ミカエルの指摘は全くその通りだった。
天界の総大将アサエルの作戦では、下級天使の大戦力を駆使するのはただの目くらましに過ぎない。
確かにその戦力で力押しにすれば、なるほど戦いに勝てるかもしれない。しかし魔界側の異能使いを逃がしたら中途半端になる。神の命令は異能使いを斃すことが含まれているからだ。
だったら逆にする。
大戦力を案山子に使って潜入作戦を行えばいい。そうすれば異能使いを斃すとともに防備を崩し、完全に勝てるではないか。
そして遣わされたシャティエルの異能
いくらルシファーが
ミカエルにその作戦を見抜かれてようやくシャティエルはらせん階段の影から実体化し、姿を現した。
「ミカエルは凄いね。昔からそうだった」
「どんなもんや。そんでシャティエル、もう一つ知っとるで」
「それは何?」
「シャティエル、そんな暗殺なんかしとうはないのやろ。ほんまは誰も傷つけたくない、そう思うとるはずや。今も心で泣いとるんや」
「…………」
この指摘にシャティエルも言葉を失う。
二人はお互いのことをよく知っている。だからこそミカエルは確信を持って言えたのだし、間違いなく真実なのだ。
ミカエルとシャティエルは幼馴染ともいうべき関係だった。
どちらかというと活動的なミカエルにおとなしいシャティエルが振り回されていたものである。その意味で性格がかなり違うように見える。
しかし二人に共通しているのは平和主義だ。
どちらも心の奥底はとても優しく、他人を傷付けたり争ったりするのを嫌う。ミカエルの場合はそれを恥ずかしく思うので外面上皮肉っぽく装ってしまうだけのことだ。
ともあれ二人は長く行動を共にしている。
その絆は強く、互いに一番の親友と思ってきた。
「で、でもミカエルだってそうでしょ? 戦うならとっくにミカエルは
「分かっとるやないか。せやから話がしたい、シャティエル」
これが完全な奇襲ならシャティエルにも戦いようがあったろう。しかし、もう存在を知られていればそれは望めない。そしてまともに戦えば結果は目に見えている。
異能同士の争いは相性がものをいうからだ。
ルシファーやガブリエルが相手なら比類なく強いシャティエルの異能
「シャティエル、このまま退いてくれんか。頼むわ。幼馴染と戦うのはおかしいやろ」
「……それはできないよ。天界の者は神の御意志が何よりも優先、そのために作られたんだもの」
「それが間違いや。なあシャティエル」
ミカエルは説得を繰り返す。
諦めず、戦いをしないために、何度でも。
やがてその努力が終わる時が来た。
シャティエルが強引にそれを打ち切ったのだ。
「こんなことになるなんて…… でも神の命令には逆らえない」
話し合いをやめ、シャティエルは異能を使って影に潜入する。
「さよならミカエル。異能発現、
「シャティエル! シャティエル! 話は終わっとらん!」
叫びは止まらない。
この時のミカエルの表情は何か。もちろん本人には分からないし、誰も見ている者はいない。
最大限の悔恨と悲しみに彩られたものだったろう。
「分からず屋が…… 異能発現、
するとシャティエルが短剣を持って影から飛び出した!
ミカエルの右横に伸びた影へ移動していたのだ。短剣を真っすぐミカエルに向け、突入する。
だがしかし、直ぐにシャティエルに分かったことがある!
ミカエルの
つまりミカエルは最小限にしか炎を出すつもりがなかった。
もちろん、シャティエルを害さないためだ。
そのことに気付いた時には遅かった。
シャティエルが短剣の軌道を変えようと思っても間に合わず、そのままミカエルの右脇腹を深々と抉ってしまっていた。
淡く光る流れだ。
ミカエルの傷からさらさらとこぼれていく。
それが天使たちの力の源泉、神聖力である。
限度以上、その神聖力を失ってしまった時に天使は微粒子に分解し、天に還る。すなわち死ぬ。
シャティエルはミカエルを見つめ、驚愕の表情のまま凍り付く。先に言葉を出したのはミカエルだ。
「笑うてまうわ。人間界でな、炎を小さくせいとソータっちゅう少年に言われたんや。それが役に立ったとはなあ。シャティエル、大丈夫か?」
「………… ミ、ミカエル、なんで! どうして!」
ようやく言えたのはそれしかない。シャティエルは短剣を床に捨て、狂乱する。
なぜミカエルはわざと異能を小さくし、負けたのか!
致命傷を受けたミカエルの方が落ち着いて、あやすように言っている。
「どうしてって、決まっとるやろ。友達を傷つけるわけにはいかんのや。甘いと思うか? せやな、自分でもそう思う」
「違う! ミカエルは僕のために自分を…… どうして僕はこんなことをしてしまったんだろう!」
「シャティエル、泣くなや。そしてアサエルのところに帰るんや。姉様を斃せなかったが熾天使ミカエルを斃したといえば、帰ってもアサエルに言い訳が立つ」
「そんなことで!」
「シャティエル、うちらは友達やろ。最後までそうやったろ。シャティエルにそう思ってもらえたら満足や。そうやなかったら、死んでいくうちがアホみたいやしな。シャティエル、うちの分までしっかり生きてもらわんと困るで」
「ミカエル! ミカエル!!」
もはやミカエルは力を失い、ぐったり横たわる。
「…… ああ、ガブリエルは怒るかなあ。こんな体たらくで済まん。いや、うちもみんなと一緒に神を倒すところを見たかったで。でも、友達を殺してまで見とうはないのや。うちがこないなヘタレで、ほんまにごめんな…………」
ミカエルは涙の線を残したまま目を閉じる。
それに縋りつくシャティエルもまた涙でぐしゃぐしゃになっている。
「帰ろう…… また二人して遊ぼうや……」
最期の時が近付いている。
もうミカエルの意識は混濁し、うわごとを言うばかりだ。何か懐かしいことを夢見ているのだろうか。
「うおおおおおおーーー!! 異能発動、
その時のことだ!
大声と共に建物の外側から強力な力が打ち付けられた。
たちまちその壁は薄紙のように破られ、細かい塵になり果てる。
この圧倒的破壊力こそが魔界の軍団長マルコキアスの異能、
「ふん、メフィストフェレスの奴が遅いから見に来てやれば、つまらないことになっていたようだな。メフィストフェレスどころか熾天使ミカエルまで斃されていたとは。実に下らん」
そんなマルコキアスの言葉を聞いてもシャティエルは身じろぎ一つしない。
ミカエルのところに縋りつき、俯いたままだ。涙の雫だけが動いている。
「貴様がやったのか? 影に潜むとかいう天界のシャティエル。だがこれならどうだ。
マルコキアスは何も動じない。
揺るぎない実力者としていつもと何も変わらない。
そして異能を発現させるや否や、辺りの壁も床もかまわずその異能で打ち付け、バラバラに砕く。
これで遮るものがなくなり、外からの光がすっかり中にまで差し込む。この場に影はほぼなくなってしまった。
建物そのものを壊すのは無茶苦茶だが、シャティエルの異能による思わぬ方向からの奇襲を防げる。これがマルコキアスなりの解答なのだ。
戦いの舞台は整った。
「つまらないことしなくていいよ魔界のマルコキアス。戦うつもりなんてない」
「む? 貴様何を言っている。敵地に潜入した戦士が戦わないとは、馬鹿なのか?」
「馬鹿で構わない。それよりお願いがある」
だが、シャティエルはそれでも動かない。
言葉通りもはや戦う気はない。そんなことより、早急にしなければならないことがある。
「僕は今から異能を使ってミカエルの傷口に入り、内側から塞ぐ。その後で傷口を
「何だと!?」
「そうすれば、僕の体は壊れ、神聖力がミカエルに行く。この方法でミカエルを助けられる」
「……しかし、そんなことをすれば貴様が代わりに死ぬぞ」
「構うもんか! 僕は、何よりもミカエルの友達だ。ミカエルがそう言ってくれた。だから僕も誇りをもってそれに応える」