管理局地上本部。そのエントランスで二人の男が歩きながら話している。
「最近、良いうわさを聞かないぞ。レジアス」
「ふん。噂などただの噂にすぎん。そんなもの気にしているようでは、現場で足をすくわれるぞゼスト」
サーチャーでその会話を音声のみ拾う。今聞いているのはレジアス・ゲイツとゼスト・グランガイツの会話。
ゼストに気取られないようにちょっとだけ離れた場所で二人の話を聞く。
「ゼスト。お前、まだ例の戦闘機人事件を調査しているようだな」
「ああ」
「お前にはそんなことよりやるべきことがあるだろう。その案件はこちらで処理する。お前は俺が後ほど送る案件を担当しろ」
「…………」
「いいな?」
「……そうしよう」
そこで二人は別れた。サーチャーはレジアスを追いかけ、ゼストから離れる。
「ナカジマ、アルピーノ。例の違法研究所――――」
「了解!」
何やら聞こえたゼストとその部下の会話。
最後までは聞こえなかったが、どうやら命令無視というか命令される前にさっさと違法研究所を潰すつもりらしい。
どんな研究所なのか知らないが、ゼストがいるのならまあ大丈夫だと思う。
数少ないSランク魔導士。陸では随一を誇る武力に、数多の修羅場を乗り越え培われた経験則。
彼より強い魔導士は片手の数で事足りるほどの強者だ。
そしてゼストを隊長に集められた精鋭部隊。
彼らに掛かればそんじょそこらの事件はすぐに解決する。手こずりもしないだろう。
それぐらいに信用している。信用にたる実力と結果を出している。
だから、違法研究所はゼストたちに任せよう。
俺はもう少し、このきな臭い地上本部を調べたい。
もう少しで疑惑が確信に変わりそうだから。
「お前にはこの研究所を探ってもらいたい」
「ういーす」
ゼストとレジアスの会話を盗聴したその日の晩、上司であるレジアスに呼び出された。
用件はとある違法研究所の調査。建前上は調査と言っているが、これ潰してしまっても構わんのだろう? てか潰せってことだろう。
「でもあれっすよ。何でも屋はまだ壊滅しきれてませんよ」
「それは既に死に体だろう。主要メンバーはことごとく逮捕。残ってるのは有象無象の残党だけ。後は態々お前が担当するまでもない。適当な人間に継がせろ。今はこちらが優先だ」
「へーい」
協力者はばっちり逃しましたけどね。結局あの機械出てこなかったし。
あーん痛恨の極み。
「これを」
「さんくす」
オーリスが渡してきた書類に目を通す。それには研究所の場所がきっちり書かれていて、どんな外観をしているのかまで細かく記載されている。
素晴らしい書類だ。これを基にどういう作戦で侵入するかばっちり考えられるぞ。問題は書いてあることが全て本当かどうかなのだが……。
これは誰が作った書類だ。オーリスか? 少なくとも目の前にいる上司が作ったものではないな。
「時間がない。今晩中には発ち、出来るだけ早く片付けろ」
今晩中とか後3時間もないんですが。相変わらずの無茶振りに感謝感激銃霰。
本当に謀反でも企てようかね。現状可能性がないでもない。
「了解」
企てるだけで実際に行動に移さないのがブラックに洗脳された社員の悲しい性なのよね。
給料出るだけ大分ましなのだけど。
若干急ぎ足で部屋を出、頭の中で今後の行動を整理する。
引き継ぎは後でいいや。やってる時間ねえし。ていうかこの時間ほとんど誰もいないんじゃね?
寮にまで連絡して絶望に染まる部下の顔見るのも何だしな。
部下に仕事押し付けるのはまた今度にして、とりあえずいくつかの書類だけでも片付けて現地に飛ぶことにした。
飛んだ先は、マイナーにもほどがある無人世界。管理局の眼も届きにくいこの世界で、違法行為するとかやるじゃないか。
どんな奴がそんなことしているのか是非顔を拝みたい。素直にそう思った。
木々の間を縫うように少し早歩き。本来ならもう少し急ぐべきなのだろうが、あまり急ぐ必要は感じられなかった。
というのも、この世界に訪れる前に渡航履歴を閲覧した。それにはゼストを始めとしたゼスト隊の名前がずらりと並んでおり、今日盗聴した違法研究所とはこの世界にある違法研究所のことだと確信。
あいつらが先に行ってるのなら、今更俺一人ぐらい急ぐ必要もないのではないかと思う。というか必要ない。
はっきり言って、ゼスト隊の平均の実力が俺よりちょい下ぐらいなので、そんな奴らが集まった隊に一人で応援とか笑い話にしかならない。
全部終わった時に知らん顔して合流が一番いいのではないのか。
そんな楽勝気分で崖の上から違法研究所の全貌を目におさめながら感知系の魔法を発動。研究所内にいくつかの魔力反応を確認。先行していたゼスト隊のものだろう。
魔力反応は全部で……4。
履歴に載っていたものよりもかなり少ない人数だ。何人かが援護のために周囲に潜んでいるのか?
しかし施設の周りに感知を向けるも反応はない。つまり外で待機している者はいないと言う事。
外で待機している者が居らず、中に居る人間の中で魔力適性があるのはたったの4人。
これはどういうことか。ゼスト隊は来ていないのか?
そうこうしている間に魔力反応が一つ減った。
魔力反応が減ったと言う事はその場でテレポートか何かで移動したか、魔力を通さない空間にでも入ったか、もしくは死んだか。
まあ、この場で一番可能性が高いのは後者だ。
ゼスト隊がこの場所に来たという前提で考えると、今反応のある3は生き残っている人数。他の人間は皆殺されてしまった可能性が高いと言う事で――――。
「……あぁ」
冷静に分析している場合ではないと、その場で跳躍。罠も何もなりふり構わず施設へと直行。まだ反応のある場所目がけて魔力砲を撃ち、壁抜きを敢行した。
モクモクと土煙が舞う中、壊れている設備、倒れている隊員たちが辛うじて目に入る。
煙が晴れ、生命反応のする方向へ目を向けると、そこには三人の女性。一人は眼鏡を掛けた茶髪。二人目は短髪に長身の女性。最後の一人は右目に傷を負っている銀髪の少女。
三人の奥、壁際には血まみれのゼストがもたれかかっており、ゼスト隊壊滅の犯人だと推測された。
「あらー? こんなタイミングでご到着なんて、運が良いのね」
眼鏡を掛けた女性の言。おそらくは皮肉ではあろうが、正直考えている暇はない。まだ、魔力反応と生命反応はある。
「管理局だ。ちょっとそこで倒れてる局員のことで聞きたいことがある。ご同行願おうか」
意味はないと分かっていても一応の勧告。
しかし予想通りそれに従うような素振りは見られず、むしろ武器を構えられた。
「チンク。お前は下がっていろ。私がやる」
「直にガジェットも来ますから、ゆっくりやってもらって構いませんわよ」
一番長身の女性が先頭に立ち、腕から刃を生やす。魔力反応はないから、おそらく何らかの科学技術だろう。質量兵器かもしれない。
観察している間に戦闘は始まる。
「ライドインパルス!」
繰り出されたのはフェイト・テスタロッサ並の高速移動。咄嗟に手に持っていた銃型デバイスで刃を弾く。
「はぁ!」
「ちっ」
攻撃をやり過ごしたと思ったら、今度はその高速を生かした息をつかせない背後からの連撃。
防いでも防いでも高速で移動する相手には反撃する隙が無く、縦横無尽の動きに圧倒され押される。防ぎきれなかった攻撃で細かい切り傷が出来始めた。
「ダブルバレット」
このままでは負けると、二丁拳銃モードに移行するが魔力弾は撃ったところで当たらない。
右腕に持った銃で攻撃を防ぎながら左腕の銃を剣モードに移行。いつまでも遊んでいられない。カウンター狙いで勝負に出る。
相手の動きを大まかにでも知覚が出来ている分、速力は真ソニックのフェイト程ではない。戦闘にまだ慣れていないのか、動きは単調で先が読みやすい。
最大限の視力強化と腕力強化。
左腕を最高速度で振るう。
全ての物が遅く動く中で、剣は奴の左横腹にゆっくりと吸い込まれ、そのままの勢いで薙がれる。
自分の移動速度が合わさった必殺の威力を持つカウンターをもろに食らい、壁に勢いよく激突した女は、ずるずると崩れ落ちて立ち上がれない。
当たる瞬間に多少勢いを殺したようだが、戦闘不能になるぐらいのダメージは負ったはずだ。
立ち上がろうにも立ち上がることの出来ない長身の女。まだ意識はあり、戦意もある。本来なら意識を刈り取って完全に無力化しておきたかったが、今はその暇がない。
振り返りながら一閃。ステルスで隠れながら接近していた機械兵器を両断した。
この場に通じている通路から同じ型のステルス兵器、米のような形をした小型の機械兵器が殺到している。
見た所、米型はAMFを持っているようだ。おそらく以前戦った人型の発生系だろう。となると、この施設はスカリエッティの根城だ。
そしてあの三人はほぼ確実にスカリエッティのことを知っている。
何が何だろうと逃がせない。
殺到する機械の群れに魔力弾を撃ち込む。ほとんどがAMFで掻き消されたが、いくつかステルスに当たった。
当たったと言う事は、あのステルスはAMFを持ってはいないようだ。
だが、米型と混合して襲い掛かってきている現状、持っていようと持っていなかろうと大した差はない。
前には機械兵器。後ろには正体不明の適性存在二人。前門の虎後門の狼。逃げ場などはない。
だから、取りあえず虎にご退場願う。
「ムーンレイ」
天井へ向けて砲撃。ほとんど魔力を溜めた時間はなく、その分威力は大したことがない。ただ天井を崩すことだけを考えた一撃。
ひび割れ、形を保つことの出来なくなった天井が機械兵器目がけて落ち始める。
AMFが防ぐのは魔力で構成された魔法だけ。魔力の関係ない物理的な攻撃には一切効果がない。
あまりAMFを過信し過ぎると、目の前の機械の様に避けようのない質量攻撃で死ぬことになる。
大部分の天井が崩れたことを確認し、すぐさま身を翻す。
そして機械が破壊されるのを待つことなく、振り返って後門の狼へ肉薄。
背後で機械が爆発する音を聞きながら眼鏡に向けて剣を突く。
紙一重で躱された一突き目。頬や腕を掠るに留めたニ突き、三突き目。眼鏡が体勢を崩し、確実に当たると思い本気で斬りに行った四撃目。
それは横から飛んできたナイフに邪魔され不発に終わる。
「クアットロ! 下がれ!」
右目から血を流している銀髪の少女。おそらくその右目の傷はゼスト隊との対決で出来たもの。右目を失って間もないのなら戦闘は出来ないだろうと思っていたが、3~4m離れた場所からナイフを投擲し、且つ標的に当てることが出来る程度には平気らしい。
先ほどから攻撃に参加する様子のなかった眼鏡は後方支援型。長身と小さいのが前衛職と言ったところか。
本来なら支援を最初に潰すのが定石だが、後ろの破壊しきれていない機械兵器と残り時間の事を考えて、ここは前衛を先に倒させてもらおう。
ソニックムーブで銀髪の右側に移動。斬りかかる。
「くっ……」
剣戟はナイフで受け流されているが、しかし見えない右目に四苦八苦しながら攻撃を捌いているのが手に取る様に分かる。
いくら強かろうと、右の視覚を失った直後にそこを重点的に狙われては本来の実力を発揮できない。
まあ法の番人らしい戦い方ではないが、人命優先と言う事で卑怯な手段でも何でも使わせていただこう。
別に正義の味方と言うわけではないし。
数手の打ち合い。その間で二本持っていたナイフの内一本を弾き、もう一本に罅を入れた。
やはり弱っている。このまま一気に押し切る。
「っ……! あまり舐めないでもらおうか!!」
パチンと少女が指を鳴らすと、先ほど弾いたナイフが一瞬光り、爆発。
弾いた方向が背後であったため、背中に爆風を受け体勢を崩したところで罅の入ったナイフを投げつけられる。
躱したところでまた爆発するんだろうと、バインドを鞭のように使ってナイフの軌道を逸らすと共に、大きくバックステップ。出来る限り距離を取る。
そして予想通り、壁に突き刺さったナイフは爆発し土煙が舞う。数m離れていたにもかかわらず爆風が届く。
更に爆風と土煙を目隠しに利用され少女の姿を見失った。
「ぐっ……。クアットロ、トーレを背負え! この場は離脱する!」
視界の効かない中で聞こえた声。遠ざかる足音。
逃がすと思っているのか。
爆風と土煙が目隠しになるのは一瞬。魔力反応と生命反応ですぐに対応ができる。
今も俺が開けた穴から外に飛び出した三人の姿は捉えている。すぐに追いかけて無防備な背中を撃てばそれで捕まえることが出来る。
後を追いかけようとして、魔力反応と生命反応に意識を集中して、気づく。
「――――」
この場で感じる魔力は一つ。この場で感じる生命反応は四つ。
最初に感じた魔力反応三つ。その内二つはとうの昔に消失し、たった今、残った一つも消えた。
外に向かって動き出そうとしていた体を止める。
奴らがスカリエッティの関係者である可能性は高いし、何よりゼスト隊を襲撃した犯人だ。
もしここで逃がしたら次の機会があるかわからない。
何より局員を隊ごと殺そうとするやつを野放しにすることは出来ない。
ゼスト隊を助けるのなら今しかない。
まだ魔力反応が消えて間がない。何人かは生き残るかもしれない。
悩んでいる暇はない。どっちを取るにしても今決めなければいけない。
捕まえるか、助けるか。
どうする。
「――――。」
目を閉じて、一瞬の瞑目の後、決断する。
「――――デュアル。治癒魔法だ」
奴らから意識を逸らし、目を逸らし、体を逸らす。そして先ほどまで生命反応の合ったゼストの元へ向かう。
選んだ。まずはゼストを治療し、それからほかの皆も治療する。管理局員として正しいと思う方を選んだ。
治療しても、もう間に合わないかもしれない。もしかしたら奴らを追った方がいいのかもしれない。
そう思う。
でも今俺が着ているのは管理局の制服で、これを着ている以上、目の前の助かるかもしれない命を見捨てることは出来ない。
だから、後悔すると分かっていても目の前の命を助ける。困ってる人は助けて、死にそうな人も助ける。
局員とはそういうものだ。この制服はそう言う意味だ。
この制服を着続ける限り、人命が最優先になる。
俺はそう学んだ。
だから、助けよう。教えてくれた彼女らに報いるためにも。