少年とミカエルのやり取りを聞き、異能の話がひとまず一段落したのを知る。
その不思議な異能の制御や使い方については後でゆっくりやればいい。
そんなことより、わたしは間近な問題を考えていた……
「ミカエル、先ずはこの少年をどうする? 天界が目を付けている以上人間界に置いておくのは危険だ。諦めてくれればいいが、奴らがもう一度襲ってくる可能性が高い」
「そらそうやな。このまま置いておくのは無理やな…… そうはいうてもラファエル、拉致したらそれこそ天界と一緒やで」
「しかし……」
「いくらこっちが正義やと言うたところで、この少年にとっては同じことになってまうわ。連れ去るんなら」
だが、心苦しいけれども仕方のないことかもしれない。
同じ拉致とはいえ、天界へ行くよりは我々と一緒の方がこの少年にとっていいことである。それは確かだ。なぜなら我々ならばいずれ少年をここへ戻す、それを決めているのだから。
しかし当座はいかんともしがたいことで、仕方なく失踪という形を取らざるを得ないのか。
ここで思いがけずミカエルが答えてきた。この難題を解決する方法があると言う!
「ラファエル、何とかできるかも知れん。その方法は二つ考えられるで」
「えっ! ミカエル、何か思いついたのか! 凄いな」
「いいアイデアかどうか分からんけど一応言うで。一つはこの少年を人間界で暮らさせるけど監視をつける。また天界が襲ってきたらいち早く逃がすためや。うちらから一人選んで、猫にでも化けてこの少年の家と学校を見張るっちゅうわけや」
「なるほどなあ…… しかしどうだろう……」
それも一つの方法だと思う。
だが実際には難しい面があるのではないか?
天界がさっきより大勢で来てしまえば守り切れないかもしれない。それに見張るといっても完全ではなく限界があるだろう。
「まあちょっと無理があるやろな。もう一つのアイデアが本命や。それはな、見張るんやなしにこの少年そのものに化けるんや。当座はそうやって少年の代わりに暮らせばええやろ」
「ば、馬鹿なこと言うなミカエル! よっぽど無茶だ!!」
どう考えても無茶苦茶にしか思えない!
この少年に化けて暮らす?
こっちは誰が化けるにしろ人間界の作法はまるで知らない。正確に言えばこの時代のこの地域のことを知らない。無難な振る舞いができるものか。
家にいるだけならともかく少年は学校に行くのだ。
そこで大勢の人間の目をやり過ごすことなど無理無理、不可能に決まっている。
「アイデアを出してもらって言うのもなんだが、破綻の未来しか見えないぞミカエル」
「逆に考えるんや。失踪で周囲を心配させるよりはまだマシやと思わんか。多少変に思われても」
「多少で済むわけがない」
確かにこの少年の姿をしていれば、一応失踪には思われないことだけは確かだが…… 怪しまれる。絶対に。
しかし今は考えている暇もない。
とりあえず少年の家へ移動しなくてはならないのは、何のかんの言ってもう薄暗闇の時間だからだ。
少年には普通に帰宅させる。帰りが遅くなったことで何か言われたようだがそのまま自分の部屋に移動し、窓を開けてもらう。
少年の部屋は二階にあるのでわたしとミカエルが窓から入るには都合がいい。
「せ、狭いですがどうぞ」
少年はまだ非現実に対応できなくて目が泳いでいるな…… そんなことを思いながら少年の部屋にお邪魔したのだが、直ぐに見えた物がある!
机の上に大事そうに置かれている物だ。
「わ! これフィギアや!」
「ん? 何かと思えば人形か…… しかしこれはどう見てもミカエルだ」
すると少年は大慌てで隠しにかかったではないか!
別にそんなことはどうでもいいのに。
この少年がミカエルのファンで、わたしのファンではない…… いや別にほんっとにどうでもいいことだぞ!
「いやあ、ファンてのは嬉しいもんやな! というわけでさっきの話の続きや。うちがこのファンの少年をガブリエルたちのところへ連れて行くのがええやろ」
「む…… まあ……」
「というわけで自動的にラファエルが化けるしかないなあ」
「何でそうなる! しかも化けるの確定か!」
く、くそ……
だがそれ以上のアイデアは確かに無さそうだ。
少年に身代わりのことを説明すると当たり前だが難しい顔をして黙り込んでしまった。
やはり不可能に近いと思っているのだな。しかも訝しんでいるのは、よほどわたしに対して信頼感がないらしい。
とりあえずわたしは少年の姿に化けてみせる!
それもまた天使としての技法の一つなのだがコピーできるという意味ではない。
そのため完全に似せられるわけでなく、それらしい年恰好にして、髪や顔のパーツを近付けるというだけだ。
しかしながら、最初から違うと疑いを持って見るのでない限り見破られることはまずないレベルになる。
わたしとしては姿を変えると窮屈で、地の時より格段に能力を出しにくくなるのだが、この場合はあまり問題ではない。普通の少年として振る舞うだけなのだから。
化けたわたしを見た少年はもちろん驚いている。
たまたま部屋に入ってきたこの家の猫も驚いて腰を抜かしたようだ。
「どうだ少年。なかなかのものだろう。きっとうまくいくぞ」
「確かに見かけだけは僕だ…… 」
実は自分では身代わり作戦がうまくいくなんて思っていない。
いや無理だと確信に近いものがあるが、少年の手前見栄を張った。
「ラファエル、いけると思うで。ほな一日試して、そっから考えてみればええ。君もとりあえず一日目の報告を聞いてから判断すればええねん」
他人事過ぎる言い方だが、ミカエルがそう口添えしたことで、少年も渋々納得したようだ。
そして一日が過ぎ去り、翌日の夕方になる。
わたしは少年の姿で学校に行き、そこで過ごし、普通に帰ってきた。
約束通り少年とミカエルに学校での出来事を話す。
しかしわたしの気分は軽い!
なぜなら少年に化けて過ごすのは思ったよりも簡単だった。
我ながらうまくやり、無難に過ごせたという自信がある。
心配は杞憂に過ぎなかったのだ。
「どんなやった? ラファエル」
「ああ、そんなに大したことはなかったぞ。自分で言うのもなんだがうまく適応できたと思う」
「人の世はそんなに変わっていないっちゅうことやな。せやけどようやったでラファエル」
「ではさっそく報告しよう。少年も聞いて安心するがいい」
朝はぎりぎりまで寝坊して朝食も摂らずに学校へ行くことにした。それは家族と顔を合わせるのを最小限にするためだ。
そしていよいよ学校へ行き、クラスメートを含む多数の生徒たちとの交流をした。もちろん会話無しというわけにはいかないが、それさえも十二分にこなしたということだ。
「先ずは学校に着いた時のことを言おう。愛想の良さそうな女子生徒から『おはよう、ソータ君』と声をかけられたのでな、『お、愛想がいいな。とても可愛いぞ』と気分よく返しておいた」
「へ!? ほんまか」「え! それきっとサキちゃんだ! 本当にそう返したの? 可愛いって? うわああああ」
「いやいや向こうもかなり喜んでいたようだから何も問題はない。それで二年四組の教室を見つけて入り、教えてもらった場所の机と椅子まで行ったが問題があった。男子のグループらしい者が集まっていて先に座っていたのだ。わたしが『斬られたいのか貴様』と言ったら素直にどいてくれた」
「……」「ぼ、僕のキャラじゃない! どうしよう」
「学校というからには授業がいくつかあったが、どれもこれもさっぱり分からんな。特に数字のものはちっとも分からん。その上小テストというものがあったのだが白紙で出した。それは仕方のないことだろう」
「当たり前や。知らんもんはしゃあない」「そんな! 困るよ! 先生を馬鹿にしたと思われたら! というか天使って学力はその程度なの!?」
「ここからが面白いぞ。休み時間はさっきと違う男子グループが近くにいたのだが、何やら面白いことを言っていた。『異世界』がどうとかいう話だったが、その中に『天界』という言葉があったのだ!」
「な、なんやて!」「あ、それきっと難しい話じゃなく、ヲタの人たちがラノベの設定の話をしてたんだ。まさかそれから……」
「『天界』について語るとは殊勝な若者たちではないか! そこでわたしは天界と天使について休み時間を目一杯使って説明しておいたぞ。特に熾天使について念入りに。なあに、本人が言うのだから間違いない」
「まあそうやろな」「え……」
「グループ全員がとても真剣に聞いてくれて、最後には『ソータ氏、なかなか深くて感服奉った」とか、『拙者も感心したでござる』とか言ってくれた! おまけにその周囲からも注目を浴びていたくらいだ。とても気分がいいな」
「へー、おもろいな」「僕もヲタの仲間に認定されちゃった! まずい、みんなにもそう思われた!」
しかしこんなことは序の口、本当の問題は放課後にあった。
僕はこのポンコツ天使の盛大なやらかしを聞かされてしまう。