だから前だけ見るんだ。
朝早く、海を一望出来る公園。
そこに10歳ほどだろうか、金髪の幼い少女が一人立っている。
潮風に吹かれながら何をするでもなく、ただ立っていた。
年に不釣り合いな服装で。旅行にでも行くのか、はたまた行っていたのか大きな旅行鞄を持って。
時折あたりを気にする様子から誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。
様々なことを考えさせる少女。
ふと、足音が聞こえた。
海から吹く風の音に混じりながらだが、はっきりと、少しずつ近づいてくるその足音の正体は金髪の少女をその目で捉えて止まる。
足音の正体―――栗色の髪をツインテールにした少女、高町なのはは一言呟いた。
「フェイトちゃん……」
「なのは……」
彼女を視界におさめたと同時に金髪の少女―――フェイト・テスタロッサも感極まった様子で呟いた。
お互いの名前を呼んだ次の瞬間にはお互い既に相手の元へ駆け出していた。
抱きあう二人。もう一度名前を呼び合い、そして見つめ合う。
二人の仲を海から吹く潮風が歓迎した。
以上、ナレーション終了。
「いやー。感動の再開ですわ」
「そうね」
遠目で見た光景の感想を言う俺とそれに答える艦長。そして高町なのはとフェイト・テスタロッサの様子を涙目でじっと見つている犬。
艦長なんかは微笑ましいものを見るおばあちゃんの瞳で見ている。縁側で緑茶を啜りながら、孫が元気に走り回る姿を眺めるおばあちゃんの目だ。
その瞳は時と言うものの残酷さを俺にはっきりと教えてくれた。
俺も二人を見ているが、じっと見つめあったまま動かない二人の様子を見ていると百合の花が幻視されてくるから不思議だ。
そのまま暫く二人を見ていたが、当のふたりはただお互いに見つめあったままで動かない。それはまるで恋人同士がいい感じになってキスしようか迷っているようであった。
初々しいねえ。
しかし時間と言うものは有限であって、いつまでも進まない二人の距離を菩薩の心持ちで眺めていられるわけでもなし。タイムアップです。
そろそろ行こうか。
「艦長。もういいんじゃないですかね」
「そうね。早くお家に行きましょうか」
この場で圧倒的年長者である艦長を促し、とっとと歩を進めることにする。
おーい、と見つめあったままの二人を犬が呼びかけ、俺は手に持っていたデバイスをしまい立ち上がる。
さて、
「帰ろうか」
「あら、私たちの家にお邪魔するんじゃなかったの?」
いや、送るだけってイッタジャナイデスカー。
「いや、ほら……。後は若いもん同士ってことでさ……」
「貴方十分若いじゃない」
「このメンバーで若くないのは艦長ぐらいいいいいいいいいいいい!!??」
凄まじい握力を発揮した艦長の腕は、俺の右手を砕き、粉々にした。
しまった。若いもの同士だったら艦長一人省かれる……! そんなことにも気が回らないなんて、艦長はもういい年の熟女……!?
艦長の腕が俺の左手を捉えた。
「さ、そろそろ引っ越し業者さんも来る頃でしょうから行きましょう」
粉砕音をバックに朗らかに言う艦長に、「は、はい」と若干引いた感じの返事を返す同性カップルとそのペット。
俺は両腕に走る痛みで返事どころじゃなかった。
「くうううううううううう!!!!???」
「だ、大丈夫かい?」
犬が声をかけてくれるが、大丈夫だと思うなら眼科に行った方がいい。
しばらくその場をのたうち回って、ようやく痛みが引いたので立ち上がる。
「よし、帰ろう」
「駄目よ」
「こんな暴力艦長だったなんて、私失望しました。局員やめます」
「重たい荷物もあるから男手が必要なの。手伝ってくれるかしら?」
今両腕砕けたので無理です。ていうか最初っから手伝ってって言えばいいのに。
「部下の休日を艦長の私用に付き合わせるなんて、俺失望しました。クロノンには報いを受けてもらいます」
「どうしてクロノがそこで出てくるんだい?」
あいつが逃げたからさ。
「あの、仮面さん」
「あーん?」
犬とフェイト・テスタロッサ、艦長の仲睦ましい会話を聞きながら少し後ろをまるで背後霊の様に歩いていると、高町なのはがよくわからん奇々怪々な名称を口にした。
仮面さんって何だよ。
「あれ? でも仮面さん……ですよね?」
「違います」
誰と勘違いしてるんだか。失礼な奴だ。ぼく、おこっちゃうぞー。プンプン!
一人ボケていると、当の本人はあれー? と首かしげている。その姿はまんま小動物だ。
うむ。上手く擬態できてるな。
「でもでも、これくれた―――」
「着いたわ。ここよ」
「ここか」
「わあ」
被せるように艦長が言い、フェイト・テスタロッサが感嘆の声を漏らす。
ここが今日から君の家さ! とか言えばいいのだろうか。それともここがあの女のハウスね! か?
さて、誰が誰を寝取ったんですかねえ?
「あら、やっぱりもう業者さん来ちゃってるわね」
「朝早くからご苦労なことですね」
まだ6時なんですが。近所迷惑とかは?
「それも踏まえて、早く終わらせなきゃいけないわね」
「せめて後三時間は待てなかったのかと」
それが普通じゃないかな。
ていうかさ、
「業者いるなら俺いらないよね」
「―――うふふ」
何故か怪しい笑みを浮かべる艦長に背筋がぞくっとする。
このおばさん何か良からぬことを考えているな。
「さ、随分待たせてしまっているわ。早く行きましょう」
「はーい。いこ、フェイトちゃん」
「うん」
「行きたくねえ。俺行きたくねえよ」
「何ぼやいてんだい。早くいくよ」
「だああああ。は・な・せ!」
慌ただしい朝の一幕。
まだ平和だったころの懐かしい思い出。
もう、戻らないのだと知りながらもつい手を伸ばしてしまう。
そんな、大切な時間。