仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回は束の間の平穏回です。戦いの無い平和な日常を満喫する仁達の様子をお楽しみください。


第51話:風は寒く、心は温かく

 あれから時は少し流れて、今は12月。

 

 あの後亜矢は案の定新人類へと覚醒を果たした。前兆となる味覚などの感覚の変化、新陳代謝の異常を経て、突如訪れた全身の細胞が作り替わっていく感覚に亜矢も苦しんだ。だが彼女の場合はそうなる事が分かっていたし、何より仁が傍で支えてくれたので覚悟していたほどの苦痛ではなかったのは幸いか。

 

 仁はと言うと、覚醒した事で変化した体のデータ収集を中心に行っていた。通常の人間との差異、今の体で出来る事、特性などだ。

 その結果分かった事は、この体は何よりも適応力に優れていると言う事だった。外部からの刺激に即座に適応する形で体を作り替え、様々な環境に順応できる。今ならエベレスト登頂は勿論、素潜りのギネス更新も夢ではないだろう。

 

 その一方で、仁は不安に思っている事があった。ここ最近、傘木社がやたらと大人しいのだ。あの倉庫街での戦いの後、傘木社は何の騒ぎも起こしていない。S.B.C.T.が壊滅的打撃を受けた今が絶好のチャンスだというのにである。

 この事態を、仁は自分から採取した血液サンプルの解析やそこから新たなベクターカートリッジの精製などに時間を費やしていると考えていた。雄成は仁がこうなる事を読み、そして望んでいる様子だった。念願の覚醒した仁の血液サンプルが手に入った事で、その調査や検証にじっくり時間を掛けているのだろう。同類と自覚しているからこそ、仁にはそれが容易に想像できた。

 

 恐らく次に傘木社が動き出した時は、これまでにない苦しい戦いが予想される。それを思うと仁は色々と不安にならずにはいられなかった。

 

「仁くん?」

 

 1人不安を抱える仁の隣を歩く亜矢が、彼の顔を覗き込みながら声を掛けてきた。仁自身は気付いていなかったが、表情が険しくなり眉間に僅かだが皺が寄っていたのだ。その事に気付いた亜矢が、何かあったのかと思い心配してきた。

 

 亜矢に声を掛けられ、自分の顔が険しくなっている事に気付いた仁は小さく溜め息を吐くと肩から力を抜いた。

 

「ん、何でもない。ただ最近殊更に寒くなって来たなって」

「そりゃもう12月ですから」

 

 12月ともなれば季節は冬真っ盛り。いい加減残暑も何処かへ行き、街は厚着をして着ぶくれた人で溢れていた。

 

 かく言う仁と亜矢もしっかり防寒対策をしている。仁は襟の高いコートで口元近くまで襟で隠れているし、亜矢はマフラーに手袋を身に着けている。

 そして何よりも、2人はぴったりと寄り添って歩いていた。夏場も距離が近い2人だったが、寒い季節になるとその距離は完全にゼロになっていた。

 

 唐突に吹いてきた寒風に、亜矢が体を震わせた。上着をしっかり着込んでいても、風が吹けば剥き出しの顔や僅かな隙間から入ってくる風で寒くなる。震える亜矢の肩を、仁が温めるように優しく抱く。

 

「う~! 今年は夏が暑かった反動か、冬は例年以上に冷えますね?」

「ん~、でも今は前に比べて寒さはあんまり気にならないかな」

 

 前述した通り、新人類に覚醒した仁と亜矢は環境への適応力が格段に上がった。なので今寒くても少し経てば気にならなくなる。寧ろあまり厚着し過ぎると今度は暑くなる位だ。

 その事を仁は少し寂しく、そして残念に思った。

 

「仁くん、寒いのと暑いのだとどっちが苦手ですか?」

 

 仁に予想通り、直ぐに寒さに慣れた亜矢が何気なく問い掛けてきた。因みに亜矢は、夏と冬どちらが苦手かと聞かれたら夏が苦手だった。露出の低い服装を好む亜矢にとって、服の中に熱が籠りやすい夏は厳しい季節と言わざるを得なかった。

 尚真矢は逆に露出の高い服装を好むので、それが封じられる冬の方が好きではない。

 

「ん~? 前から別にどっちも好きとか苦手とかは無かったけど…………苦手じゃなくて好きを聞かれたら、今は冬の方が好きかな?」

「それは、どうして?」

「だって――――」

 

 徐に仁は亜矢の事を抱きしめる。勿論歩きながらであり、歩行の阻害にならない程度だが先程よりも亜矢と体を密着させた。夏であればともかく、冷える冬場であればその様子に注目する者はあまり居ない。

 勿論2人の様子を羨む者には、それも十分目に付く姿であろうが。

 

「こうして大っぴらに亜矢さんとくっつけるから」

 

 歩きながら器用に抱きしめてくる仁に、亜矢は頬を赤くした。仁にこうして抱き着かれる事には慣れたものだが、こうして大っぴらに他の人がいる前でやられると嬉しさと同時に恥ずかしさを感じずにはいられない。

 

「あの、仁くん……そう言うのは、お家で……」

「ん」

 

 亜矢が恥ずかしそうに言うと、仁はあっさりと解放してくれた。ここが街中だからこの程度で済んでいるが、これが家の中だったら恐らく仁は彼女を解放しなかっただろう。

 

 ある意味で、仁は亜矢に依存している。それは世界でたった2人だけの新人類と言う同族意識によるところが大きいのだろう。

 

 亜矢の覚醒後、最早2人は完全に同棲状態となっていた。亜矢が帰るのは仁の家であり、以前の亜矢の部屋からは色々な物が仁の部屋へと移動している。近々あの部屋も完全に引き払おうと亜矢は考えていた。

 

 今日の外出も、改めて足りない日用品の買い出しが目的だった。

 

 先程よりはソフトに、それでも近い距離を保ちながら2人は目的のホームセンターへとやってきた。

 色々と見て回り、食器や調理器具などの他に様々な日用品を見て回り、気に入ったものがあれば手に取り購入を検討する。

 

 そんな時、亜矢の目に美容品コーナーが映った。正確には、美容品が置かれている棚の一画にある商品。

 それは全て傘木社の製品であった。裏ではベクターカートリッジとファッジの製造を行っている傘木社だが、表向きは世界的製薬会社。なので一般には美容品の他に様々な医薬品を製造・販売している。

 

 そう言えば、仁の使っている歯磨き粉やシャンプー、ボディーソープも傘木社の製品だった事を思い出す。

 

「……仁君、よく傘木社の製品使おうなんて思えるわよね」

「ん?」

「だって傘木社の製品よ? 何が仕込んであるか分かったものじゃないじゃない」

 

 実を言うと亜矢も以前は評判と確かな効果で傘木社の製品を色々と愛用していたのだが、傘木社の裏の顔を知ってからはそれらは全て処分して別の企業の製品に乗り換えている。知らず知らずの内に人体実験の実験台にされては堪らない。

 

 だがそんな亜矢と真矢の不安に対する、仁の答えは否であった。

 

「俺も気になって一応調べはしたけど、結果は特に異常は無かったよ。それにイメージだけで良いものを使わないのは損でしょ?」

「それは……そうかもしれませんけど……」

 

 言いたい事は分かる。分かるのだが、生理的に納得できなかった。例えばもし、この保湿クリームに人間の細胞を変異させる何かが仕込まれているとしたら――――

 

「…………ま、気持ちは分からなくもないけどね」

「あ……」

 

 仁は亜矢が手から傘木社製の保湿クリームを取り上げ、棚に戻すとその隣にある別の会社の製品を取り買い物籠に入れる。

 気を遣わせてしまったか……亜矢が仁に対しちょっぴり申し訳なく思っていると、仁は彼女の頭を軽く撫でた。

 

「大丈夫だよ……大丈夫。別に亜矢さんは間違ってないから」

「……はい」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 仁と亜矢が束の間の平和な日常を謳歌している頃、ここ傘木社でも穏やかな面持ちで過ごす者が居た。

 

 幾度となく仁と亜矢の前に立ち塞がってきた希美である。

 彼女はこの日も、その食欲で社員食堂の食料を全て食べつくしていた。今頃は新しい食材の仕入れに食堂に勤める者達が苦労している事だろう。

 

 以前は、他の社員が居ないタイミングを見計らい1人で寂しく皿を重ねていた希美だったが、ここ最近は違う。

 今は彼女の食事には”2人”ほど同行者がいる。1人はリリィ、そしてもう1人は彼女と共にアメリカ支社から送られてきた被検体であり、リキッドファッジでもある少年のレックスであった。

 

 事の発端は、先日の倉庫街での戦いの後だ。あの戦いで覚醒した仁の変身する進化したデイナに一蹴され意気消沈した希美の前に、彼女に助けられた事に恩義を感じたリリィがレックスと共に彼女を心配して近付いて来た。

 

 心から自分の事を心配して、自分の事を見てくれるリリィ。そしてそんな彼女について来て、自分が傍に居られなかった時に彼女を助けてくれた事に対する感謝をしにきたレックス。

 2人の少年少女の無垢な目を見た瞬間、希美の中で何かが動いた。気付けば2人をそのまま引っ張って、何かにつけて自分に同行させたのだ。

 

 最初こそ、リリィはともかくレックスは警戒していた。彼とリリィは共に幼いころから実験動物としての苦楽を共にしてきた仲だ。辛い時は支え合い、他の実験動物として連れ去られたり売られた子供達が次々と脱落していく中で生き残ってきた。

 故に、レックスは時に研究員がリリィに向ける邪な感情と真っ向から対峙したりもした。彼女を守るのは自分の役目だと言わんばかりに。

 

 しかし希美は2人に特に何をするでもなく、ただ2人を傍に置いておくだけであった。と言うか、時には自分から近付き特に何もせずに過ごす時もある。

 それを繰り返されている内に、レックスの方も段々と希美が自分達を害する気が全くない事を察した。そして彼女が味方だと分かると、レックスの方も積極的にリリィを彼女の傍へ向かわせるようになった。何故ならその方がずっと安全だからだ。

 

 今、希美は隣に座るリリィの髪を弄っている。あまり手入れのされていないブラウンのセミロングを、希美は櫛で梳いたり三つ編みにして遊んでいた。

 レックスはそんな2人を少し間を開けた所から見つつ、時折周囲に目を向ける。そうすると社内を時々研究員が通りかかるのだが、彼らは希美を見るとそそくさとその場から退散した。

 

 以前であれば、レックスとリリィが2人だけで社内を出歩いていた場合2人には冷たい視線が向けられるのが常であった。時にはリリィに悪意を持って近付こうとする輩も居る。レックスは必死にリリィを守ろうとするが、彼らの中にある躾け様の制御装置の所為でそれもままならない。

 

 だが希美が近くに居る限り、2人が悪意に晒される心配はなかった。幹部から落ちた身ではあるが、過去の度重なる大暴れにより彼女にちょっかいを掛けようという愚か者は居なくなっていた。彼女にも制御装置は埋め込まれているが、それを自由に使えるのは他の幹部か社長である雄成のみ。一般の研究員が自由にできる筈もなく、彼らは希美に対しては許可がある時しか大きく出る事は出来ないのだ。

 

 まるで虎の威を借りる狐かジンベイザメなどに張り付くコバンザメの様で時々心苦しくはなるが、多少プライドを捨てただけでリリィの身の安全が確保できるのであれば安いものであった。

 

「……はい、完成っと」

 

 そんな事を考えていると、リリィの髪型のセットが終わった希美の声がレックスの耳に入った。声に反応してそちらを見ると、そこには左耳の前の髪を三つ編みにして垂らしているリリィの姿がある。普段髪型なんて弄らない、弄る余裕もないリリィの少し飾った姿に、レックスはほぅっと見惚れていた。

 

「に、似合う……かな? レックス?」

「あ、う、うん。よく似合ってると思う」

「ホント? 良かった。ノゾミ、ありがとう」

 

 久しく……と言うか、初めてのお洒落をさせてくれた希美に、リリィは花が咲くような笑みを浮かべて感謝した。その姿には、少し前の様な弱々しさが感じられない。年上で自分を守ってくれる存在が居る事で、精神的に余裕が出来たのだろう。

 そんなリリィからの感謝に対し、希美は彼女の頭を軽くポンと撫でるだけで応えた。

 

 淡白な反応を返す希美に、レックスは思い切って今まで抱いてきた疑問をぶつける。

 

「何でノゾミは、俺達を気に掛けてくれるんだ?」

「え?」

「だってそうだろ? 俺達、優しくされてもノゾミに何も返せないんだぞ? ノゾミに何のメリットもない。なのに何で?」

 

 そんな事聞かれても、希美だって困る。彼女自身、何故ここまでこの2人を気に掛けているのか分かっていないのだから。

 

「……何でかしらね」

 

 最初はそれこそ、単純に同族意識からの手助けだった。生にしがみ付き、必死に生きようとするリリィの姿に自分の姿を重ね、放っておけなくなったから助けたに過ぎない。

 

 だがその後、打ちひしがれた彼女の事を本気で心配してくれるリリィと、リリィを助けた事に心から感謝してくれるレックスの存在に心のつっかえが取れたような気がしたのだ。

 

 腹がはちきれるのではと言うほど物を食べても、心の空虚は埋まらなかった……

 

 胸の奥に染みついているデイナとの戦いでも、一時の潤いだけで心は満たされなかった……

 

 誰もが自分を蔑み、捨て置いて去っていった……

 

 あのデイナですらも、勝負にならないと見るや自分から興味を失った……

 

 誰からも見向きもされず、何をしても満たされない。そんな心の隙間を、リリィとレックスの無垢な心が埋めてくれた。

 要はそれだけの事なのだ。たったそれだけだが、それが希美にとっては2人を気に掛ける十分な理由になった。

 

「ほんと……何でかしらね」

 

 その事を明かす事無く、希美は再びリリィの頭を撫でた。

 親の顔も覚えていないリリィだったが、姉が居ればこんな感じだったのかとくすぐったそうに笑った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 同時刻、傘木社本社ビルの中にある特別区画。そこにあるベクターカートリッジの研究・開発ブースでは、仁の血液サンプルから新たなベクターカートリッジの開発が行われていた。

 

 当初、血液サンプルさえあれば新人類の遺伝子を用いたベクターカートリッジが簡単に作れると研究員達は考えていた。だがそれは甘い考えであった。

 

 それと言うのも、新人類となった仁の細胞は超万能細胞のそれなのだ。そしてベクターカートリッジは、精製の際に真っ新な超万能細胞に他の生物の遺伝子情報をインプットする事で完成する。

 つまり、既に超万能細胞である仁の遺伝子は既存のやり方ではベクターカートリッジに出来なかったのだ。普通にやろうとしても仁の超万能細胞とベクターカートリッジに元々入っていた超万能細胞が反発し合って劣化してしまう。ならばと仁の遺伝子を持つ超万能細胞をそのままベクターカートリッジに封入しても、今度は仁の遺伝子が他の遺伝子に歩み寄ってしまい何の変化も起こらないのだ。

 

 これには研究員達も頭を悩ませた。まさか念願の新人類の遺伝子を持つ超万能細胞がここまで扱い辛い存在だとは思わなかったのだ。

 

 そのまま研究がなかなか進まずヤキモキしていた傘木社の主任研究員達。一向に進展しない研究に、終止符を打ったのは並行して個人的に仁の遺伝子を調べていた雄成であった。

 

「何も難しく考える必要なんて無かったんだ。彼の遺伝子情報は飽く迄もモデルにして、新たに細胞を作ってしまえばいいだけの話だったんだよ」

 

 何が関係しているのかは分からないが、仁の細胞を直接使うと上手く行かないのであれば使わなければいいだけの話だった。傘木社には既に以前まで雄成が使っていたサンプル1ベクターカートリッジを始めとした、1から新たな遺伝子情報を持つ超万能細胞を作り出す技術がある。その技術を用いて、仁の遺伝子情報を模倣した超万能細胞を作れば…………

 

 その発想を基に、雄成を中心として新たなベクターカートリッジ――新人類の遺伝子を持つ超万能細胞を使用したもの――が作り出される事となった。

 

 そうして作り出された新たなベクターカートリッジ。名称はまだまだ試作品と言う事で『サンプル2』と名付けられた。色々と未知の部分が多いベクターカートリッジ故、どのような力を発揮するかは想像もつかない。

 

 真っ先に雄成がカラミティドライバーで使用しようとしたが、それは他の研究員により止められた。サンプル1ベクターカートリッジが以前の戦闘で急速に劣化した事から、折角作り出したサンプル2ベクターカートリッジも同じ末路を辿るのではないかと危惧したのだ。

 止められた雄成は最初面白くなさそうな顔をした。だがそれはそれとして、研究員達の言い分も分からなくはないのか不承不承頷き、先ずは別の人物を被検体にしてその能力を調べてみる事にした。

 

 その白羽の矢が立ったのは、幹部の1人であるシトシンだった。何故彼が選ばれたかと言えば、瞬間的に雄成の頭に浮かんだのが彼だったからと言うだけの話だ。その瞬間頭に浮かんだのが希美やグアニンであれば、そちらが実験台に選ばれていただろう。

 

「さて、それでは頼むよシトシン」

「了解です」

 

 突然呼ばれあれよあれよという間に新型ベクターカートリッジの実験台とされた。しかしシトシンはその事に不満を抱かなかった。

 

 先日の戦闘でデイナにあっさりと敗北した事を彼は根に持っていた。そして敗北の理由が仁の覚醒にあると分かると、彼は雄成の研究に積極的に手を貸した。あのまま敗北したままで終わるのが我慢ならなかったからである。

 

 シトシンは渡されたサンプル2ベクターカートリッジを起動状態にした。

 

〈SAMPLE2〉

 

 起動したベクターカートリッジを、剥き出しの腕に挿そうとするシトシン。だが一瞬彼は躊躇した。

 それと言うのも、サンプル1ベクターカートリッジの時も同様に適当な人間を被検体にしたのだがその時の被検体は肉体の急激な変異に耐え切れずに死亡しているのだ。それも異常なほどの速度で分裂する細胞に身体が耐え切れずに破裂するという悲惨な末路を辿って。

 今回のサンプル2でも似たような事が起こらないという保証はないので、彼でも流石に躊躇はした。それでも、プライドが勝ったのかシトシンは剥き出しの腕にサンプル2ベクターカートリッジを挿し込んだ。

 

 肌に押し当てられたベクターカートリッジが見る見るうちにシトシンの体の中に潜り込んでいく。本来であればその瞬間に肉体に変化が生じる筈なのだが、完全に体にカートリッジが入っても尚シトシンの体に変化は訪れなかった。

 もしや失敗か? 不安に思う研究員達が見ている前で、突然シトシンが苦しみ始めた。

 

「ぐぅ、あっ!? な、何だ? 体、が――――!?」

 

 体を痙攣させその場に倒れるシトシン。それは仁が覚醒した時とそっくりであった。シトシンのバイタルデータを表示するモニターには、彼の体に急速にファッジへの変異とは異なる異変が起こっている事が表示されていた。

 

「あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 一際大きな叫びを上げた直後、今度はスイッチが切れたかのようにシトシンは大人しくなった。研究員達がモニターに注目すると、先程まで激しく変動していた数値が今は嘘のように安定していた。

 

「く、ひ……ひひひひひ……」

 

 不意にシトシンの口から笑い声が上がる。研究員達が注目する前で、シトシンは立ち上がると徐にベクターリーダーを取り出し、自分の腹に向けて引き金を引いた。ベクターカートリッジを装填せずに引き金を引いたので、銃口から出るのは当然ただの銃弾だ。銃弾がシトシンの腹を貫き、貫通した銃弾と共に背中から血が噴き出す。

 

 自分で自分の腹を銃で撃つという、一見するとただの自殺にしか見えない行動。だがシトシンの口からは狂ったような笑い声が上がった。

 

「ひゃはははははははっ!! すげぇ、これが新人類か! 最高の気分だぜ!!」

 

 シトシンは自分の体を何発も撃つが、銃弾により抉られた箇所は直ぐに再生した。

 

「シトシン、ベクターカートリッジを抜いてみてくれ。君の体にどれだけ変化が起きているかのデータがとりたい」

「ちっと惜しい気もしますが……了解です」

 

 変異を解く要領でシトシンはベクターカートリッジを排出した。すると彼のバイタルデータにも変化が起きる。各種データは、ベクターカートリッジを装填する前と殆ど同じ値に戻っていた。

 

「……どうやらあのベクターカートリッジ、使用すると疑似的な新人類になれるようですね」

 

 得られたデータを統合して、主任研究員が雄成に結論を述べる。得られたデータと結論に、雄成は満足そうだ。

 

「そうかそうか……あれを直挿しした状態で、変身などは出来るのかな?」

「可能不可能で言えば、可能でしょう。あれは変異と言うより能力の向上と言った方が正確に思えます。明らかに今までのベクターカートリッジとは異なりますね。とても興味深いです」

 

 主任研究員が目を光らせ、シトシンの手の中にあるベクターカートリッジを見る。あれを量産すれば、簡単に超人集団が作れるだろう。その力があれば、傘木社が世界の覇権を手に入れる事も不可能ではない。

 

 野心に燃える研究員を嫌に冷めた目で見つめていた。

 

「――――まぁ、あの変化はシトシンの様に改造を施されているから起こったとも考えられるがね。ともあれ、実験は成功か」

 

 雄成は戻ってきたシトシンからサンプル2ベクターカートリッジを受け取った。まだ先程の変異の感覚が残っているのか、シトシンは陶酔したような顔をしていた。

 

「プロフェッサー、今度はそれを使ってデイナと再戦させてください。次は絶対に奴を倒して見せます!」

「うむ。どうせだから君用に新しくドライバーを拵えようか。折角肉体が変化するのだ。その状態で何処まで出来るのか見てみようじゃないか」

「そいつは良い! あの女に頼る必要もない位の力で、俺がデイナを倒してやる!」

 

 更に強くなれると知り、シトシンは歓喜する。

 

 だが彼は気付いていなかった。雄成の彼を見る目が、これから解剖実験に使われるカエルを見るような目をしていた事に…………。




という訳で第51話でした。

仁と亜矢はもう完全に同棲してます。衣服や小さな家具なんかは亜矢の部屋から仁の部屋へ移動していますが、ベッドは仁が使っていたものだけです。なので夜は必然的にいつも密着して寝る事になります。

傘木社は作中で非人道的研究ばかりやってるシーンが目立ちますが、表面上は善良な世界的製薬会社です。なので薬局に行けば傘木印の医薬品や化粧品を見る事になります。

ヘテロに変身する様になってからはやさぐれていた希美ですが、ここ最近は大分精神が安定してきました。やっぱり人との触れ合いは大事です。

平和な日常回の筈が、最後の最後で不穏なラスト。書かずにはいられませんでした。

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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