とある喫茶店で人を待っていた時の事。その時は、約束の時間を過ぎても待ち人が来ず、若干暇していた。
「合席よろしいでしょうか?」
「――――どうぞ」
暇過ぎて暇過ぎて若干虚無領域に足を踏み入れかけ、ぼおっとして遠い彼方を見ていたので、急に声が掛けられたことに内心で驚き、反射的に了承の言葉が口に出てしまった。
待ち合わせだと言うのに……。
そんな気持ちは、手元に目を向けた瞬間に吹っ飛ぶ。
やっべ、デバイス置きっぱなしだ。
慌ててデバイスを懐にしまう。
合席を希望したその女性は、俺の行動を目敏く見ていたのかニコリと笑って問いかけてきた。
「もしかして局員の方ですか?」
「あー、まあ。はい」
「やはりそうですか。どことなく空気が違ったものですから」
え、まじで? どんな空気?
向かい側に座りコーヒーを注文したその人は、労いの言葉を発する。
「いつも大変でしょう。首都とは言え、治安もあまりよくないですから」
「そうでもないですよ。最近は少し良くなってきました」
「あら。そうなんですか」
女性は口を手で隠して上品に微笑む。
「そうなんですね。あまりクラナガンには来ないもので」
「まあ、外から見てもあまり変わらないぐらいの違いですが」
「それでも良くなっているのは良い事でしょう」
「そうですね」
まったくその通りで、治安が良くなるのは誰であれ嬉しい事だろう。でも、
「方法がなあ……」
「はい?」
「いえ、独り言です。お気になさらず」
つい零れた上司への愚痴はその辺に捨てておく。どうせ近いうちに発露させる機会があるだろう。
次はこちらの問いかけターン。円滑なコミュニケーションは会話から始まるのだ。
「今日は仕事でクラナガンに?」
「ええ。丁度仕事でお会いしなければいけない人がここに居るもので」
「そうですか。大変ですね」
「いえ。実はそれほどでもないんです。普段はもっと大変な人を相手にしていますから、むしろ楽な方です」
この人がどんな仕事に就いているのか興味が湧いた。
しかし態々聞こうと思う程ではない。一期一会の出会いでそこまで踏み込みたくもない。
運ばれてきたコーヒーを飲む間、お互いに何も喋らず静かな時間が過ぎた。
暫くして、自分も相手も注文した物を飲み終わり、しかし席を立つこともせずにじっと座っていた。
何か用事でもあるのだろうか。
「人をお待ちですか?」
「いいえ。あなたは?」
「俺はそうですね。知り合いを待っています」
「そうですか」
女性は鞄から財布と名刺を取り出して立ち上がった。そして一枚抜き出しこちらに差し出してきた。
「私こういう者です。もし機会があればまたお会いしましょう」
そう言って去る女性。俺はその後ろ姿を見送ることはせず、ただ名刺の文字列を見ていた。
ウーノ
見る限りそれしか書かれていない。これ名刺じゃないだろ。
ていうかこれ名前? 聞き覚えはないけど、がらっがらの店内で態々合席希望してくるぐらいだから、あっちはこっちのことを知っているのだろう。
ひっくり返して裏を見ると連絡先が書かれていた。会う気満々。その気になれば機会はいくらでも作れる。
しかし今はその気がない。一応、番号だけメモして、名刺自体はゴミ箱に捨てた。
「あいつ来ねえなあ……」
待ち合わせの時間から、既に30分以上過ぎていた。
日は変わって翌日。
昨日は結局、急遽仕事が入ったとかで会うのは翌日である今日に持ち越しとなった。
また同じ時間に同じ場所で待ち合わせ。
「お待たせしました」
俺が店に入って、席に着いてから少しもせずにそいつは現れた。
「別に待ってないけど」
「それは良かった。また昨日のように待たせてしまっていては申し訳なかったので」
「お互いに5分前行動を心掛けていて良かったな」
「全く」
待ち合わせの相手は俺と同じくアースラに所属し、海鳴市で他二人と共に現地駐在隊員として一つ屋根の下で暮した仲であるthe・紳士ことクリス。
相変わらず紳士っぽい雰囲気を纏っていて安心した。こいつになら安心して話せそうだ。取りあえず何か注文して、一息ついてから本題に入る。
「忙しいところ悪いね」
「いえ。今はそれほど忙しくはないですから」
昨日仕事入ってこられなかった奴のセリフじゃねえぞ。まあ社交辞令なんだろうな。無駄話はやめとこうか。
「今日呼んだのは他でもない。実は今AMF関係で色々研究してもらっててな」
「AMFですか?」
「正式にはアンチマギリングフィールドとか言って魔法を無効化する魔法の事」
「それは初耳です。危険な魔法なのですか?」
「うん。まあ、使いようによっては結構危ないんだけど、ここでの問題は、最近これを使うことの出来る兵器が確認されたことでね」
「それはつまり、次元犯罪者がその魔法を利用しているということでしょうか」
「そう。魔法自体AAAランクの高位魔法だから、それを機械が扱えるってだけで結構な脅威だ。Bランク魔導士で何とか戦えるってレベル。
ちなみに、その機械は俺が実際に戦ってぶっ壊して、地上本部のラボに送ったよ。行方不明になったけど」
「行方不明」
「実物が無くなってしまった以上どういう仕組みなのか、そもそも本当にAMFだったのかも分からない。でも、やれることはしておかないといけない。
ということで君の出番だ、クリス君」
ちょっと芝居かかった物言いに、それでも表情を崩さないクリス。しかし少々長い付き合いにもなると、雰囲気から訝しんでいるのが分かる。
「ちょっと実験に協力してみる気はないかい?」
にっこりと、問いかける。
「危険なことはない。その段階はもう過ぎたから、大丈夫」
安心させるように、
「もし協力してくれるのなら、一つ良い物をあげよう」
出来るだけ朗らかに、
「もし手伝ってくれるなら、それ相応の報酬を出そう」
和やかに、いい人風に、
「さあ、どうする?」
天使面した悪魔のように語りかけた。