天使たちの戦記 ~歌うように踊るように神を殺す~   作:おゆ

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第十六話 天界の異能

 

 

 わたしやウリエルなどが裏手に着いたころにはもう乱戦が始まっていた。

 

 天界側別動隊は魔界城裏手に回るやいなや、ためらいなく仕掛けてきたらしい。

 下級天使たちが群れをなし、潮のように攻勢に出ている。

 

 それぞれの塊が次々と押し寄せるところは正にその波濤に見えてしまう。いちいち数など数えられない。

 それに対し、むろん魔界の魔物たちが応戦しているが……

 しかしその戦力は向こうのせいぜい二割といったところか。数の暴威の前には明らかに旗色が悪く、そのオリハルコンの剣に次々と切り伏せられていく。天使の軍勢が味方なら拍手喝采ものだろうが、敵として相対するのなら禍々しいとしか言いようがない。

 表情のない下級天使だからこそ余計にそう思える。

 

 この短い時間の間に魔界側も魔界城の外へ防衛陣を幾重にも設置し、工夫している。だがそれらが全て破られて魔界城に取りつかれるのも時間の問題だ。

 それほどまで数に差があり過ぎる。

 

 

 

「くっ ウリエル、直ぐに頼む! いったん向こうを引き離してくれ!」

「ボクに任せて! それじゃいくよ、異能発現、歪曲夢幻(コンバージョン)!!」

 

 直後、そこら一帯の空気がゆらめき、尋常ではない力が働き出すのを感じる。

 

 いつもながらウリエルの異能、歪曲夢幻(コンバージョン)は凄い。

 

 戦場の様相がゆっくりと変化していく。

 下級天使の怒涛の攻勢が捻じ曲げられ、その歩みがあらぬ方向へ転じる。

 この時、下級天使たちは幻を見させられているのだ。

 いや、見える見えないだけではなく音どころか気配さえも空間ごと歪められて伝わる。

 これで現実を認識できなくなれば、本来の攻撃目標からまるで違う方へ逸らされても仕方がない。

 

 この異能は多数対多数の集団戦にこそ真価を発揮するものだ。

 相手の陣形を崩し、トータルの戦力を大幅に減じることができる。

 

 ただし天界側はそれでも攻撃を諦めたりしていない。

 次々と新手を投入し、その圧倒的な数に任せて遮二無二押し迫ろうとしている。

 

「どういうつもりだ…… 同士討ちさえ恐れず進んでくるとは普通じゃない。下級天使をすり潰すのはどうでもいいのか」

 

 戦いは止まらない。

 ただし魔界側も少しは息を吹き返し、ようやく戦いらしい戦いができるようになった。

 

 

 

 

 そして次にわたしは味方である魔界側の体制を観察する。

 膨大な数の天使たちに怯むことなく応戦しているのは見事だが、それができるのはどうしてだろうか。

 戦力面でも、士気の面でも誰がそれを可能にしている……

 

 するとひときわ目を引く者がいた!

 

 白髪の少女だ。

 一瞬見るとミカエルに似ているが、それより華奢で一回り小さい。つまり幼く見える。

 その少女が踏ん張り、一騎当千の戦いをしている!

 

 下級天使たちを死に引きずり込む円の中心にいるのだ。

 円の中には炎も剣もなく、それどころか動きすらない。

 だが、下級天使がそこに踏み込んだ瞬間から剣を構えたまま動けなくなってしまう。

 

 そしてゆっくりと溶けていく。

 

 それが進むと立つことも叶わず、音もなく崩れ落ちる。やがて原型を保つこともできなくなるのだ。その最後、わずかな土の染みに変わり、消えていく。

 円の中は静かな死に満ち溢れている。

 

「あれは! 魔界随一の実力者、ベルゼバブだね…… あの異能、腐解溶熟(バッドソリューション)は怖過ぎるよ」

「ああウリエル。全てを溶かすとは、見ているだけで恐ろしい異能だが、しかし味方であれば頼もしい。ベルゼバブが魔界城にいたのは幸いだったな」

 

 この魔界城の裏手にはベルゼバブが立ちはだかっていたのだ。

 

 小さな体躯に似合わず、強力無比の異能、腐解溶熟(バッドソリューション)を持っている。それを駆使することで下級天使の数の暴威に対する壁になっている。それが魔界側が善戦している原動力なのだ。

 一方で下級天使たちはそれを怖れることもなく、次々に死地へ踏み込み、溶けていく。

 短時間のうちに数百もの下級天使が斃されていった。

 

 

 

 だからこそわたしは違和感を覚える。

 なぜだ? この状況、無理攻めとはいえ度が過ぎている。下級天使に意思はないが、指揮官はいったい何を考えている。天界の別動隊は無策なだけなのか。

 

「おかしいな。向こうの狙いは何だ……」

 

 考えろ。

 物事には全て理由と理屈がある。絶対に何かあるはずだ。

 

「あ、もしかするとこっちの陣形を崩すのが目的か! だとするとこの拮抗は作り出されたものに過ぎない!」

「え、ラファエル、それはいったい?」

「本来からいえばベルゼバブは後衛職のはずなのだ。広域殲滅は得意でも防御は弱く、前衛には全く向いていない。それが今は下級天使の無理な突進へ対処するため前に出ざるを得なくなってしまった」

 

「つまり、下級天使たちの突進は捨て駒…… ベルゼバブを引きずり出すための!」

「しまった! このままではベルゼバブが危ない!」

 

 そして恐れていた事態になる。

 天界側の圧力が一瞬増し、ベルゼバブの周囲の魔物が討ち取られた。つまり、ベルゼバブは魔界側の陣営からいったん切り離され、前に出たまま孤立してしまったのだ。

 

 

 

 

 気付くのが遅かった。

 

 その瞬間を狙ったように一本の矢が彼方から飛来する。

 

 

 

 もちろんベルゼバブもそれを分かる。

 余裕をもって避けたはずだ。

 

 しかし矢は過たずベルゼバブの胸に当たり、そのままの威力で突き抜けたではないか!

 

 避けられなかった? そんなことがあり得る!?

 しかも遠距離からの矢がこれほどの威力を持つとは考えられない。普通ならば。

 

 

 

「くっ、あの矢はたぶんハムエルだ!」

「え、ハムエルの矢!? だったら今のは、神弓射矢(ミラクルアロー)…… これはまずいよラファエル!」

 

 この場面で出てきたのか!

 天界一の弓の名手ハムエル。

 しかもただ上手いのではなく神弓射矢(ミラクルアロー)という異能を使う。これはいったん放てば、その矢はどんなことをしても避けられない必中になる。

 

 ハムエルこそまさに遠距離戦のエキスパートだ。

 

 いくらベルゼバブが実力者でもあまりに相性が悪い。一方的に射られるだけになる。

 

 

 

 もう一本矢が飛んできた。

 

「くそっ、絶対切断(アルティメットソード)!!」

 

 こうなったらわたしも躊躇なく参入し、異能を使うしかない。

 絶対切断があればいくらハムエルの矢でもその斬撃によって叩き落とすことができる。

 

「どこだハムエルは…… それらしいところへ撃ち込むしかないな。異能発現、絶対切断(アルティメットソード)!」

 

 遠距離攻撃に対してやり返すのならわたしが最も適している。

 思いっきり体内の神聖力を込めて絶対切断を放てば、その斬撃がはるかに飛んでいく。

 白い三日月の軌跡が天界側の陣営に深々と突き刺さる。

 たちまち下級天使が十人や二十人も跳ね飛ばされるのが見えたが…… 向こうの陣営を崩すには至らなかった!

 

 派手に見えたが、絶対切断の一撃がそれしか効果がない? それはおかしい。

 前の戦いのように、向こうは全力で防御幕を構築し、幾重にも重ねたのか?

 いいや、そこまで防御に全振りしたようにも見えない。

 

 

 

 第二撃を放っても同じことになる。

 かなりの損害を与えても、天使の陣営を決定的に切り裂けない。それはまたハムエルに打撃を与えられないことを意味する。

 

 そしてよくよく観察してみると、防御のための大盾が幾つも光に受けて反射しているのが分かってきた。

 

「む…… 盾を使っているのか? しかしわたしの絶対切断なら、あんな盾がいくらあっても防げるはずはないが…… 実際に止められた。これは何か工夫されている。そんなことができる者といえばバラキエルくらいか」

「えっ、バラキエルがいるかもしれないって!? その異能といえば質変改術(エンチャントメント)!」

 

 そう、バラキエルの異能は剣でも盾でも、本来のものよりはるか強化することができる。そういう特殊なものなのだ。ここまでの遠距離になれば、わたしの絶対切断といえども異能で強化された盾を全て斬り払うことはできなかったらしい。

 

「バラキエルの質変改術(エンチャントメント)、なかなか厄介なものを用意してくれた」

「すると天界は本気で全戦力を繰り出したんだね……」

「ああ、そのようだ。魔界を叩き潰すためにたぶん異能持ちを全員…… とにかくウリエル、先ずベルゼバブを救い出す方を考えよう」

 

 ハムエルに続いてバラキエルまでがこの天界の軍勢にいる。

 この侵攻、出し惜しみはしていないらしい。

 

 

 急ぎベルゼバブをハムエルの矢から救い出さなくてはならない。

 立て直しはその後だ。

 さすがにベルゼバブも魔界の者だけあって矢の一本で死んだりしないが、負傷して動けなくなってしまっている。

 

 

 

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