「てっ はっ たりゃ!」
わたしは剣を振るう。
研ぎ澄ました一撃を。
みなぎる力で。
流れるように、舞うように。
すると剣撃は遠く彼方まで飛び、その途上にある全ての物を斬る。
白い軌跡の後には巨岩さえも見事に両断されて転がるしかない。
ここは人間界の奥地であり、山脈の頂上付近だ。誰にも迷惑をかけずに鍛錬することができる。
「ラファエルー ご苦労さんやね。けどやり過ぎもようないで」
「気を遣ってくれて済まん。だが、異能を少しでも伸ばしていきたくてな。それに剣を振るっている時は悪いことを考えなくていい」
今声をかけてくれたのはミカエルだ。そこらの岩に腰掛けて、足をぶらぶらさせて暇そうにしている。
それを横目で見ながら、わたしはあと百回は剣を振るうつもりだ。
熾天使としてわたしの持つ異能は
これはひとたび剣を振るえば、視界に入る限りの遠くへ剣撃を飛ばし、全てのものを斬り払うことができる。
魔界の軍勢がよく着けているアダマンタイトの鎧もその前には無力なものだ。もちろん、天使のミスリルの肩当ても、上級天使の持つオリハルコンの剣さえもやる気になれば斬れる。
まあ、視界に入るものだけしか斬れないとか、質は何でもいいのだがとりあえず剣を持っていないと発動しないという弱みがないことはないが、普通の戦いには問題ない。
そしてもう一つ面白い特質がある。熾天使の異能の中で唯一、この絶対切断だけが鍛錬によって伸びるのだ。逆に言えば鍛錬を怠ると鈍る。武技の変種ともいえるタイプの異能だからだろうか。
そのためわたしはこうして剣を振るうというわけだ。
そして、そこにいる熾天使ミカエルの異能はある意味わたしの真逆だろう。
わたしの異能が突撃に適し、道を拓くものであるならば、ミカエルの異能は範囲殲滅や掃討戦を得意分野とする。
それは
それはあの神に挑んだ戦いにおいて、幾多の下級天使を一気に薙ぎ払い、大いに数を減らしたものだ。
しかしながら暴炎熱威ではひとたびしっかり作られてしまった天使の防壁を突破できない。
そこでわたしの異能がいっそう求められたはずなのだが……
わたしの絶対切断は無数にも重ねられて見える防壁を斬り進んだ。
百、二百、三百……
だがそこまでだった。
四百七十二層までしか貫くことはできなかった。あと五十層ほどを残し、ついに届かなかったのだ。
防壁の奥には安堵したような上級天使たちの顔があった。
「熾天使ラファエルが来るわ! 下級天使たちを全部防壁を作るのに回して! しっかり重ねるのよ! 早く!」
「だ、大丈夫なの!? ラファエルの絶対切断よ!」
そう言って初めは慌てふためいていた上級天使たちがその結果に安堵した。
どれも一様に能面の顔をしている大勢の下級天使たちとは対照的だ。むろん、魂というものを与えられていない下級天使では表情を変えようもないのだが…… 天使の大部分を構成する下級天使は命令に従い、機械のように動くだけのものだから。
ともあれ結果は悔しいものに終わり、これが戦いでターニングポイントになってしまった。敗因の大きな一つだ。
ああ、わたしにもうちょっと力があればなあ……
ミカエルの頑張りを無駄にしてしまった。
そしてウリエルの頑張りもまた。
ウリエルの異能は
それは空間を捻じ曲げることができる。これは敵にありもしない幻影を見せ、大いにかき乱すことができるものだ。うまくやれば敵を同士討ちにもっていけるという、戦場においてはなはだ有効な異能なのである。
それだけではない。
空間をずらすことによって自分を相手の攻撃から守り、決して当てられることがない。
あの戦いのように、圧倒的多数によって一分の隙もないほど囲まれ、全方位から同時に攻撃されるのでなければ。
ついでにいえば、最後の一人、ガブリエルの異能はそれら三人を合わせたような万能型といえる。
それは
まぎれもなく熾天使の主力だ。
残念なことに戦いでは下級天使の作る防壁を三百層までしか貫けず、隙を突かれて絡めとられてしまった。
「ほなそろそろ行くで。時間や。ウリエルとガブリエルが待っとるやろ」
「そうか…… 作戦とはいえあんまり気乗りがしないが」
「ええやん。ラファエルもノれば楽しゅうなるで」
それはあのVチューバーの配信をする予定時間ということだ。
正直、むしろそれを楽しみにしているガブリエルやミカエルが理解できない。わたしは嫌がるウリエルの方に近い。
まあしかし、わたしは格好が馬鹿みたいだということが大きいのだが、ウリエルはウォッチャーにイジられるからな。
『ネコミミちゃん可愛い! ごろにゃんしてー』
「ご、ごろにゃーん! すりすり」
頑張るのだ。根が真面目だから。
しかしまあ、度の過ぎたコメントにはもちろんガブリエルが対処してくれる。
「ウールンちゃんをイジるのはそれくらいにしてね☆ ごるぁ♡」
待ち合わせ場所に着くと、やはりガブリエルが張り切ってアップを始めているところだった。
いつもの黒髪で姫君スタイルを決めている。
やれやれ、わたしも準備をするか……
また長剣を持ち、ビキニアーマーとなる。おまけに額から耳にかけて金色の飾りをつけるようになった。何の意味があるのか不明だが、ウォッチャーの受けがいいのだから仕方がない。
まあセリフは少ないからその意味では楽である。
ウォッチャーの問いかけに対しても「斬るぞ」「貴様らの首はよほど胴体から離れたいようだな」とかなんとか言っとけばいい。
それでなぜか喜んでくれる。不思議だ。
「皆、用意はよいか! ついに我ら熾天使ユニットの人気も加速度がついてきた。気を抜かず、このまま行くのじゃ!」
いやガブリエル、人気そのものじゃなく姉様とのコンタクトが目的じゃないのか、と思わなくもない。
しかしガブリエルがけっこう人気にこだわるというかVチューバーに適しているとは初めて知った。よし、皆で気合いを入れ、最終打ち合わせに入る。
その時だ!
連絡コメが入った!
それもあの姉様魔界ユニットからのものだ!!
今までこちらからいくら連絡コメをつけても反応してくれなかった。当たり前だ。天界の目がある以上、こちらから熾天使と名乗るわけにいかない。そうなると、いくらでもある低人気ユニットからのコメと何ら変わるところがなく、姉様もこちらの配信を見てくれやしない。
しかし今、苦労してこっちも人気が出てきたため、ようやく見てくれたのだ!
それで姉様は熾天使の配信と知ったのだろう。それで連絡をくれた。いよっし!
わたしたちは急ぐ!
ルシファーの姉様が指定した場所へ。
全員、心は姉様と会える期待でいっぱいだ。
「ぎゃああああ! 今日の配信が! 皆の者、配信を……」
「なんやガブリエル、早よ行くで。そんなのどうにでも取り返しつくやろ」
「分かっとらん! お主らは何にも分かっとらん! 一回でもサボれば人気が落ちてしまうのじゃ! そして一回離れたウォッチャーは戻って来ん! Vチューバーの宿命ぞ!」
「…… ダメかもわからんな。ガブリエルは」
約一名は違ったようだ。しかしそれを引きずって赴く。
その場所は人の世の海岸倉庫のようだった。確かに目立たず、何かあれば逃亡も容易だろう。
緊張して入り口を開けて薄暗い中に入る。
姉様は我ら熾天使が神に反旗を翻したことを知っているだろう。ならば悪いようにはしないはず。騙し討ちということはあるまい。
しかし心配するのは別のことだ!
そもそも我らの思い違いだったら?
期待したルシファーの姉様ではなかったら?
あの変な配信が全然、すっかり、何にも関係なかったら?
努力の甲斐もないではないか。
「ぴょんぴょんぴょーーーん♪ ヘルヘルちゃんでーーす☆ もとい! ヘルヘルちゃん兼ルシファーです! ですたいたい!」
馬鹿だ。
出てきたのはクリーム色の髪を真ん中で分け、少しタレ目でナイスバディの奴だ。
しかしセリフがそんなものだとは。もう配信と現実が頭の中で融合してるのか?
「……これは、姉様や。もう間違いないやろ」
「ああミカエル、わたしもそう思う。姉様の性格そのものだ。むしろこれで姉様以外だったら驚くぞ。悪い意味で」
ミカエルもわたしも確信する!
しかしガブリエルとウリエルはより慎重だったようだ。
「ちょっと待つのじゃ、ラファエルもミカエルも。別に証拠があるわけでないぞ」
「そうだよ。何かの罠の可能性もゼロじゃない。天界でもヨキエルなんかは偽装が得意だし」
「ちょっとー! ぷんすこぷん! ガブリエルとウリエル、どーしてそんなこと言っちゃうわけ? だったら、一、二、の三!!」
あ!! これは!
何と、その者が消えた!
消えたではないか!
普通の意味でそう言っているわけじゃない!
我ら熾天使、誰もがとんでもない視覚能力を持っている。どんな相手でも追いきれないはずはない。
それなのに姿を捉えられないとは……
音速なんてもんじゃない。
いや、移動速度が光速に近くなければそんな芸当は不可能だ!!
そんな速さで動くなど、もはや可能性は一つしかあり得ない!
元天使長ルシファーの姉様が持つ異能、
これは凄い。
姉様はエネルギーを使って体を移動させるのではない。空間そのものにドアを開け、その重ねられた中を移動する。そのためもはや物理法則に縛られることはない。結果、その速度は光速さえやすやすと超えることができる。
「姉様! 姉様!」
感極まったようにウリエルが見えない姉様に叫んでいる。さっきの疑いの言葉はたぶん本当に疑ったものではないのだ。
ウリエルの本心ではない!
もしも、万が一姉様と違っていたら……
その時自分がぬか喜びに終わり、ショックを受けることからガードするための慎重さだった。なぜならウリエルが一番姉様に懐いていたのだから。そして姉様の方も空間を操作するという意味では、多分に似たところのある異能を持つウリエルを可愛がっていた。
姉様は紛れもない証拠として超動迅速を見せて……
転がっていた。
この倉庫の片隅に。
理由はよく分かる。
姉様は空を飛びつつ超動迅速を使えばよかったのだ。それを歩くように地上で使ってしまった。
だから倉庫にあった古タイヤなんかに……
超高速でけつまづき、超高速でぶっ倒れ、超高速で顔から突っ込んだ。
生温かく見る。
すると姉様はむっくり立ち上がり、背伸びをしながら手を挙げてあくびの真似事などしている。
つまり朝になって爽やかに目覚めましたよ的な行動をしている。もちろん間抜けにぶっ倒れたのを別のことにするために。
「…… やっぱりアホや。姉様や」