何気にフェイト・テスタロッサと会話するのも作中初めてだったり。
ぐつぐつと、旨そうに煮える鍋の前。
俺は腹の虫が早く食わせろ、と訴えるのを聞きながら、犬の噛みつきを必死で抑えていた。
「何であんたがここにいるんだい……!」
「艦長にこの間のお礼ってことで呼ばれたんだよ……! 分かったらいちいち噛みに来るな、馬鹿じゃないんだから……!」
「あんた、今あたしのこと馬鹿にしたかい……?」
「馬鹿になんかしてねえよ。馬鹿って言ったんだよ」
「……」
「……」
無言で取っ組み合いが始まった。この犬結構やる。
「本当に仲がいいのねえ」
「あ、アルフだめだよ!」
のほほんとしている艦長と必死に止めようとするフェイト・テスタロッサ。
経験値の差が表れてる。物事に動じなくなったらそれもうババアだよ。
「止めないでくれフェイト! あたしはこいつにどっちが格上か分からせる必要があるんだよ!」
「ア、アルフ……?」
困惑するテスタロッサさん。可愛いです。
しかしどっちが格上とかそんなこと気にしてんのか、こいつ。
本当に野生に生きてるな。誰がどう見ても俺が上だろうに。
「アルフ? 今日は引っ越しのお礼のために呼んだんだし仲良くしなきゃだめだよ?」
「で、でもフェイト……!」
「そうだそうだー。お前のご主人様の言う通りだー。引っ込め野良犬ー」
「あの……。ライもアルフのこといじめないで仲良くしてほしいな、ね?」
「あ、はい」
ちくしょう……! こいつかわいい……!
どっかのコミュ障がよくする返事をしながらそう思う。ロリに目覚めそう。目覚めないけど。
「だ、そうだ。表面上だけでも仲良くしようじゃないか」
「ああ。そうだね」
不戦の証に、がしっと握手する。
その手が意外と柔らかくて、こいつ一応女だったか、と思った。
ただ、俺の手を握りつぶそうと力を込めているので、そんな思いは一瞬で消し飛んだ。
「どうかしら? あまりお料理は得意じゃないんだけど」
「艦長の味覚はぶっ壊れていたわけじゃなかったんですね」
それはそれで性質が悪いな。
あの砂糖漬け茶はいったい何なのかと危惧してしまう。
「おいしいですよ」
「そう。それは良かったわ」
「本当、良かったですね」
お礼になるか拷問になるかの問題だったからな。
お礼になって良かった。切実に。
天に感謝しておかわりを頂こうと、ぐつぐつしている鍋に箸を伸ばす。
すると、前の席に座っていたフェイト・テスタロッサと目が合った。
じっと目を見ていると恥ずかしそうに目を背けられる。なにこの小動物。
あの白い悪魔さんが惚れるのも理解できるわ。お持ち帰りしたい。
まあ、この反応は、ただ年上の男と接するのは慣れていないだけなのだろうけど……。
あれ? でもクロノンが裁判関係で結構……、あ、あいつ年上って感じじゃねえな。ちっこいし。怒りっぽいし。
まあ、そんなあいつもちゃんと成長するからそれで慣れて頂戴ね。
それよりも、
「おい犬」
「なんだい」
フェイト・テスタロッサの隣で、はふはふと熱そうにしながらも、パクパクと肉に食らいつく犬に野菜を差し出す。
「……これは?」
「野菜」
「いや……、それは分かるけどさ」
「食え」
「なんでさ」
「栄養が偏る」
「は?」
「野菜食わないと痔になるぞ」
「……」
「食え」
「いや……えっと」
「食うんだ」
「……」
無言で口に運ぶ犬を見届けると俺も食事を再開する。
「……あんたさ」
「なにさ?」
「痔、なのかい?」
「ん?」
何だと?
「お前、俺が今いくつだと思ってやがる。あと数年はそんな事考えなくてもいいんだよ」
若いって言うのはそれだけで武器だからな。
「……そうかい。なんかごめんよ」
「何について謝ってるんだよ」
「いや、噛んだこととか……」
「お、おう。俺も悪口言って悪かったな。……ごめん」
なんか和解した。ただ単に肉の量をこれ以上減らしたくなかっただけなのだが、勝手に勘違いしてくれたな……。まあいいや。
「あなた達、食事中に何の話をしているの」
艦長に痔について微妙に叱られながら、その後は平和に食事が進んだ。
ちょっぴり、犬と仲良くなれた気がした。
しかしそのちょっぴりはすぐに返済される。
「あの……」
「んー?」
「痔って……、なんですか?」
「……」
「……」
交わされる犬と艦長のアイコンタクト。応えるべきか否か、それを決める会議が卓上で無言のうちに行われている。
俺はそんな光景を目にして、
「それはな―――」
嬉々として説明しに行く。
「あんた――!」
犬に若干の妨害を食らいながらも事細かに説明。そしたら、また犬が噛みつこうとしてきた。
「あんた! なにを言ってんだい!」
「痔について」
「勝手なことするんじゃないよ!」
「せっかく知識欲出たんだからきちんと解消させてやらんと、欲求不満になるよ」
「それ今のフェイト見て同じこと言えるのかい!」
「顔赤くして混乱してる様子が可愛いです」
「同感だけどさ!?」
またぎゃーぎゃーと口論する俺と犬を、艦長が溜息を吐きながら見守る。
艦長としては俺とこいつらは仲良くしてほしいみたいだ。
でも、犬と俺の距離感はこれぐらいでいいだろう。
こうやって会うたびに軽く口喧嘩するぐらいが俺とこの犬の仲だ。それはずっと昔からそうだったのだから、今更変えようがない。
これぐらいの仲の悪さが、俺とこいつの昔からの距離だ。