天使たちの戦記 ~歌うように踊るように神を殺す~   作:おゆ

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第十七話 出番

 

 

 天界の軍勢が別動隊を編成し、分けてくる前のことだ。

 総大将アサエルは副官であるハムエルにその統率を命じた。

 

「ハムエル、別動隊の方を頼む。下級天使の四十九軍団のうち十五軍団を連れて行け。数にすれば二千にはなるだろう。直ちに魔界城の裏手に回り込んで攻勢を掛けてくれ。そうだ、バラキエルも連れて行くといい」

「よし、分かったアサエル。しかし気前がいいな。その数をくれるなら牽制なんてチャチなことはせず、別動隊だけで城を陥としてくれる。いいだろう? 後で文句を言うなよ」

 

 ハムエルは天界一の弓使いであるが、同時に積極攻勢の大好きな武闘派として知られている。

 今回の魔界遠征を楽しみにしていた者の一人だ。

 

「ふっ、そこまでは必要ない。というより優先事項が違うんだ、ハムエル」

「何だアサエル。その優先事項というのは?」

 

 しかしここでアサエルが妙なことを言った。

 何か違う目的がある? 単純に魔界を攻め滅ぼしに来たのではないのか。

 

「今回はただの侵攻ではない。この作戦が始まる直前、神が言われた。『魔界に赴き異能者を狩るように』とのことだ。つまり魔界の蹂躙は手段であり、最終目的は向こうの異能使いを叩くことらしい」

「何だと!? この大兵力を動かしたのがそんなことのためとは、なぜだ」

「聞くなハムエル。神の御意志であれば理由を詮索しても仕方があるまい。ともあれ別動隊は城を陥とすのではなく、むしろ魔界側の異能使いを見極めてほしい」

「…………」

 

「きっと応戦するために異能使いが出てくるはずだ。こちらの数の力に対抗するにはそれしか手段はなく、嫌でも前面に出て来ざるをえないからな。同情はするがそこが付け目になる」

「なるほど。それはそうだろう」

「ハムエル、その時は城を捨て置いて異能使いに集中してくれ。それを一人でも二人でも倒すことが最優先事項、これは神の命令だ」

 

 この言葉にハムエルは完全に納得したわけではない。

 果敢に戦い、すっきりと戦争に勝ちたいのに、むしろテロのようなことをするとは。

 しかし神の命令であれば拝領するほかはなく、こうして智天使(ケルビム)ハムエルとバラキエルは別動隊と共に出て行った。

 

 

 

 やがて魔界城の裏手で別動隊が戦いを仕掛けると、やはりアサエルの言う通り魔界の異能使いが出てきた。

 

 それも屈指の実力者ベルゼバブだ。

 だが矢を射るハムエルにとっては最も対処しやすい相手であり、その意味で幸運としか言いようがない。下級天使の損耗が恐ろしいほどの数に上ってしまったものの、計略を仕掛け、なんとかうまくいった。これで異能持ちを仕留めるというアサエルの言ったことを達成できそうだ。

 

 ついでに熾天使ウリエルとラファエルがこの裏手にいるのも確認している。

 通常なら大きな脅威であるが、相性という面において言えばこれも僥倖ではないか。ラファエルの絶対切断という圧倒的攻撃力を誇る異能でも、いわば物理攻撃の範疇であることには違いなく、近付き過ぎなければバラキエルの異能によって辛うじて対処が可能である。

 

 逆に別動隊にとって不運ともいうべきことがある。

 アサエルはハムエルに一つの情報を伝えていなかった。

 それは未だ確認が取れていない不確定情報だったせいであり、軍事行動の際にはあやふやなことを伝え過ぎないのも常識であったからだ。

 

 

 

 

「ラファエル、早くベルゼバブを救出しないと!」

「もちろんそうだ。今方法を考えるが、簡単ではないな」

 

 一方でわたしの側である。

 ハムエルの矢で射られ、防御力の弱いベルゼバブは重傷を負った。それを早いところ助けたい。

 

 しかし救出といっても単純に事は運ばない。

 もちろんこうしている間にも魔界の者たちがベルゼバブの救出に一生懸命動いている…… だがしかし、ハムエルの矢に次々とやられていくではないか。

 

 嫌でも気付かされることがある。

 

「くそっ、何という悪辣な戦術だろうか。天界側はわざと()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こちらに救出を敢行させ、そこを矢で射る。これでは何度やっても戦力を失うだけだ」

「そんな汚い作戦を取られたらたまらないよ! だったらボクが行ってくるね!」

「いやウリエル、それも無理だろうな」

 

 天界は大軍勢で来たが、憎たらしいことに人材の質においても豊富なようである。

 なかなかどうして戦い方も考えられているではないか。

 

 そしてウリエルではベルゼバブを救出できない。

 確かにウリエルの歪曲夢幻(コンバージョン)があれば、例えハムエルの矢でも空間を捻じ曲げることによって当たらなくすることはできる。ただしそれは自分を守る時の話だ。

 ベルゼバブまでは守り切れない。

 つまり放たれた矢を遠くからどうにかすることはできない。

 おそらくウリエルが辿り着きそうになった瞬間、ハムエルはベルゼバブだけでも殺す方へ切り替え、そっちを本気で射るだけの話だ。結局救出には失敗し、空振りになってしまう。

 

 

 

「かといってわたしが行っても…… 無理か」

 

 わたしならば絶対切断によってハムエルの矢などなんとでもできる。同じ物理攻撃の異能同士でも、わたしの方が遥かに強力だからだ。目視できる範囲に限られるという制約があるが力負けすることはない。

 ただし向こうの立場に立てばわたしへの対抗策がある。簡単なことだからたぶん分かられている。それは下級天使たちを少しばかり前進させ、普通の矢も射かけさせることだ。そうすればどの矢がハムエルが放ったものかわたしに見分けがつかなくなり、絶対切断の手数にも限界がある以上、ベルゼバブを守り切ることはできなくなる。

 

「なら、どうするのラファエル! このままでは…… そうだ、姉様を呼ぼうよ! 姉様の超動迅速(ハイパームーブ)だったらなんとでもなるから!」

「その通りだがウリエル、それもできない」

「え……」

 

「ウリエル、魔界城の正面の方が主戦場であり、そこの姉様を引き剥がしてはならない。この裏手の方に姉様を呼んでしまったら本末転倒、戦術的に向こうの思う壺だ。もしかするとそれを狙って別動隊を送ってきた可能性もある」

「で、でも…… どうすれば」

 

 

 ここでわたしは考え、決断する。

 上手くいく……はずだ。

 

「いや、ベルゼバブを見殺しにするものか。なあに、こっちには切り札があるぞ!」

「え、き、切り札って…… 何なのラファエル!?」

 

 

 

 

 わたしはつかつかと歩み、戦いを見ながら震えている者に近付いた。

 その肩を両手でがしっと掴み、逃げられないようにしてから、努めて優しく言う。微笑みまで付けてやろう。大サービスだぞ。

 

「少年よ。待たせてしまったが、やっと君の出番だ」

「ヒョエッ!」

 

 

 

 僕は間抜けな声を出してしまった!

 というのも、このラファエルという天使は何てことを言ってるんだ!!

 

 僕はわずか二日前には学校や家にいたんだ。もちろんどこにでもいる一般的中学生として。

 それがこんな魔界に連れてこられ、ついには魔界城というところにまでいく羽目になったとは!

 僕の意志と関係なく物凄いことに巻き込まれてしまった。

 

 それで終わらない。

 魔界城では否応なく本物の戦いというものを突き付けられている。

 ゲームなんかじゃない!

 ここでは本当に剣や矢で戦われ、傷付き、死んでいく者たちがいる。こんなことは……嘘だと思いたいのに現実なのだ。

 しかもどうやら城側にいる自分たちの方が圧倒的に劣勢とは。

 迫る天使の軍勢は物凄い数であり、果てしがない。いくら戦いに素人の僕でも戦いがマズい方向に行きつつあることは理解できる。

 

 僕はもう呆然としてしまい、とにかく逃げたいだけだ。ここにきてシ〇ジ君の気持ちがよく分かる。

 

 というのに、ラファエルという天使は明らかに無理な笑顔を作り、まるで僕が戦いに参加するのが朗報であるかのように語っているじゃないか!

 おかしいだろ! 嫌に決まっている。

 しかし肩を掴まれてしまい一歩も下がれない。

 

「良かったな少年。これでヒーローだ。うらやましいなあ」

「あ、あばばば……」

「なに、やることは簡単だ。わたしと一緒にあの戦場へ飛び込み、ベルゼバブを救って連れ帰る」

「せ、戦場へ…… それで簡単なんておかしいよ!」

「難しいか? 君は別に剣を振るうことはない。タイミングよく異能を発現させ、ハムエルの矢を無効化すればいい。少年、初陣から功を立てるなんて願ってもないことだぞ」

 

 

 

 

 僕は押しに弱いにも程がある。

 それもあるが、敵を殺せというのならたぶん断ったと思うけど、あのベルゼバブという少女を救うためと言われたら仕方がないじゃないか。僕だって男、少女を助けるというなら行くしかない。

 

 僕はラファエルと共に魔界城を出て、戦場の叫び声と荒んだ空気に怯みながらも進んでいく。ああ、怖過ぎる。

 多数の矢が飛来するようになったがラファエルがそれらを叩き落としてくれる。

 

「ハムエルは油断してまだベルゼバブを射ってこないな。思った通り、この少年の情報は伝わっていなかったらしい」

 

 目的の少女はさっきまで口をへの字にして気丈に立っていたが、今はばったり倒れている。

 その場所までもう少しの距離、するとラファエルは向こうの心理を読み、タイミングを見計らったようだ。

 

「よし、ここらでハムエルは諦め、ベルゼバブを射ってくるぞ! 今だ少年!」

「え、ええと、い、異能、発現! 聖天調和(スカイハーモニー)!!」

 

 僕は魔界の入り口にいた時にこれを練習させられていた。

 異能のオンオフを体に教えるため、呪文を唱える。

 だがこの変な呪文といったら…… 滅茶苦茶に中二病くさい! 僕の本意ではないのに。でもちょっとだけ気分が良かったのは秘密だ。

 

 すると確かに何かが感じられた。

 僕を中心にして光のさざ波が立ち、その粒子が輪となって広がり、そして消えていく。周囲の変化を感じ取れる感覚、これが僕の異能を使った感覚なのか? 

 もう僕は完全に中二病になり、あっち側の人間になったようだ。悲しいことに治らないだろう。

 

 しかし感覚だけのことではなかった!

 あの少女に向けて今まさに矢が飛んできていたのだが、急に失速し、ポトリと落ちてしまった。

 

「いいぞ少年! 今のがハムエルの矢だった。君が異能を使ったのでハムエルの異能、神弓射矢(ミラクルアロー)が効かず、普通の矢に戻り威力を失ったのだろう。よし今のうちに」

 

 そしてラファエルは一気にスピードを上げて少女に駆け寄り、抱きかかえた。

 そこから魔界城に引き返すが、僕の走る速さに合わせてくれた。途中で矢が幾度か飛んできても、それほどの威力もなくラファエルの剣でさばける範囲でしかない。

 

 こうして少女ベルゼバブの救出は成功し、僕も初任務をやり遂げたことになる。

 

 

 

 

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