仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

お気に入り登録ありがとうございます!励みになります。

さて、お待たせしました。最近は傘木社のターンでしたが、今回から再び仁が活躍します。


第58話:愛するが故に

 白上教授達が仁を連れてS.B.C.T.から逃げて一晩が経った。

 

 あれから教授達は、秘密のラボに籠りS.B.C.T.……と言うよりその背後に控えている傘木社の捜索から何とか逃れる事が出来ていた。

 

 表の研究室と繋がるドアは今、完全に塞ぎ偽装している。ドアそのものを壁のように見せ、更にその前に棚を置く事で、だ。気休めでしかないだろうが、これで直ぐに見つかる事はない。

 

 とは言え不安は拭えなかった。

 

「……何時まで持ちますかね?」

「少なくとも、門守君が目覚めるまでは持ち堪えてくれるだろう。大学の理事長が、少しは誤魔化してくれる筈だ」

 

 理事長と言う単語が出た事に、そう言えばと何気に気になっていた事を峰は訊ねた。

 

「そう言えば、ずっと気にはなっていたんですけどどうしてこんなラボを作る事が出来たんですか? 流石に教授個人が勝手に動いて出来る事じゃないですよね?」

「実を言うとね……この大学の理事長は私の学生時代の先輩なんだ。学生時代は可愛がってもらってたし、卒業後も交流があってね。それもあって、話が通るのは早かったよ」

 

 まさかの教授と理事長との繋がりに、峰は目を丸くしつつ納得した様子を見せる。確かに、理事長など大学の偉い人が関係していなければこんなラボを秘密裏に作る事など出来ない。

 それならS.B.C.T.からの捜索も少しは抑えてくれるだろう。

 

 となると現状の問題はやはり仁だ。彼は未だに眠り続けている。

 心配になったので先程彼をスキャンベッドに寝かせ、現在の彼の状態を隅々まで走査した。その結果、教授は仁の体が極度な栄養飢餓状態になっている事を知った。

 

 仁の体は回復の為に自らの細胞を喰らっている。それを察した白上教授は、仁の回復を補助する為適度に栄養剤を注射した。お陰で今、仁の顔色は少し良くなってきていた。

 

 しかし栄養剤だけでは不十分だ。人間やはり口から食物を口にして栄養を摂取しなければ。

 

 きっと仁が起きた時、彼は極度の空腹を抱えているだろうと予想し教授は拓郎に財布を渡してとにかく買えるだけの食料を買ってくるように頼んだ。あの時病院に彼はいなかったので、ある程度自由に行動させても問題はないだろう。

 

 恐らくそろそろ戻ってくる頃だろうが……。

 

「う、ん――――」

 

 その時、眠り続けていた仁が目を覚ました。最初少し身動ぎして呻き声の様なものを上げ、そしてゆっくりと目を開け周囲を見渡した。

 

「門守君!」

「良かった、目が覚めたんですね!」

「教授……先輩? ここは……」

「ここは大学のラボだ。気分はどうかね?」

 

 起き上がろうとする仁を教授が支えて手助けする。峰は取り合えず喉が渇いているだろうと、給湯スペースに向かい白湯をいれて持ってくる。疲れ切った体に、いきなり冷たい飲み物はあまり宜しくはない。

 

「門守君、これを」

「どうも」

「ゆっくりでいいですからね」

 

 仁は渡された白湯に息を吹きかけ、ゆっくりと冷ましながら少しずつ飲んだ。カラミティに敗北してから1日程しか経っていない筈だが、まるで何日も飲まず食わずだったかのように白湯の水分が体に染み渡る。

 ゆっくり飲まねばと分かっているのだが、体はとにかく水分を欲しあっと言う間に白湯を飲み干してしまった。

 

「ん……ん……ぷはっ! はぁ……ふぅ」

 

 まずは軽い水分補給で疲れ切った体の消化器官を叩き起こす。すると当然、今度は空腹が訴える声を上げた。

 今までの人生で仁が聞いた事もないほどの音を立てる腹の虫に、仁は目を丸くすると口でも空腹を訴えた。

 

「やば……腹減った……」

「今の君の体は極度の栄養飢餓状態だからね」

「え? あ、あ~……なるほど」

「今瀬高君が食べ物買いに行ってくれてますから、戻って来るまで大人しく待っていてくださいね」

 

 峰は仁を支え、スキャンベッドからソファーの上に移動させそこに彼を寝かせた。仁は峰に毛布を掛けてもらいながら、あの後の事を訊ねた。

 

「それで、あれからどうなりました? 亜矢さんは……」

 

 亜矢の事は一応聞いてみただけで、彼女が傘木社に連れて行かれてしまった事はよく覚えている。当然峰は少し言い辛そうにしながら、それでも少しずつ語り出した。

 

「双星さんは……今も傘木社みたいです。あの場所には彼女のドライバー一式しかありませんでした」

「そうですか……」

「それと、最悪な事にS.B.C.T.が敵に回りました。権藤さんは隊長から降ろされ、今の彼らは傘木社の手下です」

「S.B.C.T.の設立には傘木社が関わってたみたいですからね……」

 

 一通り重要な事を聞き終え、仁はソファーに体重を預けた。

 

 まだ体は万全ではない。亜矢の事は心配だが、だからこそ彼女を助け出す為に今は体を休めなくては。

 

(もう少し……もう少しだけ待ってて。亜矢さん、真矢さん……)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、拓郎は両手一杯に近くのコンビニやスーパーで買い込んだ食料を持ち、雨が降りしきる中ラボに戻る道を歩いていた。ここ連日、冬にしては珍しく雨が降り続いており拓郎は傘を差しながら歩いていたのだが、流石に両手一杯に荷物を抱えた状態では傘が安定せず拓郎は体のあちこちを濡らしていた。

 

「はぁ……全く、何だって冬なのにこんな雨が降るんだ」

 

 ぶつくさ天気相手に文句を言いながら、裏山の秘密の入口へと向かう。表の入り口は塞いでしまったので、ラボに入る為には裏の入り口を使うしかない。

 

「――――ん?」

 

 雨の所為で下がったテンションと、荷物の重さでトボトボと歩いていた拓郎だが視界の先に人影を見た。

 

 最初それを見て拓郎は不味いと思った。ラボの入り口を無関係な人に見られる訳にはいかない。かと言ってこんな大荷物を持ちながら、あの通行人が通り過ぎていくのを待つのは不審人物に見られる可能性がある。

 

 どうしたものかと思っていたが、その通行人を見ている内に拓郎は違和感を覚えた。歩き方が可笑しいのだ。フラフラと安定しておらず時折壁に身体を預けている。

 もしや怪我人だろうかと心配しながら見ていたが、近付くにつれてその相手の姿が鮮明になり、見えてきた相手に拓郎は思わず目を見開いた。

 

「お、お前はッ!?」

 

 それは希美だった。彼女の姿を見た瞬間、拓郎は盛大に危機感を感じどうするべきかと行動に迷った。が、よくよく見ると酷い怪我をして意識も朦朧としている様子なのに気付く。

 

「は、え? な、何で?」

「ぜぃ……はぁ……あ――――」

 

 拓郎が凝視していると、希美の方も拓郎の存在に気付いたのか酷く消耗した様子で虚ろな目を拓郎に向ける。

 2人は暫し見つめ合っていたのだが、不意に希美が動いた。いや、動いたと言うよりは崩れ落ちたと言った方が適切か。突然前のめりに倒れる希美に、拓郎は一瞬警戒するが倒れたまま動かなくなった希美の姿に困惑する。

 

「何が、どうなってるんだ?」

 

 希美は敵だ、それは間違いない。だが、だとすればこんな所で傷だらけで彷徨っているのはおかしな事だ。何しろ今仁は戦える状態ではなく、S.B.C.T.も動けないのだから。そもそもデイナがカラミティに敗北して以降、戦闘が起こったとは聞いていない。

 

 どうすべきかと迷う拓郎だったが、取り合えず峰達に連絡を取る事にした。荷物だけを運ぶにせよ、彼女の事も運ぶにせよ、とにかく1人ではどうにもならない。

 

 拓郎は両手が食料で埋まっている状態で、傘を差しながら四苦八苦しつつ峰に連絡を取るのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――――ぐっ、う……んん?」

 

 気付けば体を包み込む優しい温かさの中で、希美はゆっくりと意識を覚醒させた。目を開けるとそこは病院とは違う、見知らぬ天井を中心とした景色が広がっている。視線をゆっくり左右に動かすと、様々な機材が並んでいるのが見えてやはり病院では無いのだと言う事を確信する。

 

 見知らぬ機材が並んでいる様子に一瞬傘木社からの追手に掴まり連れ戻されたのかと思ったが、処分を決めた希美を連れ帰る訳がないと考え直す。

 

「目が覚めた?」

「ッ!」

 

 突然聞きなれた声が頭上から掛けられ、希美は弾かれた様にそちらを見た。

 するとそこには、拓郎が買ってきた食料を次々と口に詰め込むように入れている仁が、食べながら希美の事を見ていた。その傍には希美を睨み付ける峰の姿も、静かに警戒した様子の白上教授と拓郎の姿もある。

 

 仁達の姿を見て、希美は安堵しソファーに沈むように倒れ込んだ。彼女の様子に仁は彼女が戦いに来たのではない事を確信し、水で口の中の食料を流し込み再度希美に声を掛けた。

 

「どうしたの、そんなボロボロの恰好で?」

 

 一応訊ねはするが、仁には理由が大体想像ついていた。

 

 最早不要として処分されそうになったか、単純に彼女が会社を裏切ったかだ。予想はつくので別に返答は期待していなかったが、思いの外彼女はあっさりと口を開いた。

 

「逆らっちゃってね……会社に。それで、他の連中とぶつかり合って……無様に負けて、この有様よ。ま、後悔はないけど……いや、あるっちゃあるわね」

 

 希美は自嘲しながらソファーから立ち上がった。まだ本調子ではないこともあって、立ち上がった次の瞬間にはふら付き倒れそうになるがそれを気力で堪えると仁の前で膝を突き頭を床に擦り付けた。まさかの土下座である。

 

 まさかいきなり土下座をされるとは思っていなかったので、仁は目を丸くして希美を見つめる。周りで希美の動向を警戒していた峰達も、彼女の行動には驚いたのか口をポカンと開けて絶句していた。

 

 周囲の驚愕などお構いなしに希美は口を開いた。

 

「これまでの事、謝って許してもらえるなんて微塵も思ってないわ。私の事は煮るなり焼くなり好きにしてくれていい。でも……それでも、敢えて言わせて。…………力を貸して」

 

 恥も外聞もなく、今まで敵対していた仁に頭を下げ懇願する希美。

 

 静かながら必死さを感じさせるその姿に、仁が何かを言う前に峰が堪え切れなくなり声を上げた。

 

「ふざけるんじゃないわよ!? 今更何言ってんの? アンタの所為で兄さんがどんな目に遭ったか分かってる? あと一歩間違ってたら死んでたかもしれないのよ! ううん、かもしれないじゃないわ。門守君が居なかったら確実に死んでたわよ! それが何? 今になって頭下げれば助けてくれるだろうって? 人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!?」

「宮野、抑えろ」

「宮野君……」

 

 激昂する峰を拓郎と白上教授が抑えた。このまま放っておくと、怒りに任せて希美の頭を踏んだり蹴飛ばしたりしそうだった。

 とは言え彼女の怒りも分からなくはない。何と言っても彼女は希美の直接の被害者なのだ。兄は希美により昏睡状態にさせられた挙句、キメラファッジにされて死ぬ寸前だった。仁が機転を利かせてくれなかったら死んでいただろう。

 それについ最近も、峰は大学に乗り込んできた希美に痛い目に遭わされている。

 

 そんな相手を手放しに許せなどと言うのが土台無理な話なのだ。俄然、拓郎の峰を押さえる力も弱くなってしまう。

 

 だが仁は違った。彼は黙って希美に近付くと、彼女の肩を掴み促すようにして頭を上げさせた。

 

「……自分が助かりたい、て訳じゃなさそうだね」

「えぇ……助けたい子達が居るの。あの子達の為なら、私は…………だから、お願い。力を貸して」

 

 リリィとレックスの事を仁は知らない。だが2人を助けたいと言う、希美の様子に嘘は見られなかった。

 

 嘘でないのなら、手を貸す事は仁にとって吝かではない。何より、傘木社に乗り込むと言う事は亜矢を助け出す上で必要事項。希美に手を貸すだけでそれが叶うと言うのであれば、仁にとっても願ったり叶ったりだ。

 

「……いいよ」

「ちょ、門守君!?」

 

 いとも簡単に首を縦に振った仁に、希美は目を瞬かせ峰は愕然となる。

 

「……自分で言うのもあれだけど、本当に良いの? 信じられるの?」

「今のアンタは……信じても良いって思う」

「だけど門守君ッ!?」

「それに、亜矢さんを助ける為には傘木社の事をよく知る人が一緒に居てくれた方が都合がいい。そっちも勿論手を貸してくれるんだよね?」

「え、えぇ……」

「それじゃ、交渉成立って事で」

 

 仁はそう告げると、拓郎が買ってきてくれた食料の山からオニギリを引っ張り出し希美に差し出した。

 

「食べなよ。アンタもカロリー沢山必要な口でしょ? 分かるよ、何となく」

「ありがとう……今まで、ゴメンなさい」

「ん……」

 

 希美は仁からオニギリを受け取り、包みを開けて頬張る。

 

 何の変哲もない、ただのコンビニのオニギリ。しかし、その味は希美が今まで食べてきた物とは何かが違う。そんな味がした。

 

 その後、仁と希美は2人で拓郎が買ってきた食料を全て平らげ、更にはそれだけでは足りなかったので拓郎は再び買い出しに向わされるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 色々と慌ただしかった1日が終わり、翌日の事。希美は腹ごしらえが終わるなりすぐに白上教授によりスキャンベッドに寝かされた。何分昨日はあれだけボロボロの状態でここに運ばれたのだ。回復力が保証されている仁と違い、希美の体にはどんな不具合があるか分からない。

 案の定不具合は直ぐに見つかった。と言うか彼女の場合、体は不具合だらけであった。

 

「こいつは……酷いな」

「そんなに酷い状態なんですか?」

「うむ。相当無理矢理な改造手術を施された様だ。確かにこれなら回復は早いだろうがその分消耗も激しい。エンジンを常に全力で動かしている様なものだ。そう遠くない内に身体が限界を迎えてしまう。寧ろ良くここまで何事も無かったものだよ」

「何とかならないんですか? この人もドライバーで変身してる訳だし、俺みたいに直挿しして覚醒すれば……」

 

 白上教授の横から覗き込むようにして端末の表示を見た仁の問いに、教授は静かに首を横に振る。

 

「無理だろうな。遺伝子を薬学的に弄り過ぎだ。これでは歪み過ぎて直挿ししても覚醒は難しいかもしれない。衣服のゴムを無理矢理伸ばすようなものだ、一度形が変わってしまったらもう元には戻らない。今日明日どうにかなると言う事は無いだろうが、同様に直ぐに治療する事は無理だろうな」

「早死にするって事ですか?」

「気にはしないわ。今まで好き放題やって来た、そのツケが回ってきただけの話よ」

 

 希美はスキャンベッドの上で上半身を起き上がらせ、こちらを見る峰に向けて「ね?」と首を傾げてみせる。峰は険しい表情で顔を背けた。

 目の前に居るのは憎らしい相手である筈なのに、何故だか今は恨んだり怒ったりする気が起きない。あまりにも希美の目が透き通り過ぎているのだ。憑き物が取れたと言っても良い。

 

 自分はまだ何もしていないのに、勝手に改心している希美に峰はやるせないものを感じずにはいられなかった。

 

「……ま、そっちはいいわ。ただ一つだけ、直ぐにやってもらいたい事があるの」

「何?」

「制御装置……それを外してほしいの」

 

 そう言って希美は再びスキャンベッドの上に横になる。白上教授が端末のキーボードを叩くと、その制御装置とやらは直ぐに見つかった。

 

「見つけた、これか。しかし……ここは……」

 

 走査の結果、制御装置と思しき異物は体の中の奥深くにある事が分かった。場所的には、お腹の下の奥の方。周囲には血管が多く、手術が難しい場所である。

 

「厳しい場所だな。雄成め、何と言う所に埋め込んだ」

「場所は関係ないわ。私なら、例え少しミスをしても簡単に死ぬことはないから。だから大雑把にやってくれても構わないわよ」

 

 実際、心臓を切り裂かれても生きていたと言うか生き返った彼女なら、ハッキリ言って本当に雑に装置を引っ張り出しても大丈夫だろう。何だったら仁がデイナに変身して、手を突き刺して抜き取っても良い。流石にやる気はないが。

 

「お願いできる?」

 

 希美が摘出を願った相手は、白上教授ではなく峰だった。その意味を頼まれた峰は直ぐに理解した。

 

――自分が信じられなかったら手術にかまけて殺せばいい――

 

 言外に告げられ差し出された命に対し、峰は顔を赤くすると足早に希美に近付き腕を振り上げ握り締めた拳で希美の頬をぶん殴った。鈍い殴打の音がラボの中に響き渡る。

 

「……人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ? 私はアンタとは違うわ、命を弄ぶような事はしない」

 

 声を震わせながら峰は希美に静かに告げた。

 

 本当は希美の言うように、殺してやりたい程憎かった。だが、ここで感情のままに彼女を手に掛けるような事があればそれは彼女達と同類と言う事になってしまう。それだけは嫌だった。

 それに、峰には殺す程の理由がない。健は生きている訳だし、怒りは抱いても殺意を抱くまでには至らなかったのである。

 

「――でも殴りはするのね?」

「今のはこの間、アンタにボコられたお返しよ。これでチャラにしてあげるから、ありがたく思いなさい」

「…………フフッ」

「何よ?」

「何でも……よろしくお願いするわ」

 

 余裕を感じさせる希美に峰は面白くなさそうに鼻を鳴らしながら、さっさと手術の為の器具を用意する。生憎と病院ではないのであまり器具は充実していないが、人の腹を掻っ捌いて異物を引っ張り出すだけなら出来る。縫合に関しても、相手が希美ならあまり心配する事は無いだろう。

 

 ただ問題があるとすれば、ここには麻酔が無いと言う事だろうか。つまり摘出の為の手術の間、希美には腹を割かれ異物を引っ張り出される激痛に耐えてもらわなければならないのだ。

 

「……はい、これ」

「ん?」

 

 徐に峰がタオルを限界まで丸めて固めた即席の猿轡を渡した。これを噛み締めて少しだが痛みを和らげろと言うつもりらしい。

 依然顔は険しいのに気遣ってくれる峰に、希美は思わず苦笑すると猿轡を受け取り咥えて噛み締めた。

 

 そして、白上教授と峰の手による手術が始まった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――――よし、これで……」

「~~~~ッ!!??」

 

 白上教授が殺菌済みの使い捨てゴム手袋で掴んだ鉗子を引っ張った。瞬間、鈍いブツリと言う音と共に希美の体の中に仕込まれていた制御装置が引き抜かれる。引き抜かれる瞬間、麻酔なしで体の中を切り開かれる痛みにずっと耐え続けて猿轡を食い千切らんばかりに噛み締めていた希美が、最後の強い痛みに全身を強張らせる。

 

 簡易な手術室と化したラボの一画は希美から流れ出た血で酷い有様だったが、その甲斐あって希美にとって最大の不安材料だった制御装置は完全に取り除かれた。これで万に一つも戦闘中に邪魔される事は無いだろう。

 その代償で大分血と体力を持っていかれたが、この程度であれば安いものだ。

 

「ぐ、が……かはっ。はぁ……はぁ……」

「お疲れ様」

 

 猿轡を口から離し、脂汗を拭いもせず大きく息をする希美に峰が見もせずに労いの言葉を掛けた。ぞんざいな扱いだったが、今の希美にはその程度で十分あった。労いに対し言葉を返す余裕は無かったが、峰の方に向け今出来る精一杯の笑みを向ける。

 

 ともあれ、後は希美の回復を待てば準備は整ったと言って良い。S.B.C.T.が敵に回ってしまった事は残念だが、このまま放置する訳にもいかないし、希美の傷が癒え体力が回復し次第、傘木社への行動を起こさなければ。

 

 亜矢が、取り返しのつかない事態になる前に……

 

「瀬高君、すまないがまた食料の買い出しを頼まれてくれるかい?」

「う……了解です」

「すみませんね、先輩。俺達は迂闊に外出れないんで」

「分かってるよ……でも今度は何往復すりゃいいんだ」

 

 仁と峰が目覚めた時は、何度も何度もラボと近場のコンビニやスーパーを往復させられた。短いスパンに何度も店に訪れ、大量に食料を買い漁って行く拓郎を店員たちは奇異の目で見ていた。またあの視線に晒されるかと思うと、拓郎は今から気が重かった。

 

 とは言え、行かない訳にはいかないので白上教授から財布を受け取ると裏口から外に出て行った。彼がラボを出て行った後、仁は清潔なタオルを峰の傷口に当て続けた。

 

 何もする事がなくなったので、仁は適当な話題を希美に振った。

 

「そう言えば、志村さん? の戦う理由って、誰を助けたいの?」

「……大した相手じゃないわ。ただの……そう、ただの友達よ」

 

 ただの……とは言うが、その顔はとても穏やかで、だからこそ焦燥を滲ませていた。

 それだけで仁は理解した。その相手は希美にとってとても大事な人なのだろう。今までの荒れ狂った心が穏やかになる位には。

 

 一体どんな人なのだろう。仁は希美の助けたい人に想いを馳せた。

 

「そっか……頑張ろうね、お互い」

 

 仁の言葉に希美は答えない。ただ静かに頷き、そして少しでも体力を回復させる為か眠りにつこうと目を閉じた。

 

 刹那、塞いでいる筈の表の研究室に続く扉が派手に吹き飛んだ。

 

「ん?」

「ッ!?」

「嘘、気付かれたッ!?」

 

 仁は扉が吹き飛んだことにあまり驚いた様子を見せなかったが、希美は閉じかけていた目を開いて塞がっていない傷が痛むのも構わず上体を起こし、峰は立ち上がって警棒を手に取った。

 

 最初、やって来たのはS.B.C.T.だと思っていた。だが扉が吹き飛んだ衝撃で舞い上がった埃と漆喰の煙の向こうから出てきたのは、あろう事かステイクに変身したアデニンであった。破壊した扉から入り込んできた彼は、仁と希美の方を見るとゆっくりと歩み寄る。

 

「あ、アデニン――!?」

「もうここを嗅ぎ付けるなんてッ!?」

「ん? 希美、お前生きて……いや、お前なら或いは生きていてもおかしくはないか」

 

 完壁とは言い難かったが、それでもそれなりにしっかりと偽装した筈だった。もう暫くは捜査の手が入っても誤魔化せると思っていたが、ここでバレるのは予想外である。

 

 警戒する女性2人と白上教授。しかし仁は、特に動じる事無くステイクの前に進み出た。

 

「今日は1人? 雄成さんは?」

「プロフェッサーはお忙しい。だからこそ、俺がここに来た」

「俺達を殺す為に?」

「他の連中はな。だが門守 仁、お前は違う」

「違う?」

 

 訝しみ首を傾げる仁に対し、ステイクは変身を解除すると彼に手を伸ばして驚くべきことを口にした。

 

「俺は……いや、我々はお前を迎えに来た。俺と共に来い、門守 仁」

 

「なっ!?」

「何だとッ!?」

 

 アデニンの言葉に仁は目をスッと細め、峰と白上教授は驚愕の声を上げた。まさかの勧誘である。

 

「……どう言う事よ、アデニン?」

「言葉通りだ。門守 仁、お前が居るべきはここじゃない。我が社……いや、プロフェッサーが作る世界だ」

 

 アデニンは言う。これから先、雄成は世界を大きく作り変えると。選ばれし者達が至る、進化した人類が作り出す世界。そここそが仁の居るべき場所だと、彼はそう告げた。

 

「既にお前の愛する双星 亜矢は我らと共に居る。君もこちらに来い」

「亜矢さんの事を、保護したとでも言いたいの?」

「そうだな……その認識で間違いはないかもしれない。確かに研究の名目で来てもらったが、我々は彼女を殺めるつもりはない。そしてお前もだ」

 

 差し出される右手。そこに敵意は感じられない。だが仁はその手を取る事なくジッと見つめている。

 

 この状況は非常に不味い、白上教授達はそう判断せざるを得なかった。何しろアデニンの提案は、仁にとってこれ以上ないほど甘美に聞こえている筈だからだ。

 

「我々と共にくれば、お前は愛する者と静かに添い遂げる事が出来る」

 

 今の仁にとって、亜矢は愛する人であると同時に唯一の同族。拘らない訳がないし、拒める訳がない。人の心ではどうにもできないほどの、生物としての本能があるからだ。

 

――仁の手が僅かに動いた。

 

「もう戦う必要は無いし、彼女が傷付く事もない」

 

 止めなければと思うが、峰達に仁を説き伏せられるだけの言葉が思い浮かばない。何を言っても論破されそうな気さえする。

 

――仁がアデニンに向けて一歩前に踏み出す。

 

「共に来い、門守 仁。お前が居るべき場所はこちらにある。プロフェッサーが作る新人類の世界が、お前が居るべき場所だ。お前にはその資格がある」

「ダメ、駄目です門守君!? 双星さんは、双星さんはそんなこと望んでません!?」

 

 仁の手がアデニンに向かって伸び、差し出された手を取ろうとしている。峰が必死に声を掛けるが、仁は聞く耳持たず見向きもしない。

 希美は射殺さんばかりの視線でアデニンを睨み付けている。恐らくはリリィとレックスはその世界を創る為の礎にするつもりなのだろうと予想して。

 そして白上教授は、何も言わずジッと仁の事を見守り続けた。頬を冷や汗が流れ落ちているが、気付いていないのか無視しているのか拭う事もしない。

 

 3人が固唾を飲んで見守る前で、仁の手があと少しでアデニンに触れそうになり――――――

 

 

 

 

――仁は、手の甲で差し出された手を払った。

 

「…………何のつもりだ?」

 

 アデニンは払われた手を一瞥し、目だけを仁に向けて問い掛ける。視線は先程まで仁を招こうとしていた時とは打って変わり、研ぎ澄まされた刃の様に鋭い。

 

 その視線を受ける仁の表情は、至って穏やかであった。

 

「悪いけど、俺が居るべき場所はそっちにはないよ」

 

 静かな、だが明確な拒否の言葉。

 

 アデニンは仁からの返答に、目を閉じて大きく息を吐くとカラミティドライバーを取り出した。対する仁もデイナドライバーを取り出す。

 

〈SQUID + SHELLFISH Origin regression〉

「いいのか? 我々を拒絶すると言う事は、新人類と旧人類……つまり、世界の全てを敵に回すと言う事になるんだぞ?」

 

 それは、短絡的かもしれないが同時にその通りかもしれない。見た目は普通の人間と変わりないが、仁も亜矢も体の作りは普通の人間と全く違う。その事を知れば多くの人々が2人の事を羨み、若しくは恐れ、忌避し、利用しようとするだろう。2人が安寧を得られるのは同族である雄成が作り出そうと言う新人類の世界。だがそれすら拒絶すると言う事は、仁は亜矢を守りながら世界の全てと敵対すると言う事になる。

 

 しかしその可能性を突き付けられても、仁の心は揺らがなかった。

 

〈QUETZALCOATLUS + SPINOSAURUS Reborn〉

「愛する人の為に、世界を敵に回す覚悟も無しに……男は名乗れないよ」

〈Amazing! Revelation of the legend, DRAGON〉

 

「……交渉は、決裂か」

〈Reborn origin, CAMEROCERAS〉

 

 もはや避けられぬ戦いの気配に、希美は自分も参戦しようとしたがそれは峰に止められた。まだ傷が完全に塞がっていないのに無茶をさせる訳にはいかないし、何よりあれは仁の戦いだ。彼がやらねばならない戦いを、余人に邪魔させる訳にはいかない。

 

「さて、検証の時間だ。変身!」

〈Open the door〉

 

「理解出来んな……変身」

〈Biohazard〉

 

 仁はデイナ・ドラゴンライフに、アデニンは再びステイクに変身して対峙する。

 

 変身するが早いか、デイナはステイクに突撃しラボから、研究棟から押し出した。既に何度か戦場になった研究棟を、また戦いの舞台にして壊す訳にはいかない。

 

 研究棟の外に移動したデイナは、ステイクから一旦距離を取り大剣モードのハイブリッドアームズを構える。対するステイクも、ベクターリーダーを銃剣モードにしてデイナに向けた。

 

 デイナの大剣振り下ろしを、ステイクはベクターリーダーで防ぎ触手を束ねたドリルで反撃してきた。それをデイナは上腕を押さえる事で防ぐ。

 互いに至近距離で相手の攻撃を押さえつつ、体を前に出そうとした事で至近距離で顔を合わせるデイナとステイク。

 

 互いに仮面越しに相手の目を見ながら、ステイクは先程の話の続きをした。

 

「こんな戦いに、何の意味がある? お前が愛する彼女は、我らと共に居るんだぞ?」

「俺は、亜矢さん達には胸を張って生きたい」

「何だと?」

 

 仮に仁がアデニン達についたとして、それを亜矢が喜ぶかと言われたら答えはノーだ。亜矢は仁が間違った選択を、自分の所為でしたとなればそれをいつまでも引き摺るだろう。

 それでも仁に対しては笑顔を向けてくれるかもしれない。だがそれは御機嫌取りの様な、何処か取り繕った笑顔だ。仁が本気で見たい、亜矢の心からの笑顔ではない。

 

 何より、間違っていると分かった選択をした上で、それを誇ったり忘れて亜矢と接する自信が仁にはなかった。きっと互いに相手に対して何かを取り繕って、ギクシャクとした関係になる。そんなのは御免だ。

 

「だから、俺は間違った選択をしない。例え茨の道が待っているとしても、亜矢さんと真矢さんに胸を張って生きれる道だけを選択する」

「……なら……ならば、愛する者とどんな手を使ってでも添い遂げたいと言う気持ちが間違っていると言うつもりか!?」

 

 仁の答えに対し、アデニンが珍しく吠えた。燃え上がる怒りを力に変え、銃剣を振り回しデイナに斬りかかる。

 

「答えろ、門守 仁!? 愛する者を求める事は、その者の為に世界を変えようとすることは間違っているのか!?」

「……さぁね。何が正しいかなんて俺には分からないよ。ただ今の俺がハッキリ言えるのは、俺が間違った選択をする事を亜矢さんは望んでないって事。それだけだ。だから俺は、亜矢さんと真矢さんを助け出す」

 

 デイナが翼を広げ、ステイクに向けて大きく羽ばたく。吹き荒れる風がステイクの体を吹き飛ばし、武器を手落とさせた。

 

「ぐぅっ!?」

 

 吹き飛ばされ体勢を崩したステイクに、デイナがさらに追撃を掛ける。翼を広げて上空に飛翔し、一気に降下しながら唐竹に大剣を振り下ろす。ステイクはそれをドリルで迎え撃つが、ドラゴンライフのデイナのパワーはハザード2のカラミティで互角に立ち向かえるレベルの物。通常のベクターカートリッジ二つを使っただけのステイクとはスペックからして違い過ぎる。

 それだけではなく、デイナは一度カラミティに徹底的に敗北し破壊しつくされた。だが破壊された細胞は再生の際に強くなる。今のデイナは、カラミティに敗北した時よりも強い。

 

 結果、デイナの一撃はステイクのドリルを粉砕し、ステイク自身も大きく切り裂いた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 脳天から大きく切り裂かれたステイクだが、まだ変身は解除されていない。そして闘志も失ってはいないのか、フラフラになりながらもレセプタースロットルに手を伸ばし抵抗の意思を見せる。見上げた根性、いや忠誠心か。

 

「させない。戦いのレポートはもう纏まってる」

〈ATP Burst〉

 

 ステイクがレセプタースロットルに手を掛けるよりも早くに、デイナがスロットルを引きノックアウトクラッシュを発動。放たれた錐揉みキックが、ステイクの体を穿たんと突き進む。

 

 せめてもの抵抗に、ステイクは出せる触手を全て束ねて防ぐがそれはあっと言う間に抉り穿たれ、蹴り抜かれた。

 

「うぐぉ、がっ?!」

 

 威力をある程度殺されたとはいえ、それでもドラゴンライフのノックアウトクラッシュは強烈だったようで、ステイクは叫びも殆ど上げられずに蹴り飛ばされた。

 

 蹴り飛ばされた先で落下したステイクは、落下と同時に限界に達したのか爆発を起こす。

 

 膨れ上がる爆炎を、デイナは静かに見つめていたのだった。




という訳で第58話でした。

大学にラボを作れたのは大学の理事長が軽く嚙んでいたからでした。この理事長に関しては、もっと触れても良かったのですが生憎とそこまで詰め込んでいる暇がなかったのでここで触れる程度になってしまいました。もっと話に絡めても良かったかな。

希美は仁に助けを求めに大学まで足を運びました。もうこうなったら仁に頭を下げるしかないと思った訳です。昔の希美であれば仁に頭を下げるなんて死んでもゴメンだったでしょうが、プライドなんてとっくの昔に砕け散った今の希美にとって優先すべきはリリィとレックスの救出なので、仁に頭を下げる事に抵抗なんてありはしません。

仁は例え世界を敵に回すことになろうとも、亜矢を守る覚悟があります。このセリフは絶対終盤のどこかで言わせたかった。

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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