仮面ライダーデイナ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

最初に不定期になるかもと言っておきながら、何だかんだで定期的に更新できています。これも読んでくださる皆さんのお陰です。ありがとうございます。


第6話:獅子の目覚め

 スパイダーファッジに敗北し、目の前で亜矢を連れ去られた仁。

 彼は痛む体を引き摺ってトランスポゾンに辿り着くと、起き上がり体を寄りかからせた。

 

「いつつ……くそ」

 

 口の端の血を拭いながら仁は悪態を吐く。全身を痛みに苛まれているが、頭の中は亜矢を心配する気持ちで一杯だった。

 今の亜矢は文字通り、飢えた狼の前に居るのだ。例え殺されずとも、放っておけばどんな目に遭うかは容易に想像できた。

 

 急いで追いかけなければならない。

 

「とは言え……どうやって追いかけたもんかなぁ」

 

 なにしろ手掛りなど何処にもない。ウルフファッジだった学生、貞助の事を仁は何も知らないのだ。行動の予測など出来る訳も無く、完全に手詰まりだった。

 

 しかし仁はそこで諦めるようなことはしない。決して鼻にかけるつもりは無いが、彼には自分の頭脳が優れている事に対する自負がある。まだ正式な話ではないが、マサチューセッツへの留学の話もあるのだ。その自分なら、絶対に何か妙案が浮かぶ筈だと。

 

 取り合えず、仁は今あるものを広げて何か役立つ物が無いかと探した。

 

 今手元にある物と言えば、今日の講義の為に持っていく予定だった教材に筆記用具。そしてデイナドライバーと現在5種類の各種ベクターカートリッジ。

 

 その中で彼が注目したのはドッグベクターカートリッジだ。文字通り犬の能力を得る事が出来るこのベクターカートリッジ。使用すれば恐らく、聴覚だけでなく犬の持つ優れた嗅覚を手に入れる事も可能だろう。つまり、匂いで亜矢を追い掛ける事が可能かもしれないという事だ。

 

「よし、これを使えば…………待てよ?」

 

 一瞬光明が見えたように思えたが、彼は肝心な事を見落としていた。匂いで追いかけるのは良いとして、その亜矢の匂いのする物は何処にあるのか?

 

 先程タンデムしていた時に亜矢がしがみ付いていた仁の上着は、彼自身の血や泥とかで汚れている。これでは亜矢の匂いがかき消されてしまっているだろう。使い物にならない。

 ならばと予備ヘルメットを始め、先程まで亜矢が身に付けていた物や彼女の荷物などないかと探したが、どういう訳か彼女の荷物は一切見当たらなかった。

 

「マジかよ……あの野郎、双星さんの荷物全部持っていきやがった」

 

 流石に予備ヘルメットまで無くなっているのはおかしい。仁はこの状況を、ウルフファッジが亜矢の匂いのする物を片っ端から持ち去ったのだと結論付けた。

 これで亜矢の匂いのするものもなくなってしまった。当然だがウルフファッジの匂いのする物など何一つ残っていない。

 

 万事休す……その言葉が脳裏に浮かんだが、それを振り払って仁は何かないかと頭をフル回転させた。

 

 何か……そう何かある筈だ。理屈ではない。頭の何処かがそう叫んでいるのである。

 

 仁は考えた。考えに考え、考え続け――――――

 

「――――――あ」

 

 そして思い出した。きっと奴も回収していない、亜矢の匂いがまだ辛うじて残っているだろう物の存在を。

 仁は確信を持って自分の手荷物をひっくり返し…………そして見つけた。

 

「あった――――!」

 

 筆記用具の中から見つけたそれを見て、仁は小さく頷いた。恐らくこれならきっと、自分を亜矢の元へ導いてくれる。

 

 その考えの元、仁はデイナドライバーを装着しベクターカートリッジを装填した。

 

〈DOG〉

〈WHALE〉

「絶対に、間に合わせる」

〈DOG + WHALE Evolution〉

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ん…………」

 

 その頃、ウルフファッジに連れ去られた亜矢は工場跡地から遠く離れた廃ビルに連れていかれていた。連れて行かれる途中、意識失った彼女は奇妙な気怠さで目を覚ました。

 

「あ、あれ? ここは……私は、一体……?」

 

 目覚めたばかりで意識も視界もぼんやりしている。とりあえずぼやける視界を何とかしようと目を擦ろうとして、両腕が動かせない事に気付き驚きで一気に覚醒した。

 

「えっ!?」

 

 見ると両腕が何か糸の様なもので天井から吊るされている。長さは膝が床に付く程度なので、強制的に膝立ちにさせられていた。

 

 一体何がと一瞬パニックになる亜矢は、そこで漸く直前に何があったのかを思い出した。

 

「そう言えば私……ッ!? ここは? 門守君はッ!?」

 

 意識を失っている間に何処かに連れて行かれたのだろう事に気付いた亜矢は、パニックになりながらも仁の事を心配した。あの時彼は傷だらけで放置された筈だ。果たして彼は大丈夫だろうか?

 

 だが直ぐに彼の心配をしている余裕は無くなった。彼女が目を覚ました事に気付いたのか、ウルフファッジがやって来たのだ。

 

「ヤァ、目ガ覚メタ? 双星サン」

「あ、貴方は?」

 

 先程に比べてずっと流暢に話すウルフファッジに、一応は対話が出来そうなのを理解して亜矢は応対する。それでも言葉は出来るだけ慎重に選ぼうと心掛けた。一見すると流暢に話せているが、何か一つでも応対を間違えたらすぐに爆発しそうな雰囲気を感じるのだ。

 

 亜矢の伺う様な応対に、ウルフファッジは何処か上機嫌に言葉を続けた。

 

「覚エテナイ? マダ僕ラガ入学シテ少シノ頃、僕ヲ助ケテクレタジャナイカ?」

 

 言われて亜矢は記憶を掘り返すが、思い当たる事は無かった。そもそも入学して少しの頃と言う、遠くは無いが近くも無い程度に昔の話である。物によっては覚えているだろうが、些細過ぎれば忘れていてもおかしくはない。亜矢にとってはその程度の事だったのである。

 

 因みに何があったかをここで述べておくと、本当に些細な事であり、単にまだ大学敷地内の構造を理解できていない貞助を一緒に案内板を見て彼が受ける講義が行われる講堂へ案内しただけの話であった。亜矢には特に印象に残る事も無かったので、覚えていないのも当たり前だ。

 

 しかしその出会いは貞助に大きな衝撃を齎した。それまでの彼の人生の中で誰よりも優しく、そして美しい亜矢は他の女性が全てマネキンに思える程の存在であった。

 それ以降彼は亜矢に傾倒するようになっていくが、その彼女の隣に仁が居座るようになるのを見て彼の想いは徐々に歪んでいった。いや、例え仁が居なくても貞助の性格を考えれば、亜矢への想いを拗らせ暴走するのも遅かれ早かれだったかもしれない。

 

「嬉シカッタヨ。僕ニアンナ風ニ優シクシテクレル人、今マデ居ナカッタカラサ」

 

 ウルフファッジはそう言って亜矢の頬を愛しそうに撫でた。その感触に亜矢は先程舐められた時と同じかそれ以上の悍ましさを感じ、全身に鳥肌が立つのを感じて身を捩らせた。

 

 自分を明らかに拒絶する亜矢の姿に、ウルフファッジは苛立ちを感じたのか彼女の首を掴んで怒気を含んだ声を上げた。

 

「ソンナ君ガ、何デアンナ奴トッ!? 他ノ連中ヨリ頭ガ良イダケデロクデモナイ、門守ミタイナイイ加減ナ奴ト仲良クシテルンダッ!?」

 

 仁に対する悪意に溢れた言葉。それは先程まで頭にあった、慎重に言葉を選ぼうと言う考えを吹き飛ばすのに十分であった。

 

「私が……私が誰と仲良くしようと自由じゃないですかッ!? そんな事を、貴方にどうこう言われる筋合いはありませんッ!!」

「何デ分カッテクレナインダッ!? 君ハ僕ノ女神ナンダッ! 神聖ナ人ナンダッ! 君ノ魅力ガ分カラナイ、アンナ男ガ傍ニ居テ良イ女性ジャ無インダッ!?」

「こんな魅力、分かってほしくありません!? 私が門守君と一緒に居るのは、彼が私をとても普通に扱ってくれるからです!?」

 

 大学に入学してからと言うもの、亜矢はマドンナ扱いされて他の人とは違う扱いをされる事が窮屈で仕方なかった。

 高校まではそうでもなかったのに、大学に入ってからと言うもの特に男性の多くが彼女をまるで他の女性と違うとでもいうかのように接してくる。女友達と一緒に居ても、まるで隣の女友達が見えていないかのように接してくるのだ。その所為で折角できたにもかかわらず、自分から離れて行った女友達も少なくない。

 

 その事に人知れず悩んでいた亜矢の前に現れたのが仁である。彼は他の男性と違い、亜矢にとても普通に接してきた。周囲からは変人変人言われる彼だが、亜矢が女友達と一緒に居るとその女性の事もしっかりと視界に収めているのが分かる対応を取るのだ。

 

 亜矢が仁と共に居るのが心地よくなるのは当然の帰結であった。

 

「大体いい加減いい加減って、門守君の何を知ってるんですか!? 少なくとも門守君は、こんな力に頼って誰かを害そうだなんて絶対にしませんよ!?」

 

 仁はこのベクターカートリッジの、延いては超万能細胞の技術を平和利用する方法を模索する為に危険に身を置く覚悟で仮面ライダーに変身した。自分の身を実験動物にして、人々を守りながら新たな技術の事を知ろうとしているのだ。

 誰かを傷付ける為、自分の欲望を満たす為だけにベクターカートリッジに手を出した貞助とは根本的に違う。

 

 思わず感情的になってウルフファッジに言い返してしまった亜矢だが、彼女の言葉は彼の心の地雷を踏んだ。自分の想いが理解されず、それどころか否定された。それはこれまで彼が出会ってきた他の女性……根暗で陰気な彼を小馬鹿にする、大多数の女性と同じものを感じさせた。

 

 次の瞬間、ウルフファッジは亜矢の服をその爪で引き裂き彼女の柔肌を露にさせてた。

 

「ッ!? きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 突然の凶行に、思わず絹を裂くような悲鳴を上げる亜矢。

 

 ウルフファッジは悲鳴を上げる彼女に、目を血走らせて鼻息を荒げながら迫った。服を着ていると分かり辛かったが、剥かれると大きさを主張し始めた双丘に舌なめずりをしている。

 

「分カッテクレナイナラ仕方ガナイ。君ヲ本当ノ意味デ僕ノ、僕ダケノ女神ニシテミセル! 僕色ニ染メ上ゲテアゲルヨ、双星サンッ!!」

「う、うぅ――――!!」

 

 恐怖と羞恥、その他いろいろな感情が混ざり合い目から涙を流しながら、亜矢はウルフファッジを睨みつつ拘束から逃れようと必死に体を捩った。しかし両腕を拘束している糸……スパイダーファッジの糸はその程度で外れる程脆くはなかった。

 

 このままだと、獣と化した貞助に亜矢は蹂躙されるだろう。その様子を、亜矢からは死角になる場所からチミンがつまらなそうに見ていた。

 

「何が楽しくて美女と野獣の交わりなんて見なきゃならないのかしらね。でもまぁ、経過観察はしなきゃならないし」

 

 今更だが損な役割を受けてしまった。その思いでチミンは小さく溜め息を吐く。

 そんな彼女の手には、亜矢が被っていた予備ヘルメットが握られている。事前情報でデイナに犬の能力が備わっている事を知っていた彼女は、仁が追って来れないようにと亜矢の匂いが付いていそうなものを回収していたのだ。

 

 それに気付かぬまま、亜矢は迫るウルフファッジを前に恐怖が勝り遂に目を瞑った。

 その瞼の裏に浮かぶのは、この場に居ない仁の姿であった。

 

「誰か、助けて……門守君――!!」

 

 望み薄と分かっていながら、思わず仁の名前を亜矢が口に出した瞬間――――――

 

 突然壁を突き破って、飛行形態から地上形態に変形したトランスポゾンが亜矢の目の前に居るウルフファッジを撥ね飛ばした。

 

「ウガァッ?!」

「――――え?」

 

 まさかの登場の仕方をしたデイナに、亜矢が目を白黒させていると彼はハイブリッドアームズで亜矢を拘束している糸を切断し、変身を解いて元の姿に戻ると自分の上着を前が開けた彼女に被せた。血と泥で汚れてはいるが、破れた服で半裸を晒すよりはずっとマシだろう。

 

「か……門守、君?」

「ごめん。遅くなった」

 

 呆然とする亜矢に仁は素っ気無く答える。何時も通り、特に興味も無さそうなその応対に、しかし亜矢は不思議な安心感を感じた。自然、流れる涙の意味は変わり顔には笑みが浮かぶ。

 

 それに対し黙っていられないのがウルフファッジだ。彼はこの場に来る筈の無い仁の登場に動揺を露にした。

 

「バ、馬鹿ナ!? オ前、ドウヤッテココガ分カッタ!? 双星サンノ匂イノスル物ナンテ、残ッテナカッタ筈ダゾッ!?」

 

 先程チミンから亜矢の匂いのする物は全て回収したと言われていたウルフファッジは、仁がここに来れた理由が分からず困惑した。

 狼狽えるウルフファッジに、仁は一本のシャーペンを見せながら答えた。

 

「昨日、俺はこれを双星さんに貸した。使い終わったら返されたけど、それから俺はこいつに一回も触ってないからもしかしたらまだ少しだけど匂いが残ってるかもしれないと思ったんだ。結果は大当たり。ドッグホエールにエヴォリューションすれば、警察犬に匹敵する追跡能力で双星さんの居場所が分かったって訳」

 

 本当に運が良かった。もしあの後仁がシャーペンを使う様な講義があったら、若しくはそもそも亜矢があの講義中にシャーペンを落としていなかったら、仁がこの場に間に合うような事は無かった。

 基本無神論者の仁だったが、この時ばかりは神の存在を信じ感謝していた。

 

「さて、とりあえずお前は一発ぶん殴る。覚悟は出来てるよね?」

〈DOG〉

〈WHALE〉

 

 仁は一度外したベクターカートリッジを再びデイナドライバーに装填した。その視線の先では牙を剥き爪を尖らせるウルフファッジ。そして彼と亜矢の死角には、ベクターカートリッジを取り出したチミンの姿が。

 

〈DOG + WHALE Evolution〉

「変身!」

〈Open the door〉

 

 グリップを仁が引くと、セントラルドグマからスーパーコイルが放たれ流星の様に煌めき飛び掛かろうとしていたウルフファッジを叩き落した。そしてその勢いのままに向かってきたスーパーコイルを、仁は正拳突きで受け止める。

 

 ドッグホエールフォームにエヴォリューションしたデイナに変身した仁は、大剣型のハイブリッドアームズで斬りかかる。ウルフファッジはそれを両手の爪で受け止めた。

 

「サッキハ負ケソウニナッタケド、今度ハソウハイカナイ! オ前ヲブッ殺シテ、双星サンヲ僕ダケノモノニシテヤル!?」

「お前もう喋るな」

 

 これ以上戯言は聞きたくないとばかりに、ウルフファッジに大剣を振り下ろすデイナ。その威力は先程の戦闘でのそれを超えていた。ウルフファッジは攻撃を受け止めきれず弾き飛ばされる。

 落雷の様な一撃に、ウルフファッジは防戦一方だ。

 

 その時、デイナの背後からスパイダーファッジが襲い掛かった。

 

「その手はもう喰わないよ」

「うぐぁっ!? なっ!?」

 

 背中の四本の脚がデイナに突き刺さろうとした瞬間、出し抜けにスパイダーファッジは何かに弾き飛ばされた。まるで空気の壁でぶっ叩かれたような衝撃に、スパイダーファッジは目を白黒させているとまたしても衝撃が彼女を襲った。

 

「ぐぅっ?! 何? 何なの!?」

 

 明らかにデイナによる攻撃なのだろうが、何をされているのか全く分からない。その事がスパイダーファッジを焦らせた。

 

「お前ら、ベクターカートリッジ使ってる割にあんまり知識足りてないね。鯨の能力を知らないの?」

「鯨の能力?」

「えっと、確か鯨と言えば……エコーロケーション?」

「鯨って結構器用で、超音波を索敵やコミュニケーション以外に使ってるんだよ」

 

 マッコウクジラの話だが、この鯨は深海で超音波を一点集中して放出する事で強烈な衝撃をダイオウイカなどに喰らわせ気絶ないし死亡させて捕食するのだと言う。今スパイダーファッジを吹き飛ばしたのも、索敵に用いる為に周囲に放出している超音波を一点集中させることで放った衝撃波のようなものである。

 先程は2対1と言う状況でスパイダーファッジに翻弄されたデイナも、今は見なくても分かるスパイダーファッジを片手間で相手していた。

 

「よ、ほっと」

 

 ウルフファッジの攻撃を受け流しつつ、スパイダーファッジを下からの切り上げで引き下がらせた。

 数の上で勝っている筈なのに、寧ろ一方的に押されている事実にスパイダーファッジもウルフファッジも動揺が隠せなかった。

 

「ナ、何デ!? コッチハ2人居ルノニ!?」

「力におんぶに抱っこで能力を知ろうとしてないからだよ」

 

 動揺は動きに現れ、精細さを欠きデイナの攻撃を防ぐ事さえ失敗する。

 元より戦闘向きではない、本当の意味で闘争のド素人だったウルフファッジはデイナの動きについて行けず醜態を晒すがスパイダーファッジは違った。徐々にデイナの動きに慣れると、一瞬の隙を突いて彼が手にしたハイブリッドアームズを弾き飛ばしてしまった。

 

「あ」

「調子に乗らないで欲しいわね」

「別にそんなつもりは無かったけどね」

 

 ハイブリッドアームズは亜矢の直ぐ傍まで飛ばされてしまった。回収に行きたいが、スパイダーファッジがそれを許してくれそうにない。

 仕方がないのでデイナはそのまま無手で2体のファッジの相手をすることにした。

 

「武器サエ無ケレバ、オ前ナンカニィッ!?」

 

 今もさっきも、自分を追い詰めたのは武器があるからだと攻め手を増やしたウルフファッジだが、デイナは素早い蹴りでそれを返り討ちにした。

 

「グゲァッ?!」

「これでも鍛えてるから」

 

 デイナは無手でも十分に戦えた。これで戦場が屋外であれば距離を取って仕切り直す事もできただろうが、屋内では距離を取る事も容易ではない。

 

 左右に居るウルフファッジとスパイダーファッジを相手に、デイナは交互に正拳突きや手刀、回し蹴りを放ち互角に渡り合っていた。

 

 この状況に、スパイダーファッジはとうとう見切りをつけた。どうにも旗色が悪いし、何より彼女に求められているのはデイナとの戦闘ではなくウルフファッジの経過観察である。これ以上ウルフファッジを観察しても得られるものは何もないと判断し、彼女は最後に置き土産をしてその場を去ろうと考えた。

 

「喰らいなさい!」

「おっと」

 

 出し抜けに両手の間から糸で作った網を飛ばすスパイダーファッジ。これに掴まっては身動きが取れなくなるとデイナがその場を飛び退くと、その隙にスパイダーファッジはウルフファッジに近付きベクターカートリッジとは異なるアンプルを注射した。

 

「もう一つ実験に付き合ってもらうわよ」

「ウグゥッ!?」

 

 ウルフファッジはアンプルを注射された瞬間、全身を痙攣させてその場に倒れた。

 明らかにヤバい薬を使った様子に、デイナは亜矢を守るように移動しつつ構えを取った。

 

「何してんの?」

「ちょっとしたお薬よ。超万能細胞を活性化させる、ね」

「グルァァァァァァッ!?」

 

 スパイダーファッジが距離を取ると、跳ねるように起き上がったウルフファッジが先程とは比べ物にならない速度でデイナに迫った。その速度にデイナは反応が遅れ、振り下ろされた爪を諸に喰らってしまった。

 

「うおっ」

「それじゃ、後始末は任せたわ」

 

 何とか体勢を崩す事は無く、ウルフファッジからの追撃を防ぐ事には成功したデイナ。

 

 その間にスパイダーファッジはその場から逃げて行ってしまった。

 

 逃げていったスパイダーファッジを一瞥し、デイナはウルフファッジと対峙する。

 見た所、ウルフファッジ自体に大きな変化は見られない。が、恐らくそれは外から見た部分だけで内部――筋肉や骨格――はより狼としての特性を表に出したものとなっているだろう。

 

「さっき打ったのは制限酵素の逆バージョンか? 面倒臭いの使ってるな。ってかあいつ大丈夫かな?」

 

 白上教授の話では初期段階でなら直刺しでも元の体に影響は少ないそうだが、あれは恐らく人間としての体にも影響が出ているのではないだろうか? もし仮に元の姿に戻れたとしても、社会復帰できるのか少し不安になる。

 

 等と考えていると再びウルフファッジが飛び掛かってきた。今度も捌く事には成功するが、あまり何度も持ちそうにはない。

 

 ここでデイナは、試しに新たなベクターカートリッジを使用する事を考えた。

 

「どれ、試すか」

〈LEON〉

 

 新しいベクターカートリッジ――レオンベクターカートリッジのコックを捻り押し込むと、ホエールベクターカートリッジと交換する形でドライバーに装填した。

 

〈DOG + LEON Mutation〉

「ゲノムチェンジ」

〈Open the door〉

 

 ホエールベクターカートリッジとレオンベクターカートリッジを入れ替えて得た、ミューテーションフォーム。アンダースーツの色が金色になり、下半身の装甲が全体的に重厚になっている。見るからに力強くなったその姿に、しかしデイナはそれ以外の事に気付いた。

 

「この感覚……なるほど。百獣の王、か」

 

 デイナは構えを解き、ウルフファッジと対峙した。その様子に亜矢は危険を訴えようとした。今のウルフファッジは完全に理性を失っている。今構えを解くのは不味い。

 

 しかし、彼女の危惧に反してウルフファッジはデイナに攻撃を仕掛ける事はしなかった。それどころか寧ろ距離を取っている。まるで恐れているかのようだ。

 

「な、何で?」

「ライオンはサバンナで本能的に捕食者の支配者的立ち位置に居座る。人間に飼育されてライオンの脅威を知らないハイエナでも、匂いを嗅いだだけで逃げ出すくらいだ。つまり、ライオンは他の肉食動物に対して遺伝子レベルで上位に立つ」

 

 今、デイナはウルフファッジを威嚇していた。目に見えるものではないが、それでもその威圧感は確かにウルフファッジを慄かせていたのだ。肉食動物系のファッジに対する威圧、これが隠されたレオンベクターカートリッジの能力だった。

 

 しかし所詮はミューテーションフォームで出せる能力。限界値は低い。案の定、ウルフファッジは心に湧き上がった恐怖を振り払って飛び掛かってきた。

 

「ウガァァァァァッ!!」

「はっ」

 

 飛び掛かってきたウルフファッジを、デイナはアッパーカットで迎え撃つ。顎をかち上げられ無防備を晒すウルフファッジの腹を、追い打ちで殴り飛ばした。

 

「ガァ、アガガァッ?!」

 

 腹を押さえて蹲るウルフファッジを前に、デイナはトドメを刺すべくバッファローとヒューマンのベクターカートリッジを取り出した。

 

 瞬間、一瞬の隙を見てウルフファッジは逃げ出した。このままでは危険だと、野生の勘で判断したのだろう。

 ここで逃げ出すとは思っていなかったデイナは、一瞬判断が遅れた。

 

「あ、おい」

 

 窓から飛び出したウルフファッジを追って外に飛び出るデイナ。しかしウルフファッジは素早く、もう道路の彼方へと向かおうとしていた。このままでは取り逃がしてしまう。

 

 そう思っていると、突然一発の銃弾がウルフファッジを撃ち抜き転倒させた。

 

「え?」

 

 ウルフファッジの倒れ方から射撃地点を予測しそちらを見ると、なんと亜矢がデイナの落としたハイブリッドアームズをライフルモードにして構えていた。間違いなく彼女が狙撃してウルフファッジを足止めしたのだ。

 その事に彼女自身が驚いているのか、倒れたウルフファッジを見て目を丸くしている。

 

「……お見事」

〈BUFFALO + HUMAN Evolution〉

 

 こっそり彼女の狙撃の腕を称賛しつつ、デイナはバッファローヒューマンフォームにゲノムチェンジすると、立ち上がろうとしているウルフファッジに駆け寄りながらグリップを引いた。

 

〈ATP Burst〉

「はっ」

 

 掛けながら放った錐揉みキックは砲撃もかくやと言う威力でウルフファッジに襲い掛かる。

 

「ハァァァァァァッ!!」

「ガァァァァァッ?!」

 

 放たれたノックアウトクラッシュが、ウルフファッジを蹴り飛ばす。

 

 大きく吹き飛ばされたウルフファッジは落下地点で爆発し、後には気絶した貞助と排出されたベクターカートリッジだけが残される。ベクターカートリッジは排出された際の衝撃で破損したのか、大きく罅が入っていた。これではもう使えまい。

 それでもデイナは、傘木社が修復して使うようなことが無いようにとそのベクターカートリッジを踏み潰した。一瞬持ち帰って自分が使えるようにすることも考えたが、コイツが使っていたベクターカートリッジは使う気になれなかったし、何より何か仕込まれていそうで嫌だった。

 

 デイナは変身を解除し、貞助を路肩に引っ張ると頬を叩いて起こす。数回強めに引っ叩くと、貞助は目を覚ました。

 

「う、うぅ……?」

「よ。気分はどう?」

「か、門守――――!?」

 

 仁の顔を見て直前までの事を思い出したのか、逃げようとする貞助だったが後ろが壁なので逃げようがない。その彼に仁は特に感情を感じさせない声色で問い掛けた。

 

「お前、あのベクターカートリッジどうやって手に入れたの?」

「ど、どうやってって?」

「何時、何処で、誰に貰ったのかって話。まさか覚えてないなんて言うつもり?」

 

 声色は何時もと変わらないが、圧がいつもとは比べ物にならない。言い様の無い迫力に、貞助はあっさりと口を割った。

 

「き、昨日だよ。何時の間にか蜘蛛の化け物に変身する女が部屋の中に居て、僕に……」

「ふ~ん……」

 

 貞助の言葉は事実であり、彼は半ばベクターカートリッジを押し付けられたようなものであった。勿論そこには彼の隠しきれない歪んだ欲望が存在していた事も理由の一つだが、そこを付け込まれてそそのかされたのは事実。故に、彼に言えることは驚くほど少ない。

 

 少なくとも違法薬物の様に路地裏とかで売り捌かれている訳では無い様だという事に安堵し、仁は立ち上がって亜矢を迎えに行こうとする。

 彼が立ち去ろうとする様子に、貞助は安堵の溜め息を吐いた。

 

 と、その時。仁は徐に踵を返すと俯いて安堵している貞助の肩を人差し指でチョンチョンと突いた。

 

「え?」

 

 貞助が咄嗟に顔を上げた瞬間、仁は彼の顔面に向けて拳を放ち――――――――鼻っ柱が潰される寸前で拳を止めた。

 

「ヒィィッ!?」

「…………もう思いっきり蹴っ飛ばしたから、双星さんを怖がらせたのはこれでチャラにしておく。多分双星さんも、仕返しとかは……あ、もう一発撃ってたか。でも次何かしたら今度はマジでぶん殴るから」

 

 そう言って仁は今度こそその場を立ち去った。残された貞助は、恐怖と緊張の糸が切れた事で泡を吹いてその場にひっくり返るのだった。

 

 一方、仁は先程の廃ビルに入り亜矢が待っている階まで階段を上っていった。

 先程戦闘を行った部屋に辿り着くと、そこでは亜矢がハイブリッドアームズを抱えるようにしてトランスポゾンに寄りかかって座っていた。

 

 仁が戻ってくると、亜矢はハイブリッドアームズを手放し仁に飛びつくように駆け寄った。

 

「門守君ッ!!」

「双星さん、大丈夫だった? あいつに変な事されてない?」

「はい。服は破かれちゃいましたけど」

 

 仁の上着の隙間から破かれた自分の服を覗き見て、亜矢は少し困ったような笑みを浮かべる。これではとてもではないが今日の講義には出られそうにないし、かと言ってこんな格好では家にも帰れない。少なくとも人通りの多い日中は避けなければ、良くて事件の被害者悪ければ痴女として騒がれてしまう。

 

 どうしようかと亜矢が悩んでいると、徐に仁が彼女の体をそっと抱き締めた。

 

「ふぇっ!? か、門守君?」

「ごめん……嫌な思いさせた」

「べ、別に門守君の所為じゃ……」

「でも、近くに居たのに一度は助けられなかったのは確かだし……だから、ごめん」

 

 亜矢はちょっと意外だった。仁にもこんな風に何かに対して責任を感じて申し訳なく思うことがあったのだ。

 

 初めて見る彼の一面に、亜矢は困惑すると同時に微笑ましさを感じた。そして貞助に対して思った。ほら見ろ、仁は決してロクデナシなんかではない。ただ普通の人と比べてちょっと変わっているだけだ、と。

 

「……それでも、こうして助けに来てくれたじゃないですか。嬉しかったですよ……凄く」

「ん……」

「だから、ありがとうございます。信じてましたよ。きっと来てくれるって」

 

 亜矢がそう言って優しく微笑んだ。普段の仁であれば、それに対して特に頬を緩める事もせず素っ気なく答えるだけであった。

 

 だが――――――

 

「…………うん」

 

 今は、この時ばかりは安堵したからか、仁も頬を緩めまるで子供の様な笑みを浮かべて返した。これは亜矢も見る、彼の初めての表情であった。

 

 その笑みに亜矢は暫し見惚れ、仁は突然黙ってしまった亜矢を心配して顔の前で手をひらひらしたりして彼女を正気に戻すと、白上教授に連絡して亜矢の着替えの事などを連絡して迎えに来てもらった。

 

 迎えの車が来るまでの間、亜矢は仁の隣で顔を真っ赤にしながら終始俯いているのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 亜矢は1人ベッドの上で寝ころび、ぼんやりと天井を見ていた。

 その脳裏に過るのは、自分を助けた直後に仁が初めて見せてくれた笑顔。

 

「~~~~~~~~!?!?」

 

 何処か少年の様なあの笑みを思い出した瞬間、亜矢はどうしようもなく胸と顔が熱くなり枕を抱えてベッドの上を右に左にゴロゴロと転がった。

 

 亜矢は今自分が仁に対して抱いている気持ちが理解できず困惑していた。これをそのまま受け取るなら恋の様な気もするが、あの状況を考えるとただの吊り橋効果の様な気もしなくもない。その場の感情に任せて判断するのは、彼にだって迷惑だ。

 

 しかし、と亜矢は考える。

 改めて考えてみると、自分は果たして彼の事をどう思っているのだろうか?

 

 まず嫌っていないのは間違いない。嫌いだったらウルフファッジに仁が貶された時、あそこまで言い返そうとしたりはしていない筈だ。何よりも、あの時ウルフファッジに対して告げた事は全て本心である。

 

 と言う事は、仁の事を好いてはいるのだろう。だがそれは果たしてどう言う意味で好いているのだろうか? 飽く迄友達としてなのか、それとも恋愛対象として好いているのか?

 

 亜矢は悩んでいた。

 

「門守君は……私の事、どう思ってくれてるのかな?」

 

 少なくとも彼も亜矢の事を嫌っていないのは確かだろう。だが果たして彼が亜矢に対して恋愛感情を抱いてくれるかと聞かれたら、それは難しいと言わざるを得ない。結局彼が興味あるのは、遺伝子工学・生物工学等の知識が主だ。人間関係に関しては基本無関心もいいところ。亜矢と普通に接してくれているだけでも彼としてはかなり他人に対して心を開いている方なのではないか?

 

 そう思うと、自分1人騒いで浮かれるのが馬鹿みたいに思えてきた。1人で勝手に期待して、1人で勝手に悶絶して。

 

 不意に亜矢は、机の上の写真立てに目をやった。そしてそこに写っている人物に向けて1人声を掛ける。

 

「こんな時、貴女だったらすぐに答えを出して行動していたんだろうけどね…………ね、真矢?」

 

 そこに写っていたのは亜矢ともう1人、彼女とはどこか異なる雰囲気だが、それでも瓜二つとしか言いようのない亜矢そっくりの女性が亜矢と並んで立っている姿だった。




と言う訳で第6話でした。

今回は少し意外な所から能力の紹介と亜矢の救出を演出してみました。やっぱり犬の能力持ってるんだから、鼻も利かせないとって感じです。
因みに超音波でイカを気絶させる云々は、マッコウクジラしかやらないみたいです。あのデカい頭をレンズ代わりにして終息した超音波でぶっ叩くようですね。

それと今回は仁、割と結構感情的です。彼なりに亜矢の事を大事に思っての事ですね。こう言う独自の価値観を持つ人間が、心を開いた誰かの為に感情を露にする演出結構好きです。

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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