二人の挨拶は、終始和やかなムードに包まれていた。
新進気鋭の若手魔導士。才能は確かで、足りないのは経験だけ。
そんな一等流れ星を歓迎しない馬鹿は、恐らく陸の現状を全く知らないコネ局員だけだろう。
そんな奴は俺がぶん殴ってやる。おう、そこのお前だお前。ちょっとこい。
既存の局員たちは二人を拍手で迎え入れ、多少の質問を投げ売った後、それぞれ自分の仕事にとりかかっていった。
「お疲れえい」
「緊張しました……」
一仕事終え緊張がほぐれたのか、自然な笑顔を見せる高町。
反対に、ヴィータはいつもの仏頂面だ。始終あまり気負っていたようにも見えなかった。
多少の緊張感は大事だと思うんですけど。
ま、とにかくお疲れさま。
それじゃあ仕事しようか。最初はやっぱり警ら。
そんな意味も込めて出入り口を指さす。
二人が頷いて、そちらへと歩を進めた、その時。
「三尉」
「んー?」
誰を呼んだのか、聞き覚えのある声。
それがちょうど俺の階級と合致したので念のため声の主を振り向く。
こっちを見ながら近づいてくる男が一人。
目線は俺に固定されていて、身体を振ってみれば同様に動く。
スクワットすれば上下に動いた。
……ああ、俺呼んだのね。
「なにか? イレガル二尉」
「いや……とりあえずスクワットは止めてくれないか」
イレガルは高町とヴィータをチラと見てから事務的な口調で問うてきた。
俺は二人に先行けと手で合図する。
「高町一士、八神ヴィータ一士両名の教育係は君か」
「命令に従うならそうですね」
イレガルは眼を細めた。
その瞳には「なぜお前が」と不満がありあり浮かんでいる。
だからそれはリンディに言えと何度も言ってる。
それからイレガルは声を落し、くぐもった声を出した。
「君に新人を教育している暇があるのか? なんなら変わってもいいぞ」
「お気遣いどうも。でも今は忙しくないんで、忙しくなったらお願いしまっする」
慇懃無礼な態度を保って一礼。
兎跳びでぴょんぴょん跳ねる背中に「そうか」と呟いた声が聞こえてきた。
視線の先では高町とヴィータがイレガルを気にしながらも扉の向こうへ消えていくところだった。
俺もそのすぐ後にぴょんぴょん続く。
「さっきの人は……」
待っていたらしく、扉の直ぐ横にいた高町。
俺は汗を拭って「いこいこ」と二人を急かしていた所だった。
返る返る、扉を気にしながら言葉少なめな問い。
俺も真似して端的に感想を述べてみた。
「レイン・イレガル二尉。俺よりも階級が上。悔しい!」
「イレガル二尉……」
口元で呟く高町。
俺はきょろきょろと廊下の先と後ろを見わたす。
周囲には誰もなかった。よっしゃ悪口言おう。
「ここだけの話。出世欲の塊でね。あんまり好きじゃないの」
そんな内緒話を聞かされた高町は困ったように「にゃはは……」と笑った。
「まあでも、そんな悪い人じゃない。顔と名前ぐらいは覚えておいた方がいいかもよ」
「はい? わかりました」
どの道これから一緒の職場で働く仲間だ。
そのアドバイスは高町には無用かもしれない。
ならもう片方にはどうだろう。
「わかったかヴィータ?」
「んー……。あー。へいへい」
ほんとにわかってんのかお前。
将来お世話になるかもしれないから覚えとけって言ってんだぞ。
「んじゃ。仕事始めまーす。まずは外で警ら」
「元気に言ってみよー。おー。」と拳を突き出してみれば、ノリのいい高町も「おー」と拳を突き出してくれた。
見るからに楽しそうだ。仕事を楽しいって思える内は幸福だよね。
その日の仕事は元気に終わった。
高町たちは元気に帰り、俺は夜遅くまで残業している。ぜんぜん元気じゃねえぞ!
「ういっすクロノン。こんな深夜に何用じゃきぃ」
「なのはたちの様子を聞こうと思ってね」
夜中に突然通信があって、出てみるとクロノンだった。
もしや就寝前のラブコール!?
深夜のハイテンションはその光景を想像した途端、一瞬で落ち着きを取り戻した。
「ぐっすり俺の横で寝ておるわ。がはは」
「もう残業させてるのか……」
うそです。さすがにそこまで鬼畜じゃない。
今頃寮でぐっすりじゃないかな。
「冗談はともかく、元気があっていいね。魔法の才能もあるし、そこそこいけんじゃね」
「陸で上手くやっていけそうか?」
人間関係は良好。
仕事も頑張ってる。
ただ一つの懸念は……。
「上司に恵まれなかったな」
「君だろう。上司は」
そうでした!
ぼく上司。ろくでもないから、明日からサビ残させまくろう!
「よりによって陸に来させるとか貴様ら鬼よな」
「何か問題が?」
「人間の汚いとこ全部凝縮させたのが陸でしょ」
いろいろカツカツすぎてもう駄目よここ。
人間の本性って土壇場でこそ表れるからね。
例えるなら陸は地獄。海は天国。
俺もあのかっけえ航行船のブリッジで格好良く指示出しして見てえよぉ。
「各員衝撃に備えろ!」とか言ってみたくね?
それで最後は船と一緒に死に行くんだ。
天国行けるかなあ。地獄への直行便になりそうだな。
「……そう卑下するものでもないだろう。陸の仕事の大切さは局員ならみんな知ってる」
「その割には俺よく局員と喧嘩してるけど」
ぐうの音も出ないクロノンは溜息を吐いた。
「君はやりすぎだ。ことあるごとに問題を起こすな。何度取り調べを受ければ気が済むんだ」
「ふへへ。その節はお世話になりっぱなしですね執務官。……今度女の子に人気のスイーツ持ってくから是非食べてくれ」
「エイミイが喜ぶよ」
遠慮するなよクロノン。
お前の口に一個突っ込んでから帰るから、食わずに済むとか思うんじゃないぞ。
「コラード教導官の評価も上々だ。少しやんちゃなところがあると苦言も添えられてるが……」
「あのババアまだ生きてんのか」
「現役だよ。君も訓練時代はお世話になったんだろう」
「ババア以外世話してくれる奴いなかったんだけど」
昔懐かしみしみじみと呟く。今や古し訓練時代。成績は良かったと自負がある。
成績だけは良かった。それ以外は死ぬほど悪かった。
なんでみんなぼくを避けるのん?
ディスプレイからぼそっと「素行不良の最高峰」と呟くのが聞える。
言ってはいけないことを言ってしまったなクロノン。
お前の分のシュークリームをわさびに代えるぐらい魔法使えば造作もないんだぞ。
とは言え荒んでいたのも事実だ。からしにまけてやろう。
「成績と言えば、だ」
「なあに?」
クロノンの声音が若干変わる。
本題来たこれ。
「君の噂が耳に届いている」
「悪いうわさ?」
「そう。悪いうわさだ」
今更そんなん気にしてるとかクロノンも暇だな。
俺の悪い噂なんか10や20じゃきかないぐらいあるだろうに。
どうせ扇風機動かしてハゲのカツラ吹っ飛ばしたとかだろ。誓って魔法は使ってねえぞ!
「今回は少し毛色が違う。なにせ死人が出ている」
ピンと来た。
「ははーん。ゼスト隊のことだな」
クロノンはうなずく。
「噂を真に受ける者もいる。何せ君は普段からあれだ」
「ほう……。俺はあれだからゼストをあれしてもむしろあれだと言いたいんだな」
重々しくうなずいた。
「まあ、真に受けると言うよりは恨みを晴らすのに利用していると言う方が近いのかもしれないが」
「そんな! いったい俺が何したって言うの!?」
「何をしたんだ? 全部言えるのか君は」
「ハゲにハゲって言うのは悪いことじゃないだろ」
「罪深いな」
俺は元から罪深いからそんな言葉じゃびくりともしねえぜクロノン。
びくんびくん。
「しっかし今回は糞真面目に報告書描いたんだぜ。局員死んでるし」
「ああ。添付された容疑者の似顔絵は消していいものなのか、判断に困っていたよ」
わざわざ描いたんだから取っとけや。
どうせデバイスから取り出した録画データどっか消えるんだろ。
「ぼくはやってない」
「知ってる」
じゃあ何を聞きたいのんクロノン。
「言っただろう。今回は少し毛色が違う。気を付けろ」
おー……。クロノンがついにデレた。
ハネムーンはワイキキのビーチでフラダンスよクロノン!
「残念ながら気を付ければどうにかなる連中じゃなくてね」
クロノンがこうまで直接的な忠告をするとなると、かなり差し迫った危険ということになりますかね。
あー……どこまでいけるかなあ……。
「……クロノン、俺実は一回死んでるんだけどまた死ぬかもしんないわ」
「残機は後いくつあるんだ」
「0に決まってんだろ」
まあ死んでもその時はヨロぴくと振っておく。
「なにを?」
「そりゃあいろいろ。ぐははは」
少し意地悪かな。まあクロノンなら何とかできるでしょ。
時計を見るとすでに1時。
がちで深夜だ。やだーもぉう。寝て英気を養いたーい!
「とりあえず、危ないから高町たちはイレガル二尉のところに移すよ」
「その人は信用できるのか?」
「出世競争で目の敵にされてるけど、悪い人じゃあない」
メンチを切りあい、胸ぐらを掴みあいながら、二人三脚で走る仲だ。
肩を取り合って俺らは宣言する。ぼくたち仲良し!
「そう言えばテスタロッサは何してんの?」
「執務官になりたいそうだ」
つまりお前の下に居るんじゃねえかシスコンめこんちくしょう。
「わざわざ高町を俺のところに寄こしたのは何か目的あんのか?」
「艦長の考えは僕にはわからない」
「ふうん。まあいいや。目的に沿えるよう頑張りまっす」
お互い言いたいことは言い終わったらしく、少し沈黙が流れた。
何かしてないと欠伸が出る。
「明日も早い。俺はそろそろお暇しよう」
「それは僕の台詞ではないだろうか」
「ぼくレジアスの極秘任務とかで忙しいの! とっとと消えて! シュークリーム投げられないうちに!」
「ちょっと待て。聞き捨てならない言葉が……」
どっちよ。極秘任務のほうか?
それに関しては「へっへっ冗談冗談」と誤魔化す。
俺は普段からふざけていて、今も半分ふざけてるだけなのでクロノンも追及はしてこなかった。
「高町に身体に気を付けろって言っといて」
「そんなのは君から言えばいいだろう」
「周りの人間全員で圧力かけてやろうぜ」
健康第一! 健康第一!
鉢巻身に着けて、栄養ドリンクうんまー!
「じゃあのクロノン。次は三途の川に舟並べて競争しようぜ。俺の八艘跳び見せてやんよ」
「もう寝ろ」
それを最後に通信は切られて静寂が戻ってくる。
背もたれに深く寄りかかった。
チクタクと時計の針の音が聞える。
窓の外は暗闇に包まれている。
「あー……めんどくせえ!」
書きかけの書類をディスプレイごと投げ出して椅子の上で手足を伸ばす。
天井を見つめて目を閉じた。
瞼の裏に光の陰が色濃く残っている。
眠気ですぐにでも落ちてしまいそうだった。
起きたくても起きれない人もいるんですよと叱咤すればもう少し頑張れるだろうか。
いや、だめだこれ。睡魔強すぎ。
応接室のソファで寝よ。
書類?
しらね―よそんなもんは。