうなるって分かってたの?」
真矢は激情を感じさせない声色で問い掛けているが、それが怒りを抑えているのだと言う事は直ぐに分かった。快活な真矢にしては声色が平坦過ぎる。
何時爆発するかも分からない活火山の様な真矢を前に、白上教授は何を言うべきか悩むように押し黙っていた。だが簡易ベッドの上で眠る仁の姿に、覚悟が決まったのか教授は口を開いた。
「…………あぁ。こうなる事は予想出来ていた」
「ッ!!」
真矢からの問いに白上教授が小さく頷きながら肯定の言葉を口にした、その瞬間真矢の怒りが爆発した。白上教授の襟首を掴み、振り回すようにして床に倒しその上に馬乗りになる。
「あんた……あんたぁッ!!」
「ちょっ、真矢さん落ち着いてください!?」
「気持ちは分かるが、ここで教授を傷付けてもどうしようもないぞ!?」
【真矢……】
このままだと白上教授の首すら絞めてしまいかねない真矢の勢いを流石に見兼ねて、峰と拓郎が彼女を必死に宥めた。後ろからそれぞれ真矢の腕を掴み、彼女がそれ以上白上教授を傷付けないようにする。
一方亜矢は、真矢の行動を賛同も咎めもしなかった。仁がこうなる事を知っていて何もしなかった白上教授は確かに許せない。だがここで教授を傷付ける事が正しいとはどうしても言えなかったのだ。
【真矢……まずは落ち着こう】
「これが落ち着いていられる!? この男、仁君を実験台にしたのよ!? ううん、仁君だけじゃない。きっと亜矢の事も実験台にしてデイナドライバーとベクターカートリッジの実験してたのよ!」
仁の身に起こっている異常とデイナドライバー・ベクターカートリッジが無関係な訳がない。きっとこれは、デイナドライバーとベクターカートリッジを使う事で発生する不具合が形となったものだ。
そして白上教授は、何れこうなる事が分かっていて何も言わなかった。仁を実験台にして、経過観察をしていたのだ。
少なくとも真矢にはそう見えた。とてもではないが許せるものではない。
「それは違う! 私は少なくとも、君や門守君を実験台にしたつもりはない!」
「それじゃこれは何!? どうして仁君がこんな事になってるの? 分かってたんなら何で止めてくれなかったの!!」
頭に血が上った真矢が白上教授に食って掛かる。今の彼女には、白上教授や峰達が何を言っても聞く耳を持ってはくれないだろう。
今、彼女を宥める事が出来るとすればそれはただ1人――――
「――――止めなかったんじゃなく、止めさせなかったんだよ」
「ッ!? 仁君!」
真矢の怒声に反応してか、それとも体調が落ち着いて来たからか、仁が目を覚まし体を起き上がらせた。まだ体温が高いのか顔は赤く汗が浮かんでおり、目も何処か虚ろで未だ体調が悪いのだろう事が伺える。
起き上がった彼を見て、亜矢が表に出て彼の背を支えた。
「無茶しちゃダメです。さ、横になって……」
「いや……大丈夫。見た目ほど体調は悪くはないから」
仁は心配してくる亜矢を宥め、ベッドの上に座り直すと一つ大きく息を吐いて口を開いた。
「こうなる事……俺は分かってたよ。分かってて教授には何もせず見ているだけにしてくれって頼んだんだ」
「何の為に……」
「必要だと思ったんだ。俺の体に起きてる事は、これから先きっと重要なデータになる。そのデータを活かす為に、教授には経過観察をお願いしたんだ」
つまり仁は、自分自身を実験動物として教授に差し出したのだ。確かに彼は、仮面ライダーとして戦う事を決意した時にそんなような事を言っていた。だがまさか、ここまでするだなんて思っていなかった為亜矢は信じられないと言う思いで一杯だった。
「と言うか、門守君。今一体どうなってるんですか?」
「お前の今の体、明らかに普通じゃないぞ?」
亜矢だけでなく峰や拓郎も仁の体の事が気になり疑問を口にする。それに対し、仁は暫し思案すると徐に自分の左手の中指を右手で包んだ。
そして――――
「ッ!!」
「じ、仁くん!?」
仁はその中指を躊躇せずへし折った。湿った木が折れるような嫌な音が室内に鈍く響き、その光景に亜矢が悲鳴を上げ峰と拓郎は顔を顰めた。
「何やってるんですか!?」
「大丈夫、落ち着いて」
「これを見てどう落ち着けと――!?」
自分で自分の指をいきなりへし折ると言う行為に、冷静さを欠いた亜矢を仁が宥める。宥めながら、仁は折った中指を今度は無理矢理真っ直ぐに治した。強引にへし折った指を今度は無理矢理治そうとする仁の行動の意味が分からず、峰と拓郎はその痛々しい行為に只々顔を顰めるだけだった。
だが次の瞬間、目の前の光景に亜矢達は言葉を失った。
無理矢理真っ直ぐ治しただけの指が、何の問題も無く動いたのだ。先程彼は間違いなく指の骨を折った。関節を外したと言うレベルではない。明らかに間接ではない所が曲がっていたのだから間違いはなかった。
「え? もう治った? え?」
「じ、仁くん? これは、一体――?」
訳が分からないと言う顔をする亜矢達に、仁は自分の体に起きた異変を端的に話した。
「俺、新人類になっちゃったみたい。超万能細胞が全身に行き渡った、超万能細胞に適応した新人類に」
「――――――え?」
***
希美は1人傘木社の社内食堂で食事をしていた。周りには既に彼女が平らげた皿が山の様に積み上げられており、周りからは彼女の姿が皿の山に隠れて見え辛い。
その山が唐突に崩れた。高さが限界に達してバランスを崩したのではない。誰かがぶつかって崩れたのだ。崩れた食器が床に散乱し、割れてしまった物も少なくない。
「あ――――?」
希美はフォークに刺したステーキを口に運ぶ態勢のまま、皿の山を崩した人物の方に目を向けた。大方、シトシン辺りが絡んできたのだろうと最初思っていたが、彼女が目を向けるとその予想は裏切られた。
そこに居たのはトクシックファッジに変異していた少女――リリィだった。リリィは苦しそうに胸を抑えながら、自分がしてしまった事に顔を青くしている。
「あ、ご、ゴメン……なさい」
胡乱な目で自分を見てくる希美に、リリィは彼女を怒らせてしまったかと体を縮こまらせて謝った。まるで小動物の様に体を震わせるリリィは、希美が鼻を鳴らすと肩をビクリと震わせる。
殴られるか怒鳴られる事を覚悟して目尻に涙を浮かべるリリィ。だが予想に反して、希美は特に気分を害する事も無くそのまま食事を続行。分厚いステーキを僅か二口で完食し、水で口の中を洗い流すとリリィに向けてシッシと手を振った。さっさと何処かへ行けと言う事らしい。
怒っている訳ではない事は伝わったのか、リリィは僅かに安堵した表情で再び希美に頭を下げるとその場を離れていく。その際も胸を抑え、苦しそうに息をしていたが希美は全く気にした様子がない。
「…………はぁ」
希美は空になった皿を空虚な目で見つめていた。腹はもう満腹だ。これ以上は入らない。だが心は全く満足していなかった。
考えてしまうのは、先日の戦いで仁に言われた一言。
『アンタどうしたら満たされるの?』
「――――そんなの、こっちが聞きたいわよ」
これだけ食べても心は満たされない。戦っても虚しいだけ。一体自分はどうすれば満足できるのか、彼女自身全く分からなかった。
いっそ死んでしまえばこの虚しさからも解放されるのだろうが、それだけはどうしても選ぶ気になれなかった。
或いは、もう一度仁と戦えば何か答えが得られるのだろうか。そんな事を考えていると、椅子がひっくり返る派手な音が聞こえてきた。
「んん?」
何事だと希美がそちらを見ると、リリィが倒れているのが見えた。その際に椅子に体を引っ掛けたのか、近くの椅子をひっくり返してしまったらしい。
「はぁ……はぁ……」
リリィは苦しそうに喘いでいる。息をするだけでも苦しそうだ。そんな彼女に対し、希美は特に関心も抱かず椅子から立ち上がると少女の方に向けて歩いていき…………その横を素通りしようとした。そちらに向けて歩いたのは、その方向が食堂の出入り口だからだ。リリィがどうなろうと知った事ではない。
だが希美が横を通り過ぎようとすると、ズボンの裾をリリィが掴んだ。朦朧とした意識の中で、リリィは希美に助けを求めたのだ。
「はぁ……あ、ぁ……」
弱々しい力でズボンの裾を掴んだリリィに、希美は尚も関心を向けない。鬱陶しそうに足を引っ張り、彼女の手を振り払った。
それでもリリィは諦めなかった。一度は振り払われたが、再び手を伸ばしズボンの裾を掴んできた。
「――――チッ」
流石にしつこいので文句を言おうと希美がリリィの方を見ると、彼女は震える唇で言葉を紡いだ。
「た、す……け……て……」
希美が視線をリリィの前方に向けると、そこには錠剤の入った瓶が転がっていた。どうやらあれの中身を飲もうとして転び、拾う体力も無く希美に助けを求めたらしい。正直希美にはどうでもいい事だった。この程度の事で死ぬのならそこまでと言う事だ。
再び足を引っ張りリリィの手を振り払い、希美は先へと進んで行き食堂を出ようとする。
「……」
が、不意に彼女の足が止まった。
リリィが必死に生きようとする姿が、隠蔽装置を体から無理張り引き剥がしてでも生き永らえようとした自分の姿に重なったのだ。希美だって生きる為に醜く足掻いた。それとあのリリィの必死さが重なり、何だか放っておけなくなってしまったのだ。
「~~~~……はぁ、ったくもう」
面倒くさそうに溜め息を吐くと、希美は引き返して瓶とリリィを拾い、リリィを近くのテーブルに寝かせ瓶から錠剤を一粒取り出し彼女の口にねじ込み水を流し込んだ。いきなり水を流し込まれたからか、彼女の体が驚き水を錠剤と一緒に吐き出してしまう。
「んっ! げほっ!? げほっ!?」
「ッ、アンタ生きたいんでしょ? なら気合で飲みなさいよ、ほら」
希美はもう一粒錠剤を取り出してリリィの口に入れ、先程よりも優しく水を口に流し込んでやった。口では何だかんだ言いつつ、先程の水は勢いがあり過ぎると彼女自身反省したようだ。意識が朦朧としたリリィが水を錠剤と一緒に飲めるよう、考慮して水を流し込む。
「んく、んく……はぁ。も、もっと……もっと……」
「はぁ? こんなの何粒も一気に飲んだら体に悪いわよ。一つで十分でしょ」
「おね、がい……もっと……」
「…………どうなっても知らないわよ」
面倒だから飲みたいと言うなら飲ませてやれと、希美はもう何粒か錠剤を取り出し飲ませてやった。
薬を飲ませてもらったからか、リリィは次第に呼吸も落ち着いてきて目もしっかりとしてきた。
もう大丈夫だろうと、希美がリリィをその場に残し立ち去ろうとする。その背に向けてリリィは先程よりはっきりした声で感謝の言葉を口にした。
「あり……がと……」
「!…………ふん」
ハッキリと聞こえたリリィからの感謝の言葉に、希美は僅かに目を見開きつつ小さく鼻を鳴らして今度こそその場を離れていった。
食堂を出て行く彼女の顔を見たものは誰も居ないが、誰か居れば気付いただろう。
希美の顔が先程よりも幾らか覇気を取り戻している事に。
***
「新人類になったって……どう言う事ですか?」
一方白上研究室では、仁が自身の体に起こった異変を亜矢に説明していた。
「言葉通りの意味だよ。最初に超万能細胞の事を聞かされた時、教授が言ってたでしょ。超万能細胞は他の細胞に伝播するって」
「た、確かに言ってましたけど……。でも! ドライバーを使えば、問題ない筈じゃなかったんですか? それに、私やファッジになった人達は?」
現実に仁の体に異変が起こってしまった以上、実際には問題がないと言う事は無かったのだろう。だがそうなると、仁と同様にデイナドライバーで変身している亜矢の体にだって異変が起こっている筈だし、直挿しをしてファッジに変異している人達だって新人類になっている筈だ。なのに何故仁だけが新人類になってしまったのか?
「多分、俺の場合はドライバーで体を慣らしてから直挿しをしたからだと思う」
「え、あ――!」
そう言えば仁は一度だけ直挿しをしてファッジになっていた。だがあの時は後になって検査をしても異常は無かった筈だ。
「どう言う事なんだ?」
「簡単に言えば、いきなり直挿ししてファッジになっても超万能細胞の影響を受けた細胞が耐えられないんですよ。急激な変化に、体の方が耐えられなくて進化する前に影響を受けた細胞が死滅するんです」
その死滅は命に関わるほどではない。精々が体力が低下して日常生活に支障を来す程度で、人間でなくなる程ではない。
だがデイナドライバーを使い続けた場合はその限りではない。デイナドライバーを使って変身すると、体には超万能細胞の影響が僅かずつだが残るのだ。それも体に大きな異変が出ない程度に。
勿論それだけではこんな事になりはしない。本格的に不味かったのは恐竜ベクターカートリッジを制御する為に直挿しした事だ。あれがドライバーにより徐々に影響が残った体に火を点け、仁を新人類に覚醒させる種火になってしまったのだ。
「門守君、新人類って具体的に何が凄いんですか?」
「まずこの回復力。この程度の骨折なら直ぐに治る。多分体力も前より上がってるし、こればっかりは想像するしかないけど寿命も延びてると思いますよ」
それはつまり、人間という枠からは大きく外れてしまった事を示す。この世界でただ1人、超万能細胞で体を構成した新人類。
「仁くんは……本当にそれでいいんですか? 人でなくなっても、良いって言うんですか?」
「……覚悟してたから」
そう、仁はこうなる事を覚悟していた。人でなくなる可能性を覚悟した上でデイナとして戦い続けてきたし、覚醒する事が避けられないとなると白上教授にデータを取ってもらっていた。
だがそれでも、仁の中に不安がないかと言えば嘘になる。最大の不安は、こんな体になってしまった自分を亜矢が受け入れてくれるかであった。
「……こんな俺は、気持ち悪い? 人でなくなった俺と居るのは……」
「そ、そんな事は――!?」
自虐するように言う仁の言葉を、亜矢は必死で否定する。例え人でなくなったとしても仁は仁だ。その事に変わりはない。
「私は、仁くんがどうなっても仁くんを愛してます! その気持ちに嘘はありません!」
「亜矢だけじゃないわ、私もよ! 新人類? だから何よ! そんなの、仁君を愛さない理由にはならないわ!」
そう言うと真矢は仁に抱き着き、白上教授達が見ている目の前で仁にキスをしてみせた。突然キスをしてきた事に仁も驚いたが、直ぐに彼女を受け入れて抱きしめ返し全身で彼女からの愛を受け止めた。
目の前で突然繰り広げられる2人の熱い抱擁と接吻に、峰は顔を真っ赤にして両手で顔を覆いつつ指の間からそれを眺め、拓郎と白上教授は後ろを向いた。
どれほどそうしていたか、亜矢が仁からゆっくりと離れた。離れた彼女の頬を、仁は優しく撫でる。
「……ありがと、亜矢さん、真矢さん」
仁に頬を撫でられ、亜矢が気持ち良さそうに目を細める。
そこで突然仁が横に倒れた。
「仁くん!?」
「ん、大丈夫。ただまだ体が変異についていけてないみたい。少し休めばすぐに良くなると思うから……」
そう言って仁は直ぐに寝息を立て始めた。今度は特に苦しそうな様子もなく、穏やかに眠っている。その様子に亜矢は安堵し、彼の体に掛け布団を被せてやった。
亜矢が仁に布団を掛けてやると、それを見計らっていたかのように彼女の携帯が鳴った。掛けてきたのは宗吾だ。どうやら昨日の今日でまた傘木社が何か仕出かしたらしい。
思わず溜め息を吐きつつ、亜矢は寝ている仁の頭を一撫でしラボを後にした。
仁は亜矢が出て行ったことにも気付かず、ベッドの上で静かに眠り続けていた。
と言う訳で第48話でした。
仁、遂に人間ではなくなりました。正確には進化した人類になっただけで化け物になったというのとはちょっと違いますけど、少なくとも人間社会においては異質な存在になった事に違いはありません。
それと同時に希美の方にも徐々に変化が。リリィという彼女以上にモルモットな少女との出会いと触れ合い、それプラス仁とのやり取りにより価値観とか考えが変わってきました。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。