仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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第56話:生命の力

 保安警察に鎮圧され、本社ビル内に設けられている自室に放り込まれた希美は先の身勝手な行動もあり軟禁状態となっていた。

 

「…………ちっ」

 

 やる事も無く自室のベッドの上で横になる彼女が考えるのは、引き離されたリリィとレックスの2人の事ばかり。特にリリィは、必要に応じて解毒剤を飲まないと体に不調を来す。会社にとっては一応大事な研究対象(こういう見方を彼女がされること自体希美は腹立たしい)をみすみす死なせるような事は無いだろうから、そこら辺の管理はしっかりしてくれると信じたい。

 

 とは言え心配は心配だ。特にリリィは女の子。下っ端研究員や保安警察の馬鹿が手を出さないとも限らない。

 

 希美は思い切って外出をしようと、ベッドから起き上がるとドアを乱暴にノックした。するとすぐにドアの外で監視の為に待機している保安警察の隊員から返事が来る。

 

『何だ?』

「外を歩きたいわ」

『お前の外出は許可されていない』

 

 高圧的な言葉に希美は舌打ちした。少し前までは、へりくだるとまでは言わずとも、何処か一歩引いた対応をしていた彼らだがここにきて一気に調子に乗り出した。希美に付け入る隙があると分かって、そう簡単に暴れたりはしないと思っているのだろう。実際その通りだった。自分が下手な事をして、あの2人が人質になるような事があれば困る。

 

 我ながら随分と甘くなったものだともうが、不思議とそれを悪い事とは思えなかった。

 

 だがそれはそれとして、あの2人の事が心配なので様子を見る為に外出はしたい。しかしこいつらの様子だと、普通に出せと言っても聞いてはくれないだろう。

 

 ならば…………

 

「ドライバー……」

『何?』

「私のドライバー……アンタ達に預けるわ。それでいいでしょ? そうすれば私は戦えない訳だし……」

 

 歯向かう手段がないと分かれば、連中も少しは警戒を解くだろう。何かあった時に2人を守れなくなるが、その時はその時だ。

 

 ドアの向こうからはなかなか返答が来ない。恐らくアデニン辺りに許可を取っているのだろう。

 程なくしてドアが開いた。

 

「許可が下りた。ドライバーを……」

 

 希美は言われるままにブレイドライバーを差し出す。2人居る保安警察の隊員の片方がそれを受け取り何処かへと去っていき、残った方は顎をしゃくって希美に出ろと促した。

 正直むかつく事この上ない態度だが、ここで反抗的な姿を見せれば今度こそ必要な時以外は部屋から出られない。苛立つ心を律しつつ、希美は2人が居るだろう区画へ向けて歩き出す。勿論その後ろには、監視目的の隊員がついていた。

 

 足早に研究区画内を歩く希美が向かうのは、実験動物として拉致された人達が入れられる独房がある場所だ。会社内でのあの2人の扱いを考えれば、入れられるのはあそこしかない。

 

 果たして希美は直ぐに2人を見つける事が出来た。案の定、2人はここに入れられていたのだ。同じ独房ではなく、隣接した独房に1人ずつ入れられている。

 

「「ノゾミ!」」

 

 2人は希美が近付くと、安堵した顔で扉に飛び付いた。制御装置で苦しめられているのが2人が最後に見た希美の姿だったので、あの後どうなったのか心配していたのだ。

 

 会社内で唯一本気で心から自分の事を心配してくれる2人に、希美は束の間穏やかな顔になる。それは2人が思っていたほど辛そうでない事への安心感もあるのだろう。

 

「2人共、大丈夫そうね」

「私達は大丈夫。でも、ノゾミは……」

「安心しなさい。私も平気よ」

「ゴメン、ノゾミ。俺が余計なことをしたから……」

「何言ってんの。あそこで動かなかったら男が廃るってもんよ。咄嗟にリリィを守ろうとするなんて、カッコ良かったわよ」

 

 独房の扉は格子状になっている為、腕一本なら格子の隙間から出せる。2人は格子の隙間から希美に向けて手を伸ばし、希美は伸ばされた2人の手を優しく掴んでいる。

 

「私は大丈夫よ。だから2人も、連中のくそったれな実験とかに負けないで。ほとぼりが冷めたら、また3人で出掛けましょ」

 

 そう言って希美は独房に近付き、格子越しに2人を優しく抱きしめた。希美の体温の温もりに、2人は独房に入れられていると言うのに安堵の表情を浮かべる。リリィなどは、目に薄らと涙を浮かべている。希美はそれを指でそっと拭ってやり、改めて2人を格子越しに抱きしめた。

 

 そして、2人以外には聞こえない位小さい声で2人に話し掛けた。

 

「何時か……2人をここから出してあげるから。だからそれまで待ってて」

「「ッ!?」」

 

 小声で告げられた言葉にハッとなりそうだった2人を、希美はギュッと抱き締める事で抑えた。そして2人から少し離れ、口元に人差し指を置く。

 希美の意図を察し、小さく頷いて答える2人。

 

 ここで漸く静かになった3人の様子を訝しんだ隊員が声を掛けてくる。

 

「おい、何をしている?」

「別に。もう用事は済んだから、私は戻るわ。それじゃあね、2人共」

 

 希美は2人に手を振りその場を離れて行く。

 

 今この瞬間、希美は決意した。もう会社に付き合っていられない。いや、付き合う理由がない。

 

 彼女が欲しかったのは、自分を1人の人間として認めてくれる場所なのだ。それがようやく分かった。そしてそれは、傘木社に存在しない。

 それがあるのは、彼女にとってリリィとレックス、2人の傍だ。だが傘木社に居る限りそれは邪魔される。

 

 ならば離れてしまえ。例え会社から追われる事になろうとも、このまま飼い犬で終わるよりはその方がずっといい。

 

 問題はどうやって、逃げ出すかと言う事。ブレイドライバーは何処かへ持っていかれてしまった。

 

(まぁ……何処に持っていかれたのかは大体予想がつくけどね)

 

 元を辿れば彼女も保安警察の上司と言う立場に居たのだ。だからああいったものが何処に運ばれて保管されるかも予想出来る。

 後はどうやってそれを取りに行くかだが――――

 

「――――ん?」

 

 そんな事を考えていると、前方から雄成に連れられてずぶ濡れの亜矢が歩いてくるのが見えた。手には手錠を掛けられ、背後には保安警察の隊員が2人警戒するようについている。

 

 希美が亜矢の事を凝視していると、向こうも希美に気付いたのか少し驚いた顔になった。

 

「アンタ……何でここに?」

 

 思わず亜矢と彼女の前を歩く雄成を見比べながら問い掛けると、雄成が上機嫌で答えた。

 

「彼女は私の研究に手を貸してくれることになったんだよ。新人類のサンプルとして、ね」

 

 満足そうな雄成の言葉に、亜矢は顔を軽く伏せ小さく頷いた。

 それだけで希美は察した。亜矢は仁の為に、己の身を差し出したのだと。

 

 以前の希美だったら、何を馬鹿な事をと鼻で笑ったかもしれない。だが今はとても笑う気にはなれなかった。何故なら彼女も、リリィとレックスの為なら体を張れる自信があったから。

 

「そっか……そっかぁ……」

 

 気付けば自分も彼女達と同じ側に立っていた。その事に気付き、希美は小さく笑みを浮かべると亜矢の隣を通り過ぎていく。

 

 その際に、希美は亜矢の肩を軽く叩いた。

 

「え……」

 

 肩を叩かれ、亜矢が振り返ると希美は後ろ手に手を振りながら無言で歩き去っていった。正直今の肩を叩いた事に、何の意味があるのかは分からない。

 

 だが不思議と、嫌な感じはしなかった。今なら彼女とも仲良くやれそうな、そんな気がする。

 

「さ、こっちだ」

 

 もう少し干渉に耽っていたかったが、雄成がそれを許してくれなかった。亜矢は雄成に促されるままに、彼の後についていく。

 

 そうして亜矢が連れて行かれたのは、実験室ではなく社長室だった。地上70階に位置するそこは、窓の外に絶景が広がる。こんな時でも無ければ、窓辺に寄って景色を眺めたいものだ。

 勿論仁と共に、だが……。

 

 雨に濡れてずぶ濡れのままここに連れて来られた亜矢には、雄成の指示で取り合えずタオルが掛けられ温かい飲み物が出された。ここは謂わば敵地だと言うのにこの歓待ぶりに、僅かながら亜矢も困惑してしまう。

 

「そう警戒しないでくれ。私は君に感謝しているんだよ?」

「と、言いますと?」

「君が来てくれるから、私の研究と計画は大きく進むと言う事さ。安心してくれ、悪いようにはしないよ。勿論、門守 仁君に対してもね」

 

 そうは言われても、信じられるものではない。彼は以前(偽物だったが)データを渡した香苗を始末しようとしていた。同じようにこちらを油断させて、自分だけが得をするような事をしてこないとは限らない。

 

 だから亜矢は慎重に行動した。この体は大抵の毒を受け付けないと言う事は分かっているが、念には念の為出された飲み物もまずは軽く舌で舐める程度に留める。もし何か仕込まれていたら、体が何かしらの反応をする筈だ。

 

 しかしそれは杞憂だったようで、出された飲み物には何も異常はない様子だった。体は濡れて低下した体温を補う方向で既に動いているので温かい飲み物など必要無かったが、気持ちを落ち着ける為に亜矢は飲み物に口を付けた。

 

 その時、社長室のドアがノックされた。雄成が許可を出すとドアが開かれ、アデニンが中に入ってくる。

 

「プロフェッサー、失礼します。例の件でお話が……」

「ふむ、分かった。済まないが少し席を外させてもらうよ」

 

 雄成はアデニンと共に一度社長室を離れた。離れたとは言っても、部屋のすぐ外に出ただけだ。

 

「それで、首尾は?」

「既に先方に話は付けているので、直ぐにでも動いてくれる筈です」

「そうか。S.B.C.T.にも今まで世話になったが、もう敵対組織は不要だ。手筈通りに頼むよ」

「はい」

 

 適当に指示を出し、雄成は社長室へと戻る。部屋に戻ると、亜矢は先程と同じ場所に座りジッとしていた。

 

「すまないね待たせてしまって。さ、それではそろそろ移動しようか。何、ここに居る間は極力不自由はさせないから安心してくれたまえ」

 

 亜矢は雄成に促され、社長室を後にして研究区画の個室へと案内される。

 

 案内される最中、亜矢は時折胸元を抑えていた。雄成はそれを単に仁を心配してざわつく心を鎮める為の行動だと考えていた。

 

 だがそれは間違いであった。彼がその行動の意味を知るのは、もう少し後の事である。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、警視庁を襲撃され大打撃を受けた警察組織は混乱から立ち直る為に奔走していた。

 

 特にS.B.C.T.はカラミティの攻撃によりまたしても実働部隊の半数以上を失ってしまい、組織的行動が難しくなってしまっている。この状態で傘木社が何らかの行動を起こしたら、とてもではないが対処できない。

 

「よ……っと、ふぅ。隊長、とりあえず使えそうな機材の移動は完了しました」

「ご苦労。とは言え、改めて酷いもんだな」

「全くです。生き残ったのは我々のみ。実働部隊は壊滅で、警視庁に居た警官も多くが……」

 

 今宗吾達が居るのは、無事な部屋に機材を詰め込んだ即席の指令室だ。カラミティの攻撃は激しく、警視庁の建物内部にも少なくない被害が出ていた。特にS.B.C.T.本部は徹底的に攻撃を受けており、重要なデータの中にはいくつかは失われてしまったものもある。

 

「悲観するのは後だ。今は出来る事をやる」

「出来る事って……」

「今回、奴は馬鹿な事に変身せずにここにやって来た。監視カメラには傘木 雄成がやってきてカラミティに変身して暴れる様子が残っている筈だ。それを証拠に、傘木社に強制捜査を行う」

 

 不可解だが、何故か雄成は変身せずに警視庁まで足を運び、変身してから暴れた。そこにどんな意図があったのかは分からないが、証拠を残してくれたのなら好都合。宗吾は雄成が正体を晒した映像を使い、傘木社に本格的な攻勢に出るつもりだった。上層部もここまで動かぬ証拠があるのなら、傘木社を無視は出来まい。

 

 問題は戦力だ。装備はともかく、先の戦闘で失われた人命は多い。両手で足りる程度の人数しか生き残りはいないのだ。これで傘木社に仕掛けるのは無謀である。

 

「戦力はどうしますか?」

「最悪、機動隊員などからかき集めるしかないだろうな」

「人、寄越してくれますかね?」

「最悪は生き残りだけで仕掛けるしかないが……」

 

 宗吾と慎司、茜が話し合っていると、仮設指令室の扉が開かれた。3人が扉を見ると、そこにはS.B.C.T.の総指揮官である昭俊が数人の部下と共に入室して来ていた。

 

「ッ! 氷室指揮官! ご無事でしたか、連絡が付かなかったので心配していました!」

「何、少し手が離せなくてね」

「いえ、ご無事で何よりです。それより、今は少しでも戦力を集めて傘木社への強制捜査に向かいたいと考えています。何とか戦力を集める事は出来ませんか?」

 

 上層部にも顔が利く昭俊であればもしかすると戦力を揃えてくれるかもしれない。その期待を胸に宗吾が昭俊に訊ねるが、昭俊から帰ってきたのは予想外の言葉であった。

 

「いや、もうその必要は無い」

「は?」

「聞こえなかったかね? 傘木社へは今後干渉する必要は無いと言ったんだ」

 

 そんな事を言われても納得できる訳が無かった。警察組織に多大な損害を与えた傘木社は最早一刻も早く止めねばならない危険な組織となっている。何よりも、追い詰めるに足るだけの証拠があるのだ。これを使わない手はない。

 

「何故です!? 連中は今回、重要なミスを犯しました。これを基に連中を追い詰めれば――!?」

 

 昭俊に詰め寄る宗吾だったが、それは昭俊の部下が取り押さえた。両脇を押さえられ、宗吾は身動きが取れなくなる。

 

「離せッ!? くそ、何故ですか指揮官!?」

「――――まさか」

 

 激昂する相互に対し、茜は何かに感付いた。慎司が何をと問う前に、茜はそっと宗吾達から距離を取る。

 

「何故、か……簡単だよ権藤隊長。今後の我々の行動方針が変わったからだ」

「変わった?」

「そう、今後は傘木社を追い詰めるのではなく、傘木社を支援する形でね」

 

 信じられない事を口にする昭俊に、宗吾と慎司は言葉を失った。今まで傘木社と戦ってきた、傘木社と戦う為の組織が今度は連中を支援する。一体何の冗談だと叫ぼうとした相互だが、先の戦闘で雄成が口にした言葉を思い出す。

 

「S.B.C.T.の結成には、傘木社の関与があった…………指揮官、アンタまさかッ!?」

「気付くのが遅かったな。そもそもスコープシステムだって、傘木社からの技術提供があって完成したのだよ」

 

 つまり宗吾は今までずっと、傘木社の掌の上で踊らされていたと言う事なのだ。その事実に、宗吾は足から力が抜けその場に崩れ落ちる。

 

「俺は……俺は今まで、何の為に――――!?」

 

 信じていた者に裏切られ、足場を失い涙を流す宗吾を昭俊は冷たく見下ろした。

 

「今後、S.B.C.T.の部隊は私が直接指示を出す。残った者にはそう伝えろ」

「は、はい!?」

 

 昭俊に言われ、茜は慄きながら返事を返した。一方慎司は、宗吾と昭俊を交互に見るだけで何も言わない。最後にはどうすればいいかと、茜に視線で問う始末。

 何しろここで否と言うのは簡単だが、状況はどう考えても多勢に無勢。それもライトスコープすらない状況では、1人で出来る事など高が知れていた。

 

 頼りない、情けないと思うかもしれないが、愚かではないのだ。愚か者は後先考えず行動して馬鹿な判断を下す。それに比べれば、慎司はずっと賢い選択をしたと言えるだろう。

 

「差し当たってまずするべきは、門守 仁の確保だな。直ぐに部隊を向かわせろ」

「ハッ!」

 

 昭俊は連れてきた部下にそう指示を出すと、宗吾達を部屋に残して去っていった。

 

 後に残された宗吾は、その場で1人涙を流し慎司は立ち尽くし、茜は何処かへと連絡を取っていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カラミティに敗北し、目の前で亜矢を連れて行かれた仁はそのまま警視庁の前で雨に打たれながら気を失っていた。あれから一向に連絡を寄越さない事に胸騒ぎを感じた峰が教授と共に警視庁に向かい、倒れている仁を発見すると慌てて彼を教授の車に乗せ病院へと運んだ。

 

 眠り続ける仁は、しかし傷は直ぐに塞がっていった。流石の回復力。だがそれでも意識を取り戻さないのは、それだけのダメージを受けたのかそれとも別の要因があるのか、峰達には分からなかった。

 

 ただ現場には亜矢の分のデイナドライバーとユニオンキャット、キャットベクターカートリッジが放置されていた。この状況から、仁が敗北し亜矢が連れ去られたのだろうと言う事は想像する事が出来た。

 

 控えめに言っても由々しき事態である。

 

「双星さん、大丈夫でしょうか? 傘木社でどんな目に遭うか……」

「……少なくとも、今すぐ命を奪われるような事は絶対に無いだろう。こんな言い方はしたくないが、彼女は世界で2人しか居ない新人類の片割れ、数少ないサンプルだ。それを無駄にするような事を雄成がするとは思えない」

「でもそれ、生きてさえいればどんな目にでも遭うかもしれないって事ですよね?」

 

 白上教授は口を噤んだ。生かされたとしても、死んだほうがマシと思えるような状況など幾らでもある。特に実験動物、サンプルとしての在り方など……

 

「出来る事なら今すぐ双星君を助けに行きたいが……S.B.C.T.も大きく被害を受けたそうだし、門守君もこれでは……」

「門守君……」

 

 傷一つない体で眠り続ける仁を、峰が心配そうに見つめた。敗北した挙句、目の前で亜矢を連れ去られた彼の心が受けたダメージは如何程だろうか。目覚めないのも精神的なダメージから来るのだとすれば、彼が受けた苦しみは相当な物の筈だ。

 

 事実それは間違っていない。仁は確かにあの時、離れて行く亜矢の後姿に彼の心は張り裂けそうなほどの痛みを感じた。意識を失う直前まで嘆き、己の無力さを呪いもした。

 

 何より、彼の肉体はカラミティのデッドエンドクラッシュにより多大なダメージを受けていた。細胞破壊能力を持つデッドエンドクラッシュにより、仁の超万能細胞は大半が死滅し一時は生命の危機にすら陥ったほどだ。

 

 肉体的にも、精神的にも、限界近くまでボロボロになったと言っても過言ではない。

 

 しかし彼は決して折れていなかった。心身共に、既に次の戦いの備えて準備していた。

 

 細胞は命に関わる部位の修復を最優先とし、元通りに回復させるのが容易な細胞を分解してエネルギーに変換する。自食作用(オートファジー)により仁は眠りながら己の体を回復させ、少しでも万全な状態へとコンディションを持っていこうとしていた。

 

 その一方で脳細胞は大量のエンドルフィンを産生し、亜矢を連れ去られた事による精神的ストレスを急速に緩和させていく。お陰で仁は、心安らかに眠り回復に努める事が出来ていた。

 

 全ては、復讐の為だった。

 

 人としての仁は、最愛の女性を取り戻す為に……。生命としての仁は、世界でたった1人の同族の異性を取り戻し、己の遺伝子を後世に繋ぐ為に……。

 

 それは、生存本能だった。

 神が全ての生命に与えた、最初にして最後の武器。人類が、人類を作り出す遺伝子が、過去に何度も起こった生命の大量絶滅を生き延び地球の覇者として君臨する力の源となった本能。

 

 カンブリア紀に大量に産まれた生命の一種であるハルキゲニアから続く、何億年にも渡って蓄積されてきた生命の力。

 

 神秘がこの世で唯一形になったと言っても過言ではない生命の力の前に、敗北はあり得ない。

 

 しかし、その生命の力を発揮する為には亜矢の存在が必要不可欠であると仁の生命は理解していた。だからこそ取り返す。その為に備える。嘆いている暇など、一瞬たりとも存在しない。

 

 今、仁の中で驚異的な超回復が行われていたが、その事に気付く者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 仁が病院に運ばれてからどれ程時間が経ったか、突然峰の携帯から着信音がなった。

 

「ん? 誰だろ?」

 

 峰が携帯を取り出すと、どうやらメールが来ていたようだ。送り主は茜だった。

 

「北村さんから?」

 

 一体どうしたのかと、峰は何気なくメールを開いた。最初は仁を心配しての内容か、それとも傘木社への今後の対応を話し合う為の予定の擦り合わせかと思った。

 

 だがメールの内容を読み進める内、次第に峰の目は驚愕に見開かれていく。尋常ではないその様子に、白上教授がどうしたのかと問い掛けようとした時、峰は慌てて立ち上がり窓の下を見た。

 

「ッ! ヤバい、教授! 急いで門守君を連れてここを出ましょう!」

「どうしたんだ? 一体何が?」

「S.B.C.T.が敵に回りました、今の連中は傘木社の手下で、門守君を狙ってます!」

 

 峰が見たのは、病院のフロントから突入してくるライトスコープ達の姿だった。彼らは力尽くで仁を確保し、傘木社へと連れて行くつもりなのだ。

 

 ここには居られない。しかし逃げるにしてもどうすれば……。

 

「宮野君、こっちだ!」

「えっ!?」

 

 仁を背負って病室から出ようとする峰を、白上教授は引き留め窓辺へと近付いていく。手には仁の携帯が握られていた。

 

「あ、そうか! トランスポゾン!」

 

 確かにあれなら、人を3人くらいは余裕で乗せて飛ぶ事もできる。

 教授がアプリでトランスポゾンを呼び出すと、飛行モードのトランスポゾンが窓の外にやってきて滞空してくれた。教授は窓から出てトランスポゾンに跨ると、峰から仁を受け取り次に峰を後ろに乗せる。仁は教授と峰に挟まれる形だ。

 

 3人が窓から出てトランスポゾンに乗ると同時に、病室までやって来たライトスコープ達が病室の扉を蹴破って入ってきた。

 

「ッ!? 待てッ!」

「宮野君、しっかり掴まっていてくれ!」

「はい!」

 

 ライトスコープの制止の言葉を無視して、教授はトランスポゾンを運転し病院から離れて行く。病院からはライトスコープ達が発砲しているが、仁を殺さずに確保しろと言う命令が出ているので攻撃は散発的で余裕で回避できた。

 

 教授はそのまま病院から離れ、トランスポゾンを地面に降ろすと大学へと向かって走らせる。秘密のラボなら、まだしばらくは隠れる時間はある筈だ。

 

 希望を信じてトランスポゾンを走らせる白上教授と峰に挟まれ、仁は未だ目を覚ます事無く眠り続けていた。




執筆の糧となりますので、感想その他宜しくお願いしました!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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