お気に入り登録ありがとうございます!励みになります!
特別編第3話になります。
プールデッキから逃げた仁達の後ろを、2体のファッジがしつこく追いかけてくる。
途中までは希美を白上教授とスコープが支えて走り、仁がガンマライフルで牽制していたのだが次第に距離が詰まって来たので仁とスコープの役割を入れ替え、今は仁と白上教授が希美を支えていた。
「……うっぷ。もういい、大丈夫」
途中、毒が効力を失ったのか希美がある程度回復したので自力で走り始める。が、状況はあまり好転したとは言えなかった。彼女は以前消耗しており、仁もまだ完全とは言えない。何より、後ろから追跡されている状態では下手に迎え撃とうとすれば逆に窮地に陥ってしまう。
状況を挽回する為には、体勢を立て直す為に一度落ち着く必要がある。
ここで4人はレストランに逃げ込んだ。別に狙った訳ではなく、逃げている間にレストランに入ってしまったと言うだけである。
そこで突然白上教授は希美を仁に押し付けた。
「門守君、皆。今すぐ適当なところに隠れるんだ」
「え?」
「連中は私が引き付ける!」
白上教授は一方的に告げると3人を厨房に続く扉の奥に押し込み、自分はそのままレストランの奥へと逃げて行った。その直後、レストランに入ってきたファッジ達は逃げていく白上教授を仁達から遅れて走っているのかと思いそのまま彼を追いかけて行った。教授が4人の中で一番高齢だから勘違いしたらしい。
ファッジ達がレストランから出ていくまで、厨房に続く扉の奥で息を潜めていた仁達は外が静かになったところで漸く息を吐いた。
「はぁ……行ったか」
「くそ、大したことない連中だと思ってたんだがな……」
「人質とってる分アドバンテージは向こうにあるわ。こんな言い方したくはないけど、荷物抱えてる方が苦労するのは仕方ない事よ」
希美の言葉に仁と変身を解いた宗吾はムッとした顔で希美の事を見た。だが彼女の言いたいことは分かる。何を隠そう、仁が追い詰められたのが亜矢達を人質に取られたからなのだ。あれが無ければ、あの程度の連中仁1人でも何とかなった。
それを思うと改めて亜矢達を先に狙った連中の狡猾さと卑劣さに、仁も怒りを抱かずにはいられなかった。
「ん? おい志村何してる!?」
先程の顛末を仁が悔やんでいると、突然宗吾が声を荒げた。何事かと仁がそちらを見ると、希美が厨房の冷蔵庫を漁って中の食料を物色していた。
「見逃してよ。私アンタ達と違ってカロリー沢山必要なんだからさ。さっきの毒でカロリー大分消費しちゃって、これ以上お腹減ったら動けなくなっちゃうんだから」
希美はそう言いながら冷蔵庫から、ボイルされたロブスターを取り出し二つに割って殻毎身を食べ始めた。それを横目で見ながら、仁は宗吾に援軍は来るのかを訊ねた。
「そう言えば権藤さん? 他のS.B.C.T.の人達はどうしたの? 小早川さんとか」
「あいふらふぁね――」
「口の中に物入れたまま喋るな」
「んく……ぷっ」
宗吾に先んじて仁の疑問に答えようとした希美だったが、口の中がロブスターで一杯だったので何を言っているのか分からない。即座にその事を宗吾に指摘されると、彼女は身だけを飲み込み口の中に残っていた殻をシンクに吐き捨てた。行儀の悪い行為に宗吾が渋い顔をするが、口の中が空になった希美は構わず言葉を再開した。
「ん、失礼。それでえっと、援軍だけど、少なくともS.B.C.T.は今手一杯よ」
「え、そうなの?」
「あぁ。門守君は海都って知ってるか?」
「勿論。日本主導で太平洋上に造った海上都市でしょ?」
日本を発つ際、飛行機の窓から見たのを覚えている。今は完全に街として機能して、多くの人が生活していると聞いたことがあった。
確か特徴としては、日本で唯一のカジノ街としての一面があり、海外からは日本のラスベガスと言われているとかなんとか。
カジノ以外にも海洋研究の為の研究施設も充実しており、仁も一度は訪れてみたいと思っていた。
「そう、その海都だ。今そこでな、ちょっと面倒が起こってるんだ」
「面倒?」
「特殊生物災害よ。小早川や他のS.B.C.T.は殆どそっちに回されて、こっちにまで人を送る余裕はないんだって」
つまり援軍は期待できないという事か。傘木社が崩壊しベクターカートリッジの技術が解放されてしまった影響で、様々な犯罪組織などがベクターカートリッジを使った犯罪に手を染めるようになってしまった。S.B.C.T.はその対処に引っ張りダコになってしまい、人手が全く足りないと言う状況なのだ。
現在国連の下部組織となる事で人員の増加を画策しているそうだが、話が難航しているのか人員の増加すらなかなか進んでいないらしい。
一応今回は多数の乗客が巻き込まれたという事で、海保などが乗客の救助の為に来てくれるそうだが……
「連中は俺達で何とかしないといけないって事か……」
「どうする? 人質になってるのは門守の嫁家族だけじゃないわ。何も知らない乗客もどこかに集められてるのよ。その状態でどうやって連中を倒す?」
仁に対しては亜矢達が弱点となるが、宗吾にとっては他の乗客達が弱点となる。人質を取られている現状、迂闊な事をすれば他の乗客に危害が及ぶかもしれない。
だがそれは仁の口から否定された。
「いや……他の乗客はもう大丈夫かも」
「何故だ?」
「連中の目当ては俺と亜矢さん達。亜矢さん達を捕らえてる今、連中の目的はほぼ達成したも同然。それどころか、最低限の勝ちは押さえようと船から離れる事を考えてるかも」
連中が最終的にやりたい事は、自分達から雄成を奪った仁に肉体的精神的苦痛を与える事。それを最も効率よく与える事が出来る彼の家族を捕えた以上、奴らは最低限の勝利条件は満たしているのだ。
後は雲隠れして、仁に甚振った亜矢や子供達の姿を送ればいい。それだけで仁には耐えがたい苦痛を与えられる。
だとするなら多少手荒な事をしてもなんとかなるかもしれないが、同時に時間との勝負でもあった。
「権藤さん。上から客船に取り付く小型船とか見なかった?」
「…………あった、あったぞ。船の後部に小型の船が確かにあった」
「最初そっちが気になったけど、プールの傍でアンタが足蹴にされてるの見てそっちに目標変えたんだけどね」
だとすれば、目指すべきは後方か。急がなければ、亜矢と子供達を乗せて連中が逃げてしまう。そうなってはお終いだ。
仁はレストランから慎重に出て、周囲に敵の姿がない事を確認した。白上教授は上手く囮としてここから離れてくれたらしい。無事だと良いが…………
「よし……行こう」
「志村、何時までも食べてるんじゃない」
「ちょ、待って」
息を潜めながらレストランから出て、船の後部へと向かう。連中の居場所に関しては、仁が亜矢の匂いを辿れるので心配いらない。
問題は道中と、向かった先で連中がまた亜矢を人質に取った場合だ。
だが実を言うと、再び人質に取られることに関しては仁はあまり心配していなかった。
それと言うのも、2人の間に子供が生まれた時いの一番に香苗が姿を現し孫に顔を綻ばせながら2人に釘を刺したのだ。
今後、この子達を狙って不届きな輩が出るかもしれない。その時に備えて最低限自衛の手段は用意しておけと。
香苗はそう言って亜矢にいろいろと教えていたのだ。
なので恐らく、今頃は――――――
***
その頃、船の後部に連れていかれた亜矢は子供達と共に適当な船室に放り込まれていた。依然として両手は後ろ手に縛られて、他には赤ん坊が居るだけだからか扉の前には見張りすらいない。
そこに白上教授が放り込まれた。仁達が体勢を整える為の時間稼ぎとして囮となった彼は、逃げ回りはしたが敢え無く捕まってしまったのだ。
捕まる際に多少暴行されたのか、口の端を切った状態で部屋に放り込まれた白上教授に亜矢が声を掛ける。
「教授、大丈夫ですか!?」
「ぐ……あ、あぁ、亜矢君か。大丈夫、見た目ほど酷くはないよ」
亜矢同様、白上教授も後ろ手に縛られていた。なので体を起き上がらせるのに苦労したが、横たわったままではいられないので何とか体を起き上がらせた。
体を起き上がらせた白上教授は改めて室内を見渡す。見た感じ普通の客室の中に、縛られた亜矢と白上教授。ベッドの上には双子が寝かされている。流石の連中も生後1年も経っていない赤子をそこまで乱暴に扱いはしないらしい。
まぁその理由は、乱暴に扱って死なれでもしたら仁に対する復讐として不十分だからだろうが。
しかしこのままではいずれ死ぬより酷い事になる可能性がある。そうならない為には、仁達が助けてくれるのを待つだけでなく自分でこの状況を打開しなくては。
そして亜矢は、香苗から色々と入れ知恵をされていた。
「ん、しょ……」
徐に亜矢は正座の体勢になると、体をできるだけ反らせて後ろ手に縛られた手を足に持って行った。見えない状態ながら指先だけで靴の踵に触れると踵の一部がズレ、そこから小さいナイフが一本出てきた。亜矢はそのナイフの柄を指先で掴んで引っ張り出すと、両手を縛っているバンドを切断し自由になった。
「ふぅ~……」
「あ、亜矢君!?」
「しー、教授さん。今外には見張りは居ませんけど、念の為声押さえてください」
真矢は白上教授の手を縛っているバンドをナイフで切断し、自由にするとナイフを靴の中に戻しベッドに寝かされている子供達の方へ向かった。真矢が覗き込むと、子供達はどちらも彼女に無邪気な笑顔を向ける。
こんな状況だというのに無邪気な笑みを向けているのは、母親を前にして安心している証拠だろう。その我が子の様に、安堵も相まって真矢も釣られて笑みを浮かべてしまう。
「良かった……大丈夫そうね」
「ところで真矢君? さっきのナイフは?」
「あれですか? 義母さんに教わったんです」
雄司と愛衣が生まれて少しして、アメリカに居る仁と亜矢の元を香苗が訪れた。名目は出産祝いと生まれた孫の顔が見たいというものであったが、それと同じくらい重要な事を伝えに来たのだ。
曰く、今後亜矢は特に傘木社の残党に狙われる可能性が高いから四六時中、仁と一緒に居られないならもしもと言う時の事を考え色々と備えておけというものであった。
靴に仕込んだナイフもその一つ。靴に仕込める程度のナイフであれば空港などでの金属探知でも靴に使われている金具で誤魔化せるので、いざ変身もできず武器もない状況で拘束された時に逃れるのに使える。
使う時が来なければいいと思いつつ、こうして役に立ってしまったのだから香苗には感謝しかない。
「なるほど、香苗さんにか」
「そう言う事です。さ、逃げるなら今の内です。今なら部屋の周りに誰も居ませんから」
感覚を研ぎ澄ませた亜矢は、部屋の外に見張りが居ないことを察知すると今の内に逃げようと我が子達を抱き上げる。
2人の我が子は自分を抱き上げようとする母親に笑顔で手を伸ばしてくるので、亜矢は子供達に微笑み返して安心させながら抱き上げた。
「教授。すみませんが、雄司をお願いしてもいいですか?」
「勿論だとも」
亜矢は白上教授に雄司を預け、自分は愛衣を抱えて部屋を出る。雄司は母親から離されたにも拘らず、まるで不安を感じた様子もなく寧ろ白上教授の事を興味深そうに見つめ大人しくしている。これが愛衣だったら亜矢から離されたら不安に泣き出すだろう。
薄くドアを開けて、念の為安全を視認すると亜矢は慎重に外に出て仁と合流すべくその場を離れて行った。
ジョン達傘木社の残党が亜矢に逃げられたことを知ったのは、その数分後であった。
「ジョン! あの女が逃げました!」
「……流石にあの門守 仁のパートナーか。一筋縄ではいかん」
「だから手足の一本は折っておいた方が良いと言ったんです。情報によればあの家族は全員が新人類、死なない程度なら問題ない」
「そうだな……ニック、直ぐに連れ戻してくれ。最悪1人くらいは死んでも構わん」
ニックと呼ばれた男は、ジョンの言葉に頷くと拳銃を取り出しその場を離れた。
その後ろ姿を見送ったジョンは、そろそろ自分の出番かとベクターリーダーと”二個”のベクターカートリッジを取り出しそれを眺めるのだった。
***
亜矢を目指して進む仁達は、船内が俄かに騒がしくなってきた事に気付いた。
「あれ? 何か騒がしくない?」
「見つかったか?」
「いや……多分亜矢さんが逃げ出したんだ」
騒動の原因に仁はいち早く気付いた。それと言うのも、先程から感じる亜矢の匂いが強くなってきている。恐らく亜矢の方も仁が近付いていることに気付いている筈だ。
逸る気持ちを抑えて、仁が船内を進んでいくと目前に突然数人のアントファッジが姿を現した。亜矢より先にこっちが見つかってしまった事に仁が舌打ちをすると、宗吾と希美が彼を押し退けて前に出た。
「こいつらは俺が引き付ける」
〈Access〉
「門守、アンタはさっさと嫁の所に行きなさい」
〈HORSESHOE × CROCODILE × TURTLE Mixing Genetic information〉
「……ゴメン、ありがとう」
変身してアントファッジ達を蹴散らすスコープ達を残し、仁は匂いを頼りに亜矢の元へ向かう。
アントファッジの相手を引き受けたスコープとヘテロの前に、再びコングファッジとスネークファッジが現れたのはそんなときの事だった。
「騒がしいと思ったら……」
「またお前たちかい。全く、しぶとい連中だよ」
「また、はこっちのセリフだ。貴様ら全員、逮捕してやる!」
「さっきのお返しよ。お前、私を満たしなさい」
***
後方で戦闘の音が激しくなったことに、仁は敵の幹部が出てきたことを察した。亜矢が居なくなったことに、連中も本格的に動き出したらしい。
これ以上時間を掛けると連中もなりふり構わなくなるかもしれない。そうなれば亜矢と子供達の身が危なくなる。
仁が心に焦りを滲ませながら船内を進んでいくと、不意に広いところに出た。見渡すとスロットやルーレットの台がある。カジノエリアだ。
カジノに入ったと同時に、亜矢と子供達、ついでに教授の匂いが強くなった。
匂いのする方を見ると、そこには仁が入って来たのとほぼ同時にカジノに辿り着いた亜矢達の姿があった。
仁の姿を見て、亜矢の顔に笑みが浮かぶ。
「仁くん!」
「亜矢さん…………ッ!?」
一見無傷に見える亜矢と子供達の姿に仁も笑みを浮かべそうになるが、彼女達から死角になるところに首謀者の1人が銃を構えていることに気付き表情を強張らせた。銃口は亜矢達の方に向いている。恐らく多少傷付けるか、最悪1人死んでもいいくらいに考えているのかもしれない。
それを見た瞬間、仁は頭で考えるよりも先に動いていた。男が向ける銃口と亜矢達の間に自分の体を滑り込ませたのだ。
「え……ッ!? 仁君駄目ッ!!」
仁の動きに、漸く亜矢も自分達が狙われていることに気付いた。が、彼女がその存在に気付いた時には男は手にした銃の引き金を引く寸前であった。
せめて家族は守ろうと両手を広げて銃口の前に無防備な体を晒す仁。
その仁の耳に、金属が弾かれる小さく甲高い音が響いた。
という訳で特別編第3話でした。
亜矢は母となるに当たって、香苗から色々と教わっています。今回みたいな拘束からの抜け方から、生身での護身術まで。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。