仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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第50話:雌雄が揃う

 進化した仁の影響を受け、デイナ自身も進化した。

 

 その光景に、誰よりも大きく反応したのは雄成の変身したカラミティであった。

 

「はは、はっはっはっはっはっはっはっ!! 遂に! 遂にそこまで至る事が出来たんだね! やはり私の見立ては間違っていなかった! 君は最高だよ、門守 仁君!」

 

 場所も憚らず歓喜の声を上げ笑うカラミティに、ルーナは不気味なものを見る目を向ける。

 一方のデイナは、そんなカラミティに近付くと彼を無視して足下に倒れているルーナを抱き上げた。

 

「気付くのが遅れてゴメン。大丈夫……じゃ、ないよね」

「い、いえ……さっきより、痛みは引いてきました。多分、大丈夫です」

「しばらく休んでて。後は俺がやるから」

 

 そう言ってデイナは少し離れた所にルーナを寝かせる。安全な場所に寝かされたルーナは、負担軽減の為に変身を解除した。変身を解除した亜矢の顔には未だ脂汗が浮かんでいる。

 デイナは彼女の汗で貼り付いた前髪を手で軽く動かし、彼女の頭を優しく撫でた。

 

 その彼の背に、グリーンリキッドの銃撃が突き刺さる。

 

「何余裕かましてんだよ。状況分かってんのか?」

「じ、仁くん!?」

 

 突然の背後からの銃撃を受けたデイナを亜矢が心配するが、肝心のデイナはまるで堪えた様子を見せない。まるで小石でもぶつけられたかのように、肩越しに背後を振り返るとゆっくりと立ち上がる。

 全くダメージを感じた様子を見せないデイナに、苛立ちを感じたのかグリーンリキッドは立て続けに引き金を引いた。放たれる銃弾が次々とデイナの装甲やアンダースーツに突き刺さる。

 

 その様子を何時の間にか少し距離を取っていたカラミティがジッと観察していた。

 

「オラオラどうした? 余裕かましてたくせに何も出来ねぇのか?」

 

 グリーンリキッドは小馬鹿にしたように言った。

 そのグリーンリキッドに向け、デイナは突然駆け寄っていった。放たれる銃弾を物ともせず、一直線に駆けていく。

 

「なっ!?」

「シトシン、下がれ!」

 

 まさかいきなり駆け出すとは思っていなかったので、グリーンリキッドの動きが一瞬止まる。それは不味いと、ダークスティンガーが銃撃しながら警告した。彼の声にハッとなり、グリーンリキッドは後退しながら共にデイナに向けて銃撃する。

 

 しかしデイナは全く止まらない。少しもスピードを緩める事無く2人に接近すると、その拳をまずはグリーンリキッドに叩き付けた。

 

「ぐぉあっ!?」

「くっ!?」

 

 殴り飛ばされたグリーンリキッドは後方のコンテナに激突し大きく凹ませる。そのパワーは、明らかに以前のデイナよりも上がっている。ケツァルスピノフォームにも匹敵するのではないかと思わせた。

 

 見た目に反する予想以上のデイナの変化に、ダークスティンガーは慄きながらもベクターリーダーを銃剣モードにして斬りかかる。デイナはそれを見もせずに片腕で受け止め、もう片方の手で押え付けると至近距離からの掌底を顔面に喰らわせた。

 

「ぐぅっ!?」

 

 顔面に掌底を喰らい堪らず仰け反って倒れるダークスティンガー。

 

 2人の幹部を圧倒するデイナの姿に、ホワイトカラーズは危機感を覚えつつ自分も銃剣モードのベクターリーダーを手に挑みかかる。その際、カラミティをチラリと見たが彼は動く気配を見せなかった。

 

 先の2人と違い、落ち着いた様子を見せながら迫るホワイトカラーズ。進化したデイナの力を明らかに警戒した様子のホワイトカラーズの佇まいに、デイナは次のベクターカートリッジを取り出した。

 

〈DOG + WHALE Evolution〉

「ゲノムチェンジ」

〈Congrats! Birth of a new life, CETUS. Open the door〉

 

 今度は嘗てのドッグホエールだったそのフォームは、進化した事によってデイナ・ケートスライフへとなった。

 

 ケートスライフとなったデイナに、ホワイトカラーズが銃剣を振り下ろさんと近付いていく。だがデイナは、そんな彼に対し手を軽く上げるだけで対応した。

 

「うぐっ!? な、がっ?!」

 

 デイナはただ手を上げただけ……それなのに、ホワイトカラーズは何かに苦しむように体を震わせるとベクターリーダーを落としその場に蹲ってしまった。

 この光景には流石にヘテロも彼を心配したのかデイナを警戒しながら声を掛ける。

 

「何? アデニン、どうしたの?」

「こ、これは……音だ――!」

「音?」

「以前のインパクトウェーブなんて、比べ物にもならない。まるで超音波破砕機の強化版だ。くそ、頭が……」

 

 ただ手を翳しただけで、デイナは強烈な超音波をほぼ一点に集中させホワイトカラーズに照射したのだ。それによりホワイトカラーズは、デイナに近付く前に全身を超音波でシェイクされ内も外も掻き回されたのである。こんな物を喰らってはただでは済まない。もしデイナが彼を殺す気なら、あと数秒照射して内側から彼を破壊していた。

 

 ホワイトカラーズが生き残れたのは、偏にデイナが不要な殺しを良しとしないからに他ならなかった。

 

 その余裕、甘さ……それがヘテロはどうしても気に入らなかった。

 

「~~~~!? 舐めるな!!」

 

 テイルバスターを振り上げ、デイナに襲い掛かるヘテロ。だがデイナはそれに先んじて動き、拳でテイルバスターを弾くと回し蹴りをヘテロの腹に叩き込んだ。

 

「うぶぅっ!? あ゛ッ――――?!」

 

 当然その攻撃にも超音波破砕能力は乗っている。ヘテロは高い防御力を持っているが、それは外からの攻撃に対するもの。内側へ直接響かせる攻撃に対しては流石の彼女も無力であり、内臓をダイレクトに殴られるような衝撃に一撃で戦闘どころではない状態にまで追い込まれてしまった。

 

「げふっ!? うげ、ぇ……ぐぅ!? ふざ、けるんじゃ、ないわよ!!」

 

 それでも尚ヘテロは戦う事を止めようとはしない。体は危険を訴えているのに、彼女は精神力だけで体を動かし戦闘を続行しようとしているのだ。

 

 そんなヘテロに、デイナはゆっくり近付いていくと…………何もせず彼女の隣を素通りしていった。

 振り返ったヘテロが見た彼の背からは、もう勝負はついた、これ以上戦う気はないと言う気持ちがありありと見て取れた。

 

 見捨てたかのようなデイナの行動に、ヘテロは膝から崩れ落ちながらもデイナの背に向けて手を伸ばした。

 

「待って、待ってよ!? 私を置いていかないで!? こっち見なさいよ!!」

 

 ヘテロの声を無視してデイナはカラミティへと向かって行く。彼の背を強制的に見送る事になったヘテロは、自分の視界が歪むのを感じた。

 

「何で……何でどいつもこいつも!? アンタまで……私を見下して…………。何でなのよ、仮面ライダー!? 何で、私を認めないのよ!?」

 

 その場ですすり泣くヘテロだったが、生憎とデイナには彼女に構っている余裕はない。ヘテロ達を圧倒したデイナだったが、カラミティ相手に何処まで対抗できるかは彼自身分からなかったのだ。彼女達を圧倒して倒したのは、余裕の表れではなく即行で戦いを終わらせカラミティとの戦いに集中したいからであった。

 

 自らの前に辿り着いたデイナに、カラミティは満足そうに両手を叩き彼を称賛した。

 

「素晴らしい! まさかあの4人を相手に完全に圧勝してしまうとは、想像以上の出来栄えだよ!」

「……これがアンタの目的だったんだね」

 

 カラミティのあの喜びようと、これまでの彼の行動、これまでの出来事を総合的に見て、デイナはカラミティ――雄成の本当の思惑に気付いた。

 

 彼もまた、新人類を作り出そうとしていたのだ。その為にデイナを積極的に潰したりはせず、騒動を度々起こし徐々にデイナの相手を強くしていった。追い詰める事で、デイナの――仁の新人類への覚醒を促す為だ。

 

「でも分からない事がある。何でアンタはそこまで新人類を作り出す事に拘るんだ? 教授の話じゃ、アンタは学会に自分の理論を認めさせたいって訳じゃないみたいだけど?」

 

 寧ろそれなら分かりやすい方だった。学会で認められなかったから、自分の理論を認めさせる為に凶行に走る。よくある話だ。だが白上教授曰く、超万能細胞理論は一度も学会に発表した事はないし、雄成が学者時代に学会などで馬鹿にされた経験もないと言う。

 

 そんな彼が、多大な犠牲の上に仁の覚醒と言う結果を求めた動機が分からなかった。

 

「それを知りたければ、私に勝ってみるといい」

「あっそ……んじゃ……」

 

〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉

 

 デイナは再びミノタウロスライフにゲノムチェンジすると、拳を握り締めカラミティと相対する。対するカラミティも、リスクブレードを伸ばし構えを取った。

 

 暫し互いに睨み合う2人。その頭上を、一羽の鳥が飛び去った。

 

 それを合図に、2人は同時に駆け出し相手に攻撃を繰り出した。

 

「はっ」

「むん!」

 

 デイナの正拳突きに対し、カラミティはリスクブレードによる刺突を繰り出す。喰らえば遺伝子を破壊される一撃、装甲に喰らってもアウトなそれを拳に喰らえば、デイナは手を失ってしまう。

 

 しかしデイナは、刃に触れる瞬間手を払いリスクブレードを弾いた。正拳突きの勢いで弾かれたので、カラミティの刺突が明後日の方へと向かい無防備となる。

 そこにデイナの貫手が突き出されるが、カラミティは体を回転させる事でそれを回避。更には回転しながらデイナの横に回り込むと彼の首筋に肘鉄を叩き込んだ。

 

「ふん!」

「ぐっ?!」

 

 延髄に肘を叩き込まれ、デイナの首筋が軋みを上げる。常人が喰らえば折れるどころか首が無くなるだろう一撃を耐えられたのは、偏に今のデイナがそれだけ頑丈だと言う事の証左でもあった。

 そして頑丈なのは体だけではない。精神もその痛みに耐え、即座に体勢を立て直すと振り返り様にカラミティの顎を狙い拳を突き上げる。

 

「甘いよ」

 

 だがその攻撃をカラミティは読んでいた。顎を狙ってくるデイナの拳を、カラミティは両手で受け止めた。

 

「でもないよ」

 

 しかし次の瞬間、カラミティの顎をデイナの拳がかち上げた。予想外の一撃に、カラミティも驚きを隠せず数歩後ろに下がる。

 

「ぐぅっ?! な、何?」

 

 デイナは最初のアッパーカットが受け止められることを読んでいた。なので彼は、最初の拳に隠すようにもう片方の拳を時間差で放っていたのだ。

 絶妙な距離感で放つ二つの拳。空手で言う所の夫婦手という技だ。通常の構えよりも近い両手で放たれる連続攻撃は、目が良い程最初の攻撃に目を奪われ続けて放たれる攻撃への対処が遅れてしまう。

 

 だが今のやり取り、傍から見ていたら何が行われていたかを理解する事は難しかった。それほどにあっと言う間の出来事だったのだ。常軌を逸した2人の動きは、周囲の者に視認できるものではなかった。

 

「ふふ、やるじゃないか。このカラミティ・ハザード1でもデイナの全ての能力を上回るスペックの筈なんだけどね」

「生命は計算で測れるほど、単純じゃないって分かってるでしょ?」

「尤もな意見だ。では計算で測れない部分を、これから実戦で見せてもらうぞ!」

 

 カラミティが縦横無尽にリスクブレードを振るう。一撃でも喰らえばただでは済まないそれを、高速で放たれデイナは反撃の機会を失った。彼は放たれる斬撃を、下がりながら体を反らし時には拳や手刀を当てて反らす事で何とか直撃を防いでいる。

 

「そらそらどうしたのかね? 逃げてばかりじゃ私には勝てないよ!」

 

 そんな事言われるまでも無く分かっている。だからこそ、デイナは()()()()()()()()()()()()()

 

 そして――――

 

「フッ」

 

 小さく気合を入れると同時に、両手の手刀をリスクブレードに叩き付けた。瞬間、カラミティのリスクブレードが2本とも砕け散った。

 

「何ッ!?」

 

 これは予想外だったのか、カラミティが思わず動きを止める。その顔面にデイナの拳が叩き込まれた。

 

「ハッ」

「ぐぉっ!?」

 

 殴り飛ばされたカラミティ。その光景をホワイトカラーズは信じられないという目で見ていた。

 

「プロフェッサー!? い、一体何が?」

 

 デイナがやった事は、何の事はない。リスクブレードの同じ場所を攻撃し続けるという、武器を破壊する為の攻撃をしていただけである。一見すると直撃を避ける為の行動が、実は武器を破壊する為の行動だったのである。

 

 それに気付いたカラミティは、殴られた顔を押さえながら堪え切れずに笑った。

 

「は、ははははは! なるほどなるほど、これは想像以上だ。悔しいが私の負けだな」

「それじゃあさっきの質問の答えを教えてくれる?」

「それはまた別の問題だよ。理論では負けたが、この勝負自体はまだ終わってはいない。勝負をつけるぞ!」

〈ATP Full blast〉

 

「いいよ、乗ってあげる」

〈ATP Burst〉

 

 互いにレセプタースロットルを引き、必殺技を発動するデイナとカラミティ。同時に放たれる飛び蹴りのノックアウトクラッシュとデッドエンドクラッシュが空中でぶつかり合う。

 

「く、うぅ――!?」

「ぬぅぅぅっ!?」

 

 激しく火花を散らせながら拮抗する2人の必殺技は、決着が着く事なく行き場を失ったエネルギーが爆発する事で互いに吹き飛ばされるという結末を迎えた。

 

「ぐはっ!?」

「ぐぅぅ!?」

 

 互いに大きく吹き飛ばされ、デイナは地面に、カラミティはコンテナに叩き付けられる。どちらも同等程度のダメージを受けたように見え、勝負は引き分けに見えた。

 

 だが唐突に、カラミティドライバーが火花を散らし始めた。正確には、カラミティドライバーに装填されたサンプル1ベクターカートリッジからだ。

 

「!」

 

 カラミティがサンプル1ベクターカートリッジを引き抜くと、ベクターカートリッジ内の超万能細胞が急速に変色していくのが見て取れた。その様子に、カラミティは溜め息を吐く。

 

「はぁ……こいつも寿命か。長く持った方だが、限界のようだな」

 

 ベクターカートリッジ内の超万能細胞が劣化し濁った無色になると同時に、カラミティの変身が強制解除されて元の姿に戻る。

 どうやら中身やシステムはともかく、変身に使用しているアイテムが限界を迎えてしまったようだ。

 

「やはり人工物より天然ものに限るね。自然の物を再現しようとするのは難しいものだ」

「それには同意するけど……この場合俺の勝ちって事でいいの?」

 

 既に勝った気でいるデイナ。だが雄成との戦いに全力を向けていた彼は気付かなかった。

 

 離れた所から彼を狙う傘木保安警察の隊員が居る事に――――

 

「そうだね…………勝負は君に勝ちを譲ってあげよう。だが試合には私が勝たせてもらうがね」

 

 雄成が意味ありげにそう呟いた瞬間、デイナは首筋に鋭い痛みを感じた。何事かと思う間もなく、首筋から何かが流し込まれる感覚にデイナは全身に痺れを感じてその場に倒れる。

 

「ぐっ!? あ、なぁっ!?」

「仁くんッ!?」

 

 雄成の言葉が終わると同時に、デイナの首筋に撃ち込まれたのは二つのシリンダーが付いた機械だった。片方は空で、片方には緑の液体が入っている。その機械はデイナの首筋に命中した瞬間針を首筋に突き刺し、緑の薬液を注入し代わりに彼の首筋から血液を抜き取った。

 

 倒れたデイナは変身が解除され、仁の姿で体を震わせている。雄成はそんな仁に近付き、彼の首筋に撃ち込まれた装置を取り外した。

 

「うむ、これだけあれば十分だろう」

「あ、アンタ……最初から、これが目的で……」

「そう言う事さ。ありがとう、門守 仁君。君の血液サンプル、有効活用させてもらうよ」

 

 手の中にあるシリンダーに入った仁の血液を、雄成は軽く振りながら離れていく。代わりに体力が回復した亜矢が仁に近付き、倒れた彼を抱き上げる。

 

「仁くん、仁くん!? しっかりしてください!……この卑怯者!? 不意打ちで毒使うなんて!!」

「毒ではないよ、ただの痺れ薬だ。死にはしないし、そもそも今の彼には毒など通用しないだろう」

 

 真矢の抗議に、雄成は彼女の事を見向きもせずに答える。

 その彼の後ろに、変身を解除したアデニン、グアニン、シトシンが続く。

 

「それでは私はこれで失礼するよ」

 

 雄成はそう言って、近くに止めてあった黒塗りの車に乗った。運転席にはアデニンが座り、助手席にシトシン、雄成の隣にグアニンが乗ると車は走り出す。

 

 ただ1人残された希美は、それを見送り続いて倒れた仁の事を見た。暫し仁の事を睨むように見ていたが、俯くと車の後を追う様に彼女も倉庫街を後にする。

 

 残されたのは倒れたS.B.C.T.の隊員達と、動けない仁を抱きしめる亜矢だけであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その後、応援にやってきた警察によりS.B.C.T.の隊員達は全員病院へと送られていった。今回の戦闘で実働部隊は壊滅的打撃を受けた。再び作戦行動に出れるようになるには時間が掛かるだろう。

 

 一方仁達は彼らと共に一応病院へと送られたが、2人は然して問題なしと診断されその日の内に退院となった。雄成の策により痺れ薬を打たれた仁だったが、あれから数分後には回復していたのだ。

 病院を出て直ぐ白上教授に連絡し、その日はそのまま仁の家へと向かった。病院を出た時には既に日は沈んでおり、大学は閉まっていた。

 何よりも、昼間の戦闘で2人は疲れていた。

 

 仁の部屋へと向かう道中、2人は無言だった。

 

 仁は自分の血液……遺伝子を雄成がどう悪用するのか不安で仕方なかった。

 

 亜矢は、普通の人間ではなくなってしまった仁にどう接していいか分からなかった。

 

 互いに無言なまま、2人は仁の部屋へと帰った。暗い部屋の電気をつけ、部屋に入ると仁は真っ直ぐに台所に向かい湯を沸かしてコーヒーを淹れた。このまま何も会話が無いのは彼だって辛いが、何も無く会話を始められる自信が今は無かったのだ。

 

 湯が沸き、コーヒーを2人分淹れると仁はマグカップを二つ持ち、片方を先に椅子に座っている亜矢に渡した。

 

「亜矢さん、はい」

「ありがとうございます」

「砂糖とミルクは要る?」

「お願いできる?」

「ん」

 

 亜矢はともかく、甘党の真矢は甘味を欲した。仁は台所からコーヒー用のミルクとスティックシュガー4本を持ってきた。

 

「ありがと、仁君。……ちょっと仁くん、砂糖多すぎです」

「ん、そう? 真矢さんだったらこれ位必要だと思って。寧ろ少ないくらいかと思ったんだけど」

「そうよ亜矢。これでも抑えてる方なのよ?……それでもこれは多いって。精々2本で十分でしょ」

 

 亜矢に何と言われようが、真矢はスティックシュガーを4本入れようとする。それを亜矢が妨害し、自分で自分の動きを制止するという一人漫才が仁の前で繰り広げられた。

 その光景が何だか可笑しくて、仁は思わず笑ってしまった。

 

「ぷふ、ははっ……」

「あ、仁君笑った。……やっと肩の力を抜いてくれましたね」

「え? あ、うん……」

「良かった。何だかんだ言って、ちょっと心配だったんです。何と言うか、仁君がどこか遠くへ行っちゃったような気がして」

 

 仁がただの人間ではなくなった。その事で仁を避けようなどと言う気は亜矢と真矢には毛頭なかったが、何処がどう変わったのかイマイチ分からず距離感が掴めなかったのだ。外見には何の変化も無いので、今まで普通に出来ていたやり取りが出来なくなってしまうのではという不安がつき纏っていた。

 それがいま解消され、亜矢は心の底から安堵していた。

 

「ん、大丈夫。おれは、何処にも行かないから」

 

 だがそれはそれとして……いやならばこそか? 仁にも亜矢に対して思う事はあった。

 

「だからこれからは、亜矢さんも離れていかないで欲しいな。次からは権藤さんからの連絡を俺にも知らせてね」

 

 流石に仁にも、今回の一件で宗吾からの連絡が届かないように細工されている事に気付いたらしい。今後は再び宗吾からの連絡を自分にも届くようにしてくれと釘を刺した。

 

「うっ……あ~、はい、ゴメンなさい。……最近仁君の調子がおかしかったから、少し休ませた方が良いかと思って」

「その気持ちは嬉しいけどね。俺だって亜矢さんが心配なんだから」

「はい」

 

 皮肉な事だが、新人類として覚醒した事で最近の不安の種であった仁の不調は解消された。なので騒動が起こった事を仁に隠して休ませる理由がない。次からは仁も再び亜矢と共に現場に駆け付ける事になる。

 最もS.B.C.T.は壊滅的打撃を受けたので、暫くの間宗吾からの連絡は無いだろうが。

 

 と、そこで突然2人の腹から同時に空腹を知らせる音が鳴った。2人は互いに顔を見合わせると、同時に笑った。

 

「そろそろお腹空いたね」

「何か作りますか」

「ん~、いいや。亜矢さんも今日は疲れたでしょ? ちょっとコンビニ行って適当に買って来るよ」

「私も行きますよ」

「いいからいいから。直ぐに買ってくるから、亜矢さんは待っててよ」

 

 仁はそう言って部屋を出た。亜矢を気遣っての事だが、それは理由の半分。もう半分は、仁は仁で1人で考え事をしたかったからだ。

 口ではああ言ったし、進化した体を受け入れはした。だがやはり不安がないと言えば嘘になる。ただの人間という枠から外れてしまった事に対してではない。種族的に亜矢と距離が空いてしまった事への不安だ。

 

 これから先、自分は亜矢と同じ時間を歩んでいけるのか?

 いやそれ以前の問題として、自分の存在が亜矢にとって負担にならないか?

 

 こんな体になってしまった自分を、何も知らない者が知ってしまえば騒ぎになるだろう。最悪、自分の所為で亜矢に迷惑が掛かるかもしれない。

 そう思うと仁はどうしても辛かった。

 

 仁が内心のモヤモヤを抱えながら部屋を出て行くのを亜矢は黙って見送った。

 ドアが完全に閉まるまではにこやかに仁を見送っていた亜矢だが、ドアが閉まると同時に真剣な顔になった。

 

「……仁くん、悩んでたね」

【みたいね。分からなくもないけど】

「どうすればいいと思う?」

【聞く必要ある?】

「…………それもそっか」

 

 双子であり、2人で1人。彼女達が考える事の、根っこは同じであった。

 

 亜矢は徐にキャットベクターカートリッジを取り出した。亜矢はそれを暫しじっと見つめ、小さく深呼吸する。

 

 そして――――――

 

「――――行くよ、真矢」

【うん……】

 

〈CAT〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 仁が戻ってきたのはそれから数分後であった。とりあえず適当に弁当とサラダ、飲み物を買って自宅のドアを開ける。

 

 部屋に入った仁の目に最初に飛び込んできたのは、部屋の中に佇む1体のファッジであった。何もせずただ立ち尽くしているだけのファッジに、仁は一瞬身構える。

 

「なッ!?…………ん?」

 

 身構える仁だったが、直ぐに違和感に気付いた。敵意を全く感じない。目の前に居るファッジは、仁に襲い掛かる事も無く彼の事をジッと見ていた。

 

 そして気付いた。あのファッジは猫の様な見た目をしている。

 

「猫……ファッジ…………まさか――!?」

 

 仁がそのファッジの正体に気付くと同時に、ファッジは変異を解いた。

 

 果たしてそこには、仁の予想通り亜矢が優しい笑みを浮かべて佇んでいた。

 

 彼女の姿を見た瞬間、仁は手に持っていたコンビニのビニール袋を落として彼女に駆け寄った。

 

「亜矢さん!?」

 

 仁は亜矢に駆け寄り、彼女の肩を掴んだ。仮面ライダーに変身した者がベクターカートリッジを直挿ししてファッジに変異する。その先に待っているのは、仁と同じ新人類への覚醒だ。きっと亜矢も遠からず仁と同じく体に変化が起きるだろう。

 

 だからこそ仁は、冷静さを失った。

 

「なんて事してるんだ!? 分かってる筈だろう、デイナドライバーを使った人が直挿しなんてしたらどうなるかを!? 亜矢さん、人間じゃなくなるんだよ!?」

 

 狼狽える仁が強く肩を掴んだので、亜矢の肩に痛みが走る。だが亜矢は痛みに顔を顰めるよりも先に笑いの方が込み上げてしまった。

 

「うふふふ……」

「笑い事じゃないよ! 何でこんな――」

 

 亜矢はそれ以上の仁に言葉を紡がせなかった。仁に抱き着く様にして顔を近付け、キスで彼の口を塞いだ。

 

「ん!?」

「ん……ちゅ」

 

 突然のキスに仁は意表を突かれ、先程の勢いを失ってしまう。

 仁が多少なりとも落ち着いたのを見て、亜矢は唇を離して仁の目を見ながら口を開いた。

 

「だって……このままだと仁くん、一人ぼっちじゃないですか」

 

 仁は世界でただ1人、新人類に覚醒した人間である。生きていく事は出来るだろうが、このままでは彼は孤独な人生を歩んでしまうかもしれない。

 そしてこのままだと、仁と同じ時間を歩めないかもしれない。

 

 亜矢と真矢はそれが嫌だった。このまま仁を一人ぼっちにして仁と離れ離れになる位なら、ただの人間である事に未練はない。それが亜矢と真矢が出した結論だ。

 

「私達、前に言いましたよね? 仁くんから絶対離れないって」

「それは、そうだけど…………亜矢さんと真矢さんは、本当にそれでいいの?」

「良いも悪いも無いわ。そうしたいからそうしたのよ。私も亜矢も、仁君から離れたくはないし、仁君に寂しい思いなんて絶対にさせないわ」

 

 亜矢と真矢の気持ちに、仁は感情が溢れて突き動かされるままに彼女を抱きしめた。

 

「ごめん――! ありがとう――!!」

 

 亜矢に気を遣わせて彼女にも新人類への覚醒の扉を開かせてしまった事は正直心苦しい。だがそれ以上に嬉しかった。

 

 自分は世界に一人ぼっちなどではない。

 

 自分には共に歩んでくれる最愛の人がいる。

 

 仁にはそれが嬉しくて堪らなかった。嬉しさのあまり、仁の目から涙が溢れる。

 

「亜矢さん――! 真矢さん――!」

 

「大丈夫ですよ、仁くん。私達が居ます」

「私達は仁君の傍から離れないわ」

 

「だから安心してください」

「私達が仁君をずっと支えるから」

 

 仁と亜矢は暫し抱きしめ合った。自分達の存在を確かめ合い、繋ぎ止めるように。

 

 どれ程そうしていたか、どちらからともなく少しだけ体を離して互いに見つめ合った。互いに熱の籠った目で相手を見つめている。

 

 気付けば2人の頭から空腹の事は綺麗さっぱり無くなっていた。今は何よりも欲しいものがある。

 

 仁と亜矢は互いに惹かれ合う様に顔を近付けた。

 そして今度は相手の口を塞ぐだけの軽いキスではなく、熱く相手を求めるキスをしたのだった。




と言う訳で第50話でした。

雄成は最初から進化した仁の血液サンプルが目当てでした。だからこそ現場に赴いたし、必要以上に亜矢を甚振ったりして仁を誘き出そうとした訳です。

その亜矢ですが、自分から進化して人間を止める道を選びます。仁程ではありませんけど、彼女もドライバーを使って何度も変身して戦っている都合上、条件は満たしているので。
因みに傘木社製ドライバーで変身する希美ですが、こちらは直挿ししても進化できません。ここら辺は後程描く予定ですが、体を弄り過ぎて進化する余地が無くなってしまいました。過度な肉体改造が裏目に出てしまった形ですね。

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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