仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

書いてて思いましたが、自分は主人公に苦難を与えずにはいられない性格のようです。


第5話:執念が齎すもの

 ピラニアファッジの騒動が納まった次の日、明星大学は漸く休校が明け講義が再開される事となった。

 

 仁は退屈ながらも何時も通りの日常が戻ってきた事に心の奥で安堵し、久しぶりに何時もはサボっている教科の講義に顔を出した。

 出席日数は満たしていて、しかも試験では成績上位確実だろうと言われている彼が講義に顔を出している事に担当の教授は勿論、一部の学生も珍しい物を見る目を彼に向けていた。

 

 周囲からの好奇の視線に晒されつつ、それを気にすることなく教材などを広げる仁。

 その彼の隣には、当然の如く亜矢が陣取っていた。

 

「……物好きだね」

「はい?」

 

 分かり切った内容が頭上を通り過ぎるのを感じながら、仁は隣の亜矢に話し掛けた。頭にハテナマークを浮かべる亜矢に、仁は手にしたペンをクルクルと回しながら答えた。

 

「他にも席空いてるのに、態々俺の傍に来るなんてさ。双星さん俺と違って女友達とか多いんだから、そっちの方が変な噂も立たないし気楽なんじゃない?」

 

 亜矢と居るとよく感じる、嫉妬なんかの視線が自分に突き刺さるのを仁は感じていた。だがそれが自分だけでなく、亜矢にも向いているだろう事に彼は気付いていた。本人はそう言われるのを嫌がるが、彼女はこの大学のマドンナとして有名なのだ。当然それに対して、女子の方からやっかみや嫉妬が向けられる事もあるだろう。

 そんな輩にとって、亜矢が問題児や変人として有名な仁と共に行動しているのは格好の攻撃材料だろう事は容易に想像できた。

 

 彼女自身の事を想うなら、自分とは距離を置くべきではないか? と言う彼なりの親切心であった。

 

 しかし彼女は、そんな彼の頬を軽く抓った。

 

「……何すんの?」

「分かりません?」

「全然」

 

 心底分からないと言う顔をする仁に、亜矢は小さく溜め息を吐いた。

 

「私は居たいから門守君の隣に居るんです。他の人がどう思おうが知った事ではありません」

「それで変な噂が立っても?」

「堂々としていればいいんです。それとも門守君は私が友達だと迷惑ですか?」

「そうは言わないけどさ……」

「ならこの話題はこれで終わりですね」

 

 そう言って亜矢はニコリと笑みを向ける。並の男ならそれだけでコロリと堕ちてしまいそうだが、仁は小さく溜め息を吐くだけであった。

 

 面白味の無い反応しか見せない彼に、亜矢はいつも通りと笑みを浮かべて講義の内容をノートに取る作業に戻ろうとした。

 

 と、その時、うっかり手を滑らせてシャーペンを落としてしまった。

 

「あ、あ、あ――――!」

 

 足元に落ちればまだ何とかなったのだが、シャーペンが落ちたのは2人が付いている席の一つ下の段。しかも運が悪い事にそこには誰も居なかった。これでは誰かに頼んで拾ってもらう事も出来ない。

 だがだからと言って今席を立つのは少し勇気が要る。しかしこのままではノートが取れない。いや、ボールペンならあるのでそれでノートを取ればいいのだろうが、ボールペンだと書き間違えた時などに修正が――――――

 

「……はい」

 

 亜矢が困っていると、仁が今の今まで手の中で回していたシャーペンを差し出した。

 

「俺別にノート取る必要ないから」

「あ、ありがとうございます!」

 

 仁からシャーペンを受け取り、ノートの続きを取る亜矢。その顔は心なしか嬉しそうだった。

 

 しかし、この時2人は気付かなかった。自分達に対し、暗く淀んだ怒りと嫉妬を孕んだ目を向けている者が居る事に――――――

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その日の講義を終え、仁と亜矢の2人は今日も今日とて白上教授の研究室を訪れていた。

 

 2人が研究室を訪れると、矢鱈と背が高いノッポな学生がノートPCから顔を上げて2人の事を見た。

 

「白上教授なら今日は用事があって出かけてるよ」

「あ、それなら宮野先輩は居ますか?」

「あいつなら今はラボに籠ってるよ。呼ぼうか?」

「いえ、こっちから行くんで大丈夫です」

 

 2人は白上教授の部屋に入り、その奥に隠された扉を通りラボへと入る。

 

 ラボの中には話に聞いていた通り峰が居たが、彼女は作業台の上で何かを作っているのか入ってきた2人に気付いた様子を見せなかった。

 

 自分達に気付かない峰に、亜矢は少し大きな声で挨拶しようと口を開くのだが、一方で仁は彼女が何を作っているのか気になり真っ直ぐ峰の傍へ近寄ると横から作業台を覗き込みながら声を掛けた。

 

「何作ってるんです?」

「うわぁっ!? って、君達ですか? 脅かさないでくださいよ」

「す、すみません先輩!? ほら、門守君も!」

「すみません。それで、これなんです?」

 

 先輩を驚かせてしまった事に亜矢が慌てて頭を下げ、謝る気を見せない仁にも無理矢理謝らせる。だが仁は微塵も悪いと思った様子も無く、口先だけで謝って再び作業台を覗き込んだ。

 

 亜矢は自由な振る舞いをする仁に冷や冷やしていたが、峰は全く気を悪くした様子も見せずに、寧ろ仁からの興味に嬉々とした様子で作っている物の説明をし始めた。

 

「ふっふっふっ! よくぞ聞いてくれました! これはね、デイナの自立型サポートデバイスであると同時にベクターカートリッジ一本でエヴォリューションフォームに匹敵する能力を発揮できるようにするガジェット。その名も『アダプトキャット』!」

 

 峰は声高に告げながら、まだ製作途中であるそのアダプトキャットと言うガジェットを掲げた。まだまだ完成には時間が掛かるのか、キャットと言う割には猫らしさが微塵も無い。

 

 仁と亜矢は峰の手の中の、製作途中のガジェットを興味深そうに眺めた。

 

「へぇ~、自立型って事はコイツ自分で動くんですか?」

「その通り。こんなサイズだけど、ファッジの目くらましをしたり必要なベクターカートリッジを運んだりと結構便利な働きをしてくれる予定ですよ!」

「あの、ベクターカートリッジ一本で力を発揮できるようにと言うのは?」

 

 亜矢からの質問に、峰は試験管の一つから調整の終わったベクターカートリッジを一本取り出しそれを仁に投げ渡しながら答えた。

 

「今のデイナって、ベクターカートリッジが二本ないとまともに戦えないじゃないですか? でもそれだと困ることがあるんじゃないかと思って、こうして一本でも全力で戦えるようにとガジェットを作ってるんですよ」

「ほぉほぉ」

 

 峰の説明に仁は興味津々と言った様子で聞き入っている。その様子に峰は更に機嫌を良くし、現在構想中のガジェットについての説明まで話し始めた。

 

 最初こそ仁と共に聞いていた亜矢だが、次第に話についていけなくなり2人から離れてラボの中を見て回った。今後はここでの活動も増える訳だし、何処に何があるのかなどを覚えておいた方が良いと言う判断である。

 

 とは言え室内にある物と言えば、ベクターカートリッジ制作の為の試験管とトランスポゾン整備用のスペース。それと今仁と峰が熱心に話し込んでいる作業台とそれぞれに繋がった端末位だ。だがそれらが結構所狭しと並んでいるので、見た目以上にラボの中は狭い。

 

 機材を避けながら室内を見て回る亜矢。もう一通り見てしまったかと思い、最後に軽く室内を見渡した時、彼女はあり得ないものを見つけてしまった。

 

「ん? え…………これって――――!?」

 

 亜矢の視線の先に会ったのは、仁が使っている物と瓜二つのデイナドライバー。仁が使っている物と違って外装が外されて内部パーツが丸見えだが、間違いなくデイナドライバーだった。

 

 亜矢は困惑しつつ、仁と熱心に話している峰を呼び寄せた。

 

「あ、あの!? 宮野先輩、ちょっと!?」

「はい? どうしたんですか、そんなに慌てて?」

「これ!? これ何ですか!?」

 

 慌てる亜矢に引っ張られる峰と、何事かとついて行く仁。

 そこで仁ももう一つ作られつつあるデイナドライバーに目を見開いた。

 

「あれ? デイナドライバー? 二個あったんですか?」

「あぁ、これですか? もしもって時の事を考えての予備だそうですよ。まぁ今の所門守君が使ってるデイナドライバーが問題なく動いてくれてるから、完成しても使う予定はないみたいですけど」

 

 峰はそう言って中断していたアダプトキャットの制作に戻る。仁は仁で、白上教授が戻ってくるまでの間にベクターカートリッジに関する資料を読み耽ろうと資料の束に目を通していた。

 

 そんな2人を他所に、亜矢は1人未だ未完成の新たなデイナドライバーを見つめ続けていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、大学から離れた所にあるマンションの一室で1人の青年が嫉妬と憤怒に身を震わせていた。

 

「何で……何であんな奴が……!?」

 

 その部屋は一目で異常と言うのが見て取れた。何しろ室内の壁の一面が、1人の女性の写真で埋め尽くされていたのだ。

 写真に写っている女性は……亜矢。そのどれもが明らかに盗撮されたものだろうアングルのものばかりであり、彼が亜矢に歪んだ想いを抱いている事は明らかであった。

 

 この青年の名前は新藤(しんどう) 貞助(さだすけ)。仁や亜矢と同じ学年の大学生である。成績は中の下。性格はどちらかと言うと根暗な方で、大学でも親しく話す程の友達などは居ない。

 彼もまた亜矢に惚れこんだ男性の1人であり、しかし積極的に話しかけることは出来なかったので代わりにこうして盗撮をして自分を慰めているのだ。

 

 その彼は現在、仁に対して並々ならぬ嫉妬と怒りを向けていた。

 

 貞助はとにかく許せなかった。亜矢の笑顔を独り占めしている仁が、邪魔で仕方なかったのだ。

 

「何であんな、ロクに講義にも出ないくせして成績だけは良い奴にばかり双星さんは構うんだ!? あいつ、双星さんに笑いかけられたにもかかわらず全然嬉しそうにしないんだぞ!?」

 

 貞助にとって、亜矢は女神にも等しい存在となっていた。彼女の柔らかな笑みを離れた所から眺めるだけで、彼の心は洗われる様な気持ちになる。貞助が亜矢に近付けないのは、単純に人見知りが激しいからと言うだけでなく女神に等しい亜矢に近付くのが畏れ多いからと言うのもあった。彼女の隣の席など、彼にとっては神聖な聖域にも等しい場所であった。

 

 その神聖な領域に、土足で踏み込んでいるのが仁である。彼はあろうことか亜矢の隣に平然と座り、それどころか彼女に笑顔を向けられてもそしらぬ態度をとると言う不敬極まりないことをしているのだ。

 

 もちろんこれは貞助の主観であり、亜矢からすれば冗談ではないと言った感じであろうが、彼にとってみれば仁は聖域を荒らす不届き者であった。

 

 だがそれを真正面から糾弾して仁を亜矢の傍から引き離すことが出来る程の度胸も彼にはなかった。頭の出来は天と地ほどの差があり、また噂でしか聞いたことはないが仁は空手を習って鍛えている。文武どちらにおいても負けている、自分が敵う相手ではないと言う事は彼自身が嫌と言うほど分かっていた。

 

 しかし頭では分かっていても、その想いは抑えきれるものではなかった。だからこうして1人家で荒れているのである。

 

 叶う事なら、仁を亜矢の傍から引き剥がし、その場所に自分が納まりたいとすら願っていた。

 

 そんな鬱屈とした思いを抱える貞助に、声を掛ける者が居た。

 

「いいわね。お前、悪くない」

「ッ!? だ、誰だッ!?」

 

 貞助が驚いて立ち上がり声のする方を見ると、そこには人型の蜘蛛と称するのに相応しい異形……スパイダーファッジが佇んでいた。

 

 見るからに怪しいを通り越して危機感すら感じさせるそいつは、一体何時からそこに居たのか窓辺に腰掛けていた。

 

「ば、化け物ッ!? い、何時からそこにッ!?」

「そんなのどうでもいいでしょう? それよりもお前よ」

 

 狼狽える貞助を無視して、スパイダーファッジは彼に近付いた。咄嗟に逃げようとする貞助だったが、すぐ後ろは壁だった為逃げ場がない。

 

「私は昼間からお前を見ていたわ。お前、1人の女とそいつに近付く男に凄まじい執念を向けていたわね?」

「お、女? 双星さんの事か? それに、男って……」

「そんなお前の執念に私は興味がある。さ、これを……」

 

 スパイダーファッジは貞助にベクターカートリッジを差し出した。見た目怪物のスパイダーファッジが普通に応対して、しかも何か訳が分からないカートリッジの様な何かを渡してくるので貞助は混乱した。

 

「な、何だこれ?」

「これはお前の願いを叶えてくれる魔法のアイテムよ。これを使えばお前は何でもできる。それこそ、邪魔者を排除して愛する女を自分1人のものにするくらい造作もないわ」

 

 それは貞助にとってとても魅力的な提案だった。これを使えば仁を亜矢の傍から退かす事が出来る。それを思い浮かべるだけで気分が高揚した。

 思わず手を伸ばしそうになるが、相手は見るからに異形の化け物だ。もしかすると異星人で、耳あたりの良い言葉で自分を騙すつもりなのではないかと、貞助の中に残っていた理性がベクターカートリッジを手に取るのを躊躇させる。

 

 彼の躊躇を感じ取り、スパイダーファッジは自分に使っているベクターカートリッジを抜き取った。

 

「大丈夫よ。私も同じ物を使っているわ。ほら」

 

 そう言ってベクターカートリッジを抜き取ったスパイダーファッジは、チミンと言う人間としての姿を貞助の前に晒した。

 その姿は亜矢に傾倒する貞助から見ても美しいと評価できる女性だった。髪はくすんだブロンドで緩くウェーブが掛かり、切れ長の目に赤い口紅を差した唇が妖艶さを感じさせる。亜矢が清廉な美しさだとすれば、チミンは妖しい美しさだ。

 

 自分に見惚れる貞助にチミンは口を三日月の形に歪めて笑みを浮かべると、彼の頬にそっとキスをした。

 

「さ……これはあげるわ。どう使うかはお前の自由。でも使えばきっと、お前は新しい世界の扉を開けるわ」

〈SPIDER〉

 

 チミンは貞助にベクターカートリッジを渡すと、再びスパイダーファッジとなり窓から出ていった。両手から糸を伸ばして建物の壁などを使って素早くその場を離れるスパイダーファッジの姿を見送り、貞助は自分の手の中にあるベクターカートリッジを見た。

 

「これを使えば……双星さんは…………」

 

 1人窓辺でベクターカートリッジを見つめる貞助。自分にとってのバラ色の未来を思い浮かべる、彼の目には明らかな狂気が宿っていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌朝、亜矢はいつも通り自宅のマンションの一室で目覚め、朝食も済ませ身支度を整えると大学に向かうべく一階に下りて外へ出た。

 

 何時もならここから大学近くまで行く電車に乗るのだが、この日はいつもと勝手が違った。

 

「おはよ~」

 

 なんと、仁が赤いトランスポゾンで亜矢を待っていたのだ。

 

「門守君? どうしたんですか?」

「いやさ、教授がトランスポゾンに簡単なカモフラージュ機能つけて車体カラー変えられるようにしてくれたんだよ。折角のバイクなのに、普段使えないのはもったいないなぁって言ったら教授と先輩があっという間に実装してくれたんだ」

「はぁ……」

 

 まぁ確かに、仮面ライダーが乗っているバイクに普段から乗っていたら関係性を派手に疑われるだろう。だがそれにしたって、既存のバイクとは大きく異なる形をしている時点で十分怪しまれたりしないだろうか?

 

「色を変えられるだけじゃ、あんまり効果が無いような気もしますけど?」

「そこはほら、仮面ライダーのファンって事にして押し通す。大体にして俺と仮面ライダーを関係づけるなんて、現場見てなきゃできっこないんだから」

 

 見た目同じで色が違えば、まぁ確かに仮面ライダーのバイクに憧れて見た目それっぽくしたと言い張れなくもない。何より普通はバイクの色をあっという間に変える事など出来はしないのだから、これだけでも誤魔化しは利くだろう。

 それにしたってこんなバイク、街中では目立って仕方がない気もするが。

 

「ま、何だっていいじゃん。それよりほら、折角普通に乗るんだし、どうせだから送るよ」

 

 仁はそう言って予備のヘルメットを亜矢に渡した。どうするか悩む亜矢だったが、折角の誘いを断るのも悪いし相乗りさせてもらう事にした。

 

 亜矢が荷物を仁と自分の間に挟み、仁の腰にしがみついた。彼女がしっかりと自分の腰に手を回して体を固定したのを見て、仁はトランスポゾンを走らせた。

 

 道中、時々注目を浴びる事はあっても止められる事は無かった。見た目珍しくとも、まだ仮面ライダーの事がそこまで広がっていないと言う証拠だろう。

 仁の後ろで揺られながら、亜矢はそんな事を考えていた。

 

 その時、突然仁がブレーキを掛けた。大学はまだ遠いし、それどころか信号がある場所でもない。一体何事かと亜矢が後ろから前を覗き込むようにして訊ねた。

 

「ど、どうしたんですか急に止まって?」

「…………あれ」

「あれ?」

 

 言われて改めて前を見ると、道のど真ん中で1人の青年が立ちはだかっているのに気付いた。亜矢はその青年の目に身の危険の様な物を感じ、意識せず仁の背中に抱き着いた。

 

 それを見て青年――貞助は眼光を更に鋭くした。

 

「し、知り合いですか?」

「ん~? さぁ? あ、でも講義で偶に見た覚えある」

 

 少し意外だったが、亜矢が全く覚えていないのに仁は多少なりとも覚えていた。と言っても仁にとっても貞助はよく目にする背景だから覚えている程度の認識でしかなかったが。

 

 しかし貞助にとっては重要な事だった。意中の相手である亜矢には碌に覚えられていないのに、よりにもよって邪魔者である仁に多少なりとも覚えられていた。その事が無性に腹立たしい。

 

「お前が……お前が居るから――!?」

「何? 何か用? ってかそこ危ないよ?」

 

 貞助の憎悪など何処吹く風と言った感じで、マイペースな事を告げる仁。それが亜矢とくっついている事と合わさり、遂に貞助に最後の一線を超えさせてしまった。

 

「双星さんは…………渡さない――!!」

「お前何言って…………あ」

「べ、ベクターカートリッジ!?」

 

 突然訳の分からない事を言う貞助に、仁は最初怪訝な顔をしたが次の瞬間貞助がベクターカートリッジを取り出した事で亜矢と揃って驚愕に目を見開く。

 仁の驚く顔に気を良くしたのか、貞助は歪んだ笑みを浮かべてベクターカートリッジのコックを捻り押し込んだ。

 

〈WOLF〉

「ッ!? 駄目です!?」

 

 亜矢の制止も空しく、貞助は左手の掌にベクターカートリッジを挿した。

 瞬間、左手を中心に彼の体は変異しあっという間に貞助は狼の能力を持ったウルフファッジに変異してしまった。

 

「ウゥゥゥゥゥゥ!! アオォォォォォォォン!!」

 

 思わず耳を塞いでしまう程の大音量の遠吠えに、仁と亜矢だけでなく往来を行く人々も耳を押さえて蹲る。車道を走る車の中には、今のでハンドル操作を誤ったのか他の車にぶつかったり横転してしまう車が続出し更には玉突き事故まで発生してしまった。

 

「双星さん、しっかり掴まって」

「え? は、はい!?」

 

 一早く立ち直った仁は、トランスポゾンを素早くその場でターンさせると反対車線に入り元来た道を大急ぎで戻った。このままここに居ては変身を誰かに見られる事になってしまう。それに、ここでヘタに暴れられては被害が増える一方だ。

 

 まずは自由に戦える場所にウルフファッジを誘導しに掛かる。予想通りウルフファッジは2人の後を追い掛けてきた。

 

 とにかく只管人の少なそうな場所を目指して走る仁。途中何度か亜矢がナビゲートし、彼は漸く変身して戦える場所を見つけた。場所は工場跡地。郊外に程近く、滅多に人が来るような場所ではない。

 

「さってと……」

 

 戦えるシチュエーションを整えた辺りで、ウルフファッジが追いつき口元から涎を垂らしながら仁の事を睨む。視線だけで相手を射殺せそうな眼光を受け、しかし仁は特に気にした様子も無く、デイナドライバーを腰に装着しベクターカートリッジを取り出した。

 

〈BUFFALO〉

〈HUMAN〉

「こんな朝っぱらから……」

〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉

 

 登校中に襲い掛かられた事に仁は愚痴りながら変身した。

 

「変身!」

〈Open the door〉

 

 セントラルドグマから放たれたスーパーコイルがウルフファッジを怯ませる。その間に仁は仮面ライダーデイナに変身した。

 

「さぁ、検証の時間だ」

「ガルァァァァッ!!」

 

 仁がデイナに変身すると同時に、ウルフファッジが襲い掛かる。デイナはそれをハルバードモードにしたハイブリッドアームズで受け止めた。

 

「一体何がどうしてお前がそれを手に入れてファッジになったのかは知らないけど、とりあえず倒すよ」

 

 ウルフファッジの両手の爪と牙による攻撃を、ハイブリッドアームズで的確に捌き反撃するデイナ。

 

 その様子を、少し離れた所からチミンが双眼鏡で見ていた。その傍にはカメラを構えて撮影しているフルフェイスヘルメットの部下も居た。

 チミンは戦闘を見ながら、通信機に向けて話し掛ける。

 

「駄目ですね、プロフェッサー。前の被検体と同じです」

『ふむ……何かに対する攻撃的な精神があればある程度は自我を保てるかもと思ったが……やはり素の肉体では精神を蝕まれるか』

「このまま放置しますか?」

『いや…………人間の欲望は馬鹿にできん。チミン、場合によっては手を貸してやれ。そして経過観察を続けろ』

「はい」

 

 チミンはそこで通信を切ると、通信機を部下に渡して代わりに自分のベクターカートリッジを取り出した。どうにもウルフファッジの旗色が宜しくないのだ。このままではただやられるのを待つばかりとなってしまう。

 

「全く、困った坊やだこと」

〈SPIDER〉

 

 スパイダーファッジに変異したチミンは、糸を伸ばしてその場を離れるとデイナとウルフファッジが戦っている場所へと向かった。

 

 その頃、戦いはデイナの勝利で幕を下ろしそうになっていた。

 

「よいしょっと」

「ガァッ?!」

 

 デイナの振り下ろした斧槍がウルフファッジの胴体を切り裂いた。

 

 このままいけば戦いはデイナの勝利で終わるだろう。彼だけでなく、傍から見ていた亜矢もそれを心の中で確信していた。ウルフファッジは特別厄介な能力を使う事も無く、理性の無い獣同然に力を振るってばかりで恐れるところが何処にもない。

 

 そう思っていたデイナは、突然背後から放たれた飛び蹴りをまともに喰らってしまい大きく吹き飛ばされる。

 

「うぉっ!?」

「門守君!?」

 

 突然の襲撃にデイナと亜矢が声を上げる。

 デイナは吹き飛ばされつつも受け身を取り、素早く立ち上がって先程自分が居た場所を見るとそこに着地したスパイダーファッジの姿を見た。

 

「あ、お前……あの時の蜘蛛女」

「久しぶりね、仮面ライダー。悪いけどこいつは今やらせる訳にはいかないわ」

 

 スパイダーファッジは背中から生えた四本の脚を使って跳躍すると、上空からデイナに攻撃を仕掛けた。デイナはそれをハイブリッドアームズで迎え撃つが、同時に襲い掛かってきたウルフファッジの攻撃に手が回らず背中を爪で切り裂かれてしまう。

 

「イッテ!?」

「そら!」

「ぐっ!?」

 

 流石に2対1は分が悪い。これがアントファッジレベルの能力しかない奴らならともかく、単純なスペックではアントファッジを凌駕する2体を同時に相手をするのは厳しかった。

 

 苦戦するデイナの姿に、亜矢が堪らず物陰から身を乗り出した。

 

「ひ、卑怯ですよ!? 2対1だなんて!?」

 

 亜矢からの批判に、しかしスパイダーファッジは全く気にした様子を見せない。

 

「卑怯で結構よ。こっちは成果が無ければ命が無い世界で生きてるんだから。悔しかったらお前も戦ってみれば? まぁ、そんな事をすればあっという間にミンチになるでしょうけどね」

 

 明らかに嘲笑を含んだ言葉に、しかし亜矢は何も言い返せなかった。今この場には白上博士の制限酵素は無いし、あったとしても先日の一件から対策が取られているのは確認済みだ。今の彼女に出来る事は何もない。

 

 今、亜矢は無性に力を欲していた。

 

 だが直ぐに彼女はそれどころではなくなってしまう。彼女の姿を見た瞬間、ウルフファッジは狙いを彼女に変更していたのだ。

 

「ウゥ、ウゥゥ!」

「あ!?」

 

 いつの間にか自分の方に向かって歩いて来ていたウルフファッジに、亜矢は慄き後退る。

 亜矢に近付きつつあるウルフファッジの姿はデイナの目にも映っていた。このままでは亜矢がウルフファッジに殺されてしまうと、彼女を助けようとしたデイナだったがスパイダーファッジがそれを許さなかった。

 

「双星さん、逃げて!」

「おっと!」

 

 亜矢の救援に向かおうとしたデイナを、スパイダーファッジの糸が絡め捕る。

 

「ッ!? この、離せ!?」

 

 スパイダーファッジの糸にデイナが苦戦している間に、ウルフファッジは亜矢を壁際まで追い詰めていた。

 

「あ、あぁ……」

 

 目前に迫ったウルフファッジに、亜矢はこれから自分に降りかかるだろう残酷な未来に恐怖した。

 だが次の瞬間、思わぬ事態になった。

 

「フタ……ホシ、サン……」

「え?」

「へぇ?」

 

 今の今まで理性の無い獣同然だったウルフファッジが、明確に亜矢の名を呼んだのだ。その事にスパイダーファッジはデイナを拘束しながら感心する。

 

「なるほど、あの男はあの女に尋常ではないくらい傾倒していた。その執念の相手が目の前に迫った事で、歪んだ感情が遺伝子の浸食を振り払いある程度の思考能力を取り戻させたようね」

「要するに下半身の欲望に忠実なサルならぬオオカミになったって事だろうが。どっちにしろ双星さんが危ない」

 

 冷静に分析するスパイダーファッジと、要点をざっくり理解し亜矢に迫る別の危機を感じ取るデイナ。デイナは何とか拘束を解こうと身を捩るが、流石の蜘蛛の糸はそう簡単に外れてはくれない。

 

 その間に、ウルフファッジは慄く亜矢に手を伸ばし彼女の両手を壁に押さえつけると、彼女の顔や首筋に舌を這わせた。

 

「んうっ!? 嫌っ!? 止めて、ください!?」

 

 亜矢は必死に嫌がるが、ウルフファッジは鼻息荒く彼女を舐め続ける。

 

 その様子にデイナは頭に血が上るのを感じた。

 

「チッ。おい蜘蛛女、これを外せ」

「そうはいかないわ。少しの間大人しくしていなさい」

 

 そう言うとスパイダーファッジは、両手から糸を伸ばしながらデイナの周囲を縦横無尽に動き回る。まるで地面に蜘蛛の巣を描く様に動き回り、彼の体を雁字搦めにすると背中の四本の脚を肥大化させた。

 

 そしてその四本の脚を、デイナに突き立てるべく跳躍して飛び掛かった。

 

「門守君、逃げて!?」

 

 咄嗟に亜矢が叫ぶが、それが出来たら苦労はしない。何しろ雁字搦めにされて身動き一つとれないのだから。

 

 何も出来ぬまま、亜矢が見ている前でデイナはその身に四本の肥大化した脚を突き立てられた。

 

「ハァッ!!」

「うわぁぁぁぁぁっ?!」

「門守君!?」

 

 四本の脚を突き立てられたデイナは爆炎に包まれる。亜矢の悲鳴が響く中、爆炎が晴れるとそこには変身が解除され傷だらけで倒れる仁の姿があった。

 

 一瞬彼が死んでしまったのではないかと亜矢は顔を青くした。

 

「プロフェッサーから、仮面ライダーはまだ殺すなと言われているのよ。でもお前がどうなろうと私達は知ったこっちゃないけどね」

 

 スパイダーファッジの言う通り、仁はまだ死んではいない。よく見ると身動ぎしていた。仁の身に迫る危機は一応過ぎ去ってくれたが、亜矢の方はそうではなかった。寧ろ彼女はこれから危機が迫るのである。

 

「ウオォォォォォォン!!」

 

 まるで勝鬨の様に遠吠えを上げると、ウルフファッジは亜矢を両腕で抱きしめてその場を離れようとした。何処かに連れていかれそうになっているのに気付き、亜矢は必死に仁に手を伸ばす。

 

「嫌、離してください!? 門守君!? 仁君!?」

 

 亜矢の必死の叫びも空しく、彼女はそのまま何処かへと連れていかれてしまった。スパイダーファッジはそれについて行く。

 

 後には残されたのは、全身傷だらけで倒れた仁だけであった。

 

「……んの、野郎……」

 

 誰も居ない工場跡地に、絞り出すような仁の声が静かに響いて消えていった。




と言う訳で第5話でした。

仁、今回早くも敗北です。空手できると言っても、彼は所詮学生であって戦闘者ではありませんからね。しかも相手は怪人と幹部のタッグ。そりゃ負けもします。

主人公やヒロインを苛めたい派の作者ですので、今後も仁と亜矢、揃って窮地に立たされることが多くなると思いますがどうかお付き合いの程よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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