陸の仕事は言葉にすれば簡単である。
管理世界の治安維持。ただそれだけなのだから。
しかし、その治安維持すらままならないのが我らが陸である。
ザ・陸クオリティ。
と言うのも、単純に人手不足なのだ。
特に高ランク魔法の使える魔導士の数が不足している。
例を挙げると、海では当たり前に空を飛んで戦えるが、陸では空戦出来るのはほんの一握りという現状を見れば、その深刻さがわかるだろう。
その辺りの実力格差、または才能格差はいくら嘆いてもしょうがないのでこれ以上言わないが、そういう事情もあって、陸は激務だ。
今回陸に研修で来た二人は魔力量がとても多く、それぞれSランク相当の実力だ。当然空も飛べる。
これはとても助かるというのが陸局員の本音のはずだが、如何せん教育係が俺だから、そこはかとなく不安を覚えている奴も多いそうな。
まあ、頃合いを見て教育係は他のやつに丸投げするから安心してね。
「仮面さん終わりました!」
「ん……」
荷物の整理をしていた二人。その間、俺は外で待っていた。
もう少しかかるかと思って書類を広げていたのに、思っていたよりも早く二人は出てきた。
「時間あるからもっと整理してていいぞ」
ていうかしてろや。
そう暗に含めて言ってみるも、高町はお気遣いありがとうございますと変に大人びた返答。
高町の国語の成績の酷さを鑑みれば、そういう空気読め的な仄めかしは伝わらない。
「ヴィータ。もうちょっと時間掛けていいのよ」
「もうやることねえし」
荷物すっくねえなあ。
本当に女の子か?
仕方ない。
広げていた立体ディスプレイを閉じる。
「……」
それで二人に向かい合う。
二人は海の青い制服を着ていた。
茶色い制服はまだ支給されてなかったっけ?
本部で支給か。
「じゃ、次は制服。本部にゴー!」
本部はほど近い。歩いてすぐだ。
加えて、玄関口は顔パスで通り抜けられるから手間暇なし。
思い返しても身分確認されたことは一度もない。
セキュリティ大丈夫ですかね?
んで、制服は何処でもらえばいいんだ?
……装備課か。
「えぇまだ出来てないのお……」
「すみません……」
どういう理由か、制服の用意が間に合わなかったらしい。
誰かの嫌がらせか、はたまた本当に間に合わなかったのか。
リンディ提督のお願いメールの受信日から言って、その可能性は十分ある。
まあ誰がどう見ても急な話だったし。
……あのババア、やっぱり無理矢理ねじ込んでんじゃねえか。
しょうがないからとりあえず備品保管庫を漁ることにした。
二人のサイズから言って、あまり期待は出来ないかもしれないが、青に挟まれた茶色を想像したらとりあえずやっとくべきと思った。
「そういうわけだからお前らスリーサイズ教えろ」
「……」
「……」
道中、喧々諤々と騒がれながらも何とか二人のスリーサイズを聞きだし、予備の制服からサイズの合いそうなものを選ぶ。
しかし二人のサイズがサイズだから、中々適当なものが見つからない。
ようやく見つかったものを着せてみれば、永遠に変化の無いヴィータはともかく、成長期の高町はサイズがきつかったらしい。
申告のそれより少し大きくなっているようだ。
じゃあ制服ももう少し大きいサイズを、とダンボールを漁る。
「……あの、仮面さん」
「んー?」
これじゃないあれでもないとダンボールをひっくり返していると後ろからおずおずと声を掛けられた。
目の前のダンボールに集中して、気もなく返事をする。
「あの……お名前、教えてくれませんか?」
「あん?」
思わず、ダンボールを漁っていた手が止まった。
名前を……今さら……?
いや、と頭を振ってその疑問を振り払う。
そもそも今となっては部下と上司の関係だ。
時に見守り、時に詐欺って、時には共闘する。そんなよくわからない関係はもう終わった。
いつまでも仮面さんと呼ばれていては上司の威厳が削がれる。
逆に威厳とかそんなものないから好きに呼べという気持ちも確かにあるのだが。
うーむ。
……お、それっぽいの見っけ。
「んー。ライっ」
「え?」
「ラライのライ!」
「ら、ラライ……?」
「ら・ら・ら・ら・ラーーーーイ!!」
ダンボールの奥、掴んだそれを渾身の力で引っこ抜く。
唸れ筋肉。伸びろビニール。気分は一筆入魂。
取り出したそれのサイズを見てみれば、さっきのより一回り大きいサイズになっていた。
当たり。
「じゃあこれ着て」
「あ、はい」
渡された制服をもって、高町は更衣室へと駆けて行く。
俺もかび臭い保管庫から出る。
こういう所ってなんで窓の一つもないんだろうか。
廊下の隅で欠伸をかみ殺しているヴィータを見つけた。
自販機でコーヒーでも買ってこようか。
いや、どうせこいつら飲めないだろうからいいや。俺も飲めないし。
「お前はそれサイズ合ってんの?」
「ん……ああ。丁度いいんじゃねーの」
ふむ。
爪先から頭のてっぺんまで眺める。
茶色い制服。派手な赤い髪とはあまり合っていないように思った。
かと言って青なら合ってるのかと言えばそういう訳でもないが。
まあそう言うのにはセンスが光る。
俺にセンスが無いことはとっくの昔に承知しているので、あてにはならない。
「……んだよ」
「いや、合ってるならいいや。ちゃんとしたサイズ届くまでそれで我慢してくれ」
「ああ」
ヴィータは素直に頷いた。
一言二言皮肉が飛んでくるかと身構えていた分拍子抜けした。
いや、もしかして俺が必要以上に警戒しているだけなのか。
何を恐れているのか。今のうちからこんなだと早いうちにぼろが出そうだ。
何も怖がることはない。目の前のこれはただのロヴィータ。
侮ってしかるべき相手。
そうやって自分を戒めていると、背後で扉が開く。
「ちょっと大きいかも……」
そんな独り言をつぶやいて姿を現した高町は、言う通りちょっと袖が余ってだぶだぶな気がする。
きついと申告のあった物より一つしかサイズ違わないのだが、これまた中途半端なサイズを誇っていらっしゃる。
一応、警らなどで市民の目があるため、あまりサイズの合わない物を着せるわけにはいかない。
しかし合わないとは言っても高町の場合あくまでも微妙に合っていないだけだ。
これはどうしたものか。別に青い制服で警らしてもらっても俺としては一向に構わんぞ。
だって挟まれるの青だもんね!
まあ、ここは同性の意見を尊重すべきとヴィータに助言を求めた。
「どう思う?」
「……」
ヴィータは少し高町を眺めて、どうでもよさそうな口調で「いいんじゃねえの」と答えた。
「ほんと? 似合ってる? ヴィータちゃん」
「似合ってるって言うか、お前普段そんな感じの服着てるだろ」
ヴィータの言葉に電流が走る。
なに、地球では今萌え袖が流行っているのか!?
「あれは違うよ。成長期だから少し大きいの買ってるだけだもん」
「別に似合ってないとは言ってねえだろ」
「じゃあ似合ってる?」
「……かもな」
これ、男女の会話だったらまんまラブコメ見てる気分になれそう。
試しに想像してみたが、男がツンと言うのも偶にはいいものだ。
「ふむ」
ヴィータのお眼鏡にかなったので、俺も眼鏡を光らせることにする。
とりあえず、余った袖をつまみ上げて見た。
「わっ……」
突然腕を上げられて、目をぱちくりさせてる高町が可愛かったので、そのまま上下に振って遊んでみた。
余計に目をぱちぱちさせている高町。その様は小動物みたいで非常に可愛く愛でたくなる。
しかしながら、適度に遊んだところで手を離した。
鋼の理性がなかったらこのままノリに乗っていたかもしれない。危ないところだった。
仮面をかぶりなおし、事務的な口調を意識する。
「まあいいか。悪いけど、数日この制服で仕事してくれる?」
高町はすぐには応えなかった。
心なしか茫然としているように見える。
「それが嫌なら、仕方ないから海の制服で仕事してもらうことになるけど……」
「あ、いえ。大丈夫です」
高町は余った袖を見せびらかす様に胸の前で両手を振った。
つい、手の動きを目で追ってしまう。
「ありがとう。装備課のケツに火を点けて急がせるから。数日だけ待って」
「大丈夫です。だから火は点けないでください」
善処します。あんまりにとろいようだったら火を点けよう。
猶予は二日だ。
「ま、ようやく準備が整ったところで、挨拶に行きましょか」
"挨拶"の単語で高町とヴィータの顔が引き締まった。
そこに教導の成果が伺える。
いかに管理局と言えども世界の常識に従っての縦割り組織。
上からの命令は絶対で、横の付き合いは出世にも影響する。
こんな幼い子供にも大人社会の世知辛さをきっちり仕込んでるとかえげつない。
俺みたいに最初から反抗心全開な奴から学んだんだろう。
従順な駒ほど使いやすいとか、円滑なコミュニケーションは何よりも利するとか。
まあ俺の前の上司はもう死んでるから、俺が使いやすい駒だったかどうかはわからない。
少なくとも今の上司は使いにくいと思っているだろうが。
「んじゃまあ、あんまり気張らず元気に行ってみよー!」
とりあえずそうやって声を張ってみたが、当の二人にはあまり届いていないようだった。