天使たちの戦記 ~歌うように踊るように神を殺す~   作:おゆ

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第一話  反逆するは我ら四人…… だけじゃなかった!

 

 

 

 敗北した!

 

 

 我々は率直に認めねばならない。

 そうしないと明日に繋げることはできない。

 

 神への反旗を翻した戦いは圧倒的に敗けたのだ。

 

 どうしてだろう。

 時間をかけ入念に戦場を設定し、準備を整えた。

 それでも力の差は歴然だった。

 

 神を殺す、それは不可能なのか……

 

 いや、不可能と思ってしまってはその時点で不可能になる。

 これからも戦い続けるためにはちらりとでも無理と考えてしまってはならない。

 まだ終わりではなく、今回の戦いを糧として前に進むしかない。

 それは分かっているのだが…… 糧にしようがないほどだったのだ。神にたったの一太刀も浴びせることもできず撤退を余儀なくされ、何にもなりはしなかった。神を取り巻く軍勢を突破することさえできなかった。

 

 

「ラファエル、お主は考えすぎなのじゃ。戦闘指揮官は考えすぎると勘が鈍るでの」

「…… そうかもしれない。わたしの勘はあの時冴えてなかった」

「そんな意味で言うたんではないぞ。今の話じゃ。お主の憔悴は見ておられぬ。妾だけではなく、ミカエルやウリエルも心配しておる。分からんか」

「知っているが…… 本当に面目ない、ガブリエル」

「お主のせいではない。気に病むでないと言うておろうに」

 

 わたしを心配してくれるガブリエルの気持ちが分かり過ぎるほど分かる。

 ぎりぎり心を折られていないのは、こんな優しい仲間たちのおかげだ。

 しかし先の戦いを振り返り、気持ちが暗くなるのを止めることはできない……

 

 

 わたしはラファエル。

 

 九位階に分けられている天使の最上位に位置する熾天使(セラフ)、その一人になる。

 他には今も声をかけてくれたガブリエル、そしてウリエル、ミカエルがいる。熾天使の位階にいるのはこのたった四人だ。

 

 熾天使は天界においてそれぞれ微妙に役割が違うのだが、わたしは個の力でガブリエルなどに及ばない分、集団戦闘の指揮官を常に担ってきた。そしてかつて幾度も天界に勝利をもたらしてきたのだ。

 それでこの反逆の戦いを指揮したのだが惨敗した。

 

 

 

 敵である神の軍勢は御使い、つまり仲間であったはずの天使たちだ。それは千にも及ぶ。

 

 そこへ我ら四人の熾天使たち、それに加えて味方してくれるザドキエルなど少数の天使、八十人でもって挑んだ!

 

 正直言えば、我ら熾天使は天使の中では冠絶した力を誇る。

 立派な六枚羽を持ち、しかも燃え盛る炎の羽だ。

 

 こんな少数といえど向こうの数の暴風を突破し、神と直接戦うことはできると信じていた。

 

 だがそれはただの奢りだった……

 実際に戦いが始まれば、二枚羽しかない能天使(ポテスター)権天使(プリンシパル)たちの集団プレーの前に抑え込まれてしまったのだ。

 

 戦いは眠ることもなく疲れも知らない天使同士、三日三晩続いた。

 ガブリエルの雷電が戦場を貫き、ミカエルの炎輪が禍々しく照らし出した。わたしの剣戟もそこかしこを走り、ウリエルの作る幻影が広く覆った。

 それら必殺のはずの攻撃、しかし下級天使の数百重ねられた防御には通じなかったのだ。相手が天使でも決して手を抜いたわけでないのに。

 結果、乾坤一擲の突撃も阻まれ、かえってウリエルが負傷、再度、再々度の突撃でガブリエルまでも負傷した。この段階に至っては敗走せざるを得なかった。

 

 それらの負傷は数十年かけて癒えたのだが、殿を務めて殊の外大きい負傷を受けてしまったザドキエルだけは回復せず、そのまま存在が溶けて消えてしまった。

 

 最後のザドキエルの微笑みと言葉が忘れられない。

 

「しっかりしろ! ザドキエル。気を確かに持てば傷など治る」

「いいえ、ここまでです。もう分かっています」

「そんなことはない! そんなことはないぞ…… 消えるな、ザドキエル」

「熾天使ラファエル、そんな顔をしないで下さい。私はあなたの配下でいられたことがとても嬉しいのです。ここで消えるのを不幸だなんて思いません」

「そう言ってくれるのか……」

「もちろんです。でも、一つだけ言えば、あの神を倒すのを見られなかったのだけは残念です……」

「それならばわたしの言葉を信じてくれ。神を倒す! あの冷徹な審判者を倒し、この世を守ってやる。必ずだ」

 

 それを聞いてザドキエルは目を閉じ、微粒子となって空に舞い上がり、消えた。

 天使の最期はこうなる。

 

 わたしは約束を忘れていない。

 人一倍この世界を愛していたザドキエルのためにも約束を忘れるわけにいかない。

 

 

 

 神_____

 

 

 それは神恩如海と言われるように全ての生けるものを愛し、慈しむと言われている。

 

 そして神威如嶽、悪しきものに対してだけは威をもって臨むとされている。

 

 

 しかしそれは真実ではない!

 

 我らは気付いたのだ。

 人と天界を結ぶことに従事し、人の世を見続けさせられていた我ら熾天使だからこそ本当のことが分かった。

 

 神は自分の理想の範疇しか認めない。

 そこからはみ出した者たちを決して赦さない。

 それどころか情け容赦なく踏みにじり、残酷なまでに力で押し潰す。

 

 それはいきなり起こされるのが普通である。地を動かし、星を墜とし、大水で満たし、人々のささやかな日常も小さな幸せも一気に抹殺していく。その哀れな命乞いの声も一切聞くことなく。

 そして我ら熾天使の意見も懇願も、神の意志を微かにでも変えられたことなどない。

 

 神による滅亡の大災害、記録に残っているのはほんの一角に過ぎず、実際は幾度繰り返されたのだろう。

 最初からそうなることを見越して人を増やしたとしか考えられない。

 神はかくも無慈悲なのだ。

 

 しかしながらそれだけで我らが反抗に及んだのではない。

 

 ここ数百年の人々の進歩の方向は、たぶん神の意に沿っていないのだ。

 だから、神はおそらく近いうちに滅ぼしにかかる!

 そこを生き残れる人々はどのくらいか。半分か。それとも一割か。あるいは千分の一か。もしかすると全てを殺し尽くし、やり直すのか。慈悲などあり得ない。

 

 これは確信だ。

 だからこそ我ら熾天使は人の世を守るため、蜂起せざるを得ないのだ。絶望的な戦いであっても万が一の可能性に賭ける。

 

 もちろん他の天使たちへも説得を試みている。しかし当然のことと言うべきか、それを全く理解してくれなかった。

「アサエル、バラキエル、分かってはくれないか。神のすることをよく見たら分かるはずだ。せめて邪魔はしないでほしい」

「ラファエル…… 気がおかしくなったのか? 反逆は討伐する、それしかあるまい」「済みません。熾天使のお言葉とはいえ反逆に加わることなど…… 絶対無理です」

 

 有り難いことに、それまで人との交流を深く持っていたザドキエルたちだけは別だった。

 我らの意図を分かって味方してくれた。結果はあまりに悲しいことに、かくの如し……

 

 

 

 

 

「ボク、これ見て気付いたんだけど……」

「ん、ウリエル、何だそれは」

 

 ある日のことだった。

 

 ウリエルがわたしに妙なものを見せてきた。今の人の世で流行っていることのようだ。

 

「何って、VTuberって言って、画面を使って面白いことをみんなに伝えるんだ」

「ぶいちゅう婆、へんてこなものだな」

「………… いや説明は後にするよ。ラファエルが知ってるわけなかったね。それよりもボクが言いたいのは」

 

 

「あ! これ『ヘルヘルちゃん』やろ! めっちゃ人気あるで! 何や、ウリエルも見とったんかい」

 

 わたしとウリエルの会話に横からミカエルが口を出してきた。

 首を突っ込んで画面を見ては、そこに出ているキャラの名を叫んでいる。

 

 どうやらそれを知らないのはわたしだけのようだ。

 

「ミカエル、じゃあ見てるのにあれに気がつかなかったの? ボクは一分で分かったよ」

「あれって何や? ヘルヘルちゃんがおもろいいうことか。すぐ分かるやん。うちをアホ扱いせんといて」

「…………」

「冗談や冗談。何が言いたいねん、ウリエル」

「『気』を感じない? このキャラの奥からうっすら感じる。これは…… 間違いない。天使だよ」

「は!? ててて、天使ィ!!」

 

 ミカエルもわたしも驚いた! いきなり何を言う。

 ただのおちゃらけた画像にしか見えないのだが、このキャラを作っている者は天使だと!

 いやしかし、そんな。

 

「おかしなこと言うなや。天界がこないなことするかいな。ウリエル、それは絶対あり得へんで」

「ウリエル、残念だがわたしもミカエルに同意見だ。こんな遊びのようなことをする意味が分からない。天界は常に力を行使するもので、小細工をするとはとうてい思えない」

 

「ノンノン、二人とも早とちり。ボクが思うにこれはたぶん天界と関係ない。だって、匂いがするんだ。すっごく懐かしいような……」

「何のことを言ってる。懐かしいようなって」

 

「ボクらの姉様の匂い」

「あ、姉様!? まさか!!」

 

 

 今度こそ驚いた!

 

 

 我々熾天使の姉様といえば一人しかいない。

 

 それはかつての天使長ルシファー!

 全ての天使の上に立ち、その力と慈愛で皆の憧れだった。

 ルシファーの姉様は全員に優しかったが、特にウリエルを可愛がり、嬉しさと反発でウリエルがボクっ子になってしまったのはそのせいだ。

 

 

 だが遥か昔、なぜか姉様は神に対し反逆し、単身挑んだ。まさに寝耳に水だった。

 

 そして姉様は敗れ、魔界まで逃げている。しかし尚も反逆を止めることはなく、魔界の配下を度々天界に送っては戦いを仕掛けている。だからわたしは天界の安寧を守るべく迎撃し続けたものだ。

 

 どうして姉様が神に反逆したのか、理由を問いただすチャンスもなく……

 いやわたしの怠慢だ。どんなことをしても理由を聞いておくべきだったのに。

 

 

 

「何やて! 仮にそうやとして、姉様はこんなんで何をしたいねん」

「そこまで分からないよ。とにかく見れば」

 

 そしてわたしとウリエル、ミカエルでその画面を見る。

 

 

「ひゃっほー☆ ヘルヘルちゃんでーす! 悪い子いねがーー! 包丁で切っちゃうよー!」

『それはご褒美です』『そっち住み?』『蓑がかわいい!』『今日は何してくれるの』

 

「今日はお友達を紹介しまーす! マルちゃんと、ロトちゃんと、ブーちゃんでーす!!」

『どれも可愛い!』『ブーちゃんて何だよ 名字は高木か』『いきなり増えてうれしい』『背景に変な植物とかないか』

「紹介に預かりましたブーちゃんでーーす! とりあえず東のほう半分預かってます! イエ~ィとか?」

 

 

 

 意図が全く読めない。

 

 出てきたのはどいつもこいつも揃って馬鹿みたいなのだが、とにかく人気を得るために腐心しているのは分かった。

 まあスタートしたてなのだろうから影響力を及ぼすためにはひとまず知名度が必要、ということかもしれない。

 内容は取り立てて注意するようなものはなく、とりあえず数十分の視聴を終えた。

 

「…… やっぱり姉様やな。よう考えたら昔から姉様は普段はおとなしいが、ハジけるととことん行くタイプやったわ。背景もなんか魔界っぽくてそのまんまやないか」

「それだけじゃない。今日のお友達で出てきたのって……」

「何や、あのテンション高めのアホどもは」

「たぶんマルコキアスとアシュタロトと、ベルゼバブだよ」

 

 

 な、何だと! その名だったら皆が毛の逆立つレベルで知っている。

 

 魔界の軍団長マルコキアスだったのか!

 過去幾度も矛を交えたが、我ら天使の軍勢と互角に渡り合ったマルコキアスとは……

 その剛の力は熾天使にも匹敵し、どんな剣戟もへし折る。正直一対一では戦いたくない相手だ。

 

 そして姉様の側近にして参謀、魔界公爵アシュタロト……

 その冷徹な戦術は脅威だ。表に出て戦うということはないが、姉様を助け、また姉様の手足となって働く。魔界になくてはならない謎の将である。

 

 それに何といってもベルゼバブ!

 奴こそ真の実力者。

 広く魔界の東方を統べ、その卓越した魔力は姉様にさえ匹敵すると言われた蝿の王…… 全てを腐らし、溶かすという異能を持つという。

 

 これはもう間違いない。

 

 姉様は何かをしようとしている!

 まともに人間界で暴れれば国が秒で消し飛ぶくらいの魔界でもトップレベルの者たちを使い、VTuberという方法で。

 

 

 

 

「…… これは確かめるしかないようじゃ。皆、覚悟はできておろうか」

 

 ふいに自分たち三人に声がかけられた。

 ガブリエルまでここに来ていたのだ。

 

「覚悟って、何の覚悟や? ガブリエル」

「決まっておろうミカエル! 姉様に近づいて真意を問いただす。しかも天界に動きを悟られてはならぬ」

「それはそうやろうけど、どうするん」

「分からんのか! VTuberに近づくにはコラボしかないわ。つまりこっちもVTuberになって、有名になり、コラボを持ちかけるというわけじゃ」

「…… は、はあ!? こっちって、うちらもVTuberに!?」

 

 

 話の雲行きがめちゃくちゃ怪しくなってきた。

 ガブリエルが言うのは我らまでVTuberになるということだ!

 しかもただやればよいというものではなく、人気を得なくてはならない。

 

「ボ、ボクは、そういうのには向いてないかな、なんて」

「なんやそらウリエル。逃がさへんで。やるなら皆んなでやるのや」

「ミカエル、ひょっとしてやりたいんじゃないの?」

「そんなことないで。心外や」

「いや絶対そうでしょ」

 

 わたしには尻込みするウリエルの方の気持ちが分かる。

 これは相当厳しいミッションだ。

 

 しかし、やらざるを得ないのか……

 なんかその方向でいいのかという気もするが。

 

 

「ラファエル、ミカエル、ウリエル、よいか。自信を持て。熾天使ユニット、まともにやれば凡百のVTuberを蹴散らすのは容易いことじゃ。反対はないな。ではさっそくその作戦を詰める」

「あの、一言言っていいかな?」

「何じゃ、ウリエル」

 

「ガブリエルがやってみたいんだよね」

「聞こえんな」

「ガブリエルが」

「聞こえんな!!」

 

 

 押し切られてしまった…… この四人でVTuberデビューすることになる。

 

 用意自体はそんなに難しくない。

 なぜならキャラ造形しなくとも、そのまま撮影すればいいからだ。

 我ら熾天使は男性型にもなれるのだが基本は女性型なのである。それも人間一般の基準からすれば突き抜けたハイレベルの見栄えを持つ。

 そこに羽があれば非現実のVTuberの出来上がりだ。それをVTuberと呼んでいいのかは別として。

 

 尚、ガブリエルは黒髪を長く垂らし、しかもキモノ。どこかの姫君のようだ。

 

 ウリエルは猫耳ネコひげ猫手袋、明るいショートカットの巻き毛である。

 

 ミカエルはセーラースタイルだ。

 

 そしてわたしはというと……

 言いたくないがビキニアーマーで長剣を持っている。

 

「なぜこうなる! おかしいだろ!」

「似合うとるで、ラファエル。むしろそれしかないやろ」

「特殊マニア向けの性癖ではないか! そう言うミカエルはすっぴんだけど勉強してるとこをたまたま近くで見たら意外に可愛かったりするツンデレ妹ポジの格好なのに……」

「ふっ、分かっとるやないか」

「お前天使なのに腹黒くないか!?」

 

 くっ、わたしだけ特に妙なのにこれでやらねばならんのか。

 

 

 

 そしてついにデビューした。ガブリエルが調子よく始めるが……

 

「今日からデビューの四人組、エンジェルスでーーーす! はぁと」

『アメリカの球団?』『エンゼルパイパイ ハァハァ』『←お巡りさんこいつです』『ネコミミ推し』『エンジェルコスでも輪っかがないぞ』

 

「輪っかは意味が変わりそうなのでつけませんでした! でも付けます。ぽん!!」

『あ、もう付いた』『デジタルスキル凄いな』『羽も多すぎね?全部で何枚になるん』

 

「羽はアンデンティティなので変えません。あんまり細かいこと言うと百万ワットの雷撃しちゃうよ☆」

『ラムかw』『だっちゃ』『痺れますた』

 

 ガブリエルが斜めに走り出してる! 横で聞いていて呆然とするしかない。

 正直、姉様のへっぽこユニットのことを笑えないではないか。

 

 と、ともかく第一歩はこんなものだ。

 これから着実にやっていけばいい。

 

 

 

 そしてなんとかうまくルシファーの姉様とコンタクトすれば、展望が開ける。

 

 共闘ができるかもしれないのだ!

 

 たぶん姉様も神と再び大きく戦うことを企図している。そんな気がする。

 ならばそれと我らが協力し、今度こそ神を倒す!

 憎たらしい魔界の軍勢も味方となればこれほど頼もしいものはない。そして姉様の方も、かつては我ら熾天使を巻き込むまいと単身で戦ったのかもしれないが、今度はそうではないと思える。

 

 そしてここからも推測といえば推測なのだが…… たぶん間違いない。

 姉様がこんなVTuberをやっているのは人間界と組もうとしているのではないか?

 いきなり魔界が人間に向かってそれを言い出せば拒絶されるのは当たり前だ。

 だからこのブームを利用した戦略、先ずは姉様たちが人気者になり、そこから始めようとしている。

 

 

 するとどういうことになるのか。

 我ら熾天使、魔界、人間界の力を一つにまとめることができる!

 

 

 前途に光明が差した。

 

 今度の戦いは勝ってやる!

 なあ、ザドキエル。約束だ。

 

 

 

 

 


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